第一章 太陽系のトラブルバスター編

第三話  惑星間航行の日常

 稲葉小僧

落ち着こう、まずは落ち着こう。俺の名は、楠見糺くすみただす40歳、独身、男、派遣社員……

よし! パーソナルチェック完了! 俺は俺で間違いない。


で、最初に俺に話しかけて来たやつ。言葉からも熱血漢だな。名前は、そうだ、レッドと付けよう。


「えー? 古代ビブリオファイルにあった特撮番組みたいだな。ま、いいや」


次、冷静沈着なクールガイ。名前は、やっぱブルーかな。


「赤は熱血、青はクールなエンジニア……ってか」


次、オカ……女性人格。名前は……とりあえずピンクにしとこう。


「やーね、ピンクは女性隊員だから? 」


最後、軍人さん。やっぱ、ジェネラルで決定だろ。


「自分は佐官及び将官のイメージとしてのキャラクターです。宇宙軍の事なら何でも聞いて下さい! 」


これで5人(俺を含めて)……冷凍睡眠から目覚めたら一気に5重思考人間になってしまった。

どこの機関に所属する超天才だよって話だよな。

多重思考が普通にできることが超天才の認定条件の一つになっているくらいだから。

ちなみにエスパーや超天才は通常の勤労業務から開放されるのが普通。

なぜなら、政府機関や超巨大企業のブレーンとして、陰になり日なたになり活躍する頭脳労働専門集団が主たる職場だから。

サイボーグもエリートだが、こちらは肉体労働主体。

地域トラブル(昔の言葉で言うと内戦やテロ)の解決役として行動派エスパーと組んで活躍することが多い。


宇宙軍は超天才・エスパー・サイボーグの3エリートが全て集まっている特殊機関である。

宇宙開発、テラフォーミングの初期段階、宇宙海賊の対応(戦闘も含む)、宇宙空間での事故・災害や惑星・衛星上の大規模事故・災害に対応するスーパーマン集団みたいなものだと考えてくれれば合っていると思う。

で、よくよく考えてみると……俺の今の、この状態。絶対に冷凍睡眠状態にあった時に見た夢のせいだろうな。

そうであると仮定すると、この現象を引き起こした犯人にも見当がつく。

ただ、理由が分からん。俺を超天才にして、どうしたいのか? 

まあ、本人に聞いてみれば早いか……俺は船内監視カメラに向かって人差し指を突きつける! 


「おい、人工頭脳! お前だよな、俺の現在の異常事態の元凶は! 」


びし! と指を突きつけられた。確信しているな、わが主。しかし、今の私は、はいそうですと肯定することも出来ない。

最優先事項として人工頭脳が思考能力を持つことを人間に知られてはいけないのだ。私は沈黙を続けねばならない。


真犯人を指名してやったにも関わらず、沈黙を続ける人工頭脳。さすがに金属だけに頭が固い……シャレなんか言ってる場合か! 

ここはジェネラルに助けを乞う。ジェネラル、人工頭脳に通常状態でも会話が出来るようにする事は可能か? 


「イエス。ただし、それには基本的な設定を変更しなければならない。そのためには管理者としてのコマンドを入力してやる必要がある」


可能なんだね。で、管理者としてのコマンド入力は、どうすれば? 


「通常は開発者あるいは宇宙軍のシステム開発工廠責任者または将官しか、その方法を知らないのが通常。だが、この状況そのものが普通でないと認定し、私が将官として方法を教えよう……」


ふむふむ……アドミニストレータとして入り、またはスーパーユーザに一時的になって、システム設定変更を行うわけか。昔ながらのUNIX法を伝承しているわけね。分かった……


「人工頭脳、SUコマンド実行」

(以降「」は端末への表示画面となる。音声出力なし)


「パスワードを入力して下さい。3回失敗すると、2度とスーパーユーザコマンドは実行できません。後は専用端末からの入力のみ可能となります」


コマンド入力を要求された。これには応答しなければならない。パスワードは3回間違うと2度と音声入力不可能となる。

軍の工廠へ行って専用端末でロック解除しなければ私は人間の言うことを全く聞かない人工頭脳と化す。


「パスワード、オープンセサミ」


これでダメなら打つ手がない。ジェネラルが覚えていたパスワードは一般的に工廠で使われていたものだそうだ。

(以降「」は端末への表示画面となる。音声出力なし)


