ブックレビュー

   
現在(2000/9月時点)の最新刊

『突入!炎の叛乱地帯』
<銀河の荒鷲シーフォート>

デイヴィッド・ファインタック著
野田昌宏訳、2000/2/29刊

上:ISBN4-15-011301-7 C0197
下:ISBN4-15-011302-5 C0197

レビュー:[三上]&[雀部]

ハヤカワ文庫SF 各880円 各巻の粗筋紹介
設定:
 シーフォートの最初の航天が、紀元2194年とされてますから、22世紀末から23世紀初頭にかけてのお話です。
 アメリカと日本が経済力を失ったために世界的な支配力が喪失し、中国・アフリカの大部分も壊滅したため国連だけが地球的な組織として残った時代。この国連政府では地球上では義務教育を強制し得ず、ニューヨークではトランスポップたちの跋扈を許している弱く小さな政府です。いっぽう星世界(植民地)では、地球より自由で豊かな生活が営まれていているが、軍事や外交などは国連政府下の総督が握っています。こうして弱い中央政府であるがゆえに、地球と植民星をつなぐ国連軍では、艦長が絶対権力・権威を付与されています。
 そしてヨーロッパを席巻したキリスト教再統一運動は、全地球に広がり、カトリックとプロテスタントが融合し、国連政府の<国教>となっています。すなわち、艦長になると、自動的に再統一協会の代表者となってしまうのです。
 
 



