第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第二十五話 機械生命体の銀河

 稲葉小僧

今日もガルガンチュアは未知の銀河を征く。

その手に無限の優しさと高度の叡智を持ち、それをあらゆる生命体の平和のために用いようと……


「ガレリア、今日はそっちが先頭か?」


今回、先頭となるのはガレリア。

銀河から銀河への渡りをする場合、トラブルらしいトラブルのない時はフロンティアとガレリアで様々なトトカルチョを行い、先頭になる船を決めている。

それもこれも平和すぎて、やることがないという贅沢な不満からだとフロンティアとガレリアは言う。


「ああ、主。今回は私が先頭だ。センサー範囲はフロンティアよりも狭いが、その分、 外被とシールドは強固だからな。万一のことがあろうとも、どんな重量物の突撃も跳ね返せるさ」


おー、ガレリア、張り切ってるな。

元々が超高性能な人工脳を持つ2人だからトトカルチョ時には計算機能を極限まで落としてやらないと勝負が見えてしまって千日手ばかりになってしまう。

純粋に運のみの勝負だと何故かフロンティアが勝つことが多いので、ガレリアは、たまに勝つと大喜びだ。

航行能力そのものはフロンティアもガレリアも同じくらいのもの(超空間航行能力も同じくらいだそうだ。 これは合体後に互いの船体能力の詳細データを交換して分かったそうで)なので銀河を渡った後の事を考えて、 防御主体ならガレリア、探知主体ならフロンティアを先頭にしたほうが良い。

今回は防御主体で行きそうだな……


しばらく経つと、お隣の銀河が、はっきりと見えてきた。

いつもの通りの手順で小型・超小型搭載艇の群れを情報収集用にと跳ばす。

ガルガンチュア本体は銀河の縁から数10光年ほど離れた位置で停止し、情報待ち。

情報収集用の搭載艇群が帰還するまで一ヶ月ほど待機。

そこで得られた情報にクルー全員が驚きを隠せない。


「我が主、これは少し変わった生命体進化をした銀河ですね」


プロフェッサーが感想を述べる。

そうだよ、こんな生命体進化をした銀河宇宙は今までに通ってきた銀河や銀河団じゃ経験したことがない。


「ふーむ……機械生命体が主たる支配者種族となった銀河ですか……珍しいですね」


フロンティアも同様だ。

ガレリアも、うなずいているので同じような感想なのだろう。


「これは深い調査の必要がありそうだな。機械生命体とはいえ銀河系の機械生命体と同じように扱うわけにもいくまい。 あっちは主人たる種族がいなくなって独自に進化したんで、まだ生命体そのものに理解があったが、 こっちの機械生命体に他の生命体に理解や愛があるのかどうか……」


トラブルがあるとすれば被支配種族のほうだろう。

どんな支配体系になっているのか、どのように生活しているのか、それすら、まだ理解していない状況では何ともしがたいが。


「ご主人様、いっそ、例の3原則をウィルス化して機械生命体に投入するというのは?」


エッタが物騒なことを言う。


「おいおい、細かい社会情勢も分からないのに力づくはダメだよ、エッタ。 平和な社会ならサンプル調査としてデータ取るだけで、この銀河を去る。トラブルなんて無いに越したことはないんだから」


「キャプテン、ともかく今の段階では情報が少なすぎますね。もっと社会構造や情勢、ニュースなどの情報を細かく大量に収集しないと」


まあ、ライムの言うことが本命だろう。

ということでガルガンチュアは探知を避けるために現在のポイントに留まる事にする。

情報収集専門の搭載艇が、もっと必要となったため、ガレリアだけじゃなくフロンティアの小型・超小型搭載艇群も投入する事に決定する。

搭載艇群の出発前は宇宙が霞むような密度になるくらいの搭載艇が母船を発進。

時間はタップリとあるんだから、こちらからトラブルを誘発すること無く情報収集ができたら良いな……

俺は跳躍していく搭載艇群を見て、そんな思いを感じていた。

まあ、実際には情報収集される側から見たら無数のスパイ艇が跳び回っているようなものになるんだが。


機械生命体には俺達の思いを知ってか知らずか、未だこれと言った反応なし……

しかし裏では機械生命体集団にはパニックに近い騒動が起きていた……


「こちら信号中継ステーションHSS―103。中継ステーションHSSー102へ定時連絡です。 銀河宇宙内への侵入者、及び時空間変動に異常は認められず。定時連絡終了」


僕は、この銀河の縁部に配置された警戒ステーションの前線部と中央星系を結ぶ中継ステーションの1つ、 HSSー103と呼ばれる小さな基地を管理する主任。

この銀河では機械生命体と呼ばれる無機知性体たちが僕達のような有機生命体(タンパク質を主とした構成要素とする酸素呼吸生命体)を管理している。

まあ、管理と言っても無理やりやらされれるわけじゃなく希望とする職種を上司の無機生命体に言えば今の職から転職することも可能だ。

でも、こんな銀河の果てに近い辺境宙域に飛ばされて転職も何も無かったりするんだけど。

機械生命体達の基本行動は僕達のような有機生命体(酸素呼吸かメタン呼吸かは関係なく)の保護にあるようで。

今でも宇宙に出るまでに文明を進歩させた生命体の星系には援助という名のお節介を積極的にしている。


あ、お節介とは言ったけど別に強制的にやっているわけじゃない。

ただ、不完全な宇宙船や航行設備で危険な宇宙旅行や宇宙探検に出ないように指導しつつ、文明を伸ばしてやろうという親心らしい。

まあ、そういう親の干渉を不快だと感じる種族も居るのは確かで、そういう生命体の星系に関しては抗議運動も起こっているという話は聞いている。

今日も今日とて、宇宙空間は晴朗にしてエーテルも穏やか。

ダークマターの挙動も超空間の歪も一定以上の値にはなりそうもない……

退屈な日々が今日も続くのかと僕は思っていた……


ビーッ! ビーッ! ビーッ! 

