世界の皮膚は強靭だが薄い。鋭利な刃で横一文字に切り裂けば、世界はうっすらとその目を開き、はらわたを見せる。世界のはらわたは白くつやつやと輝いている。手を差し入れてみるがいい、おまえはそれが無数の索から成っていることに気づくだろう。傷口を押し開いて中に入るがいい。索の一本を手にとってよくよく見ると、それが蜘蛛の糸よりも細い無数の糸で編まれているのがわかる。糸は中空であり、その中を「気」が自在に行き来している。「気」の流れに身を浸してみよ。陰と陽、虚と実、明と暗、静寂と喧騒…「気」とは2値から成る情報である。電子と陽電子、粒子と反粒子、おまえは今ディラックの海にいる。今かすかに光った糸、それがおまえ自身だ。ということは、とおまえ/糸は考える。失った恋人もこの情報の海に沈み、1本の糸に還元されてひそやかに発光しているのかも知れない。
おまえは無限に拡散し、意識のふちで彼女に触れようとする。
(了)
「本作品はASAHIネットの超々短編広場