巨大な九重塔・法勝寺は、仏教発祥の星・閻浮提を代表する星寺にして最新鋭航行機能を備えた飛塔である。三十九光年離れた星の大仏の御 開帳に向かうため、七名の宇宙僧を乗せ、四十九日の旅に出るが……飛行中の法勝寺を怪異現象が襲う。日経「星新一賞」と「創元SF短編 賞」を連続受賞した新鋭が放つ、驚天動地の仏教スペースオペラ! 加藤直之によるカラー挿絵2点を収録。(Kindleページより引用)
サンフランシスコの交差点、2台の車の衝突まで残り0.5秒。
人間の反応時間ではもはや間に合わず、相手の車両以外と通信する時間もない。
車載AIたちによる「最後の審判」が始まる。すなわち、どちらの車両が強制停止アンカーを打ち込み自己破壊するか。確実に一方を生かす が、一方を殺す、通称「ファイナル・アンカー」。2台のAIは、自らの搭乗者を救うため、またより大きな目的のために人間を差し置いて議 論する——そして、最後に出される答えとは? 創元SF短編賞受賞「天駆せよ法勝寺」で話題の新鋭による、第5回日経「星新一賞」グラン プリ受賞作のオリジナル・ロング・バージョン!(Kindleページより引用)
今月は先月に引き続き「ゲンロンSF創作講座」の受講生で、「天駆せよ法勝寺」で第9回創元SF短編賞受賞、「Final Anchors」で第5回日経「星新一賞」グランプリ、「蓮食い人」で同優秀賞をダブル受賞された八島游舷さんに著者インタビューをお願いすることになりました。
八島游舷さん初めまして、よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
游舷さんは、どういう経緯で「ゲンロンSF創作講座」に参加されたのでしょうか。
ゲンロンSF創作講座受講前に、創元SF短編賞の最終候補に一度残りました。
また日経「星新一賞」には第一回から応募しており、最終候補に三度残りました。
受賞に至る突破口を求めていたというのがゲンロンSF創作講座受講の直接の理由です。
講師陣が魅力的だったので第一期に応募しようとしたのですが、そのときはすでに定員オーバーでした。
最終候補に何度も残られているということは、選考委員の間でかなり評価は高かったということですよね。それにしても、「ゲンロンSF創 作講座」、人気なんですね。
「ゲンロンSF創作講座」での作品を読ませて頂いて、一番SFのエキスがほとばしっているなあと感じたのが游舷さんの作品だったのです が、お好きな作家・作品(小説・映画・マンガ他)がありましたら教えて下さい。
小説は、それほど読んだわけではないですし、メジャー作品が大半です。
ただ、人気があるには理由があるはずなので、分析しがいがあります。
2000年からの読書記録をざっと読み返してみました。
単純に好きと言い切れない点もありますがいくつか挙げます。
SFでは、例えば、古典的な善と悪の対立でありながら人類と異星人の歴史をカバーする壮大かつ痛快な、E. E. スミスのレンズマン シリーズ。
またアイザック・アシモフ、特にハリ・セルダンの心理歴史学が印象的なファウンデーション シリーズ。
これらは、中学生以前に読んで印象が強く残っています。
それは結構王道SFですね。中学生以前に読まれているというのは凄い!
SF以外では、シンプルでありながら独自の文体を確立した村上春樹。
海洋文学では、C. S. フォレスター(ホーンブロワー シリーズ)。帆船で飛び交う専門用語にプロ意識が感じられ、困難な状況を頭脳で切り抜けるカッコ良さがある。
あ、(ホーンブロワーシリーズ)私も好きです。まあそのSF版のA・バートラム・チャンドラー《銀河辺境シリーズ》も大好きですが (笑)
ファンタジーでは、一貫性のある世界を構築し、その中にがっつりブロマンスがあるJ. R. R. トールキン。私はナルニアよりは指輪です。
ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』からは、エンタメ層と深層からなる複層物語の作り方を学びました。
日本語の言語感覚の点では、三島由紀夫、泉鏡花、中島敦、宮沢賢治。
小説以外では衒学的快感という点で澁澤龍彦。大英博物館やインターメディアテクでそれっぽい雰囲気を味わえますね。
塩野七生『海の都の物語』では、ヴェネツィアの歴史の奥深さが衝撃的でした。ヴェネツィアは好きな街で何度も訪れています。一人で行く とかなり寂しいですが。
澁澤龍彦先生は何冊か読ませて頂きました。なんか評論スタイルが格好良い。まあ私なんかは、知っているというだけですが(汗;)
マンガは少なくとも2014年から2019年現在まで2000冊以上読みました。杉浦日向子、市川春子(『宝石の国』)、星野之宣、山 口貴由、小池一夫(ご冥福をお祈りいたします)など。
