『鏡の国のファルス』

中条 卓(Taku Nakajo)


 気づいたら鏡の国にいた。

 考え事をしながら先を急いでいたのだ。はっと気づいたらガラスのドアの前で、驚いた自分の間抜け面にぶち当たる、と思った瞬間にすっと中へ入っていた。振り返るとそこは何の変哲もない真昼の雑踏だ。もう一度振りかえっておれはようやく異変に気づいた。見慣れた駅前デパートの店内のレイアウトが左右逆になっている。左手にあるはずの食品売り場が右に、右手にあるはずのソフトクリームショップが左にある。妙だな、と思いつつ奥のエスカレータを上がり、目指す2階の書店に入ってさらに仰天した。書棚に並んでいる本の背表紙がぜんぶ裏返しの鏡文字なのだ。そればかりではない、店内の吊り広告も平積みの雑誌や新刊書もひとつ残らず裏返しだった。男性向けマンガ週刊誌の表紙からは微妙に感じの違うアイドルが微笑みかけてくる。レジに立つ店員は右胸にネームプレートをつけていて、「木立」とあるのは多分「たちき」と読むのだろう。おれは狐につままれたような気分で何も買わずにデパートを後にした。裏返しの看板を眺めつつ家に向かう途中で、おれははっと気づいて胸ポケットから買い物メモを取り出した。そこにはおれ自身の筆跡で、しかも鏡文字で、「ワイン」「乾電池」そして「鏡の国のアリス」と書かれていた。

 おれがそもそも何故「鏡の国のアリス」を買いに出たかというと、締め切りをとうに過ぎてしまったウェブマガジンの原稿を書くための参考資料として、どうしても目を通しておく必要があったからだ。おれの本業は画像診断医で、遠隔地の病院や診療所から送られてくるCTやMRIの画像を診断して生計を立てているのだが、それとは別にSFとファンタジーのウェブマガジンにも原稿を書いていて、次号では「鏡」をテーマにした作品の特集があるのだった。おれをモデルにした中年の画像診断医兼オンライン作家が鏡の国に迷いこんでしまうという話を書こうと思いついて、それならば鏡の国とはどんなものか、先行する文学作品を読まねばなるまいと「鏡の国のアリス」を求めに出かけたのだが、こうなったら何のこたあない、おれ自身がこの世界で見聞することをそのまま文章にすれば原稿が上がってしまうではないか、こいつぁ楽でいいや、

 などという浮ついた気分は仕事用の端末を前にした時に吹っ飛んでしまった。

 …当然のごとく、目の前にずらりと並ぶCT/MRI画像は左右が逆転している。心臓は右に、肝臓は左にあり、向かって右側に表示されているのは患者の右側で、その証拠に画面には裏返しになった「R」の字が表示されている。これは困った。ほとんどの患者が内臓逆位という奇形になったようなものだ。ブラックジャックは内臓逆位の患者を鏡を見ながら手術したものだが、まさか3台並んだCRTの画像をぜんぶ鏡に映して診断するわけにも行かない。いや、たしか女房が全身を映せる縦長の鏡を持っていたはずだから、あれを本棚に横置きにすればなんとかなるかしら、と思ったところで、画像診断用のソフトに画像の左右を反転させる機能がついていたことを思い出した。

 こんなもの必要あるまいと思っていた機能に救われるとは思わなかった。全画像を選択した上で「左右反転」のボタンをクリックすると、あら不思議、画像も文字もめでたく見慣れたものに戻った。あとは左右の問題だけだが、普通に報告書をタイプしたあとで、検索/置換機能を使って右と左と入れ換えてやればオーケーだろう、楽勝さ、

 と鼻歌まじりに報告書をタイプしようとして愕然とした。キーボードが左右逆転している。マウスの左右ボタンも逆だ。マウスのボタンは入れ換えることができるが、キーボードとなるとそうはいかない。考えたあげく、けっきょく洗面所から鏡を持ち出してCRTに立てかけ、それを見ながらタイプすることにした。最初はひどく手間取ったが、やればなんとかなるもんだ。体が覚えているタッチタイピングを無視するのは骨が折れたが、いつもの倍近くかかってようやく報告書の作成を終えた。もうこんな時間だ、急いで子供を保育園に迎えに行かねば。もちろん自転車で、右側通行でだ。

