Author Interview
インタビュアー:[雀部]
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『蒼い月の眠り猫』
  • 伊野隆之著
  • Kindle版
  • 300円
  • 2018.1.27発行

異変後、世界から孤立し、圧制下にある東京市、離れた場所にあるものを動かす力を持つ少年、象彦は、東京市中心部を囲む壁から逃げだそうとして、放棄された地下鉄の線路を歩いていた。その途中で、鋭い感覚を持つ少女、うさぎと出会う。うさぎは東京市の圧政と戦って破れた眠り猫を復活させるための鍵を握っていた。

暗殺後に機械に接続された状態で復活した前市長の策動により、象彦とうさぎは、前市長の暗殺を仕組み東京市の権力を握る黒カブトとの戦いに巻き込まれていく。

『樹環惑星——ダイビング・オパリア——』
  • 伊野隆之著/奥瀬サキ装画
  • 徳間書店モバイル(honto電子版。書影は紙の本)
  • 600円
  • 2011.2.9(モバイル版発行)

自治惑星オパリア。人類の居住地域は高地に限られており、その周囲は深い森に覆われていた。森は多様な化学物質を放出している。そんなオパリアで、新型の感染性低地熱が発生。森の研究を続ける生態学者シギーラが現地調査に赴くことに。

一方星間評議会機構に属する諸世界では、違法の新型麻薬が蔓延。危機管理局員ジーマは、その源がオパリアの森にあると推定。森の利権を握るアストラジェニック社との確執はいかなる事態を巻き起こすことになるのか。

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《こちら公園管理係》シリーズ 1〜6
  • 伊野隆之著
  • 小学館eBooks
  • 2012.9〜2015.3発行

「砂場の王」紹介(http://prologuewave.com/archives/2447

「空へ」紹介(http://prologuewave.com/archives/2572

「フェンスの向こう」紹介(http://prologuewave.com/archives/3580

「海から来た怪獣」紹介(http://prologuewave.com/archives/3959

「こちら公園管理係5 炎の記憶」紹介(http://prologuewave.com/archives/4769

「こちら公園管理係6 さよならガンさん」紹介(http://prologuewave.com/archives/4815

雀部 >

今回は、“日本SF新人賞と小松左京賞の出身者で構成される“NEO ─Next Entertainment Order─(次世代娯楽騎士団)”のメンバーで、今年の1月末に電子書籍『蒼い月の眠り猫』を出された伊野隆之先生にインタビューをお願いすることになりました。伊野先生初めまして、どうぞよろしくお願いします。

伊野 >

こちらこそお手柔らかにお願いします。

雀部 >
時々そう言われるんですが、ハードSF研所員ですけど小難しいところはスルーしてますんで(笑)
第11回日本SF新人賞受賞作『樹環惑星——ダイビング・オパリア—— 』刊行時に高槻真樹先生がインタビューされた記事を「アニマ・ソラリス」に掲載させていただいたのですが、“オパリア”の動物の存在しない生態系が面白いですね。高槻先生のインタビュー記事で“僕たちと親和性のある環境にはしたくなかった”ので動物が出ないとおっしゃってますが、最初から最後まで植物オンリーで人間も出てこない小説にされる構想は無かったのでしょうか?
伊野 >

そんな風に答えてるんですね。すっかり忘れていました。多分、動物がいると動物と植物の関わりとか、動物の人との関わりとか、考えるべき変数が増えてしまうのでやめておいたんでしょうが、慌てて変なことを言ってしまったのかもしれません。ただ、ありきたりの動物を出してしまうと、やはり森が化学物質で会話をするという必然性が弱くなるので、動物を出さないことにしたのだと思います。

植物オンリーだと、、、、小説としては視点の置き方が難しいですし、読者が感情移入できなくなるんじゃないでしょうか?

