虚空の闇はびっしりと銀の砂に埋めつくされていた。
はるかな輝きの向こうにまた恒星の煌めきが浮かぶ。
まるで宙全体がいぶされた銀の器のようだった。
――――いつの間にか目覚めていた。
コクピットの小さな窓を埋めてゆっくりと流れる銀砂の宇宙を眺めていた。
いつからそうしていたのか、自分でも分からない。
ただ、これまでにない安らかな気分に浸って目覚めたことだけは確かだった。
生まれて初めて誰にも監視されない。
伸び伸びとした気分を味わっていた。
――――静かだった。
艇は全ての動力を停止して果てしもない虚空を滑っていた。
スーツと一体になっている採尿機が作動して体内の圧力を抜く。同時に腕の静脈を通して覚醒物質が注入されると、素晴らしい爽快感が全身に湧き起こるのを感じた。
不安も気だるい気分も一掃される。
まるで、そんな気分に合わせたかのように、巨大な白球がコクピットの上を横切る。
太陽だった。
全てのものは色を失い、光りと陰の強烈なコントラスト。
おおよそ五分で一回。艇は回転していた。
五分に一回、夜明けを迎える。
ヘルメットの内側をディスプレイにして、様々な情報が流れはじめた。
膨大なチェック項目。
艇の隅々まで、微細な回路の一本々々にまで張り巡らされたコンピュータの触手が状況を把握する。
滝のように落下するそのオレンジ色のチェックリストを視界の隅に置きながら、わたしはまた夜に戻った宙を見上げる。
夢の続きを思い出そうとした。
心地よく、何かに揺られていたような気分だけが残っていた。しかし、それがなんであったのかは思い出せない。
小さな、不格好な艇だった。何本かの長さもまちまちなパイプの束を幅広のバンドで束ねただけのような艇だった。
バンドにはその径に不釣り合いな程大きい推進機が二基、対称の位置についている。
質量が極端に後方に偏っていた。
前方の、槍の穂先のように長く突き出たパイプの一つに青い小窓がついていた。
そこに星を見上げながら流れてゆくわたしの姿がある。
まるで、ガラスの棺の中に眠っているようだと思った。
艇はゆっくりと回転していた。
おおよそ五分に一回、頭上を太陽が過ぎる。
昼と夜が繰り返される。
たった五分間の一日。
果てしなく繰り返される五分間の一日。
狭いコクピットの中で、いったい今は生まれて何日目あたりを飛んでいるのだろうか。
わたしは考える。
生まれてから今日までのこと。
自分の生きてきた時間というもの。
今なら落ち着いて辿る事が出来るような気がした。
厳しい演習マニュアルの陰にそっと忍ばせてあった暗い淵のような思い。
自分という存在は何なのだろう。
長い長い時間のゆらぎの中から生まれて、宇宙の時間にすればほんの一瞬にもならないちっぽけな間だけ存在し、そしてもう間もなく閉じようとしている。
そんな自分の一生とは何なのだろうと思う。
膨大な時間の流れの中にぽっと浮いた「私」という時間。
そんな瞬間の存在に過ぎない「私」というものに何か意味があるのだろうか。
わたしはヘルメットの中で呻く。
――ああ、それにしても、その瞬間のなんと長く切ないものか。
ディスプレイに艇の現時点地が示されている。
小さく方眼に区切られた立体映像の真ん中。点滅する輝点が自分で、他にも二つ、等距離を保って移動する光りの点がある。
仲間の艇だった。
ゆっくりと回転しながら右から左へと流れるグラフの中を、互いにもつれるように進む。
彼らももう目覚めているはずだった。
純粋戦士として、同じように卵子から取り出され育てられた仲間たち。
最初から死ぬことを目的に、同時に生まれ同時に育てられた仲間。
