インタビュアー:[雀部・小峰]
- 神戸文芸ラボ/シオタデザインオフィス装丁
- 集英社インターナショナル
- 920円(税別)
- 2024.10.12発行
【目次】
第1章 光速の壁
第2章 タキオンの世界
第3章 ウラシマ効果の謎を解く
第4章 一般相対論は時間について何を語るのか
第5章 ゼノンのパラドックス
第6章 記憶が「動き」を創る
第7章 世界は「関係」でできている
第8章 今さら? 生命とエントロピー
第9章 百兆年の旅路
雀部
今月の著者インタビューは、前号に引き続き 橋元淳一郎先生の『光速・時空・生命』後編です。
さて、第4章は、「一般相対論は時間について何を語るのか」で真空エネルギーと量子論の話も出てきます。私が最初にSFで真空エネルギー知ったのは、『マッカンドルー航宙記』(C・シェフィールド著,1981)なのですが、当時と現在では真空エネルギーについての知見の違いはあるのですか?
橋元
詳しいことは、ぼくには分かりません。しかし、真空のエネルギーの理解について、その頃と比べて大きな進展があったということは、残念ながら聞きませんね。
雀部
ヒッグス機構(1964)なんかも、当時から言われてましたので、現在では何か進展があったのかと思ったのですが。
マルチバース理論も面白いですね。他の宇宙では違う素粒子から物質が構成されていたり、プランク定数の値が違っていたりする可能性が高いということですが、一般相対性理論だけは枠組みとして存在するというのが不思議です。これは相対論が適用されない宇宙はそもそも誕生しないということでしょうか。それとも、完全に想像の埒外にあるので(エネルギーとか物質とか空間の概念も無い)どうでも良いとか(汗;)
橋元
それについてもはっきりしたことは分かりません。プランク定数の値や素粒子の種類などが今の値や種類である必然性はどこにもないので、そのようなことが言われるのでしょうね。
たとえば、プランク定数が1であるとか、素粒子の種類が100種類であるとかいうような宇宙は、想像は出来ないけれど、あっても不思議ではありません。それに対して一般相対論の時空というものは、時間と空間以外に何があるのか、と訪ねられても、それ以外に考えようがないので、一応、一般相対論はどの宇宙でも成立すると考えるのでしょうね。
雀部
相対論が成立する宇宙には時間と空間があるということでもありますね。
“第7章世界は「関係」でできている”では、マルチバースの話題も取り上げられています。素粒子論では、基本構成粒子は元々質量を持たないが、ヒッグス機構(場)と「関係」を持つことで質量を獲得するようになったと理解してもよいのでしょうか。
橋元
その通りです。ヒッグス粒子の存在は実験的に証明されたので、ヒッグス機構というものがあることは事実で、またそれが物質の質量の起源であることも確かだと思います。
雀部
当時は、エーテルの復活かとも言われてましたよね。まあ、全然違いますけど(笑)
小峰さま、何かございますでしょうか。
小峰
本書で解説されているマルチバースは、最近のアメコミ映画でも盛んに採り入れていて、死んでしまったキャラクターを別の宇宙から連れてくる描写もありますよね。
それが成立するためには、どの宇宙でも物理法則は同じでなければならないはずです。
本書の第8章(P.201)に「我々の物質世界を構成する素粒子の理論は、まさに生命を誕生させるために存在したと言えるかもしれない。」とありますが、どの宇宙であっても、生命が存在するのであれば、この宇宙と同じ法則で成り立っているとお考えですか?
橋元
それは難しい質問ですね。常識的には、生命が誕生するためには我々の宇宙と同じ元素が存在しなければならないというのが正論ですが、ぼくはいちがいにそうとは言えないのではないか、という気がしています。
つまり、生命といっても、我々の宇宙にある元素以外のものから構成されたものが存在しうるのではないか、という気がするのです。
たとえば、AIが進化して自己意識を持つ可能性がありますが、AIは有機化合物から構成されていませんね。その考え方を拡張すれば、我々の宇宙に存在する元素ではない物質から生命が生まれるという可能性もないわけではないと思います。
雀部
アシモフの有名な「もの言う石」では、ケイ素(シリコン)生命体が出てきますし。
“第6章 記憶が「動き」を創る”では「時間の流れはミンコフスキー空間の中にはない」ということで、ではそれが存在する場所はどこなのかという話です。
前回の
『空間は実在するか』著者インタビュー』でも教わった箇所ですね。まだ良く分かってませんが(汗;)
人が言う「現在」という瞬間がある程度の幅を持つというのは、あることが起こった事象とそれを人間が認識するまでにはタイムラグがあるので、よくわかります(そもそも神経の伝達速度は70m/sくらい)。相対論を持ち出すほどでもない時間ロス(笑)
「記憶」とともに、このロスを本能的(?)認識しているのも関係があるのではないでしょうか。
橋元
雀部
脳を介さないで動くというと脊髄反射(熱い物に触った時、反射的に手を引っ込める)がありますね。ロスが少ない分、スピードが速い。直接関係ない話ですけど(汗;)
最終章の“第9章 百兆年の旅路”では、10の100乗年先の未来の話と、泡宇宙への旅と橋元先生の著作
『人類の長い午後』)にも出てくる移住性カプセルの話も出てきます。
この本は、「アニマ・ソラリス」創刊号で
初めて著者インタビューをさせて頂いた記念すべきSFでもあります。
橋元
『人類の長い午後』はもう四半世紀前に出した本ですが、自分で言うのも何ですが、今でも読みごたえのある本ではないかと自負しております(笑)。
雀部
当時の最新トピックを交えた著作で“知の指導原理”とか今でも覚えてます。
最後になりますが、小峰さま、何かございますか。
小峰
宇宙に関わる最近のトピックスを見ていると、長らく停滞していた、ロケットや宇宙船の開発、つまり人類が宇宙に進出する話題が多くありませんか?
