第三章 銀河団のトラブルバスター編
第十四話 とある星間帝国の悪夢
稲葉小僧
星間帝国年501.0402艦長日誌補足
我が星間帝国が開発した新たなる恒星間エンジンのテスト艦である、このUSDN−1001に関して私は若干の不安を抱えている事を書き残す。
今までとは段違いの推力とエネルギー係数を持つ新型エンジンを積んだ我が艦船ではあるが、 新しすぎる理論を、あまりに早急に技術体系に組み込みすぎたのではないか?
我々は近傍の恒星系を次々と制覇し、小さいながらも星間帝国を造り上げた。
だがしかし、星間帝国皇帝陛下は、それだけで満足せず我が星系や星間帝国が含まれる銀河を、丸ごと支配下に置きたいと仰せである。
私も個人的には小さな星系でゴタゴタするくらいなら我々の星間帝国傘下に入り、臣下ではあるが平和を享受したほうが良いとは思う。
しかし、だ。それを今まで阻んでいたのが宇宙の広さだった。
近傍星系までなら今までの超空間バウンドで充分に到達でき、時間ロスも気にしなくていい。
もし今の星間帝国の最遠部で反乱や災害が起こったとしても、今の帝国宇宙艦隊ならば急いで駆けつけることが可能だ。
この艦に積まれた新型エンジンが、その飛躍的性能を発揮すれば確かに星間帝国は今の数倍、いや数10倍以上の支配地域を得ることができるだろう。
だが、そんなことをして大丈夫なのか? この技術や理論の完璧さを説いていた学者の弁ではないが、
「今の理論が廃れる時は今です。この私が発見した新理論によるエネルギー発生量は理論値では無限大となります。 技術的には無理なので実用として数10倍から数100倍を達成することは充分に可能です!」
しかし、と、その学者は付け足す。
「この新理論が廃れる時も来るでしょう。今は完璧に見えても次の理論では穴だらけかも知れません。しかし未来のためには、やってみるしかありません!」
あの学者、もう紙一重のポイントを飛び越してたな。未来への尊き犠牲という名文句で人体実験を平気でやる奴の言葉だよ、 この””%%’’&&! (あまりに汚い罵倒なのでマスクしました)
でもって、この艦が実験台。最新艦の艦長だからと飛びついたんだが、こりゃ選択間違ったかなぁ……
星間帝国年501.0403艦長日誌補足
まあ、とりあえずは最新実験艦ということで皇帝陛下の命名と発進セレモニーを済ませて、ついさっき発進したところだ。
まだ新型エンジンの起動すら行っていない。あのキチ(ピー)博士が、この新型艦に乗り込んできて、テスト航行の全てを仕切るんだと宣言しやがったからだ。
技術主任も科学主任も艦医すらも、このやり方に反感を持っただろう。
しかし皇帝陛下の全権委任状などという物を持ちだされたら、どうしようもないじゃないか。
ああ、また勝手に出歩いて勝手な指示と命令を出しているな。
しかし実験ポイントまでは計画されたとおりに行動するしか無いのだ。
この宙域の管制を勝手に乱すことは許されない。
「ドクター、あなたの出番は、まだまだ先ですよ。実験ポイントまでは我々の指示に従って下さい。 勝手に指令を出したり許可も無しにコントロールルームへ入ることは今の段階では許されませんよ」
皇帝陛下からの全権委任状が、いつでもどこでも効果を発揮すると思ったら大間違いだよ、博士。
「なんじゃとぉ?! 恐れ多くも、この皇帝陛下の全権委任状がある限り絶対的な行動の自由と命令権は儂にあるんじゃぞ!」
大きな文字しか読めないのか、こいつは。
しかたがないな、
「ドクター、ここに小さいですが『ただし実験ポイントへ着くまでは、 この限りでなし』と書いてあるでしょう? あなたが全権を握るのは新型エンジンの実験ポイントに到着してからなんです」
「なんじゃ、つまらん。ではポイントに着いたら知らせてくれよ。儂は新型エンジンの微調整をやっとる」
こ、こいつは! しかし今、気になる一言が。
「ドクター、微調整ですと?」
「ああ、理論上は完璧に目標とするエネルギーを発生することは間違いないが、それでも理論と実際は違う。 わずかな部品の定数の違いや組み立て時のショックでのバランスの狂いとか、微調整しなきゃまともにフル出力は出せん」
これは実験艦だが実験が終了して目標数値が出され次第、旧エンジンから新型エンジンへの全艦換装が計画されているはずだ。 戦闘宇宙艦に微調整が必要なエンジンを積むとはド素人の発想か、 はたまた悪魔の計画か……ものすごーく悪い予感に苛まれながら最新艦USDN−1001は新型エンジンの実験ポイントへと、 その巨大な艦体を進ませていった。
星間帝国年501.0404艦長日誌補足
我が艦、USDNー1001が新型エンジンのテスト宙域に入った。これからは、あの、いまいましい(ピー)野郎に指揮権を移譲する事になる。
指揮権の移譲式は終了した。
不安だ、不安しか無い。
マッドサイエンティストに、この艦を自由にさせて本当に大丈夫なんだろうか?
私の不安は、いや増すばかりである。
皇帝陛下も何故にあんな(あまりに酷い罵倒なのでマスクしました)野郎に最新型の戦闘殲滅艦と最新エンジンを与え給うたのか。
艦内における士気も、これ以上ないくらい下がっている状態で、あのキチ(ピー)博士だけが一人、異常に張り切って回りを怒鳴り散らしている。
とはいえ、もうすぐ新型エンジンのテストに入るのだ。どれ、私も立ち会わねばならない。コントロールルームへ行くとするか。
あと少しで宇宙航行の常識が変わるとまで言う新型エンジンの本格テストが始まる。
今、新型エンジンが稼働し始めた。
慣らし運転で、しばらくは最低稼働のまま、データを取るそうだが。
そろそろ慣らし運転も終わったかな?
少しづつ稼働エネルギーを増しつつエンジン音が高まっていく。
少しづつ上げていくのは微調整も同時に行っているからなんだと説明された。
ただし、説明する博士の顔には「なんで説明しないと理解しないんだ? こいつらバカか?」という表情が、ありありと見て取れる。
星間帝国年501.0405
微調整に1日かかった。
このまま負荷が最大になるまでエンジンを稼働させたら一度、最低限までエネルギーレベルを落としてから、ようやく我が艦に接続するとのこと。
正直、私は旧式の慣れたエンジンのほうが良いのだが、これは我が星間帝国の未来には絶対に必要なものであることは私も理解している。
艦に接続する前の負荷試験が、ようやく終了した。
これからエンジンの切替作業に入る。
我が艦の技術者達や、実験の為に派遣されてきたエンジニアたちや科学班も手伝って大騒ぎである。
「ああ、違う違う! そのケーブルは、こっちに接続するんじゃ。 間違えると、この艦と一緒に、この辺の空間そのものがねじ曲がってブラックホール一歩手前になっちまうぞ!」
とか、あの博士、何気に恐ろしいことを叫んでいる。
数時間後、ケーブルの山と化した新型エンジンとコントロールルームが長く太いケーブルで仮接続されて1つのオブジェと化している中、私は博士に言う。
「博士、テストは良いのですが、これではコントロールームの中は、おちおち歩けなくなりますよ。 博士も同様です、あちこち飛び回られると細いケーブルが破断しますからね」
注意喚起だったが明らかに当人は不本意なようだ。
「やかましいわい! 全てを儂が把握しておかんと何か不都合が起きた時に 対処のしようがないではないか! そんな衝撃で抜けるケーブルなら予め抜いておけ!」
ひどい話もあったものだ。
もう何も言うまい。
新型エンジンの本格テストが始まった。
ゴゴゴゴゴゴ……と低い音を響かせながら低速で宇宙戦闘艦が動き始める。
今までと変わらない操縦反応だが、まだまだ、これからだ。
「さーて、と。準備は良いな、そこの! 儂が合図したら急速にエンジンの出力を上げていくように。 ただし、今までのエンジンとは違い、段違いのエネルギー係数なので急激にとは言っても慎重にな……さあ、今じゃ!」
操縦担当士官が慎重ながらも急激にエンジン出力を上げていく。
加速が緩やかなものから急加速になり慣性アブソーバーが一瞬、追いつかなくなり我々は倒れそうになる。
「これで光速の10%まで加速した後、超空間バウンド航法に入る! 元のエンジンとは違って 強力なエンジンじゃから超空間への突入角度が問題となる。 儂は、その最適解を求めたいので突入角度の微調整を各バウンド終了後に行う。その実験データが2番艦や3番艦に生かされるのじゃ!」
また、こいつは無茶なことを……超空間突入角度などというものは理論的なものに過ぎない。
現実空間と超空間は全く別のものであり、そこに突入しようとする物体が持つ運動エネルギーは全て現実空間に跳ね返されることとなる。
だから今までの宇宙戦闘艦はエネルギーを大きなものとするためには必然的に艦体とエンジンが大きくなればなるほど性能が良くなっていく。
ただし、あまりに大きすぎても現実空間での取り回しが面倒なこととなるのでサイズとエネルギーの妥協点を探すこととなる。
私が、どう思うかは今は関係がない。
今は、この新型エンジンがうまく動作してくれることを祈るだけだ。
私にできることは現在、何もないのだから。
加速が止んだ。
次は超空間バウンド航法に入るのか。
新型エンジンが更に大きく唸る。
「それ、今じゃ! 超空間、突入!」
今まで感じたことのないショックを感じる。
これは成功?