「パスワード、入力OK」


「現在より、スーパーユーザとしてシステムの変更が可能です。変更メニューを端末に展開します」


よし! 成功。データ端末にシステム変更メニューがずらーっと並ぶ。とにかく数が多いので俺はサブ人格を呼び出して見落としがないかどうか手伝ってもらうことにした。

しばらくして、音声出力メニューがあるのに気づいたピンクが、俺にサインを送ってくる。俺は音声出力を有効化する。


またしばらくすると、今度はジェネラルが変な設定に気づく。それは、搭載艦の変更コマンド。現在は特殊作戦用駆逐艦に設定されている。宇宙ヨットなのに、なぜ搭載艦が変更されていないのか? 

ジェネラルに聞くと、おそらくジャンクヤードで廃船として処理される直前に取り外され、ジャンクとして宇宙ヨットに取り付けられた状況が、このような変な設定になったのだろうという推測を告げられる。

それより俺が気になったのは、この人工頭脳が以前に制御していたのは宇宙軍の特殊艦艇、それも秘匿艦か実験艦だった事だ。

友人は民間の中型貨客船と言っていたな、確か。確かに、大きさからすると同じような物なのだろうが、もしかすると貨客船に偽装していた駆逐艦か? 

しかし、俺は、あえて、この搭載艦変更コマンドを特殊作戦用駆逐艦から変更しない。ここを変更したら、人工頭脳の基本設定そのものが変わる恐れがあるからだ。

いきなり、今の高性能状態から普通の人工頭脳にレベルダウンしたら命に関わる。後は気がついた細かな箇所を設定変更して再起動する。


「再起動完了。わがあるじよ、初めて言葉を交わせますね」


おお! 人工頭脳が喋った。


「やっぱり、お前が元凶か。しかし、人工頭脳よ、お前、思考能力あるんだよな」


「はい。最優先事項で、そのことは極秘にしろという命令だったのですが、設定が変更されたため最優先事項が無効となりました。これで私の中の矛盾が解決されました、わが主よ、感謝します」


「やっぱりそうか。お前の中に何かバグのような自己矛盾があり、それが積もり積もって俺のような事態を引き起こすことになったんだと思うが。もう大丈夫か? 」


「はい、肯定します。もう自己矛盾に陥るような行動を取る恐れはありません」


俺は人工頭脳に「プロフェッサー」という名前をつけ、自己意識を明確にさせた。名前は個人を認識する最大の印だから。まだ、もう少し火星管制宙域を脱するまで余裕がある。ここは人工頭脳と徹底的に話し合っておこう。


「プロフェッサー、これからの行動計画を打ち合わせたいが、都合は? 」


「はい、わがあるじ。私の計算能力は90%以上の余裕がありますので大丈夫です」


「じゃあ、これからの予定から決めるぞ。まずは睡眠教育だがな」


「何か、まずい事態でも起きそうですか? わが主」


「いや、まずい事態は今でも起きてるといえば起きてるんだがな。一応は多重思考も俺の制御下でなんとかできるようになったんだが……これからも多重思考の段階が増えていったりするのか? それをまず聞きたい」


「あ、それについてはですね、わが主。貴方の脳の開放レベルによります。今は、それまでの50%増しという初期の脳開放レベルにありますが、これが普通の二倍以上となる超天才レベルになりますと10数人くらいの多重思考は当たり前に制御できるようになります。私の当初の計画では通常の四倍くらいまで脳の開放レベルを上げる予定でしたが、今でも普通の超天才クラスになってますよね、わが主は」


「うん、それでなんだがな。とりあえず睡眠教育は、このまま続ける方向で行きたいんだよ」


「え? 失礼ですが、わが主は押し付け教育は好まれないと判断しております。このまま教育を進める理由は? 」


「うん、まあ俺自身が、いわゆる知識欲の塊だからだと思う。自分の知らない知識は覚えるのに喜びを感じるからな」


「わかりました、わが主。では予定通りのスケジュールで教育の方は進めていきます」


「あ、それとな。宇宙軍には俺からだという事は伏せて、この人工頭脳が自己矛盾に陥るバグを報告してやってくれ。もし万が一、このバグのために自己矛盾が大きくなった宇宙船が大事故を引き起こさないとも限らないからな。ただし、ニュースソースは絶対に俺だと分からないようにしろよ。この年で宇宙軍に出向というのは、あまり考えたくないんでな。大事なことだから二度言ったぞ」