雀部 >

まあ確かにそうなんですけど、植物しか登場しないSFはまだ誰も手がけてないし、とてもヘンテコな話になりそうで読みたいです。まあ、著者の方は大変苦労しそうではありますが(笑)

オパリアで発生した新型の森林熱症候群の説明のところで、“オパリアのケイ酸骨格をベースとしたDNA類似体が、リン酸骨格をベースとするDNAが機能するヒトの生体内環境で自己複製できるとは思えない”とあって痺れました。ここらへんをちゃんと分かってる小説って、少ないですよね。

略歴に、東京理科大学卒業後、国家公務員として勤務の傍ら執筆したとあったのですが、ご専門はどういった分野だったのでしょうか。

伊野 >
専門を聞かれると、正直、辛いので、よく「専門は麻雀です」と言ってごまかしてました。大学の学部で言うと理学部化学科なんですが、入学早々に進路を間違ったと痛感しました。なにせ、数学が苦手なものですから物理化学とか化学物理とか完全に「目が点」状態で、直ちに不登校というか、登校したつもりがなぜか雀荘にいると言った大学生活でした。今はどうか知りませんが、在学当時の理学部化学科は卒業研究が必修でなく、卒業研究もしていないので、専門を聞かれると、答えられないわけです。理科と社会が得意だった高校生が、国語と数学の穴の大きさの比較で理系を選んで失敗した感じですね(笑)。
雀部 >

そうなんですか。私も現国と生物・化学が得意だった(笑) 大学時代は、囲碁将棋麻雀部でしたし(爆)

『樹環惑星——ダイビング・オパリア——』を読ませて頂くと、細部まで生化学的な設定が行き届いていて、ご専門は活かされていると思うのですけどね。参考文献とかは、相当読み込まれたのでしょうか。

伊野 >
生化学は好きで、割とまじめに授業に出ていたんですが、成績が良くないと生化学研究室には入れず……。大学ではないですが、実は仕事で化学関係の経験が長いこともあるかと思います。これを書いた当時はまだ現役で、経済産業省の化学物質管理課という経済産業省らしからぬマニアックな部署におりました。PCBのような化学物質が使われないように規制をしている法律を所管していて、化学物質の環境動態とか、そういった関係の仕事をやっていましたので、ややこしい化学とか環境の話は得意です(笑)。もう一つ役所で経験の長い分野がバイオテクノロジーで、こちらでは生物多様性条約があり、生物資源から得られる利益の配分をどうするかという課題があります。そちらは直接的にストーリーに使っています。元々文献を読み込むようなタイプではなく、技術的な参考資料をざくっとチェックする感じですね。
雀部 >

あれま、お仕事がもろに活かされているんですね。『樹環惑星——ダイビング・オパリア——』は、行政SFとして読んでも楽しめますし、行政側の対応がリアリティがあり、いかにもありそうで面白かったです。

最近では「シン・ゴジラ」について議論していたとき友人から、これはそもそも怪獣映画ではなくて、怪獣(笑)その他の突発的な危機的状況になったときに、政府・自衛隊がどう対処するかのシミュレーション映画だと言われました。なるほど、それなら延々と会議のシーンがあるのも納得(笑)

伊野 >

技術系の役人の仕事は、技術的な話を、予算を握っている事務屋がわかるように噛み砕いて説明するという面があります。しかも、自分がよく知らない分野もにわか勉強で知ったかぶりをしなければいけないので、その部分での訓練が役に立っている気はします(笑)。

「シン・ゴジラ」は、まさに危機対応シミュレーションですね。官邸での役人の動きなど、かなりがんばっていたと思います。ただ、いちいち「彼の国」というのが。。。所詮フィクションなんだから、気にしなくてもよかろう、と(笑)。

雀部 >
気になる方がいらっしゃるんでしょう、きっと(笑)
行政のあり方とか仕組みは、国によって違うし、ましてや異星となると落としどころも難しいと思います。伝え聞くところによりますと、伊野先生は現在はタイ在住とのことですが、やはり日本とは全く異なるのでしょうか。
伊野 >

そう来ますか。ご承知の通り、タイは王国で、王室は日本の皇室とも親交が深いことで知られています。ただ、同じ立憲君主制ではありますが、象徴天皇制の日本とは異なり、不敬罪で収監されている人がいたりします。先日も、前国王の葬儀の関係で、NHKの音声と画像がカットされたりしていました。きっと、現国王について、何かコメントしたんだと思います。

海外の役人とつきあっているとよくわかりますが、国民性は違っても、行政組織は似たようなものです。少なくても日本では「彼の国はこうやっております!」というのが決め台詞なので、他の国も同じようなところがあると思います。日本ではどうやっているかもよく聞かれましたから、タイに限らず、形は似たものになるんだと思います。もちろん、実際の運営では、国民性を反映している感じはありますが。