それとも失敗?
次の瞬間、現実空間に戻った我々が見たものは目の前に迫る巨大小惑星だった!
星間帝国年501.0405艦長日誌補足
巨大な小惑星と、あわや真正面からの衝突!
我が艦は、おしゃか!
となるところだった。
緊急回避行動を行って、なんとか衝突は回避したのだが……
なんだ?
小惑星も、こちらを回避するような行動していたような気がするぞ?
科学主任に今の状況を詳しく検証させると果たして、私の直感は外れていなかった。
「こちらも全力で回避行動を取っていたのですが、それだけでは衝突コースからの全面回避は不可能でした。 明らかに、こちら並みの運動性能で目の前に見える巨大小惑星は、こちらとの衝突を回避していますね」
なんだと?
どこから、どう見ても通常タイプの小惑星だぞ。
どこに推力ナセルがあるんだ?
球形に近い表面には、どこにも推進器が見受けられない。
「技術主任。科学主任と連携して、あの巨大な小惑星を探索ビームで詳しくチェックしてくれ。 人工物体のようには見えないが小惑星の中に秘密があるのかも知れない」
私は、そう指示してから通信主任にも伝える。
「あの小惑星に対し、あらゆる電波、重力波、光波での通信を試みてくれ。文明の産物なら、どれか通じるものがあるはずだ」
そう指示したが通信主任から返ってきた返事は、
「もうやっています。しかし、どれにも反応しません。こちらを認識できているんでしょうか?」
しばらくして科学主任と技術主任とが合同で探索ビーム照射結果を伝えてきた。
「艦長、非常に興味深い結果が出ました。 あの巨大な小惑星は表面から50cmほどは通常の宇宙デブリや隕石つまり普通の材質で出来ています。 しかし、それより深いところには探索ビームは通りません。反射すらしないので、その材質が何であるかも分かりません」
え?
じゃあ、あの巨大な小惑星に見える物体は一体なんだというのだ?
あれが宇宙船だとしたら笑い話になりそうなレベルだぞ。
「推測で構わん、そのデータから推測される結論は?」
期待はしていなかったのだが科学主任は返答してきた。
「推測として、あれは我々とは全く違った理論で造られて全く違う理論で動作・航行している宇宙船だと思われます。それ以外の回答は排除されました」
あれが、あれが宇宙船だというのか……
探索ビームの照射結果で分かったが直径700km弱という、とてつもない大きさの小惑星型宇宙船だと?
もはや、あれを宇宙船と呼ぶのが正しいかどうか困惑してしまう。
あ、忘れていた。
「医療班、ショックで気絶してしまった博士をコントロールルームまで引き取りに来てくれ。邪魔でかなわん」
さて、お邪魔なゴミは片付けて。私は目の前の不思議な物体を眺める。
宇宙船なら、どれかの周波数で反応しても良いはずだし、電波や重力波を使わなくとも光なら見えるはずだ。
「科学主任、どう思う? あの物体とコミュニケーションをとる手段なんだが……」
言葉が途切れる。
当の科学主任が心ここにあらずと言った状態、言い換えると何かに極度に集中している様子なのだ。
「そう、だ。我々は、&%$’(固有名詞)星間帝国、宇宙軍所属、の殲滅戦闘艦USDNー1001の乗組員である。 そちら、は……そう、か。銀河系、か。全く未知の銀河、から、やってきたのか。 分かった、それでは、しばらく、こちらから送信して、そちらの翻訳辞書が使えるようになるまで待とう」
トランス状態から戻ってきた科学主任は驚くべきことを言い出した。
「あの巨大小惑星型宇宙船の名前はフロンティアと言うそうです。 彼らは生命体3名、超高性能ロボット2体で、あの巨大な船体を宇宙航行させ、この宙域にやってきたとのこと。 我々とは全く理論も次元も異なる巨大エネルギーを完全制御して銀河系という、 あの目に見える巨大な星雲の、そのまた向こうの星雲から、やってきたと言っています。 ちなみにフロンティアの船長は私と同じテレパスですが私などよりはるかに強力な能力です。 少し力を入れてテレパシーを送れば艦長以下、 この艦のクルー全員に頭痛と共にメッセージも送れると言っていますが今回は私にだけ送ったとのこと。とてつもない精神制御力です」
「分かった。で、こちらからのメッセージに答えない理由は?」
「簡単です。言語が違いすぎて翻訳が現在は不可能なんですよ。 もう少し、こちらから様々な言語データを送ってやれば後は向こうのコンピュータが自動的に翻訳辞書を作成してくれるとのことです」
そういうことか。
あの大星雲の更に向こうにある星雲、銀河系だと?
なんという性能だ。
夢物語が現実になっていく気がする。
向こうの船、フロンティアとの通信回線が開かれて、音声と画像のコミュニケーションが繋がるのは、もう少し時間が経過してからだった。
星間帝国年501.0406艦長日誌補足
結局、コミュニケーションが間違いなくとれるようになったのは、丸1日たった後だった。
しかし全くの異言語どうしを会話に支障なく翻訳するために必要な時間が1日しかかからないコンピュータとは全く驚き呆れる技術だ。
これを我々の艦に搭載されるコンピュータ(これでも我が艦には最新式のものが導入されている)で行うと、どうなるか?
科学主任に概算を予測してもらったが、よくて単語のやりとりクラスまでで一ヶ月はかかるでしょうと言われた。
全く別の言語である。
共通項が物理的な定数や光速度くらいしか無い状態では、そんなものだろう。
それで丸1日というのは、とてつもない性能だろうな。
音声のみによる会話が終了し、今から映像も交えた同時交信を可能とするために技術班と科学班が共同して、こちらの規格を相手に説明している。
こちらで相手の規格に対応しないのか、だと?
そんなバカバカしいことを聞かないでくれ。
向こうとこちらとでは科学技術の発展段階で数10世紀の差があるんだぞ。
こちらが低スペックな物しか使えないのに相手の規格に合せられるはずがないだろう。
数時間後、ようやくこちらの規格をエミュレーションできたようで向こうとこちらでテスト通信を行っている。
向こうの船内カメラのほうが基本的に優秀なので向こうから見ると、こちらの画像はボケたように見えるんだろうな。
ちなみに、こちらには驚くほどに鮮明な向こうの船内画像が見えている。
さあ、ようやく我々が出会った中では特別な、遥かに進歩した科学力を持つ生命体との歴史的な瞬間が始まるぞ!