 女房と子供が寝入ったあとでようやく考え事をする余裕ができた。

 いったい全体、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

         仮説A:鏡の国の話を書かせるため、神様が連れてきてくれた
         仮説B:いつまでも原稿を書かずにいたため、神様が罰として鏡の国に放りこんだ

 Aの場合なら原稿を書き終えたら元に戻してくれそうなものだが、どちらもありそうになかった。梗塞や挫傷で脳の一部が損傷されると左右の区別がつかなくなったり鏡を見ても自分が誰だかわからなくなったりするという。ひょっとしたら小さな脳梗塞でも起こして左右が逆転して見えるようになってしまったのかも知れないぞ。おれは布団を抜け出し、常時つけっぱなしになっているパソコンの前に座ると米国医学図書館の文献を検索してみた。何をどう検索したらいいのか見当もつかなかったが "mirror image vison" (鏡像視)と "brain" (脳)で複合検索してみたら50件ほどヒットしたので片っ端から抄録を読んでみた。…どうやら脳の障害で鏡像視を生じたという報告はないようだ。ひと安心しながら文献を眺めていたら、プリズムを使って左右が逆転して見えるようにしたメガネを健康な被験者に掛けて生活させたという実験が報告されていた。むちゃなことをしたもんだが、その場合被験者は数日で左右逆転に慣れて普通に暮らせるようになるらしい。ということは、この状態がいつまで続くかわからないが、数日がまんすればなんとかなるということだ。それならばまあ大したことにはなるまい。おれは安心して布団にもぐり込んだ。

         *                   *

 数日の間は用心して保育園の送り迎えぐらいしか外に出ないようにしていたが、人間どんなことにも慣れてしまえるものだ、4日目には新聞をすらすら読めるし、鏡を使わなくても報告書をタイプできるようになった。ドアの開け閉めや携帯電話の持ち方なんかも最初のうちはとまどったが慣れてしまえばどうということはなかった。さいわいおれの髪型は左右対称だったので、女房も子供も特に違和感を覚えてはいないようだった。もっとも、
「あれ、キミってぎっちょだったっけ?」
 と突然女房に聞かれた時は困ったが。その時は「いやー右手が痛くてさ。キーボードの叩きすぎかなあ」などとごまかし、しばらくは痛くもない手首にサポーターを巻いたりしていたが、もともと両手をかなり自由に使えるほうだったので今では左手で玉葱のみじん切りだってできる。左手で字を(しかも鏡文字を!)書くのはさすがに辛いが、考えて見れば今の世の中で文字を書く機会なんて、宅急便のラベルに記入するときぐらいのものなのだった。

