Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『肉月』
  • 神津キリカ著
  • イラスト:コンセプトアーティスト 戸塚稜平(Ryohei Totsuka)
    ※左イラストは、宇宙船内のワンシーン

月のどの地点でも、3km以上掘り進めると、必ず赤い「肉」が現れる。そして削り出したその「肉」を人の形へと組み上げ、人造の肉体 (プーパ)を象る者が彫肉師(シェイパー)だ。彫肉師のカイザは、師の代理として訪れた月府で、新たな依頼を受ける。それは、二十余の乳 房を持つ地母神のプーパの制作だった。

『水靴と少年』

大陸の珍しい品々を携えてやってくる隊商。彼らは海に沈まぬ不思議な靴を履いた獣を連れて海の上を歩いてやってくる。

島に暮らす少年マンダは、年二回の祭りの前にやってくる隊商を見るために浜にやってきていた。そこで出会った商人に、島では禁断の人用 の水靴を譲ってもらったことから大きく人生が変わっていく……。

雀部 >

今月は先月に引き続き「ゲンロンSF創作講座」の受講生で、「水靴と少年」で第1回宮古島文学賞一席を獲得された神津キリカさんに著者 インタビューをお願いすることになりました。

神津キリカさん初めまして、よろしくお願いします。

神津 >

初めまして、神津キリカです。よろしくお願いいたします。

雀部 >

神津さんは、どういう経緯で「ゲンロンSF創作講座」に参加されるようになったのでしょうか。

神津 >

もともと何人かの友人と、短編を書く集まりをしていたのですが、もっと小説の方法論や技法について学びたいと思い、講座を探していまし た。その中で行き当たったのが大森望さんのゲンロンSF創作講座でした。SFはジャンルとして好きだったこともあり、申し込みをしようと しました……が。

第一期の好評もあり、私が講座に気づいた頃には第二期の正規受講生は満員。泣く泣く聴講生での参加となりました。

ただそのあと、枠の関係などあり、第四回の講義から正規受講生に転向できました。聴いているだけで課題を提出できないのがたいへんもど かしかったのもありますし、第四回は前々から好きだった円城塔さんが講師の回。やたら気合いを入れて書いた記憶があります。

雀部 >

色々とご事情があったんですね。

第四回というとテーマが「驚きなさい」、神津さんの作品が「それに出会わば穴二つ」ですね。梗概にあるように「人間は宇宙にとってバグなのではない か」というアイデアと「ドッペルゲンガー」を織り交ぜた作品。三男が某社でATMのシステムを組む仕事してたりするので、デバッグが大変 なことはそれはもう(笑)

感情の動きが主のファンタジー系の作品と思いきや、プログラムのデバッグの話や多元宇宙論まで出てきて楽しめました。最後で再び題名が 効いてくるのも良かったです。で、この回の対抗馬がなんと游舷さんの「天駆せよ法勝寺」だったんですね。

神津 >

そうなんです。法勝寺の実作もそのとき読みましたが、出撃時のテンションの高さに笑ったことをよく覚えています。それでいて、いわゆる 出撃シーンの燃えポイントが押さえられていて凄いと思いました。

講座は、課題に対して梗概を提出し、その翌月に実作提出という進み方をするのですが、毎月、どんな作品が出てくるのか楽しみでした。

雀部 >

「それに出会わば穴二つ」を描かれる際に、円城先生の作風とかは意識されたのでしょうか?

神津 >

円城先生の書く、飄々として少しとぼけ気味なのにとてつもないことを語る雰囲気が好きで、語り口には少し影響を受けたと思います。

はじめて読んだ円城先生の作品は「Self-Reference ENGINE」だったのですが、読んでいるあいだ終始ニヤニヤしてしまうような軽妙さがあって、なんともいいがたいのですが、「あぁ、いいなぁ」と。

雀部 >

やはり。ちょっとそんな感じを受けたものですから。

第8回はテーマが「やっぱり、お月様。」なんですが、この回のトップが神津さんの「肉月」でして、なんと“月の中に肉が詰まっている”というすごい話。大学で解剖学の実習 をしたことがあるし、筋肉の解剖図を思い出して「うへぇ〜」と思いながら読ませてもらいました(笑)

神津さんの小説は、メインアイデアはファンタジーなんだけど、細部はSFしているというバランス感覚が面白いですね。ここらあたりも意 識して書かれているのでしょうか。

神津 >

おっしゃるとおり、私が書くときの起点はファンタジー寄りだと思います。ありえない景色や奇妙な設定、まとめてしまえば妄想が先行して います。ただそこに「もっともらしさ」をどう付け加えるかというのが楽しく、こういうスタイルになっている気がします。

これは講座でも言及されたことでもあるのですが、「いかに説得力のあるウソをつくか」、と。

「肉月」を書いたときもまさに同じで、筋肉の図鑑なども参考にしましたが、筋肉の構造を理解した上でそれに従って書くというよりは、自 分の妄想を補うためのフレーバーとして参照している感じでした。

ただそのせいか、SF風ではあるかもしれませんが、真にSFであるものを書けている実感がないのです。そこが目下の悩みでもあります。

ところで、解剖学の実習をなさったことがあるんですか!

