『夏の丘 ロケットの空』岡本俊弥著


『夏の丘 ロケットの空』岡本俊弥著
表紙: Photo: iStock by Getty Images/ Deklofenak
2022.3.28、スモールベアプレス、Kindle版、380円
収録作:
「子どもの時間」「銀色の魚」「空襲」「ネームレス」「パラドクス」「ソーシャルネットワーク」
「インターセクション」「さまよえる都」「スクライブ」「夏の丘ロケットの空」
以下、ネタバレを含む理系ネタをくだくだと書いてますので苦手な方はパスして下さい(汗;)
あと、粗筋等はあまり書いてません。あくまで読了後の感想と独断と偏見の解説に特化してます。岡本先生とは歳が近いしSFファンということでの共通体験もあるので、それによって想起される思い出話が多いです。すみません(汗;)
岡本俊弥先生著者インタビュー、前編はこちら後編はこちら


「子どもの時間」
最近地元でロケハン(二回見に行きました。遠くから(笑))した映画『とんび』が話題になってますが、原作者の重松清先生は岡山県出身。重松先生の話題作でドラマ化された作品に『流星ワゴン』というタイムスリップ物があります。「子どもの時間」は、テイストとしては似ているのですけれど、最新の時空理論(量子力学も)が併記されることによって、一挙にSF的様相を呈してきます。その意味では、エントロピーとは関係ないけれど、岡本版の「宇宙の熱死」(パミラ・ゾリーン)とも言えると思います。
時間と空間の関係については、橋元先生からも“誤解を恐れずに言えば、時間が虚数になるということは、基本的には時間が空間に変わると言うことである”とうかがっているので納得できるところではありました。
しかし、岡本先生が書かれているストーリーの裏には、文化人類学者の野村直樹先生の提唱されている、マクタガードの時間系列を敷衍したE系列時間があるのではないでしょうか。なぜかというと、物理的な時間がどうであれ、社会的動物である人間には、他者との関わりのある生きた時間こそが必要だと思うからです。(例えるならオーケストラの演奏会において、指揮者と演奏者と聴衆のそれぞれ時間、参加者全員に共通する客観的時間、共通の楽譜、演奏者・聴衆・楽器・まわりの空気まで調和し、同調した生きた時間がある)



作中では、時間とは絶対的な物ではないことが例を挙げて説明されてますが、実は空間の方が絶対的ではないという説もあるわけです。そもそも総てが、光速度は一定で何者も光速を超えることが出来ないという大前提から導きだされているのは、ご存じの通り。
有名な「E=mc^2」という公式は、エネルギーがジュール、質量がkg、光速度がkm/sと様々な単位が一つの式に詰め込まれたもので、こんな式を書くと小学校の先生には怒られます(笑)
この式から導き出されたものがミンコフスキー空間(相対論的空間)というもので、実際には三次元ですが便宜上左のような二次元の図として書くことも出来ます(図は橋元淳一郎先生の著書より引用)
図中の「非因果領域」というのは、光速度を超える世界線が含まれる領域です。人類には知覚できない領域ですね。←「あの世」?



左の図が意味しているところは、光の時間線の長さが”0″になるとしたら、時間か空間かどちらかが「虚数」にならないといけないことを現しています(図は橋元淳一郎先生の著書より引用)
どちらを虚数として扱っても良いということですけど、詳しくは橋元淳一郎先生の著者インタビューを参照して下さい。
そういう意味では、カントが『純粋理性批判』で“時間と空間は感性による直感(ア・プリオリ)に過ぎない”としたのはさすがですね。
本文中に出てくる「ループ量子重力理論」はここが上手くまとめられていると思います。
上記、「E系列の時間」に関してはここから。


「銀色の魚」
ある日突然全人類が失読失書になってしまう。いかに現代文明が文字(記号も含む)に依存しているかが、これでもかという具体例と共に描かれます。文字が失われた世界で口承によって知識を伝えようとするくだりは、「華氏451度」を彷彿とさせますが、さらに深刻な事態ですね。蔵書を誇るSFファンなんかは、もう死にたくなるでしょう←私もですが(汗;)

「空襲」
ある日、旧式(第二次世界大戦当時)の爆撃機が日本上空に現れ市街地を爆撃する事件が勃発する。どうもそれは大戦当時に海軍が採用していた九十六式陸攻ではないかと判明する。
岡本先生の「二〇三八年から来た兵士」は、言ってみれば未来に復讐される話でしたが、こちらは過去に復讐される話と言えます。残留思念のなせるワザだとしたら怖い。
爆撃機はそれほどでもないですが、戦闘機は小学生時代に読んでいた少年誌によく特集されてました。零戦、隼、マイナーどころでは鍾馗・桜花とか。もちろん米国機とか欧州機も。マンガ「紫電改のタカ」とかやたら格好良かった。零戦は今でも描ける。上空の零戦を見上げたアングルが好き(笑)

