第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章
第二十一話 銀河団を渡る旅、そして、新しい目的地へ
稲葉小僧
一年間の、ほとんど何もない宇宙空間の航海は、しかし、あまり退屈しなかった。
この時とばかり、俺は2隻の宇宙船(巨大合体宇宙船ガルガンチュアを構成するフロンティアとガレリアのことだよ)の船内構成や動力源、 武装や内蔵装置類にしても習熟しておくことにしていたので毎日が退屈する暇もないほどに忙しかったのだ。
銀河団を超える旅はフロンティアにとっても主たる命令を実行するための絶好の時間と空間を与えてくれる。
フロンティアは嬉々として観測と測定に勤しんでいる。
一方、ガレリアは星も何もないために資源探査任務が一時停止状態、暇なようで。
俺は、この時とばかりガレリアへ質問する。
「ガレリア、こういう時でないとゆっくり聞けないからな。改めて質問したいんだが、君らの主動力って、どういうものだ? エネルギー源は?」
ガレリアは待ってましたとばかりに笑顔で答える。
「主よ、その質問を待っていました。マスターとして知っておいてもらいたい第一のことですが、 外部へは秘密となっています。マスター権限を持つ者へ知らせるのは大丈夫ですが、 それ以外の者への公開は禁じられています。まずは、それを知っておいてもらいたい」
おっ?!
ユアアイズオンリー
ってか。
「大丈夫。ここまで異質な技術で造られている宇宙船なんで、そういう秘密があっても不思議じゃないと思ってたよ。公開はしないから安心してくれ」
「はい、了解しました、主。では、まずは銀河間駆動までのエネルギー源と、その駆動方法から、お話しましょう」
ん?
「ガレリア、今、おかしな言い方したな。惑星間、恒星間、銀河間までの駆動方法と、銀河団を渡る駆動方法、エネルギー源は違うのか?」
「その通りです、主。フロンティアも私も駆動方法とエネルギー源は同じように造られています。 まあ、これが形や大きさは違えども「兄弟姉妹船」と言われる所以ですが」
「へぇ……そうなのか。動力部分と駆動部分は同一の工廠で造られたんだな、そうすると。根本が同じだから兄弟姉妹船という事か」
「そうです、主。では、詳しい話に移りますね……まずは、銀河間駆動までの比較的短い距離の駆動方法の場合ですが、 これは主の銀河でもよく知られている「跳躍航法」を使います。まあ、エネルギーの規模が違いますので、 一緒にできないほどの差はありますが。これに要するのは、いわゆる「物質=エネルギー変換」動力となります」
「ふむふむ、いわゆるウランやプルトニウム原子炉のようなものかい?」
「まあ、同じような原理ですね。ただし、どんな物質もエネルギー化するのと、その逆も可能という点での違いはありますが」
「え? あー、そうだった。デブリや小さな流星群を捕獲して、船内の空気や備品、食料も作ってるんだったな」
「そうです、主。ただし銀河団を渡るような大距離の場合、跳躍航法では、やろうと思えば可能ですが、 跳躍後に出現する地点の計算時との誤差が馬鹿になりませんので、跳躍航法は使いません。 同じく跳躍航法までに用いる物質=エネルギー変換動力も、必要とするエネルギー量の問題で使えません」
「そうか……考えてみれば、その通りだな。じゃあ、どんなエネルギーを使って、どんな航法で銀河団を跳ぶんだ?」
「その前に、主。主は、多元宇宙理論というのをご存知か?」
「ああ、この宇宙と同じような、けど、少しづつ違う宇宙が、 無限に近い数で存在してるって理論だろ? でも、その宇宙同士は出会うことはないはずだが?」
「正解です、主。実は、銀河団を渡るような巨大なエネルギーを要する場合には、 我々の主動力が自動的に、次元間差動エネルギー発生装置へと切り替わります」
「次元間差動エネルギー発生装置? なんだい、それは?」
「詳細は理論段階からお話しなければならないのですが、手っ取り早く言うと、 多元宇宙の無作為の一宇宙と、この宇宙のエネルギーや温度、明るさ等、何でもいいから差が出るようなものを選んで、 その差を利用してエネルギーを産む装置です」
「その、任意の宇宙からエネルギーを貰ってるわけじゃないんだよな?」
「はい、主。その宇宙のエネルギーが、この宇宙より大きなエネルギーであればそれも可能ですが、 相手の宇宙のエネルギーが、こちらよ小さい可能性もありますので、どちらにしても利用できる「差」の方を選んでいるわけです。 効率は確かに下がりますが、こちらと向こうの宇宙に影響を与えにくいという事で、このようなエネルギー発生方法を選択しました」
「ふーん……面白いね。さすがにシリコン生命体の考えた宇宙船だけのことはある。遠未来の宇宙の事も考えているというのが凄い発想だな」
「お褒めに預かり恐縮です、主。製作者も、さぞかし岩の影から喜んでいることでしょう」
「製作者は、亡くなっているのかい?」
「いえいえ、存命だと思います。個体寿命が数億年の種族ですので」
「あっそ……しかし、凄い技術力と発想力だよなー。あ、銀河団を渡る航法は?」
「はい、主。それはこれから、お話します。このような巨大エネルギーを使い、どうやって銀河団を渡るかというと、超空間の小さな球体を作るのです」
「ん? 超空間って、異物が侵入できないからバウンド、跳躍するだけなんだろ? 超空間の球体?」
「跳躍航法は、この宇宙を突き破って超空間の弾力性に飛んだ壁に体当りするような航法ですね。超空間の球体を作る航法は、 それとは違い、宇宙船を超空間の泡のような物で囲むのです。もちろん、目に見えるようなものじゃありません。 しかし、この泡で包まれた空間は、超空間と同じ特性を持ちますので、その中でのアインシュタイン理論は通用しません。 光速の限界も、ほぼ無いと言えるようなものとなります」
「だから、銀河団を渡るような超遠距離を跳ぶ場合には、このような跳躍に頼らないほうが誤差も出ないから良いということか」
「正解です、主」
「でも、じゃあ、なんで普通の銀河間を渡るのに、この航法を使わないんだい?」
「はい、主。ただ単に、消耗するエネルギーの多さと、効率の問題ですよ」
「ん? あ、そうか! 跳躍だと、瞬間的にはエネルギー消費が多いが、跳躍してしまえば後はエネルギーを消費しない。 それに比べて、超空間の球を作るこちらは常に大きなエネルギー消費を強いられるのか」
「はい、大正解です、主」
「しかし、そこまで違うのかい、この航法を使った場合のエネルギー消耗率は」
「はい、主。計算上では100倍、実際に使用した場合の消耗率は、超空間球の質の問題で、およそ150倍近い差が、跳躍航法との間にあります」
「質の問題? なんだい、それ」
「理論上で考えられる超空間球と、実際に作ることのできる超空間球とでは、その空間の質に差があるのです。 理論的には超空間内部では光速は無限大になるはずなのですが、今の私達の技術レベルでは光速度が有限の物しか作れません。 そのため、球体の維持にも余計なエネルギーが必要になるのです」
「ふーん……ここまでの未来技術で造られた宇宙船にも技術力の限界があるのか……」
「まあ、今の超空間球でも光速度の限界は、この宇宙の1000万倍ですけどね」
「そこまで出せるなら何の問題もないと思うけど……あ、もしかして、フロンティアとガレリアが行う予定だった超銀河団を跳ぶ実験ってのは……」
「はい、ご明察ですね、主。この、超空間球の質を上げる実験です」
ふー、とんでもない種族だな、シリコン生命体って。
しかし、将来的には、この問題を解決しないと管理人に許可を貰っても超銀河団を渡る事は不可能……か。
俺は、まだまだ遠くに見えるけど、着実に近づいている目標の銀河団を見ながら、そんな事を思っていた。
僕は、いつも思っていた……
この星を旅立てたら、何処へ行こうか……
あの、ひときわ明るく光る星へ行こうか、それとも、夏になると見える星や冬になると見える星に行こうか……
そんな空想ばかりしてる子供だった。
そんな子供の空想を抱いたまま、僕は、いつの間にか大人になっていた……
「オットー1258、また天体望遠鏡なんて覗いてるんですか? いい加減にしないと、風邪ひきますよ!」
僕の住む独身寮には、管理人のオバサンが居る。
口は悪いが、その言葉は僕らに対する優しさから来ていることが分かっているので、僕らも悪くはとらない。
「あ、はーい、すみません! もう片付けて寝ますので!」
そう返事をすると、オバサンは納得したようで、寮母室へ戻っていく。
そうか、もう、こんな時間か。
今日は、このくらいにしておこう。
明日もあるし、ね。
僕は、個人用では大型と言えるだろう、結構な大きさの反射型天体望遠鏡を片付け始める。
重量も大きさも、けっこうあるので、据え付けも片付けも肉体労働だ。
ちなみに僕の趣味は、コメットハンター。
聞きなれない名前だと思うが、民間の彗星ハンターである。
まあ、彗星だけじゃなくて、未確認の小惑星でもいいんだけど。
夢は、僕の名前が着いた彗星や小惑星の発見だ……
「マスター、もう少しで目標の銀河団に到着します。とりあえず、到着後に各部の点検とチェックに入りますが、どこか近くの星系に寄りますか?」
「うーん……どうするかな? 点検とチェックに時間かかるようなら、何処かの星系に少し落ち着いてベース拠点でも作るけど」
「主、こなした距離と使ったエネルギーが、通常の規模じゃありませんので、点検とチェックとは言え、かなり時間を取ります。 船自体でチェックと点検は可能ですが、その間、ガルガンチュアは動けませんよ」
「ふむ、そうか。じゃあ、久々に、まったく違った銀河団で初めて訪れる星系での生活を、ちょいとエンジョイしてみるかね」
俺が、そう宣言すると、フロンティアとガレリアが、
「すいませんが、我々はチェック作業に入らせていただきます。本体だけですと、ちょいと不都合な点検やチェック作業もありますので」
と。
しかたがない……
「それじゃぁ、久々に、4名で星系に向かうよ。エッタ、ライム、プロフェッサー、準備は良いかい?」
宇宙船ぐらしに飽きてたのもあったのだろう、俺含め4名は、すぐさま小型の搭載艇に移り、手近な星系に向けて航行を開始。
〈それじゃ、行ってくる。修繕箇所があれば、ついでに直していいぞ。その辺りは全面的に任せる〉
と、命令権の一部移行をしておく。
了解!
