著者インタビュー

『東京開化えれきのからくり』表紙 『東京開化えれきのからくり』

草上仁著
画=唐沢なをき
1999年7月15日刊
ISBN4-15-030620-6
C0193

インタビュアー:[雀部]

ハヤカワ文庫JA 820円
 SFマガジン'96年2月号〜7月号にて連載した作品を加筆訂正。'97年度SFマガジン読者賞受賞!
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 ご維新に揺れる東京の街、文明開化の荒波に揉まれる流動の時代・明治初期。元岡っ引きの善七は、元同心で今は市中取締組の宮本少警部の依頼を受け、探偵として殺人事件の捜査に当たることになった。一方会津若松では、英吉利国で心を病んだ男が、輸入した英国製の砲で、鶴ヶ城を攻め落とそうとしていた。

  



[雀部]  今月の著者インタビューは、先年『東京開化えれきのからくり』を出された草上仁さんです。どうぞよろしくお願いします。
[草上]  こちらこそ、よろしくお願いします。
[雀部]  SFマガジン連載当時から、草上さんが、こういう時代物を書かれたというのが第一の驚きでした。この時代背景を明示にするというアイデアは、いつ頃から温めておられたのでしょうか?
[草上]  えー、記憶力には全く自信がないのですが、いい加減なことを言ってもばれる可能性の低い質問だから、特別に思い出してみましょう。
 話がまとまって来たのは、連載開始の二年ぐらい前でしょうか。
 もともとの構想は、全く緻密なものではありませんでした。大きな欲望二つから始まったものです。一つは、「私立探偵小説を書きたい!」というもの。しかし、浮気調査や身元調査が主業務で、拳銃も持っていない現代日本の私立探偵は、あんまり颯爽としていませんよね。探偵に波瀾万丈の活躍をさせるには、何か舞台設定をひねくる必要があるな、と思ってました。
 二つ目が、「日本のスチームパンクをやってみたい!」。エレクトロニクス抜きの情報化社会を描きたかった。蒸気算盤に、水芸ディスプレイ、版木プリンタのふざけた世界ですね。大日本蒸気帝国の女探偵というのも、ちょっと考えました。
 この二つの欲求をもとに、行き当たりばったりに構想を飛躍させていったわけです。
 日本で、活躍した私立探偵と言えば、ほら、岡っ引きじゃないか。(彼らは厳密には司法組織の一員ではなく、一部業務を委嘱されただけの民間人で、犯罪者出身の者も多かった。奉行所に出勤するわけではなく、サテンみたいなところにたむろしていて、十手の携行も許されていなかった!)
[雀部]  私、カミさんがミステリファンなんで、捕物帖も良く読むんですよ!佐七とか銭形平次とか、でも大日本蒸気帝国の女探偵ってのも読んでみたいです(わくわく)
[草上]   でも、ただの時代劇じゃあ、面白くない。そうだ、スチームパンクだ。蒸気だ。しかし、もともと、捕物帖なんだから、電気がなかったのは当たり前だよな。当たり前なのはつまらない。じゃあ、逆に、電気を前面に出そう。ここで、当初のスチームパンク構想はあっけなく潰え去り、電気の敵役として、唐突にガスが浮上してまいりました。このあたりの飛躍というか、いいかげんさというか、これが、わたしの得難い資質と言えましょうか。いや、お恥ずかしい。
 実を言うと、ガス対電気という図式が最初からあったわけではなく、「電気事業を独占しようとした男が、米国の発明家を誘拐。巨大な天水桶でひそかにボルタ電池を作っていたところ、人夫の一人が感電死。この屍体発見から、善七の捜査が始まる」という別の構想もあったのでした。塩酸桶の上での死闘って、絵になりそうでしょ。
[雀部]  はは、臭いが凄そうですね(爆)
 善七と別居中の女房でハイカラなおせん、英語を習っている西洋かぶれの息子のステ吉、黒人花魁のばるば、インテリ警部の宮本、火消しの頭サクジ等々が個性豊かに描かれていて、たいへん楽しく読ませていただきました。市井の一般人がこのように魅力的に見えるというのは、草上さんの筆力だと思いますが、主人公にいわゆる有名人を持ってくるのとでは描き方にどういう違いがあるのでしょうか?
[草上]  何せ、当初構想がディテクティブ・ストーリーなもので、勢い、市井の皆さんが中心になったということです。もっとも、素直に花魁を書けばいいものを、無理矢理アフリカ人にしちゃったり、岡っ引きの女房をナイトクラブの歌手にしちゃったりというのは、いやはや――趣味というか、性と言うか――。電気実用化前夜ですから、異文化との
接触に否応なくさらされた、猥雑で元気のある世界を描きたかった、ということにしておきましょう。うーむ。答えになっていないな。
[雀部]   また、悪玉役を仰せつかっている佐久間家当主佐久間宗矩の、腺病質的な敵役ぶりは素晴らしいですね。やはり冒険モノは、敵役が魅力的じゃないといけませんから。
 で質問なのですが、このモデルとなる人物は実際に居たのでしょうか。