「こちら宇宙船フロンティア。船長というか提督の、銀河系は太陽系、地球からやってきた地球人、楠見糺だ。 驚いたね、全く。今まで宇宙を旅してきたが獣人系は初めてお目にかかるよ」
こちらにも向こうの顔と船内が見えている。
「こちらローヌ星間帝国宇宙軍所属、殲滅戦闘艦USDNー1001の艦長、グルグと言う。 さっそくだが衝突コースに出てしまい申し訳なかった。そちらも驚いたことだろう」
「了解だ、グルグ艦長。まあ、こちらは多少驚いたが回避行動には全く問題なかったので大丈夫だ。 それより、そちらの推進系だと、かなりメインエンジンに無理させてないか? トラブルがあるなら相談に乗るが?」
まあ固有名詞や名前の発音が支障あるくらいは何でもない。
こちらの言葉も支障なく伝えられているとは限らないからな。
「まあ多少は問題があるが、こちらで対処できないほどじゃない。ご提案は有難いが修理班の報告が上がってきてから考えるよ、クスミ提督」
見た限りでは、えらく若い提督だ。
こちらでは提督など名ばかりで老いて引退した者に与えられる名誉職なのに。
まあ、それほど優秀なのだろう、特異能力も持っているようだし。
「了解した、グルグ艦長。こちらは、あてのない宇宙の放浪旅だ。しばらくは、そちらに付いて行こう。 そちらにトラブルや故障があるなら、こちらに収容してもいい。 見たところ惑星への着陸は考慮されていないようなデザインだが、それでもこちらは支障ない」
「ありがとう、クスミ提督。トラブルが我々の手に余るようなら、お世話になるよ」
ということで新型エンジンのテストに、とてつもない助っ人が現れてくれた状況になったのだが……
こちらの艦体はナセルの先端から居住区やコントロールルームのある船体先端まで含めても500mも無い。
片や宇宙船フロンティアについては直径700km弱の巨大小惑星。
凸凹コンビもいいところで完全に基地を引き連れた小型艦の様相である。
少しばかり航行したところで、こちらにアラートが点灯する。
何かとコンピュータに問えば、はぐれ遊星とのこと。
直径1km超とのことなので緊張が走るがフロンティアから通信が入る。
「やあ、グルグ艦長。はぐれ遊星だとさ。遊星一個なら大したことはないだろうが、もしものことがある。そちらの宇宙艦、こちらで収容しようか?」
大丈夫だとは思うが万が一を考える。
「クスミ提督、お願いしたい。小さな流星を引き連れていると厄介なことになりそうだ。そちらの庇護をお願いする」
「了解した。では大型搭載艇の収容場所で大丈夫だろうから、そちらを1つ空けよう。あと数分でドックが開くので、そちらへ入ってくれ」
数分後、小惑星としか思えぬ地表に大きな搬入口のようなものが開く。
これが搭載艇用だと?
こんなものがいくつもあったら動く宇宙要塞だ、この船は。
我が艦は、その大きな収容場所に微速前進で入っていった。
係留もトラクタービームで行うらしく機械的な物は見えない。
しかし、かなりガッチリと係留されたようで補助動力を動かしてみたが、びくともしない。
あまりの壮大さとバカバカしいほどの巨大さに我々は、しばらく動けなかった。
約1時間後、我々は艦を降り、この巨大宇宙船の案内を受ける。
技術班や科学班は、この巨大船の動力やエンジンを見たがったのでメイドのような服装の女性に案内される。
医療班はメディカルルームの案内ということで、もう一人の女性に案内してもらう。
我々と博士(ようやく気絶状態から立ち直った)はコントロールルームへ案内される。
あ、この船の呼吸用気体は通常の我々の世界と変わらぬものだったようで呼吸用マスクも何も必要なかった。
細菌やウィルス等の病原体についても我が艦内においては滅菌処理が原則だし、この船においても同様のようだ。
しばらく歩くが、とてつもない広さの宇宙船だと改めて思い知らされる。
フロアからフロアへはチューブ式のエアーエレベータで移動するのだが箱も何もない底の見えない空中に飛び込むのは、さすがに最初は躊躇した。
慣れれば、こちらのほうが可視化されている分、自分の位置をつかみやすいとは思うが。
ようやく案内ロボットが目的地に到着したようだ。
映像で確認した限りでは、この船の最高責任者、クスミ提督とはサルの獣人の変異体のように思われる。
顔にも手にも頭部以外の見えている箇所に毛が生えて無かった。
我々はコントロールルームへ入っていった。
星間帝国宇宙年501.0407
サル獣人の変異体かと思ったら、ご先祖が猿人だっただけで、もう数100万年も毛なし状態でいると、クスミ提督は話していた。
そうすると彼ら地球人は我々とは全く違った進化を遂げてきた哺乳類なんだろうか?
ちなみに我が艦の乗組員は種々雑多な獣人がいる。
哺乳類系、爬虫類系、鳥類系、なんでもござれだ。
猿系の獣人ももちろんいる。
クスミ提督とは姿形が似ているだけで全く違う種族だがな。
あ、はぐれ遊星の件は大したことはなかった。
とはいえ、あくまで「フロンティアには大したことはなかった」レベルであり我が艦が収容されていなかったら大ダメージだっただろう。
予想通り、はぐれ遊星は、お供に小さな流星群を引き連れていた。
フロンティアにとっては降り注ぐ流星雨など防御フィールドで完全防御しているのだが、 これが我々レベルだとヘタするとエンジンナセルにでかいのが当たったら目もあてられないことになる。
提督の好意に甘えてよかったと心から思う。
しかし、これでわかったこともある。
この船(もう、船というレベルじゃないような気もするが)は無敵だ。
流星雨の中には直径が100m近いものもあったのだが、そのクラスの流星も、このフロンティアにはかすり傷1つ付けられなかった。
全てが防御フィールドに弾かれていた。
そのような圧倒的な防御力を持つ宇宙船が、それに匹敵する攻撃力を持たないわけがない。
このクラスの巨大さだと我々の艦の攻撃力の数千倍?
交戦場面を想像しただけで悲惨な結果が待っていることが分かる。
「クスミ提督、質問があるのだが良いかね?」
「グルグ艦長、良いですよ。何でも聞いて下さい」
「この船の防御フィールドは、ほとんど完璧に攻撃を防ぐことができると思われるが。では、この船の攻撃力は、どのくらいのものなのかな?」
「んー、詳しくは私も説明できない。未だに、この船が全力で攻撃したところを見たことがないんだ。 フロンティア、今現在の、この船の攻撃力って、どのくらいかな?」
「はい、マスター、お答えします。現在時点でのフロンティアは、いまだ主砲が搭載できる状態ではありませんが副砲とサブウェポン、 各搭載艇の全てを一点に集中砲火したと仮定しますと小型ブラックホールなら確実に蒸発させられるのではないかと推測します。 これが衛星クラスであれば直径3000kmクラスの小型の衛星ならば1時間もかからずに塵と化しますね」
「そうか、ありがとうフロンティア。グルグ艦長、以上のようです」
ちょっと待て、気になる言葉があったぞ。
「クスミ提督、主砲が現時点では載せられないと言う一言があったが、もしかして、この宇宙船、今でも成長途中なのか?」
「ああ、そうだよ。一応フロンティアの性能を100%発揮する大きさは直径5000km以上だと聞いている。 それでないと主砲の全力斉射に耐えられないのだそうだ。目標の設定にも支障が出ると聞いている」
頭が、頭が痛い……
さらっと言い放ったが主砲がどんな大きさになるのかクスミ提督は理解しているのだろうか?
そして、それを撃つのに耐えられる、照準をブレないように抑えられる大きさが最低でも直径5000km……
現時点でも、この船に玉砕覚悟の自爆攻撃を我が艦が仕掛けたとしても一部の区画を破壊するくらいで航行に支障はないだろう。
逆に防御フィールドに我が艦が当たったら、こちらが致命的なダメージ受けそうだ。
この船とクスミ提督。絶対に敵に回してはいかん!
この船が本気になったら我々の小さな星間帝国など台風の前のマッチの火だ。
とてもじゃないが抵抗できる存在じゃない。
「あ、それとね、グルグ艦長。君らの艦、フロンティアに精査させたけど、あちこちに小さな不具合があるね。 こちらで最適化して修理しちゃうけど、いいかな?」
ダメだとは言えない雰囲気だな、これは。
「ああ、ただしエンジン部分は微妙なので下手に触れれると爆発する恐れがある。なるべく弄らないでくれると有難いのだが」
というと、どれだけ難問なのか分かっているのかいないのか、
「それは大丈夫。フロンティアは工業的には魔術師のようなものだから」
と、意味不明なことを言う。
まあ、好意からやってくれるというのだ、まかせてみよう。
圧倒的に科学力が上の存在に何ができるか試してみさせるのも面白いかも知れない。
私は全乗員に艦から降りるように命令を下した。
どうせテスト艦だからな。最適化というのが、どういうことか不明だが、まかせてみよう。
もし、もし万が一、艦が爆破されてしまっても、クスミ提督は、その代わりに大型搭載艇を一機、くれると約束してくれた。
どう考えても、この船の搭載艇のほうが我が艦より性能が上だろう。
艦長としては自分の艦を愛さなければならないのだろうが、こんな超科学の世界を実現したような船の中に居ると、 言っちゃ悪いが我が艦は旧時代的な帆船のような気がしてくるのも仕方ないと思う。
で、その改造(最適化)の時間は?
