転生(metempsychosis)

中条 卓

 いつにも増してひどい衝撃のあとで視野がくすんだ赤に染まり、そのうちに明るくなった。今回は比較的まともな世界のようだ。空は青いし空気はなんとか呼吸できる匂いだし、草は緑だ。おれをのぞき込む連中の顔もさほど化け物じみてはいない。目はふたつしかないが耳も鼻も口もあって、口には唇や舌はおろか、歯までついている。

 やがておれは自分で歩けるようになり、街へ出て扉を探し始めた。おれの額にあるはずの3つめの目はふさがったままなので、おれは今自分が三千もあるという世界の中のどれにいるのか見当がつかない。いたるところにあるはずの残りの世界への扉も見分けることができないから、ひとつずつ試してみる他はないだろう。

 おれをこの階層世界に送り込んだマスターとの連絡は途絶えたままだ。マスターはおれの第3の目が長い時間の果てにふさがってしまうことを計算に入れなかったのだろうか。はるかな昔にはマスターからの指示も、階層世界内での自分の位置も、異世界への扉の地図も、すべてが第3の目に投影されていたのに。

 …愚痴をこぼしていても始まらない。今日も明日も、おれはひたすら扉を探し続けるしかないのだ。いつかまたある日扉が偶然に開き、衝撃とともにこの世界から逃れ出るまで。

(了)

「本作品はASAHIネットの超々短編広場
(「http://www.asahi-net.or.jp/microstory/index.html )に掲載されたものです」

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