神の笑える妄想話

doru

第一章 少し哀しい童話四作品

その一 秘密の仕事

あるところに絵を描くのが好きな男の子がいました。おともだちと一緒にくれよんで絵を描いては遊んでいました。

ある年の暮れ悪い病気にかかってしまい、お医者さんから太陽の光をあびるのはよいことだけど、 あまり長い間遊んでいても体によくないと言われて、一日に一時間以上外に出ないように約束させられていました。

ベッドの中で退屈な毎日がすぎ、一月たち二月たちついには三月になってしまいました。

三月の病室の窓からはいる風はまだ寒く、花も咲いていない寂しい庭を見ているうちについうとうと眠ってしまいました。

男の子が眠ってどれぐらいたったでしょうか。太陽は沈んでなくなり、かわりにきれいな月が病室を照らしていました。 枕元においてある時計を見ると夜の十二時を指しています。

こんこんと病室の窓を叩く音が聞こえてきます。何だろうと思って男の子は起きました。

病室の窓から見える庭には男の子と同じぐらいの緑色の毛糸の帽子をかぶった男の子が呼んでいるではありませんか。

「きみは誰」男の子は聞きました。

「誰でもいいじゃないか。名前なんて記号だよ。とにかく君とともだちなりたいんだ。庭に出ておいでよ」

「ぼくには無理だよ」男の子は少し考えて答えました。

「大丈夫だよ。月がこんなにきれいな夜は病気なんか吹っ飛んじゃうよ。 それより頼みたいことがあるんだ。 きみのくれよんでぼくと一緒に花にいろいろな色をぬって欲しいんだ」月の光を浴びて無数の白い花が庭のいたるところに咲いていました。

男の子は病気になる前は、外で遊ぶのが大好きな子どもでしたし、くれよんで色をぬるのも大好きな子どもでした。 こうして二人は白い花に色をぬりはじめました。 白い花に白い色をぬるとそのままですが、黄色いくれよんをぬれば白い色は黄色い花に変わります。 赤いくれよんでぬれば白い花は赤い花に変わります。二人は夢のような時間を楽しくすごしました。

東の空が明るくなりはじめました。

「ああ、もう時間だ。いかなくちゃ。いいかい、このことは誰にも言っちゃいけないよ。ぼくたち二人だけの秘密の仕事なのだから」

「うんわかったよ」

「それじゃ明日の夜も来るよ」

朝になって男の子の具合がよくなっているのに気がついたお医者さんはびっくりしました。 だって昨日までは起き上がることもできずに病室に寝ていたのに今日は元気に廊下を走り回っているのですから。

心臓に聴診器をあてては首を傾け、肺に聴診器をあてては首を傾け、 お医者さん看護婦さんそして男の子のおかあさんも不思議なことがあるものだとお互いに首を傾けながら話しあいました。

太陽は西に沈み、月は東から昇り、夜の十二時になりました。

「時間がきたよ。起きてちょうだい」庭から声が聞こえてきます。 男の子は二人で一緒に白い花をくれよんで色をぬりはじめました。途中で色をぬったところで夜が明けてしまいました。

次の日の朝も男の子の体がよくなっているのにお医者さんと看護婦さんは首を傾けながら不思議がりました。

三日目の夜も「時間がきたよ。起きてちょうだい」庭から呼んでいる声が聞こえます。

男の子は待っていたかのようにすぐに起きました。二人はすべての花にくれよんで色をぬりました。

次の日、すべての病室の窓から見える花はくれよんで色をぬったようにきれいに咲いていました。

きれいに咲いた花を見たみんなは春が来たことを知りました。

男の子のおかあさんも、花が咲いたのを知らせようとしましたが、男の子は笑みを浮かべて、手にくれよんを持ったまま死んでいました。

ろうそくの火が消える前のように、ぽっと命の火がついたのだとお医者さんと看護婦さんは話しあいました。


その二 おかあさんが消えた日

とても暑い夏の日です。小さな川の流れはおひさまの明かりをあびてきらきら光っています。 流れの先には小さな滝が七色の虹をつくっています。 いくつもの親子連れがこの小川に足をつけて涼んでいます。女の子もおかあさんに手をひかれて公園に遊びに来ていました。

「あついね。おかあさん」

「うん、あついね」おかあさんは女の子のお顔の汗を拭きながら答えました。

「アイスクリーム食べたくない」

「うん、ほしい」女の子は喜んでうなづきました。

おかあさんは女の子にここで待っているように言うと公園の外へ出て行きました。

しばらく女の子はセミの声を聞きながら小川に足をつけてぼんやりしていました。 でもすぐにもどってくると言ったはずのおかあさんがなかなか帰ってきません。

「おかあさーん」女の子は大きな声で呼びました。 もしかしたらおかあさんは女の子のことが嫌いになってどこかに行ってしまったのではないでしょうか。ふいにそう思えてきました。