まるで戯れるように流れながら、決して会話を交わさない孤独な戦士たち。
彼らはいま、何を考えているのだろうか。
わたしは、強烈にそのことを知りたいと思う。
かつて人類をこの冷たい空間に駆り立てた情熱とはなんだったのだろうか。
果てしのない宇宙空間を乗り越え火星に一歩をしるすこと。
そのことに何故あれ程まで熱狂したのか。
人類が誕生して以来の全ての叡知と集積された技術。
膨大な費用を注ぎ込んで開拓した火星航路。
数え切れない命がこの闇に飲まれ散っていった。
それでもやり抜くことに、人類は一体どんな意味を見出していたのか。
考えても仕方のないことだった。
遠い過去の気紛れ。
人類が何度となく犯した過ちの一つ。
皮肉なことだった。
わたしは今、その栄光の航路を遡る。
人類の全ての叡知と技術を注ぎ込んだ破壊兵器を携えて。
夢と憧れと情熱の果実となって、栄光の航路を遡る。
座標の軸が変わって新しい放物線が描かれた。
コンピュータが連続してわたしに司令を打ち出す。
各種スイッチ確認。
動作テスト。
システム確認。
マニュアルに沿って延々と繰り出される要求にわたしは機械的に反射しながら応える。
そして笑いたくなった。
この凍える宇宙の中で、幾億万光年の光りに照らされた絶対の孤独の中で、わたしは背中も掻くことの出来ない狭いシートに縛り付けられ、忙しくコンピュータの指示に追いまくられているのだ。
そんな自分の姿がとても滑稽なものに思えた。
青く明るい巨大な惑星がコクピットに姿を現した。
地球。
満々と水をたたえた奇跡の球体。
暗黒に浮かぶ魅惑の瞳。
目眩するように吸い寄せられるように心締め付ける。
わたしはその美しさに見とれた。
コンピュータの要請に反応が遅れる。
すかさず警告音。
ただ機械の一部品となって任務を遂行せよ。
感情はいらない。
すでに警戒区域へ突入してかなりの時間が経過していた。
あらゆる動力装置はOFFにされ、電磁波の漏出は完璧にブロックされている。
コンピュータの回路だけがごく微弱な電力で生きていた。
敵に捕捉されている兆候はない。
せわしく映し出されていたディスプレイの表示も、今は「警戒」のサインを出したまま沈黙していた。
ゆっくりと現時点地を示す網目の座標線だけを流している。
その線の動きだけが、わたしに高速で飛行し続けているのだという事実を認識させていた。
沈黙は思考を饒舌にする。
「ぼくらは遠いところからやってきて、ほんの瞬間この世に現れ、そしてまた遠いところへ還ってゆくのだ」
ガクの遺した言葉。
「遠いところ」とは何処なのだろう。
あの彼方に輝く恒星の辺りなのだろうか。
そしてまた何処へ還ってゆくというのだろう。
もしも、宇宙のこの拡がりが視覚化された時間の拡がりであるというのなら、わたしが生まれて終いえるまでの時間の拡がりもこの目で確かめることが出来るというのだろうか。
わたしの時間。
わたしの存在。
座標eからtまで。宇宙を構成するわたしという時空体積。
もしもそんなものがあるなら、わたしはそれを切り取り、この腕に抱えて頬ずりしたい。
とりとめもなく言葉が浮かぶ。
纏まらない思考。
こみ上げる感情。
――自由だった。
生まれて初めて伸び伸びとした自由を味わっていた。
盗聴も監視も査問もない場所。
マザーすら手の届かない遠い宇宙の果て。
自分は独りであり、そして多分、もうすぐもっと遠いところへいってしまうのだ。
マザーはついてこれない。
マザーはわたしの自由に追いつけない。
そう思うと愉快な気持ちがこみ上げてきた。
わたしは声を立てて笑った。
――ガクもそんな遠いところへ行こうとしていたのだろうか。