と、フロンティアとガレリアの両方からテレパシーで返事が来る。
銀河団を超えるって長旅の間に、テレパシーやサイコキネシスを強化する訓練をしていたため、 今では10光年の半径内にある思念なら、例え異次元思考体でも補足できるようになった。
サイコキネシスについては、5000tまでの物体ならば自由自在に持ち上げて空も飛ばせる……
一言で言うと「歩く戦略兵器」だね。
まあ、自爆もしないし、戦いに使う気もないけど……
使う可能性があるなら、やはり災害や事故の救助作業かな?
そんなこと考えながらも、手近な星系へ向けて搭載艇は跳んでいく……
久々の星系訪問。
銀河団が違うとは言え、生命体の住む星には違いない。
俺達は、何かワクワクしながらも、その星に向かって行くのだった……
今夜は晴れていて、下界の灯りも少ない。
絶好のコメットハント日和だな。
僕は、いつもの反射式望遠鏡を、いつもの方角へセットして、夜空を眺める……
ああ、いつか僕も、あの宇宙へ行けたらなぁ……
ありゃ?
ボケっとしてて、何かを見間違えたかな?
天体望遠鏡で眺めている宇宙空間が、何だか歪んだみたいな……
そんな馬鹿な?!
しかし、このレンズは特注で、端へ行っても歪みがほとんどない最高級品のはず。
その証拠に、その空間部分以外は、普通に恒星の光が見えているし、付近にある小惑星も最大倍率にして影になっている……
と、すると……
今、僕が見てる、この空間の歪みは何なのだろうか?
巨大な衛星クラスの物体が透明な物質でできているとすれば、このように縁が歪むのも理解できる。
しかし、そんな馬鹿な!
一応、小惑星の配置図は手に入れているので、ここに衛星クラスの物体など存在するはずがない。
こりゃ、何だ?
天文台の知り合いに電話して、この付近の空間をサーチしてもらうように要請するのだが、
「あのなぁ、そんなタワゴトで天文台の通常業務を変更するわけにゃいかんのだよ」
一言のもとに、上司に断られたらしい……
向こうから謝罪電話がかかってきた。
こちらも、完全な認識じゃないから、すまなかったねと相手に謝ったのだが、そうすると、どういうことなんだろうか?
しばらく観察していると、そこから小さな物体が飛び出した!
驚きだ。
巨大なる衛星規模の物体は、そうすると母艦?
飛び出したのは、搭載艇?
まあ、そんな空想話に浸る僕でもなかったが、ふと気になって、飛び出した小さな物体を追いかけることにした。
しばらく観察していると……
とんでもないことに気付いた。
この小さな物体、完全に宇宙を飛んでいる!
しかし、その飛行原理が全くわからない。
なにしろ、制御された飛行ルートなのだろうが、化学ロケットの噴射炎も見えなければ、 それよりも高度なイオンエンジンロケットの独特な色の噴射も見えない。
しかし、こうやって見ていても速い!
なんらかの宇宙航行方式を使用しているのだろうが、何だろうか?
それに、もっと奇妙なことに気がついた。
通常の宇宙ロケットのようなデザインではない。
球体のロケットなど、聞いたことがない。
空想物語世界のことだろうと思っている(いた)僕は、過去の自分にビンタを食らわせてやりたい。
こんな現実があるんだぞと、過去の自分に言い聞かせてやりたい。
ちょっと待て。
この、小さな球形宇宙船(もう、推測でも何でもない、事実! 球形の宇宙船だ)って、目的地が……
僕らの星じゃないのか?!
角度と速度のベクトルを天体図に書くと、目的地が、ズバリ! この星だと示される。
おいおい、この宇宙にいる生命体、それも知的生命体は数少ない、今の時点では僕らの星が、銀河広しといえども時間的には唯一なんじゃなかったのかい?!
興奮してきた。
おっと!
倍率を低くしても外れるようになってきたな、目標が。
こりゃ、ものすごい速度なのかも知れない。
天体望遠鏡から、低倍率ではあるが広角の双眼鏡に切り替える。
もう、双眼鏡でも見える。
天文台の知り合いに、方角を知らせて、確認しろと言ってやる。
もう、ここまで見えるんだ。
見間違いじゃない。
すぐそこまで来た!
月軌道の内側へ入ってきた。
深夜なのに、あっちこっちでラジオやテレビの画像・音声が聞こえ始める。
「……みなさん! 今すぐに東の空をご覧ください! 明るい月の光に照らされて、 謎の飛行物体が、この星に向かって飛んできます! 宇宙人の乗った宇宙船か? あるいは、 今までデータになかった彗星、流星なのでしょうか?! 幸い、この星に近づくにつれて速度が落ちているようですが、まだ安心は出来ません!」
おいおい、彗星? 流星? 何を馬鹿な!
今さらだろうが、宇宙船だよ、宇宙船!
もう、双眼鏡も不要。
大気圏内に入って燃え盛るかと思いきや、急激に速度を落として、今や夜空の風景の一つと化した、球形宇宙船。
各国政府も必死になって連絡をとろうと試みているらしいが、未だにナシのつぶて。
こうして、僕らの星に異星人がやってくることになった……
今日は、朝から……いや、早朝から人々が空を見上げている。
見上げている対象は、言わずと知れた、球形宇宙船だ。
もう、間違いないので宇宙船と言ってしまおう。
深夜のニュースでも、
「今まで、この物体をUFO(未確認飛行物体)=ユーエフオー、と呼称していましたが、 もう目視確認もできるため、宇宙船と名称を変えることといたします。 それでは、特別番組、ファーストコンタクト! ? 異星の客人との接し方と、コミュニケーションのとり方について、 各分野の専門家の方々に、急遽、おいでいただきまして対談と論議を始めたいと思います。 政府機関からは外務省の課長さん、文学界からはSF作家、特に宇宙SFを沢山書いておられます作家の方々にお出でいただきました……」
と、様々に適当なことを言ってたが、その議論の核心は、
「コミュニケーションなど可能なのか? 言語はともかく、考え方が全く違う、もしくは、 生存環境すら全く違う生物だったら、思想を共通できる要素自体が無いのでは?!」
である。
その証拠に、テレビもラジオも、3D映像まで使い、 民間団体と政府機関が躍起になってコミュニケーションを確立させようとしているのに、当の宇宙船からは、何の応答も反応も無いのだ。
異星からの訪問客を乗せているであろう巨大な(全長400mを超える球形宇宙船!)物体は、この国の上空500mに留まり、何の動きも見せない。
これはこれで、驚くべきテクノロジーである。
今の僕らの文明程度では、こんな巨大物体を空中の一点に、それこそ張り付かせるように動かずに静止させておくことなど不可能なんだから。
各メディアや、人類ネットワークの書き込みでも、
「ああいった現象を実現できる動力と駆動方法って、想像もつかないですな。ともかく、 我々とは全く違うテクノロジーを、当然のごとく使用しているケタ違いの文明でしょう。 これは、超光速航法を持ってる事を考えても納得できると思いますよ」
などと言っている。
しかし、もう深夜に登場して、いまや約半日近く過ぎているのに、全く反応なし。
いやがおうにも宇宙船の中の乗務員が気になる……
あの大騒動から一週間が過ぎた。
いまだに高空の一点にとどまる異星人の宇宙船からは何の反応もなし。
数日前に、あまりに過激な企画で有名な某テレビ局が、ヘリをチャーターし、 無謀にも宇宙船の近くまで接近しようと試みる番組を実況中継するという、とんでもない事をやった。
あまりに無謀なため、至近距離に行く前に軍の航空機が緊急発進してヘリを宇宙船から遠ざけたのだが、 その時に軍の航空機が宇宙船とニアミスしそうになった。
どうなったかって?