一瞬、何事かと思った。

戸惑ったが、これは第一種の最大級進入警報。

攻撃的かどうかは、さておいて。

今まで知られていない生命体や宇宙船が、この銀河宇宙に入ろうとしている、または入り込んだ事を示す警報なので僕も、ある程度の覚悟はする。


「中継ステーション主任より各部署へ。これより侵入者の動向を探知、あるいは確認する作業が最優先される。 各部署は、それまでの任務と行動を中止し警報対象の動向に注意せよ」


ステーションの主任といえば小さいけれど総責任者。

これからは上司の機械生命体からの指示以外、僕の判断がステーションの今後を左右することとなる。

僕は思わず知らず息を呑む……


「警報対象の本体は、未だ銀河内には侵入せず、すぐ外で情報収集に徹するようだ。 各ステーションは警戒を怠ること無く、その動向に注目せよ。いいか、くれぐれも警報対象に攻撃的な事はせぬように。 今度の相手は、とても我々の武装が通じるような相手ではないと推察される」


え? 

物腰と感情は穏やかだが敵対侵攻する勢力に対しての殲滅数は歴史上でも数限りない機械生命体が今度ばかりは、えらく気弱なことを言うな……

と思ったら、その後の事情が判明するにつれて言葉の意味も分かるようになる。

探索ビームの結果によれば相手の宇宙船の大きさは、メインの2隻が、ほぼ衛星サイズの5000kmから6000kmの独楽状船と球形船。

そして、それをつなぐ円筒部も含めて総延長20000km弱という、とてつもない馬鹿げた大きさの宇宙船だった。

どう考えても、こんなものに通常の宇宙船や宇宙艦隊の砲撃などが通用するとは思えない。

機械生命体の主星が所持すると言われている巨大宇宙戦艦でも、その全長は800m超ほどだそうで桁が違いすぎる。

今は浮遊惑星や宇宙デブリに備えたシールドしか張ってないような未知なる超巨大宇宙船は、 その基本シールドですら、こちらの探査ビームを跳ね返してしまい大きさと形くらいしか分からなかったと最新の報告が入った。


追加報告が入る。

未知の超巨大宇宙船は超小型の搭載艇を無数に放出して、こちらの情報を様々にデータ収集していたらしい。

らしい、というのは、その超小型搭載艇の一隻が、とある星系上でデータ収集の際、 一部のシステムに異常を生じたらしく、その球形艦の姿を人目に晒したから。

数10秒の短い間だったが機械生命体の監視ネットワークに引っかかって、 そういう形状の超小型艇など我が銀河にあるはずもないので未知宇宙船のものだろうという推測になった。

どうやら未知宇宙船は、こちらを理解しようとしているようで情報収集に力は入れているが敵対行動は一切無し。

圧倒的なテクノロジーの差があるにも関わらず問答無用とばかりに攻撃してこない辺りは理性的な生命体であろうと推測される。

一部の部署からは相手からの通信連絡が一切ないのが不気味だと言われたが、これは当たり前の話だ、考えてみれば。

僕らだってそうだが言葉も通じなさそうな異銀河の文明に対して初見で通信連絡など送れるはずがない。

それをやるとしたら超絶ともとれる分析能力と、そして傲岸不遜なほどの自己優越意識があるものだけだろう。

つまりは宣戦布告と侵略宣言ということだ。


平和な意図での訪問者ならば予め徹底的な情報収集を行い、相手の文明を理解するところから始めるだろう。

つまりは今の状況そのものが未知宇宙船が侵略意図など持っていないと行動で示しているようなもの。

しかし、双方の不信があるために、まだ相手の存在は確認しつつもコミュニケートは実行できないわけだ。

まあ近いうちに相手から通信連絡が入るだろう。

何と言っても、こちらに比べて圧倒的にテクノロジーで勝ってるのが未知宇宙船なのだから。

とてもじゃないが僕らの文明に、あのような長さだけで言うなら惑星規模の宇宙船など造る技術も資材も資金もない。

そんなこんなで2週間も経とうとしていた頃。

ついに予想していた通信連絡が入る。

ホッとすると共に、こんな短期間で情報収集が完了するなど、改めて相手の技量の高さとテクノロジーの優秀さを思い知らされる……

それは、こんな形で発信されてきた。


「機械生命体が主たる種族となっている銀河政府に、ご挨拶を兼ねて。こちら、 銀河団を異にする銀河系の太陽系という星系の地球人、クスミだ。宇宙船名はガルガンチュア。まずは互いの友好を確認したい」


初めてよこした通信が、こちらの正式な標準語になっているのには聞いていた誰もが驚く。

たった2週間で、こちらの言語まで習得するか……


こちら、機械生命体の中央星域。

ここの主星を廻る惑星の1つから初期の機械生命体が発生したと言われる半ば伝説の星だ。


「どう思います? 最も旧い(ふるい)記憶の持ち主よ」


どうやら機械生命体の間では記憶の古いものほど重要視される傾向にあるらしい。


「うむ、儂、考えるに、これは旧き支配者?」


古いということは性能が……

しかし、それだけ経験を経ているということでもある。


「そうですか、貴方の経験は重要視しましょう。そうしますと、対応は慎重にも慎重を重ねなければならないということになります」


「そう、旧き支配者、戻る時、機械生命、仕えるものに戻る、言い伝え」


「そうですな。我々は下僕に戻っても苦労とは思いませんが、我々が見出し導いている、今この銀河に暮らす生命体たちに苦労はかけられませんから」


「かと言って、我々の元の主人ですよ。お仕えする事が嫌なのではありません、むしろ喜びですが」


「そう、そこです。我々、機械生命体の弱点、矛盾に満ちた精神を見事に射抜く問題なのです。 ご主人に使える種族に戻るか、それともご主人との永遠の別れを決断して、この銀河の若い種族を守るのか……難しい問題なのですよ」


