カバー写真 『永遠の森 博物館惑星』

菅浩江著
画=菊地健
2000年7月31日刊
ISBN4-15-208291-7 C0093

インタビュアー:[雀部]

早川書房 1900円
 今月号(2000/9月号)のSFマガジンは、菅浩江さんの小特集。新作「五人姉妹」、星雲賞受賞の短篇英訳版「Freckled Figure(そばかすのフィギュア)」、インタビュー他が掲載されています。ぜひご覧下さい!
設定:
 博物館惑星とは、ラグランジュ3に浮かぶ、小惑星<アフロディーテ>。オーストラリアとほぼ同じ表面積を持つこの岩の表面には、およそ科学で実現できるあらゆる環境が設定され、地上はもとより宇宙からも集められた様々な動植物・美術品・音楽や舞台芸能に至るまで、ありとあらゆる物質と情報が網羅された一大博物館を形成しています。
 その内部は、音楽・舞台担当の<ミューズ>、絵画・工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>という三つの専門部署に別れそれぞれが専用のデータベースを直接頭脳に接続した学芸員が、分析鑑定・分類収納保存に務めています。
 主人公の田代孝弘は、<アフロディーテ>に搬入された物品を専門部署に割り振り、各部署間の調停役を果たす<アポロン>に勤務する学芸員です。そこのデータベース<ムネーモシューネ>は、各専門データベースに上位アクセスが可能で、田代たちは、かなり特権的立場にいるにも関わらず、各部署間の綱引きや美術品・芸術にからむ複雑な問題で頭痛の種の尽きることはありません。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 '93/2〜'98/7まで、SFマガジンに連載された短編に、書き下ろしの「この子はだあれ」を加えた連続短編集。
 とくに書き下ろしの「この子はだあれ」は、主人公孝弘の学芸員として人間としての成長物語であると同時に、人形の出所を探すというミステリにもなっています。それに、学術員の本当の能力とはという問いの答えにもなっているという練りに練った構成ですね。人形の表情が、***だったのは、実は・・・という謎解きは、本当に素晴らしいと思います。(^o^)/  
  


