弧を描く

めいにち

 昼下がり。すっかり落ち込んでいたパシュパティは、子供が窓から飛ばした紙ひこうきをぼんやりと眺めていた。その紙ひこうきがたまたま通りすがりの紺色の男性にぶつかる。怪訝な顔で紙ひこうきを踏み付ける。パシュパティは紙ひこうきの軌道が描いた弧をひょいと取り上げ、それを弓にして矢を放つ。
 男の携帯電話が鳴る。出る。途端に顔に色がなくなる。彼の妻が倒れたとの連絡であった。急いで大通りのタクシーを捕まえようと走る。大通りへの抜け道にもなっている細い一方通行から飛び出すトラックの、渋滞での遅刻を取り戻そうと焦る運転手は左右の確認を怠る。
 さっきの子供がまた、ベランダから紙ひこうきを飛ばす。パシュパティはまたもそれの描いた弧を弓にし、今度は子供に向けて弦を絞る。
 夜勤のパートの為、夕食のコロッケを作っている母親は架かってきた電話を取る。自分の夫の愚痴をこぼしながら、その友人の不倫の悩みを聞く振りをする。いつしか鍋からは火の手が上がるのだがそれに気がつくのは遅い。
 何をしてもパシュパティの気が晴れる事はない。やがて溜め息を吐く。

(了)


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