Book Review
レビュアー:[雀部]&[栄村]
シン・ゴジラ
『シン・ゴジラ 政府・自衛隊 事態対処研究』
  • 石動竜仁/横田明美/菊池雅之/関賢太郎(航空評論家/多田将/飯柴智亮/小泉悠/綾部剛之
  • ホビージャパン MOOK 789
  • 2500円
  • 2017.3.31発行
    “現実 対 虚構"――政府・自衛隊はいかにゴジラと戦ったのか?

    緻密なまでにディテールされた政府・自衛隊の姿が注目された映画『シン・ゴジラ』。本書は、行政・防衛・安全保障の専門家たちがゴジラと戦った彼ら政府省庁や自衛隊組織の構造や組織、運用と能力について解説。
    “虚構――巨大不明生物"と対峙した“現実"的側面を掘り下げる!


シン・ゴジラ
『シン・ゴジラ 機密研究読本
  • 柿谷哲也/道上達男/平岡秀一/長谷川宗良/小豆川勝見
  • KADOKAWA
  • 1650円
  • 201.2.28発行
    映画のストーリーを追いながら、『シン・ゴジラ』に登場した兵器や組織、そしてゴジラの生態など、『シン・ゴジラ』を見た人がふと気になる”謎”へと迫る副読本の決定版が登場! 軍事ジャーナリストや東京大学院教授たちとさまざまな分野の協力を得て、シン・ゴジラの防衛作戦と生態を徹底検証し、大真面目に説明するなど、映画がさらに楽しめるようになる1冊。
    「海猿」などの原作者、小森陽一による特別寄稿には、未発表の「ゴジラFINAL WARS」用プロットも全文掲載。さらに、牧元教授が残した解析表折り紙が特典に!


雀部 >
『ゴジラ キング・オブ・モンスター』もゴジラ愛に溢れた良い映画でしたね。
 でも、日本には『シン・ゴジラ』も居る!ということで、栄村さん今回もよろしくお願いします(笑)
栄村 >
 雀部さん、どうぞよろしくお願いします。
 今回、新型コロナウイルスで、世界中が大混乱におちいる大変な事態になりましたね。 緊急事態宣言で外出制限を受けているとき、「シン・ゴジラ」を再度見たのですが、映画の前半で描かれている、前代未聞の事態に遭遇したときの人の反応というのが実に興味をひきました。最初、過去に経験した事柄を新しい事態にも当てはめて解釈し対処しようとするのですが、それがまったく通用しない。過去をふりかえっても参照すべきものがなく、なにかよくわからない深刻な危機に直面していると悟ったときの、右往左往する政治家たちの姿がじつにおもしろい。
 これは2月のダイヤモンドプリンセス号の騒ぎから新型コロナウイルスが日本中に広まり、感染者数がどれだけいるかわからないという五里霧中の状況で、緊急事態宣言が発令されるまでの政府の動きと重なって見えるんです。
雀部 >

ですねえ。あのころは対策が後手後手にまわっているように見えた。実は、昨年の6月に乗船しているんですよ、ダイヤモンドプリンセス号。人ごととは思えないというか、船だと逃げようが無いんで身につまされました。

栄村 >
それは……(絶句)。怖い。隔離にあった欧米の乗客がテレビのインタビューに答えて、こりゃ、人体実験だ。われわれは、ダイヤモンドプリンセスという巨大なシャーレに入れられた実験体だ、というようなことを話していましたが、海上に浮かぶ船という環境では、おっしゃるとおり逃げ場がない。
 それに、もし乗船されていたら、感染の危険に加え、下船した後の風評被害も心配しなければいけない羽目になっていたでしょうねえ。実際、自民党の有力議員がネットの動画サイトに出たとき、緊急事態宣言を発令するにあたって党内で戦わされた議論など、あとから思ったら、まさにシン・ゴジラの会議のシーンそのものだったと苦笑いしてました(^^;)。
雀部 >

『シン・ゴジラ』の考証がしっかりしていた証拠ですね(笑)

栄村 >
おもしろかったのは、最初、官邸内の会議は緊張感のない雰囲気で、内閣官房の関係者も偉そうな雰囲気を漂わせていましたが、前代未聞の事態がたてつづけにおこって予想がことごとくはずれ、だんだんみんな顔がひきつってゆくあたりとか(笑)。
 大杉漣(おおすぎれん)扮する大河内(おおこうち)総理は、いい味を出していましたね。一時、衝撃のあまり腰が据わらなくなってしまうけど、どんどん追い詰められてゆくうちに、まともになっていくという……(苦笑)
 物語でいうと、初上陸したゴジラに対戦車ヘリによる攻撃が開始される直前、ヘリの射線上に避難民がいることが確認される場面――
「総理、撃ちますか? いいですか? 総理!」
 と女性の花森防衛大臣から、怖い顔でダメ押しされるなか、
「中止だ! 攻撃中止! 自衛隊の弾を国民に向けることはできない!」と叫んだあたりから、見ている側は「おや?」という感じになり、その後、ゴジラ再上陸による首都防衛戦で、観念した表情で
「今より武器の無制限使用を許可します」
と、危機管理センターから自衛隊に宣言するシーンでは、それまでとは変わって真摯な総理としての感じが出ていましたね(笑)。
雀部 >

