人を食った映画・・・『Hannibal』

私のアメリカ生活ももう早や3年になろうとしております。月日の経つのは本当に早いもんです。赴任前はスリムだった私もアメリカの食生活にすっかり染まってしまい、12−13kgも一挙に増量。頬っぺたはブクブク、昔買ったスーツはパンパン。見るも無残な姿となってしまいました。まあ、日本の大きさの2倍はあろうかというハンバーガーやフライドポテトを毎日残さず食べてたんですから、当然の結果ではあります。

そんなわけで新年が明けてから、「アメリカで増えた体重はアメリカに落として帰る!」をモットーにダイエットを始めました。その甲斐あって、開始から6週間で9kg以上の減量に成功。それまでにも徐々に落としていたので、何とか赴任前のレベルにまで戻すことができました。

最初は食事量が急激に減ったもので、夕方には気絶しそうになるくらいキツかったのですが、人間なめたらあきまへん。最近では胃が小さくなっちゃって、あまり食べなくても満足できるようになりました。帰宅が遅い日はリンゴ一個でもOKです。逆に言えば、今までどれだけ余分に食べてたんだ?ってことにもなりますが。

え、あんたのダイエット苦労談なんか聞きたくない?・・・いやはやごもっとも。しかし、今回は食にまつわる映画をご紹介しますので、もうしばらくご辛抱を。・・・で、ダイエットをして改めて感じるのは『食べる』ってことが人間の本能をどれだけ刺激しているかってこと。実際の話、最初の2週間は食べることが頭から離れず、仕事があんまり手につかないような状況でした。

その本能が極端な方向に走ってしまったのが、『羊たちの沈黙』でおなじみのハンニバル・レクター博士なのですね。(お、かなり強引な展開。)知性と狂気を兼ね備えた彼はその本能のままに、人体を食らうことに喜びを見出します。人の腎臓を肴に最高級のキャンティワインをすする。・・・レクター博士ならずとも、ダイエット中の我が身にすれば、よだれが出てきそうなメニューでありまする。(あぶねーな、おい。)

そのレクター博士がひさかたぶりに大スクリーンに帰ってまいりました。タイトルもそのままズバリ『Hannibal』。2月9日に全米で公開されるや、初日から3日間で『R指定作品』としては歴代最高の興行収入、さらには全映画を通じてもSWやロストワールドに続いて歴代3位という圧倒的な成績を残す結果となりました。公開10日で興行収入も1億ドルを突破のハイペース。

私も初日の夕方に劇場に駆けつけたのですが、その段階で駐車場が満杯、午後7時・8時の回は売り切れていた・・・という盛況ぶり。『羊沈』の再来を期待していた私の期待は高まる一方でした。

<以下、若干ストーリーに触れる部分があります。絶対ストーリーを知りたくない!という方は映画を見てから読んでください。>

しかし、開始後数十分でこの期待はもろくも崩れ去ることとなります。

最大の問題はクラリス役のジュリアン・ムーア。ジョディ・フォスターが降板してしまった後の代役としては年齢的、ルックス的には妥当な線だったかもしれません。しかし、この映画の中では彼女は『ジョディー・フォスターの出来の悪いレプリカ』にしか見えません。前作『羊沈』でレクターと火花散る駆け引きをしていたクラリスと同一人物には思えないのです。前作では駆け出しだったクラリスの成長を描くべき冒頭部分からして彼女にクレバーなところが少しも感じられませんし、全編通じて彼女の行動に納得いかない面が多くて感情移入できませんでした。

ハンニバル役のアンソニー・ホプキンスは確かに怪演です。にも関らず、恐怖感が全く無くなってしまいました。イタリアの某図書館司書に身をやつして、イタリア美術を聴衆に説明したり、オペラを鑑賞することで彼の知性的な面を強調しようとしているのですが、その姿には『エセ文化人』の香りしかただよいません。『羊沈』では他人を直接的に襲うシーンは限られており、それが余計に彼の狂暴さを想像させ、恐怖感が増幅していました。ところが今作では、彼の食欲と狂暴さをあまりにも視覚的に、しかもあからさまに描写してしまったため、その恐怖感が薄まって、逆にある種の馬鹿馬鹿しさまで感じられる結果になっています。これではジェイソン(『13金シリーズ』)やフレディ(『エルム街シリーズ』)に登場する怪人とあまり変わりありません。

もちろん彼が医者であったことを生かした描写は随所に見られ、その部分での恐怖感はありますが、とある目的のために、医者に化けて病院にもぐりこみ、解剖道具を盗み出すくだりに至ってはまるでTV深夜番組のブラックコメディにしか見えません。観客からも失笑がもれていました。

ただ、この映画、全く見所がない作品かと言えば、そういうわけでもありません。クラリスの上司役としてレイ・リオッタが出演しています。(この人ってA級になりきれない役者さんですね。)しかし、全編を通じて特に見所のあるシーンもなく、何でこんな役を引き受けたかな?と思っていました。ところが、後半で彼が映画史上に残るであろう『おばかシーン』を演じてくれています。これだけでも1800円払う価値はあるやもしれません。アメリカでは場内騒然でありました。(詳細は映画で確認してください。)

まあそういった数々のエキセントリックなシーンはそれなりに楽しめる(もちろん嫌いな方も多いでしょうが)のですが、ストーリー全般は退屈と言い切ってもいいレベルの出来で終わってしまいました。レクター博士とクラリスの関係描写も中途半端。一部ニヤッとできるセリフはあるものの、明らかに前半の二人のつながりの描きこみが足りないので、後半の重要なシーンでの盛り上がりに欠ける結果となってしまいました。ジョディー・フォスターがこの脚本を読んで出演辞退に至ったのは当然とも思えます。

原作者のトマス・ハリスまでこの映画の脚本に関っているようですが、そのこと自体が効果があったとも思えません。私自身、原作も未読の状態でハッキリとしたことは言えませんが、やはり原作段階から問題があったのかもしれません。いや、続編ってのは難しいものですねえ・・・改めてそう感じる映画でした。

ちなみに映画鑑賞しおわってから、筒井康隆の小説を読んだ気分になれますです。エンド・クレジットに入るやいなや、観客からは何とも言えないため息が漏れてくるのが聞こえてきました。この大ヒットによりさらなる続編の可能性もとり沙汰されているようですが・・・人間、引き際も肝心じゃて。

・・・さーて、あまり後味が良くなかったので『羊沈』のDVDでも買って口直し・・・といきますか。ワインでも飲みながら・・・腎臓は手に入りそうにないので、アンキモの缶詰でも開けましょう。あ、カロリーオーバーだ。(爆)


<次回予告>
『Hannibal』で活況を呈した映画界も5月のブロックバスター作品(『パールハーバー』『ハムナプトラ2』等が始まるまで再度静かな時期になります。しかし、その中においてもキラリと光る作品が控えているはず。次回はそういった地味ながらも楽しめる作品を何本かご紹介することとしましょう。


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