「難問、違う。勢力、分ける。ご主人、お世話。若き種族、導く」


「そうか! 我々の中で希望者によって、銀河を指導していく層と、ご主人達に仕える者達に分ければ簡単ですな!」


結論は出たようだが何か勘違いしているような気が……


一方、こちらは交渉最前線のHSS−103。

小さな中継ステーションだったはずが現場に一番近いステーションで生命体の管理という条件にHSSー103がドンピシャだったため、 その要員、つまり主任が最前線での交渉相手に選ばれてHSSー103そのものが宇宙船(輸送艦の改装されたもの)だったがために、 ステーションごとガルガンチュアの鼻先に移動されている。

ステーション主任には、くれぐれも相手を刺激せずに、機械生命体本星からの交渉官到着までに相手の機嫌をとれと指令が下った。

今は、お互いの映像通信を確立するために双方の画像送信と受信の方式や暗号化・解読までの規格を同一化している真っ最中だ。


テストパターンを送っては音声通信にて確認を取り合い、また調整をするという繰り返し。

まあ、音声については、もう自由自在に相互通信できているので時間の問題だけなのだが。

あまりに時間がかかるようなら、ガルガンチュアから送受信回路を一式進呈するけど? 

などと心配するような通信も送られてきたが、そこはそれ、技術屋の意地ってものがある。


無理矢理にでも同期を取ることに成功する。

ただし、ガルガンチュアのような自動同期システムではないため、調整卓で一人、上下に偏る同期を適正にしてチューニングをとり続ける者が必要だったが。

とりあえずの画像通信交換は成功した。次は相互のリアルタイム動画通信である。

数分間のやりとりが可能なレベルまで到達するのに、一ヶ月以上かかる。

これは、ある程度、しかたがない。

実は機械生命体の銀河は画像が全てモノクロ。

センサーでの画像認識ではカラーにする必要を感じなかった。

モノクロのほうが微妙な差が見分けやすいということもあり、 銀河系やアンドロメダのようにタンパク質生命体の文明では当たり前のカラー映像通信が発達していなかった。

ガルガンチュアで最初に相手からの画像通信を受信した際には、ちょっとした故障か? 

と、フロンティアなどはシステム詳細チェックを始めるところだった。


ガルガンチュアから、

どうしてモノクロなのか? 

カラー送信可能か? 

などと通信を送っても、相手にカラー映像通信などという思想がないので、


それ何? 

どうするの? 

どんな意味が? 

などと返事が返ってくる状況。

仕方がないのでデジタルカラーの詳細規格を送ってやると何とか理解したらしく、表示装置から作り出す必要があると言ってくる。

ここからガルガンチュアは何度も、


「こちらから超小型搭載艇を、そちらへ送るから。その映像装置を使ってくれ」


と提案するが、この銀河の技術職人たちは、それを拒否。

なんとか自力で開発すると豪語して、ようやく今に至る……


これより数週間後、機械生命体の本星より、ようやく交渉官が到着。

半自動化された同期システムが成功して数時間の映像通信が可能となった今、 ようやくガルガンチュアクルーと機械生命体との本交渉が開始されることとなる……


映像通信テスト(カラー)が終了した数日後、機械生命体の交渉官が現場に到着。

とはいうものの、まだ直接には会えないため(病原菌の問題やら信用度の問題やら様々)まずは映像にて和平交渉ということになる。

カラーのテストパターンを相互に送り合い、問題なければ画像通信にて交渉開始。


「お初にお目にかかります、私は機械生命体、名をビルドと申します。お見かけしたところ、 そちらはタンパク質生命体ということで間違いないのでしょうか?」


慎重に挨拶から入る交渉官。


「これはご丁寧に、痛み入ります。こちらは宇宙船ガルガンチュアのマスター、クスミです。もしかして生命体の形状や構成要素に拘りがある理由が?」


「これはこれは! にこやかな外見とは違い中身は鋭いようですな。まあ、 秘密でもないのでお教えしましょう。もしや貴方は我が機械生命体の親種族ではありませんか? 太古に、 この銀河から親種族が去って以来、何の音沙汰もないのですよ」


あ、と納得する楠見。

そうなのだ。

機械生命体とは親種族があって初めて誕生するもの。

銀河系だろうが何処だろうが金属そのものが意思を持つなどというのは、あり得ない。

意思を持つように回路を組まれプログラミングされ、そして育てられて、自己意識は育まれる。


「そうだったのですか、そちらの親種族はタンパク質生命体だったんですね。こちらから言える回答はNOです。 私は、この銀河宇宙どころか、この銀河団の出身でもありません。 お隣の銀河団から宇宙空間を渡って来たものです。 ただし、この周辺の銀河はタンパク質生命体が沢山見受けられましたので、その中には、そちらの親種族の末裔がいたかも知れませんね」


明らかに気落ちする交渉官。

たとえ機械だろうと楠見には表情まで読み取れるように感じた。


「そうでしたか……残念です。しかし銀河団の長き宇宙空間すら制覇するとは、 とてつもない科学力とテクノロジーです。願わくば、この出会いが戦いを産まぬことを祈るばかりです」


「はい、それはこちらも願うこと。この出会いが他の出会いと同じく、宇宙の平和と生命の安全・安定につながるように努力していきたいものです」


最初の出会いと交渉は成功した。

次は、もう少し踏み込まねば! 