UFOの目撃体験記じゃないけれど、計器や操縦桿(フライバイワイヤ方式で、 コンピュータ制御だったのがいけなかったようで)が急に無効となり、 墜落事故となってしま……うところを、軍の航空機は何か巨大な手に掴まれたかのごとく、 空中にて静止してしまったかと思うと、ゆっくりとではあるが、数10Kmも離れた軍の滑走路へと運ばれて、丁寧に着陸させられてしまった。
これは、そのTV局のカメラがドキュメンタリーのように航空機に張り付いて実況中継していたため、 何かの特撮映画だと勘違いしてしまった人以外は、 これは現実だと、これほど異星の宇宙船と我々にはテクノロジーに差があるのだと思い知らされることとなる。
軍の航空機事故を防いだ宇宙船は、それでも、何も反応を返さず、この星に来てから一ヶ月が過ぎた。
人々は、一部を除いて、何もしない、ただそこに浮かんでいる宇宙船を、背景の一部だと思うことに決めたようで。
朝、仕事に出る前に、ふいに空を見上げると、そのまま視線を戻して仕事に。
帰りには、家に入る前に、つい、視線を空へと上げ、何も反応のない事を確認すると、安心したように家に入る。
例外は、僕のように多大なる興味を宇宙船に抱いた人々と、政府の関係者。
どうやったら宇宙船の気を引けるか、どんな反応でもいいから引き出せないか……考えている。
数日前に、過激派の一部だろうが、宇宙船に向けて手製のミサイルをぶっ放した奴が居る。
僕らが考えたことは、これで僕らの文明が凶暴な攻撃的文明だと、異星人に誤解されないかという事だった。
ちなみにミサイルは、手製にしては性能が良かったようで、 宇宙船に向けて一直線に飛んでいき……途中で見えない壁のようなモノに当たったかと思うと、爆炎と多量の煙を発した。
当の宇宙船は、何をされたかと問うような反応も見せず、煙が晴れたかと思うと、 見えぬ壁の向こうに傷ひとつ無い宇宙船の、どんな性質をもつ物質かも分からない金属壁が見えるのみ。
ちなみに、この宇宙船、軍の航空機の遠巻きの観測により、ドアやハッチ、開口部らしい物すら見えない、完全なる球形だと、3Dデータが公開された。
着陸するとしても、どうやって着陸するのか?
そして、どうやって人員や補給物資を出し入れするのか?
全くわからない、謎ばかりが増えていく、そこにあるがままの宇宙船だった……
ちなみに、僕の住んでいる独身寮の隣の地所に、奇妙な一家が先週、引っ越してきた。
最新の土木技術と建築技術を使用したという新築の家は、あの宇宙船騒動のすぐ後から建設開始、 またたく間に5階建ての住宅兼事務所兼研究所が完成していた。
僕も、気にはなっていたが、宇宙船に気を取られて、あまりお隣さんには注意を払っていなかった。
引っ越しの挨拶に来られて、独身寮の各部屋に、ご丁寧にお土産まで持って来られた気配りの良さにはおそれいったけど。
ご主人は、在野では、ちょっと名のある発明家だそうで。
僕が、
「じゃあ、あの巨大宇宙船の動力や飛行原理も分かりますかね?」
と、冗談半分で聞いたら……
「ふむ、あれを巨大と言いますか。中型搭載艇なんですけどね。まあ、いいです。 動力は、完全なる質量=エネルギー変換炉の仕様かと。静止しているところを見ると、フィールド駆動方式ですかね?」
と、なんとも、馴染んでいるような気軽な返答。
よくよく聞けば、実験では成功している駆動方式らしい。
ただ、量産と大型化は、未だ難しいとつぶやいていたが……
在野とは言え、よくもこんな天才を、国家が放置してるよね。
お話して、お隣のコメットハントが趣味の独身者のエンジニアだと説明すると、いつでも家に来てもらって構わないと許可を得た。
でもって、休みになると、ちょくちょくお隣にお邪魔することにする。
お隣の家は、未来技術の可能性の塊だったさ……
社長にして研究所長のご主人や、娘さん二人、副所長にして雑用係の長身の男性の4人が、ところ構わずに発明品を飾ってる。
脳波制御のラジコン模型とか、初期ではあるが人工知性のモデル理論のモックアップだとか、フィールド駆動の試作模型もあった。
おいおい、ここ、産業スパイには宝の山じゃないか?!
大丈夫なのかね?!
ご主人に、その点を聞くと、
「ああ、その点は大丈夫。どんなスパイも盗賊も、絶対にここの試作品や模型を持ち出すことは不可能だよ。私の許可がなければね」
と、いとも気楽な回答。
本当かね?
僕にとっては、宇宙船よりも気になる一家の出現だった……
不思議な一家と出会った後、数週間後には、僕は転職していた。
どこへ転職したかって?
言わずもがな、あの一家の経営してる発明研究所さ。
転職してから、もう2ヶ月目になるけれど、毎日が驚きの連続だ。
まず、入社後に行われた新入社員研修とやらで、僕達10名の新入社員は、不思議な装置にかかることになる。
その前に行われた会社の事業説明会では、理解不能な単語ばかりで、? ばかりが続出していた新入りは、この装置にかかった後、不思議な変化をする。
今まで聞いても読んでも説明されても、謎ばかりだった会社の事業内容が、すんなりと耳に入ってくる。
僕は、自慢じゃないが、そんなレベルの高い大学など出ていない(本当に自慢できることじゃないが)
そんな僕さえも、この技術資料一枚見ただけで、何が書いてあるのか理解できるようになっていた……
この、不思議な装置にかかった日数は、一律、3日間!
普通、3日間で詰め込み教育やっても、ほとんど身につかないのは、僕自身が経験済みだ。
何なんだろう?
この、頭の中がスッキリと整理されたような、言い換えると、今までの自分の思考が、 どれだけ無理と無駄と無茶をやってたかということなんだが……
社長(つまりは、あの不思議な一家の父親だね)が説明してくれるには、
「あれは最新式の教育理論の実証機だ。そのものズバリ「教育機械」と言う。 あれを使えば、例えば小学生に大学院の医学部で行われている授業と実習すらも仮想体験させることができるよ。 ちなみに、記憶の整理も最適化するから、憶えたことを忘れにくくもなってる」
そんな、正式発表したら世界がひっくり返るような実験機や実証機、研究段階ではあるがモデルは造られているものとか、 世界から切り離された未来技術の展示会みたいな会社だということが理解できるにつれ、この会社の目指すところが逆に見えなくなっていく……
「社長、一度お聞きしたいと思ってたんですが。この会社の理念と、目指すところは? 利益追求だけなら、 今でも研究成果を発表するだけで巨大な資本が集まりますよね。つまりは、巨大企業になるのが分かってる会社じゃないですか。 それを、どうしてこんな中小企業で止めちゃうんですか?」
と、仕事ではない、家に居るときに本音を聞いてみた。
そしたら、
「ああ、巨大なコングロマリットにするのが、必ずしも企業にとって良いことじゃないよ。 あまりに巨大なる企業は、国家や世界から目をつけられる。そういう、首輪を付けられるのは好まないんだよ、私は」
ああ、この人は全て分かってるんだなと理解した。
ちなみに、この会社、自社製品という形での発売は一切、してない。
全てが、パテント非公開という形で、共同出資の工場を造り、他企業からの資金を使って製品を世の中に送り出しているとのこと。
普通、出資比率というものがあり、向こうからの100%近い出資ならパテント情報や研究成果を公開しろと言ってくるものなんだが、 そういったものは一切なしでの企業形態にしてる。
最初の提携先に、そういう事を言われたのだが、少し開発資料を相手の開発部に見せた段階で、
「我々には、この研究資料を貰っても理解すら不可能です」
と音を上げてしまったそうで。
それから、設備を構築して大量生産できると確実になった製品だけを、この会社のパートナーの製品として発売してるとのこと。
まあ、納得できるようなできないような、そんなこんなを抱えながら、僕は新しい会社でやる気を出して働いていた。
ちなみに、この会社、週休3日で残業無し。
これは社員共通で、例え部長や専務であろうとも、定時になったら仕事切り上げて帰宅せよと厳命されている。
これで高給なんだから、就職希望者はとんでもない倍率じゃないかと思いきや……
就職しようと履歴書を提出してきた人間は、全て雇っているそうなんだが、その数が、あまりに少ない。
なんだろうか?
