インタビュアー:[雀部・小峰]
- 神戸文芸ラボ/シオタデザインオフィス装丁
- 集英社インターナショナル
- 920円(税別)
- 2024.10.12発行
【目次】
第1章 光速の壁
第2章 タキオンの世界
第3章 ウラシマ効果の謎を解く
第4章 一般相対論は時間について何を語るのか
第5章 ゼノンのパラドックス
第6章 記憶が「動き」を創る
第7章 世界は「関係」でできている
第8章 今さら? 生命とエントロピー
第9章 百兆年の旅路
雀部
今月の著者インタビューは、10月に 『光速・時空・生命』を出された橋元淳一郎先生です。前回のインタビュー『空間は実在するか』(前編)・(後編)からですと、もう3年経つのですね。今回の『光速・時空・生命』は、いままでの橋元先生の時間論の集大成のように感じました。
橋元
集大成というほど大げさなものではなく、これまで書いてきたものより、もっとSFマインドに溢れた時間論を書けないかという動機から、書き始めたのです。
結果的に、前2冊『時間はどこで生まれるのか』『空間は実在するか』に続くという意味で、集大成ということになるのでしょうか。
雀部
あ、『時間はどこで生まれるのか』の著者インタビューもあります。前編・後編
もう一つ、この本の特徴として、各章の課題に関連するSF作品があげられていることがあります。これはSFファンからすると面白い試みだと思いました。
橋元
執筆の意図からして、当然、SF作品をかなり紹介しています。これも、私の著作を含めて、物理や宇宙の啓蒙書というのは、いわゆる科学解説本になってしまっています。そうではない、もっと面白い宇宙や物理の本が書けないかという発想で書き始めたのです。
雀部
その意気込みは「まえがき」を読んだ時に感じました。
今回は、この本の面白さとか読みどころを、担当編集者の小峰さまにもうかがってみようと思います。小峰さま初めまして、よろしくお願いいたします。
小峰
よろしくお願いいたします。
今回の『光速・時空・生命』は、橋元先生の前著『空間は実在するか』、その前のご著書『時間はどこで生まれるか』に続く作品です。
『時間は…』は、集英社クリエイティブという別の関連会社の三好秀英さんというベテランが手掛けたヒット作で、三好さんと懇意にさせていただいている経緯で、僕が社をまたいで橋元先生をご紹介いただいた経緯があります。
『時間は…』はアクティブで快活なイメージだったので、『空間は…』では抑制を利かせていくことで、自分たちが当たり前えに存在している空間の不思議が静かに浸透していくのではないかと意識しました。
対して、今回の『光速・時空・生命』は、「光速が、これ以上の速度は存在しない上限値であること」や「E=mc^2に象徴されるように、光速は世界を縛っている、あるいは支えているように見えること」など、大きな話になることは自然のなりゆきでしたから、最初からリミッターがはずれていた感じでしたね。
さいわい、光速というテーマはSFと相性がよくて、タキオンやウラシマ効果といったSF的な発想が、逆に科学としての光速や時間・空間を理解するための手助けにもなっています。
先生の意気込みもあって、前々作は192ページ、前作は224ページ、今作は256ページと、一作ごとにページ数が増えています。
橋元
ありがとうございます。今回は、小峰さんがいつもに増して張り切ってフォロー下さり、またいろいろ助言を頂き、たいへん筆が捗りました。
雀部
私からもありがとうございます。
小峰さまは、SF系の作品でどういったものがお好きなのでしょうか。
小峰
子どもの頃にたくさん楽しませていただいたアニメや漫画や特撮では、多くの作品のベースに、ロボット、超能力、変身ヒーローのような日本独自に発達したSF要素があって、そこが基礎教養になっていると思います。
小説で言えば、『星を継ぐもの』、『アルジャーノンに花束を』、『わたしを離さないで』、『リプレイ』、『戦闘マシーン ソロ』などは特に印象に残っています。
SF映画は、和洋新旧問わず、たくさんありすぎるほど好きな作品がありまして。ここ10年くらいの作品だけでも『メッセージ』『ゼロ・グラビテイ』『インターステラー』『オデッセイ』『ブレードランナー2049』『ゴジラ-1.0』などなど。マーベルやDCの作品でも、魔法がからむファンタジー系ではないものは何度も観ています。
雀部
『戦闘マシーン ソロ』は少し古いですが、通好みというか私も印象に残ってます。
マーベルやDCは、だいたい魔法とか神様が絡む(笑)うちの奥さんは、最近スカパーで観たものでは『アクアマン』『アクアマン/失われた王国』が一番面白かったそうな(元々SF系はあまり観ない人で、相対性理論とかには全く興味がありません^^;)
小峰
