神の笑える妄想話
doru
序文
俺はいつものようにあるところに入った。 ここは無数の鏡の世界だ。鏡と鏡が反射しあいどの鏡にもある仮面をかぶった俺自身が無数に写る。 どれが虚像か実像かまったくわからねえ。俺は常に実像を求める。だがまったくわからない。 探しても探しても正解の道が見つからない迷宮のような世界だ。だからここは迷宮博物館と言われている。 軽いめまいがはしり倒れそうになる。俺は倒れることなくふんばった。ここは居心地はいいが入る瞬間めまいが起こるのが少し問題だ。 まもなくめまいはおさまり、俺は気をとりなおした。いつも世話になっている迷宮博物館の館長にぺこりとおじぎをして挨拶をする。
最初に俺が持っている「持論」をしつこいようだけど言っておく。
「過去は(タイムマシンでもない限り)絶対変えられない。今は全力ですれば努力しだいでどうとでもできる。未来はかなり不安定」
俺自身の未来もどうなるかわからない。 明日の朝なかなか目覚めないものだから家族が心配して起こしに来たら逝っているかもしれないし、 百歳になるまで無事に生きているかもしれない。最悪の場合、明日逝っているときのことを考え、迷宮博物館の館長にこの思いをぶつけておく。
二、三カ月前に一晩寝ないで考え続け、すべての進化を続ける動植物には「ジレンマ」があると結論づけた。
簡単な高校卒業程度の生物の教科書と神話と心理学と迷宮博物館の館長による人類以前の類人猿の絶滅と発生の話が参考になった。
つまり、旧世代の生物は遺伝子情報の限界にきたときに、新世代の生物に遺伝子情報を伝えないといけない。 だけども新世代の生物の方が勝っている結果、旧世代の生物は滅びないといけない。 それで旧世代の生物は滅びないためには新世代の生物を滅ぼさないといけない。 でもそれをすると一時的には旧世代の生物は安泰を保つが、やがて遺伝子情報の限界がきて旧世代は滅んで、 自分たちの持っている遺伝子情報がすべて途絶えて旧世代も新世代ともども絶滅する。
迷宮博物館の館長も言っていたことだから覚えているだろう。
旧世代の類人猿と新世代の類人猿がお互い戦いあって、どちらかが絶滅していった。 でもさすがの俺でも今の人類の直接の旧人類とはどうだったかはわからない。 でもいつの時代かどの場所かわかんないけど絶対どこかで証拠が発見されるはず。
「過去は(タイムマシンでもない限り)絶対変えられない」から必ず新人類が旧人類を絶滅させた証拠がどこかで見つかるはず。
それから神話の話にかわるが、少し探してみると、ギリシャ神話を始め多くの神話の冒頭には必ず「親殺し子殺しのテーマ」があると思う。
ギリシャ神話で言うと旧世代の神々(ティターン属)の最高神クロノスは次から次に自分の子供たちを殺していき、 最後に新世代の神の最高神となるゼウスによって滅ぼされた。あれは一種の暗喩なのなのだと思う。 旧世代の神々とは旧世代の人類、そして新世代の神々は新世代の人類のことを言っているのだと思う。
そして、いつも冒頭に旧世代の神々が出て、ほんの二、三ページで消えるのは、 新しい人類が前の旧人類のことなんかまったく知らないし、興味もないってわけだ。 それでも冒頭に必ず出てくるのは、前の旧人類を滅ぼしたことを罪悪感かそれとも無意識の中に旧人類の恨みがこもっているのかわからないが、 忘れたくても忘れられない。書かなければいけないものだと思っている。
人類の話は別にして神と俺自身の話をする。普通のエロ漫画やエロ小説を読んでも性的興奮は感じない。
唯一性的興奮を覚えたのは、封神演義で哪吒が宝玉から人間にかわる場面や、神曲の「地獄編」で蛇から人間に変わったり、 人間から蛇にかわったりするシーンだ。 最近では自分の作品のやもりのホラーで主人公が小さなやもりたちに身体中に入られて強大なやもりの化け物にかわるところに欲情した。
どれも共通していることは一つ、他の物質から他の物質にかわるところだ。 映画でみた覚えはないが、もしマッドサイエンストが人間を他の異様な生物に変えるところを見ると性的興奮するだろう。俺は一種の変態だろう。
同時に神々も同じことをしている。地球上が発生してきたあらゆる遺伝子情報を操作して少しずつだが、 着実に生物たちを変化させている。神々も俺と同じく生物の身体の変化を見て、 性的興奮を覚えているマッドサイエンシストじゃないかと思っている。
迷宮博物館の中は無意識の世界が自由に解放されるところだ。 俺はあえて世間から超馬鹿と思われてる神話に出てくる牛頭人身の仮面を探し出してつけている。 だが俺が思うのだが、実は牛頭人身の奴は非常に頭がいいのじゃないかと思っている。 自分の持っている獣性を知っていて、それがやがて制御不能になり、自分自身の意志では抑えきれずに、 他の連中に危害が及ぶことを恐れて、迷宮博物館の永遠に抜け出すことのできない迷路に自ら進んで入ったのかもしれない。 普通の連中には数えきれないほどの選択が残されているが、奴にはそれ一つしか残されていなかったのかもしれない。
