著者インタビュー

カバー写真 『人類の長い午後』

橋元淳一郎著 
 
 

インタビュアー:[雀部]

現代書林 1600円 '99/11/09
ミレニアム・クロニクル 未来史の冒険 「西暦3000年の世界」
 兼業ハードSF作家である橋元淳一郎さんが書かれたノンフィクションの形態をしたSF? 
目次:
プロローグ:来るべきミレニアム(千年紀)を描く
1,セックス革命
 ヒトゲノム計画から、ダイエット・性転換まで
2,ペットは恐竜
 ナノテク・バイオテクノロジーから汎用分子マシン
3,カタストロフ
 ディープインパクト、《知の指導原理》、負の遺産
4,地球を覆う青紫色の結晶生命
 ガイアの危機、流行性奇病、ニュータイプ生命の登場
5,海上ミクロポリスにみる希望
 脳の改造、進化し続ける脳
6,科学を超える《超知性原理》
 テレパシー、《超知性原理》、《超数学》
7,人工知性[ゲームの天才]
 脳への挑戦、人工知性は人間と平等
8,不老不死の時代
 核を操るフェムトテクノロジー、ホモサピエンス・コスモシエンスへの道
9,天空の架け橋
 ユートピア、軽陽子・軽中性子、バベルの塔、宇宙へと拡散する知性
10,ネアンデルタールの亡霊
 モネラ世界、ネアンデルタール人の復活
エピローグ:十億年の宴

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 橋元淳一郎さんが、持てる知識の全てをそそぎ込んで上梓した、ノンフィクション。後半は、壮大な未来史を描いた
フィクションと言った方が良いでしょう。人類の行く末を案じるすべての読者人にお薦めです。



 
[雀部]    さて、創刊号の最初の著者インタビューは、大学で教鞭を執るかたわら、SF・科学ノンフィクションを精力的に執筆されている橋元淳一郎先生です。今年の二月にも『われ思うゆえに思考実験あり』を出版されています。
 今回インタビューさせていただくのは、昨年末に出版され話題を呼んだ、ノンフィクションSFとでも呼ぶべき『人類の長い午後』です。この題名は『地球の長い午後』に敬意を表してだと書かれていますが、どういうところが、橋元先生の嗜好に合っているのでしょう?
[橋元]  これは書き上げたあとで、出版社の編集者の案を採用しました。だから、地球の長い午後にとくにこだわった訳ではありません。もっともブライアン・オールディスの、思弁的な考えをビジュアル化する、あの作風は大好きです。同じ巨大な構築物でも、ニーヴンの作るものよりもなんか雰囲気的に好きですね
[雀部]   この本は、ノンフィクションの形態を取っていますが、なぜ普通のSF形態になさらなかったのですか?
[橋元]  もともと出版社からノンフィクションを書いてほしいという依頼があったのです。で、ただのノンフィクションよりはsfチックにと思って書いたのです。フィクションで書くと、出してくれる出版社を探すのが大変だという現実的な問題もありますね。
[雀部]   SFと銘打つと売れ行きが心配だと言うことで、昔なら当然SFとして出版されていたと思われる本が多数ホラーやミステリーとして出ていますからね。SFファンとしてはちょっと寂しい現実ではあります。

 さて内容に触れますが、一番興味深かったのは、プロローグのところと、第6章に書かれてる超知性原理ですが、これは、未来の人類において本能のようになるのでしょうか?
 それとも、言語中枢や視覚中枢があるように、倫理的中枢というものを新たにこしらえる計画なのでしょうか?