 鏡の国に迷い込んでからちょうど一週間後に新宿でウェブマガジンの編集会議があった。約束の時刻に少し遅れて談話室「滝沢(もちろん看板は鏡文字)」の階段を降りると、ウェブデザイナーの福田さんとテクニカルライターの増田さんが左手(彼らにとっては右手…ああ、ややこしい)を上げて合図をよこした。
「どうもどうも」
「じゃあまず次号の締め切りを決めましょうか」
「そうだね…ん? どうかした?」福田さんがメガネを掛けなおしてじっとこちらを見ている。
「いやなんか、卓さんちょっと感じが変わったなと思って」
「そう? ゆうべあんまり寝てないからかなぁ」
 さすがはデザイナーにしてイラストレータ、目が鋭いなあと感心しながらそれとなくちらちらとふたりの顔を眺めると、確かになんとなく微妙に以前と感じが違う。そう言えばずっと前に読んだデズモンド=モリスの本で、人間の顔は右半分と左半分の役割が違うとかなんとか書いてあったっけ。どっちかがパーソナルな顔でどっちかがソーシャルな顔なんだった。それが左右入れ替わってたらどうなるのかな。妙に慣れ慣れしい感じとよそよそしい感じが同時にするんだろうか。それにしてもおれの顔に目立つほくろとか傷とかなくてよかったな。右側についていた大きなほくろが突然左側に移動していたらびっくりするもんなあ。それこそSFじゃないか。
「見慣れた人物の顔がある日突然、左右逆になってたらどうする? 渥美清の眉のほくろが反対側にあったりしたら?」
「クローン人間とか」と福田さん。
「クローンならそっくり同じでしょ」
「あれじゃないすか、4次元空間を通って反転しちゃうっていう話」と増田さんが言いかけるが、
「あーそうすると内側と外側が裏返しになっちゃうのか。左右逆っていうのは妙ですね」
「そういえばこないだテレビで左右が同じ向きに映る鏡の作り方っていうのをやってたっけ。直角に鏡を組み合わせて立てて、その前に水を張るんだってさ」
「水なんか張らなくても」
「いやそうするとより自然に見えるらしいよ」
 そのまま話は全然別の方向に流れていき、編集会議はいつものように雑談に終わった。JR新宿駅に向いながら、主人公の顔が左右逆転する小説って何だっけ、とおれは考えていた。ミルチャ=エリアーデの「ダヤン」という小説だったと思い出したのは、埼京線が動き出した後だった。

           *                  *

 結局「鏡の国のアリス」は書店では見つからず、図書館から借りて来て読んだ。図書館の利用券はいつも持ち歩いているカードケースに入っていた。本と一緒に受付に差し出してから、刻印されている文字が元のまま、つまりこの世界では鏡文字になっていたらどうしようかと焦ったがそんなことはなかった。カードケースから取り出したその他の免許証やイオカードにテレホンカード、バス共通カードに行きつけの温泉(特殊浴場ではないぞ)の回数券までぜんぶが見事に反転しているのにはいささか驚いた。そういえばこっちに来る時に身に着けていた衣類はどうだったろうか。シャツは右前、ジーンズのファスナーは左手で開けるようになっていた気がする。だとすると、鏡の国への転移が起きたときに、おれの身体だけが反転しなかったことになる。それとも、実際には身体も反転していて、反転する前の記憶だけが残ったのだろうか。ひょっとしたらこういう反転は誰にでも頻繁に起きていて、普通はその記憶がないために気づかないだけなんじゃなかろうか…

 などとアリスは悩んだりしない。自分の着ていた服がどうなったかなんて気にもしなかったようだ。ルイス=キャロルが描く鏡の国は、暖炉の上に置かれていた鏡に映る部分だけがこの世界の裏返しで、そこから先はチェスの駒が動き回りマザーグースのキャラクターが跋扈するおとぎばなしの世界なのだった。そこでは確かに文字が反転しているが、それ以外に目だった反転は書かれていない。チェスの駒は左右対称だから反転していてもわからないといえばそれまでなのだが。ルイス=キャロルが日本人だったらそうは行かない。将棋の駒は裏返しになっていたらすぐわかるからだ。

 おれはCTの読影に行っている病院で技師さんに頼みこんで全身をざっとスキャンしてもらった。
「へえー、珍しいですね。先生って内臓逆位だったんですか」
「うん、まあね、実はそうだったんだよ。はっはっは」
「胸の写真撮ってるとたまにぶつかってびっくりするんですよね。フィルムを裏返しにしちゃったかと思って」
 そういう問題ではなかったんじゃないかと思いながらもぜんぶの画像をフィルムに焼いてもらってじっくりと眺めてみた。頭のてっぺんから睾丸まできれいに逆転している。そうするとやはり、こちらに来るときに衣服は裏返って体は元のままだったわけだ。もちろんこれは脳の障害が原因なんかじゃない。内臓逆位はれっきとした奇形だが、その中にはおれみたいに偶然反対側の世界に来てしまった人が含まれているんじゃなかろうか。そこまで考えてはたと思い当たった。おれがこちらに来ると同時に、こちらの世界にいたおれ、いわば「れお」は入れ替わりにおれがいた世界に入りこんでしまったのではないだろうか。そうすると「れお」は鏡文字だらけの左右反転した世界で、今ごろこうやって自分のCTスキャンを眺めておれと同じことを考えているのだろうか。右手と左手がそっくり同じでありながら絶対に重ね合わせられないように、おれと「れお」はまったく同じことをしたり考えたりしながら、絶対に出会わないようになっているのだろうか。