この会社が、ここにあるということが、ごくごく一部の人間にしか知られていないような、そんな気がする。
同僚に、そんな話をすると、
「そうそう、俺もそう思った。俺が就職面接に来た時に、近くを歩いてる人にビルや企業名を聞いたんだが、 そんな会社知りませんと異口同音に言われたからな」
「そうなのよ、私も同じ。ここ、何かの結界か何かが張られていて、それで普通の人間は会社やビルに気が付かないんじゃないの?」
と、そんな感想。
その時には、僕も不思議に思ったが、仕事が面白くなるにつれ、そんなことは忘れていった……
あいも変わらず日常は、この未来を実現している会社を無視するように、世の中を動かしている。
そして、独身寮から引っ越して、近所のマンションで暮らしている僕は、毎日のように目にする、 空中にとどまり続ける、異星人の巨大宇宙船が見えるのだった……
そして、あの歴史に残るだろうと言われる大災害が起きる……
数カ月後に。
球形宇宙船が、僕らの町の頭上に浮かびだしてから、もう半年。
政府と軍は、何らかの反応を引き出したいと、毎日のように手を変え品を変えて、コンタクトをとろうとしている。
しかし、あまりに近すぎる接近を中止させて近くの空港へと強制着陸させることだけを実行する宇宙船には、コンタクトの意思もないと見られる。
あるいは、何かのタイミングをはかっているのだろうか?
僕は、毎日が楽しくて仕方がない!
仕事の一環と言われて、一週間に数時間、教育機械にかかる時間が取られているのだが、これが凄い効果なのだ。
一ヶ月もすると、入社時に全く理解不能だった開発品が、どんな理論で、どんな性能を目指して、 どんな回路や機構を使うか、理解できるように頭脳が明晰になっているのが自分でも分かる。
おかげで、民生品の開発も、高性能のレース用エンジンをデチューンして信頼性と整備性を高めたりするように、どこをどうすれば良いかが自動的に閃く。
僕の頭脳、どうなってるんだろう?
いつの間にか、僕は民生用の製品開発部でリーダー格になっていた。
「今回の民生用転用品は、超高性能品として開発されていた、極薄型の太陽光発電セルだ。 社長や重役方からの話だと、元々は宇宙ヨットに使われる予定のものだったと聞いているが、 今の文明程度では宇宙ヨットは製作不可能なので、まずは、こいつを地上で使う発電用に切り替えたいと思う。 では、ここから民生用への転用に必要な事柄を抜き出そう……」
僕がリーダーとして、まず意見を述べる。
「まずは、あまりに薄いので、耐風性が問題となるな。他には?」
開発品は、あまりに光=電力変換効率が高効率なので、このままで市場へ出すと、独占市場になりかねません!
とか、
宇宙用ですから、かなりセル一枚が大きいです、これでは地上での設置に制限が多すぎます。
とか、様々な意見が出る。
僕も入社するまで知らなかったブレーンストーミングという手法で、出てくる意見を批判も制止もすることなく、 どんなに下らないと思っても全ての意見を出尽くすまで言わせる手法だと、先輩に言われたものを使って自由に意見を出させる。
出てくる出てくる、最終的に100を超える数の改良点が出された。
まあ、その中には下らない意見も多かったが、目の付け所が変わっていて、そんなところもあったか!
などという眼から鱗が剥がれるような着眼点のものもあった。
最終的に、民生用品として、もっと量産性の高い、通常の他社製品の2割ほど上の変換効率を持つ、 住宅の屋上や屋根に設置できるスペースを考慮したセル幅を持つ製品を目指すことになる(耐久性のアップとして、 厚さは倍以上になるが、ちょっとやそっとじゃ壊れない、割れないセルにするのも忘れない)
でもって、我社の常なんだが、超の付く高性能品が前提としてあるために、デチューンされた民生品は、あれよあれよと言う間に開発が完了する。
業界内部でも、希望とする製品の開発期間が早すぎると言われているらしいが、その秘密は、より高性能の製品が、もうあるからに過ぎない。
ただひとつ残念なことは、この開発品を我社の製品として世に出せないことだけである。
パートナー企業と話し合って製品の価格も決めるんだが、開発元だけあり元の製造価格を知っている……
これが、良心が痛むこと、このうえない状況を見る。
化粧品業界か?!
と叫びたくなるほどに、製品価格が高いのだ。
あ、市販品と比べて高いわけじゃない。
価格的には、市販品と同様、あるいは性能が上の分だけ少々高いくらいだ。
しかしねー。
開発元だけに、もっともっと、それこそ半額にしたって随分な利益が出ることを知っているんだ、こちらは。
ただし、それをやってしまうと、市場が混乱するから実行できない……
悶々とした思いが募るが、それを話せるのは、社長宅で、休日におじゃましている時に愚痴るくらい。
「社長ー、いい加減、我社の影響力を、もっと強めませんか? もっと安くて高性能な製品を我社のブランドで発売しましょうよー!」
「またその話かい? オットー1258君。まあ、君が社会に良い物を安く提供したいのは理解できるが、 それを今の時点で実行すれば、数年後には我社だけが生き残って、後の全世界の会社は潰れるよ。それでもやれと?」
う、また論理で来たな、社長は。
分かってるんだ、分かってるんです、理屈では。
「でもねー、社長。これは理屈じゃないんです。企業人としての理想というか、使命というか何と言うか……」
「ははは、理解はできる。しかしな、圧倒的に力を持つ者が自制しなくなったら、 社会の混乱だけじゃ済まないぞ。経済の混乱は戦争すらひき起こしかねん。 私は、それだけは避けたいんだよ。しかし、文明の発展も促したいので、こんなことになってるわけだが」
「じゃあ、社長が目指す未来ってのは、いったいどんなものなんですかー?」
「うーむ……少なくとも、今の文明程度じゃ不満だね。少なくとも、 この恒星系の全てに宇宙船が行き交い、開拓と探検が日常になり、 そして、付近の恒星系へ行く試験船さえも日常的に見られる状況にするのが……できれば、さらにもう一歩!」
「はい?! それって遠い未来の世界ですよー。あまりに夢を見るのも現実逃避になるかと思いますがー……」
「ふっふっふ、遠い未来だと思うかい? まあ、見ててご覧よ。あと10年も経たないうちに、この世界は大きく変わるから……」
この時には、酒の上の冗談だと思っていた……
本当に、冗談だと思っていたんだ……
通常の勤務時に、それは起こった。
ドン!
という、突き上げのような音と振動、その数秒後に、激しくて強い揺れが、これでもかと襲い来る!
ビルは倒れ、道路はめくれ上がり、山は崩れ、海に近い埋立地は水のように液状化して、一部の根本対策済み以外の建造物は地面に呑まれていく……
その10数分後、とてつもない巨大津波が岸辺を襲い、港より10Km近く離れた地域も津波により建物が根本から持って行かれる。
幸い、この地域は震災地域とは山脈で隔離されていたために、そうは被害が酷くなかったが、 ラジオやテレビから送られてくる現地の様子は、とても正視できるものじゃないものがある……
その時、社内放送が響き渡ることとなる。
「社員の皆様、落ち着いてください。ただいま巨大地震が、 ここから40kmほど離れています、$$市にて発生し、その影響で津波被害も発生しております。 その件にて、ただいまから社長より緊急の告知があります。そのまま静粛に、お聞きください」
「あー、社長のクスミ0001である。ただ今発生した大災害の救助作戦を、 我社の総力を結集して行う事となったので、ここに告知する。そして、ここに有志の救助隊員を募集する。 ボランティアではあるが、当然、有給扱いにし、我社の最新開発機器の実践使用の機会もあるので、 ふるって参加を希望する。では、参加希望者は30分後に社屋の前まで集合するように。以上だ」
僕は、放送が終わるか終わらぬかのうちにエレベータに乗っていた。
ちなみに、うちのエレベータは特別製らしく、どんな災害があろうとも故障やケーブル切断とは無縁だと保証され、 大災害があろうとも社内移動はエレベータを推奨されているほどだ。
社屋も、どんな設計なのか知りようもないが、巨大地震でも最初の突き上げだけのショックで、後は微細な揺れのみ……
俺達って、巨大な防災ドームにいるのか?
などと噂されるくらいだ。
さて、災害救助へ自主希望した者達は、どうしても社内での作業上、必要な人員を除いて全員だったようで、約60名。
バス、あるいは車両を用意して、集団で行けるとこまで行くのか?
などと考えていると……
社長が来て、開口一番。
「今から社内の最高機密を開示する。まあ、他人に話しても冗談だと思われるのが常だと思うが、口外はしないように」
はい?
未来を実現してる会社だから、空飛ぶ車でも来るのかなと思っていると……
うわ!
これ、いきなり目の前に現れた、これって……
「社長、これって、あの、空中に浮いてコンタクトも拒否してる巨大宇宙船に、そっくりなんですが……サイズを除いて」
そう!
いきなり僕達の目の前に現れた、大型バスの大きさくらいの球形宇宙船が2隻。
まさか、これが我社の最高機密?