僕は、光速が絶対的な最高速度だと教わってきて、それを納得して信じているのですが、いっぽうで最新の科学技術でもダークマターを検出できないことに違和感は感じません。タキオンが存在していて発見されたとしたら、科学は新しいフェーズに移らなければならなくなるはずです。E=mc2と同じように美しい数式が隠れているのだろうかとか、電磁気学とは違うルールになるかもしれないタキオンにどうやって情報を乗せて送受信するのかとか、ちょっと想像すると、もうSFの領域ですね。そういう時代が訪れたら、次の本も決定ということで。
橋元
映画やアニメ、フィクションの世界ではタキオンやダークマターに関する「理論」がどんどん進んでいる感じですが、じっさいの研究ではさほどの進展はみられないようです。
ぼくの勉強不足かも知れませんが、この20 年くらいの間に画期的理論が出たという話は残念ながら聞きませんね。従来の物理学の枠組みや手法では、限界があるのかも知れませんね。次の本はそういう枠組みを破るヒントを思わせるようなものを書きたいですね。
いま、急に思いついたことですが……(笑)
雀部
ダークエネルギーとかミラーマターについてもお願いします(笑)
というのは、236号と237号の『銀河風帆走』著者インタビューにミラーマターで構成される生物が出てきて、そいつが銀河系にちょっかいを出してくる(笑)
ミラーマターで構成された宇宙はあるのでしょうか。
橋元
現段階では、何とも言えない、としか言えないのではないでしょうか。理論的には考え得るでしょうが、じっさいに観測するのはきわめて難しいと思います(相互作用が弱いので‥)。もっとも、僕は専門家ではありませんから、あくまで素人の感想です。
雀部
ありがとうございます。設定上も“正体不明であることが物語の都合上重要である”とのことなので、観測困難という考えが一般的なのでしょうね。
映画『メッセージ』は異星人とのコミュニケーションに苦労するシーンが圧巻でした。
『光速・時空・生命』を読まれて、ラストあたりの「メッセージ」を“知って、過去に送る”シーンについて、小峰さんはどう思われましたでしょうか。
小峰
『メッセージ』で描かれたように、未来の情報が届くようなことがあれば、人は根底からの変革を迫られて、世界はひっくり返るのではないでしょうか。科学的な知見以上に、「未来を知っても、未来を変えることはできない」という無情に直面してしまうのですから。
時間と空間の中に身を置いている以上、自分には関われることと関われないことがあるわけで、『光速・時空・生命』に出てくる「『超光速』なら虚世界と因果関係が持てる」という話などとも関係してきますよね、橋元先生?
橋元
その通りですね。
物理学の理論の中には、未来の情報が届くことを否定するようなものは何もありませんから、本当はそのような情報も我々の周りに溢れているのかも知れません。知らないのは我々(生命)だけだ、というような気がします。
雀部
まあ気にしてるのは人間だけだというのは大いにありそう(笑)
『インターステラー』はSFファンの間でも評判が高いです。ノーベル賞の物理学者が監修しているので当然とも言えますが。福江先生のインタビューでも話題に出ました。
ブラックホールによるウラシマ効果とか重力波通信とか出てきて、『光速・時空・生命』を読んだ後で見ると、私は理解が深まりました。
小峰
そうですよね。あの映画では、水の惑星が出てきますが、その惑星はブラックホールによる重力の影響を受けていて時間の流れが極端に遅い。そのせいで、水の惑星に降下したクルーたちが宇宙船に戻ったときには、一人だけ留守番をしていた物理学者が一気に老けていたという、ウラシマ効果を生々しく見せるシーンがありました。
そこの展開だけでなく、宇宙船が受け取る地球からのメッセージは、ずっと昔に発信されたものであるとか、物語の展開の早さや大掛かりな映像表現に圧倒されてしまい、「そういうものだから、黙って受け入れる」というところが観る側にどうしてもあったのではないでしょうか。
『インターステラー』をもう一度観ようと思っている方には、ぜひその前に『光速・時空・生命』を読んでほしいですね。霞が晴れるような感覚を体験できるはずです。
雀部
『インターステラ―』11月22日(金)期間限定公開みたいですから、その前に是非(笑)
ノーベル賞物理学者が監修に加わっているのですから、そういった方面からの評価がもっと高くても良いですね(まあ今でも十分高いのですけど)
ところで小峰さまは、以前はどういった本の担当をされたのでしょうか。
小峰
「イミダス」という年度版辞典のスタッフを務めていました。本社の集英社新書では、創刊ラインナップにもなった佐藤文隆先生の『物理学の世紀』、蔵本由紀先生の『非線形科学』『同期する世界』を手掛けています。