あそこは、もう開き直ったというか。ゴジラ対策と新型コロナ対策と、総理としてはどちらがやりたくないだろうか(汗;)

栄村 >
第1作目の初代「ゴジラ」は、怪獣映画であると同時に人々の不安やパニックを描いているのが特徴なんですが、「シン・ゴジラ」に出てくるゴジラは、その後公開されたゴジラのキャラクター像と比べて、得体のしれない不気味な存在がより強調されていますね。外見は似ているけれど、中身はまるで別物。グロテスクで異様な存在というか……。核分裂を体内に取り込んで活動エネルギーにしているのは従来と同じだけど、人間の約8倍もの遺伝子情報を持っている。その中には魚類、爬虫類、鳥類のみならず、どうもヒトも含まれているらしい。海から上がったときは古生代の魚類に似た姿をしているものの、次第に両棲類へ、ゴジラの姿へと形態変化してゆく。
雀部 >

おっと、人間の約8倍もの遺伝子情報を持っているという設定があったんですね。それを考慮に入れると色々思い当たるシーンもあるなぁ。

栄村 >
生態系のピラミッドの頂点に位置し何物にも脅かされることがないため、警戒するための耳はなく眼には瞼もない。さらに世代交代を経ない単一個体で、無生殖による個体増殖の能力も持っている。環境や状況に対応して急激に自己変異させる能力は、単に環境に適応するにとどまらず、映画の後半には、現代のイージス艦が装備するフェイズド・アレイ・レーダーみたいな能力まで持ちはじめる。製作途上では、始祖鳥のような姿に形態変化するという案もあったそうですが……。
 物語は多くの謎を残したまま終わっていますけど、東京湾になぜ突然現れたのかは不明。第1形態は、その体の一部が海上で目撃されただけで、どんな姿をしているのかはわからない。終盤にはヒト型をした第5形態まで出てくるけど、まだその先があるのか。究極の姿がはたしてどんなものなのか。本当に生物の進化の中から放射性物質の影響で突然変異的に生まれてきたものなのか。それ以外の別の存在じゃないのかと思わせるほどでしたけど(笑)。
雀部 >
ですよねぇ(笑)
 DNAを基にした生物形態とはとても思えない。
栄村 >
謎の部分が多いですね。ジ・アート・オブ・シン・ゴジラに載っていた、まだ作品がはっきりとかたちをとる前の企画メモを見ると、いろんなことが書かれていました。ゴジラを戦争のメタファーとするなら、そこには人間の意志が存在しなければいけない。その意志とは憎悪。最大の恐怖は人の作った憎悪。ゴジラを生み出した人物は、人とそれが作り出す世界を憎んでいた。ゴジラは一種の巨大生物兵器という性格を持って誕生してきた。それを生みだすにあたり、外宇宙から来た地球外生物に人の作り出したウィルスを合成するなどのアイデアが、監督の頭の中にあったようです。ゴジラの本質は、人の造りし神。監督のもう一つの代表作である「エヴァンゲリヲン」とおなじで、発想の元には、「風の谷のナウシカ」に登場する巨神兵がある。「シン・ゴジラ」というタイトルも「神・ゴジラ」の意味が込められていたのでしょう。
 企画メモには、得体の知れない絶対的な存在を主題とするということが書かれていました。人間の知力では、とても測りきれない途方もない存在であることを表現するために、あえて核心部分は暗示にとどめたのかもしれませんね。
雀部 >
ふむふむ。地球外生命体が基になるというアイデアもあったんですね。それに巨神兵とエヴァの影響もよく分かります。
栄村 >
ゴジラというキャラクターは、もともと、「ジュラ紀から白亜紀にかけて生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物の末裔が、ビキニ環礁の原子爆弾研究で安住の土地を追われ、出現したのではないのか」「ビキニ環礁の原子爆弾研究で散布された放射能を浴びて変貌した」というのが、1952年に公開された初代ゴジラの設定でした。原水爆や、第5福竜丸事件、当時まだよく知られていなかった放射能という未知のものに対するおそれ、台風の自然災害、戦時下の空襲などのイメージが混じっていて、終戦後まもないあの時代の、多くの日本人が無意識下に抱いていた悪夢を絵にしたような感じが第1作目の映画にはありましたね。
雀部 >
初代『ゴジラ』は衝撃的でした。日本が完敗した米国への恐れ、放射能という一般日本人が未知な物への恐れというのは確かにありました。ま、私にとってゴジラ・シリーズは小学校の体育館で巡回映画で観たというもの大きいんですけどね(『ゴジラの逆襲』から)
栄村 >
1955年に公開された第二作目ですね。大阪が舞台でした。紀州および紀伊水道沿岸に上陸すると予想されていたゴジラが進路を変えて大阪湾に向かっているというニュースを、ダンスホールにいた客たちが聞いて一斉にパニックになるシーンや、主人公の勤める本社工場の焼け跡を社長がみつめている場面など、先の大戦の大阪空襲を思わせる場面がところどころに出てきます。
雀部 >