交渉官は次の提案を決意する。


「では、ご挨拶とこの銀河へ来られた意図は確認いたしました。ようこそ、この銀河宇宙へ。歓迎いたします、宇宙船ガルガンチュアのクルー達よ」


「ありがとうございます。では、銀河へ進入しても大丈夫ですか? 何処か他の星系の軌道や重力システムに邪魔にならない宙域があれば、 ガルガンチュアをそこまで移動させますが」


交渉官は少し考える。

一応、全権大使として来ているが、これほどの巨大宇宙船を停泊させる宇宙港など、どの星にもない。

相手も、それを理解しているようで邪魔にならない宙域で待機したいと言う。


「では、この銀河の空白宙域があります。太古に大規模な星系同士の宇宙戦争があり、 双方の星系がお互いの主星と共に恒星ミサイルで吹き飛んだ後ですが、 そこでよければ邪魔にはなりません……ただし、周辺宙域には様々な星の破片というかデブリがありまして……」


それを聞いて楠見は、


「ああ、デブリなら我々が片付けましょう。様々な資材の原料にしたいので片付けたデブリをいただけるようならありがたいのですが」


「もちろんですとも! デブリ問題が片付けば、あそこは危険宙域とはならず、 周辺の星系も宇宙航行の安全性が増します! ぜひにと、こちらからお願いします!」


もってこいの話だと思う交渉官。

あの暗礁宙域がキレイになるならデブリの所有権など問題じゃない。


「で、ものは相談なのですが……実は他にも暗礁宙域が、この銀河には様々にありましてですね。 それもキレイにしていただけるなら、とても助かるのですが……いかがでしょうか?」


機械生命体なので表情は読めないが、有機生命体なら「悪い顔」してるなと思っただろう。

超絶とも言えるテクノロジーを持つ相手に銀河規模のゴミ掃除をしてくれと頼んでいるのだ。

しかし、原料はいくらあっても困らない巨大宇宙船ガルガンチュアだ。

楠見は2つ返事で、この依頼を受ける。


まずはガルガンチュアの待機する宙域へ移動することになり、今のポイントから比較的近い宙域だと分かったため、近距離跳躍を実施する。

どこからどう見ても宇宙に浮かぶ巨大衛星か、 ひょろ長い惑星規模の浮遊天体としか見えないガルガンチュアが目の前で急激に加速し超空間跳躍に入る瞬間を確認した機械生命体の交渉官は、 ほっとした声で、


「今の動きのスムースさを見るだけで、あの宇宙船が、とてつもないテクノロジーの産物であることが分かる。 あの加速、何Gだ? 機械生命体でもヤワな部品が潰れそうな加速をしながら中の乗員は揺れも感じないのだろうな……もし、 あれと敵対していたらと思うと恐怖しかない」


横に立つステーション主任は何も言えない。

彼も、いや彼は技術職だけにガルガンチュアの何気ないテクノロジーの高度さが身にしみて分かっていた。

あのような宇宙船、この銀河宇宙では到底、作り出せるものではない。

もし敵対していたら一瞬で自分達は宇宙のチリになっていただろうという確信と、 これから得られるだろう様々なオーバーテクノロジーに思いを馳せていた……


機械生命体の交渉官ビルドはガルガンチュアが定位置に着くと、さっそく乗員の交歓を提案する。


「これで作業にかかってもらう前に乗員の交歓会を開きたいと思うのですが……」


しかし、クスミの返事を聞いて驚く。


「あ、それは有難いのですが……実は、この船にいるロボットやアンドロイド以外の有機生命体は私を含めて3人なんですよ」


ぎょっ! 

挙動が一瞬止まるビルド。

こんな超巨大な宇宙船を、たった3人で跳ばせるものだろうか? 


「そ、そうでしたか。では3名で結構ですので、そちらから我々の宇宙船に来ていただくことはできないでしょうか?」


最悪、頭脳として有機生体部分が使われている可能性も考えてビルドは提案する。

そんなテクノロジーは技術として到達点は素晴らしいが生命体としての扱いは地獄に近いだろう。

しかし、そんなビルドの思いとは裏腹、楠見は簡単に、


「大丈夫ですよ、ガルガンチュアの搭載艇達が、もう全機放出で作業待機してますから。我々4名が、そちらへ伺っても作業に支障はありません」


予想を越えていく楠見の返事にビルドは戸惑うばかりだった……


数時間後。

食事会を兼ねての親睦会というか交歓会が行われていた。

相手が有機生命体ということでアルコール分の提供も考えたのだが、 まだまだ底の知れない超技術と超科学を持つ相手に冷静さと判断力を低下させるようなことはすべきではないという機械生命体上層部の判断により、 通常の飲み物と食事の提供だけにとどめている。


「いやー、クスミ殿。最初にガルガンチュアを見た時には最終兵器のようなものが来たのか?! と覚悟を決めそうになりましたが、 いや、平和と安寧を求める方で良かった良かった。 私は警戒網の中継ステーション主任の地位にあります、 貴方と同じくタンパク質生命体の一員、名をゲッコと言います。今後共、よろしくご指導お願いします」