わたしはガクの最後の様を思い出す。
シュミレーションシートの上。すっぽり被ったヘルメットの中で顔面を破砕して死んでいたガク。
システムの暴走。
ただそうとだけ説明されたあの事故。
「彼は危険思想に汚染されていた。マザーがそれを見つけて処分した」
乱れ飛んだ噂。
誰も真相を知らないのに、誰もが知っているような顔をしていた。
ガクは本当に危険思想に汚染されていたのだろうか。
危険な思想。
触れてはならない主張。
一体、どんなものがそれと判定されるのだろう。
ただマザーだけが知っている。
マザーだけがそれと判断して処分する。
その中身は決して誰にも知らされない。
考えることさえ許されない領域。
わたしは思い出していた。
ガクの死ぬ三日前。
冷たく希薄な大気が中央ホールの全天を淡く桃色に染めて日没を迎えようとしていた。
厳しい訓練の合間にぽっかりと空いたその時間。
わたしは窓辺に立って暮れていく空を眺めていた。
気が付くと隣にガクがいてやはり空を見ていた。
「きれいだな」
ポツリそう言った。
わたしは黙ってただ頷いた。
「きれいなものはいい。心を魅きつける」
それから少し沈黙があった。
「ぼくらは遠いところからやってきて……」
突然ガクが呟き始めた。
呪文のように。
祈りのように。
歌のように。
あれが危険思想だったのだろうか。
ただの独り言。
わたしへのメッセージ……。
それならばその言葉に頷いたわたし自身もその言葉に汚染されたことになる。
いや。そんなことが有るはずがなかった。
マザーがそれを見逃すわけがなかった。
もうやめよう。
考えても仕方ないことだった。
全てはもう終わるのだ。
疑問は解けないし、解いたところですでに意味がない。
ふと、頭脳船の解析室の光景が浮かんだ。
無言で働く秀才たち。
マザーの子供。
冷たく、鋭く、全てを予測し全てを理解している彼ら。
――彼らには、解っているのだろうか。
複雑な曲線によって描かれる未来。
計算された生。
計算された生活。
計算された死。
すべての出来事は計算された誤差の中に収まる。
確率で表示される。
ガクの”事故”もマザーの確立の範疇だったのだろうか。
そして自分の生の確率は?
いや。それは分かっていた。
ゼロ。
それ以外にはあり得るはずがなかった。
敵のバリアーに真っ先に突っ込む。
後へ続く部隊への突破口を開ける。
消耗品なのだ。
目覚めてから何度目かの太陽が頭上を巡った。
艇は、地球の引力に引かれわずかづつ加速を強めていた。
沈黙していたディスプレイが閃光を放つように一斉にまたたき出した。
先行する探査船が捕捉された。
本艇の先およそ17sec/far.
ぶあつく敷かれた浮遊機雷群のまっただ中。
張り巡らされたレーザーの網に捕まった。
ディスプレイの中にたくさんの虫のような光点が生まれ、うごめき始める。
前方、敵の浮遊機雷が発する電磁波を捉えているのだ。
おそらく17sec/far.彼方の宇宙では、浮遊トーチカがその進路目がけてレーザーの照準を絞り、無数の機雷が一斉に青い炎を吹いて探査船全面に壁を築いているだろう。
探査船はこれから迎撃破壊されるまでの数秒間、その強力なレーダーを振り回して敵布陣を探査する。
そしてそれまでに蓄えた膨大なデータと共に爆発的な送信を後続する頭脳船に送るのだ。
頭脳船はそれを瞬時に解析し、戦術を立て、わたしの艇に司令する。
ディスプレイが赤く点滅し、シートの堅さが変わった。
スーツの各部が絞り込まれ、皮下へ強力な覚醒物質が注入される。
わたしは瞬間眼を閉じてその恍惚に酔う。
ディスプレイに氾濫する頭脳船からの司令。
攻撃!
