第3部 革命2(魔法物語)

第7章 地球

   Chapter VII La Terre
       ユミルの肉から
       大地が形づくられた
       骨からは岩石が、
       霜のごとく冷たき巨人の
       頭蓋骨からは天が、
       そして血からは海が。
            (北欧神話「ヴァフスルーズニルのことば」より)

 地球解体の責任者から降ろされてはじめて、ジャンには議会の現状が見えてきた。
 ジャンが政治家をめざしたのは、もともと政府が大統領制をとっていたころのジョージ・H・ワシントンや小出淳らの伝記に影響を受けたことが大きい。
(後で知ったことだが、この二人のバックにはドクター・カッパー・ステイトがいたという。)
 今の議会主義制の基礎は、ジューゾー・山方大統領が大統領制を廃止したことに始まる。彼は自らを議会の{第一人者}{プリンケプス}つまり議会首席を称し、そのカリスマ性を発揮して政治を切り回した。それは民主主義的に見えたが、実際の権力はかえって主席に集中し、いわば、議会政治の名を借りた非世襲制の王権のようなものであった。しかし、それがうまく稼働していたのは三代目主席までのことで、そのあとは次第に主席の指導力は衰えていった。議員は議員の方で、長い間首席の独裁制に慣れてしまっていたので、積極的な行動力も薄れていく結果となった。その当時まではキャプテン・アレフの活躍でたいした事件もなかったが、ラグナレクの後、その混乱期に議会は首席にへつらうのみで混乱の解消に努めようとしなかったため、政治はいつしか実質上各惑星の自治体がとり仕切るようになり、また、治安維持も警察が政府と独立して行なうようになっていた。ジャンが五年前に若くして議会に迎えられたときには、議会は実はほとんどその権力を失なっていた。ただ、議会には金星の巨大な資本力のバックがついていたため、地方自治体や警察は経済制裁を恐れて、議会の理不尽な要求を飲み続けなければならなかった。無理矢理名誉職として議席を与えられたドクター・カッパーはいい迷惑だったのだ。カッパーに見せてもらった古代ローマ帝国時代にかかれたというタキトゥスの『年代記』によってジャンが驚かされてことは、今の議会は当時の元老院と初期のローマ皇帝のやりとりとそっくりだということであった。ただ、『皇帝』がここには不在であったが。
 ここにきて、ジャンにも地球解体の真意もようやっとわかってきた。地球を解体すれば当然新たな小惑星帯が生まれることになる。火星-木星間にある小惑星帯は一つの惑星分の量が無いことで知られているが、地球を解体してできたそれはかなり層が厚く、そこより外と内の間の交通をほとんど遮断してしまうことになる。それによって、最近力を付けてきた火星などの自治体を牽制し、さらにその副産物としてできた鉱物資源によって経済力を独占しようとしたのであった。
 早くからカッパーはこのことを見抜いていた。その独自の調査で地球の生態圏が回復しつつあることもわかっていた。放射能ですら、ほとんどの地域において生活に影響の無いほどの濃度に下がっているという。(今は食事や呼吸によって体内に摂取されてしまった放射性物質だけが問題なのだそうだ。つまり、ガブレリアでジャンが七平太に行なったアドバイスは適切でない。ジャンも本当は防塵マスクでも付けていなかったら危険だったのだ。)しかし、議会はこのことに納得しなかった。
 それはそうだろう。彼らは自分等の利害のことで頭がいっぱいなのだから。
 それだから、カッパーが二年前、あのガブレリア事件の直後に議会を抜けるといいだしたときも、不思議なことではなかったのだ。いま、議会は法で終身制と定められ、議会を抜けるということは犯罪とみなされている。さすがのカッパーも昨年捕らえられ、小惑星帯に幽閉されていた。これらのことを、ジャンは早くからカッパーの教育を受けていた七平太から得た。
 あれからジャンはなんとか地球解体を中止させようと工作を続けたが、ついに身を引かざるを得なくなってしまった。彼に協力していた議員の一人が、身の覚えの無い罪を着せられ自殺を装って殺害されるという事件が起こったのだった。正攻法ではこれ以上進むことはできなかった。
 しかし、それに気付いたときにはもうタイムリミットは過ぎていた。