[雀部]  今回の著者インタビューは7月25日に早川書房から『永遠の森 博物館惑星』を出された菅浩江さんです。
菅さん、どうぞよろしくお願いします。
[菅]   よろしくお願いします。
[雀部]  菅さんと言えば、わたしは昔から大好きで、菅さんが出没されているネット関係もよくのぞかせて頂いたり、雑誌の連載もチェックしていたんです。
 アスキーから出ていた「LOG OUT」という雑誌で『暁のビザンティラ』を連載されていた時、著者のコメントに"惑星の軌道がどうたらこうたら"とあって、いかにも"わたしこれだけ設定に苦心してるのよ、誉めて誉めて"と言われているようで、なんか微笑ましいと同時に、あこの人、やっぱりSF者の血が流れているぞと思ったりしました。ファンタジーの人はあんなこと書きませんから(笑)
 それでは、この物語の舞台である博物館アフロディーテの設定のご苦労などをお聞かせ下さいませんか。
[菅]  「ビザンティラ」の記事が雀部さんにそう受け取られてしまったのは残念です。誉めて、などというみっともないことは言いたくなかったですから。
 私としては月が二つあってそれで生態系の暦ができている世界なので、作品上の時間軸と月の満ち欠けを一致させるのは当然のことでした。それを編集さんが思いがけずに、驚かれたというか、面白がられたというか……。
 引っ越し直後で該当雑誌を手元に置いて確認できないのですが、私から「こんなことやったのよ」と言った機会はなかったように記憶します。言ったとすれば、編集さんにウケたから読者さんにも「こいつ、そこまでやってバカだー」と笑ってもらおうとしたのだと思いますね。
 このように、私の場合、世界設定はすべて「物語に奉仕する」ものであって、設定を作るのが面白かったり設定を前面に押し出したりすることはありません。もちろん「メルサスの少年(新潮文庫)」のように、その世界ならではの話は設定に依存しますが、結局は、どのような感動にはどのような世界が必要か、がまず第一です。
〈博物館惑星〉の場合も同じでした。美術品をめぐったSF連作をやりたい、だったらどうするか、が始まりです。SF的ガジェットしてデータベースや直接接続システムを考え、枚数の限られた短編に余分なことを持ち込まず美術一色で埋めつくすためにラグランジュポイント上の博物館惑星という閉鎖空間をしつらえました。
 苦労といえば、ギリシャ神話の女神の名前と部署やデータベース・システムを重ね合わせるのに手間がかかりましたね。あとはキャラクターたちの出身国決定とそれらしい名前の下調べでしょうか。
[雀部]   連作短編群は、菅さんがかつて読まれてきたSFの一番好きなタイプを再現しようと努力して書かれたとお聞きしましたが、SFマガジンの'93/2月号に掲載された最初の短編「天上の調べ聞きうる者」は、見る人によっては至上の音楽が聞こえてくるという絵画が主題なのですけど、私はベスター氏の「虎よ、虎よ!」の登場人物を連想しました。ひょっとして、ベスター氏の作品によって、この短編のアイデアの一部が喚起されたということは、おありでしょうか?
[菅]   残念ながらベスターの影響ではありません。
 中学生のころに眉村卓さんに「虎よ〜」を勧められて読んだくらいです。
 シリーズ執筆中に「ヴァーミリオン・サンズ」のことも聞きましたが、残念ながらいまにいたるまで未読です。下手に読むと影響されそうなのであえて封印していました。これからゆっくり読むつもりです。
[雀部]  『博物館惑星』では、総合統括部署<アポロン>に勤務する孝弘が主人公役ですが、統括する部門に居る故に、常に上と下からの軋轢に悩まされるという役どころが、共感を呼びました。孝弘というキャラに対する読者の受けは、いかがでしたか?
[菅]   孝弘に関しては「かっこいいサラリーマン」というイメージがまずあったんです。組織の中で苦労しながら、やるべきことをちゃんとやれて、しかもロマンチシズムを失わない男性、というのが書きたかった。
 幸いにも読者さんの反応は良好でした。
「嘘つきな人魚」の回には「かっこよかった」と言ってくださる方もいらっしゃいました。
 ある年には、バレンタインデーに孝弘宛のプレゼントがあって……チョコレート味のスポーツ食品と胃薬! しかも「美和子さんにバレないように」などというメッセージまでついている。
「ああ、この女の子は判ってる!」と、とてもとても嬉しく思いました。
[雀部]   私は、<アポロン>の自信たっぷりの新人学芸員マシュー君の隠れファンなのですが、段々とマシュー・キンバリー君が悪童ぶりを発揮して、孝弘を悩ませるシーンが減っていったのは、残念な気もします。やはり彼も成長したんでしょうね?
[菅]  成長したんでしょうね、多分。
 私はマシューの「やりすぎ」は一種の純粋だと思って書いていました。組織の中では普通、やりたいことをぐっと我慢したり、いざこざを怖れて自分の能力を隠したりすることもあります。でも彼はそれをやってトラブルを巻き起こす。それはそれで、心意気だけは大切にすべきことのように思うのです。
 結局彼は、叱られ続け、最後にはある人物の影響を受けて、少しおとなになりました。彼の心情の変化が「諦め」ではなく「発展」に見えれば、私の書き方は成功したことになります。
[雀部]   菅さんは、日本舞踊正派若柳流名取りでもあられるのですが、『雨の檻』所載の「お夏 清十郎」は、その知識と経験が存分に活かされた傑作であると思っています。あの芸に賭ける家元の緊張感がたまりません。