雀部 >

なるほどなるほど。

ところで、「SF PROLOGUE WAVE」に所載の「SF/サイエンフィクション」に、“移住するなら、以前住んでいたタイか、ハワイのマウイ島”と書かれてますが、ハワイでタマネギ栽培される夢は断念されたのでしょうか(笑)

伊野 >

また大昔の話を(笑)。まじめに言うと生活コストの違いが馬鹿にならないです。それに、夜型なので、農業ははなから無理ですし。『樹環惑星』が大売れし、英語化されて映画化権が売れ、映画もヒットして次々と続編が……ということにでもならないと無理でしょうね(笑)。

……こういうことを書くと、分岐した世界線の残念な方にいる気がします(爆)。

雀部 >

分岐した世界線のことを言い出すとむなしいので……(笑)

ショートショート「僕はまだ生きている。」にはやられました。伏線があったのに、気がつかなかったです。なるほど、腕の良い***が居たんだなと(笑)

伊野 >

いやいや、本当に腕が良ければ、肝心なところで外れたりしないでしょう(笑)。海外ドラマの《ウォーキングデッド》をよく見るんですが、変なところで疑問を持つ人が家におりまして、そのおかげです。

雀部 >

ゾンビもの、人気ありますね。根本の設定が、アレなんですけど(笑)

高槻先生のインタビューでは、オールディスの『地球の長い午後』とか『マラキア・タペストリ』、ル=グインの「世界の合言葉は森」などが出てきますが、私が最初に頭に浮かんだのは、ハリスンの『死の世界1』なんですよ。構成とか展開が良く似ているもので。『樹環惑星——ダイビング・オパリア——』のほうが新しいぶん更に洗練されていますが。というわけで、私的にはSFの文法に沿ったコアなハードSFの傑作と思えました。

伊野 >

多分、高槻さんのポイントは、世界の設計とそのディテールへのこだわりという観点で、特に後者に重点があるのかと思います。死の世界も世界の設計が重要であるという点で同根な気がしますが、ストーリー展開の中で、世界の外にいる者が、(ある特別な理由で)その世界に呼ばれるという物語構造に類似性があるのだと思います。

ハリーハリスン!

ステンレススチールラットとか、懐かしいです。

雀部 >

私も《ステンレススチールラット》シリーズ、大好きです。今となっては古いかも知れませんが。サンリオさんが全部翻訳版出しといてくれればなぁ。

伊野 >

そのとおりです。翻訳についていろいろ言われていましたが、良いラインナップをそろえていたと思います。ブラナーの「ザンジバルに立つ」が読みたかった。。。

ところで、SFの文法に沿ったコアなSFというところはとてもありがたい評価です。そのあたりが、自分の立ち位置としては良いかなと思っていますので。ただ、ハードSFというとどこかから石が飛んできそうな気がして、ちょっと怖いです(笑)。『樹環惑星』にしてもメインアイデアは生物学で、いわゆるハードサイエンスがメインの作品ではなく。。。。

雀部 >

生物学がテーマのハードSFってほとんど無いですよね。物理や天文分野だけが、ハードSFの世界ではないんですが。電子書籍化されているので、この機会に大勢のSFファンに読んで頂けるとうれしいです。ナノテクやサイバーパンクの要素も入っているので、コアなSFファンが読んでも面白いですし。

伊野 >

そう言って頂けるとありがたいです。いろいろ好意的なレビューも頂いていたんですが、売り上げ的には微妙なところだったので、電子書籍から再評価が進む。。。って過去の人みたいですね(爆)。新刊本が書店で並ぶ期間が短くなっている結果、短い間に火がつかないと部数が伸びないという状況は、なかなか厳しいと思います。徳間側の意向としては、手を出しやすい本にしたいと言うことで文庫で出したわけですが、書店に置いてある期間という意味では損をしたのかもしれません。