[橋元]  超知性原理は、あくまで未来の(それもある期間の)文明の《知の指導原理》のことですから、本能のようなものではありません。宗教や科学と同じように、人間の知性が創り出す「文化」あるいは「ソフト」といっていいでしょう。
 ただ、超知性原理を働かせる条件のひとつが、倫理的知能の追加です。これは脳の改変という「ハード的」改革を伴う訳です。ただし、言語中枢や視覚中枢という捉え方ではなく、ミズンが「心の先史時代」の中で使っている「脳のモジュール群」として「倫理的知能」を付け加えるということです。
[雀部]   《知の指導原理》は、過去の歴史から順番に行くと 呪術(神話)→宗教(哲学)→科学→超知性原理 という変遷になるようですが、昨今の世情を見ていると、宗教も科学も既に《指導原理》としての役を果たしていないような気がします。今こそ、新しい指導原理の登場が待たれているのではないでしょうか?
[橋元]  宗教が現代の《知の指導原理》でないことは明らかですね。科学はどうかというと、いまだ《知の指導原理》としてある程度機能していると思います。ただ、環境問題、核戦争の危機、人口問題などを考えると、科学が《知の指導原理》として機能しなくなりはじめていることも事実です。ちょうど、教会の権力はいまだ強いが、さまざまな矛盾が生じはじめた中世末期のキリスト教と同じような状況でしょうか。
 新しい《知の指導原理》はすぐにでも欲しいところですが、倫理的知能や主観の共有などといった脳の改変はすぐには出来ませんから、これからの数世紀は、《知の指導原理》が機能しない混乱の時代を迎えるのではないか、というのが「人類の長い午後」のシナリオです。
 脳の改変を伴わない新しい《知の指導原理》を創り出すことが出来ればいいのですが、現実社会を見ていると悲観的にならざるを得ないですね。
[雀部]   日本では、『人類の長い午後』と同時期に出たSFにジョー・ホールドマンの『終わりなき平和』('97)がありす。これは、神経プラグによって長期間接続され他人の感情や記憶を共有した人間は、他人に危害を加えようと思わなくなる。それを利用して、全世界の人々に神経プラグを装着し、世界平和をもたらすいうのが、メインアイデアだったです。これは、『地球の長い午後』に出てくる超知性原理による他者の感情を共有し争いを無くすというアイデアと根っこの所では同じような気がします。
 今までのSF、例えばハインライン氏の作品(『地球脱出』など)では、そういう共同体意識というのは、確かに穏やかな存在になるかも知れないけれど、人間の個としての独立と尊厳を損なうものだとして排除されるような描き方が一般的だったと思います。それが最近、ホールドマン氏や橋元淳一郎先生の例にあるように、トーンが変わってきました。やはりこれは全世界的に、そういう手段でも取らなければ、もはや人類に明るい未来は無いという共通認識のようなものが出来て来つつあるのでしょうか。
[橋元]  共通認識が出来つつあるのかどうかは、よくわかりません。一般的に言えば、主観の共有や倫理的知能の追加などは、否定する人が多いのではないでしょうか。ぼくも、現実社会に向かって、そんな風にすべきだなどと主張するつもりはありません。
 しかし、雀部さんも書いておられるように、そういう手段でも取らなければ、人類に明るい未来はない、という気分ですね、今は。
[雀部]   ありがとうございました。なんだか暗澹たる未来なんですが、『人類の長い午後』が、どんどん売れて、政治家の方々も読まれるようになると、ちょっとはマシな未来になるかも知れませんね。未来を空想することが得意なSFファンとしても、もっと啓蒙活動したいと思います。
 最後に、今後の執筆予定をお聞かせ下さい。
[橋元]  物理の参考書が次々に依頼が来ているので、年1,2冊ずつは、書かざるをえないでしょう。現在執筆中の学研の本は、参考書というよりは、高校生向きの物理読本的な内容です。ノンフィクションは「シュレディンガーの猫は元気か」の続編を書く予定です。中身はまだ決まっていませんが、別の出版社からも依頼されています(これは取り掛かるのは多分来年以降)。あとは長編ですが、どこからも催促がないので遅れてしまっております。しかし、心の中では長編がもっとも力を入れるべき仕事だと、いつも思っております。気長にお待ち下さいますようお願いいたします。
[雀部]   長編、楽しみに待っております。
 本日は、どうもありがとうございました。 
[橋元淳一郎]
'47年大阪生まれ。京都大学理学部物理学科修士課程修了。現在、相愛大学人文科学部教授。日本SF作家クラブ会員。ハードSF研所員
上記著書の他の主な著書には、『シュレディンガーの猫は元気か』((ハヤカワ文庫)、『物理・橋元流解法の大原則』((学習研究社)などがある。
橋元淳一郎先生の月例報告は、こちら。月例報告 著書などに関するご感想などはこちら。掲示板
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。ホームページは、http://www.sasabe.com

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