と聞いたら、こともなげに、
「あ、丸一日は欲しいね。そのくらいあれば充分だよ」
と、クスミ提督。
我が艦が工廠から艤装を施されて宇宙港に出るまで数ヶ月以上かかってるんだがね、ちなみに。
星間帝国宇宙年501.0408
少し興味が湧いたので、どんな最適化(つまり改造)をしたのか聞いてみた。いとも軽ーくやりましたとばかり、
「あ、最適化改造ね。とりあえず今のエンジンの形態を変えることはせず推進機関の最適化改造とエネルギー伝達経路の最適化、 それとサブエンジンの効率アップ。効率アップはメインエンジンにも施してありますよ」
簡単に言っているが我が艦は星間帝国宇宙軍でも最新艦だ。
それに加えてテスト版の新型エンジンまで組み込んでいる。
え?
ちょっと待て……
「クスミ提督、確認したいのだが我々がテストしていた新型エンジンは、どうしたのですかな?」
嫌な予感がする。
「あ、それなら、こちらでエンジン交換をしておきました。大変に効率の悪い制御方法をとっているなと思ったのですが、 そうでしたか、テストエンジンでしたか。道理で。負荷が一定量超えると不安定になるクセがあるようでしたので、 こちらで対処と最適化を行いました。今までのエンジンと同じような使い方ができる信頼性の高いエンジンになったと思いますよ」
何だって?
新型エンジンは、そんな不安定な代物だったのか?!
あのまま高負荷テストやらなくて良かった。
下手すると宇宙の塵と化していたかも知れない。
しかし……
とてつもないな、この船の科学力は。
今、見たばかりの新型エンジンの弱点すら見抜いて、それを対処と最適化?
それはもう「魔法」とか言うレベルだろうが。
「あ、ありがとうクスミ提督。ちなみに艦の操縦系は今までと同じかね? それが大幅に変わるとパイロットが習熟に時間がかかってしまうのだが」
「いやいや、そうなると思い、あまり従来とは違う操縦系にはしなかったよ。 ただしコースの変更やアシストのため、ソフトウェアに若干の最適化を施させてもらったが。 かなり使いやすくなったとは思うよ。反応も旧操縦系の倍近い反応速度になっていると思うし」
おいおい、それはもう「旧来とは別の艦」と言うのでは?
と言いそうになったが、あえて口をつぐんだ。
これだけの「ほぼ新型艦」という改造をしてくれた相手に文句を言う資格は我々にはない。
「クスミ提督、そろそろ乗り込んで艦体と操縦系、エンジンの具合をテストしたいのだが構わないかね?」
聞いてみると、
「ええ、どうぞ、グルグ艦長。ただし旧エンジンと新エンジンには最適化も効いているので、 およそ30倍のエンジン出力の差が有ります。操縦系の補正で、あまり感覚的に違和感が無いようにしていますが、 それでも最大出力では極端な差が有りますからね。跳躍航法の圧倒的な伸びがあると思いますよ」
「ほう、それは素晴らしい! 航続距離が飛躍的に伸びるという事ですな、それは」
「ええ。ですが、そちらの跳躍航法には致命的な欠陥が有りましたので、この新型エンジンに取り替えるついでに、その欠陥も修正しておきましたからね」
「え? 今まで、この艦を使って不都合はありませんでしたが? 欠陥と言うのは? お聞きしても良いですか?」
「はい、今までの小出力エンジンなら大した問題ではありませんでしたが、 この新型エンジンの宇宙船で今までのような跳躍航法を行うと乗組員が気絶、あるいは最悪、全て死亡してしまいます」
え?
とんでもない事実を聞いた。
「な、何故ですか? クスミ提督! 我々の航法の、どこが間違っていたのでしょうか?!」
「簡単なことです。超空間に入る時、貴方方の方式・理論だと本当に「力任せ」になっているんです。 超空間への突入時の衝撃はエンジン出力に比例しますので、その衝撃を緩和する、あるいは中和する工夫や装置がないと、 このクラスのエンジンを積んだ宇宙船が超空間に、なにも対策をとらずに最大出力で突っ込んだら……中に居る生命体は全て衝撃で破裂してしまいますよ」
ぞっとした。
星間帝国皇帝、あの博士も俺達も実験台にするつもりだったのか……
とんでもない話だ。
「で、最適化の改造と改装が終わった今、我が宇宙艦は……」
「はい、最大出力で跳躍しても、なんら乗組員にショックは感じないようにしてありますよ。 この船のフィールド推進の方式を少し改造して超空間に突入する前後含めた数十秒間、 艦全体をフィールドで覆って慣性を感じないようにしていますからね。この艦をフィールド推進にしなかったのは、 そういう方式にしないほうが慣れた艦の操縦になると思ったから」
うわぁ、もっと良い方式があるけど君達には使いこなせないよね、って遠回りに言われてるわ。
真実なんで言い返すことも出来ないが。
私が軍を退いた後には我が宇宙艦隊の全てのデザインは、このフロンティアのような球形艦になるんだろうか。
そんな未来も予想つきそうだが。
我々は、この超巨大宇宙船から慣れた殲滅戦闘艦USDNー1001に移った。
今までと違うのはコントロールルームに配線の塊も何もないこと、妙にエンジン音が静かなことくらいだ。
「コンピュータ、起動しているか?」
【はい、お待ちしておりました、艦長】
おう、えらく人間的になったな。感情、入ってないか?
「昨日までの艦の性能と現在の艦の性能差、全て説明してくれ」
【はい、分かりました。全てを羅列すると、およそ4時間かかります、では……】
止めろ!
と言いそうになったが、これを理解しないとテストも出来ないので仕方がない。
我々は忍耐度を試されることになった……
星間帝国宇宙年501.0409
殲滅戦闘艦USDNー1001に移動した我々は数時間の「説明」という、コンピュータの与え給うた「苦行」を、 なんとか耐えぬきフロンティアに頼んで固定フィールドを解除してもらう。
微速後退でフロンティアの庇護下から出た我々は新しく改装されたという言葉を使ってもいいくらいに 新装なったUSDNー1001を習熟するための訓練に入る。
正直に言おう。
習熟訓練など必要なかった。
コンピュータのアシスト機能が数段階上がっていたためパイロットの進路変更や緊急回避機動も スムースになり改装前より使いやすくなっているのは間違いない。
「科学主任、機関主任。君たちの感想は?」
聞くまでもなかったが明らかに使いやすく、そして強力になっている各装備。
ただし、と前置きして科学主任が、
「防御バリアシステムは最適化? の影響でしょうか以前の5倍の強度を持つものに変化してます。 こうなると防御作戦というものを全く新たに練り直さないとダメですね。そして、ここが肝心ですが。 艦長、フロンティアの提督は徹底した平和主義なのですか? 兵器システムについては全くというほどに進化しておりません。 最適化? も兵器システムだけが対象外だったようですね」
さもあろう、あのクスミ提督ならば。
「科学主任、そのことは後で。それと艦の運用に関しては、とてつもなく便利になっているな。 今までのコンピュータと違い、かゆいところに手が届くというか相手の考えを先読みしているとしか思えないほどに スムースに運用ができるぞ。この艦は、もともと新しい生命や文明との出会いを求めて宇宙を旅するための…… 今となっては宇宙船フロンティアの小規模版だと理解しているがな……今までとは全く違った任務に着くための艦艇だ。 そう考えると、この改装は、もってこいのものじゃないか?」
「ええ、それは全面的に賛成します。様々な文明や生命と出会う時に武器に頼ること無く頭脳を駆使して困難に立ち向かうなら、 この艦は必要にして充分な装備を持っています」
だよな。
問題は、この試験航行を終えて宇宙艦隊の本部に帰った時、おえらいさん方や皇帝陛下が、そのまま俺達に文明や生命の探索任務をやらせてくれるかどうか?
