『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立著
2023.1.26、集英社、1815円(税込)、Kindle版1815円
SF大会に参加されたり、ゲンロンSF講座に聴講生として参加されたりと、SFファンとしても有名な新川帆立先生の法律ネタSF短編集です。また、あの多作で有名な中山七里先生も認める書きっぷりも凄いです。まあ、私はミステリとしては『元彼の遺言状』しか読んでないのですが(汗;)
法律方面はよく分からないけれど、専門家らしくいかにもありそう(成立しそう)な架空法律が出てくるうえに、SFとしての切れ味も鋭いという、二度美味しい短編集になっています。
【収録短篇および各話の架空法律】
◇第一話 動物裁判
礼和四年「動物福祉法」及び「動物虐待の防止等に関する法律」
その昔『人獣裁判』(ヴェルコール著)という名のみ高い小説がありまして、新種の類人猿と人間との間に生まれた子どもを殺して殺人罪になるかどうかを問い、人間の本質に迫るという作品です。ほとんどこの設定だけで名作なのです。昔は大きい図書館にはあったのですが、今はどうなんでしょう。
新川先生の「動物裁判」は、ユーチューバーの猫が、投稿映像の中で登場したボノボにセクハラされたことが原因で失った収入の損害賠償を求める裁判を起こすという話なのですが、二転三転して凄いです。
こう言う視点もあるんですね、まさにSF的な展開で読ませます。
◇第二話 自家醸造の女
麗和六年「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達(通称:どぶろく通達)」
戦後すぐGHQが決めた禁酒法により商業的な酒造りが禁止された日本。その後禁酒法は廃止されたものの、家庭での酒造りが主婦の美徳として持てはやされる社会で苦労する酒造りが苦手な主婦の物語。
これはどういう方向に話が進むか、主人公に感情移入しながらハラハラして読みました。う~ん、そういうオチになるとは(笑)
この短編集は、全部違ったテイストのオチが付いているのも魅力的ですね。
◇第三話 シレーナの大冒険
冷和二十五年「南極条約の取扱いに関する議定書(通称:南極議定書)」
南極にあるメタティカ共和国。そこはフィービー(フィジカル・ビーイング)とバービー(バーチャル・ビーイング)の暮らすバーチャル世界。メタティカで起こる不具合に否応なく巻き込まれた主人公は、事件の渦中に……
考えようによっては一番SF的な設定ですが、架空法律のぶっ飛び方が少なめなのがちと不満かな。
この短編集の収録作は全て「小説すばる」誌に掲載された(2021-22年)ものなので、こういう展開になったのかも。もしSFマガジンに掲載だったら、もっとぶっ飛んだ新法が組み込まれていたんじゃないかな。
◇第四話 健康なまま死んでくれ
隷和五年「労働者保護法」あるいは「アンバーシップ・コード」
労働コンプライアンスを守らない企業は社会から糾弾されるようになり、企業はなんとしても労働者の過労死は避けなくてはいけなくなった社会。法律の隙間をついた人事管理がまかり通る配送センターで、不審死の事案が発生する……
◇第五話 最後のYUKICHI
零和十年「通貨の単位及び電子決済等に関する法律(通称:電子通貨法)」
キャッシュレス化が進み、感染症との絡みもあって現金そのものが忌み嫌われるようになった日本。わずかに使われている現金は、口座が持てない反社会性組織と、電子化が遅れた田舎でのわずかな用途に限られていた。
◇第六話 接待麻雀士
例和三年「健全な麻雀賭博に関する法律(通称:健雀法)」
合法的に賄賂を渡すために成立した健雀法。プロ雀士は、いかに自然に接待相手を勝たせるかが腕の見せ所だった。主人公の女性雀士は、先輩格の雀士と接待麻雀をすることになったが、その中の一人が元女性雀士で主人公とは曰く因縁のある相手であった……
個人的なベストは、
3位:「自家醸造の女」
自家醸造を扱い、世間に流されやすい国民性と嫁姑問題も内包したストーリー展開は見事です。唯一のハッピーエンドに見えるのは気のせいかも知れませんが(汗;)
2位:「動物裁判」
動物の人権法とか、本当に出来そうで怖い面もあります。練り上げられた構成で、二転三転とあれよあれよと翻弄される楽しさもありました(汗;)
1位:「接待麻雀士」
これは凄い。たぶん健雀法がなくても、主人公は破滅させられてしまったのではという凄みがあります。人生は確かにままならないものではありますが……