ブックレビュー

『ダーウィンの使者』

グレッグ・ベア著
大森望訳、2000/1/10刊

ISBN4-7897-1537-X C0097
ISBN4-7897-1538-8 C0097

レビュー:[ゆうふぉ]&[卓]&[雀部]

ソニーマガジン社 各巻1600円
設定:
 生物には、生物学的なマスターコンピュータがあり、有利な突然変異を計算している。ある種のプロセッサがどこで何が変化するかを決定、あるいは過去の進化の経験から導き出された成功率をもとに予測する。この進化のライブラリは、ストレスによって生産されるホルモンに反応する。やがて個体間で今までジャンクDNAとして隠れていたウィルスやレトロウィルスが活性化し、情報交換される。それが一種の安足数に達したとき、ストレスから逃れるための遺伝子アルゴリズムがトリガーとなり、ライブラリから選ばれた最適の進化を選択する。つまり、進化する進化・・・
 
粗筋:
 アルプス山中の洞窟で発見され、無許可で持ち出そうとされたネアンデルタール人の親子と思われるミイラ。驚くべきことに両親はネアンデルタール人と思われたのに、子供の方は現在の人類ホモサピエンスであると判定された。その犯人の一人、ミッチはかつて古代インディアンの骨を盗んで学会を追放された人類学者だった。
 またグルジアでは妊婦の大量虐殺事件が明るみに出た。妊婦を流産させるレトロウィルス<SHEVA>が発見され、ヘロデ流感として世界中に蔓延していく。その発見に貢献したのが法医学と遺伝子工学寄りの微生物学者ケイだった。やがてひょんなことから愛し合うようになったケイとミッチだが・・・



[雀部]  今回は、医学ネタSF特集と言うことでグレッグ・ベア氏の『ダーウィンの使者』
を取り上げました。
 読んでみたのですが、テーマの割には、地味な展開だったですね。
[ゆうふぉ]  地味っ! 地味っ! 地味すぎ〜!!
「ブラッドミュージック」のマッドな感じの方が断然好みです。
[雀部] ですよね。なんか拍子抜け。
 どこが『ブラッド・ミュージック』を凌ぐ最高傑作なんだか^^;
 楽しめるのは楽しめたんですけど、かなり医学的なところで楽しんだからなぁ。
[ゆうふぉ]  オープンエンドってラストシーンは「ターミネーター」を思い出しました。
 続編は「スラン」ミレニアムバージョン?
[雀部]  オープンエンドは、パジェットの『ミュータント』みたいですね。
[ゆうふぉ]  「ヒト内在性ウイルス」を使ったのはポイント高いと思います。しかし「DNAの中に『何か』が隠されている」
と言い換えるとかなりあるんじゃないでしょうか?
 雀部さんなら数編は列挙なさるのでは? 私は「二重螺旋の悪魔」しか思い浮かばないのですが。
[雀部]  げ?そんなには。確か一つはあるんですが(@_@;)
 最近では、『ダスト』('98)なんかもそうですね。3300万年に一度発現する時限ロックがかかった遺伝子という壮大なアイデアでした。
 「ハードSF研公報VOL.63」('96)にも、橋元淳一郎先生の書かれた「スミレ」がイントロンを扱っていました。また、96年当時青年誌(漫画雑誌)にも、イントロンの遺伝子を発現させて、無敵のアスリートをつくるというのがあって驚いた記憶があります(作者はSF設定の漫画をよく書く漫画家の方です。その被験者は、最後にはなんとオオアリクイになってしまいますが)
で、人内在性レトロウィルスってのは、確認されているんですか?
 やはりイントロン上にあるのかな〜。
[ゆうふぉ]  気になったので、とりあえず日本語で検索してみたら、北海道大学の病理学教室がひっかかりました(渡辺英樹のSFホームページ・ブックレビュー『ダーウィンの使者』も・・・笑)。最終更新が1996年ですが、(発癌に関与する可能性もあるが)
「多くのHERVsはその構造に一部欠失が見られることからウイルス粒子を形成する可能性は低く、ヒトにおいては何ら機能を果たしていないと考える人も多く、実際ヒトにおけるその機能は今のところ不明」
 http://www.med.hokudai.ac.jp/%7Epatho-1w/research/erv/j_ervind.html
ということで、ウイルス自体は確認されてるんでしょうか。
NIHのPubMed検索(すべてのフィールド)で過去10年、236は少ないかな?
以下の総説あたりを読むと『ダーウィンの使者』が2倍楽しめるって感じがするんですが、そんな時間はちょっとないですね。