(がんばれよ、「れお」)

 内心つぶやきながら、おれはシャウカステンにずらずらと10枚ほどのフィルムを並べていった。

 頭、というか大脳が左右非対称なのはあまり知られていない。右脳と左脳の役割が違うのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。おれのいた世界では、前頭葉は左脳の方が大きくて、後頭葉は右脳が優位なのが普通だったし、おれの脳もそうなっていた。だが、この世界の住人は逆なのだ。心臓、というか正確には心尖部が左側にあり、肝臓は右葉の方が大きく、胃の出口は右側を向いているから食後横になるときは右側を下にした方がいい…なんてことも誰だって知っているだろうが、細かく見ていくと人間の身体に完全に対称な臓器なんてありはしないのだ。頚静脈はふつう右側の方が太いし、椎骨動脈は逆に左が太い。副腎の形は左右でずいぶん違うし、睾丸は左の方が下がっている。おれの身体はこの世界の標準をきれいに裏返した格好になっていた。そればかりではない。たとえ完全内臓逆位の場合でも、脳だけは左が優位なのがふつうなのに、おれはこの世界の住人とは反対側の脳で考えたり見たりしているようなのだった。おれは初めて自分がこの世界の中で完全な異邦人なのに気づいてうそ寒くなった。

          *                   *

 とは言っても左右逆転した身体を持っているのは悪いことばかりではない。久しぶりに女房とコトに及んでおれはそれを実感した。女房の乳首は右側の方がすぐに反応するけれど感度はさほどでもなくて、左側はスロースターターだけど感度が良かったから、こっちの世界では反対側を上手に攻めなくてはいけないな、などとあれこれ考えているうちに何だか女房とうりふたつの双子の姉妹といたしているような気分になり大いに盛り上がったのだが、女房の反応がやけにいいのは精神的な問題だけではないかも知れないのだ。よく言うじゃないか、女は左曲がりのダンディーにしびれるって。こいつは縁起がいいぞ、ああ。
「はーよかった」
 妙にぐったりと実感を込めながらのたもうた女房のすぐ隣にはもうすぐ2才になる長女がものすごい寝相で熟睡している。それをちらりと見ながら、
「ねえ、そろそろ二人目も考えなきゃねえ」
 などと言われるとなんだか嬉しくなるじゃないか。こんなふうに夫婦円満で、あわよくば浮気したってイケそうなら無理して元の世界に戻ろうとしなくてもいいよな、「れお」だってきっといい思いをしてるんだから、と自分に言い聞かせ、神様に感謝しながらおれも心地よい眠りについたのだった。

          *                   *

 好事魔多し、喜びはそう長く続かなかった。異変は夕食どきに起こった。生協の宅配の惣菜、「鶏肉とアスパラガスのレモン炒め」を残しながら女房は言ったのだった。
「なんか化学調味料たっぷりって感じで、一口目はいいんだけど飽きちゃうね
「うーんそうかな」
「キミこそいつもなら化学調味料臭いからって食べないくせに、どうしちゃったの? さてはタクモドキ星人の侵略だな?」
「あーはいはい」
 だが、そう言われてみれば確かに最近食い物の味が微妙に変わったような気がする。コメや野菜、果物の味はさほどでもないのだが、肉や魚といったおかず、特に煮物なんかの味が薄く感じるのだ。以前は味噌汁を一口すすっただけで使ったダシの種類をぴたりを当ててみせて女房の尊敬と顰蹙を同時に買っていたのだが、それがどうもうまくいかない。食後におれは本棚から「NHK今日の料理・糖尿病の食事」を引っ張り出してぱらぱらとめくってみた。「食品の種類」を見ると糖質源、たんぱく質源、脂質源、ビタミン源などとあり、ビタミン源って何だよとつっこみながらはっと思い浮かんだのが「アミノ酸」という言葉だった。