雀部 >

その点で言うと、まだ電子書籍のほうが目にとまる期間が長いかも知れませんね。

ま、電子書籍も読めなくなるときは読めなくなるし、古本としても残らないのが悩ましいところではあります。

伊野 >

電子書籍も膨大なタイトルの中から、いかに選んでもらうかという課題があると思います。そういう意味で、このような宣伝の機会はとてもありがたく。

雀部 >

そうか、メディア露出という点では不利は否めないのか。

電子書籍のみで出されている《九十九神曼荼羅》シリーズは、最初に出た「ヒア・アイ・アム」('12/8月)は、わりと普通(笑)の<九十九神>でしたが、次に出された《こちら公園管理係》シリーズ6作品(12/9〜'15/3月)は、かなりSF寄りで驚きました。初っぱなからコペンハーゲン解釈とか出てくるし、最終巻は人間原理で締めてますから。まさに、コアなSFファンにもお薦めの九十九神(笑)

これは、狙われて書かれてますでしょうか。

伊野 >

九十九神曼荼羅は、……自転車操業でした(笑)。最初は絵があってストーリーをつけるという話だったのが、ある程度シリーズにしようという話が途中で出てきて、ついには絵が枯渇するという驚愕の展開。たまたま2作目の「砂漠の王」で出した「僕」と「ガンさん」を中心にシリーズ化できましたが、これを完結させるとなると、「ガンさんは何者か?」について答えを出さなければならない。そうするとやはり「砂漠の王」に立ち返り、「コペンハーゲン解釈」に始まったのなら「人間原理」しかないだろう、と言う流れです。まあ、狙ったと言うより結果論ですね(笑)。

雀部 >

そうなんですか。普通と違って、途中までは表紙のクリーチャーが先に描かれていたんですね。一つ疑問が氷解しました。

SF Prologue Waveのシェアワールド企画「Eclipse Phase」の、《ザイオン》シリーズも読み応えがありますね(伊野先生の作品だけ読むなら、作者別索引からたどった方が読みやすいかもです)

私はルールブックをつまみ読みしただけなのですが、まあもの凄く設定が作り込まれているし、SFを書くうえで影響を受けた部分もおありでしょうか?

伊野 >

ちょっと誤解を受ける言い方かもしれないんですが、「Eclipse Phase」の世界というのは、特に画期的とか、斬新なSF的アイデアがあるわけではなく、いろんなアイデアを一つの世界の中に矛盾なくはめ込んだところが優れているように思います。その意味で、さほど設定を読まずに入り込めたという感覚です。その分、修正が入りますが、ほぼ小手先修正で(笑)。個人的には、「Eclipse Phase」のあおり文句、「心はソフトウェア。プログラムせよ。……」がいいなぁ、と。影響を受けたと言うよりは、親和性が高い感じだと思います。

雀部 >

「Eclipse Phase」は、トップページの「Eclipse Phaseについて」から読み始めた方が良いかもです。

「Eclipse Phase」で、伊野さんの書かれた《ザイオン》シリーズといえば“タコ”なんですけど、実際にタコのキャラクターを使ってゲーム・プレイに参加されているそうなのですが、何回くらいプレイされたことがあるのでしょうか。タコキャラの利点とかあったら、それも教えて下さい。

伊野 >

実際のプレイは2,3回でしょうか。若干、強引に誘われた感じですね。テーブルRPGの経験がなく、手探りで参加していて、結構ハイスペックな義体の割には、あまり貢献できず終わってしまった記憶があります。そもそもサイコロ運が悪すぎるところに問題があるんですが(笑)。

雀部 >

(爆笑)>そもそもサイコロ運が悪すぎる

最新作の『蒼い月の眠り猫』は、サブジャンルでいうとポストホロコーストもの(かつ"boy meets girl"もの)だと思うのですが、出会い方が面白いですね。

処女作の『樹環惑星』から数えると七年目で、二冊目となる長編小説なのですが、この作品を書かれた経緯がありましたらお教え下さい。

伊野 >

7年で2作というのはあり得ないですよねぇ。。。

自慢できる話ではないんですが、他に編集さんにお預けしている状態の長編が複数ありまして……。この辺は、本当のプロに徹するのであれば外には言わないんでしょうが、要は、パイプラインが詰まっている状況で、これも別の出版社からの依頼で始めたのはいいものの、担当の編集者が異動になってしまったりして、行き場を失ってしまって。。。

タイでは営業の機会もありませんし、いつまでも手元に置いておくのは、精神衛生上良くないので、ものは試しに出してみた感じです。 

雀部 >

ありゃま、そんなご事情があったとは……

宣伝という面から言うと出版社を通して本を出した方が良いですよね。全国の書店に置いてもらえるとか、本の中に入っている出版社の広告リーフレットとか新聞の広告とかもあるでしょうし。