アニメでは、設定に凝りまくって文化を作り込んだ『オネアミスの翼』、キザなせりふが印象的な『ヒートガイジェイ』。長い前振りの後に カタルシスがある『ファンタジックチルドレン』、ある意味SFなのに独自なほんわか世界のアリア シリーズなど。
映画は、抒情的な音楽が耳に残る『ブレードランナー』、イタリア+フランスがオサレな『グラン・ブルー』、戦争に対する皮肉が効いた 『スターシップ・トゥルーパーズ』。
ドラマでは、モルダーがけだるい『Xファイル』、和太鼓がアツい(新)『ギャラクティカ』、理系オタクのジョークが刺さる『ビッグバ ン・セオリー』など。
マンガ、5年間で2千冊とは凄いですね。映画とSF系海外ドラマはけっこう観てますが『ビッグバン・セオリー』はまだ観てません。なん か面白そうなので機会があれば見たいと思います。
ここ5年ほど、ダン・ブラウン、ニール・ゲイマンなど英語の作品は、すべて英語のオーディオブックで聴いています。
ハインラインなど子どものころに読んだ作品も英語で聴き直しています。
フランク・ハーバート『デューン』は、最近聴き直して、前半は大変良かったのですが後半はいまひとつでした。
最近聴いたのはケン・リュウの『紙の動物園』です。日本、中国、アメリカに対する両面価値的感情が、複数の物語を含む短編集という形式 でバランス良く表現されている。SF的アイデアとドラマのバランスも良い。
スティーブン・キングからは、『スタンド』、『11/22/63』などで人物造形と長編の書き方を勉強中です。
英語で聞いてらっしゃるというのが凄いですね。翻訳業もご本業だそうですが、そうすると創作業が減ってしまうかもしれないので読者とし ては悩ましいところですね。
游舷さんの作品からも、理系のセンスも文系のセンスも兼ね備えてらっしゃる感じを受けていますが、それが遺憾なく発揮されたのが、日経 「星新一賞」グランプリ作品の「Final Anchors」だと思いました。"Final Answer"でもある"Final Anchors"という題名だし、最初はひょっとして、ショートショートという形式で、なおかつ描かれている物理時間が最短の短編を目指して書かれたのかとも思いました。 でも、これはゲンロンSF創作講座第2回のテーマ「クライマックスに驚きのあるSFを作れ」で書かれた実作ということなので、違うのか なぁとも(汗;)
翻訳そのものではなくて「言語・翻訳コンサルティング」ですね。翻訳者の教育や大規模翻訳システム構築のお手伝いです。
「Final Anchors」で物語の時間を0.5秒にしたのは、人間が関与できる時間をなくしてAI同士の対話にさせるためなので、時間を短くするアイデアが先行したわけではないで す。結果的にはうまくはまりましたが。
限られた時間の中で加速し続ける意識については、今後、東京創元社から出る予定の短編で扱っています。
そうなんですか、今後の出版予定がますます楽しみではあります。
「Final Anchors」は、AI同士によるいわばミニ裁判ととらえることも出来ると思います。個人的には、将来においてAI裁判官が採用されるとしたら、法律が人間が作ったもの である以上、AIには人間的な情実が判断できるプログラムが採用されるべきだと考えていましたのでまさに感涙もののラストでした。
游舷さんの予想というか実現して欲しいAIの理想像はどんなものなのでしょうか。
ありがとうございます。
正直なところ、私はAIが(一時的にはともかく)最終的に人間を幸せにするかどうか懐疑的です。現状でもAIは強者の支配の道具には なっても、弱者の味方になれるのか分かりません。AIの基本は、ビッグデータ=巨大企業に基づく構造です。AIが人間の仕事を脅かすこと はないという説もありますが、実際に、一部の翻訳者はAIに仕事を奪われつつあります。
ただ、「Final Anchors」でも扱ったように、先入観を持たないAIは裁判官としては優れているはずです。AIの判断をすべてうのみにするようでは、人間は退化するでしょうけど。
AIの理想像は、技術者だけが考えるのではなく、哲学者や作家が考えて議論すべきと思います。
ただ私の役目は、AIについて考えを出すだけでなく、その先を読者に様々な面から考えてもらうことだと考えています。
AIの将来については今後の作品の中でも描いてゆきたいです。
それは楽しみです。
哲学方面でいうと、海外では古くはサルトルやボーボワールとか、最近ではホーキングやペンローズなどの著作がよく知られてますが、日本 の近代史において思想の中心的な担い手は、哲学者や科学者ではなくて、作家や評論家であったとされてます。特に故小松左京先生の作品など は、読者に色々と考えさせることが出来る内容と構成を持っていましたが、游舷さんの作品からも近しい感じを受けています。