 女房が子供に「いやいやえん」を読み聞かせているのを幸い、ノートパソコンを居間に持ち込んでイーサネットのケーブルを接続し、味の素のウェブページやら何やら検索しているうちに少しずつ真相が見えてきた。多分こういうことなのだ。アミノ酸の中には鏡像異性体を持つものがある。鏡像異性体というのは、立体構造が互いに鏡に映したように左右反対になっている化合物で、物理的な性質は一緒だが生化学的な活性が異なっている。自然界にはどちらか一方が偏って存在していることが多くて、そういう場合、少ない方の化合物は受容体と結合しないため活性を示さない。

 アミノ酸の一種であるグルタミン酸にはL型とD型の鏡像異性体がある。

 L-グルタミン酸は味の素の主成分であり、いわゆる旨味成分のひとつである。

 そして、この世界におけるL-グルタミン酸はおれにとってはD-グルタミン酸であって、味もなければ吸収も利用もできない代物なのだ。

 次々とウェブページをジャンプして読み継いでいるうちに、さらに恐ろしいことがわかってきた。必須アミノ酸のことだ。必須アミノ酸は人間がじぶんでは合成できないアミノ酸で、食物から摂取するしかない。成人の必須アミノ酸はトリプトファン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、スレオニンの8種類で、このうち少なくともフェニルアラニンには鏡像異性体が存在するのだ。他にもあるかも知れないのだが、ふと気づくと本に飽きた娘がお気に入りのおもちゃである壊れた携帯電話型電卓を手に持って足元に立ち、
「もしもし〜? もえかちゃんでしゅ。はーいわかましたぁ」
 と電話ごっこを始めたので検索は中断せざるを得なかった。

 おれは眠れないまま夜中に起き出して検索を続けた。

 おれの想像どうりこの世界に存在するのが鏡像異性体のフェニルアラニンばかりだとしたら、早晩おれにはフェニルアラニン欠乏症の症状が出てくるはずだった。いや、もう出ているのかも知れない。フェニルアラニンを分解する酵素が欠損しているため、フェニルアラニンが過剰になる病気はよく知られている。新生児のマススクリーニングが行われているフェニルケトン尿症がそれで、ほうっておくと重度の精神発達遅滞となる。ならばフェニルアラニン欠乏症では知能が低下して痴呆になるのだろうか。文献はなかなか見つからなかった。自然界にふつうに存在するものが欠乏するなんて、先天異常でもなければ起こり得ないことなのだから無理もなかった。ブロイラーに必須アミノ酸を欠いた餌を食べさせて免疫能を調べたという動物実験ぐらいしか見つからない。おれはパニックを起こしそうになった。

 冷たい水で顔を洗い、洗面所の鏡を覗き込むとそこには疲れた中年男が隈のできたうつろな目をして立っている。精神科の医者をやっている女房が見たなら何と言うだろう、いきなり尻に向精神薬を注射されたりするんだろうか、そう思いながらも鏡の中の自分、「れお」に向って話しかけずにはいられなかった。

「なあ、お前そこにいるんだろう」
 「れお」は半分怒ったような半分あきらめたような今にも泣きそうな表情でうつろにこちらを見返している。
「なあ何とか言えよ。そろそろ交代しないか? もう十分楽しんだだろう。元に戻ろうぜ」
 おれたちは同時に鏡に両手をついた。
「わかったらウィンクしてみせてくれよ、なあ?」
 おれも「れお」も互いの顔を見つめるばかりでまばたきもしない。そう言えば鏡で自分のまばたきを見ることができないのはなぜなんだろう。鏡の中のおれの両目からぽたぽたと涙が溢れ出した。

          *                  *

 日曜日。遅い朝食のあとのコーヒーをすすりながらおれは止めどもなく考えていた。女房はまた「いやいやえん」を読み聞かせている。子供のことを考えたらまた泣きそうになった。おれがフェニルアラニンだかなにかの欠乏症で痴呆になったり精神に異常を来たしたり、いやそろそろ来たしかけているかも知れんのだが、果ては死んでしまったら子供があんまり不憫じゃないか。妹または弟だって欲しかろうに、というところでもう一度ショックを受けた。そうだ、DNAだって立体構造のある化学物質なのだ。鏡像異性体DNAを持つ身ではこれ以上子孫を残すことさえできないじゃないか。

