第11回


(その22)

 惑星売りの声が、ビルの谷間にこだましている。

 なめらかにすべるように歩く美々絵JE5825NとエリーEF2263Nの後に続いて20世紀カフェの外に出た瞬間、マスターは、確かにビルの谷間にこだます惑星売りの声を聞いたと思った。しかし、よく耳をすましてみると、それはただの建築物の側面を吹き下ろす風の音にすぎなかった。
 マスターは、無意識に首を横に振りながらドアに鍵をかけた。
 ドアの中央部分に「閉店」の文字が浮かび上がる。

 20世紀カフェを一歩出ると、強い風が容赦なく吹きつけてきた。

 強い風に20世紀風ウエスタンジャケットのフリンジをはためかせながら、マスターは、脇に立って自分が店の戸締まりをするのを注意深く見守っている美々絵JE5825NとエリーEF2263Nの方に向き直った。

「さて、行こうか」
 マスターが二人を交互に見ながら言うと、美々絵JE5825NはエリーEF2263Nの顏を見た。
 エリーEF2263Nは答えない。
 美々絵JE5825Nには、相変わらずエリーEF2263Nの表情は読めなかった。
 エリーEF2263Nは、わずかに目を細めると、二人の先に立って歩き始めた。
 美々絵JE5825NがエリーEF2263Nの動きに素早く反応し、すぐにその後を追う。
 マスターは、美々絵JE5825Nよりさらに一呼吸遅れて、あわてて二人の後を追いかけた。

 二人の後を追いながらも、マスターは、なぜ自分が店を閉めてこの二人の少女と一緒に 歩いているのか、だんだん分からなくなってきていた。

「二人が店に入ってきたのは憶えている。俺のイニシエフォールドコレクションを見せてくれと頼まれたのも。そして、あのアステロイド・セレス社のナイフに特に興味を持って見ていたのも。だが、なぜ断れなかったのだろう。なぜあの娘のいいなりに、ふらふらとあのナイフを手に取らせてやってしまったのだろう。あのイニシエフォールドの本来の持ち主があれほど返してくれと懇願した時には、触らせようとも思わなかったのに」

 小惑星マークのイニシエフォールドは、今、エリーEF2263Nの淡緑色の上着のポケットの中に入っていた。
 マスターが差し出したビロードで内張された引出しの中から、エリーEF2263Nはそのいにしえフォールドを取り上げると、無造作に自分の上着のポケットに滑り込ませてしまったのだった。
 マスターは、その場でエリーEF2263Nの挙動を寸分漏らさず眺めながらも、彼女を制止することが出来なかった。
 自分がそのイニシエフォールドの正当な持ち主ではないような気がわずかにしていたせいもあるのかもしれない。
 だからといってエリーEF2263Nが正当な持ち主ではないのは明らかなのだが、何故か、どうしても止められなかったのだ。

 エリーEF2263Nは非常に早く歩いた。しかも、角を曲がるときにもほとんど速度を落とさない。
 三人は、街中をぐるぐると歩き回った。
 何度も何度も角を曲がり、建物の中に入り、階段を少し上り、少し下り、また建物の外に出て、歩道を歩いて角を曲がる。

 最初の5分間で、マスターはあっという間に足が疲れ、心拍数が異常なほど高まり、もうついていけないと感じ始めていた。
 しかし、10分ほど立った時、足が疲れ、心拍数が相変わらず高いままであるにもかかわらず、それがあまり気にならなくなりはじめた。

 20世紀カフェを出てから20分後には、マスターは、もう何も考えず、ただひたすらエリーEF2263Nと美々絵JE5825Nの後を追っていた。
 足は疲れ、特に階段の昇り降りの時には膝ががくがくと震えたが、それでもマスターは二人の後について歩き続けた。

(第12回に続く)


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