小松左京さんの綿密な考証とは比べるべくもないので恐縮です。
哲学的テーマを読者に考えてもらうには、構成を考え、難解な言葉を避け、用語を明確に定義する、ということを実践しています。
哲学カフェや学校でのディスカッションやディベートは、日本でSFが復興するために必要なはずです。
大学で現代思想に触れたときは、日本の実際の社会との断絶にもやもやしたものを常に感じていました。
輸入品である西洋哲学には距離を感じ、一方ではたとえば日本の美学にはあいまいな点が多すぎる。
ただ、精神分析は、執筆と文学解釈への応用という点で興味深いです。
臨床的意義はともかくとして、作家にとっても読者にとっても、文学を通して現実との接点があるので。
小説と精神分析に関しては、色々な本が出ていますね。難しいけど(汗;)
色々考えさせられるというと、「Final Anchors」を何度か読みながら考えたのは、このアンカー装置の実現性でした。道路にアンカーを打ち込む際の作用と反作用の強度(爆発物のエネルギーを最終的にはどこ に逃がすか)、アンカーを保持しなくてはならない路面強度、自動車の最低地上高とクルマ側の保持部から計算されるアンカーの長さと強度 等々の問題です。結局のところお手上げで、アンカーを打ち出すエネルギーと路面に当たったときの反作用でクルマが浮き上がるなら、ひょっ として上に逃げた方が良くない?とか(笑) まあ、上に飛び上がって逃げて助かるのは、この作品の面白さが無くなるのでバツなのですが、 少しは考慮に入れられたのでしょうか。
上にジャンプするというのは面白いですね。それは特に考えていませんでした。
ファイナル・アンカーの目的は、進行方向前方にある物体に車体が衝突する前に、車体、運転者、同乗者への損害を度外視して該当車両を最 短距離で停止させることです。
反動で進行方向とは逆方向にある程度吹っ飛ぶことはありえます。
物理的な有効性は空想科学読本とかでシミュレーションしていただければと思います。
すみません、無粋な質問で(汗;)
日経というと経済新聞が一番有名ですが「日経サイエンス」とかの科学系、「日経メディカル」や「日経ヘルスケア」などの医療系も充実し ていて時々お世話になっています。私事ですが、私が最初にインターネットに興味を持ったのが「日経MIX」という商用BBSで平成元年こ ろに参加して、sf会議等で遊んでました。そうした日経さんが、日経「星新一賞」を設立されたということは、たいへん素敵な試みだと思い ますし、SFファンとしてもありがたい限りですね。
日経「星新一賞」優秀賞の 「蓮食い人」も、AIと人間性について色々考えさせられる読み応えのある作品でした。AIがどうあるべきかだけではなく、未 来の AI時代の前に、人間(人類)としてAIとどう対応していくかという議論がもっと交わされるべきではないのかと考えさせられました。
日経「星新一賞」 のように、企業が支援する文学賞がもっと増えないといけませんね。
文学の未来のビジョンを考えることのできる企業人や官僚が増えて欲しいものです。
ちなみに「蓮食い人」で出てきたポスト・スマートフォンXnerveは、前述の東京創元社の短編でも重要な機器として再登場します。
AIの現状に関しては、第二次世界大戦前の日本を思い出します。時代の大きな流れ、興奮と熱狂の中で人々が押し流されているような気が します。
後で振り返ってみて後悔のない行動をしたいものです。
我々はAIの恩恵を受ける一方で、すでに巨大企業のAIによって支配され、影響されています。
「Final Anchors」に出てくる、「AIに無視される権利」も今後議論が必要になるでしょう。
昔と違うのはネットが普及していて、様々な意見が発信されているのを(知ろうとする努力をする人は)誰でも知ることが出来る点でしょう か。
游舷さんのHPで“自動運転車のお話「Final Anchors」ともちょっと関係していますね。”との言及のある「少年ロボット」も読ませていただきました。学校生活に“少年のロボット”が入り込むこと で周りの人間たちにどのような変化が生じたのかが瑞々しく描かれていました。ロボットにどう対応するかで本来の人間性が露呈する、ちょっ と怖い話でもありますね。
「Final Anchors」でもそうですが、ロボットが現実になりつつある今、アシモフのロボット三原則の先見性に感じ入るとともに、それには当てはめようがないケースがあることに 気づかされます。
三宅陽一郎さんも、ゲンロンのイベントで三原則はロボットの個体には実装しづらいと言われていました。
「少年ロボット」には、人間そっくりの少年ロボットというまったく別のアイデアがあったのですが、類似作品があったので現在の形になり ました。