第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第三十話 悪魔大戦

 稲葉小僧

その銀河には不穏な空気が漂っていた……


こちらはガルガンチュア。

銀河間の航行だけに、ある程度の注意は払うものの、基本的にはお気楽モードだった……

その時までは。

突然、楠見だけを選んで送られたようなテレパシーが突き刺さるように送られてくる。


《地球人よ、気をつけよ。お前たちが向かっている銀河には生命や文明に対して悪意しか持たぬ存在が棲む。くれぐれも気をつけよ》


「ぅおっと! 久々の宇宙の管理者からの警告だ。他に、この警告を聞いたものは……いないようだな。今回はガルガンチュアじゃなくて俺に直接伝えたかったわけか」


「マスター、管理者の言葉とは、どのようなものでした? 対策を立てねばなりませんね」


「よし、みんな、聞いてくれ。今、俺達が向かっている銀河には、いわゆる悪魔、生命や文明に対して悪意しか持たない存在がいるそうだ。そいつに注意しろとの言葉だった」


「主、手っ取り早く我が主砲でこの宇宙から消し飛ばしてやることもできるが?」


「ガレリア、どうして戦うことばかり考えるかね? 以前の銀河でも、認識の違いで悪意は少しあったかも知れないが少なくとも虐殺の認識がないままに1つの銀河の生物を絶滅させた奴もいるんだ。目標銀河にいる奴が正真正銘の悪魔だったとしても、まずは悪意が生ずる原因を探らなきゃ」


「しかし、我が主。少なくとも管理者の言葉からは根本から注意すべき相手だというニュアンスだったと思いますが? 問答無用で攻撃してくる相手にすら原因と理由を述べよという我が主の主張は正しいと思いますが……油断してると命すら危ないですよ?」


「確かにプロフェッサーの言うことも一理ある。とりあえずはステルス機能最大、バリアシステム最大強度で銀河の縁まで行き、そこで情報収集だな、いつもの通り。ただし、今回は情報収集も慎重にやるんだ。搭載艇群にはパラライザーあるいはスタンナーレベルまでの武器の使用を許可する。相手がロボット船だったりリモート操縦されているものは、この限りじゃないが。ただし木っ端微塵にはするなよ。攻撃してきた相手のテクノロジーレベルを知りたいので、できれば無傷で鹵獲して欲しい。不可能なら仕方ないが」


銀河と銀河の中間地点で対策と計画を大まかに決め、その後は注意しつつも順調に航行が進む。

数週間後、目的銀河が大きく眼前に見えるようになる。


「さて、ここでまずは情報収集ですね。悪魔のいる銀河とは、どのようなものでしょうか?」


フロンティアは、そのように言いながらも超小型・小型の搭載艇群を次々と出していく。

今回は軽くなどというレベルで済まさず、かなりの日数を情報収集と解析に用いる予定。

一ヶ月後、結論が出たようで、フロンティアとガレリアが俺達の待つ大部屋へ入ってくる。


「マスター、情報収集に通常の倍以上、時間をかけました。結論から言いますと……管理者は何か勘違いしているのではないかと思われます」


「は? 神のごとき宇宙の管理者が間違えたり勘違いなど、するわけがない。お前達が、そのように判断する根拠は?」


「主、様々な文明レベルがある、この銀河ではな。跳躍航行を可能とする文明などは、まだまだ少数なんだよ。ほとんどの文明が宇宙へ出た初期。自分たちの惑星を回る衛星へ行くのも一苦労なら大気圏を抜けることすら達成してない文明もある」


「そしてですね、マスター。その宇宙へ出てない文明のほとんどが、もうすぐ全滅しそうなんです……あ、悪魔のせいじゃなくて自分たちの惑星内戦争で滅ぶんですよ。これ、残念ですが我々が手を出せるような段階に無い文明程度ですよ。これを救うのなら、それこそ星系から星系へ飛び回り、半分は強制的にでも戦争を止めさせるしか無いと思いますが……」