伊野 >

もちろん、その通りです。今の出版を巡る状況は、出版社も冒険しづらく、編集者さんも営業を通すのに苦労すると言ったことをよく聞きます。作家サイドも小説に加えてイベントでの露出やSNSでの発信を求められるようです。となると、僕のような面倒くさがりには到底……。で、電子出版が魅力的に見えてきたわけです。実は、役人を辞めた後、本名で法律の解説のようなものを出したのですが、これが意外と簡単だったので、味をしめた感じです。Prologue Waveの既発表作品や、入手できなくなっている中短編の電子書籍化も準備しているんですが、たまたま『蒼い月の眠り猫』にぴったりの絵を見つけたので、先行させました。ちゃんとしたイラストレーターさんに頼めれば良いんですが、最初からあまりコストをかけられないので。それに、最初から一つのファイルになっている長編の方が、電子書籍化が簡単なんですよ(笑)。

雀部 >
色々事情があるんですねえ……
Prologue Waveのショートショートは、異世界の一部を切り取り光を当てた、考えさせられる作品が多くて読み応えがありました。「僕はまだ生きている。」のような一発お笑い落ちは稀少(笑)。あ、動物が出てくるヤツも好きかもです。
個人的には、AIものの「こうして僕はここにいる。」と宇宙コロニーが舞台の「円筒の空/羊たちの雲」、ポストホロコーストもの+行政SFでもある「裂島」がベスト3です。
伊野 >

いろいろ読んでいただいてありがとうございます。本当は、一発お笑い落ちが書きたいのですが、なかなか難しく。異世界ものというと「良い風を待ちながら」が典型的かと思いますが、ショートショートを書いておきながら、これは長編にしないとあかんなぁ、と。「ミサゴの空」と「裂島」は、宇宙発電を扱っていて、地上で受ける側の話と制度的枠組みの話を書いて、次は送り出す側の話を書こうと思っていました。Prologue Waveの既発表作品をまとめて電子書籍化しようと思ったのは、発送電側の話である「明けない夜」を書いたことがきっかけでした。このあたりの事情を含め、電子書籍の中には書いておこうと思っています。後書きとか、解説とかが好きなので、そういう追加のテキストを準備してると、いろいろと手間がかかってしまって……。「こうして僕はここにいる。」は、時事ネタのようなものですが、「円筒の空/羊たちの雲」は渾身のハードSFで、年間傑作選を狙ってたんですが(笑)。

雀部 >

「円筒の空/羊たちの雲」は落ちが可愛すぎる(笑) 読者を笑わせるのは泣かせるより難しいとよく言われますね。あ、脱力系の話も大好きなのでよろしくです。

伊野 >

「円筒の空/羊たちの雲」を書いたときに、これでショートショートに開眼したと思ったんです。Prologue Wave編集長の片理誠さんにも、つい、そう豪語してしまったんですが、結局は……。こう言っては何ですが、やはり「降りてくる」もののようです。とは言え、一生懸命お祈りをしないと降りてきてくれない。ですから、どんな話になるかは、書く方も毎度お楽しみという感じです。

雀部 >

伊野先生は、小説の神様が降りてくるタイプなんですね。

宇宙発電の諸々の話、ぜひ長編で読みたいです。二十数年前にリレー小説をみんなで書いたとき、ちょっとハードな設定で書きたくて……。軌道上の太陽光発電パネルからのマイクロウェーブ送信が受信設備から外れた際に起こるパニックを書こうと思って、脳組織がタンパク変性を起こす温度と単位面積あたりの総熱量から逆算し、色々な減衰を考慮して太陽光パネルモジュールの大きさを設定しました(某専門家のお知恵を借りたのは内緒です(汗;)

伊野 >

小説家として致命的な欠点かもしれないんですが、ろくにプロットが作れないんですよね。らしいものを書いてみても、どうしても陳腐に見えて、筆が進まなくなってしまう。だから出たとこ勝負が多くなってしまいます。もちろん、対立関係のような背景イメージがないと書きようがないんですが。