「あーまた左翼が騒いでる。いやあねえ」

 いつの間にか女房がテーブルの向いでコーヒーカップを手にしている。言われてみればさっきから街宣車が軍歌まがいの行進曲をラウドスピーカーから流しながらそこらをうろついているのだった。…ん、左翼だって?
「あれって右翼じゃないの」
「何言ってるの、左翼よ、サヨク」
「左翼って言ったら我々わぁ〜、断固粉砕するぅ〜ってシュプレヒコールするやつだろ」
「それは右翼でしょ」
「えーと」
 おれはコーヒーカップを下に置いてぽりぽりと頭を掻いた。

「右顧左眄って知ってる?」
「何それ」
 訊いた相手が悪かった。
「右往左往」
「左往右往の間違いでしょ。それくらいあたしにだってわかるもんね」
「じゃあ、ひな壇に飾るのは左大臣右大臣? 左→右の順ばっかりだな。他に右と左が入る四字熟語ってないかな」
「ぜんごゆうさ、とか」
「は?」
 前後右左と言っているのだと気づくのに数秒かかった。これは変だ。どう考えても変だ。物理的に左右が逆転しているばかりではなくて、「右」と「左」という言葉の持つ意味が逆になっているなんて。おれは仕事部屋まで走って行って愛用のランダムハウス英和辞典を書棚から引っ張り出し、大急ぎでページをめくった。

    sinisiter adj.1 正しい、正当な、当然の、正義にかなった(good, proper, just, virtuous)
    right adj.1 凶事を予感させる、縁起の悪い、不吉な、無気味な(ominous) 4 左側の(にある)、左の

 そんなばかな。語句の意味が逆転するなんて。

 ようやくおれはこの世界の尻尾をつかんだような気がした。これは断じて「鏡の国」なんかじゃない。そもそも鏡に映したように「すべて」が逆転しているというのなら、原子の回転だか電子のスピンだかなんだか知らないが、そんなものまで逆転していなけりゃならないんじゃないのか? 「右」と「左」の言葉の意味が逆転していたら、それ以外のすべての言葉の意味だって影響を受けるんじゃないのか? だいたい最初におれの身に着けていたものすべてが裏返しになっていたのに、おれの身体だけが反転しなかったのはなぜなんだ? この世界は薄気味悪いくらいにいいかげんで中途半端だ。こんな世界はあり得ない。もしもあるとしたら、それは…

 夢の中だけだ。

 気がつくとおれはすべての感覚を遮断されて闇に浮かんでいた。何も見えないから闇と言うしかなく、身体に触れるものが何もないから浮かんでいると表現するしかない。おれは知覚できない顔の前面にあるはずの目をじっと凝らし、頭の側面についているはずの耳をじっと澄ました。ほんの一瞬、心電計かなにかのモニターの緑の波形が見え、電子音が聞こえたような気がした。

 おれは死にかけているのだろうか。…たぶん、恐らくは。思うにおれは駅前デパートのガラスの扉に思いっきり頭を打ちつけて、それ以来人事不省で夢の中をさまよっているのではあるまいか。直前まで考えていた「鏡の国」という固定観念を、ダメージを受けた脳がこねくり回し、おれの意思とは無関係にこの世界を創りあげたのだろう。何のために? よくはわからないが、たとえどんなものであろうと世界がないことには自分が消えてしまうから、壊れかけたおれの脳は世界を作り出さずにはいられなかったのだろう。だが幸いなことにおれはまだ消えていない。目を覚ましさえすればいいのだ。そうすればアリスみたいに現実の世界、鏡のこちら側に戻って来れるはずなのだ。ただ目を覚ませばそれで終わり、めでたしめでたしなのだ。

 だが、どうやったらこの悪夢から覚めることができるんだ?

(了)

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