著者インタビュー

カバー写真 『BH85』

森青花著
装画=吾妻ひでお

ISBN4-10-433901-6 C0093

インタビュアー:[雀部]&[卓]

新潮社 1300円 '99/12/15
第11回「日本ファンタジーノベル大賞」優秀賞受賞作
 粗筋:  
 養毛剤が主力製品の毛精本舗に勤務する水木恵は、とあるユーザーから「みるみるうちに髪の毛が生えてきた」という電話を受け、うちの商品がそんなに効果があるわけないのに〜、と疑問を抱きつつ上司に報告した。
 そのことが話題になった月例会議の席上、開発部から営業に替わってきた毛利という男によって、とんでもない事実が明らかになった。なんと毛利は、自分が開発中で安全性も確かめてない製品サンプル『毛精』を、市販するもののなかに一本紛れ込ませていたというのだ。 
 一方くだんの『毛精』を使用中の別所は、実験中に遺伝子改変処理を施してあるヒト神経細胞のかけらほ浴びてしまう。そして、このことが全世界的な異変の始まりになろうとは・・・・ 
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ほのぼの版『ブラッドミュージック』といった趣の、サイエンス・ファンタジーです。この限りなく増殖するBH85で、地球はぐちゃぐちゃになってしまうのですが、なぜか悲壮感があまりありません。あろうことか、ほとんどの人間がこの生命体に融合してしまうというのに。
 作者の独特のユーモアのセンスと、非凡な切り口に脱帽です。(^o^)/



[雀部]  今回の著者インタビューは、『BH85』で、第11回日本ファンタジーノベル 大賞優秀賞を受賞された森青花さんです。インタビュアーは、私と、asahi-netで森さんと俳句仲間である−卓−編集長です。医学的な突っ込みは、−卓−さんに任せるとして、まあ、医学的な突っ込みを 入れるべき作品ではないでしょうが、でもなんで意識まで融合しちゃうのかは、ち ょっとだけ聞いてみたい気が(笑)  
[森]  医学的には・・・・・・、無理でしょう。意識は融合しないでしょう。少なく ともこの作品のようなかたちでは不可能。ただ「不可能」を「可能」にするのが 「物語」ではないかと(強引)。
[雀部]  なるほど、確かにそうですね。ところで、これは−卓−さんにお聞きしたのです が、ちょっと展開が似ている『ブラッド・ミュージック』を、執筆当時は読んでおられなかったそうですが。
[森]  はい。お恥ずかしいことに未読でした。こないだ読んで「わ、似てる・・・・・・」 と泣きそうになりました(^^;)。何人かのかたに「『ブラッド・ミュージック』で すね」と言われて「何だろう?」とか呑気に思っていたのですが。編集者のかた には諸星大二郎の「生物都市」を連想したと言われましたけれど、こっちはしっ かり読んでいて、たぶん無意識のうちに影響を受けていると思います。
[雀部]   いっぱい生物が一緒くたになった、あのちょっと不気味な絵ですね。なるほど、 確かに、そんなイメージがあります。 もし、『ブラッド・ミュージック』を読まれていたら、どうしても意識するので、この傑作は生まれなかったでしょうから、却って良かったと言えますね。 あとは、集合意識について、どういう意見を持たれているのか知りたいです。 肯定的なのか、やはり人間本来の姿とは違うので否定的なのか。
[森]  まず他者と「つながりたい」という欲望があったのです。
 他者というのは基本 的に「わからない」存在なわけですよね。けれども、好きな相手の心の中は知りたい、相手に私を完全にわかってほしい、そういう欲望。
 ふっとそこで「もし意識がつながることができたら」と考えたのです。私があなたであなたが私になる。
 ところが、私とあなたの意識が完全につながってしまったら、私もあなたもなく なります。私が他者を取り込むというふうに感じてしまいがちですけれど、完全 に融合してしまった意識は、それ以前の私の意識とは全く違うものになってしま うのです。以前の私は消滅します。
 もしも、完全な「集合意識」というものが成立するとしたら、それは「人類と いう種」の意識ではあっても「人間」の意識ではあり得ないと思います。
 私としてはそれを否定も肯定もできません。  ただ「集合意識」自身は途方もなくさびしいのではないかと思います。
[卓]  集合無意識といえばユング  ユングといえばシンクロニシティというわけで^^;)  ブラッドミュージックについては、おそらく同時期にドーキンスあたりからイ ンスパイアされた、ということでしたね。このへんちょっと語っていただけます か
[森]  ドーキンスの仮説は一言でいえば「セレクション(自然淘汰)の単位は遺伝子で ある」ですよね。個体でもなく群でもなく種でもなく。そういうミニマムなもの をセレクションの主役と考えれば、全生物はひとつの種(遺伝子という同一のも ので組立てられているという意味で)とみなすことができると思ったわけです。 であれば融合してもおかしくないなと(なんだかネタばらしですねえ (^^;))。
[卓]  エンパシー(共感)の重要性についてはディックが電気羊…で力説していたような。
 でも集合意識(無意識ではなく)はあくまでもSF的道具立てで、エンパシー とは違いますよね。
 私はラッセルあたりの論理哲学が(理解できないけど)好きなもんで「他人に意識はあるか」などという命題は、厳密にいうと科学では扱えないだろうと思ってますけど。
[森]  私も「他人に意識はあるか」という命題は科学では(そして哲学でも)解けな いと思っています。ただ「類推」があるだけで。しかし、その類推(そしてそこ から生じる「共感」)こそが人間社会を成立せしめているものだと思うのです。
[雀部]  それと関連質問なんですけど、主人公の二人は、集合体に拒否されて普通の人間のままラストを迎えますけど、これは、やはり集合意識というものを客観視し たいからなんですか?
[森]   客観視というのはあります。
 というか、小説を書いていく上での技術的な問題 として、「集合意識」というものは外側からなぞることしかできないから、とい ったほうがいいかもしれません。最初は、次々と融合する意識を積分するように 書いてみたいと思ったのです、内側から。しかし、力不足でそれはできませんで した。
 意識(この作品の場合は人間のみならずすべての生物の意識ですが)の融合と いう新たな段階に「進化」した存在と、そこから取り残された存在を対置させた いということもありましたし(両者がどう関係を結んでいくか)。 
[卓]  …てな雑談はさておき^^;)、私からの質問は今後どんな作品を書いていきたい かという抱負みたいなのをお聞きしたいのと、SF/ファンタジーといったジャン ルについてどうお考えか。こだわらずに書きたいものを書かれるつもりなのか、 SFを書くんだという意識はお持ちなのか、といったところですね
[森]  何がSFかとか考え出すと難しくもなりますし(今回の作品も本人は全然SF だと思っていなかった(^^;)というくらい、ジャンルには無頓着です)。
 ただ、書きたいものを書いていって、それがけっこうSF的なものになるとい うことはあると思います(あと、なぜかマッドサイエンティストが大好きなんです)。 
 めざしているのは、面白くてちょっと変な小説、という感じです。
[卓]  どうもありがとうございました。答えにくい質問ばかりですみません。今後のご活躍に大いに期待しております。いずれ Anima Solaris で原稿料を出せるよう になったら^^;)その時にはぜひ作品を掲載させていただきたいと願っております。   
[森青花]
'58年生。京都大学文学部独文科卒。百貨店勤務を経て現在に至る。新聞記者の夫と二人暮らし。尊敬する作家はアントニオ・タブッキ。 趣味は映画鑑賞、読書、格闘技全般を愛する。
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。ホームページは、http://www.sasabe.com
[卓]
本誌編集長、ホームページ

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