「分かるものもいるな、そう、これが我社の最高機密にして、最大最高の開発品だ。さあ、ステルスが効いてるうちに乗り込め! 現場へ行くぞ!」
有無をいわさず、僕達は球形宇宙船に詰め込まれる。
約60名も居るにも関わらず、居住性は悪くない。
駆動方法は想像がつく。
フィールドエンジンだ。
これでなきゃ、こんな代物、空中へなんか浮かせられない。
フヨフヨと、乗り込み終えた宇宙船から空中へ。
眼前に見える巨大宇宙船と同じくらいの高度になると、瞬間的に移動し、あっというまに災害現場へ。
まずは高空からの現場確認。
酷いものだ、堤防は全壊、道路も使用不能、鉄道も船も、地震と津波で全て破壊されてしまっている。
僕らは、グループごとに、ポイントを決められて降ろされ、まずは人命救助と災害現場の整理を始めることとなる。
「社長は? どこに行きますか?」
と聞いたら、緊急に対処すべき物件があるので、そちらへ飛ぶという。
それも家族で。
子供など連れて大丈夫なんですか?
と聞いたら、笑顔で、
「大丈夫! これでもベテランだよ、君たちよりも!」
と、自信満々!
まあ、あの社長が危険地帯と分かって乗り込んでいくのだ、大丈夫だろう。
僕らは、精一杯、自分たちのできることをやった……
やり過ぎたかも知れないな、正直。
僕らが使用した、宇宙船に積まれていた救助用具や資材は、とんでもないものだった。
強化外骨格は簡易のパワードスーツ。
重さ数10トンの船を、いとも軽々と持ち上げて災害ゴミの撤去を素早くやってのける。
僕の使った殺菌灯は当てるだけで怪我や傷口の殺菌ができる優れもの。
泥水すらも瞬間的に殺菌し、飲用可となる。
他の救助班が重宝したのは、以前も述べた超薄型の発電シート。
これで救助テントを作ると、そのままミニ太陽光発電所に早変わりする。
ちょっとしたテレビやラジオの電源なら、充分に使用可能だ。
朝に起きた地震災害は、もう昼には、こういうわけであらかた片付くこととなった。
しかし、これからが正念場!
普通の救助隊や消防、警察組織は、いまだ現場には到着できない。
僕らは、行方不明者の捜索隊と、道路や鉄道復旧の部隊に分かれて作業することになった。
まあ、僕らはまだいい。
緊急案件とかで危険地帯へ向かった社長たちは、どうなったんだ?!
「こちら、地震と津波のダブルの大被害に遭った、$$市上空です! ここから見ますに……瓦礫の山もなければ、 津波で流された建物や船の残骸も見当たりません! あるはずのないものは、何処へ行ったのでしょうか?」
遅まきながら、メディアの実況中継ヘリが現場へ飛んできた。
実況中継の現場アナは、悲惨なる光景を思い描いていたのだろうが、その絵が全く撮れない……
焦る実況ヘリは、あちこちを飛び回り、ついに災害の現場を見つける。
「あ、ありました! 災害の証拠が残っていました! しかし、その地震や津波の瓦礫を、 またたく間に片付け、おまけに道路の簡易整備までやってる一団があります! 何でしょうか? 作業着を着ているからには、 どこかの企業集団、あるいはボランティアか? とてつもない怪力と作業性を発揮する、 あれは、大学か軍で開発されているというパワードスーツでしょうか? それにしては、あまりにスマートで作業性が高すぎるように思われますが……」
見る間に片付けられていく、瓦礫の山。
そこいらを飛び回って、ようやく見つけた避難民テント村は、 最低限の電化生活がおくれるように高性能な太陽光発電装置が備えられたテントが立てられ、通信装置や電話の中継機器も使えるようになっていた。
実況中継アナは、開いた口がふさがらない……
「これは、まるで避難訓練の大規模版か、あるいは野外キャンプの広域版か……大災害直後の避難生活とは思えませんね……」
テント村で、カレーを食事として出されて、それを食べながら、しみじみとつぶやく実況中継アナであった……
一方、こちらは別働隊として、最も危険な地域へ乗り込もうとしている、社長一家4名。
今から乗り込むのは、浜に面していたであろう、無残に破壊された原子力発電所設備が残されている一画。
とりあえず、命の危険も顧みずに現場の作業員達は、勇敢にも炉の緊急停止だけは行っていた。
今は、放射線量の急激な上昇に伴い、動くもののいない無人の荒れ野となっている。
「よし、誰もいないな。エッタ、ライム、プロフェッサー、もう、力を隠さなくていいぞ、開放しろ」
社長、楠見をはじめとする宇宙船頭脳体を除いた4名の勢揃い。
普段は持てる力を発揮する場も機会もなく、社会に適応するためにひっそりと暮らしていたが、この時ばかりは別問題。
楠見はサイコキネシスを最大能力で使用し、ひん曲がった鉄骨や外壁を片付けたり直したり。
彼の周囲はサイキックフィールドにより放射線の影響から遮断されているので、 何も持たない楠見が歩く後に見えない手が、とりあえずは作業可能な整理された区画を作り出していく。
誰も見るものがいないため、その光景はメディアには流れることはなかったが、 それを見たものがいたなら、まるで神の力を行使して紅海を割った、某預言者の行動に等しいと思っただろう。
彼の周囲に渦巻く光の粒は、高レベルにある放射性元素に汚染された砂や小石。
そんなものを意にも介さず、無人の野を進み、ついに原子炉の建屋内に進入する。
線量計でもあれば、もう完全に致死量を超えていると宣言されるだろう死の空間に、 通常の散歩でもしているかのように入り、ついには核燃料貯蔵室と、その隣に位置する核発電装置へと進む。
見れば、燃料保管プールにはヒビが入り、水量は激減している。
このままでは燃料棒の発熱で、プールが融ける恐れすらある。
どうするか?
楠見は、少し考えた後、中型搭載艇を近くへ呼び寄せることにする。
搭載艇は、それぞれが無人でも大丈夫なように人工知能が搭載されているため、無人でもマスターたる楠見の命令は実行できる。
「ここにある燃料棒、すべて収納して、核物質だけ抜いてくれ。そして、いったん無害な材料にしたらプールの脇へ積んでおいてくれ」
トラクタービームで、燃料棒は空中へ釣り上げられ、一旦、搭載艇の中へ収納される。
E=MC2乘の法則を完全利用するガルガンチュアや搭載艇の動力炉は、一度、 放射性元素もエネルギーに戻して組成を組み替えることにより、無害な物質に変換できる。
これは高効率なので、銀河間の跳躍航行にまで利用できる効率の良いエネルギー源でもある。
「さてと……あとは目の前の壊れてしまった発電炉なんだが……無害化だけ、やっておくとするかな」
やろうと思えば完全な設備撤去と更地化も可能だろうに、そこまではやらない。
「残念だけど、ここまで自分の星を汚染させることを許す文明に希望は少ないと思うよ」
誰に言い聞かせるでもなく、楠見は宣言する。
溶けた炉内の燃料棒の無害化と、この一帯の放射線の清浄化を、到着してから30分で終了させると、
「そちら、逃げ遅れた被害者の救助と清浄化は終わったかい?」
と、残り3名の作業を確認する。
「キャプテン、危ないところでしたけど、 最終的に炉を緊急停止させて力尽きた作業員グループが4名ほど取り残されて、 意識不明の状態になっておりました。幸い、防護服に穴などは開いていませんでしたので、最小限の被曝だけですんでいます」
「我が主、清浄化は全て完了しております。後は、汚染されてしまった地下水ですが……」
「ああ、そちらは既に搭載艇に依頼済みだ。地上付近の地下水は取水口から吸えるだけ吸ってもらって、とりあえずの広域被害は出ないように処理済みだよ」
「では、ご主人様。この方達を病院へ送り届けて、終了ですか?」
「まあ、緊急作業はね。これから復旧作業が待ってるけど、この災害を契機として、 一気に文明程度を進めてやろうと考えてる。幸い、我社の救助用機器のデモンストレーションにも使えそうな素早い救助作業もメディアに乗ったからね」
「しかし、我が主。本当は、こちらが主力ですよね?」
「ははは、それは仕方がない。このテクノロジーは、この星には早すぎる。この技術情報を教えたら、すぐさま宇宙戦争が始まる、ダメだ」
誰も知らないところで、宇宙文明へのチャンスが潰された……
そして、大災害(だと思ったら……)から一週間。
現場では、未だにボランティアや警察組織、消防組織やら軍の救助隊などが右往左往していた。
なにしろ、到着したら、やることがない……
まあ、現地ではセキュリティの問題やら、住居の問題やら、様々な問題はあった。
あったのだが、一番大事なこと、災害からの救助と言う根本的な問題は、もう既に解決済みだった……
僕らは現在、通常の業務に戻っている。
あの、奇跡的な救助作業にあっては、現場の雰囲気で何も考えずに作業に没頭していたが、今なら理解できる。
「あー、僕達、とんでもない会社に居るんだよなー」
そう、独り言が出る。
あの災害現場の作業で僕らが使った救助機材は、簡易パワードスーツ1つとっても、とんでもない未来の物だ。
だいたい、素人が初めて乗り込んで(着込んで、か? )普通に扱えるパワードスーツなんて代物、聞いたことも見たこともない。
あれと同じことをやろうとしたら、大型重機を持ち込まないと無理である。
大型重機とおなじか、それを超える馬力を持ちながら、あっさりと個人で使えて重さも数Kgなんて代物、もうSFの世界にしか無いだろう。
我社の底力だと社長は言っていたが、これだけでも救助機材の範疇を超えている。
もう、軍用や市販品に、今すぐにでも転化して量販できる製品だと、個人的に思う。
ただし、これが世の中に出回ったら、ロボットアニメじゃないが、犯罪組織と警察や軍のロボットバトルが現実に見られる世の中になりそうだ……
そんなことを思ってると、ここでまた、全社に放送が流れる。
「あー、以前の災害救助の映像を見た政府関係者の依頼と、全世界からの要望により、 近々、我社は全世界規模の救助会社を設立することとなった。そこで、救助機材や資材、 輸送やら現場指揮官、そして、各国での救助隊支部の教育要員を、社内より募集することとする。希望者は、申し出て欲しい」
本当か?