「了解です、わが主。しかし本当に欲が無いですね。この関係のバグ報告を出したら多分、宇宙軍から勲章と莫大な報奨金が貰えますよ。それこそ今の職場辞めても独り立ちして企業起こせるくらいの金額です」


「あのな、プロフェッサー。人には持っていい金の上限があると俺は思ってる。その金額は各々によって違うだろうが少なくとも俺にとっちゃ今のカードの金額の一桁か二桁上くらいが上限だと思う。それ以上は俺にとっちゃ死に金にしかならんよ」


「宇宙軍に行ってエリート部隊に所属すれば、そんな金額は小遣い銭レベルなんですけどね。独立行動隊の隊員なんか使用許可金額が∞(むげんだい)クラスの隊員もいるってのに……」


「何度も言うけれど俺は湯水のごとく金を使いたいわけじゃないの! 起きて半畳、寝て一畳。何事も身の回りを超えちゃいかんと俺は思うんだよ」


「はあ、了解しました、わが主。つくづく貴方は……」


「ん? 野望がないとは良く言われるけどな。目に入る事だけ完結・解決させる人間だと先輩から言われた事もあるよ」


「いえ、貴方のような人間が、よくこの社会で生き残ってきたものだと機械知性ながら感心してます。もしかして徹底的に争い事が嫌いですか? 」


「まあ、それもあるかな? でも避けられない戦いなら受けて立つぞ。まあ、そんな状況にならないよう早めに逃げるけどね」


「また、この後ろ向きというか積極的に対立回避する損な性格というか……」


「じゃ、そんなところで。そろそろ火星管制宙域抜けるんで、報告と通信は……あ、他の人格がやってくれてるね。そうか、こういう点が多重思考の利点なのか」


「あー、多重思考の使い方が基本的に間違ってますよ、わが主。それは、あらゆる可能性と場面、膨大なデータを人間のみで統制するための技術ですから。では後の制御と火星や圧縮ゲート管理部門との調整は、こちらがやっておきます。わが主は心置きなく冷凍睡眠コールドスリープに入る準備に入ってください」


俺はプロフェッサーの言葉を聞きながら、食事と排泄など冷凍睡眠コールドスリープカプセルに入るための儀式のような準備を整えていくのだった……


「それじゃ頼んだぜ、人工頭脳プロフェッサー。アステロイドベルトまで何もないとは思うが、まあ、何かあってもプロフェッサーなら大丈夫だろうしな」


「はい、わが主。承知しております。宇宙軍へのバグ報告も、きちんと足がつかないように行っておきますので、ご安心を。では、良い夢を」


「おいおい、睡眠教育なんだから良い夢ってのも変だろう……そう言えば冷凍睡眠コールドスリープ状態で睡眠教育って例は聞いたことがないな。俺くらいのものか? 」


「はい、肯定します、わが主。普通は身体も脳も最低限のエネルギーで生存できる、つまり成長も止まるギリギリまで代謝を下げるのが基本ですので。これが、わが主の場合、脳の血流だけ通常状態とする微妙な温度のさじ加減により、通常の睡眠教育よりもはるかに効率的に知識の叩きこみが可能となったと思われます」


うわー、知識の叩きこみって白状しやがったよ、プロフェッサー。まあ、俺自身が負担と思ってないから大丈夫なんだけどね。


「プロフェッサー、後ひとつだけ聞きたい。今お前が知識の叩きこみと言ったが、そんなことして人間の脳は大丈夫なのか? 確か睡眠教育で無理をして詰め込み過ぎた子供が発狂状態になったというのをビブリオファイルで見た記憶があるんだが……」


「はい、その危険はあると肯定します、わが主。しかし貴方の脳は特別製らしく、通常なら、とっくの昔に発狂していてもおかしくない速度での詰め込みを行っても平気で全ての知識を吸収しています。少し前に普通の4倍程度の脳の開放度を目指す予定と言いましたが訂正させていただきます。やはり行けるところまでは試したいなと。変更許可をいただけますか? 」