 西暦二二二三年。
 すでに地上には巨大な重力転換装置が設置し終わっていた。重力転換装置はすでにのべたように、本来宇宙船の航行に際して燃料を節約し少ないエネルギーで高速をだすために開発された慣性中和装置である。しかし古くからこれが慣性の中和のみでなく重力の中和にも使えることが知られ、たとえば金星のヴィーナスポリスの質量をささえたり、また個人レベルで引力の違う天体の上においてその感じる重さを地球のそれと同じに補正したりすることにも使用されてきた。(ジャンたちの着けていた重力転換機もそのためのものである。)その極性を調整することで物を引力に逆らって持ちあげることも可能なのは想像がつくであろう。今回の計画でも、この重力転換装置の特性が利用されることになったのだ。
 続いて超高出力の磁場発生装置がつぎつぎと運び込まれた。重力転換装置による解体作業はかなり荒っぽいものになるので、液状の核がバランスを崩して飛び散る可能性があった。そこで強力な磁場の閉じこめ作用で熱を封じ込め、同時に核のバランスを保とうというのだ。そして、これらの機械を動かすための核燃料がつぎつぎと運び込まれた。核融合によって得られたプラズマを磁場の間に流すことで発生する電力がその動力として選ばれた。何しろ、燃料の水素は外惑星に無尽蔵にある。惜しむ必要はなかった。
 同年、地上に残された要員たちがつぎつぎと引き上げはじめた。最後の一人が地上を離れたところで、計画は次の段階に入った。バランスをそこなわないように慎重に計算された手順に従い、地上の重力転換装置がつぎつぎとうなりをあげはじめた。すると、見よ、地殻は分割され卵の殻を剥ぐように持ちあがりはじめた。脱出速度をこえた固まりは今度は大気圏外に待機していたスタッフの手にわたる。彼らはあらかじめ計算しておいた軌道へとその新しい小惑星を動かしていく。何万人ものスタッフを動員しての大作業であったがそれでも人数が足りない。地殻を剥がす作業は要員の交替なども含めてゆっくりとすすめられなければならなっかった。
 それと平行して、早い時期から月の軌道をかえる作業が行なわれた。人類にとってこれほど大きな物体を動かすのは初めての経験であった。移動するときの歪みでばらばらにならないように、何本もの超巨大なパイルが月の中心に向けて打ち込まれた。そして人類が作り上げたうちで最大の重力転換装置が月の地下に設置された。(さすがにこれは悪用されると危険なため、設置場所は秘密にされ、また、設置作業自体も少人数で行なわれた。)そして、月は惑星と化した。
 すくなくとも、地球解体に関してジャンにできることはもう無かった。