なんだ、この展開?
おい、雷鳥隊かテク○ボイ○ャーか?
特撮ドラマとかアニメじゃなくて現実なんだよな?
様々な意見やオタクじみた感想が飛び交う中、僕は業務配置転換願いを、冷静を装いながら、震える手で書いていた……
僕は、今、未来を実現する仕事へ就くチャンスを得たのだ!
数カ月後、様々な申請や業務拡張のための人材確保と研修を終えて、災害救助専門企業という、前代未聞の大企業が発足した。
「只今より、会社の発足式と、前日に発生した某国の大規模な山火事の鎮圧と消火作業への出発式を合同で行います……」
僕ら、現場へ急行する先発隊を見送るため、会社の発足式と出発式を同時に行うことになった。
僕らは後ろの超高速機にて30分後には出発し、1時間後には星の裏側へ到着する。
これでも遅いのだが、大気圏内航行を余儀なくされるために仕方がない(大気圏を飛び出す許可が出ないのだ。 僕らが乗り組む航空機は、大気圏外のほうが効率が良くスピードも出せるのだが、国際的に許可を取るのが時間かかるのだと説明された)……
僕らの到着後、簡易の指揮所を立てて、 そこからパワードスーツを始めとする機械化部隊を乗せた超大型VTOL(垂直離発着可能な航空機)が3時間以内に到着するので、 指揮所から細かな救助作戦と作業指示を行うこととなる。
ちなみに、この会社設立にあたっては、警察組織と消防組織、そして何よりも「軍」の関係者が、俺達にも一枚噛ませろと要求してきた。
社長は、警察組織と消防組織に関しては許可したが、軍の介入は断固として固辞した。
「軍が経営に介入して、例えばパワードスーツの軍への納品を許可しろと言ってこない保証は? この企業は、 あくまで人命救助と災害鎮圧に特化します。この会社で使う、どんな装備も、 戦争に使われる可能性があるならば納品も使用も許可しません! ちなみに、 ダミー会社を使って試験的に使おうとしても、起動すらしないように設計してありますので、そのへん、誤解のないように……」
と、政府関係者の前で大見得きったらしいとの話。
うちの社長らしいわ。
と!
そろそろ、出発時間だ!
さて、初めての国際救助作業隊、出発だ!
って、それから3日後です。
大規模火災の某国は、どうなったかって?
はい、まる一日の作業で、完全鎮火しましたとさ。
でも、某国の救助要請が、もっと早ければ、被害半分になった可能性が高いとのこと。
あー、やだやだ、国家間の見栄やプライド、意地の張り合いで苦労するのは国民ばかりだ。
国家なんて早く無くして、一星系国家にしないと大変なことになるぞ、こりゃ。
そのころ、社長室での談話。
「我が主、実地体験が一番、意識が変わるとのことでしたが、成功ですね。これで複数国家などという馬鹿な体制も崩壊していくでしょう」
「ああ、そうだといいけどね、プロフェッサー。変化の前には頑強な抵抗勢力が存在するもんだよ、いつでも」
先は長いぞと、楠見は思った……
災害鎮圧、人命救助専門会社なんて、どうして今まで無かったのか、ようやく理解した。
初出動から、もう3ヶ月……
もう、目の廻る忙しさ!
国内だけなら何とかなるが、主力部隊と主装備を完全に揃えたのは、僕らの国の、僕らの会社だけ。
国外の支社や支店、営業所(規模が小さいから営業所扱いだが、 その実、実働部隊ばかりで営業など皆無というのが、うちの会社)まで、世界各国に足場はあるが、 人員も機材も揃ってないので、救助や災害対策依頼があった時の本当の意味での足場扱い。
今も、本社の訓練場では、実地訓練組と、室内での教育機械を使用する座学(?)組に分かれて、ただいま訓練中。
この教育訓練で面白いことが判明した。
実際に消防局や災害現場でレスキューやってた人間と、全く何も経験してない人間とじゃ、パワードスーツを使った時に違いが出る。
面白いことに、救助に慣れた人ほど、パワードスーツに慣れにくいようで、その道のプロほど苦労してる。
パワードスーツの可動限界が、通常の人間の感覚で設定されているのが原因のようで、 特別に設定をカスタム化した個人専用パワードスーツを作ろうかという話も出ているくらい。
設定を個人に微調整するのに時間がかかるため、未だに練習機や汎用機をそのまま使っているが、そのうちカスタム機も出てきそうだ。
あ、そうそう。
某国の大規模山火事鎮火作業が、あまりに手早く、あまりに高効率であったがために、 国連内でも専用の災害対応部隊が造れないか、我社に打診があったとのこと。
その時の回答が、
「災害対応部隊を作るのは簡単ですが、その部隊には、一切の軍事色を排除してくださいというのが第一。 そして、一国だけじゃなくて多数の国家と人種が混在する混成部隊とするのが2つ目の条件。 もちろん、指揮と命令系統は、国連ではなく、我社に任せていただきますよ。大国の思惑通りに動く災害救助隊など、絶対に作らせませんからね!」
という、トンデモ宣言。
世界平和のためなら、武力以外は何でも使う気だね、我社の偉いさんたちは……
今日も今日とて、僕達は出勤日じゃ無いけど、担当してる対応部隊が災害救助依頼で飛び立っていく。
あちこちで起きる、火山噴火や地震、大規模な火災や、果ては異常気象による極寒・酷暑の対応までやってるそうな。
もう、各国からの救助要請を待ってたら、被害が増えるばかりじゃないのかな?
とも思う、今日このごろである。
それから半年後……
ようやく、国連が重い腰を上げた。
我社に、国連外部機関として所属してくれるよう、正式に依頼が来た。
所属するのは、国連所属の災害対応・人命救助専門の機関ということで、軍は一切関係していない新部門。
指揮系統・命令系統は、例え国連事務総長であろうとも、こちらに一切の命令できない完全な独立部門として、 馬鹿な大国や自尊心の塊のような一部国家とは縁が切れた。
これの利点としては、災害対応の依頼が支店や営業所に来たら、その時点で飛び立てるようになったこと。
その国の思惑に縛られること無く、災害対応と被災者救出に、即、飛べるわけだ。
まあ、組織の一員となったからには、監査も受けなきゃいけないが、不正なんかしてるわけじゃないから、堂々と監査してもらえばいい。
これでいっそう、やりがいと、成果が上がることとなった。
我社の評価と功績が上がるに連れ、世界各国が、何とかして我社の技術を、ほんの少しでも得ようと躍起になってきた。
国連や、本社、支社、営業所などを通じて技術移転の話をしてくる、なんてのは可愛い方で、 エグいのは色仕掛け・資金面の締め付け・国家訴訟で災害での死者が多いのは出動が遅かったからだと言いがかりをつける、なんてのも通常手段。
社員募集に軍人上がりのスパイを紛れ込ませたり、果ては、災害対応・救助現場で資材を壊してジャンクからでも情報を得られないかと涙ぐましい努力。
まあ、その一切が無駄でしたが……
とある某国のベテランスパイ氏など、面接試験だと聞いて、場所を探したら、なんと警察署だったというオチまである。
普通に入社試験やってるんですけどね、普通の方達は。
手を尽くすだけ尽くして、どうにもならんということをしみじみと思い知らされた各国は、ついに、我社に対して免罪符を発行することにする。
「以後、世界救助部隊は、その判断のみで、いつ、いかなる場合も、どこの国へ出動しても良い。許可を取る必要も無し」
これが書かれたプレート(世界各国の言葉で書かれているので、デカイ! )を出動機体に積んでおけば何の揉め事も無し!