「宇宙へ出る前の文明が、あっちこっちにあるわけか……そして、どこもかしこも同族で殺し合っている段階だと……確かに止めさせるなら勇者か魔王の力が必要だな。滅びが目前なら勇者よりも魔王のほうが平和には近そうだが……戦争してる原因は分かってるのか?」


「それなんだがな、主。種族の優成主義というか何と言おうか……俺達より、お前たちは種族として劣っているから、俺達の奴隷になるか、それとも絶滅か、どちらかを選べ。みたいな、わけわからない論理が、ずらーっと電波や音声で流されてるんだぞ、この原始人みたいな奴らの考えることは私には理解不能!」


まあ、ガレリアのあきれ果てた表情も理解できないわけじゃない。

地球人は、それを何度も繰り返してきたからな。

最終的に惑星内から戦いが無くなったのは俺が小学校で習った記憶では、およそ五〇〇年前。

その時には、えらく昔だと思ったが、とんでもない。

宇宙開拓期という活発に宇宙開発が行われ始めていた頃でさえ主義や主張、宗教の違いで殺しあっていたという事を意味すると理解してから俺は生命の根本に戦いが含まれている事を理解するようになった。


人間だけではなく生命体というものに生きる意味を与えてくれる本能に戦いというものがあるってことだ。

自然との戦い、時間との戦い、俺にとっちゃトラブルとの戦いもあったりするが、そういうものがあるからこそ生きていく理由ができる事はあるだろう。

しかし、同じ惑星の知性体同士で殺しあうのはダメだ。

戦いの本能の使い方を間違えている。


あれ? 

ほとんどの惑星で殺し合いしてると言ってたな、フロンティア。

おかしい……

惑星内での生存争いなど、ある一定の死者数になったら終了するはずだろ? 

どうして、そこまで殺しあって自滅するまで行くんだ? 

もしや自滅に向けて手を引いている奴がいるとか……


「フロンティア、ガレリア。その戦争、影で糸を引いている奴が居ると思う。多分そいつが宇宙の管理者の警告にあった「生命や文明に対して悪意しか持たない存在」なんだろう。まずは、そいつをあぶり出すことから始めよう」


トラブルシューティング、開始! 

もしかすると今回だけはガルガンチュアの馬鹿げた威力の主砲2つに頼ることになるかも知れない……

そんな事態に至らない事を祈るだけだ……


《怒れ! 憎め! 殺せ! あいつらは劣った者達。生きていても世の中のためにならないから、殺した方が慈悲となる……さあ、そのボタンを押せ! 》


「い、嫌だ……同じ星の民を殺すなど、殲滅させるなど私には出来ない。出来ないんだーっ……」


そこで目が覚めた。

悪夢だ……

悪夢以外の何物でもない……

このところ、毎日のように同じ悪夢を見る。

私、某国大統領が主張を同じくしない大国の書記長や大統領めがけて核ミサイルの発射ボタンを押す夢だ。

嫌な夢。

そのボタンを押したが最後、相手からの報復ミサイルがほぼ同時に発射されるのは分かりきっていることなのに、夢の中の私は嬉々としてボタンを押す。

この星の生きとし生けるものたちが全て滅亡すると分かっていながら、どす黒い感情に従って死神との契約書にサインしてしまう。

悪夢のせいか、このところ安眠できていない。

それどころか、この数ヶ月、ろくに眠っていないという方が正しい。

私は秘書官を呼ぶ。

コールボタンを押すと、すぐに秘書官がドアをノックする。


「大統領? よろしいですか?」


「ああ、入ってくれたまえ」


入ってきた秘書官、昨日までとは違う人物だ。

古くからの秘書官も私と同じような悪夢に苛まれたのだろう、一昨日付で退職している。

あいつの最後の表情は喜びに満ちていた。

巨大な重荷を下ろして、すっと肩の力が抜けたような。

それでいて、もうこれから悪夢を見ることはないのだと確信している顔だった。

私は新しい秘書官に聞いてみることにする。


「君、この建物にいると悪夢を見るという噂は知らなかったのか? 今までの秘書官や大統領が長く勤められなかったのは、それが原因だと言われてるんだが」


新人で噂も知らないのだろうと思ったが、そうではなく、


「その噂なら聞いてますよ。引き継ぎの時にも、その前からも。いやー、実は、そんなオカルト関係に興味ありまして、私。経験してみたいと、わざわ不人気職種と言われる大統領秘書官に応募したんです」