たしかにそれだと人造の肉体であるプーパの出てくる場面はありありと想像できて、ややしんどいかもしれませんね……笑

雀部 >

歯科大学出身なので、医科と同じく解剖実習があるんですよ。

円城先生のほかには、どういった作家の方又は作品がお好きなのでしょうか。

神津 >

SFのジャンルだと、いろいろな方の作品を少しずつ読んでいる感じなのですが、上田早夕里先生の作風は好きですし、宮古島文学賞の選考 をしてくださった椎名誠先生の「武装島田倉庫」のポストアポカリプスの中で生きる人々の雰囲気も好きです。海外の作家さんだと、キジ・ ジョンスンさんの「霧に橋を架ける」という作品集がとても気に入っています。やはり比較的、SFド直球というよりは、ややファンタジー寄 りなのかもしれません。

ゲームは結構やるのですが、特に「アサシンクリード」シリーズには衝撃を受けました。史実にうまいことSF性のある虚構を混ぜつつ、か つインタラクティビティ豊かに形にしていて、ハマりました。史実を背景にした話をいつか書いてみたいというモチベーションにもなっていま す。

雀部 >

「アサシンクリード」、ゲームはやったことはないのですが、同名の映画は観ました。現在と過去が入り交じっていて凄かった(汗;)

神津 >

あとは、ストルガツキー兄弟の「ストーカー」が下敷きになっている、チェルノブイリのゾーンを舞台にした 「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズは大変長く遊んだ覚えがあります。同じくFPS(ファーストパーソンシューティング)では 「Half-Life2」や「METRO」シリーズ、「Fallout」シリーズも。ポストアポカリプス的世界はどうやら自分の中に趣向 として刷り込まれているのか、このあたりはSF創作講座の最終課題の「海を汲む」にも影響があったと思っています。

好きなものを語り出すと止まらなくなるのでこのあたりで……笑

雀部 >

なんとゲーマーであられましたか。『ストーカー』が元ネタのゲームもあるんですね。それはちょっとやってみたいかもです。

神津 >

昔よりはプレイしているタイトル数は減っていますが、相変わらず好きです。少し話が逸れますが、ゲームはインタラクティビティ(双方向 性)があることが他媒体と異なる特徴であり、また良さでもあると思っているのですが、敷衍して、小説にインタラクティビティはあるのか、 ということを考えます。

ゲームは入力に対して直ちに反応があり、それに対してプレイヤーもまた反応するわけですが、小説は、読む側をゆるやかに変えることは あっても、読み手が基本的には小説自体にただちに影響を与えることはできない。これはマンガや映画も同じなのですが。そうしたなかで、小 説自体に介入できるひとつの方法である、書くという行為に手を伸ばしたのかもしれません(また、批評や感想も、そのいち手段だと思ってい ます)。小説は、書き手にとって極めてインタラクティブなものだと思っています。作品世界を作り上げる一方で、書いたものが自らに返り、 また次の着想を生むという循環があります。

雀部 >

なるほど。そういう風には考えたことが無かったけれど、それは見識ですねぇ。

さて、「海を汲む」は、ポスト・パンデミックの世界での青春譚とも言えますよね。確かに荒廃した世界の描写なんかは椎名先生、「海」に たいする特別な情感は上田先生とも共通項があるように感じました。SFらしい壮大な話で、とても面白かったのですが、「海」ということで レム氏の『ソラリス』は意識されましたか?

神津 >

「海を汲む」とソラリスですが、海という題材をSFとして扱うのならば、ソラリスは偉大であるがゆえに、第一に意識されるものだと思い ます。海といえばソラリス、的な。その上で、ソラリスの再生産にならないように気をつけたつもりではあったのですが……やはり、どこかに その影が見え隠れしてしまうんでしょうね。

「海を汲む」の講評では、ソラリスだけでなく、他のいくつかの作品に重なって見え、既視感が拭えないという評価もいただきました。なま じ好きであるがゆえに、無意識に影響を受けてしまっていたこともあるのでしょう。エポックメイキングな先行作を乗り越えつつ、オリジナリ ティを出すことの難しさを実感したところです。そうした意味で「海を汲む」は省みるところの多い作品でした。

雀部 >

こうしてご苦労をうかがうと、難しいもんですね。

「第1回 宮古島文学賞」第一席獲得の「水靴と少年」も、いわば「海」が主題というかメインモチーフの青春譚のような気がしまし た。ひょっとして「海」そのものがお好きだということは?