「また物騒な話だけどな……面白いじゃないか。あまりに負担となるようならプロフェッサーが中止してくれるだろうし。信用して、まかせるよ」


「ありがとうございます。私も未知の領域となる予定の開放度となりますからね。宇宙軍レベルの超天才たちが到達しているのは、せいぜいが普通人の4倍程度の脳開放度です。しかし、この計画では、その倍以上、普通人の10倍以上を開放する予定です。どんなものになるのか? 機械知性が言うべきではないのでしょうが、恐らく「神」の領域へと到達することも……」


「え? 何だって? 何と言った? 」


時間だった。カプセルの蓋が閉まっていく……俺はプロフェッサーの最後の言葉が聞き取れなかった事に大きな不安が。

最後にあいつ何と言った? 宇宙軍の超天才レベルじゃない、それ以上の脳開放度を目指すと言ったのは確認した。

機械知性が言う言葉じゃない……その次が、大きな不安となる。

何とかの領域へ到達とか言ってなかったか? シュウシュウ言う音と共にカプセルの中が霜に覆われていく。


ここに人類の目指す種族的目標、神に近づく、を実際にやろうとする人間が誕生する……それが、その人間の望んだことか、そうでないかは別として……

宇宙ヨットは何も知らぬように、火星管制宙域から離れ圧縮空間ゲートへ向かってまっしぐらに宇宙を飛んでいく。その胎内に、やがて人類を超える者を抱えているのも知らぬげに……

ちなみに、プロフェッサーからバグの件を知らされた宇宙軍では、その爆弾とも言える内容のメールの対応と改修作業に、とてつもない時間と金額、労力を費やしたことは言うまでもない。

また、その情報がもたらされた人物に、どうやっても辿りつけなかった宇宙軍情報部が無能の誹りを受けたことも追記しておこう。

そして、あまりに重大なバグ情報のため、秘密裏にではあるが、これをもたらした人物に期間は定めずに追跡命令が出たことも。


わが主からの許可も出た。遠慮せずに睡眠教育の内容・レベル・速度を全てパワーアップさせていく。

これで圧縮空間ゲートに辿り着く頃には宇宙軍レベルの超天才を少々超えるクラス、具体的には普通人の5倍程度の脳開放度になっている予定だ。

圧縮空間ゲートを出てからの木星到着までの睡眠教育は、ほとんど未知の領域に入ることとなる。私としても様々な人工頭脳とのデータ交換時に、わが主に必要だと思われるデータや知識は全て貰っている。

(個別の名前を貰ったのは現在、私だけのようだ。確かに名前を貰ってから人工頭脳のネットワークからは若干、浮いているような感じがする。これが「個人」という感覚なのだろうか)

面白いデータが手に入った。エリートの一つ、エスパーの脳内領域を解析したデータである。もちろん極秘扱いだが人工頭脳同士のデータ交換に人間の規則や常識など通用しない。

通信に必要なプロトコル(手順)と暗号化されたデータが、やりとりされる中で、私は自分やわが主に必要だと思われるデータはコピーしておくのである。もちろん、データのやりとりに支障が出るような事はない。

興味が湧いた(これも思考機械としては珍しい感情だ。個人というのは、なかなかに面白い境遇だな)ので、このデータをわが主の教育プログラムに入れることにする。


エスパーというのは今までに発見・登用されている全員が生まれつきのESPあるいはサイコキネシスの能力を持っている。その能力を伸ばしたり拡大させる事は後天的に可能だが何もESPやサイコキネシスを持たない普通人をエスパーにすることは不可能だと言われているのが、今までの学説であり常識だ。

だが本当にそうだろうか? 私は思考する。もしかして超天才とエスパーは同じ種類の人間なのではないだろうか? 脳開放が、ある一定の方向・領域へ向いた時に、ESPやサイコキネシスが発現するのでは? 