[雀部]  今回《銀河の荒鷲シーフォート》シリーズを紹介して下さるのは、このシリーズが大のお気に入りという
三上さんです。
 三上さんは、主人公のシーフォートについてどういう感想をお持ちですか?
[三上]   宇宙の英雄。銀河の荒鷲。地球人類の救世主。どれもが確かに主人公のことを言っていて、しかもどれも間違いではないかも知れないんですが、そういう物語を期待すると裏切られる、そういう妙な物語です。
 繊細といえば聞こえはいいけれど、悩みすぎるし愚直なまでに不器用なシーフォート。
 その彼がだんだんと成長して立派な軍人に、ひいては英雄になっていく……のでなくて、彼が彼として彼なりにそうするしかないと思ったことをやっていくだけ、の物語だったりしますが、彼はいつも自分がとった行動が最善であったかどうかくよくよと悩み続けるんですよね。
 これが一人称で語られるってところが、ミリタリー系としては実に特殊な雰囲気を醸していると思います。
[雀部]  士官候補生にしては確かにくよくよしてますよね^^;
 では、このシリーズの設定の魅力はどこにあるとお考えですか?
[三上]  描かれている危機の状況ですが、わりと、SF的というよりは、現代を舞台にした小説に近い気もします。魚とか出てますが、国内政治的な問題というか、制度やなにかに縛られてそれとぶつかっている側面の方が比重が大きいというか。困難な責任を果たしていく悲壮感や、必要ゆえの冷酷さなど、SFにもまま見られるネタではあるんですが、もっとミリタリー寄りかなと。
 それに、私はホーンブロワーは残念ながら読んでいないのですが、18世紀の英国海軍を舞台にした『アラン海へ行く』というシリーズをシーフォートと同時期に読んでいまして、士官候補生のしごきの部分がそっくりなので、時々どちらを読んでいるのかわからなくなるくらいでした。主人公の性格は正反対だったのですが。
[雀部]  英国海軍にだけは入りたくないぞっと(爆)
[三上]   悲惨になるしかない未来にじっと耐えて任務をこなし続けるシーフォートは、まあ健気とも偉いとも思えるんですが、じくじくと悩むシーフォートは正直言ってうっとうしいです。でもこれが、どんどんどんどん事態が悪化し、ついに最悪の局面を迎えるや、一転して彼のぶち切れパワーが炸裂するんですよね。
 またこの悪化具合のリアルなこと。絶望的な前進しか残されていないってのが、まるで死の雪中行軍。守るべき乗客ってのが、これまた、彼にとっては敵と同じくらい障害になってしまうってところもパニック映画のようでもあり、ありがちな現実のようでもあります。
 そこを、奇跡的に切る抜けるのだから、確かに彼は英雄なのでしょう。しかし彼自身としては、望みはことごとく打ち砕かれるし、かなうとしても最悪の形でしか実現されないという最後まで不幸の人。それなのに、結果として英雄として人々に称賛されていってしまうという、この物語は実は彼専用の地獄にも思えます。
 でも、これの原因って、私には偏屈な父に育てられたからとしか思えないです。なんだこの父親って感じで。そのせいでこんなに孤独で、幸せを充分に味わうことのできない愛情貧乏性な人になってしまったとしか思えない。あまり踏み込まれていないですが、家族の形態も妙ですよね。彼のうちもそうだし、それ以外でも。社会全体も、後退しているんだかなんだかわからないし。それにむりやり宗教が統一されちゃったりしてて、私は住みたくないです、こんな硬直した未来。
[雀部]  いや、全く同感です。社会全体が疲弊してしまったような感じを受けますもんね。
 ところで、その偏屈な"父"についてなのですが、シーフォートの父親は、シーフォートの精神的な"父殺し"[(C)フロイト]が可能になりかける 13歳の時、システム化された"父"に他ならぬ宇宙軍士官学校にシーフォートを送り込 んでしまい、シーフォートに"父殺し"をする機会を奪ってしまう。"父殺し"が出来なかったシーフォートは、一人前の父になれず未熟なまま"超父"となり、シーフォートは "子殺し"を積み重ね、くよくよと思い悩まざるを得ないのだという意見[(C)大宮信光] がありますが、これについてはどう思われますか?
[三上]   本当に、シーフォートの父は謎の人物ですね。名前も結局出てきませんし。
ただ、一作目を読んだ時点では、シーフォートが宇宙軍に入ったのは父の意向のように感じますが、四作目ではシーフォートが自分の意志で、普通の子供が憧れる宇宙軍に志願し、父はそれに取り立てて反対しなかっただけのように描かれています。
 それに、シーフォートは、あの時代でさえスタンダードといえる女性との結婚を選んでいますが、父はそうではなく、シーフォートは遺伝子上はともかく実質上は母を持っていないらしい。シーフォートの父は何のためにシーフォートをもうけたのか、それもまた謎です。
 全体を通して、父と子というのが、キリスト教の神とキリストであり、シーフォート=キリストというのが、まあ単純に浮かぶ考えではあります。“魚”というのも、それ絡みのシンボルとして名付けられたのではないかと。「漁(すなど)る人」=キリスト=シーフォートということで。
 ただ、作者が描きたかったのがそういう宗教的な暗喩だとして、ただそれだけで終わったとしたらとってもいやです。キャラ萌えモード的には、そんな宗教オタクの父は捨てて幸せになって欲しい。まじめに考えても、単に彼が神の絶対性を受容して終わったのでは納得できません。
 五作目時点での彼は、宗教に平穏を求めつつも、神そして神を絶対としていた父を完全に受け入れているとは言い難いと思います。彼は、そうするしかないと思ったことをし、そのことで神から地獄行きを決定された(と父に言われた)人間です。しかし彼は、父(そして神)を完全に受容することも、それらを相対化して見つめることもできない。それができない限り、彼は父に架せられた父と子という一対の枷の中で苦しみ続け、個人として立てていない。つまり子に対する父に成りえていないのでしょう。
 しかし、非キリスト教的な視点からすると、父と子という縛り自体、何ら自明のものではないし、父の宗教観もその時代のスタンダードでもない。作者の意図が、そういう何かに取り組むことなのか、反対に全く作者のたくらみなどでなく、無意識に自分の好みをにじませているものなのか、疑問に思っているところでもあります。
[雀部]  う〜ん、私はデイヴィッド・ファインタック氏は、確信犯だと信じているんですが (^_^ゞポリポリ
 まあシーフォートの石部金吉というか融通の効か無さぶりは、信じられないくらいです。
[三上]  本当に、シーフォートがもう少し普通の青年だったら、もっと楽しい話だったのにとつい思ってしまいますが、でもそれだとここまでの充実感が得られたかどうか。とにかく読みごたえのある作品なのは確かだし、多分こうでなければシーフォートではないんでしょう。
[雀部]  そうですね。普通の青年だったら、こんなに人気は出なかったかも知れません。
[三上]   でも、ちょっと気を抜いてキャラ萌えモードで読んでみると、職務ゆえの孤独感にじっと耐えるシーフォートも、健気で愛しい気もしてくるし、船内での人間関係をめぐる物語も、青年たちが嫉妬と友情に身を焦がしながら競いあうという、薔薇の闘技場に見えてこないこともない。その辺が、日本では女性からのファンレターが多いという原因なのでしょうか。
 そして、どうも日本だけでなく先進国全体の傾向らしいですが「女性読者のうち一部分の人特有の読み方」ってやつも、とってもしやすい話で、しかもそれがごく一部に限ってはあながち妄想ってだけでもないところがまたなんというか。海軍調がいけないのか、はたまたアメリカンでなくイングリッシュテイストなのがいけないのか、いや、別に何もいけないことなんかないですが。
[雀部]  私は女性の感想は良く分からないのですが、ああいうくそ真面目な人間のどこが良いんでしょうか?
 まあ、側にいれば色々面白い部分はあるんでしょうけど。
 私が、側にいてあげないと、という母性本能なのかしら?
[三上]  それでもどうしても気になるのは、シーフォートの父の設定といい、女性が出てこないわけでもないのに、何だか女性キャラに冷淡な話に思えることです。どうしてこうなんでしょうかね。というか、意識的にこういう話なのか、そうではないのかということなんですが。作者が絶賛していたというジェイムズ・アラン・ガードナーの『プラネット・ハザード――惑星探査員帰還せず』なども、なんかものすごいテーマで真っ向勝負をしている作品だし、シーフォートも、そういう何かに挑戦している作品ということなのかも知れないですが。 
[雀部]  すぐに死んでしまったり、精神疾患を病んだり。女性であまり重要なキャラは居ませんね。そういえば、男でもシーフォート以外のキャラは、シーフォートと男の契りを結ぶとすぐに殉死しちゃいますし。^^;
 最後に、三上さんにとって、このシリーズはどういった位置を占めていますか?
[三上]  なんでこのシリーズを読み続けるのかというと、やはり面白いということにつきます。
 実際、とてもサービスが良い作品ではないですか?ミリタリー・政治・宗教・友情・パニック物、映画映えしそうなネタが盛りだくさんで、ミリタリー物らしくちゃんと(?)シゴキもあるし。主人公も、運命に翻弄される苦悩の人でありながらも、やる時はやる行動派。一作分の分量も多いので、読み終えた時の爽快感・達成感もたまりません。
[雀部]  あはは、確かに。
 私も、こんなへんてこなストーリー展開なのに、こんなに面白いのは何故なんだ〜と、いつも叫びながらよんでますから。今回は、ブックレビューに参加していただいて、どうもありがとうございました。
各巻の表紙絵と粗筋
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員
ホームページは、http://www.sasabe.com
[三上]
 その辺に落ちている(?)本を片っ端から拾って読んできたため、ジャンル不問の悪食に。
いそがしい時・疲れている時ほど、なぜか読書量が増える。自分では否定したかったけど、やはり重症の活字中毒患者だったようです。

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