20周年 / 200号記念メッセージ

「SFは21世紀の文学だ」という言葉がありました。 今から50年以上前に刊行された早川書房の『世界SF全集』の函の表面に印刷されたキャッチフレーズです。 全集そのものは19世紀のジュール・ヴェルヌから現代までの世界の名作SFを集めた全35巻という、それまで例のないものでした。 一方、Anima Solarisは、オンラインSF同人誌として、21世紀を目前にした2000年6月に誕生しました。 それから今年で20年。科学の分野では、さまざまな発見や発明がニュースになりました。 なかでも、とくに生命科学分野の進展には目を瞠るものがあります。

20世紀にSFで予見されたことが、21世紀のいま、現実になり始めています。


科学技術の進展は、人間の体の改造まで話がおよび、 映画「GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊」のテーマとなったように生命観や価値観、 人間の未来の姿にまで影響を与えようとしています。 人間の脳とコンピューターとを、血管の中を通したワイヤーの先にある電極でワイヤレス接続する ―機械と人間をつなぐさまざまな試みが話題になっていますが、 確実に人間の肉体のありかたが問われることになるでしょう。 さらに、こうした考えの先にあるのは、機械と人間の肉体をつなぐより、 遺伝子操作によってあらかじめデザインされた人間を生み出すべきではないかというアイデアです。

ゲノムの構造がわかって、遺伝的なアルゴリズムも理解されたとき、 データを超AIに入れ、完璧な人間というコマンドを与えれば、新しい人類を作り出せるのではないか。 その存在は、今の人間が持っている能力を全部持っていて、さらにプラスアルファの能力が加えられている。 だが、もしそれが生まれたとき、造り出した側のわれわれにいったい何が起こるのか。 解剖学者の養老孟司と霊長類・人類学者の山極寿一は、ある対談でこんなことを話し、印象に残る言葉を残しました。

「プラスできる人って、それって、じつは神でしょう。人間は考えたものをつくる動物で、最終的にそういう形で神を作ったら、現代人の仕事はお終い。」

(『虫とゴリラ』 毎日新聞出版刊 209頁より)

しかし、人は物事のメカニズムを知るために、さまざまなものを研究し、 すごいスピードで解き明かしているにもかかわらず、地球温暖化現象など惑星規模での破壊の種を蒔いて、 生命の危機に瀕しています。はたして、そんな自身でも予期できない行動をとる人間に「神」、 あるいは人間以上の存在を作り出すことなどできるのでしょうか。また、かりにできたとして、 それは私たちや社会にどのような運命をもたらすのでしょうか。

SFは、昔から疫病の蔓延や天変地異、そして、よき社会をねがってうみだされた科学技術が、 逆に人間の幸福や?栄を破壊し、破滅の淵に追いやるなど、いろんな脅威を語ってきました。 今後もさまざまな性質の脅威がおこりえる可能性はあるでしょう。 今回のパンデミックと同規模か、さらに深刻な災厄が次々と現れ、その衝撃に耐えられず世界経済は破綻、文明は崩壊するかもしれない。 これがPCゲームのようなバーチャル空間の中だったら、プレイヤーが操る主人公が死んだり仲間に悲劇が襲ったりしたとしても、 リセットすればいくらでも再生できる。一度死んだ経験を踏まえて、悲劇を避けるために別のルートを選択することもできる。 まさに神のように脅威に臨むことができるわけですが、現実の世界では、ゲームの世界のように、 電源を切って文明を再起動させるというわけにはいきません。私たちは規模によっては、やり直しのきかない現実の危機に対処しなければなりません。

近年、オーウェルの「1984」、ハクスリーの「すばらしき世界」、 ザーチャーミンの「われら」といった20世紀に書かれたSFの古典が21世紀の現在、 世界的に広く読まれ評価されているのもうなずけます。いま求められているのは危機を予測し、 具体的にイメージする力。人間にとってよりよき未来を創造する力。ひとりひとりが主体者となって、 知的生命体として、この世界で幸せに生きることを追求する、地球に生まれてきた知的生命体として、 その生をまっとうする知恵。そのためのSFであり、これは人間の持つ叡智の部分から生まれてきたものだと信じます。 このオンラインマガジンが今日まで200号も続いたのも、書き手と読み手の心のどこかにそんな願いや希望があったからではないでしょうか。

願わくは、Anima Solarisというタイトルにこめられた、太陽からの風がこれからも吹き続け、 その精気とあたたかい息吹が、私たちに明日を生きる力を運んできてくれることを。

栄村
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