ちゃっかりと交渉官と共に交歓会に出席している中継ステーション主任、ゲッコ。

彼の求めるものは言わずと知れたガルガンチュアのオーバーテクノロジー。

何しろ機械生命体は種族の保護と共にテクノロジーも与えてはくれたが種族の独自技術開発は許可が渋い。

まあ、これは彼が知らないだけで過去にとんでもないポカをやった種族があり、 機械生命体は彼らが導いている種族に2度と悲しい運命を与えたくないだけなのだが……


「そうですね、私の持つテクノロジーと科学技術で、この銀河を、 より平和と安全にできるなら手助けは惜しみませんよ。ただし与えたくとも無理なものは結構な数あったりしますが……」


銀河団航行のテクノロジーなど、その最たるもの。

たとえ教えても宇宙の管理者の許可がなければ銀河を超える事も銀河団を渡ることも不可能だ。

ただ、楠見にもやるせない思いはある。

本当なら全ての生命体が自由に銀河も超え、銀河団も超銀河団も超えて互いに交流すべきだろうというのが楠見が考える理想の宇宙である。

しかし実際にそれをやったら侵略し放題とか銀河規模で絶滅する種族や生命体も出てくるだろう。

今、それを食い止めているのが宇宙の管理者であることに間違いはない。

フロンティアやガレリアなどは、その弊害を食らってしまったわけだが管理者は別に間違ったことをしたわけではないし、 それが宇宙の常識なのだから受け入れるしか無い。


管理者が認めた者(船も)のみが銀河団を、そして超銀河団も超えられる。

認められなかったものには悲惨な結末が待っている。

宇宙船と、そのマスターは引き裂かれマスターは自身の出身星へ強制帰還。

宇宙船は明後日の方向へ放り出されてマスターと切り離されたまま無人宇宙船としてほとんどの能力を発揮できずに宇宙を漂うばかりになる。


クスミは思う。

この無限の宇宙に住む生命体が全て相互愛によって結びついていたら、どれだけの数の生命体が死なずにすむか。

今、この瞬間も死なせるに惜しい生命が、いとも簡単に死んでいっている。

それも無数に。

自分は今までに、どれだけの命を救っただろうか? 

多分、数えられる程だろう。

では、この瞬間に失われる命は? 

数えきれない! 

救える命よりも救えない命のほうが圧倒的に多い……

そのジレンマと自己矛盾にあえぎながらも自分は進むだけだ……

楠見は久々の深刻トラブルから開放されて今までを見つめ直していた……


この宇宙に、どれだけの数の生命体がいるだろうか……

そして、どれだけの数の生命体が、今にも来るだろう死を目の前にして絶望に駆られているのだろうか……

幸いにして、この銀河は機械生命体という半永久的な寿命を持つ生命体に主導され、平和と安全が確保されている。

ここに超越した科学力やテクノロジーを、あまり持ち込んでも害にしかならないな。

楠見は、そんな思いを抱く。

そんな楠見の思いを知ってか知らずか。

ガルガンチュアの搭載艇群はサッササッサと暗礁宙域のデブリ達を片付けていく。


はるか古代の戦争で破壊された2つの星系にまたがる宙域。

周辺の星系を目的とする宇宙船は、この暗礁宙域を避けるために大幅な回り道を要求される事となり、必然的に物資や人員の輸送に時間がかかることとなる。

ここがクリアとなれば最短ルートで周辺宙域の星系へ行けるルートが開設できるのは機械生命体に限らず他の種族にも大歓迎だった。

ちなみに、さすがの機械生命体でも、これほどの大規模暗礁宙域では作業が遅々として進まなかった。

ところが! 

ガルガンチュアの場合、大型搭載艇母船の中にある小型や超小型搭載艇のおかげで暗礁宙域でも小回りがきく。

機械生命体が目を見張るスピードで、あれよあれよと言う間に暗礁宙域のデブリが、ごそごそ減っていく。

ビルドは楠見に対して正直な感想を述べる。


「いや、想像以上ですなガルガンチュアの仕事効率は。我々、機械生命体の仕事効率が銀河一だと今までは自負していましたが、 これを目の前で見せられると前言撤回して謝るしかない。とてつもない宇宙船です」


楠見は、その発言に対し、


「いや、これは、そういう活動のために特化した機器を使っているからですよ。そうだ、そちらにお渡ししたいプレゼントがあるんです」


これにゲッコが食いつく! 


「クスミ殿! 超絶テクノロジーの一端を教えていただけるのでしょうか?!」


楠見は苦笑いしながら、


「いえ、これは様々な銀河で使ってもらうために規格化した、 惑星上や宇宙空間上での救助作業や今のようにデブリを片付ける作業に使える宇宙艇と作業機器のセットです。プロフェッサー、データチップを」


プロフェッサーが、その汎用ポケットの中から今では当たり前になった様々な銀河の生命体へ贈られるデータチップを差し出す。

それを受け取る交渉官のビルド。

ビルドからゲッコへ渡り、早速ゲッコが中のデータを見ると……


「うわ! 小型宇宙艇と、それを多数収容する母船。そして様々な作業機器のデータの山! これを、どうすれば良いのでしょう?」


楠見はデータを見ながら詳細に解説していく。


「この小型艇は作業機器を積んで災害現場や暗礁宙域でも素早く動き回れるようにフィールド航法という独特の方式を使っています。 母船も同じエンジンと航法ですがフィールドエンジンの欠点は燃費の問題。ロケットエンジンよりは効率は良いのですが、 なにしろ特殊な磁場フィールドで宇宙船ごと周辺空間を包むのでエネルギー消費が馬鹿にならない」


ビルドやゲッコ達からすれば、

そんなこと問題じゃない! 