「おかあさーん」だんだん心細くなってきた女の子は泣き出したくなりました。

涙をこらえて女の子はおかあさんを探しに行くことにしました。 小川のそばに絵本の館があります。女の子は半分泣きべそをかきながらそこに入って行きました。


古ぼけた薄暗いお部屋の片隅に気難しそうなおじさんが一人絵本の整理をしていました。 近づいていくとおじさんは女の子の前にかがみこんで顔をくしゃっとさせると「どうしたの? お嬢ちゃん。お名前は言えるかな?」とたずねました。

気難しそうなおじさんがそうして笑うと優しそうな顔になりました。心細かった女の子は何となく安心して自分の名前を答えました。

「おかあさんとはぐれてしまったのだね。困ったな」おじさんはつぶやきました。

「しばらくここで待っていたらどうだろう。おかあさんが探しに来るかもしれないよ。その間おじさんが絵本を読んであげよう」

おじさんは目の前の本棚から古くて大きな絵本を取り出しました。絵本には大きな文字で『おかあさんが消えた日』と書かれています。

絵本は女の子が公園で遊んでいるうちにおかあさんとはぐれてしまい、おかあさんを探 すうちに迷い込んだ不思議な世界で親切なおじさんと一緒に冒険をするというお話です。

なんだか自分のことが書いてあるみたいな不思議なお話に知らないうちに引き込まれて、 女の子はおかあさんとはぐれてしまっていることをすっかり忘れておじさんの話を聞いていました。


そのうちにおじさんの声が消えて、女の子を呼ぶおかあさんの声に変わっています。女の子は小川に足をつけてうたたねしていたのでした。

「絵本の館でおじさんにお話を読んでもらっていたの」女の子は目をこすりながらそうおかあさんに言いました。

夢を見ていたのでしょうか。それとも本当にあったことなのでしょうか。 絵本を読んでもらっていたことがとてもはっきりと思い出されて夢だとはとても信じられません。

アイスクリームを食べた後、女の子とおかあさんは絵本の館に入って行きました。

絵本の館の中は前と違って明るく、でもやっぱり少し古ぼけていました。 受付に若いお姉さんがいるだけで、あのおじさんの姿はありません。 女の子がおじさんはいるはずだと何度も言うものですから、おかあさんは受付のお姉さんにたずねてみました。 お姉さんは少し困った顔で昔ここに年配の男の人がいたけれど五年前、車の事故でおなくなりになったのだと答えてくれました。 そのおじさんはここで働いていた頃はよく公園で迷子になった子供に絵本を読んで聞かせてあげていたと言うことでした。