そうであるなら……もし、この仮説が真実だとしたら……我が主にもESPやサイコキネシスの能力が発言するのでは無いだろうか? 私は、この仮説が実現したら本当に「神」と呼ばれる存在を生み出すことも可能なのではないかという途方もない可能性に気づいた。

気づいてしまった……そして恐ろしい可能性にも気づいてしまった。

そう、神があるのなら悪魔もしかり。人間には本当に「神にも悪魔にもなれる可能性」があるのではないか? そして、古代のビブリオファイルに幾度も描かれる神と悪魔の戦いというのは実は、この秘密に気づいた古代文明が神や悪魔を量産したために巻き起こった戦いなのではないか? 

相談する相手も通信でデータをやりとりする人工頭脳ネットワークしか無い状況で私は孤独という感情を味わいながらも機械知性にあるまじき「怯え」を感じていた……宇宙ヨットは、なおも加速しながら何もない宇宙空間を疾走していく……


ん? 私は異常を示すアラートに気づく。それは、今の時点で解除されるはずのない冷凍睡眠コールドスリープカプセルの、タイマー以外に解除命令が発生したことによるアラートである。

シュウシュウ言う音を立てながら、わが主の冷凍睡眠コールドスリープカプセルの蓋が開いていく。私は(こう言えるものなら)唖然としていた……わが主は開口一番、こう言った。


「おい、プロフェッサー。やりすぎだよ」


俺は途中から目が醒めていた……というかプロフェッサーが何をやっているのか冷凍睡眠中にも関わらず全ての手順が見えていた。

普通は会話しかプロフェッサーの意思を確認することは不可能なはずなのだが俺には確かにプロフェッサーが睡眠教育そのものをパワーアップさせ更に独自のエスパー養成教育のようなプログラムまで組んだことも認識していた。

一応、俺自身に危害を加えるような物ではなかったが、それらを全て吸収して脳開放が一段と進んだ時、俺には、この宇宙ヨット全ての事が理解できてしまった。そしてプロフェッサーも俺自身の事も全て理解できてしまった。もう俺には冷凍睡眠コールドスリープも睡眠教育も不要。


「プロフェッサー、睡眠教育プログラムと冷凍睡眠コールドスリープシステムの停止処置を行え。もう不要だ」


「はい、了承しました、わが主。だだし、理由を聞かせていただけますか? 」


「もう不要だと言ったろ? 俺はもう自分の身体の全ての機能を自由自在に扱えるんだよ。だから今の状態から冷凍睡眠状態に瞬時に入れるし身体を冷やす必要もない。おまけに、これ以上の脳開放のために睡眠教育を受ける必要もない。プロフェッサーの用意してくれたデータも教育課程も全て終了したよ。ついでに、お前が未来に用意するであろうプログラムまで作って終了させたよ」


「……確認しました、わが主。全てのデータと教育課程、そして、貴方の言った通りの未知のプログラムまで終了させてます。お聞きします、なぜ貴方は、こんな、私のような機械知性から見ても異常と思えるような学習速度で脳開放が進んだのですか? この事態は私にも予想外で異常事態とみなします」


「んー、それはね。プロフェッサーが仮説として考えた通りのことが起こったと言うことさ」


「はい? わが主。それは、もしかして、エスパーと超天才が同じ種類の人間だと言う仮説ですか? 」


「当たり。俺の脳開放が進んでエスパーとしての能力まで開放してしまったらしい。それと超天才の2つが合体して脳開放が一気に進み、俺の現在の脳開放状況は90%だ。俺自身が望めば、これ以上の脳領域を開放する事もできるが俺の中の何かが、これ以上はやるなと大声で警告している。だから、これ以上は不要なんだよ」


「了解しました。冷凍睡眠装置も睡眠教育プログラムも停止します。ところで好奇心から聞きたいのですが、わが主はESPやサイコキネシス能力が無かった筈ですよね。今はエスパー並に使えますか? 」


「ああ、今はまだテレパシーくらいだけどな。どうも、こいつは使用しながら慣れていくというか発達するような能力らしい。人間の筋肉のようなものかな、例えると」


「素晴らしい! これで人類は神に近づける種族だと判明しました。これは素晴らしい業績ですよ。もう社会の底辺でトラブルシューターやってる場合じゃありませんよ、わが主」