 この時期、ジャンが取り組んでいた問題は地球解体に関するものだけではなかった。
 個人的興味から魔法に取り組んでいたのである。アリスは果たしてどれほどの時間存在していられるかは自分でもわからなかった。そのため、自分の知っている知識をすべてできるだけ短時間にジャンに覚えさせる必要があった。もちろん、それもジャンに魔法に関する興味があったからできたのだ。
 アリスとジャンにはアリスが消える前に、そして地球解体が始まる前にやっておかなければならないことがあった。それは地球の存在の影響を残す『しるし』を後世に残す作業であった。ガブレリア自身がそのような存在の一つなのであるが。万が一のため、ガブレリアに頼らずとも自分たちの手でそれを作っておきたかったのだ。ジャンはその対象として、地球の地下で成長した巨大な水晶の結晶を選んだ。
 ソレイユに、ジャンの他にラウール、ジョー、ダヴィド、それに山本丈が加わった。彼らは地上におり、そこにガブレリア以外ではじめて魔法のサークルが形成された。実はこの時、ジャン以外の四人は魔法を使えなかったが、アリスが彼らから力を引きだした。そして、水晶に地球のホログラフ的なコピーとしての性質が与えられた。その水晶は、部分が地球を代表する大切な象徴となったのだ。
 ソウル|?オブ|?テラ――地球の魂と名付けられたその水晶は、火星の地中に隠された。
 アリスはいつのまにかジャンの前から消えていた。その時になってはじめて、ジャンの使っていた種類の魔法は妖精の媒介なしでは使えないことが判明した。地球解体作業が始まったのはこのころのことであった。
 ジャンはカッパーにフォボスにある彼の研究所を使う許可を得ていた。カッパーはあくまで魔法を科学的に研究することに執着したのだ。かつてキャプテン・アレフの拠点として活動していたフォボスにはもうほとんどスタッフが残っていなかったが、数理言語心理学者のタジと数理物理学者のリーの二人がジャンの魔法の解析に取り組んでくれた。
 心理がことばを基礎としているという考えのもとに、そのことばを数学のことばで論理的に記述しようというのが数理言語心理学で、その研究から、カッパーの会話装置がつくられていた。つまり、色々な国のことばに共通の法則を取り出したメタ言語でカッパーが考えると、それを自動的に各国語に翻訳してくれるのだ。だから、カッパーは実質上人類の話すどんなことばでも、ほとんど全てデータの蓄積さえあれば話すことができた。魔法の基本もことばである以上、この学問の力を借りることで魔法の法則を体系付けられる可能性があった。もうひとつの数理物理学は、この魔法の物理的な作用について数学的に表すことができるはずだ。
 ジャンにはもう議会に留まる必要性はなかった。ソレイユの機動性を利用すれば、必要なときが来るまで議会から逃げ続けることもできる。ジャンは地球解体の始まった次の年、議会を抜けた。そして、小惑星の一つの表面に拘留されたカッパーの脱獄を大っぴらに手伝うことができるようになったのだ。
 カッパーはこの二年間にもわたる孤独な抑留にもかかわらず、なんのダメージも受けていなかった。体の代謝能力を下げぎりぎりの条件で瞑想していたためである。ジャンに助けだされたときには彼はある計画をまとめおわっていた。

 ダヴィドはどういうルートを使ったのかエスパー村と接触することに成功した。この際、政府につかない勢力が少しでもほしいところだったジャンたちは、その代表と接触した。エスパー村はある条件のもとにカッパーたちに力を貸すことを約束した。それは、今は超能力が目覚めていないエスパー村の若者の一人を太陽系政府の教育機関に留学させ、将来、その若者に政府とエスパー村のパイプ役をさせるというものであった。当然のことながら七平太は反対した。何しろ、今やカッパーもジャンも議会を抜けているのだ。それに、どうやって彼らがエスパー村と政府の橋渡しなどをつくらせることができるというのだ? しかし、これはカッパーの抱いた計画にはなんの支障もないことだったのだ。それに、カッパーにはエスパー村に対して為さなければならない約束があった。
 地球解体は続けられた。
 このころになると、さすがに議会も暇になってきていた。その時を狙って、カッパーの息のかかった議員がエスパー村の問題を持ち出した。いまのところ、エスパー村には超能力者と判断された人間や身体障害者を送り込むだけの価値しか議会にとってなかったが、すでにそのような人を大量に送り込んでいったおかげで、エスパー村の勢力はかなりなものとなってきていたのだ。しかし、その実情はよくわかっていない。そこでその議員が提案したのは、エスパー村の住民で体に障害がなく、また超能力を持っていないおかげで劣等感にさい悩まされている人間を政府の研究機関に呼び、政府のスパイとして教育しようというのであった。ある議員はエスパー村の内部の人間を選ぶことに難色を示したが、提案者はそのことにもこたえを用意していた。内部の人間、しかもある程度信頼されているような人間なら彼らがその力を使ってわざわざその心を読むようなことはしないだろうから、思考スクリーンを着けていても気取られないだろうというのだ。
 この提案は決して完璧なものではなかったが、同時に緊急のものであることもうかがえた。そこで、この計画の細部については話し合いを進めつつも、計画の第一段階、つまり、エスパー村の人間を呼んで教育をはじめることが改めて提案され、可決された。議会は暇つぶしを与えられたというわけだ。提案者がその担当になったのは言うまでもない。
 こうして、エスパー村の白田ヒデオという名の青年が金星に留学してきて、カッパーの約束の一つが守られたのである。そして、偶然にも、この白田ヒデオこそがかつて白田春太郎が探り当てた白田家当主の長男であった。彼は最初の白田英雄から数えて七代目にあたった。