「ネームレス」
“日本空飛ぶ円盤研究会”の集まりを皮切りに、様々なSF関係の会合や大阪万博のパーティーの写真にまで写る一人の女性。誰ともわからないその謎の女性は、歳もとらないようだった。コンベンションとか例会の熱気は、参加した者にしか分かち合えないというのはよく分かります。もう一つの短編「インターセクション」を読んだ時にも強く感じたのですが、その頃の仲間の記憶はいったん失われてしまうと永久に不明になってしまいます。その昔「日経MIX」という商用BBSに参加していて途中からsf会議の議長役を引き継いだのですが、そのオフミでメンバーのgakio_01(なかじまたかお)さんとタクシーが一緒になりました。車中の会話が小松左京論から高橋和巳に飛び、なぜかゲーデルの「不完全性定理」の話になりました。この時からgakio_01さんは、私の中では「ゲーデルを語る銀行員」として印象づけられたのです。しかし独居生活で闘病中だった彼は、昨年故人となってしまいました。ゲーデルを語る銀行員だったことを知る人間は私ひとりになったかも知れません。
それと、関西・関東の老舗ファンクラブの会員のかたにインタビューさせてもらう機会があったのですが、創立当時のことは詳しく覚えてないとか。他の古株の会員の方に聞いて頂いてもやはり同じで、この短編を読んでいて切なくなってしまいました(私自身は学生時代のファン活動は皆無なのですが)

「パラドクス」
タキオンによる未来からの通信というと『タイムスケープ』(グレゴリイ・ベンフォード)がありましたが、困るのは情報の質を確認しようが無いと言うこと。本当に未来からの通信かどうかもわからないし。本文中にもそれらしき言及がありますが、その時点で最善と思われることをやるしかないですねえ(汗;)

「ソーシャルネットワーク」
岡本先生による大阪的SNS考察(笑) 金星人とか火星人が出てくるというと『美しい星』(三島由紀夫)がありますが、シュールでなおかつ世俗的なところは「宇宙パトロール・シゲマ」(大友克洋)を思いおこさせます。違うのはリアルではなくてネットから得られる情報だけというところ。岡本先生の持ち味が良く出ていて、ちょっと不気味でもあります。

「インターセクション」
“INTERSECTION”というと、我々の世代では真っ先に『アインシュタイン交点』(サミュエル・R・ディレイニー)を思い出します。題名の意味としては「アインシュタイン曲線とゲーデル曲線の交わる一点」と作中で説明されています。そして「その二つの曲線が交差したとき、人類は既知の宇宙の限界まで行き着くことができるようになった。」とあります。まあ、ちんぷんかんぷんだとは思います、私もですが(笑)
「ボルツマン・インターセクション」は、先年急逝した盟友高木淳さんの『アインシュタイン交点』に対する回答といった意味合いの作品です。なぜ「交点」にこだわるかというと、「流れついたガラス」という短編を書かれた岡本先生が、「インターセクション」という題名で無関係な話を書くわけがないと思ったからです(汗;)
クレハ、クサト、クトニ、クニカの名前に「ク=苦」が付いているのも象徴的ですし、四人の人生が重なる時、人生の様は異なれど“変わらない「いま」は続いていき、「いま」の中で生活を送っていくのだ。”との共通認識の元に溶けていくラストはビターな諦観が見てとれます。

「さまよえる都」
「銀色の魚」は、人間が文字を失った後の世界を描いてましたが、こちらはヒトならざるものが言語を獲得したその後を描いてます。人間の使う言語とか文字も“神”が実験のために付与したプログラムだとしたら、我々の歴史とか人生に対する認識に変化は出るのでしょうか。

「スクライブ」
言葉遊びというか筒井康隆先生ばりの実験小説。各要素を取り出せば意味がある文章になるかと思いサッカー関連のところだけ抜き出してみたが、さっぱりわからない(汗;)目茶苦茶に見えて、ひょっとして何か意味があるのではないかと思わせる絶妙のずらし具合が凄い。

「夏の丘 ロケットの空」
題名からしてブラッドベリの「ロケットの夏」(『火星年代記』の第一章)を連想。小学校の頃、ディーラーがスバル360に乗ってきて、買ってくれないかと。うちはだれも免許を持ってなかったんですけど(笑)新しいメカに対する憧れはその時から生じたような気がします。排気ガスとガソリンの臭いもわりと好きだった。
宇宙とロケットに憧れるひとりの少女の成長譚。辛いことも悲しいことも起こるが少女の気持ちが途切れることは無い。これは、岡本先生のSFに対する気持ちと同じなのではないか。実は私も同じ想いを抱いているのですが。→若干恥ずかしくないことも無い(汗;)

雀部 陽一郎 の紹介

SF関係では、東野司さん、橋元淳一郎さん、久美沙織さん、平谷美樹さん、石黒達昌さん、上杉那郎さん、伊藤致雄さんのオンライン・ファンクラブ管理人してます。どうぞ、よろしく。また、懐かしいSFについて語ろうというメーリング・リストも主宰してます。昔は良くSFを読んだが、最近はさっぱりという方は、ぜひどうぞ!(笑) http://www.sasabe.com/SF/
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