変に中途半端なのがいけないのだろうね。人間なら人間、牛なら牛と決まっていたら、 変に悩まず呑気に生活して幸せな一生を送り、迷宮博物館の永遠の迷路に入ることはなかったと思うよ。
そして奴は生き物である以上何か食べなかったら死ぬのは理解していたし、死ぬのも怖かったのかもしれない。 それに牛頭人身とは言え、半分は人間の血が入っている。生贄になるものもみんな人間だから、 実際奴は人間なんか食いたくなかったのかもしれない。 いつも生贄の人間を食べながら目から大粒の涙を流し、むさぼり食ったのかもしれない。 同時に生贄の人間を喜んで食べる化け物と思われ、そのうち誰かに殺されて、 屍になって出る方法しか残されていないと永久の迷路に入った時からすでに悟っていたのかもしれない。
それじゃあ奴が生まれた時から運命はすでに決まっていて、奴の選択肢はこれしか残されていないことになる。 それじゃあ奴にはあまりにも残酷だし哀しすぎる。俺は男なのになんだか泣き出しそうになってきた。 迷宮博物館から離れて少し顔を洗いに行ってくる。朝から何も食べていないから腹はすいたし、ついでに食事に行ってことにする。
ここまで書いていて、顔を洗った後、食事をしたら少しずつ理解して落ち着いてきた。
俺は神じゃない。
俺はあまりにも感受性が強い。強すぎる。
それとは反対に心そのものはかなり弱い。
だから牛頭人身の奴の心の底の哀しみを感じて俺は男なのに泣き出しそうになるわけだ。
集団的無意識に棲むギリシャ神話の男性神プロメテウスタイプの元型まで読みとれていた。 今まで薬で想像力を抑えていたけど、プロメテウスタイプの元型じゃもう抑えきれないところまできていたみたいだ。
薬で抑えていた反動で想像力は暴走し、こんな形になったのだと思う。 薬で抑えていた頃はまだよかった。感受性が高すぎて、どんなに薬を少なくしても、 感受性が高すぎて頭が薬に反応して凄まじいまでの躁や鬱症状は今の現代科学の医薬品じゃとてもじゃないがおいつけない。
スイスの心理学者が患者の持つ意味のわからない言葉のサラダからその患者の心の中を読みとっていたみたいに、 俺も数少ないキーワードからいろいろなことを読みとることができるようになった。 どちらがやっかいかわからないが、彼がタロットカードの中の吊るされた男を自分に例えたなら、俺は愚者そのものだと思う。
電気羊がトレードマークのすでに逝ったSF作家も同じく感受性が高かった。 初期は普通の面白い短編を書いていたけど、徐々に神々の世界の神秘体験を書いていた。 彼も感受性が高すぎて徐々に精神が崩壊して逝ったのだと思う。 まだ生きているあるSF作家も感受性が強くて心に神を持っている。 どのレベルの神かわかんないが、自分の中の神に怒って、あんなに神関係の話を作っているのだと思う。 今は自分の中の神と和解して推理小説を書いているみたいだけどな。
世間には言わないが、彼もなんらかの蛇の生殺し状態で苦しんでいるだろうと思う。 俺は彼の大ファンだからもし迷宮博物館の館長が彼にあうときがあったらこの話を聞かせて、 くれぐれも自分の中の神のコントロールには慎重にするように言ってくれ。
俺も心の奥深くで同じ神の存在を共感して彼らの作品とかに興味を持ったのだと思うようになった。
「未来はかなり不安定」
ある物理学者が逝く前に子や子孫たちの未来を考えて絶望的な中で今なら間に合うと言った遺言のとおり、 最悪の場合百年後に人類は滅ぶかもしれないし、核戦争とかで他の生物を道連れにして地球全体が滅ぶかわからない。
だが、何事が起こらなくてもいずれ人類の遺伝子情報は消滅すると思う。 親戚の子供に買ってやった古代の生物でいびつな進化をとげて滅びたものの一例の絵を見た。 最初みたときかなりおぞましい姿で見るに堪えなかった。一つに偏り過ぎたものはいずれおぞましい形になってその遺伝情報は滅ぶという証明だ。
おそらく人類の後の世代は身体が異常に弱くなる代わりに知能だけが異常に発達していくと思う。異常な発達はやがて滅ぶ。
人類の遺伝子情報が途切れたその後は平均的な他の鳥類か哺乳類が支配する世界になるとだろう。
ああ、やばい。石油ストーブをばんばん炊いているのに異常に寒い。半年前に買った最新型の体温計がエラーを出して、 何回か計ってもなぜか三五度を示している。精神の崩壊と同時に身体も同時に崩壊を引き起こしているのかもしれない。
それでもこの人生わりと楽しかった。いろいろな馬鹿をやり、迷宮博物館で遊んだり、相思相愛だったあの人や館長とも知りあえて知的な話をしたしな。
ただ若いときにこのプロメテウスタイプの元型が心の底に存在しているのに気がついていればなんとかなっただろう。 少し悔しい。明日逝っているか、また元気になっているか、百歳まで無事生きられるかわからない。 とにかく今日は頑張った。これから布団に入って寝ることにする。