 『博物館惑星』でも横笛の家元襲名披露にまつわる事件を描いた「夏衣の雪」も大好きな作品です。この中で和服が重要な役割を果たすのですが、菅さんは普段でも良く和服をお召しになるのでしょうか?
[菅]    はい。イベントやパーティなどではほとんどが和服です。
 洋服よりもずっとずっと好きですね。
 日舞のお稽古やご挨拶で和服は必需品で、それを外出時に流用しているだけですから、わざわざどこかへ行くために買ったりはしませんが。
 外出でも、子連れの時にはなかなか和服というわけにはいかなくなってしまったのが残念です。
[雀部]   「ラヴ・ソング」での主役はなんといっても年代物の名器であるインペリアル・グランド(ピアノ)と異星の蓮ですが、この作品でも孝弘の心の揺れの描かれ方が面白かったです。奥さんや恋人に同じ思いを抱いていた男性も多くてドキッとしたのではないかと思います。
 こういう夫婦(恋人)間の機微の描き方に、実際の生活が影響を及ぼすなんてことはあおりでしょうか?SF作家だと、ディック氏の作品が実生活から多大な影響を受けているのは有名ですが。
[菅]   それはまったくないです。
 主人(武田康廣/日本SFファングループ連合会議議長・ガイナックス取締役)も私もいわゆる「普通の夫婦」ではありません。
 つまり、形態も東京〜京都の別居夫婦だし、職業的にも9時5時のサラリーマンとパートの主婦、ではないのです。なので、そもそも私に一般的な夫婦の機微が判っているかどうかも判然としません。
 ただ、私は孤独な職業を選んでしまったので割合に「話したがり屋」で、主人は話すことが仕事のようなものなので、家庭人としてはその反動で私がリクエストしないとオイシイ話も教えてくれないまま、ということが多々あります。「もうちょっと構ってーな」対「邪魔くさいやんか」状態。けれど、たまに聞く面白い話は本当に底抜けに面白いレベルなので「アンパン的革命(アスペクト)」などのエッセイに流用させてもらっていて、彼には感謝しています。向こうも私のことをエッセイに書いたりしているようで、おあいこですが。こんなところも普通じゃない感じですね。
 確かに影響を受けているのは、むしろ他の短編などに表われる家族関係だと思います。亡父は気の弱さからアルコール中毒になった人間だったので。そのトラウマからか、私の書く親子はほとんどがなんらかの病的関係を呈してしまいます。個人的にはそれが私の作品の強みであると思っているのですが、どうでしょう。
[雀部]  そういえば、『ゆらぎの森のシエラ』や『<柊の僧兵>記』の主人公たちも疎外された人間でしたね。
 菅さんは、ファンタジー作品もSF作品も書かれていらっしゃるのですが、その書き分けは意識しておられるのでしょうか?例えば、早川から依頼があったからSFにするとか、角川だったら、ファンタジーにされるとか。それともまず書きたいテーマがあり、それに相応しい方を選択して書かれているのでしょうか。
[菅]  出版社、というよりかは、レーベルを意識します。
 同じ角川でも単行本かスニーカー文庫かではまったくターゲット読者層が違うからです。
 私は常にたくさんのネタを抱えるタイプではありませんので、レーベルにふさわしいものを選択して出すことがむつかしいです。ですから、その場その場によって、書きたいものを変形して出す、か、慌てて別のネタを繰る、ということになります。
 もちろん、一番重要なのは担当編集者の意向です。スニーカーでもSFっぽいものがいいのか、ファンタジーでいくのかは、担当の注文に従います。いや、従ったように見せかけて書きたいテーマ(ジャンルではなく)は譲らない、正確なところでしょうか。
[雀部]  それでは、最後の質問になりますが博物館惑星シリーズ》は、これからも書き続けていかれるのでしょうか?
[菅]  これはSFMのインタヴューでも答えましたが、みなさんのご希望に沿いたいと思っています。
 大ネタを振ってしまったのでこのまま終わってもいいし、ご要望が多ければ他のエピソードを書き繋いでもいいかな、と。
 まずは「永遠の森 博物館惑星」へのご感想をお寄せください。今後はそれを拝見してから決めたいと思います。
[雀部]  お忙しいとろこ、インタビューにお答えいただきありがとうございました。
 これからも、我々SF・FANTASYファンを楽しませていただける作品をよろしくお願いしますね。
 なお、菅さん宛のメールは、以下のアドレスへどうぞ。
  otayori@gainax.co.jp
[菅浩江]
'63年京都市生まれ。'81年に短編「ブルー・フライト」でデビュー。'89年に処女長編『ゆらぎの森のシエラ』を上梓、以後本書を入れて長編が11冊、短編集が3冊刊行されている。'91年には、『メルサスの少年』、'92年には、「そばかすのフィギュア」で、星雲賞を二年連続受賞。
近況は、ここ。e−NOVELS(トップから「著者紹介」「菅」「特集ページへ」とたどっていってください。)
ホームページは、http://www.gainax.co.jp/hills/suga/index.html
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。ホームページは、http://www.sasabe.com

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