軽い衝撃とともに艇はバンドを解き、わたしの乗るコクピット部は最終攻撃艇となって槍の穂先から飛び出す。
虚空に舞う。
ロケットを吹かして姿勢を制御。
頭上を、バンドから解かれたパイプの束――ミサイル群が、次々と長い炎の尾を引いて離れていくのを確認した。
わたしの任務は、時間差を持って放たれた核ミサイルによって敵防衛網に穿たれた熱のトンネルを突き進み、その先に待ち構える衛星基地を破壊することだった。
敵衛星基地は、多数の有人攻撃艇に守られ、われわれの攻撃を待ち構えているだろう。
攻撃は同時に三カ所から。
うち二つは囮だ。
果たして、後続する頭脳船がどの経路をとって侵入するのか、それはわれわれには分からない。
全ては頭脳船に積まれた戦闘コンピュータが判断することだった。
わたしは解き放ったミサイルの軌跡をディスプレイで確認する。
画面の至る所で慌ただしく数字が踊り続ける。
わたしの艇は待機する。
噴射突入するタイミングを計っている。
作戦にわたしの判断が入り込む余地はない。
全ては頭脳船からの司令に任せるだけだった。
放たれたミサイルが一列になってディスプレイの中を落ちていく。
突然、輝く光の帯となって蒸発した。
出現する高熱のトンネル。
押し寄せる中性子の大波にディスプレイは白光し、艇は電子の視界を失う。
その一瞬がチャンスだった。
艇は凄まじい加速を得て高熱のトンネルに突き進む。
一気に浮遊機雷帯を抜けようとする。
機雷帯を抜けきって、敵迎撃隊の只中に突き進む。
わたしは興奮に震える。
この先に「敵」という「仲間」が待っているのだ。
たった独りで凍える宇宙を渡ってきた。
ディスプレイの中で孤独な戦争をして、たった独りで死んでいく。
それがわたしの運命。
しかしそれだけでは、何処かやり切れなかった。
例え「敵」でも、「仲間」の姿を確認して死にたいと思う。
おかしな感情。
笑いが浮かんだ。
後続する部隊――。おそらくは、ほんの数秒遅れて、次の攻撃隊がこのトンネルに突入し、さらにその後からは頭脳船本隊が突入してくるのだ。
しかしわたしにそれら「味方」への想いはない。
「味方」はわたしが死んだ後にやって来る。
わたしと生きて接触することはないだろう。
死んだ後のことには関心が持てなかった。
生きてわたしを迎えてくれるもの。
「敵」迎撃隊。
わたしはその素らしい出会いを目がけて、高熱の隧道を突き進む。
作戦は順調。
進路は易々と開かれ、予想以上の進捗をみせている。
機雷帯を突き抜けきるまで後わずかだろう。
予定より早く、すでに頭脳船までがそのポイントを移している。
機雷帯の向こうに、果たしてどれくらいの敵が待っているのだろうか。
ふと、不吉な影が頭を過ぎる。
罠かもしれない。
ディスプレイにはほとんど損害を受けずに一直線となって突き進む味方の姿が映し出されている。
危険だ。
狭い通路に密集し過ぎている。
途端に、警報!
敵の弾頭が接近していた。
真正面。
束になって押し寄せてくる。
ディスプレイに予想曲線。
時間軸と交わる交点が全ての終わりだった。
消滅点。
視覚化された終末。
周囲は分厚い浮遊機雷の壁で逃げ場がない。
そしてわたしはマザーが自分に振り当てた役目を理解する。
わたしの有効期限はこの小さな交点。
ここで死んで、周囲の機雷の誘爆を誘い、後続する部隊に途を開ける。
使い捨ての消耗品。
けれども、その運命が見えていながらどうすることも出来ない。
マザーが設定したプログラムから逃れる事は出来ない。
別の生き方。
そんなものがあるのだろうか?
夢想する。
たとえばガクのような……。
いや、ありはしない。
あるのは、ただ別の死に方だけだった。
迎撃のミサイルを射出する。
距離に余裕がない。
爆発の衝撃波の中にもろに突っ込んでいくことになる。
わたしは声を出してその一瞬に突き進む。
重粒子束の見えない弾丸が艇を貫く。
貫通する重粒子束に推進回路が破壊された。
艇はバランスを崩し機雷の壁の中へ跳ばされる。
機雷と機雷の間を結ぶレーザー波の網に混入した異物。
機雷の起爆装置が作動する。
が、それよりも速く、ディスプレイの一点に拡がった光りの波紋が急速に膨れ上がり、画面全体をノイズで満たした。
次の瞬間、艇は凄まじい衝撃に曝される。
艇全体が楽器のように鳴り響き、巨大な力が突き抜けていく。
一瞬強く光りを放って、眠るように消えてゆくディスプレイ。
間髪を置かずに第二の衝撃波。
躯が捻れるような激しいG。
……さらに第三波。
……四波
……五波。
......