1)Larsson E, Andersson G.
   Beneficial role of human endogenous retroviruses: facts and hypotheses.
    Scand J Immunol. 1998 Oct;48(4):329-38. Review.
2)McIntosh EM, Haynes RH.
  HIV and human endogenous retroviruses: an hypothesis with therapeutic implications.
  Acta Biochim Pol. 1996;43(4):583-92. Review.
3)Urnovitz HB, Murphy WH.
 Human endogenous retroviruses: nature, occurrence, and clinical implications in human disease.
 Clin Microbiol Rev. 1996 Jan;9(1):72-99. Review.

ちなみに今年の論文でMS(多発性硬化症)がらみの論文がありましたが、本の中では治療の副作用で登場してたんですっけ? 

[卓]  とりあえず3)の要約だけ読みました
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=8665478&dopt=Abstract
レトロウィルス粒子はいろんなところで見つかるし、胎盤にもたくさんあるので、
生殖に関連する疾患にも関与しているのではないかということみたいですね
 あなおそろしや^^;)
 作品が書かれた時点で最新のウィルス学的な情報は盛りこんであるということでせうか 
[雀部]  当然、最新情報は盛り込んであると思います。どう料理するかは、作者の腕次第だけど。
 卓編集長は、面白さという点では、この本はどう評価されてますか?
[卓]  ミッチとケイがくっついたあたりからようやく面白くなったかな
 どうもご都合主義的なところが好きになれなくて…
[ゆうふぉ]  私は「ご都合主義」よりも「躁鬱病」だの「片頭痛」だのという設定がわざとらしくて嫌でした。
[雀部]   わざとらしいというと、どういうことでしょうか?
[ゆうふぉ]  無理に「劇的」なシーンをつくるための「言い訳」みたいな・・・。あれ、結局「ご都合主義」と同じことでしょうか?
 とにかくウイルスネタでもう少しひねって欲しかったです。「では、どういうふうに」と問われると困るのですが・・。解答があれば自分で書きますよね(笑)。
 バイオサイエンスを扱う会社の厳しさのあたりは「情報」としては知っていましたが、実際にこういう風になるのかなあ、と思えたあたりはおもしろかったです。
[卓]  そうそう、そもそもソールに存在感というか必然性が感じられないため彼が死んだところで主人公に同情しようという気がおきなかった
[ゆうふぉ]  ここはオフレコで・・・同情どころか「ややこしいのがいなくなって良かったんじゃない?」と祝福してしまいました
[雀部]  お、それは厳しいですね^^;
 まあソールは、出だしから犯罪と分かっていて手を貸しているわけですからね。
 清廉潔白でもないし、男から見ても魅力のある性格でもないし。
[卓]  私がどうしてもひっかかってしまったのは2点。
 なぜ今になってSHEVAが大規模に活性化したのか。
 その理由がストレスのひとことで片付けられているのと、 そしてまたなんだって絶妙なタイミングで^^;)
 ネアンデルタール人の死体が発見されなきゃいかんのか、これぞご都合主義の極致でしょう
 設定が現代で主人公が学者ときては、活劇を期待しちゃいけないのはわかってるんだけど、話を盛り上げるためだけに無造作に突っ込まれた要素が多すぎる
[雀部]  関係ないですけど、科学者が主人公で活劇シーンがあるというと、ベンフォード氏の『時の迷宮』を思い出しますね。活劇+恋愛譚+ハードSFという欲張りなお話でした。
 
[ゆうふぉ]  すでに存在していた遺跡や資料をあらためて解釈したら、とか、今までも主張していたのに誰も相手にしなかった学説があった、とか、できなかったですかね。「いつかSHEVAが大規模に・・」と警告していたのが「ついに今!」なら少し不自然さが緩和されるのに。(なんか宇宙人襲来にそなえて巨大ロボットを準備するアニメのノリ?
 