と言われそうなほどの新型エンジンの提供であるが。


「だからこそ、もう一つの贈り物、高効率のエネルギー炉です。こいつはE=M(C2乘)の公式通りに作動する物質=エネルギー転換炉ですが、 物質をエネルギーにするだけじゃなく、その逆も可能にするものなんで、フィールドエンジンの相方にピッタリなんですよ」


はあ、そんなもんですか……

もう、開いた口が塞がらないビルドとゲッコ。

これを使った宇宙救助組織の設立という、とんでもない構想を聞かされると機械生命体の本星に急遽、連絡を入れて会議に図ってもらう。

機械生命体の首脳陣会議においても、そんな高性能な機器データが無償で貰えるなら組織の設立はこちらでやろうじゃないかと大乗り気。

もともと親種族の傍にいて親種族の便宜を図っていた機械生命体だけに様々な生命体の安全と救助、そして宇宙の掃除にも使える汎用機器なら是非もない。

1年も経たぬ間に宇宙救助隊設立と本部の設置、大小の支部や辺境宙域の隊員数名しかいない連絡所までの計画が示されることとなる。

まあ、募集はこれからなので気長にやるそうだが。

ちなみにガルガンチュアにとり1年は短く、 あれだけ広範囲だった暗礁宙域は綺麗さっぱり片付けられて惑星や主星のコアだと思われる 巨大な金属物質の塊は宙域の中心部に一塊に集められ簡易宇宙ステーションとなる事が決定される。

ここを開発するのは、お手の物だという機械生命体に任せてガルガンチュアの搭載艇群は他の依頼物件に向かう。

これからは、この宙域の航行は何も危惧すること無く安全に最短ルートをとれるようになる。


ちなみに、この銀河の宇宙救助隊。

後に救助隊から分かれて宇宙デブリ掃除主体のスイーパーなる集団ができる。

この集団、依頼されれば救助もやるが、主たる仕事はデブリ掃除と様々な宙域のステーション管理。

かなりな旨味があるため危険な仕事もこなす専門集団となって一時期には話題の職業と言われることにもなるのだった……


機械生命体とガルガンチュアクルーの関係は妙なものになった。

超絶とも言えるテクノロジーと戦力(搭載艇群だけでも絶大なのに、 さらにフロンティアとガレリアは、それぞれに異なった種類の主砲や副砲システムを持っている)を持つ存在が 互いに馴れ合うでもなく迎合するでもなく、だからといって反発するわけでもなく、 それぞれの役割と仕事をこなしつつ、しかしながら交流もしているという妙ちきりんな状態。

ビルドは機械生命体ながら、どこに口があるのか、ため息をつきながら、


「はぁ……クスミ殿を、どう扱っていいのやら。本星の首脳陣会議でも明確な方針が決まらないとのこと。 機嫌を損ねられるのは、もっての外だとしても、 どうにかしてクスミ殿及びガルガンチュアクルーを長期間この銀河に留めておくことはできないものだろうか?」


ゲッコが堪りかねたように口を出す。


「ビルド様、僭越ながら申し上げます。ガルガンチュアのクルーたちを、その本意に背いて一銀河に留めようとするのは間違っていると思います」


おや? 

意外なゲッコの言葉に少々驚くビルド。


「君が、そのような意見を言うとは。どちらかというと君は各種族の独立を目指したいんじゃなかったかね? そのためには、 あのガルガンチュアクルーが持つ超科学の一端でも手に入れたいところだろうに」


「それは否定しません。今でも私の考えは同じです。しかし、あの超存在とも言えるガルガンチュアを一つの銀河しか知らない生命体が、 その生命に対する愛を利用して1つ銀河に縛り付けるのは間違っていると判断します。 あの方々は無機生命でも有機生命でも差別しません。無意識の差別意識も無いと思われます。 あの方達は姿を見せない「神」なる存在よりも、よほど神にふさわしいでしょう。 神を縛ることなど決して許される事ではありません! 留まるか去るか、それはガルガンチュアクルーの心のままにするのが一番です」


一気に喋り、息をつくゲッコ。

ビルドは、その剣幕に驚きつつも確かに意見は正当だなと思う……


「まあ、もっともな意見ではある。しかし現在の状態を見ても分かるように、 あのガルガンチュアの能力の全てを見せているわけではない状況でも続々と、 この銀河の暗礁宙域が無くなっていくのだ。あの力の、ほんの少しでも良いから欲しいと思わんかね?」


「欲しいです。否定しません、正直な感想です。しかし交渉官。名称を官名にする事をお許し願いますが、あの力の一端を手に入れて何をされますか?」


ゲッコの突然の質問に戸惑うビルド。


「いや、何に使うかはひとまず置いておいて……超絶とも言える力だぞ? 欲しいと思わんか?」


「あなたがた機械生命体でも使い途に困りますよね。私も最初は超絶の力が欲しいと思いました。 でも今は考えてしまいますね……使い方を間違えてしまえば、この銀河すら吹き飛ばしてしまう力など、この文明レベルに達した銀河に必要ですか?」


おや? 