女の子とおかあさんは、その男の人はとても子供が好きだったのねと話しながら絵本の館を去りました。

お家に帰って行く女の子の手には今借りてきた古くて大きな絵本があります。

その絵本の名前は『おかあさんが消えた日』でした。


その三 白い砂漠

白い砂漠がありました。

砂漠は白いさらさらしたお砂がたくさん集まってできたものです。

砂漠の上には白いお月さまが輝いています。

お月さまの光は砂漠のお砂の一つ一つ優しく照らします。

白いお砂はお星さまのようにきらきらと輝きます。

お空にお星さまがきらきら、砂漠にもお星さまがきらきら輝いています。

このきらきら光るお砂は本当はお星さまで、ほんの少しおねむするためにこの砂漠まで降りてきたのではないでしょうか。

そして白い砂漠があんまりお空と似ているので、お空に帰るのを忘れたのではないでしょうか。

白いお月さまがお顔をのぞかしたころ、ほんの少し昔、お空を思いだしてきらきら輝いているのではないでしょうか。

白いお月さまは白い砂漠に良く似合います。

お星さまの欠片でできた砂漠だからお月さまと良く似合っているのかもしれません。


ある夜のことです。

白い砂漠を渡る大きな行列がありました。

お月さまの光は行列の影を白い砂漠に落としています。

その行列は駱駝をたくさん持っていました。

いろいろな物を駱駝に乗せていました。

いろいろな人が駱駝に乗っていました。

駱駝は長い間旅をしていたはずなのに疲れたようすを見せません。

白い砂漠を渡るために強い駱駝を選んでつれてきたのでしょう。

駱駝の両脇にはどこかの異国で創られた見事な壺がくくりつけられていました。

その壺には金と銀でできていました。

壺には見事な翡翠と瑪瑙の石が飾られていました。

壺の中にはもっと素晴らしい宝物が入っているのでしょう。

駱駝の上には男の人がたくさん乗っています。

男の人の腰には銀色の剣をつけています。

銀色の剣は月の光にあたってとっても綺麗です。

どの人も強そうです。男の人はどこかの国の商人さんかどこかの国の兵隊さんのように見えます。


そして大きな行列の真ん中に女の人がいました。

白い駱駝の上に白くて薄い布でお顔を隠した女の人です。

女の人の周りには勇敢でとっても強そうな男の人がいました。

男の人は女の人を守るようにしていました。

白い駱駝に乗る女の人は身分の高い人か、それともどこかの国のお姫さまでしょう。

どこかの国のお姫さまはどこかの国の王子さまに逢うためにはるばる長い旅をしてきたのではないでしょうか。

お姫さまの父さまや母さまはお姫さまのためにこの長い行列をくださったのではないでしょうか。

それでも心配で勇敢でとっても強い男の人をお守りにつけてくださったのでしょう。

優しい父さまや母さまの国はもうありません。

だってお姫さまのためにたくさんの強い男の兵隊さんをあげたので、国を守る人がいなくなってしまったのです。

優しい父さま、母さま、それほどお姫さまのことを愛してくださっていたのです。

どこかの国の兵隊さんはどこかの国のお姫さまを守って歩きます。

それにしてもなんて静かで美しい行列なのでしょう。

砂漠に生きる動物たちもこの美しい行列を邪魔しないように遠慮しています。

動物たちもただ遠いところからそっとのぞくだけです。

駱駝が白い砂漠にたてる足音がさくさくと音をたてているだけです。

お月の光はとっても綺麗ですけど、この行列には負けています。

姫さまの行列は美しい月の白い砂漠にしか見ることができません。

だって・・・・・・。


ああ、夜明けです。

遠くから太陽がお顔を出してきました。

白い美しい月は隠れてしまいました。

ああ、なんということでしょう。

駱駝が白いお砂になってしまいました。

強い兵隊の男の人が白いお砂になってしまいました。

そしてお姫さまも白いお砂となってしまいました。

そうです。

白い砂漠を渡るのに、とても強い兵隊の男の人でもお姫さまを守ることができなかったのです。

とっても太陽が強かったから、みんないなくなってしまったのでした。

優しい父さまや母さまがたくさんの兵隊さんをお姫さまにお与えになさったものだから白い砂漠を渡る前に、 みんなの大切なお水がなくなっていなくなってしまったのでした。

お姫さまの行列がとっても美しくて、とっても可哀想だったので、白いお月さまは哀れに思って、 太陽の出ないとっても綺麗な月の夜にだけお姫さまのために特別の魔法を使ってあげているのです。


太陽のお顔が出ると白いお砂になってしまうとっても儚く可哀想なお姫さま。


お姫さまはどこに行こうとしているのでしょうか。


白い砂漠の中で行くところも帰るところもないというのに・・・・・・。


その四 どこでもいそうな恋人同士

それは名前も知られていない小さな町でした。

だけども他の町に比べて美しいといったことではないけど、何か思い出を誘うような独特の美を持っていました。

それぞれの家の窓からもれる金色の灯り、空には銀色の星が光っていました。 そして町の一番大きな広場に大きなもみの木にさまざま飾りをつけていました。そうです。今日はクリスマス、みんなで神にお祈りする日です。

そして町の中をいろいろな人が歩いていました。みんな背中をまるめて歩いています。 そして色や形それぞれ違っているはずなのに、遠くからみると同じ服を着ているように見えます。

みんなそんなに急いで行く必要もないのに、お互いの身体がぶつからないように歩いています。

どこにもいそうな若い男の人と女の人だけがみんなと違って少しだけ近づいて歩いていました。

それからもみの木がある広場のベンチに二人はこしかけました。

二人はもみの木の前で歩いている人を見ています。

「寒いね」女の人は言いました。

男の人は女の人を見て少し迷っているようです。

男の人は小さくうなづきました。何を言わずに女の人の手をにぎりました。女の人は少し驚いたみたいです。少し笑って「暖かい」と言いました。

二人はお互いの手をあわせてしばらく歩く人を見ていました。

そんな二人を見て、みんな何が言いたそうだけど、何かを思い出すような切ない顔をして、何も言わずにまた歩き去っていきます。

「みんなこうすればいいのに」女の人はお互いの手を見て言いました。

「そうだね」男の人は静かに言いました。

「ねえ、あれを見て」女の人はもみの木に飾られた中で一番上の美しい星の飾りを指さしました。男の人も同じように見ました。

「たとえ創られたものでも美しいものはすばらしい」と女の人は言いました。

「美しいものはすばらしいと言えるのか」と男の人は言いました。

男の人の一言ですべての時間がとまったように見えました。

再び時間が動き出しました。

「どうしてそんなひどいことが言えるの」と女の人は言いました。

男の人は寂しげでどこか遠くを見つけているだけでした。

「二人でこうしていつまでのベンチに座って前を通りすぎる人をみていたね」と女の人は明るく言いました。

「もう止めよう。すべて昔のことだよ」女の人をさとすように男の人は言いました。

女の人は不思議そうに見ました。

「思い出してごらん。あの日のことを・・・・・・」男の人は静かに言いました。

「いや」女の人は言いました。

「終わっていたんだよ。もう怖くはないのだよ。みんな神の元に行っていたのだよ」男の人は女の人を優しく抱きしめました。

女の人は男の人の中で小さくうなづきました。

少しずつ、町が消え、歩く人が消え、もみの木が消え、そして抱きあった男の人と女の人も消えました。

二人の消えた後には小さなしゃれこうべが二つ残っていました。

しゃれこうべの上に花が灰色の空から静かに落ちてきました。

花は灰色の雪でした。

今は誰もいない世界中の町に灰色の雪は音もなく降り続けていました。

最終兵器でみんな神の元に行ったのでした。

何もない世界に独特の美だけが残っていました。