[雀部]  世紀末ですから〜(爆)たしかに、<何故今なのか>を納得させてくれる展開というのはなかなか難しいですね。ハインライン氏の「大当たりの年」のように全てのカーヴが、一点に収斂するとかあるとなんだか納得しちゃいますし(笑)
 
[ゆうふぉ]  ネアンデルタール人の死体発見シーンとその過去を垣間見る部分そのものは迫力があって読ませるところなんですが、確かにタイミングが・・・。
 
[雀部]  '97年にPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法を用いて、ネアンデルタール人のミトコンドリア(卵細胞の細胞質遺伝なので、母親の形質のみが遺伝する。『パラサイト・イヴ』でもお馴染み)のDNA配列が決定し、現在はアフリカ単一起源説が有力視されてますよね。で、ネアンデルタール人から、現在の人類が生まれたときも、SHEVAが一役買っていたというのが、作者の主張だと思うのですが、なぜSHEVAは、そのような役割を持つようになったんでしょうか?進化の神の思し召しかな。
[卓]  種としてのゲノム全体が一種のコンピュータみたいに機能している。SHEVAはその中で 進化を司っている部分なのだといった感じでしょうか。相互にコミュニケートできる十分に 複雑なネットワークはそれ自体で知能を持つことができるというこのあたりの主張、私は「ゲーデル=エッシャー=バッハ」だったかな、「アリ塚おばさん」を連想して面白かったです ね。神といっても機械仕掛けの神(デウス=マキニカリス)ね。
[雀部]  SHEVAが遺伝子の中を引っかき回し、猛烈に切ったり貼ったりして遺伝子の再構築をしているような記述が出てくるのですが、表面的には体にはあまり影響はないんですかねぇ?変なマスクとかは出てきますが。
[卓]  2枚舌になるとか^^;)嗅覚が鋭くなるとか、親の方にもいろいろ影響が出るようですね。
 SHEVAベビーが薬に極端に弱いというのも含めて、進化といいながらも先祖帰りに近いような気もするけど。ネイティブ・アメリカンに保護されるくだりも含めて「自然に還ろう」みたいな作者の主張が仄見えるんですが、ちょっとナイーブすぎる嫌いが…
[雀部]  なかなか厳しい意見が多いようですが、逆にここが面白かった、ここは評価できるという点はどこでしょうか?
 私は、科学者の功名争いの描写とか、SHEVAが染色体の異常を持つ卵巣だけの胎児を孕ませ、一世代ワンクッション置いて、その卵巣から受精なしにSHEVAの子供が生まれてくるというアイデアには感心したんですけど。
[卓]  処女生殖…かな? ヘロデ流感なんてなネーミングからしてそうですが、ユダヤ=キリスト教の通念をさりげなく援用している。私はアイデアとしてはさきほどのゲノム=コンピュータ(作者はそうは書いてないけど)説が面白かったですね。どこまでも拡張できるから。恒星 どうしがニュートリノを介して思考する銀河コンピュータとか、銀河系どうしが重力波を介し て数億年単位で思考しているとか^^;) あ、これってありがちなアイデアですか?
[雀部]  とってもありがち :-)
 私も、そのアイデアでショートショート書きました。ヽ(^o^;)丿
[ゆうふぉ]
[卓]
[雀部]
 今回は、医学ネタの長文の感想にお付き合い下さってありがとうございました。<(_ _)>
 これに懲りずに、引き続きのご愛読をおねがいいたします。>「アニマ・ソラリス」読者諸氏
[卓]
放射線科医。本誌編集長。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員
ホームページは、http://www.sasabe.com
[ゆうふぉ]
病理医、ハードSF研所員
プレストンプレスHPhttp://member.nifty.ne.jp/prestonpress/
 

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