ブックレビュー

 
現在(2000/9月時点)の最新刊

『名誉のかけら』
<ヴォルコシガン・シリーズ>

ロイス・マクマスター・ビジョルド著
小木曽絢子訳、1997/10/24刊
浅田隆絵

ISBN4-488-69806-9 C0197

レビュー:[松谷]&[雀部]

創元SF文庫 700円 各巻の粗筋紹介
設定:
 おそらく創元SF文庫のドル箱シリーズであろうと想像されるマイルズ・ヴォルコシガン・シリーズです(それにしてはなかなか次の邦訳がでないぞ)
 胎児の時、母親が毒ガス攻撃にさらされたため身体ハンディキャップを持って生まれてきたマイルズ・ヴォルコシガンが、色々な苦難の末、帝国軍に将校として入隊し、持ち前の頭脳の冴えと、強運とで難局切り抜けるという人気シリーズです。

 簡単に各長編の時代的な流れを書いておきますと(『名誉のかけら』後書きより)
 1,『自由軌道』ネビュラ賞受賞(ヴォルコシガン・シリーズではありませんが)
 2,『名誉のかけら』200年後。マイルズの両親の出会い。ベータ=バラヤー交戦中
 3,『バラヤー』(未訳)マイルズの誕生
 4,『戦士志願』マイルズ17歳。士官学校入試。デンダリィ自由傭兵艦隊誕生
 5,「喪の山」(『無限の境界』所載)20歳
 6,『ヴォル・ゲーム』20歳
 7,『セタガン』,『アトスのイーサン』(未訳)22歳
 8,「迷宮」(『無限の境界』所載)23歳
 9,「無限の境界」(『無限の境界』所載)24歳
10,『親愛なるクローン』24歳
11,『ミラー・ダンス』(未訳)28歳。クローンとの再会
12,『記憶』(未訳)死亡→再生。29歳
 

 



[雀部]  身体のハンディキャブがありながら、持ち前の機転で難関をくぐり抜けていく、我らがマイルズ・ヴォルコシガン!が主人公の人気ミリタリーSF。松谷さんはこのシリーズをどうおとらえになっていますか?
[松谷]  私は、この作品について「ミリタリー」と感じたことはあまりないんです。「ミリタリー」は正直あまり得意ではありません。なので「シーフォート」は途中で挫折してしまいました。私にとって「ミリタリー」とは規律に基づいて上下関係のはっきりした、腕立て伏せばかりしているイメージがあります(かなり偏ってるとは思いますが)。
 で、どちらかというと、青年成長物語と思ってます。きっと、「ミリタリー」はちょっとだめかもって思っている人にも受け入れやすい作品だと思います。
[雀部]  若者の成長物語というのは、SFでは王道ですね(^o^)/
[松谷]  もともとスーパーヒーローっていう感じのスポーツマンで頭も切れて、生徒会長をやっていて(笑)というような主人公よりは、マイルズのように、いろいろなハンデもあるしナイーブで傷つきやすいのだけど、人にはない頭脳と知識、そして時にはハッタリで乗り切る、というタイプが好きです。
[雀部]  背景・設定についてはどう思われますか?
[松谷]  この世界は、人類がほかの知的生命体のいない宇宙で、惑星に植民してできた世界です。
 マイルズが生まれたバラヤー星は、植民後たった一つのワームホールが事故で閉ざされたため『孤立時代』と呼ばれる期間があります。いったん文明段階が退化したので封建的な貴族制で成り立っている帝政の星なわけです。マイルズは、皇帝の摂政(バラヤーの首相)を父に持つ大貴族の家の跡継ぎであり、しかも母は、バラヤーが以前戦争をしていた時に敵だったベータ星の英雄。名前の体系からもわかるようにバラヤー星はロシアが植民した惑星、ベーター星はアメリカが植民した惑星です。
 バラヤーは人権だとか民主主義という概念がまだ通用しない野蛮な星だし、ベータはアメリカ的な未来社会が行き過ぎになったような清潔すぎて管理が行き届きすぎた星ですよね。
[雀部]  父親がバラヤー星出身で、母親がベータ星出身ですから、その間に生まれたマイルズ君は、両方の良いところ取りをしたのかも知れませんね(笑)
[松谷]  この極端に異なる二つの価値観の世界の両方を知り、そのはざまで生きることが、このマイルズの物語の要というところでしょうか。混血であり、障害があることで、外見から年齢や出身星がはっきりしないのも、この物語では大切なところです。
 だいたい、戦争中に敵国の英雄同士が恋に落ちるというむちゃくちゃな事をやらかした両親の元に生まれるってのだけでも、最初っから平凡な人生はおくれるわけなし。でも、偉大な両親や特殊な境遇に押しつぶされまいとして努力して、それがどうしても果たせなかったってのもよくある話。そのせいで、いわばグレてしまったということなのでしょうが、普通はグレたといってもこんなことをしでかしたりしないでしょう。ティーンエイジャーでありながら、あんなものを乗っ取ったりしちゃったりはねえ……。本人もなんか予想もつかないほど大事になっちゃうしね。
[雀部]  そのやんちゃぶりも可愛いというわけですね。
 松谷さんの実体験とリンクしてたりしませんか?(爆)
[松谷]  実は、私のツボはチームを組んであれこれする団体ものだったりします。それに口先三寸で相手をだまくらかすコン・ゲーム。あと、この母のように強い女性が出てきてくれると最高。なんせ、幼い皇帝を抱えて逃げるのですから(まだ未訳なんですよね)。それに、そうは思ってなかった人がどんどん成長していくのもけっこういいです。マイルズが、基本的には両親に愛されて育てられた心優しい人だってとこもいい。特に、自分を陥れるために作られたクローンに言ってあげたことなんかも。
[雀部]  あ、あのシーンですね。私も好きです。あと「迷宮」での<タウラ>に示した態度。
 このタウラを始めとして、このシリーズには魅力的な脇役たちがいっぱい出てきますよね。
[松谷]  この物語にかかせない登場人物はたくさんいるんですが、私には従兄弟のイワンは絶対はずせない人です。苦労ばかりしているマイルズに比べ、いやな事や苦労はできるだけ避けようと生きている享楽的な貴族の坊ちゃん。コーデリア(母)に言わせると、バラヤーの子育てにも問題があららしい。あまりに浅はかなので彼はマイルズの家族全員イワンのばかと呼ばれているのですが(幼いころマイルズはイワンの前にもう一つ名前があると思っていたくらい)、マイルズに言いくるめられてついつい働かされてしまうといった憎めないやつ。でも、マイルズが死んだら跡継ぎがイワンになるのはやだな。皇帝が死んでマイルズが死んでイワンが皇帝になるのはもっといやだけど。
 あと、マイルズが彼女にプレゼントした猫DNA入り生体毛布が欲しい気がします。だって、なでるとゴロゴロいうしー。
[雀部]  ぐうたらで、極めて真っ当な貴族制度の継承者という気もしますが(笑)
[松谷]  しっかし、マイルズも進めば進むほど二重生活が深まっていくけれど、宇宙では彼のありのままの姿を愛してくれる女性に巡り合えるのけれど、それは彼が自由な個人としてふるまえる宇宙空間でのことだけで、彼を取り巻く政治的状況がこんがらがり、かつ超ド田舎である故郷バラヤーへ共に降りてくれる人はなかなか現れそうもなく、ひたすら気の毒です。
[雀部]   まったく。マイルズの幸せの青い鳥はどこに居るんでしょうね。
各巻の表紙絵と粗筋
[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員
ホームページは、http://www.sasabe.com
[松谷]

「ブックレビュー」のTopページへ