 この当時ジャンたちがどうしていたのかはあまり詳しい記録が残っていない。ましてや、彼らの魔法的に成し遂げられたことに関しての伝承は、エルドゥの魔術師たちがそれを公開しようとしないのでまったくわからない。しかし、カッパーのところにいた研究者は研究結果を記録し、その一部は出版もされたので、もっぱらその記録に頼ってジャンたちの行動を追ってみよう。
 彼らがはじめて一つの呪文をまとめるのに成功したのは、二二三〇年のことだといわれている。
 エレメント。その呪文は彼らの魔法を特徴づける火水土風の要素を召喚する呪文だった。呪文といってもそれは数式と論理記号の塊にすぎず、ジャンたちに読みやすいようにフランス語の読みが示してあるものだった。つまり、いわゆる感染の法則の作用によって、ある魔法の働きを数学的に示したものそのものが呪文として使えるという画期的な発見でもあった。
 ジャンが試してみたが、妖精の召喚はなかった。アリスはこの呪文で呼びだせる妖精よりもっと高級な精だったのだ。ラウールも同じく妖精を呼び出せなかった。しかし、ジョーには{火の精}{サラマンダー}、ダヴィドとタジには{水の精}{アンディーン}が、リーには{土の精}{ノーム}、そして山本丈には{風の精}{エリーズ}が召喚された。このことがその後の研究の進行を促したことは言うまでもない。

 この章を閉じる前に、もうひとつ書いておかなければならないことがある。
 地球解体作業は順調に進んでいるかに思えた。このあまりにも巨大な予算を検討しなおしてみようとする議員があらわれるまでは。このプロジェクトは当初予算の五倍の金額をすでに消化してしまっていたのだ。しかもプロジェクトは完成までまだあと数年は続けられる予定なのだ。それでも、この時はまだ議会はそれほどこれを問題としなかった。金星の巨大な財閥の財力をバックにした彼らにできないことはないと思われた。しかし、財閥はいち早くそのことを察知し、債務額を徐々に減らしていった。その後しばらくして、議員等は財政がすでに超赤字に転落していたことにようやっと気付き、あわてて新税金法案をたてはじめた。
 そして二二三〇年のこと。
(それは奇しくもジャンたちが四大要素の精を呼び出すのに成功した年と同じであった。)
 その年、最高責任者のエルコック・マレー議員が失踪し、多額の予算を浪費するこの計画は中途にして放棄されたのであった。
 ここにきて、太陽系住民は議会の無能力さを改めて認識したのであった。このあまりにも大きな無駄は長い間太陽系住民の間に記憶されることとなった。これらのことはすべて、カッパーらにとっては有利な条件であった。
 すべての勢力が議会からはぎとられてもなお、数年間議会はその権力を行使しつづけた。それが惰性的なものにすぎないことをだれもが知っていた。しかし、長い間政治に関心を持つことの無かった住民は立ち上がる気力を持たなかった。実質上の政治をとり行なっている各惑星の自治体は、自分たちの惑星以外の政治には無関心であった。人々は、ただ誰かが立ち上がってくれることを待ち望んでいた。
 そして、カッパーは行動を開始した。

第8章 革命

   Chapter VIII Revolution
       人の世の常なるは常ならざるがごとし
       人の世の常ならざるは常なるがごとし
       されど、其は幻なり
       人の世の常ならざるは常ならざるがごとし
       其は空なり、空ならざるなり
       ………