インター移籍後はインターナショナル新書で、橋元先生の『空間は実在するか』をはじめ、古澤 明先生の『光の量子コンピューター』、倉谷 滋先生の『怪獣生物学入門』、12月に刊行する齊藤英治先生の『スピン流は科学を書き換える』などを手掛けています。
単行本では、読売新聞の記者・鈴木美潮さんの『スーツアクターの矜恃』などがありまして、「科学とエンタメを好きなヤツが趣味で本をつくっている」ようなものです。
もちろん、宇宙、素粒子、相対論などへの興味は尽きません。
雀部
おお、
『怪獣生物学入門』、面白かったです。特に「マタンゴ」と「寄生獣」の生物学的考察は読み応えがありました。倉谷先生にはもの凄くシンパシーを感じます(笑)
後書きにも小峰さまへの謝辞が書いてありましたね。
小峰
倉谷先生は、ものすごい量の原稿をものすごい勢いで執筆される方で、一通りの原稿が揃うと、軽く1000ページを超えてしまう分量でした。僕の仕事は、その中でも特に面白い話をピックアップして、スクラッチ&ビルドしていく感じで、とんでもなく贅沢な作り方ですよね。そういう作業だったので、本文の編集よりも、むしろ一部の図版の調査と入手に膨大な時間を費やした記憶があります。
雀部
ありがとうございます。橋元先生、脱線して申し訳ありません(汗;)
さて『光速・時空・生命』の第1章は、「光速の壁」ということで、『地球の長い午後』(ブライアン・W・オールディス、1962)を例にあげられて“もし、地球と月を繋ぐ巨大な蔦に意識があれば光速の壁はもっと身近な存在になるのではないか”という思考実験を披露されてます。
これは、もし巨大蔦の地球側と月側の双方に脳神経があったとすると、その二つは異なる世界線だということを意味しているのでしょうか?
橋元
そうです。地球と月の間を光が往復するには2秒以上かかりますので、タキオンでも使わないかぎり、この2つの世界を直接結びつけることは出来ません。
雀部
伝達物質にタキオンを使うと、ある事象が起こる前にその情報が伝わってしまう。神経組織が反応を起こし、行動として実現するには少し時間がかかるので問題にはならないかもしれませんが。ここらあたりが、橋元先生のおっしゃっている相対論を身近に感じては生命活動が維持できないだろうという考察に結びつくのですね。
橋元
雀部
第2章は、その「タキオンの世界」ということで、この超光速粒子はジェイムズ・ブリッシュの短編「ビープ」(1954)からヒントを得た物理学者が、最初に命名(1967)したそうですね。
橋元
この当時はSF(サイエンス・フィクション)という言葉が、文字通り科学と結びついていたのですね。
雀部
そうですね。結びついてない作品も多々ありましたが(笑)
ベンフォード氏の『タイムスケープ』(1980)はタキオン通信が効果的に使われた名作ですが、昨今の日本の熱い夏を考えると、そろそろ未来から「今のうちになんとか手を打っておかないと苦労する未来しか無いぞ!」というメッセージが届くのではないでしょうか(笑)
橋元
雀部
全く困ったものです(汗;)
第3章は「ウラシマ効果の謎を解く」で、よく分かってなくても、SFではお馴染みの話題です(汗;)
元々"E=mc^2"は、各項の単位が異なるとんでもない公式(小学校だと先生から怒られます(笑))ということはわかっていたのですが、この章の“ブラックホールの表面では光は止まる”を読んで少し理解が深まりました。相対論によると重力と加速度は等価なので、ブラックホールの表面ではウラシマ効果により時間が進まないんですね。そうすると時間経過がないので光も動きようが無いと。
橋元
雀部
[橋元淳一郎]
1947年、大阪府生まれ。東進ハイスクール講師、SF作家、相愛大学名誉教授。日本時間学会会員、日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員、ハードSF研究所所員。京都大学理学部物理学科卒業後、同大学院理学研究科修士課程修了。わかりやすい授業と参考書で、物理のカリスマ講師として受験生に絶大な人気を誇る。著書に『時間はどこで生まれるのか』(集英社新書)『シュレディンガーの猫は元気か』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)などのほか、参考書『物理橋元流解法の大原則』シリーズ(学研プラス)『空間は実在するか』(集英社インターナショナル新書)など多数。
ホームページは
、橋元淳一郎の研究室
[小峰]
集英社インターナショナル編集部
。元「イミダス」スタッフ。
『光の量子コンピューター』『怪獣生物学入門』『スピン流は科学を書き換える』などを担当
[雀部]
1951年生、歯科医、ハードSF研所員、コマケン所員、最近難しい話を考えると頭痛が(汗;)