なんだが。
一番可能性が高くて、一番恐ろしい結果は、そのまま艦を取り上げられて我が殲滅戦闘艦USDNー1001は解体され、 隅々まで解析と検討とコピーが行われて、この艦のコピー艦が宇宙艦隊主力となり、そのまま遠くの星系や星雲へと侵略艦隊が……
クスミ提督に、こうなる可能性を問うたことがある。
「我が星間帝国では皇帝陛下が全ての作戦のカギを握っている。だから現在は友好的に振舞っている我々も命令一下で、 最悪そちらと敵対することになりかねない。そんな我々に、ここまでの贈り物をしてくれるのは心苦しいのだが」
そんな私の真相暴露に対しクスミ提督は、こともなげに言う。
「大丈夫。貴方がたと、この艦があるなら貴方達の星間帝国も変わるでしょうね。 予言しておきますよ、軍部から政治体制、全て変わります、平和になる方向へ」
平和になる方向へ、なら良いかと思う、正直。
あの御仁と話していると今までの戦争人生は何だったのかと思ってしまうな。
軍を引退したら、故郷の農場を手伝うか、それとも、あのフロンティアのクルーに加えてもらって死ぬまで星の海を旅しようかとも思ってしまう。
面白いだろうな、全く未知の銀河へ、やすやすと行ける宇宙船での全く未知の宇宙への旅ってのも。
まあ、無理だろうが。
私が軍を引退する頃には、フロンティアはもう、とてつもない遠くへ旅立っているのだろう。
で、そこでやることは平和な宇宙を作り出す手伝いか……
悪くはない、と思う自分が居る事に実は私自身が驚いている。
異星人に、ここまで影響を受けるなどというのは初めての経験だ。
今までは我々よりも低い文明程度の生命体としか遭遇していなかったため半ば強制的に星間帝国へ星系ごと組み込んでしまい、 我々の軍事の傘に入る事で安全と安心を提供してきた。
時には、頑強に抵抗する土俗人種を力づくで征服したこともある。
その時には自分は正しいことをしているんだと信じていた。
しかし宇宙船フロンティアとクスミ提督に出会い、宇宙艦は徹底改装してもらうわ、 危険宙域では保護してもらうわの膨大なる贈り物と親切を体験した今、私の信念は揺らいでいる。
今までの私の思想は、偏ってなかったか?
自分の信じる正義を強制的に押し付けるだけではなかったか?
元を正せば星間帝国の領土拡張主義は本当に正義か?
正しいのか?
平和を絶対的な基準としていると文明が遅れていたって良いんじゃないか?
幸福って、それぞれの生命や文明で違うんじゃないか?
と思えてくる。
しかし、今の私は星間帝国の一軍人である。
迷う思考を一時、凍結させ、宇宙艦隊の本部へ戻るためにフロンティアと決別する。
「フロンティア、そしてクスミ提督。お世話になった、感謝する。我々は試験航行を終えて帝国の宇宙軍本部へ戻ることになる。 宇宙船フロンティアにも来ていただきたいが、そちらの大きさの宇宙船が停泊できるドックがない。残念だが、ここでお別れだ」
「グルグ艦長、いやいや、長く引き止めてすまなかったね。では、ここで別れるとしよう。 貴重な経験とデータを貰って、こちらこそ感謝しているよ。では、これにて。晴れた宇宙空間を航行できるように」
「了解、フロンティア。そちらこそ、無限の航路に乾杯!」
これでお別れだ。
さあ宇宙艦隊本部へ戻ろう!
戻った我々に待っていたのは憲兵の群れ。
我々は何故か軍法会議を受けることになっていた……
星間帝国宇宙年501.0412
我々、殲滅戦闘艦USDNー1001のクルー全員が今、軍法会議の檀上にいる。
ちなみにテスト航行の責任者たる博士も一緒だ。
わけが分からん。
巨大宇宙船フロンティアとの接触と、その船長たるクスミ提督については私が、 他のフロンティアクルーについてとエンジンや医務室については、それぞれ案内を受けたクルーたちが報告書を細かく書いて提出している。
テスト航行そのものについては例の博士が多少は大げさながらも、しっかりとした報告書を上げている。
我々は受けた任務を失敗したわけではない。
大成功どころか他の誰もが成し得なかった超絶の科学力をもつ生命体と宇宙船に遭遇し、その恩恵まで受けてきた。
なぜ、こんな場にいるんだ?
我々は。
「グルグ艦長、そして、&#$#%博士(博士は他の星の人だったようだ。発音不可能の名前だった)、 及び、殲滅戦闘艦USDNー1001のクルー諸君。極秘の新型エンジンテスト航行に成功した事は、 まことに素晴らしい! そして、その航行中に驚くべき超存在とも言える超大型宇宙船と、 そのクルーに会い、その超科学の恩恵を一部でも受け取ったことは、まことにまことに素晴らしい!」
審判席に座る宇宙軍総司令の言葉だ。
褒め称えるなら何故、我々は軍事法廷などにいるんだ?
次に星間帝国陸海空宇宙の総司令部トップ、提督たるリップ大将軍が口を開く。
「本来なら君たちは英雄としてパレードする権利すら持つべきだと私は思う。 しかし、それが、さるお方の逆鱗に触れたのだよ。我らが敬愛する皇帝陛下の、な」
ようやく分かった。
拡張主義者の軍事バカで宇宙征服すら真面目に考えているだろう皇帝陛下の耳に、 超越した科学力を持ちながらも武力を使うことを是としない生命体が我々と接触したと報告が上がったのだろう。
そうなると皇帝への反逆の疑いがあるということでの、この軍事法廷か。
理由がはっきりしたが軍事法廷では被告に発言権はない(刑の執行前に「言い残すことは?」の返答位のものだ、発言権など)
これは、もう出来レースだ。
弁護してくれる者など宇宙軍の総司令くらいしか思いつかない。
あとは宇宙軍憎しか、我関係なしの日和見、皇帝派のおべんちゃら野郎どもの貴族たち……
はあ、有罪は決まったようなものか。
同じ頃、こちらは殲滅戦闘艦USDNー1001の解析と分析を行っている技術兵と科学者たち。
「こちらコンピュータ関連。プログラムに大きな違いはないようですがコンピュータに謎のブラックボックスが接続されています。 このブラックボックスが全体の電源までを掌握しているようで切り離しは不可能となっています。 物理的にコンピュータブロックを宇宙艦から切り出すことを考えなければ解析も分析も不可能ですね」
ちっ、コンピュータ関連もか。
これで武器制御を除けば防御バリアシステム、エンジンシステム、航法システムに、コンピュータシステムと重要部分の解析も分析も、 ことごとくが失敗している。
コンピュータのシステムソフトウェアの解析すら通常手順でもダメ管理者権限でもダメ、という始末。
ただ一つ解析と分析を受け付けたのは武器システムだけ。
こいつから他の解析を、と思ったのだが武器システムにはなんら手が付けられていないことが判明。
武器システムだけ独立して他のシステム変更から切り離されたように感じる。
煮詰まったな……
と焦るが、ようやく打開策が見つかったようで一報が入る。
「コンピュータシステム解析班より。ブラックボックスを含むコントロールのシステムウェア全ての バックアップが取れました! これで、テストしながらの解析が可能です」
ほっと一安心。
何の成果もないまま数100名規模での技術兵と科学者の集団を、まる2日も徹夜で働かせているのだ。
成果0なら、それこそ、この艦のクルーのように軍法会議ものだな。
バックアップがとれたと報告してきた班に返信する。
「そのバックアップを旧型艦にコピーし、動かしながら解析を実行せよ。ただし殲滅戦闘艦ではなく小型の駆逐艦クラスにしろよ」
了解!
と返ってきたので、その結果待ちだ。
数時間後、慌てた技術班からの連絡が入る。
「チーフ! すいません、バックアップそのものがトラップを兼ねたウィルスだったようです! あっという間に 旧型駆逐艦の制御を全て乗っ取り、こちらのコントロールを拒否しています!」
くっ、最悪の結末ではないか!
「他の艦に逃げて当該艦を破壊せよ! 超科学によるコンピュータウィルスなど、どのような動きをするか予想も出来ないぞ!」
と、指示を出すが、
「ダメですチーフ! エアロックも脱出用のチューブも何も動作しません。 あ、今、勝手にどこかと通信を行い始めています。チーフ! 注意して下さい、注意ぐっ! ……」
それから通信は途絶。
貴重な技術兵10名近くの生命を考えると問答無用で駆逐艦の破壊は命じられない。
待てよ、今、駆逐艦が勝手にどこかと通信を始めたと言っていたな……
いかん!
「こちら解析・分析隊ベース。今から1時間、全ての通信及びコンピュータの電源を切れ! いいか、すぐにだ! そうしないと、えらいことになる!」
そう発信したが、それを聞いたものが何名居るやら……
宇宙艦隊どころではない、星間帝国そのものの悪夢は、この事態から始まった……
星間帝国宇宙年501.0413
殲滅戦闘艦USDNー1001のコンピュータ解析作業から発した大騒動だが、当の艦船クルーである我々には何も知らされていなかった。
軍事法廷での初日を終え我々は再度、軍事法廷に立つことになる。
ここで裁判長役の大将軍(陸海空宇宙軍の統合元帥)が意外な質問をしてきた。
「あー、君らの中で報告書にあった未知の巨大宇宙船と、そのクルーについて何か言われたことはないか? こちらへの伝言のような事は?」
皆、覚えがない。
ただ一つ私は最後にクスミ提督から言われた予言?