宇宙発電は、今は実際の計画も進んでますし、情報がたくさんあるので楽をさせてもらいました(笑)。現実の計画は電子レンジ状態にならない程度のもののようですが、技術的にできないわけでないと思いますし、どれくらいの出力で地球に送るかは、電力需要に影響されるはずなので、まあ、「ミサゴの空」で書いた程度は許容範囲かと。「裂島」を書いたときに、長編にしないのかと言われたことがありますが、まだ長編としてのイメージがなく……。

雀部 >

地球規模のパニック小説をぜひ。

あと、SFジャパン誌掲載の「冬の惑星のジュノー」もしっとりとした異世界SFで好きです。月刊アレ!掲載の「碧の瞳、アフターヌーンティーのテラス」は、将来起こりそうで空恐ろしいけど、悲しくて切ない短編で大好きです。(奥様がこれを読んでおられたら、ぜひ感想をうかがいたいところです)

伊野 >

本当によく読んでいただいてますね。残念なのは「ジュノー」も「碧の瞳」も、こうして取り上げてもらって関心を持って頂いた方がいても、手に入らないんですよね。著作権上は問題ないので、作者が無料で公開してしまえば良いんですが、ちゃんとお金を出して買って頂いた方のことを思うと忸怩たるののがあり、それで電子書籍かなぁ、と漠然と思ってます。

うちの奥さんは、私設編集者として全ての作品に目を通してもらってます(笑)。本質的な指摘で大幅改稿に至ることもありますし、接続詞の反復とかの細部の指摘もあります。「僕はまだ生きている。」は超受けましたが、「碧の瞳」の感想は……あまり覚えてません。

雀部 >

おっと、ゾンビもので“変なところで疑問を持つ人”というのは奥様でしたか。笑いのポイントが私と似ているのかも(笑)

『蒼い月の眠り猫』の設定に話を戻しますが、故小松左京先生のSFに、外界と断絶した東京内部を描いた「物体O」と、突如東京が外界から断絶し、混乱する外の世界を描いた「首都消失」がありますが、意識されたのでしょうか?

伊野 >

東京という都市の特異性のようなものがベースにあるという点で、小松先生の作品とつながっている部分があるかもしれません。ただ、小松先生は東京と外部の関係性を前提に、きっちりしたシミュレーションに基づいて小説世界を作っておられる一方で、拙作は、外部との関係性はどうでも良く、より内に籠もっているというところがあります。小説としての関心が籠もることそのものにあったりするので……。それに、キャラクターのネーミングをからして小松先生のようなガチンコなSFではあり得ないゾ的な名前ですしね。

雀部 >

そうでしたね。市長さん、外界と断絶することを良しとしていたから。

確かに、登場人物の名前は、動物関連で統一されてましたね。主人公の象彦君とうさぎちゃんは可愛い、どうしても親目線で応援してしまうぞ。キャラでは、裏主人公とも言うべき“市長”も相当好きなのですが、個人的に一番好きなのは、“土ねずみ”です。小役人風なところが憎めないし(笑) 一番思い入れのある(もしくは苦労された)キャラは、誰でしょうか。

伊野 >

土ネズミは、まさに小役人ですからね(笑)。市長を気に入って頂いたのは作者としてはうれしいです。ひどい人で、ひどい目にも遭ってますが、ひどい目に遭う理由もあって、かつ、それを理解してないという希有な方ですので(笑)。その意味で言うと、市長と言うことになるのかもしれません。。

雀部 >

確かに、地下の一室で半完成の生体情報機械複合体でありながら圧倒的な迫力で吼えまくる“市長”は圧巻の存在でした。

もう一つうかがいたいのは、あのラストは最初から決められていたのでしょうか。個人的には、理系の血が騒いだのではないかと邪推しているのですが(笑)

伊野 >

まあ、あの方の妄念というか、そういったものを引き出す東京の魔力というか……。

血が騒ぐと言うより、作者としてはアレがないと収まりがつかないのではないかと。あの展開では単純なハッピーエンドにもできないので、物語上の必然ということにしておいてください(笑)。楽しんで読んでいただいたと良いんですが。

雀部 >

たいへん面白く読ませて頂きました。もう少ししたら孫(8歳)にも読ませたいです。

こうやって伊野先生の作品を俯瞰してみると、舞台は、宇宙や異世界、仮想現実世界と異なるものの、主題の多くは「人間とは?」とか「意識とは?」を常に問いかけていらっしゃる感じを受けました。