 議場の外の小部屋の一つで、ジャンは七平太の方へと向き直った。七平太はまだ複雑な顔をしていたが、ジャンを見上げた。
「さてこれからどうするべきか?」
「俺達だけで事がやり通せるとでも思っているのか?」
 ジャンは少しイライラしたようにして七平太を見下ろした。
「あんたはなんのためにドクターから教えてもらったんだ? シチタ、我々はもう事を起こしてしまったんだ。これを中途にして放り出すわけにはいかないだろ。ドクターがいようがいまいが関係ないことだ。」
 七平太はびくっとした。
 しかし、事は起きたばかりなのだ。そう簡単に割り切れるものでもない。
 しかし……
 西暦二二三四年十一月三日、革命が起きた。
 ドクター・カッパー・ステイト率いる、警察や地方自治体の代表等は議会のある金星のヴィーナスポリスに侵入し、そのまま議会を制圧したのであった。
 混乱はほとんど無かった。ただ一つの例外をのぞいて。
 ジャンは七平太をそのままにして部屋を出ていった。七平太はしばらくためらっていたが渋々そのあとを追って議場へと入った。旧太陽系政府の議員たちはすべて退場させられ、新しく地方自治体の代表たちや警察の代表が席に着いて、彼らに拍手を送った。七平太は空いている席の一つに着いた。ジャンはそのまま議長席まで歩いていった。
「ドクター・カッパーに代わり正式に議長が決まるまで取り合えず私がまとめさせてもらいます。まず正式な議長を選びたいと思います。」
 苦もなく議長はジャンが選ばれ、副議長と書記も問題なく決まった。ただ、七平太は役員を辞退した。続いて細かい取り決めがなされたが、そのほとんどがあらかじめ話し合われたことであり、形式的な儀式にすぎないものであった。
 しかし、てきぱきと議事を進行しつつも、ジャンの目は虚ろであった。あまりにも多くのことがいっぺんに起きたのだ。
 カッパーの紹介してくれた科学者による魔法の研究は、彼の生きているうちにアリスなどの高等妖精を召喚するほどの呪文を開発することができないであろうことを予測していた。
 ジャンはアリスを失った。
 十年前、地球の解体が始まったときからずっと彼は徹底的にガブレリアを探した。しかし、ついにガブレリアとオーストラリアドームが存在したという痕跡すら発見することができなかった。他の廃墟と化したドームの破片は見つかったというのに。
 ジャンはガブレリアとその仲間を失った。
 そして今日!