[草上]  いません。
 ただ、増税折り込み済みで、東京の市区改正計画を強行しようとした奴がいたとか、それに反対した奴もいたとかいうのは史実です。煉瓦街の竣工と、市区改正計画は、少し年代が異なるのですが。
 島津藩で石灯篭を使ったガス灯の実験がされたのも、竹管にガスを通して灯をつけた南部藩の医者がいたのも、史実。吉原大火も、藁灰業者の不始末に基づく皇居の火事も史実。当時、各藩からの海外留学がさかんだったのも、まあまあ本当のこと。実際の発生年代をねじ曲げて、因果関係をこじつけているわけですね。佐久間は、全てのよくないことの元凶として、合成された人物です。「うんとひどい奴にして、うんとひどい死に方をさせよう」という編集長(当時)の教育的指導もありました。
 だから、男爵になったり侯爵になったりしてます。あ、それはわたしのミスでした。
どうもすみません。
[雀部]  あはは、でも佐久間は、自分なりにですが、日本の国益も考えていたりして心底からは憎めないキャラクターでした。個人的には、もう少しあくどい活躍をして欲しかったです。(笑)
 執筆時間についてお聞きしたいのですが、私なんか、日曜はぐーたらしてまして、なかなかやる気が起きないけど、草上さんは以前、執筆は休日にされているとかお聞きした記憶がありますが、やはり現在もそうされていらっしゃるのでしょうか?
[草上]  はい。平日は、サラリーマンやってますので、執筆は休日になります。平日は絶対書きません。全く書きません。平日を当てにすると、残業したり、一杯ひっかけに行ったりするのが負担になるので、そう決めています。
 休日は、六時か七時に起きて、食事と犬の散歩(犬のほうは、オヤジを散歩に連れ出すのが自分の仕事だと思い込んでる)。八時半から昼頃までが、通常の執筆タイムになります。自称、「時速六枚」(市街地経済走行時)ですから、これで二十枚は行けます。午後は本読んで遊んで、夜は酒飲んで寝ます。まずは、気楽な過ごし方と言えましょう。
 日曜から次の土曜まで、間隔があくので、記憶が途切れ、時々主人公の人相が変わったりします。副主人公の名前が、突然変わってしまったこともあります。
[雀部]  なるほど、規則正しい執筆活動なんですねぇ。見習わなくては(無理だけど)
 あと、<マダム・フィグスの宇宙お料理教室>が、SFマガジンで好評連載中なんですが、ご自身で台所に立たれることはおありでしょうか。 
[草上]  立つのは本人の勝手ですが、本格的な料理は無理です。魚を二枚や三枚に下ろすことはできません。ひょっとすると、四枚に下ろすことならできるかも知れません。以前に二度、試みましたが、世にも不思議な切り口の刺身が出来上がりました。
 カレーだの、オムレツだの、パスタだの、酢豚だの、市販調味料類を駆使した簡単なものは、時々作ります。いい気分転換になりますね。得意料理はすじ肉のカレー。味付けは市販のルーですが、肉は最低二時間煮込みます。ホロホロに柔らかくなって、うまいです。こいつを、ご飯にはかけずに、チリペッパーぶちこんでビールのつまみにします。マダム・フィグスの場合と同じで、料理は身体に悪いようです。
 なお、宇宙お料理教室ものは、既に一ダース以上(十五編だったか)書いてあります。供給過剰状態で、SFマガジン編集部にストックされているわけですね。専門家の間では、既にマンネリ化が懸念されています。本にでもなりゃあいいんですが――。
[雀部]  じゃ、みんなで早川書房に文庫化要望のメールを出す運動を呼びかけましょう。
 話が戻るのですが、善七・宮本のコンビの魅力に惚れ込んじゃったんですけど、続編のご予定はないのでしょうか。
[草上]  ありがたくも、厳しい質問ですね。書きたいです。書けというお話があれば書く準備はあります。(有名な発明家の次は高名な革命家を出そうか、などと、いい加減なことを考えてたりします)
 でも、今のところ、予定なし、と答えなければなりません。つらいですね。
[雀部]  それは残念です。
 最後に、草上先生の新刊はいつ出るのか、どういうお話かをお教えいただけると、嬉しいのですが(期待)
[草上]   うっ。
 わたしも、いつ出るのか教えて頂けると嬉しいです。マイペースで頑張りますので、どうかお見捨てにならず、気長にお待ち下さい――。
[雀部]  それはもう、首を長〜くしてお待ちしております。
 本日は、お忙しいところ、インタビューに応じていただきありがとうございました。
[草上仁]
'59年生まれ。'82年にSFマガジンデビュー。代表作に長編『天空を求める者』((早川)や軽妙な『愛のふりかけ』((角川)等があります。また軽妙洒脱な数多くの短編集も出されています。
[雀部]
'51年生、歯科医、SF者、ハードSF研所員。ホームページは、http://www.sasabe.com

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