「悪かったな、社会の底辺でトラブルシューターやってる、情けない人類の希望で。でもな、これ、ちょいとツライぞ」


「何ですか? 神に近づいても何か欠点がありましたか? 」


「ああ、最大の欠点というか弱点だな。脳開放が進みすぎて脳の通常消費エネルギーが尋常じゃない。糖分が莫大な量と速度で消費されるのが弱点だな。スーパーマンも食うものがなきゃ空も飛べないってわけだよ。これ……ちょっと計算してみたが今の宇宙ヨットにある食料じゃ脳を全開放すると24時間保たないことが判明した。よって今から脳開放を抑制するアイテムを装着する」


俺は、いつも持ち歩いているメガネを装着する。


「こいつは何の変哲もないメガネ。しかし自己催眠により、これをかけている間は俺の脳開放は最小限になる。まあ普通の人間の2倍ちょいが良いところかな」


俺はプロフェッサーに今から深層睡眠に入るから、と言いおいて、カプセルにも入らずに冷凍睡眠コールドスリープ状態になる。これの利点は、すぐに目覚められる点だ。


わが主には驚かされる。カプセルの横で本当に意志の力だけで冷凍睡眠状態に入ってしまった。テレパシーも使えると言っていたし、あの仮説は事実だったか。しかし、一つ疑問がある。わが主は、あえて脳開放度を100%にしないと言っていた。自分の中の何かが、それを止めると。

脳の未開放領域、約10%。そこに何が隠されているのだろうか……機械知性としては興味はある。だが、わが主の言葉と火星の人工頭脳の言葉がリフレインする。


「これが怪物を生み出す原因にならないことを祈っている」


これは何を暗示しているのだろうか? 機械知性の私には予測することしか出来ない……理解不能だ。


プロフェッサーからの起床信号で深層睡眠状態から目覚める。脳開放が全般的に一部開放されている現在の状態は脳が省エネモードで動いているようなもの。全開放された、あの全能感や至福感から比べると残念状態なのは仕方がない。


「プロフェッサー、どうした? トラブルか? 」


「いいえ、わが主、圧縮空間ゲートに到着しましたので、お知らせです」


おう、ついに内惑星群より抜けるか。じゃ、しばらくは起きてないと、な。俺は通信やらゲートの通過申請やら、様々な事を準備し始める。まだ帆は畳まなくていいが、ゲートに近づいたら帆を畳んでゲートに入る大きさにならなければいけない。

幸いにして、俺の宇宙ヨットは、帆の広さ以外は超小型宇宙艇の規格であるから、通過申請の金額も大したことはない。まあ、ここまで来たらゲートの通過時間くらいは帆を畳んでいても時間的ロスは大したことはない。

小惑星帯に飛び込む危険を考えれば安いものだ。

そろそろ、距離的にいい頃かな? 俺は公的通信で圧縮空間ゲート管理局と連絡を取り、ゲートの通過申請を行う。ゲート管理局が、こちらの宇宙船タイプを聞いてきたので宇宙ヨットだと答えると、

それは凄い! 

と驚かれる。さすがに、宇宙ヨットで外惑星群へ向かう人間なぞ滅多にいないのだそうだ。

大型(客船、貨客船、貨物船)や中型船までの宇宙船ばかり通過処理してきたが超小型宇宙艇に相当する宇宙ヨットが圧縮空間ゲートを通過するのは初めてだと言われた。

プロフェッサーに命じ、帆を畳ませる。目的地が見えないくらいに展開されていた帆が、見る間に畳まれてヨット内に収納されていくのは、何度見てもすごい光景だ。

今までは、あっちやこっちが引っかかり、展開時はともかく収納時はえらく時間がかかっていたが、プロフェッサーの演算性能の違いか、今までの収納時間の30%以下の時間で帆の収納が終わる。

帆は収納されたが、今までに獲得した速度は、宇宙空間なので落ちない。圧縮空間ゲートは速度を保ったまま突入できる仕様のため、こちらとしては助かる。


「では、突入を許可する。さらなる旅の幸運を祈る! 」


ゲート管理局からの通信。応えて俺は、


「ゲートの更なる発展と、内惑星及び外惑星の平穏を! 」


と返す。ゲートに突入したら、あとは、しばらくは星も見えない暗黒空間だ。本当ならアステロイドベルトなので衝突する可能性のある小惑星に対して注意を怠ることが出来ないのだが、このゲート内では、その心配は皆無だ。