 慎重に計画された計画にしたがって、カッパーは太陽系政府最高議会議場へと侵入した。その時、政府以外のすべての組織が彼に味方した。
 二二三四年十一月三日。
 革命行為は始まったときと同様あっけなく終結した。{新たな手}{カッパー}によって天の命は{革}{あらた}められた。カッパーに味方した惑星警察の勢力によって、旧太陽系政府議員たちは無条件に権力を手放した。その経済力で君臨しつづけていた議会首席は最後まで抵抗していたが、銃を突き付けられ黙った。その時まで一滴の血も流れなかったこと自体が、政府の腑抜けていたことを象徴していた。そう、その時まではカッパーは無血革命を成功させた英雄だった。
 最初に気付いたのはテドだった。ジャンがようやっとそれに気付いたときテドはもう行動を開始していた。テドの胴体がカッパーをかばうように立ちふさがったとき轟音が鳴り響き、テドの体から破片が砕け散った。刺客はすぐにとらえられたが、彼はすでに毒を飲んで果てていた。(ジャンはその顔に全然見覚えの無いことに気付いた。事実その男は議員でなかったのだった。)ジャンと七平太はすぐにカッパーの方に飛んでいった。弾丸はテドの体を破壊したのみならず、カッパーの体にも傷を付けていた。テドが完全に機能停止しているのは明らかだったが、カッパーは軽傷だとだれもが思った。
 ジャンはカッパーの傷をみて、そこから内容物が流れだしていることに気付いた。それの正体を認め、ジャンは吐き気をもよおした。刺客の放った弾丸は、テドの生命活動を停止させたのみならず、ドクター・カッパー・バーニィ・ステイトの唯一の生身の部分に命中していたのである。
 ジャンはカッパーを失った。
 そして、ジャンは今や自分の自由となる時間をも失おうとしていた。
 政治の中心は今や地方に移ってしまったが、それをまとめていくうえでジャンが為さなければならないことはあまりにもたくさんある。
 ジャンはふと思った。今まで自分のやってきたのは一体なんだったんだろう? 
 無知なるがゆえに地球解体の責任に夢中になったり、ガブレリアを守ろうと無駄な努力を繰り返したり、カッパーに協力して地球解体に反対したり、アリスの残した知識をもとに魔法を研究させたり、そして、地球解体が始まったあとには旧太陽系政府の体制を建てなおすべく、カッパーと革命をもくろんだりした。
 今やそれらはすべて過ぎ去り、すべてジャンの手元を離れてしまった。
 今は新しい政府――太陽系連邦とでも呼ぼうか――を動かす道具のひとりとなった。
 しかし、今までなんと無駄なことをしてきたのだろう。その時その時にはその行為が無駄になろうとは決して思わなかった。先人もそのことに気付いていたのだろうか。人類の歴史は意味の無いことの積み重ねなのだ。だが、そこにそれがある以上、ジャンは目をそらすわけにはいかなかった。
 じゃあ、何が意味のあることってなんだ? と心の一部が尋ねた。
 ジャンにはわからなかった。
 そこでふと目をつむって考えてみる。
 今までいっぱい後悔してきたし、これからもまたいっぱい後悔していくことだろう。しかし、今までやって来た事が実を結ばなかったり、もしくは彼の手を離れ関係の無いものとなってしまっても、彼自身にとって果たしてそれは無駄な行為だったろうか。それらの積み重ねによって今の自分があるのだ。
 ジャンがゆっくり目を開けてみると、議会に集まる人々が話を中断した彼を不思議そうに見つめていた。ジャンはいまだ何かはっきりしないものが残っていたが、さっきよりは楽になったような気がした。
 結局のところ、月並みな結論ではあるが人はその瞬間瞬間を精一杯生きていくしかないようであることにジャンは気付いた。先のことがわかる人間はいない。いや、仮にいたとしても結果は同じだろう。人は過去に生きるのでもなく、また未来に生きるのでもない。今という時間を刻一刻消費していくのが命なのだ。
 今は成功しつつあるように見えるこの新政権ではあるが、いつ落し穴にはまるか知れない。それでもジャンたちは今を生き続けなければならない。
 第一回の新政府臨時議会が終了し、新しい議員たちは議場をつぎつぎと去っていった。
 その中にただ一人、七平太だけはうつむいたまま動こうとし無かった。ジャンは友人のかたをたたいた。七平太はぼんやりとした眼差しでジャンを見上げていった。
「どうしてあんたは平気でいられるんだ。
 ドクターが目の前で亡くなったというのに。」
「平気なもんか。でも、今議会をまとめなかったら、
 ドクターや我々のしてきたことはどうなってしまう?」
「俺もそう割り切れたら良かったのに。理屈でわかっていても、ちょっとショックが抜けきれないんだ。」
 七平太は立ち上がって弱々しく微笑んでみせた。二人は肩を並べて議場を出た。
 ジャンはしかし、七平太に慰めの言葉を与えることはできなかった。結局のところ彼自身がその思いに打ち勝って道を切り開いていくより他ないのであるから。いまジャンが何か言ったところで、七平太には虚しく響くだけだろうし、ジャン自身もそれほど悟り切っているというわけではなく、ただその心のうちを洩らさないように努力しているだけなのだから。もっとも、ショック続きで感覚がマヒしている分ジャンの方が楽だといえなくもなかったが。
「シチタはこれからどうする?」
 宇宙港の近くまできたところでジャンは尋ねた。
「俺はしばらく金星に残るよ。ここで気持ちに整理を付けたいんだ。」
「そうか。私はまだやるべきことがたくさんあって、整理を付ける暇もないな。ともかく、私一人ではこの仕事はつとまりそうもない。はやく元気になってくれよ。」
「何ができるかはしらんけどね。また近いうちに会おう。」
 ジャンがのりこむとソレイユはすぐに飛びたった。ソレイユは地球をかすめて、いや、元地球のあったところに広がる小惑星帯をかすめて火星につく。ジャンは自分の船室でその星屑のひとつを見守っていた。かつて水をたたえ青く輝いた星はもう無い。しかし、そのかわりに小さく輝く星屑がジャンを誘っている。
「結局のところ、これも案外悪くないのかもしれない。そうでも思わないかぎりやっていけないじゃないか?」
 星屑は確かにきれいだった。
 しかし、もう青い星はない。
 しかし、星屑はきれいだった……

