第3書庫

たなかなつみ

 町外れにある古ぼけた建物は第3書庫と呼ばれている。書棚には茶色く変色した大学ノートが何百冊も埋まっており、すべてのノートにはこの町から外つ国へと旅立つ人々の物語がおさめられている。海を渡り山を越え地に潜り空を駈けた彼らの姿は、ノートのなかで途切れている。彼らは帰らない。彼らは外つ国を目指し、ノートはつくられ続ける。
 いま、錆びた取っ手を掴んで書庫の扉を押している少女の手には、真新しいノートが握られている。町外れまで息もつかずに走ってきた少女は、用心深く扉を閉め、書庫のほこりっぽい空気を吸い込んでいる。書棚から取り出しおそるおそる開いた古い大学ノートのなかには、彼女の夢、外つ国の景色があまたに広がっている。少女は新たに自分のノートを広げ、書き始める。少女は自分の名前を書く。そして見たことのない外つ国にいたる彼女の旅を描く。少女は一所懸命にペンを走らせる。この町から逃れる夢を、描き続ける。
 最後に日付を書き、ノートを書庫の右端におさめた瞬間に、彼女の姿は消えてなくなる。彼女の物語は終わり、ノートは変わらずそこにあり続ける。そして書庫は再び待ち続ける。遠からず新たな物語は到着する。

(了)


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