神津 >

あまり自覚はなかったのですが、海は好きかもしれません。「水靴と少年」のときは、宮古島で見た海が忘れられず、それを描いてみたかっ たことがありますし、「海を汲む」のときは、千葉県の江川海岸という、何本もの電柱が海中に向かって、沈みながら列をなしている場所があ るんですが、その景色にイメージを喚起されました。そういえば船旅も好きですしね。

もともと、総じて自然の風景は好きで、そうした描写を入れたいという傾向は強いと思っています。

雀部 >

宮古島に初めて行ったのは新婚旅行の時で「新婚の森」に植えた記憶が。今年、また行く予定ですが宮古島の海を見ながら「水靴と少年」を 読んでみます。

ただ、船旅は私も好きなのですが、船酔いするので大型船に限ります(汗;)

神津 >

そうなんですか!

私も宮古島を訪れた理由が似ているんですよ。そもそも宮古島文学賞に応募したのは、宮古島で挙式したあとに、島内を巡っていて賞のポス ターに気づいた、というのがきっかけでした。

雀部 >

え、宮古島で挙式されたんですか!ま、うちは地元での挙式だったのですが、宮古島の泊まったホテルで、「明日から新婚さんが記念植樹す るイベントが始まるんだけど、今回は無料なので記念に植樹されてはどうか」と言われまして。奇遇というか、何か面白いですね。ま、うちの 場合、無料に惹かれたんですが(笑)

「水靴と少年」の冒頭の、海の上を歩いて隊商が近づいてくるシーンは一幅の画を見るようで引き込まれました。海の上を歩くことが出来る 「水靴」というアイデアは、この作品にとって必然だと思いますが、どういうところから思いつかれたのでしょうか。

神津 >

水靴というアイテムについては、賞の応募テーマが「島」だったことから、島の大きな特徴として、海による隔絶という性質があると考え、 では逆に、その特質を無効にする道具が存在したらどのような世界になりうるか、というのが着想でした。それにより、隔絶による文化的独自 性を保ちたい世代と、便利な道具を常用したいという世代の対立も生じるだろうな、というのが物語の軸になっています。冒頭のシーンは、も し水靴により海の上を歩けたなら、それは広大無辺な砂漠に似た場所になるだろうという想像から生まれました。

日差しを遮るものもなく、動く砂丘のような波の揺らぎがあり、と。

雀部 >

なるほど。文化の多様性の維持保存は、SFではよく扱われる題材でもありますし。

バアラとその好物のトモシビウオなど、椎名誠氏の『アド・バード』的な雰囲気を持つ生き物も出てきますが、なんか宮古島あたりには本当 にいそうですね(笑)

神津 >

架空の生き物って、なんかワクワクするんです。人類滅亡後の世界の生物を仮説的に描いた「アフターマン」や「フューチャーイズワイル ド」なども好きなんですが、想像上の生態系を考えると、いくらでも時間を費やせてしまうというか。あと、またゲームの話になってしまいま すが、「No Man's Sky」という、1800京個以上の自動生成された惑星を自由に巡ることのできるタイトルがあって、そこでは惑星ごとに独自の生物が棲みついています。生物はその形質に気 候などの環境を完全に反映してはいないのですが、次の星には何がいるのかと思うと楽しみだったり、というのもあります。

SFやファンタジーに出てくる見たことのない世界には、見たことのない生き物が住んでいるはずで、それを想像/創造するのは、現実のみ に飽き足らない好奇心を満たしてくれると思っています。それがストーリーやギミックに絡むとなおのこと。

雀部 >

私も『鼻行類』とか好きでした。まあ生態系を一から考えると大変ではありますが。

神津さんの目指す方向とは違うのかも知れませんが、「水靴と少年」は、無理にSF方面に持って行かないじんわりと来る情感が良かったで す。。

神津 >

「水靴と少年」は、おっしゃるとおり情感を大事にしたいと思って書きました。宮古島で見た美しい景色の中でも、早朝の静寂や夕暮れの陰 影など、しんみりする風景が特に心に残っていて、そうした感覚を描き出せる物語にしようと思い、情緒性を前面に配したものになりました。

しっかりとしたSFでありながらも、そうした要素が絡められるといいと思っているのですが……今後の課題です。

雀部 >

今回はお忙しい中、インタビューに応じて頂きありがとうございました。情緒性のある本格SFと、「肉月」のような背筋がぞわぞわする SFもお待ちしております。

神津 >

こちらこそ貴重な機会をありがとうございました。お話を通して自分自身見えてきたものもあり、嬉しく思っています。異様さや驚きがあり つつも、それでいて美しい世界みたいなものを描いていきたいですね。

勤めもあり、なかなか予定通りには進まないことも多いのですが、行きつ戻りつ書きたいと思います。

[神津キリカ]
かきものするものかきです。 「第一回 宮古島文学賞」において、拙作『水靴と少年』が一席を受賞いたしました。
ゲンロンSF創作講座第二期に参加していました。
https://school.genron.co.jp/works/sf/2017/students/calikilica/
「第1回宮古島文 学賞」第一席獲得の『水 靴と少年』
[雀部]
ん〜、40年前かぁ……
宮古島の「新婚の森」記念植樹