第4部 別離

第1章 ガブレリア

Chapter I Gabrarea
はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は「光りあれ」と言われた。すると光があった。神はその光をみて良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
          (創世記第一章)

 ガブレリアと呼ばれるドーム都市はオーストラリアにあった姉妹都市とともに小惑星帯に浮かび、その母なる惑星の最後を見届けようとしていた。
 地球を解体したのと同じ原理によって、カッパーの見付けだした重力転換装置はガブレリアと姉妹都市を地球の重力から開放し、解体作業の始まる寸前にこの隠れ家に移動していた。しかし、そこに住む人たちの心残りから出発の時はのばされ続けていた。重力転換によって浮上しているこの都市はいかなるレーダーでも感知することはできないし、目視による観測に対してもその魔法の力が守ってくれている。しかし、もう出発のときは近付いている。
 ガブレリアドームの中心にそびえる建造物、このガブレリアという名の方舟の中枢というべき王城の最上階にある部屋で、非魔術師階級労働者の要員は{大地}{アース}と呼ばれた星の最後を見守っていた。彼らに囲まれて、魔術師たちの王フェリス・クラヴィーレがいた。彼女は決断を迫られていた。もう何日も前から地球解体の動きはみられなくなっている。フェリスにはどの段階で作業がおわるのかはわからなかったが、これ以上の作業が行なわれそうもないことは明らかだった。フェリスは太陽の方へと視線を転じた。もうあのなつかしい姿も見納めになる。
 しかしフェリスは決断した。
 作業員らは忙しく動きはじめた。コースは前もって占ってある。フェリスのすることはここにはもう無かった。
 フェリスは部屋をでて、金属製の決してさびることのない階段を下りていった。地球最後の革で作られたサンダルがなめらかな段に吸い付けられる。
 彼女には心配事が残っていた。ジャンの事である。彼は精霊の導きがあったとはいえ、はたして魔法をあそこに残してきたのは正しかったのだろうか? ジョハンスンの経験のない彼らがまた黒魔術を生み出す可能性はないだろうか?
 開け放しの門をでて右手の林を眺める。宇宙空間を貫く有害な宇宙線は重力転換装置を動かし続けるかぎりはすべてそらされてしまう。植物は枯れないだろうし、彼らも安全だろう。
 そのまま彼女は泉のそばまできた。泉も林も、そしてエアロックへ続くメインストリートわきの花壇もみなフェリスが王になってからつくられてものだ。おかげでメインストリートで開かれる市もようすがかなり変わった。泉から城をふりかえってみると、それ自身は昔と変わらない姿を見せてくれる。ただ、かつて城の向こうにはみ出して見えた工場類は並木が隠し、コンクリートの壁は蔦が茂っている。
 「いま」は「冬」だった。ドーム天井にある巨大な照明によって人工的に割り振られた昼と夜。そのどちらにしても、ドームを通して見える空の黒さはドーム内に冷たさを伝え続けているような錯覚を起こす。
 フェリスは泉の水を少し口にし、再び城の方へと戻ろうとした。まだ出発した直後だから星座の形には変化がない。しかしやがて確実にその形を変えていくであろう。もう彼女らの母星はないのである。
 フェリスには予感があった。いつか彼女たちの子孫が太陽系に戻ってきて、ガブレリアが残していった魔法の芽が悪に変わっていないか確認するために。そしてその時はきっとニックたちがやったように、勇敢に悪に立ち向かっていくことであろう。
 いつかきっと。

収章 エピローグ

   Epilogue

 金星、ヴィーナスポリスにある一軒の家。夜。
 こどもが仕事から帰った父親に抱きついた。
「ねぇ、パパ、ごほんにちきゅうってお星さまのことかいてあったんだけど、ちきゅうってなに?」
「地球? んー、そういえばパパも小さい頃聞いたことがあるな。きっとおとぎの国のことじゃないかな。」
「じゃ、ちきゅうってお星さまほんとうにはなかったの?」
「はは、パパにはちょっとわからないな。」
「じゃ、パパ、ぼく、大きくなったらちきゅうさがすんだ!」

魔法物語完


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