カトブレパス

中条 卓

 まさかこんなところでカトブレパスに刺されるとは思わなかった。とびきり大きな虫こぶをナイフで割き、寒さで動かないカトブレパスを引っ張り出し、巨大な触角をてこ代わりに頭と胴のすきまをこじあける。そこに真っ黒な露が見えたものだから、すっかり有頂天になって、あいつがとげだらけの触手をちぢこめたのに気づかなかったのさ。なにしろカトブレパスの露ときたら、浮き出た黒い模様と同数の金貨と引き換えなんだぜ。ほとんどは何の意味もないでたらめな形なんだが、たまに意味のある言葉らしきものが見つかるもんで、世間にはそれを予言だのお告げだのと称して珍重する金持ちがごまんといるわけだ。だが、真っ黒な露となると話がぜんぜん違う。それを手にした者は世界を自由に書き変えられるっていうんだから。
 カトブレパスに噛まれた指を大慌てで切り落とし、真っ黒な露を抱えて俺は逃げ出した。指はすぐに元通り生えて来たさ、俺がそう願ったからな。でも遅かった。たちまち全身に毒が回って俺はばったりと倒れ、気がつけばこのありさまだ。世界は今や狭苦しい虫こぶになり果てちまった。俺はそこに潜り込み、ちびちびと露を舐めながら、間抜けなカトブレパス採りが近づくのを待ち構えているのさ。

(了)

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(「http://www.asahi-net.or.jp/microstory/index.html )に掲載されたものです」

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