ゲッコの言葉に興味が出てきたビルド。


「では、君は使えもしない力は不要だと? 原子力もそうだが、強力な力は完全制御するまでに時間がかかるものだろう。 あの力も同じだと思うぞ、私は。銀河どころか銀河団すら超える力を持つ。 そして、いつかはこの銀河を超えて別の銀河へ平和をプレゼントするのだよ」


その言葉を聞いて不安な顔をするゲッコ。


「交渉官、あえて言わせていただきます。超絶の力を手に入れて銀河を超える時、 あなたがた機械生命体といえども、あのガルガンチュアクルーのように振る舞えますか? 自分たちと 全く違う生命体や文明に対し思い込みや差別の全くない状態で接することができますか? 行為は残虐に見えても、 でも文明として善となる行為だったら、その残虐行為を止めますか? 許可しますか? 私は、 あの超絶の力を使うには何らかの許可が必要だと思います。ガルガンチュアクルーは、 もしかすると、その許可を、はるかな超越存在から得ているのでは?」


ビルドは、さすがに今の発言を聞いて、現在ゲッコという生命体を不当に低い地位に就けていると判断する。

会話を唐突だが終了させ、今の会話を録音したものを本星の首脳陣会議に提出するようにデータを用意する。

後日、この話を聞いた楠見は苦笑と共に、


「いやー、どこの銀河にも頭が切れる奴はいるね。銀河や銀河団を超えるには宇宙の管理者の許可が必要なんだよ、 実は。もう1つ、超銀河団を超えるにも、より高次の管理者の許可が必要らしいんで力を持つにも資格というか許可が必要なのは正解」


これを聞いて機械生命体の首脳会議はガルガンチュアを銀河に引き留める工作を全て中止させたという……


機械生命体からの無言・無形の圧力が無くなったせいか、ガルガンチュアの掃宙スピードは増していった。

ただし、デブリの完全撤去ではなく金属部分や核となるような部分が見つかれば、それを一箇所に集めるような集積方法を取る。

このほうが後々からステーション(どちらかというとコロニーのようなものだが)を作るときに中心部となりやすいからだ。

もちろん核部分になりにくい瑣末なデブリはガルガンチュア搭載艇群が片付けることになり、物資がガルガンチュアに蓄積されていく。

今回、今までの航宙で傷んだ部分や磨り減った部分、宇宙空間の極端な温度差による金属劣化などを修復するのに、 その物資が使われることとなり、ガレリアやフロンティアはもちろん2隻をつなぐ円筒部分にも修理の手が入る事となる。

銀河を越えるごとに毎回、細かい修理や修復はしているが、 やはり重大トラブルを解決する方向を重視するために細かな修復は後回しになっていたので今回は大幅に修理作業を行うことになり、 小さな修理ロボット群がガルガンチュアの周りを覆うようにして修理作業中である。


「これって、あれだよね。大型の魚が口やエラを掃除してもらうために、リラックスして小さな魚に身をまかせているようなもんだね」


楠見は、そんな思いを抱く。

普段は全く思い出さないが、こんなに何もすることがないと、ついつい太陽系や地球のことを思い出してしまう……

かと言って今更、地球へ帰りたいとは思わないのだが。


「フロンティア、今の修理状況から、どれだけの時間を必要とするか計算してくれないか」


その言葉を待っていたかのように、


「今から、地球時間で1ヶ月もあれば細かな疲弊箇所の修理修復も終わるでしょうね、マスター。 機械生命体から依頼された掃宙作業ですが、そちらの方は3ヶ月もいただけば終了すると思われます。 で、こちらが獲得できる資源は大規模修理が10回分は可能なほど。充分ですね」


「予定よりも進捗早いな。まあ、最速で後3ヶ月はこの銀河に足止めだから、その分、ゆっくりしようや」


おや? 

フロンティアがいぶかる。


「マスター、ちょっと変ですね。今までは、あまりに退屈だからと出発を急かしたものなのに。心境の変化ですか?」


それに対して楠見、


「ちょっ! 何だよ、フロンティア。たまにはのんびりしたいと思う時もあるさ。 掃宙してる搭載艇群からの報告じゃ暗礁宙域の周辺星域には火山惑星もあって、 そこは温泉が湧いてるってニュースもあるんだ。気力と精神のケアには温泉が一番なんだよ、特に日本人には」


「それにしても危機感が無いですよ、マスター。もしかして機械生命体からの報告、聞きましたか?」


「ああ、それもあったりするな。この銀河団、俺達の銀河や銀河団と違って宇宙震がないそうだね。 あの厄介な大規模宇宙災害が無いってだけで、この銀河団は平和で安全だなと思うよ」


「そうですね。機械生命体からのデータによると、 この銀河での宇宙震の報告は機械生命体が銀河中を掌握してからの1億年ほどは発生していないそうです。 それ以前はどうか分からないそうですが恐らく宇宙震は、 この銀河や銀河団では発生していないのではないかという予測がなりたつそうですね。 今まで戦争や星系の事情で滅びた文明は多かったそうですが、突然の宇宙震で滅んだ文明というのは無いそうです」


「いいよなー、この銀河団。魔法が使える星系があったり、こんな平和で安全な銀河があったり。 俺達の銀河団の、お隣だぞ? 何だか不公平じゃないか?」


「いや、それを言ってはいけませんよ、我が主。我々の銀河や銀河団は、それによって成長しているのも確かなんです。 宇宙が安全すぎると生命体の進化が不要になりかねませんから」


「プロフェッサー、たまにでてきて、おかしな事を言うな? 宇宙震が、あの宇宙の巨大自然災害が生命体の進化を促す? 無茶な事を言う」


「ですが、我が主。銀河団を超えてからの各星系も様々な銀河も、この銀河団では生命体の急激な進化はしておりません。 機械生命体の古いデータから最新のデータまで確認しましたが、 この銀河団は平和すぎますね。宇宙震という星にとっての天災のような現象がないので安定して発展しつつ生命体として進化しないか、 それとも種族内部で争って進化の可能性を広げていくか、どれかの方法をとっているのが、この銀河団の生命体たちのようです。 あの、魔素のある星は別ですが。あれだけは、どこにもない特殊な星ですね」