本書でも、宇宙旅行に関わる話がでてきますが、NASAでは光速の99%に達する「ヘリカルエンジン」などというアイデアが出されたそうです。そうしたものが実用化されたら、橋元先生は、旅行に参加したいですか?
地球へ戻ったとき、元の状況に戻ることはできなくなるわけですが。
橋元
現在の世界に戻れなくても、僕は行きたいですね。ただ、それが苦行の旅であったり、目的としている世界に到達する前に死んでしまうような旅だと、考えてしまいますが……
雀部
私も行きたいです(汗;)
先日(11/12)のNHKの番組「ワルイコあつまれ」に、『空間は実在するか』の帯に推薦文を書かれた福岡伸一先生が出演されていて、子どもたちの質問に答えられていました。
その中で特に印象に残っているのが「急に増えた生物は、急に滅亡する」「人間も急に現在のように増えたから、何万年後かには絶滅している可能性が高い。そして何百万年後かに、地層から人間の骨を発掘した生命体が、これが人類かと解明するに違いない」と。
橋元
雀部
寂しいですが、私もそう思っています(大汗;)
今回もインタビューに応じていただきありがとうございました。
また橋元淳一郎先生のご著作を楽しみなお待ちします。
橋元
こちらこそ、ご返信が遅くてご迷惑おかけしましたが、ていねいにご対応頂き、ありがとうございました。
そうですね、著作こそ僕の生き甲斐ですから、体と脳が動くかぎり執筆を続けたいですね。何とか雀部さんの脳味噌を破裂させるような作品を書きたいものです(笑)。
小峰
「時間論」「空間論」「光速論」とつながった橋元先生の三冊の著書は、「相対論三部作」という位置付けと考えてきました。今回の『光速・時空・生命』はまさに集大成と呼べる内容で、クライマックスを向かえた達成感があります。
と申しつつ、「次は“重力論”ですか?」などと耳元でささやいて、三部作というくくりを超えていただきたいと密かに目論んでいます。
あ。先生にお話しするより先に、この場で言ってしまいました。
橋元
わっ !! 「重力論」ですか。難しそうですね。
しかし、三部作でおしまい、というのも残念至極ですから、今度こそもっと売れる本を書きたいですね。そのためには小峰さんのお知恵をたくさん拝借しなければ(笑)。
よろしくお願い致します。
小峰
こちらこそ、よろしくお願い致します。
昔のような売れ行きが期待できなくなっている本の市場ですが、橋元淳一郎先生は抗うように作品ごとに注ぐ力を増大させています。次も、SF好きをはじめ目の肥えた読者に刺さるテーマを選んで、たいへんなエネルギーと想いをもって書き上げてくださることでしょう。
[橋元淳一郎]
1947年、大阪府生まれ。東進ハイスクール講師、SF作家、相愛大学名誉教授。日本時間学会会員、日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員、ハードSF研究所所員。京都大学理学部物理学科卒業後、同大学院理学研究科修士課程修了。わかりやすい授業と参考書で、物理のカリスマ講師として受験生に絶大な人気を誇る。著書に『時間はどこで生まれるのか』(集英社新書)『シュレディンガーの猫は元気か』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)などのほか、参考書『物理橋元流解法の大原則』シリーズ(学研プラス)『空間は実在するか』(集英社インターナショナル新書)など多数。
ホームページは
、橋元淳一郎の研究室
[小峰]
集英社インターナショナル編集部 。元「イミダス」スタッフ。
『光の量子コンピューター』『怪獣生物学入門』『スピン流は科学を書き換える』などを担当
[雀部]
1951年生、歯科医、ハードSF研所員、コマケン所員、最近難しい話を考えると頭痛が(汗;)