そうか、初代ゴジラが東京空襲のイメージならば、逆襲は大阪空襲なんですね。

栄村 >
ゴジラが戦争とは別に自然災害をもイメージしているというあたりは、今度2作目が公開されるハリウッド版ゴジラの一連のシリーズでも踏襲されています。ゴジラは、強い放射線が宇宙から降り注いでいた2億7000万年前(ペルム紀)の地球で、生態系の頂点に君臨していた超巨大生物の生き残りであり、長い年月地下深くで眠りについていたものの、1954年から太平洋で始まった、たび重なる核実験によって地上の放射線量が上昇したため、ふたたび姿を現したという風に性格づけされています。
 長い眠りについていた太古の地球の真の支配者――人間の持つ科学技術の力などその前には全く無力に等しい存在――が現代にめざめる、というと、なんかラヴクラフトのクトゥルフ神話みたいですけど。
雀部 >
わはは、確かに(爆笑)
 まあクトゥルフ神話はSFというよりは、もっとホラー寄りですけどね。
栄村 >
2014年に公開されたギャレス・エドワース監督の映画 「GODZILLA ゴジラ」の予告編では、人間の力では遠く及ばない巨大災害というイメージをゴジラに重ね合わせてうまく表現していましたね。あれは特に予告編が印象深かった。夕暮れのサンフランシスコ上空を飛ぶC-17グローブマスターⅢ輸送機から、核爆弾処理班がいっせいに市街に向けてダイビング降下する場面。地上の高層ビル群が夕闇に飲まれてゆく中、隊員たちは目印のために足に赤い発煙筒をつけて降下してゆくのですが、垂れ込める黒雲を抜けるとあちこちで火災が起きている。市街は全域が停電しブラックアウト。火災から起こる濛々たる黒い煙と粉塵で、あたりがよく見えない中、突然、ゴジラの巨大な体の一部らしきものが視界に現れる。
雀部 >
あのシーンは良かったですね。なんかワクワクする。
栄村 >
バックではリゲティの現代音楽「レクイエム」が掛かっていて、不気味というか、なんともいえない不安を感じさせる。リゲティの「レクイエム」は、キューブリックの「2001年宇宙の旅」でも、謎のモノリスと遭遇する場面に使われていましたね。
 もうひとつ、夜のハワイで、津波とともに海からゴジラがあらわれるシーンもよくできていた。街路を濁流のような黒い津波が押し寄せ、車や人などを次々と呑み込んでゆく。押し寄せる濁流で、電線がところどころ火花をあげて寸断され、街が真っ暗になってゆく。
 2004年に死者28万人以上を出したインド洋大津波のイメージが、製作者の脳裏にあったのでしょう。日本では、こうしたシーンは東日本大震災でつらい経験をした人がたくさんいらっしゃるので、まだ作れる時期ではないでしょうけど。
雀部 >
「3.11」は津波だけじゃなく、福島原発崩壊がありましたからねぇ(泣)


[栄村]
 60年生まれ。兵庫県出身。コマ研所属。幼少時に強烈な印象を受けたのは、ハーラン・エリスンが脚本家として参加し、フレドリック・ブラウンやクリフォード・D・シマックの原作を映像化したモノクロのテレビドラマ「アウターリミッツ(邦題:ウルトラゾーン)」でした。その後、日本SFでは小松左京の「果てしなき流れの果てに」から入って「結晶星団」「ゴルディアスの結び目」、旧共産圏SFでは、スタニスワフ・レムの「ソラリス」「砂漠の惑星」、ストルガツキィの「ストーカー」、英米SFではアーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」、「宇宙のランデヴー」「都市と星」「銀河帝国の崩壊」などに影響を受けました。
[雀部]
 51年生まれ。コマ研幽霊会員。小学生の時、講堂で見た巡回映画の『ゴジラの逆襲』を見てSFに目覚める。その後見た『宇宙大戦争』や近所の映画館で、『ガス人間』や『妖星ゴラス』を見てとどめを刺される(笑)