蚊の多い部屋だった。
「美しくなることが目的の場合には大丈夫、うまく行きます。問題はお客様の心の中にタナトスとでも申しましょうか、どこまでもやせ細ったあげくに消えてなくなりたいという願望が潜んでいる場合でして、この場合には少々やっかいなことに」
「それはないと思いますわ」
「それならばよろしい、ご説明しましょう。なに方法は簡単です、ここにあるナノマシンの浮遊液を注射するだけ、麻酔もいりません。あとは目標の体重に達するまで食物の摂取を控えてください。ナノマシンがあなたの脂肪を分解して必要な栄養素を供給しますから、空腹は感じません。ただ普通に生活していればいいんです。」
「ひとつだけご注意を。目標の体重に達したらマシンを停止させるため、必ず食事を再開してください。そうしないとマシンがお客様の体組織を改変しながらどこまでも作動し続けてしまいます。最初のうちはどんどんやせていくだけですが、そのうちに人間の姿を維持できなくなってしまいますから。さて、よろしければこちらにサインを」
手に止まった蚊を払いのけようとしてようやく気づいた。蚊は人間の顔をしていて、しきりに首を横に振っているのだった。
(了)
「本作品はASAHIネットの超々短編広場