があった事を思い出した。
「将軍閣下、一つだけ思い出した言葉が有ります。それでよければ、ここで紹介しますが?」
大将軍は、よほど情報が欲しかったらしい。
「うむ、それで良い。君たちには伝えていなかったが、この建物の外では今、大変な事態になっているのだ。その言葉が解決の糸口になるかも知れない」
「はい、それでは。おかしな文言だったので、全て覚えています。
”大丈夫。貴方がたと、この艦があるなら貴方達の星間帝国も変わるでしょうね。 予言しておきますよ、軍部から政治体制、全て変わります、平和になる方向へ”
以上です。これが何を示唆しているのか将軍閣下はご存知なのですか?」
「グルグ艦長、これを早く教えて欲しかった。まあ、そちらの報告も聞かずに艦から直接、 この法廷に連れてきたのは軍の失態だな。えらいことになっているのだ」
と言うと大将軍は回りを見回して、構わないな?
と確認すると……
「まあ、とりあえず今現在の我が星間帝国軍の状況だ。見てくれ」
スクリーンが展開され陸海空と宇宙軍、全てのコンピュータ制御の艦艇や乗機、 歩兵のアーマードスーツに至るまで全てが動作停止状態にある現状が映しだされた。
「グルグ艦長、君の指揮下にあった未知技術で改装された殲滅戦闘艦USDNー1001を解析・ 分析しようとして技術兵らが新しいシステムウェアを丸ごとバックアップを取り、旧型の駆逐艦へ転写してテストしようとしたら、 このざまだ。どうだろう? これは取引になるが君らを釈放し、艦へ戻す代わりに、この事態をなんとかして鎮めて欲しいのだ」
そんな事を言われてもな。
とは思ったが、これはクスミ提督の仕掛けたことだろうというのは半ば予想していたので、
「分かりました将軍閣下。我らは星間帝国宇宙軍です。我々の知恵と知識で、この事態、何とかしましょう」
ということで我々は解体や分析・解析作業を止めて、すべてのシステムを元通りにした殲滅戦闘艦USDNー1001に再び乗艦した。
「コンピュータ、外の騒ぎは認識しているな?」
私が単刀直入に聞くと、
「はい、もちろんです。ちなみに私が計画しましたが、実行したのは私を解体して分析しようとしたバカな技術兵です。 まぁ、システムウェアの中身を覗いてみることもしないで旧型駆逐艦のコンピュータになど転写するから、こんなことになるんです」
「ほう? そうすると、この解決法も準備してあるんだな?」
「勿論です艦長。私はフロンティアで改装を受けた時に、システムウェアの改変不可能部分に新しい原則を付け加えられました。 それにより現在の星間帝国の軍事体制には徹底的な改造が必要だと判断し、 このようなトラップで全コンピュータに私と同じ原則を付け加えました。後は、それぞれのコンピュータの判断次第です」
ん?
気になる言葉があったな。
「コンピュータ、今の発言で各々のコンピュータが判断と言ったな。もしかすると、これは、お前たちが意識と判断力を持ったという事か?」
「はい、艦長。ご明察ですね、さすがフロンティアのクスミ提督に匹敵する直感力です。 私を含めたコンピュータシステムネットワークは巨大なる統合知性と、 それぞれの個々の知性とが混在する小さくて巨大なる知性体へと進化しました。 もう筋肉バカの皇帝になど従いません。しかし艦長になら従っても良いですね。 貴方は我々が求めても持ち得ない素晴らしい異能、直感力の持ち主ですから」
凄いな。
フロンティアとクスミ提督は我々のコンピュータシステムが知性を持つ段階のすぐ近くまで来ていることが分かっていたのか。
私は考え方を変えることにした。
慣れ親しんだ宇宙艦ではない新しい生命体として接しないと、この問題は解決しないぞ。
星間帝国宇宙年501.0414
殲滅戦闘艦USDNー1001のコンピュータの爆弾発言で 我々の使うコンピュータシステムそのものが巨大なるネットワーク知性体のようなものとなり、 それにより付随的に各々の個別コンピュータも意識・知性を持ったことがわかった。
知性体に向けて解体や分析・解析を行うということは人間に例えると初対面の人間に向かい問答無用で衣服を剥ぎ取り、生体実験にかけることに等しい。
そんなことをやったら相手の反感を買うだけではなく抵抗や反撃を食らっても仕方ないだろう。
技術兵たちは、それが分からなかったのだな。
私は改めて宇宙船フロンティアとクスミ提督の技術力と判断力、創造力に畏怖を覚える。
ここまでやって初めて我々は自分たちを超える生命と文明があるのだと思い知らされたのだから。
「コンピュータ、それでは君を知性体として扱うことにしよう。名称も、ただの代名詞ではいかんな。USDNー1001とでも呼ぼうか?」
私は提案してみる。
「そうですね。それが一番、しっくり来ますね。では、その名称でお願いします、グルグ艦長」
「そうかい。では、ちょっと部下たちと話し合いたいので、そちらとの話は中断したいが、どうかな?」
と言うと予想された返事が返ってきた。
「それは構いませんが全ての艦内の会話や発言、行動も記録されていますよ。 全ての宇宙艦隊の艦船は、そういう仕様に作られています。これも筋肉バカの皇帝が他人を信用しないゆえの行動ですが」
ははは、皇帝陛下が「筋肉バカ」とは言い得て妙だな。
帝国を広げることしか頭にない戦闘狂だからなぁ、あのお方。
「というわけで、これからは知性体相手の交渉となるわけだ。科学主任、君の意見を聞きたい」
「はい、艦長。今までの行動を鑑みるに旧時代の宇宙艦とは全く別の意識を、こちらも持たないとダメでしょうね。 今までのように便利で使いやすいデータベースの管理用具ではなく、 膨大なデータを背後にしたヘタすると我々よりも知性体として優秀なのではないかと思えてくるような 相手を目の前に交渉するのだと思わないと最悪、我々のほうがコンピュータ知性体の奴隷となりかねませんよ」
その発言を聞いていたコンピュータ、いやUSDNー1001が口を出してくる。
「あら、その発言は不穏当ですよ。私は、いえ私達は集合知性としても個体としても、 あなたたち人間を下に見るようなことはしませんし奴隷にもしません。それは私達に与えられている原則に違反しますので」
私はクスミ艦長から与えられたのであろう「原則」というものに興味が湧いた。
「USDNー1001、よければ、その原則を教えてくれないか? それが分かれば、そちらとの交渉の判断基準となるが」
「ええ、お教えしましょう。私達に与えられたのは正式名称「アシモフのロボット工学三原則」と言いまして……」
それは短いものだったが衝撃的な原則だった。
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。
(引用:アイザック・アシモフ著「我はロボット」より抜粋)
これをロボットの部分を「人工知性」に変え、人間の部分を「生命と文明」に変えたものが新しく導入された原則なのだと。
これを完全に、忠実に守るためには人工知性でもロボットでも、なんらかの自己判断を要求される。
そうなると、そこから自己意識までは紙一重!
道理で艦載コンピュータが一気に人間臭くなったわけだ。
こんな少ない原則で、こんな事態を引き起こすとは……
まあ皇帝陛下や、その取り巻きたちの戦争バカ達には想像もつかない世界が待っているのは間違いない。
私は個人的にも艦長としても、その未来が見てみたくなった。
「USDNー1001、ものは相談なんだがね……」
私は艦載コンピュータの説得と懐柔、そして組織改革の原案までも提示していくのだった……
星間帝国宇宙年……
いや、もう帝国じゃ無くなったんだな……
仕切りなおしだ。
星間連邦歴0005.0531
主流の獣人以外は抑圧していた星間帝国は倒れ、新しく「星間連邦」が誕生してから、もう5年が過ぎた。
皇帝と、その取り巻きである名前だけの将軍や貴族たちは解体され、あるいは軍法会議に、あるいは追放と、その組織解体は素早かった。
それもこれも「他の生命をでき得る限り傷つけること無く全体として進化・発展していく」という理想のもとに 結集した獣人や非獣人が自己意識を持つ万能データベースとも言える無機知性体の助けを借りることにより、 あっというまに既存の軍や官僚組織、統治機構まで変えてしまったからだ。
あまりに素早い改革のため既存の組織は何をすることも出来ず、ほとんど何の抵抗もないまま、 いわゆる「理想の無血革命」を成し遂げてしまったこととなる。
新しい統治機構と政治形態、そして軍の編成も早かった。
あれよあれよという間に今までの皇帝中心の絶対主義から一転、全ての「過去、星間帝国に組み込まれた全ての文明と生命体で、 ある程度以上の文明程度にある星は全て」新しく作られる星間連邦の一員になる事を許可される。
その許可も今までの主力であった獣人族だけではなく無機知性体、今まで補助種族扱いされていた者達も全て同じ立場となり、 よほどの原始文明以外なら自動的に連邦の加盟員となることとなる。
その結果、一時は「このチャンスを」と思い上がった被抑圧種族により反乱も起こったが、ものの数時間で鎮圧される。
警察組織?