部隊員は、社員証(熱にも化学物質にも変形すらしない特殊合金製)が、そのプレートの代わりとなる。
今日も今日とて、災害出動班は、各国へ飛んでいく……
あ、機材も増えて、本社だけで回すことは少なくなった。
今じゃ、大規模な部隊は世界に10箇所ほど、小規模なのは各国に1つ。
2つ以上の国にまたがるほどの大規模災害だとか、原発や古くなった核ミサイルの廃棄などは、さすがに本社対応となる。
核燃料の無害化は秘密にしていたが、他に可能な技術を持っていそうな国も企業もないということで、 消去法で、あの、我が国の地震・津波の核施設被害の無害化が知れ渡ったらしい……
これ、最初は僕達も知らなかった。
初めて聞いた時には、いくら何でも嘘だろ?
そう思った。
そんなテクノロジー、未来でもムリでしょ?
でも、事実だった。
ただし、さすがに誰でも扱えるテクノロジーではないそうで(当たり前だけど)
特殊作業部が編成されて、核物質を扱う専用部門が誕生した。
それから数年で、原発事故や、旧型核ミサイルの暴発事故などは、急激に件数を減らしていき、放射線事故も急激に減っていった。
「我が主、もう少しですね」
「まあしかし、武力革命じゃない世界統一って、難関中の難問だな。ここまでやっても、まだ隣の国とドンパチやりたいのか」
「しかし、その場合には、武力じゃありませんが……」
「ん? そうか、中型搭載艇は一隻持ってきてるし、ガルガンチュアも整備終了するだろうし……物量作戦で外圧、やってみるかね」
と言うと、ちょいと変わったトランシーバを取り出す。
「あ、フロンティア? もう、ガルガンチュアの整備は終わったか? え? もう少しで終了? そうか。 じゃあ、搭載艇は大丈夫だな? うん、ちょいと、この星の人間たちに外圧かけようと思ってね……」
さて、無事に多国星から統一国家になり、宇宙文明への階段を上れるのだろうか?
都市の空中に留まるだけで、何のコミュニケーションもとろうとしない巨大宇宙船が、ついに動いた!
具体的に言うと、小さな球形搭載艇を吐き出したのだ。
小さいとは言うものの、一番小さくても直径数mで大きさは軽自動車の一回り小さな球体、大きなものは数10mにもなる。
それが100機近い数で放出される。
それだけではなかった……
いつの間にか、最初に来た巨大宇宙船と同じサイズのものが数100機。
そして、もう、宇宙船母艦としか言いようのないサイズの超巨大宇宙船、直径500mサイズのものまで数10機、飛来してきた。
その新しく飛来してきた宇宙船団が、さらに子機を放出したから、この星の空は宇宙船で埋めつくされた……
不気味に沈黙し、空を覆う宇宙船団。
それでなくとも気の荒い、ミサイルや大砲を簡単にぶっ放す某国など、先制攻撃とばかりに空に向けて砲撃とミサイルを撃った……
その結果……
今まで何をしても無反応だった宇宙船団が、初めて反応した。
ミサイル本体、ミサイル搭載車両、移動砲台や固定砲台を含めて、全てが空中へ持ち上げられた……
上空100mまで持ち上げられた軍隊は、心がへし折られたのだろう、白旗を上げた、某将軍自ら。
そして、人員のみ、ゆっくりと陸地へと降ろされた後、攻撃用の兵器全てが海へと運ばれ、そこで落とされる。
あまりのテクノロジーの差に、某将軍は気位もプライドも全てがへし折られて、国家代表を引退すると発表した。
多かれ少なかれ、何らかの行動をとった各国は、少なくとも反応を返す宇宙船団に驚く。
数日後、宇宙船から、各国の言葉による宣言文が流される。
「今から、この星は宇宙文明の管理下に置かれることとなる。反論も何も許されない。 この星の生命体は、あまりに攻撃衝動が強すぎて、宇宙へ出る資格が無い」
ざわっ!
自分では薄々気付いていたが、他人に指摘されると、人間は反発したくなるもの。
しかし、この指摘に反論できる者は、さすがにいなかった(いたら、たいしたものだ。世界一の嘘つきだろう)
反論メッセージや自己弁護の幼稚なメッセージが様々なメディアから宇宙船団へと送られたが、宇宙船団は全て無視して、またもや沈黙した。
ことここに至って、ようやく、この星の人類は、自分たちが何か根本から間違っていたと気がついた。
国連会議が、急遽、開催され、世界各国の代表が全て、どんな小国からも集められ、侃々諤々の論議が開かれる。
「我々は、これからどうしたら良いのか?」
議題は、突き詰めれば、これだった。
様々な宗教代表も呼ばれ、意見陳述を行ったが、彼らからすると神の如き存在が目に見えるところにいるのだ、下手なことを言えるわけもない。
「神が見ておられます。下賎なる我らが神の思いなど推し量る事も出来ません……ただただ、世界の終わりが今すぐ来ないことを祈るだけです」
宗教代表者たちの意見は、突き詰めれば、上記の一言だった。
行き詰まった国連会議は、最後に、ここに来ていない組織代表があることに気がついた。
そう、災害対応・人命救助・核物質無効化を専門に行う、国連組織でありながらも国連には命令権のない独立組織にして企業があることに。
即刻、国連への出頭要請をすると、今も災害対応・人命救助作業の真っ最中だという事で、今すぐには無理だと連絡が入る。
超大国の代表は、即刻の要請を断るなど言語道断と怒りを表すが、作業現場が自国だと分かると、真っ赤になって恥じ入る。
数時間後、社長のクスミ0001が国連会議へ出頭する。
「現場から、急ぎ駆けつけました。何の御用でしょうか?」
呆れる各国代表。国連の宇宙船団への対応を協議しているのだと説明すると、あっさり一言。
「そんなもの、考えるだけ時間の無駄ですよ。世界を統一して、1つの星に1つの政府状態にする以外、 この星の人類が宇宙へ出る資格なんてないでしょ?」
それだけ言い放つと、ここにいても時間の無駄と言い残して、現場へ戻る。
もしやと心の中にあった回答を、ズバリと指摘されてしまったがゆえに、国連は紛糾する。
その紛糾は、収まる気配すら無い。
当たり前、国連そのものを廃止し、この星を1つの政府で統一するとなると、どの国が実権を握るかで、この星の未来が決まるのだから。
会議場では、罵声に怒鳴り声、罵倒や罵りなど、世界各国で翻訳時にピーが発生する単語が飛び交い、いつまでも絶えることがなかった……
「プロフェッサー、お膳立ては整えた。後は、この星の人間たちの選択次第。この星だけで滅びるか、それとも宇宙への階段を上るか……」
「どうなりますかね? 私の感想を述べますと、目標を提示しても、現状維持を強烈に望む者達が多すぎて、未来は不確定ですな、我が主」
「はぁ……目の前に、この銀河へ手を伸ばすための手段も結果も見せてやってるのにな。頑固だね、まったく……」
国連会議の紛糾が、ようやく終わった……
夜も寝ずに昼寝して、侃々諤々どころか罵詈雑言のぶつけあいに近い論争を行っていたのだが、 3ヶ月もの長期会議を経て、ようやく世界各国は世界統一政府立ち上げに踏み切った。
その初代の世界代表として、当然のごとく「自尊心ばかり高いけれど属国ばりの扱いに甘んじて、 民主化してから半世紀にもならない」通称が世界大統領だった御仁が自ら立候補したが……
「あまりに見苦しいから、お前だけはやめとけ。異星人に対して這いつくばるのが目に見えている」
と、隣国と過去の宗主国代表、今の宗主国代表とに呆れられて、さすがに恥知らずの鉄面皮と言われた御仁も、その手を下げた。
世界代表を選ぶのは、またもや紛糾した。
なにしろ、あらゆる宗教がお手上げだと言う中で、その「神にも等しい」異星人と対等に交渉しなければならない。
超大国と呼ばれる各国は、ことごとく、国の中に巨大な宗教組織を抱えていて、その付き合いも長い。
戦争等には、宗教組織の力も借りて大義名分をプロパガンダに組み入れるくらいだ。
ただし、今回は、その宗教組織の力が及ばない相手。
もしも、こちらが戦いを選んでしまった場合、宗教組織は滅びの時が来たと大宣伝するのが決定しているようなもの。
宗教に縛られる大国は、及び腰であった。
ただし、自分の国の力や影響は残しておきたいので、中小国家を自分の代わりに推薦する方法を選ぶ。
まあ、これはこれで論議の対象になるが、超大国が角突き合うよりは……
ただし、ここでも宗教観が問題となる。
あまりな無神論も問題だが、宗教的にガチガチな人物も困る。
ここで、皆が頭を抱えることとなる。
宗教的に柔軟な思想を持つ人物など、そうそういるわけもない。
ガチガチの宗教家は政治家に多くいるが、それでは今回の世界政府代表は務まらない。
あいつは? こいつは?