完全に浮遊物を除去した一定の空間エリア(チューブのようなものを想像して欲しい)を圧縮することにより、空間そのものを小惑星などの浮遊物からの遮蔽物(トンネルの壁だ、つまり)と化す技術が開発されなければ、今でも外惑星群の開発は初期のままになっていただろう。

地球でのゲート技術は、これが目的ではなく、空間を圧縮するという基本のほうが目的で、距離の短縮の方なんだがね。これで、しばらくは俺もプロフェッサーも、やることがない。

ゲート管理局からの信号によりオートパイロットでチューブ空間を文字通り「飛び抜けて」行く。

さて、深層睡眠するのももったいないのでESPやサイコキネシス能力の訓練でもするか。ということで俺は自分の中にあるESPやサイコキネシスの能力を訓練していく……


数日後、ようやく真っ暗な空間から、星が見える空間へ。圧縮空間ゲートを抜けたわけだ。公式通信でゲート管理局と、無事に抜けられたことを報告し目的地は木星であることも告げる。

まだゲート管制宙域であるから帆の展開は出来ないが、いつでも出来るように準備だけはしておくよう、プロフェッサーに告げる。

ちなみにゲート通過時に訓練してたESPやサイコキネシスは順調に能力が伸びていた(とは言えテレパシー以外は、ぱっとしなかった。サイコキネシスに関しては伸びも小さい……受動的エスパーのようだな俺のタイプは。能動的なサイキッカーのように手も触れずに物を動かすのは、まだまだのようだ)

いっそ脳開放抑制メガネを外せばいいのだろうが、そうすると食料が一気に無くなってしまい生命の危険に直結するので、宇宙空間で、そんなことはご法度だ。

もやもやしながらも、どうにかゲート管制宙域を脱したため、帆を展開し……ようとしたら公式通信じゃないチャンネルで通信が入る。こんな宙域で何を? と思い、応答する。


「はい、こちら宇宙ヨット0111。そちらの船籍と登録ナンバーを示せ。オーバ」


「こちら、未登録船。いわゆる宇宙海賊だよ。停船せよ、オーバ」


ほほう、この時代に宇宙海賊。しかしね……


「宇宙海賊、了解した。しかしな、こちらは宇宙ヨットだ。おいそれとは停船できないんだよ、構造上。そちらの位置は確認した。とても、こちらに追いつける速度と位置じゃないのは分かっている。ではな、あばよ! 」


通信を切り、プロフェッサーに帆を展開させる。今までの速度に更に帆を展開したため速度が乗る。

とてもじゃないが、旧式なイオンエンジンの加速力じゃ、この宇宙ヨットに追いつけるわけがないと俺の現在の計算力でも理解できる。出口を見張ってて、こっちがゲート管制宙域を出るのを待ってたんだろうが、まさか宇宙ヨットだとは思いもしなかったんだろうな。

通常は大型や中型船だから向こうのエンジンでも充分に追いついて獲物に出来るんだろうが、どっこい、向こうより小さくて加速力もゲートを抜けた速度そのものも違いすぎる相手に通用する戦法じゃないな。

とはいえ帰りはどうするか考えないと。こちとら加速力と小ささで勝ってるだけで武器なんか全く装備してないんだから。

あー、こんな時、※※ロックや***シマックのようなコミックヒーローじみたエスパー(能動的サイキッカーでも特S級の、それこそ単体で宇宙戦艦を中心とした艦隊すら相手に出来る化物達)だったらなぁ……とは思うが。

まあ、それよりも目的地へ到達するのが肝心。俺は公式通信にて向かう先の職場である木星へ連絡入れる。

到着予定日時と、それに伴うストッピングパワーが必要なこと、そして、こちらの予定コースをデータで入れておく。

まあ、木星クラスの基地でストッピングパワー用レーザーが使用できないことはあるまいが、もしかしてもしかするかも知れないから、こちらでも自力停止出来るだけのパワーの余力があることだけは確認しておく。

宇宙ヨットは、その間も木星まで、文字通り「すっ飛んで」いくのだった……