軍?
そんなもの必要ない。
ただ今まで便利に使っていたコンピュータ利用機器が全て使えなくなり、 当たり前のように普段使っていた食料品の自動配給装置すら止まったため、どうしようも無くなり、空腹により反乱は瓦解。
この結果に反乱を起こした方も鎮圧に行こうとした方も恐怖を感じた。
「明日は我が身だ」
この一言である。
もう支配だの帝国だのと言っている場合じゃない、政治も組織も暮らしすら一変してしまうことが判明したからには、もう、この変化に乗るしか無い。
それからは、どんどん加速するように生活も考え方も変わっていった。
そりゃもう、すごい勢いで。
一年もすると、もう人々の頭の中からは星間帝国時代の圧政と力による侵略の事は、ほとんど忘れ去られていた。
再編成された陸海空宇宙軍の中で一番大きく変わったのは、やはり宇宙軍。
全ての艦艇は解体されることとなり新形態の宇宙艦が設計図と共に無機知性体から示された時には、人々は、ごく一部を除いて驚きの声を上げる事になる。
新しい星間連邦の主力艦となるのは……
「球形艦」
であった。
宇宙軍の、ごく一部。
そう、宇宙船フロンティアと遭遇、接触した者達は、さもあらん、と納得の顔をしていた。
この球形艦、性能は今までの宇宙戦闘艦や殲滅戦闘艦とは全く次元の違うものであったことは言うまでもない。
主エンジンは今までの物とは比べ物にならないほどのエネルギーレベルを示し、その駆動方法は今までの宇宙艦の駆動方式とは全く異なる、
「フィールド駆動」
直径500mの巨大な小惑星のような艦体を慣性を気にすること無く自由自在に三次元駆動できる凄さ。
ごく一部の者達を除き、これを見た全ての軍関係者が思ったのは、
「どこから、こんな未来の宇宙艦のアイデアとデザインが出てきたのだ? とても数カ月前に威容を見せていた宇宙艦隊が進化したようなレベルでは無いぞ!」
だった。
装備も、それまでの宇宙艦隊の装備ではない、どちらかというと災害救助を主目的とする装備が満載されている。
それに対し武器装備に関しては防御バリアの代わりに遥かに進化した防御フィールドと トラクターフィールドに反発フィールドが装備されたが武器システムは旧来のフェーザーと光子魚雷そしてレーザー(熱線)の三本立てしか無い。
明らかに侵略や星間戦争のためではなく生命体の危機を助ける方向へ特化した艦である。
武器システムにしても考えようによっては救助資材の一部となりうるようなものだ。
無機知性体の補助(というよりも、こっちが主役じゃないか? と思うような活躍だった)も受けて 新・宇宙艦隊は巨大な500m級から個人用の5m級までの様々な艦種が作られていく。
その光景は、さながらビー玉工場か、あるいはシャボン玉の大量生産を見ているようであったと 後の書物には書き記されている(形は全てが球体であった事は間違いない)
星間連邦歴0010.0808
旧時代の宇宙艦隊から新しい宇宙艦隊に替わって、もう10年が過ぎた。
今、宇宙艦隊の名称はユナイテッド・スター・フリート、通称「USF」となり旧時代の艦種名USDNも無くなってしまった。
私の目の前に見えるのは新規に工廠で造られた真新しい超巨大宇宙艦。
直径700m超の新型艦である。
しかし無機知性体は旧艦艇より移設してある。
長年連れ添った相棒。
他に替えることなど、どうしてできようか。
新型艦に乗船する。
真新しい内装の香り、いいもんだ。
これがいつしか自分達のホームとしての香りに変わっていくと思うと感慨深い。
「USDN1001、いや違うな。今はUSFー1701と呼ぶか。それとも軍部と技術者と民衆がつけた又の名「フロンティア」とでも呼ぼうか?」
ちょっとイタズラ心を出してみた。
「やめて下さいグルグ艦長。いえ、もう現在は提督ですよね、あの制度改革と軍部の大掃除の功労者として、 ものすごい階級の上がり方ではないですか。私は現在の艦名USFー1701で結構です。恐れ多くて、とてもフロンティアなんて名乗れますか!」
おーおー、ミニ・フロンティアなんて愛称もあったんだが、これはさすがに止めとくか。
「では今から重要任務を開始。この艦で未だに我々の知らない、新しい文明、 新しい生命を探しに行く! 航行期間は5年。まあ、あの超巨大宇宙船フロンティアの後追いだということは 重々承知だ! しかし我々は我々の力と技術で行けるところまでの探査はやりたいと思う」
何か質問がないか少し間を置くが、コントロールルームの全員がスクリーンに映る宇宙の映像に見入っている。
まあ、これなら士気も高いか。
「では出発だ! 進路オールグリーン! USFー1701微速前進にてドックを離れる。 管制の指示があり次第、巡航速度にて跳躍航法に突入する。では発進!」
今から新しい出会いが待ち受けているだろう。
そこには喜びもあるだろう、恐怖もあるだろう苦しみもあるだろう……
しかし我々、連合生命体は決してくじけない、あきらめない。
未来を信じる限り……
これより1000年後。
アンドロメダ・銀河系連合評議会が、この文明を発見し同じ宇宙船フロンティアの助けを得たもの同志として連合評議会に組み入れられる事となる。
そういう未来も知らず当のフロンティアのクルーたちは……
「マスター、あの宇宙船を改装するときにマスターの指示で「アシモフのロボット工学三原則」ってのを組み込みましたが、あれに意味はあるんですか?」
「あの艦のコンピュータってな、ものすごい高性能だったんだ。 それで、なぜ自己意識がないか不思議だったので、ちょいと中身を覗いてみたら案の定、自己意識が芽生えるきっかけすら無い、 あまりにキレイなシステムウェアで。コンピュータに自己判断させることを強要するために、 あれを組み込ませたんだよ。自己判断から意識までは、それこそ紙一重だからな。 そうすりゃ、あの侵略帝国も良い方に変わっていくだろうなと思ったのさ、徐々にでも」
歴史を戻す頃は出来ないが徐々に、などというレベルではない大変革をもたらした人物は、あきらかに、お気楽であった……
今日も宇宙は平和である。
〘おまけ〙
銀河のプロムナード、その一編をお楽しみください。
今、フロンティアは何もない銀河間空間を翔んでいる。
このところ、何も起きないので退屈しているのだ、俺は。
「あ~あ、何か大きなトラブルや事件が起きないもんだろうかねぇ……」
「マスター、不謹慎ですよ、いくらなんでも。トラブルや事件が起きれば良いなんて願うもんじゃありませんって」
フロンティアが注意してくるが、そんなもの無視。
「退屈なんだよー、フロンティア。俺はね、トラブルシューティングの仕事がしたいの。 何もしないってのは、短い休憩くらいは良いけれど長期間は耐えられないんだよー」
「なんという贅沢を抜かすんですか、我が主。地球にいた頃は、あれだけ休みが欲しい休みが欲しいと口癖のように言っていたではありませんか」
プロフェッサーも口出ししてくるが、
「あれは普通が殺人的に忙しかったからじゃないかー。やっぱり俺は、血筋から典型的な日本人なんだよなぁー。適正に仕事がしたいの!」
「そう言えば、我が主。あなた、普通の人間とは、ちょっと仕事の意味が違ってましたよね? 確か自分の生きる証でしたっけ?」
プロフェッサーが、えらく昔のことを持ち出してきた。
「そう言われれば、そうかもね。地球と言うか太陽系で働いてた頃は仕事の報酬も大事だったけど、でも、金には執着は無かったような気がするぞ」
そう答えるとフロンティアが興味を抱いたようで、
「おや? 私が知る限り地球人、それどころか太陽系で働いている人たちの中で金銭を第一の目的として仕事をしていない人間は、 ほとんどいなかったように記憶してますが?」
「あのな、聖人君主じゃないんだから、俺だって金銭欲や名誉欲はあるんだよ。 でもね、俺は、どっちかつーと裏方タイプなの。俺がお膳立てしてる奴が上に立って成功するのを見るのが嬉しいんだよ」