「まあ、太陽系そのものがピンチの連続を、それこそ危機一髪ですり抜けて来ている歴史を幾度も繰り返したらしいからな。 地球も生命の絶滅を何度も繰り返した証拠が残っているらしいし……そうか。命に関わるくらいの大事がないと進化ってのは不要なのか」


宇宙の意義の論議は数日後に温泉惑星へ行っても続けられていたという……

まことに宇宙は平和だ、今のところ……


機械生命体の銀河では休憩という形での滞在をしつつ、銀河内の暗礁宙域の大半を掃宙していったガルガンチュア。

その代りというのも変だが資材という形での報酬は充分に貰う事ができた。

まあ、掃宙作業をしなくても、あの宇宙救助隊のアイデアと装備(宇宙艇含む)のデータがあれば資材は全て貰えただろうが。

掃宙作業が全て終了し後は搭載艇群の全機帰還を待つばかりとなった時。

最後の挨拶ではないが機械生命体の本星にいるはずの首脳陣会議の面々が、ガルガンチュアに会う最後の機会だからと重い腰を上げたのだ。

まあ冗談抜きに重い腰の機械生命体もいたりするのだが(サーバシステムが自意識を持っている機械生命体もいるので、 そういう金属の塊のような評議員は、まさに重い腰をしていたりする)

もう、この銀河に留まってくれという頼み事はしないと決定した機械生命体なので、挨拶と会話も、あっさりとしたものとなる。

最後に、これだけはお渡ししたいと言うことで議会代表の機械生命体から渡されたものが、小さなメダル。


「これは我々の最大限の感謝と敬意を表そうとするものです。この銀河の生命体の全ての思いを込めて、このメダルにしました。 あなたがたと宇宙船ガルガンチュアの事は、いつまでも語り継ぎます。機械生命体の、いつまでも、は最低でも一億年単位だと思っていただきたい」


うわ、と内心では思うものの楠見は、


「ありがたく受け取らせていただきます。これから幾つもの銀河や銀河団、そしていつかは超銀河団も超えることとなるでしょうが、 この銀河のことは忘れませんよ、我々も」


感謝を示す。

後に、このメダルには銀河系の機械生命体に貰ったバッジのように小さな文字の彫り込みがあると気付き、フロンティアに解析してもらうと……


「マスター、やっぱりでした。この銀河の永久名誉評議会議長、とありますね。いつでも、この銀河の全兵力を好きに展開できるようです。 銀河系と祖先は違うのでしょうが機械生命体とは並行進化をするのでしょうか?」


この言葉に楠見が頭を抱えるのは、もう見慣れた光景だけに他のクルーたちは冷静なもの。


「まあ、再度訪れるかどうかは運命次第だな。まだまだ未訪問の銀河も銀河団もある。そして乗り越えるべき管理者と超銀河団!」


楠見は様々な土産物(今まで訪れた星系や銀河で何か1つ記念に拾ったり持ってきたものがある)達の並ぶコレクション棚の一角に、 その小さなメダルを置くことにする。

いつか、これらの記念品に対して慕情や回顧の念が湧くことがあるのだろうか……

いつの日か、この棚が一杯になっても、まだ自分は見知らぬ宇宙を求める旅を続けるのだろうか? 

それとも、いつかは自分とガルガンチュアが宇宙の管理者に不適格と判断され、自分は地球へ、ガルガンチュアは宇宙の彼方で漂う運命となるのか? 


楠見は突然に、自分が何故、今まで独身で異性を無意識に遠ざけていた理由らしきものを理解したような気がする、と思った。

このような奇異な運命にあるのなら、家族や子供はダメだろう。

昔、結婚まで考えた女性もいたが何故か婚約までも行かずに破談になってしまった。

恋人同士だと考えたこともあったのだが、あの時は一緒にいても脳の一角が常に冷めていた気がする。

それが相手に伝わって、貴方は恋愛に真剣になれない、と言われてしまった過去の光景が蘇る。


それを後悔する楠見ではないが、ステーション主任という職にあるゲッコという人間が妻帯者だったとは軽く驚いた。

数年間の独身勤務だったそうで嬉しそうに妻と語らうゲッコを見て、何とも言えぬ顔をする楠見。

エッタなどは、


「ご主人様、お相手が欲しくなったのですか? ここには、私もライムもいますわよ」


などと言ってくる。

楠見は苦笑いを見せながら、


「いや、大丈夫。連れ合いも子供も不要だ。俺には仲間、ロボットだろうが有機生命だろうが仲間がいるからね。 それが家族よりも強い絆で結ばれているなら俺には、その方がいい」


と答える。

これにはエッタもライムも、プロフェッサーも、そしてフロンティアもガレリアも表情をほころばせる。


数日後、搭載艇が一艇も欠けること無く全機、帰還完了する。

少々の傷はあっても大した故障もない。

あの、短時間ではあるがシステムエラーを起こした超小型搭載艇も回収され、人工頭脳記憶回路の微小な障害が見つかったとのことで修理を受ける。

全ての搭載艇が新品同様になった事を確認してガルガンチュアはメインエンジンを起動する。

再び、この銀河を出て別の銀河へと旅立つ。

あまり盛大にされると事故が起きるからと楠見から機械生命体へ、見送りは最低人数でと連絡してあったため、旅立ちのセレモニーは、あっさりとしたものだ。


「さて、また見知らぬ銀河が俺達を待つ。ガルガンチュア、発進だ!」


その巨大な姿を軽々と進めるガルガンチュア。

見送る人々は、その威容と、その超絶テクノロジーに改めて感動を憶えるのだった……