などと様々に推薦とダメ出しが相次ぎ、最終的に選ばれたのが……
極東と呼ばれる地域の、さらに東の果てにある小さな国家。
神を信じる宗教と言われるが、その実、どんな宗教も取り入れて文化にしてしまう奥深さを持つ島国の代表が、選ばれることになった。
当の人物は最後まで辞退したかったようだが、最後には全会一致の賛成という結果を突きつけて世界は1つになる事になった。
国連組織は、そのまま全てが世界政府の組織に代り、下部組織も全て世界政府の下に入る。
ただ、災害対応と人命救助組織だけは別。元々が一企業のため、相手の承認を取る必要がある。
「えー、そんなわけで世界統一政府のもとに全てが統合される事になりました。つきましては、 もともと国境を考えずに活動しておられます御社は、すぐにでも世界政府の下部組織に入っていただきたく、ご承認を頂きに来たような次第です、ハイ」
世界政府の交渉代表は、そう言って話を切り出した。
企業というよりも、世界規模の経済国家の様相を呈してきた我社の社長は、おもむろに口を開く。
「分かりました……とはいうものの、これがフェイクでないという確証が欲しいので、 承認は数年後にしましょう。あ、救助活動は続けますよ、当然に。我が社と社員たちが、 大小に関わらず紛争や戦争に関わらない事が確実になってからということですね」
社長、今回は、やけに慎重だな。
交渉が終了した後、僕は社長に聞いてみた。
「社長、今回、やけに慎重でしたね。普通、もっと先を読んで、こちらが引っ張るような提案をするのが社長でしょ?」
「ははは、まいったね。しかし、ここからが正念場だからね。この星が、異星人に対して1つの政府として、 いかに対応できるか? これが成功したなら、我社の最高機密文書を公開しようと思ってるから」
「はい? 最高機密文書ですか? まさか、数年前に初めて僕達が乗せてもらった宇宙船とか……」
「察しがいいな、その通りだ。この星が、ようやく宇宙へ出られるように準備が出来たと確信できたら大きなプレゼントを贈りたいと思ってね」
その会話から数年。ついに世界政府は、惑星上での統一政府として異星人の宇宙船へコンタクトを申し出た。
その返事は、すぐに来た。
「宇宙文明への長い階段、その一段目を、ついに上ったな。よろしい、明後日、そちらの世界政府ビルへ交渉担当者を派遣しよう。待っていたまえ」
この一言がメディアにより流されると爆発的に社会が興奮状態になる。
異星人とは、どんな姿形をしているのか?
どんな言語体系と思想を持っているのか?
今まで姿を表さなかったということは、こちらが驚くような姿をしているのか?
もしかして悪魔のような姿とか? それとも羽を持った天使?
様々な憶測が飛び交い、メディアは、この話題で持ちきりとなる。
「さて、最後のツメが待ってるぞ、プロフェッサー」
「待ち望んだ舞台ですね、我が主。驚きますよ、異星人が、あなただったとは」
「今までは天才的な発明家ってことで世に隠れてたからな。これですっきり、ガルガンチュアに帰れるぞ」
「はい、エッタやライムは先に戻りましたので、明日の会見と交渉で、こちらも引き上げる準備はできています。企業譲渡も既に終了済みです」
「そうかい、じゃあ、後は明日、贈り物を渡して、それで宇宙へ帰ろう!」
いくら企業活動で儲けたって、宇宙へ出たら何も使い道ないしね……
今日は、朝から大変な目に遭い続けた。
まず、出社したら、出社時間にいないはずの重役さん達が我社ビルの前に勢揃い。
何事?
と思ったら、僕を見て、深々と挨拶。
「新社長、おはようございます!」
はい?
僕、ようやく部門リーダーにはなれましたが係長にもなってませんよ?
クエスチョンマークが頭から多発してる状態で、社長秘書たちであろう方々に、無理やり社長室へ連れて行かれる。
そこにあったのは、カスタム化されたのか、普通の重役用椅子より少しばかり大きめになった教育機械。
とりあえず、ここに座れと無言の圧力。僕が教育機械に入ると、圧縮授業のような1時間……
整理できない情報の洪水に圧倒されている僕の前に、すっと差し出される手紙一通。
なになに……
「急な話で驚いているだろうが私は君、オットー1258に、この会社の全てと関連企業、 世界救助隊の装備や人員も、全て譲渡する手続きを行った。必要な知識とデータは、 さっき君が入った教育機械に入れておいたので半日もすれば整理できると思う。 ちなみに君の想像通り、私は、あの宇宙船を使って、この星へ来た異星人だ。 ただし、生まれは、この銀河でも銀河団でもない、遥か遠くの銀河系は太陽系の地球という名前の星だ。 そこから、光をはるかに超える航法を使って、この星へやってきた。 あまり、この星に介入する気はなかったんだが、あまりにこの星の状況が私の星の過去の状況、 星が全滅する手前にあるのが気の毒で思わず介入してしまった。 とりあえず、星が統一されて大きな争いは無くなったと思うので、これで私は宇宙船に帰るとする。 ちなみに君に教えた知識は、この星の共有財産としろよ。 まあ、超光速航法の知識は、とりあえずブロックされてるけどな。 ブロック解除は、その星の民が自分と違う姿形、考え方や嗜好をしていても排除しない、 嫌わないという精神の成熟度により達成される。では、この星の未来に明るい光がさすように……」
唖然、呆然……
変な人だとは思ったが、天才とはそんなものだと考えていた。
異星人!
それも、この銀河をはるかに超えた宇宙の彼方から来たとは……
メディアニュースで何か特集してないかと受信機をONさせると、果たして、 異星人との会談が終了して後の記者会見が行われている。その会談で発表された内容とは、
※この星に画期的なエネルギー供給炉の理論と設計図をデータとして贈る。
※超光速は、いまだ精神的に未熟な文明のため供給は無理だが、これも画期的なフィールド航法の技術を供与する。
※世界救助隊にて使用中の装備一式は、このフィールド航法を使った宇宙艇に本来は装備されるものであり、 救助艇の各サイズの設計図をデータとして供与する。
実況中継では社長と思われる人物、執事と思われる人物の2人が初めて地上へ降りてきた宇宙船に乗り込む場面が映しだされている……
そして宇宙船団は空にある無数の大型小型ひっくるめて全てが、主である人物と共に空の彼方へと去っていく光景が……
僕は、ちょっとした感傷にふけっていたが、1時間もすると、そんな感傷はどこへやら。
各社メディアニュースの取材攻勢を受けることになる。
異星人の残した超科学技術を引き継ぐことになったいきさつは?
と聞かれて、僕は少し考えこむ。
「彼らは、この星を埋め尽くした大きな宇宙船よりも巨大な、それこそ衛星規模の宇宙船を持っていると私は考えます。 そういう超巨大宇宙船を操って宇宙を駆け巡る夢。僕は他人よりも、そんな夢を持つことが多かったので、 それが異星人、前社長の琴線に触れたのではないでしょうか?」
実は、あれから天文台へ連絡して、昔、連絡した宙域をサーチしてくれと、もう一度願い出たのだ。
こちらは昼なので、わざわざ宇宙望遠鏡の空いた時間でサーチしてくれるように向こうも動いてくれた。
結果、ビンゴ!
何か巨大な衛星クラスの物体が、そこにあるのを感知したらしい(光の歪曲がどうのこうのと言ってたが、 つまりは輪郭だけ、うにょうにょと見えるってこと)
おおよそ直径5000kmを超す超巨大物体があることだけ確認できたとの報告で僕は満足する。
数10年後には、この星の宇宙進出が本格的となるだろう。
そして、いつの日にか光すら超える宇宙船を駆って、銀河狭しと駆け巡る事になるだろう……
僕は、その宇宙時代の幕開けに少しばかり役だった事を誇りに思う……
「あー、疲れた。力押しが出来ないってのは精神的に疲れるねー。あ、そこそこ、効くー! ライム、お前の指圧、最高だよ!」
「マスター、今回も結果的に平和的解決が出来たから良いようなもののヘタすれば全世界巻き込んだ核戦争の引き金引くところだったんですよ!」
「フロンティア、そこは抜かり無いよ。そんな物騒な思考波を見つけたら問答無用で軍事基地ごと叩き潰してた。 まあ、救助隊ということだったが、あんな装備が武器として使われたら……という無言の脅しも入ってたからな。 実際に武器を向けてきたのは、ごく一部の国だけだったし」
「主、その一部が戦争の引き金になるかも、ですね。あの文明程度の生命体は自分の国以外は敵と考えるように育てられる事が多いと聞きます」
「うーん、どうなんだろうね? 俺は死滅するよりも団結して生き延びたいと思うのが生命倫理だと思うがなぁ……」
今日も今日とて、自分たちの成し遂げた偉業を、これっぽっちも意識すること無く、チェックと修理の終わったガルガンチュアは発進するのだった……