......
膨れ上がる光球の表面にはじかれ、木の葉のように舞った。
引き千切られ、溶融する機体。
目も眩む閃光の連続。
そしてわたしは見た。
炎に包まれ巨大な光球の表面へと落ちて行く頭脳船の姿を!
虚空の闇はびっしりと銀の砂に埋めつくされていた。はるかな星の向こうにまた微かに輝く恒星の煌めきが浮かぶ。まるで宙全体がいぶされた銀の器のようだった。
――いつの間にか目覚めていた。
――静かだった。
星々は燦然と冷たい光りを放ち続けている。
何も変わりなかった。
戦争も破壊も、充満する熱とガスの拡がりも、ただディスプレイの中だけで繰り広げられていた絵空事だったような気がした。
わたしは、半分溶けてなくなってしまったコクピットハッチから静かに宙を見上げていた。
艇は完全に形を失い、溶けたガラスの塊のようになって虚空を滑っていた。
それでもわたしは生きていた。
宇宙の極寒に飛行服一枚で曝されていた。
生命維持装置はまだ微かに働いていて、わたしの体に温度と圧力を送り続けている。
が、それも時間の問題なのは分かり切っていた。
しかしわたしはそれを悲しんではいない。
むしろこんな風に静謐な時間を持てたことに感謝していた。
わたしが求めていたのは、最初からこんな時間だったのだ。
ただ一つ、音楽が欲しいと思った。
思い出す。――いつかガクがそっと聴かせてくれたメロディ。
果てしない宇宙を遠く独り流れてゆくための道連れ。
心地よくたゆたうような音の満ち引き。
それらはきっと、わたしに柔らかで豊かな感情の起伏を与えてくれるだろう。
一生をただ感情の波にだけ浸って過ごせたらいい。
そう思った。
わたしは眼を瞑り自分の頭の中にメロディを探した。
――――!
けれども音楽は意外な方向からやって来た。
遙か虚空の高み。
再び眼を開いたわたしの視界に、微かな彗星の輝きとなって現れた。
平行して飛行するもう一つの物体。
ほとんど同じ速度で、左上方から浅い角度で落ちてくる煌めき。
ゆっくりと、まるでスロープを滑るようにわたしの艇に近づいて来る。
次第々々と形を現す。
敵の小型戦闘艇。
機体前部に破損箇所。そこから長く青いガスの尾を引きずっている。
コクピットに人影。
長い髪がガスになびいている。
女だった。
まるで風の中に髪を解いたように揺れている。
細い輪郭が真っ直ぐと前を見つめていた。
透ける肌が水より淡く輝く。
動かない。
――美しかった。
たとえようもないほど美しかった。
わたしは見とれた。
戦闘艇はわたしの直前を沈み込むようにクロスし、遠ざかっていった。
わたしは躯にガスの圧力を感じた。ガスは青く微かに発光してわたしの躯を流れていった。
ほんの瞬間のことだった。
静寂が戻った。
彼女の姿はもう、遠い星のきらめきに混じって見分けがつかなかった。
けれどもつかの間ときめいたわたしの幸福はまだ続いていた。
この広い虚空に、共に旅する仲間を見つけた喜びだった。
はるかな時空の一点で交わりまた遠く流れてゆく存在。
――ぼくらは遠いところからやってきて、ほんの瞬間この世に現れ、そしてまた遠いところへ還ってゆく――
それでいいのだ。
彼女もわたしも流れてゆく。
還ってゆく。
遠いところへ――。
淋しくはなかった。
(了)