伊野 >

ありがとうございます。ところで、ご指摘のところで確認してみたんですが、新人賞の受賞の時のアニマソラリスさんでの対談で、「人間の定義をどこまで拡張できるかというのは、これはSFでしか語り得ない部分だと思っています。そこを人工知能でやったのが山口さんで、僕は実はそういうこともやりたいんだよ、ってほのめかしたところで終わっていて、若干やられた感があるなぁ、と」と言う発言をしてるんですね。その意味で「蒼い月の眠り猫」では、市長を相当いじっちゃってるし、「ザイオンシリーズ」なんかは「人間の定義の拡張」そのものです。きっと、そういったところが好きなんでしょうね。

雀部 >

『蒼い月の眠り猫』は、超能力バトルものとして読んでも面白く、またコアなSFとしても深読みできる点が魅力だと思います。

伊野 >

とりあえずはちょっとした冒険もの、超能力バトルとして読んでいただければ良いと思います。ただ、登場人物からちょっと離れて世界の構造を考えてみていただけるとおもしろいかもしれません。まあ、深読みと言うほどではなくても、SF的なネタは仕込んでますので(笑)。

雀部 >

それはそうと、編集さんに預けている状態の長編が複数あるということですが、それらも電子化の予定なのでしょうか。

伊野 >

そうならないことを切に願っております(泣)。

雀部 >

ありゃま。そうならないようご祈念をしておきますね。

新たに執筆されている作品がありましたらご紹介下さいませ。

伊野 >

火星に向かったザイオンの話が書く書く詐欺になっていまして、これを何とかしなければならないのと、「樹環惑星」の途中に出てくる他の惑星の話も書きたいのと……。

一回つまずいてしまうと長いので、どこまで書けるかわかりませんが、まずはPrologue Waveのショートショートを年間4作ですね(爆)。

雀部 >

期待してお待ちしております。

特に「樹環惑星」の途中に出てくる他の惑星を舞台とした話はぜひ読みたいです。

伊野 >

そう言えば「樹環惑星」の途中に出てくる他の惑星を舞台とした話も書く書く詐欺になってる(爆)。7年前に同じこと言ってるからなぁ……。

雀部 >

ありゃま、ありゃま(笑)

最後に。『樹環惑星——ダイビング・オパリア—— 』の“ダイビング”と副題が付いている理由が読んでいても中々わからなかったのですが、ラストのパラセイルを使った散布シーンに痺れました。おぅ、これだと!

伊野 >

SFは絵ですから(笑)。最後の何章かは、一刻も早くあのシーンにたどり着きたい一心で書いていたことを思い出します。最後のシーンが思い描ければ、小説は何とかなるものだと思います。

ところで、あのタイトルですが、本当に編集さんとはいろいろ議論しました。冒頭からスカイダイビングが出てるんですが、僕としては主人公のシギーラが惑星に飛び込んで、没入していく表紙のイメージが念頭にあって、まあ、いいかな、と。サイコダイブ的なニュアンスで、プラネットダイブみたいな感じですね。

雀部 >

そうだったんですか。冒頭のスカイダイビングのシーンは、確かに魅力的なのですが、主題からすると、どうしてもサブのエピソードにしか思えなくて←申し訳ないです(汗;)

今回は、遠くタイの地から著者インタビューに参加して頂きありがとうございました。新作、どしどしお願いいたします。

伊野 >

そうなんですよ。あれはプラドのキャラづくりと読者に縦方向の感じを持ってもらいたい故のエピソードなので、サブのエピソードです(キッパリ)。

タイでは小説に専念というわけではないですが、職務専念義務とか兼業規制とかを気にしなくて良い立場になりましたので、がんがん行きたいと思いますので、よろしくお願いします。

[伊野隆之]
1961年、新潟県生まれ。東京理科大学理学部化学科卒業。『樹環惑星—ダイビング・オパリア』(応募時タイトルは、『森の言葉/森への飛翔』)で第11回日本SF新人賞を受賞し、デビュー。
[雀部]
某密林で、恒例のチェックをしていたら、伊野先生の新作『蒼い月の眠り猫』が出ていることに気がついて、早速インタビューをさせて頂くこととなりました。質問が行ったり来たりしているのは、インタビューの最中にふと思い出したことを付け加えたせいです。申し訳ない。