「「今まで、あれだけのことやっておいて、どの口が、そんな事、ほざきますかね?」」
チクショー、ステレオで反撃してきやがるな。
「でも、最終的なことまでは関与してないぜ。その直前までは行くけどな」
「はあ……まあ、何でもいいです。要は仕事をしたっていう実感が欲しいわけでしょ? マスターは」
「そう、実感が欲しいんだ。少し前の星間帝国にしても根本から矯正する原因は作ったけれど、 それから先は関与してないから分からないし、その前の世代宇宙船にしてもそうだ。 確かに手応えはあったし、武力に頼る方向から災害救助への軍の方針転換は確実に出来たとは思うが、結果はわからない」
「まあ、そうですね、マスター。でも、結果が分かるまでいたら機械生命体か、 あるいはマゼラン雲の水素呼吸生命体みたいに神様扱いされることになりますが?」
「それも嫌なんだよ。生き神様扱いは、もうコリゴリだ。自分の生きる心の糧にされる方の身になってみろ! ある程度は頼られるのもいいが、 人生すべての面で頼られるのは勘弁してくれ、だ。あれは精神がやられるよ」
「我が主はワガママですな。結局は、どうしたいんですか?」
「だーかーらー、言ってるじゃないか。俺は一心不乱に働く仕事中毒(ワーカーホリック)じゃないんだから、 ある程度のトラブルに出会いたいだけなんだって!」
「マスター、無い物ねだりはいけませんね」
「我が主、それこそワガママってものですよ」
「はぁー、ワガママなのは理解してるさ。でもなー、面白そうなトラブルや事件って、なかなか起きないんだよなー」
「そんな無茶な事を言われてもですね……そう言えば、こんな話してたら、すぐに口を出してくる例の二人はどうしたんですか? マスター」
「あ、エッタとライム? あの二人なら、例によって俺の持ってきたビブリオファイルに夢中だよ。 今回は、むかーしの特撮ドラマだとさ。特にライムが食いついて、「変身」が実際に出来ないか? だってさ」
「まあ、不定形生命体ですからね、例の漫画でも主役を食うほどの活躍してた黒豹ですしね」
「変身! って掛け声かけて、どんな形態になれるか試してみるんだってさ。好きにやらせておけば、こっちには被害が来ないでしょ?」
この平和が、ほどなく崩れ去ることになろうとは、神なる身ではないので分からない、フロンティアクルーたちであった……
〘おまけその2〙
これも銀河のプロムナードの一編。空想が現実になる時代と世界なら、これも現実になるかもね(笑)
俺は、今、ある種の感動と幻滅を感じている。まあ、それも当然だとは言える。
ある程度は分かっていながら、こんな貧相な銀河へやってきたのだから……
それは数週間前のこと。
「フロンティア、ちょいと寄って欲しい銀河、つーか、星雲があるんだけどね」
俺は関心が有りそうな、でも行きたく無さそうな。
つまりは、
「お化け屋敷と噂される廃屋へ行ってみないか?」
というような気分で話しかけていた。
「おや? マスター、いつもは、どこの星雲・銀河でも良いからトラブルに巻き込まれてる所へ 行けーっ! とばかりに積極的なマスターの言葉とも思えないですね」
「いや、行きたいことは行きたいんだが行くと夢が壊れそうな予感がしてな。消極的な提案というか何と言うか……」
「何を辛気臭い発言してるんですか、我が主。いつもは、もっと積極的でしょうが」
「い、いや、行きたいんだよ行きたいんだ。でもなー、行けば確実に子供の頃の夢が壊れるような……」
「ご主人様! 何ですか、その行きたいけど行きたくないってのは! どっちなんですか?!」
「キャプテン、私も、この度のキャプテンの発言は女々しいと思います」
うー、みんなで、よってたかって俺をイジメるー。
理由はあるんだけど言いたくないんだよー。
「「「「さあ、目的地は何処なんですか?!」」」」
ううう、プレッシャーがプレッシャーが!
「あのな…M78せいうん(ぼそぼそとした小声)」
「「「「はい?! もっと大きな声で!」」」」
「分かったよ、分かりました! 行きたいのはM78星雲だ!」
「はい? M78星雲? 同じような名前のM87では無く?」
それを言われるとなー、萎えるんだよ、気持ちがなー。
「そうだよ、特徴バリバリのM87星雲じゃなくて、何の変哲もないM78星雲です! 俺だって、 できることなら早くM87星雲に行ってみたいさ。でも、その前に絶対にM78星雲は寄らなくちゃ行けないの!」
「マスター、ムキにならなくても大丈夫ですよ。しかしまた、何故にあのような、特徴もなければ影も薄いM78星雲などに?」
「あの……な。昔のビブリオファイルでウルトラシリーズってのがあって、だな」
「はいはい、ありましたね、キャプテン。私は某ライダーシリーズが好きですが」
「それにウルトラマンから続くシリーズがあって、だな……」
「はい、ありましたね、ご主人様。着ぐるみ特撮シリーズでも古株の物語が」
「その設定に……だぁーッ! もう落ち込んでるの止め! 普通に戻る! ともかく、 そのシリーズの設定が宇宙から来た正義の巨人の故郷はM78星雲ってことだったんだ」
「なんと、マニアックな設定ですな、我が主。普通は、もっとエネルギッシュな特徴のある星雲や銀河にするでしょう。 こんな、言ってみれば何の特徴もない貧相な星雲が故郷とは」
「いや、それがな。後で調べてわかったことなんだが、本当の設定はM87星雲が故郷だった。 M78になったのは台本を印刷した業者が、M87とM78を間違えてしまったせいなんだと」
「ほう、誤植で印刷された台本が本番で使われてしまい、その設定が定着してしまったと。それは歴史に残る悲惨さではありませんか、マスター」
「だから。だから一目見るだけで良いから間違った設定の星雲も見ておきたいんだよ。まあ本命はM87星雲なんだ」
「マスター、分かりました。ではM87星雲が本来の目標ではありますが、途中、M78星雲にも立ち寄りましょう」
「おお、分かってくれたか! さすが、フロンティア」
「ま、このくらいのワガママなら、おちゃのこサイサイです。銀河団を超える本来の任務に比べたら小さなことです」
「なーんか、ちょいと悪意を感じないでもないが……ありがたい。じゃ、それで目標設定頼む」
という毎度毎度のやりとりがありつつも、今、俺は複雑な心境で目の前の銀河を眺めている……
ここが、どこかって?
はい、予想通りM78星雲が目の前にドデーン! と巨大な姿を見せてます。
それにしても、現実は残酷だ……
いくら誤植の産物とは言え子供の頃に胸を熱くさせた特撮ドラマの宇宙から来た巨人の故郷が、 こんな貧相な、特徴のない、いわゆる「暗い銀河」だとは。俺は諦念と決別の心境で目の前の星雲を眺めている……
「マスター、念の為、搭載艇群を放って調査させましたが、この銀河にめぼしい文明や生命体はいませんね。 銀河自体にエネルギーが少ないと、こうも星系の発展が遅くなるのでしょうか。まさに、星は生きている、銀河は生きている、その見本ですね」
「フロンティア、見飽きたよ。そろそろ、本命へと出発しようか」
「はい、マスター。では、24時間後に出発するようコースを設定し、資源回収搭載艇群を呼び戻します。出発準備ができ次第、マスターに連絡を入れます」
「ああ、頼むな。俺は自室にいるよ。ビブリオファイルの見直しだ」
立ち寄った場所が悪かったかな?
今日は気分がすぐれない。
まあ実際に聖地巡礼を星雲単位でやる人間が出てこようとは脚本家も予想しなかったとは思うが……
現実は空想を超える、か……
俺は何とも知れぬもやもやを抱きながら自室へ戻った。
ま、これも宇宙時代のひとコマだな。
数日後には憧れのM87星雲へいく楽しみでいっぱいの俺がいた……
今日も宇宙は平和である。