あっけにとられる……


「き、君は、こともあろうに呪いとも言われる悪夢を経験したいと、それで秘書官に応募したというのかね?!」


「はい、そうですが何か? いやー、今夜からが楽しみですよ、悪夢ってどんなのかなぁ? 何日くらい続くんだろうな? ってね」


開いた口が塞がらないとは、こういう時に使うのだろう。

しばらく言葉が出なかった。


「ま、まあ、そのお気軽志望が、どのくらいで挫けるのか私にも興味が出てきたよ。今までの最長記録が大統領本人で2年、秘書官では半年続いたものはいないという記録があるが、君はどのくらい続くのかな?」


嫌味を込めて言ったつもりが、返ってきた言葉、


「大丈夫ですよ大統領。悪夢が真実なら、その正体を暴いてやります。裏で操っているものがいるなら、そいつを引きずり出して罰を与えてやるとしますかね」


図太い神経してるなぁ、この男。

私自身も、この男と話していて、ささくれだった精神が落ち着いていくのが分かる。

そうだ、私は、この国の国民に選ばれた大統領なんだ! 

主張を曲げることなどしないが、自分と異なる主張をするからと言って殺すという幼児的な回答をするつもりなどない! 

悪夢などに負けるものか。

悪夢を説得し返すくらいの事を目指すくらいでないと、この星を巻き込んでいる難局は乗り越えられないだろう……


「よし、私も君に負けぬくらいの信念を持つとしようか。ところで、新任の君の名前を聞いてなかったな。新任秘書官、名前を聞かせてくれたまえ」


「はい、大統領。私はクスミ、タダス・クスミと言います。ミドルネームはありません」


「そうか、私はWASPを優遇することはしないが、他の政務官や官僚は違うやつも多いからな。その中で選ばれたというのは、さぞかし優秀なんだろう。これから、よろしく頼む」


私はクスミという新しい秘書官に手を差し出す。

がっちりと握手を交わし、政務に取り組むとしよう……


今朝も調子が良い……

新しい秘書官と出会ってから悪夢は私の元を去ったように思える。

眠れない夜はなく、悪夢も欠片すら残らず消えている毎日。

朝の目覚めは爽やかで、国際政治の闇に悩む時すら、どこかで安心感がある。

ふと、あの日から新しい秘書官、クスミに会っていないことを思いだす。

どうして、あの男の事を忘れていたのか? 

私は秘書官を呼ぶためにコールボタンを押す。


「大統領、御用でしょうか?」


見知らぬ若者だった。


「君、私の秘書官か? クスミという男を知らないか?」


疑問を口にすると意外な回答が返ってきた。


「すいません、ご迷惑をかけたようでして。新秘書官に任命されたのですがインフルエンザで数日間は外出禁止になってしまったんですよ。私の代役が、その間、秘書官を務めていたようなんで助かりました。私も回復しましたので、これからよろしくお願いします」


「あ、ああ。よろしくな。ところで、君の名は?」


まあ、聞いたところですぐに忘れるだろう。

あの強烈な男、クスミの後では誰が来ようが、ありきたりだ……


私の悪意のテレパシーが防がれている。

どういうことだろうか? 

今まで私の強力なテレパシーに屈しなかった奴はない。

この悪夢に似せたテレパシーで一種の洗脳を行い、破滅に追いやった星は数知れず。

この星も、いつもの通り簡単に貶して核ミサイルの応酬による滅亡の段階に至る、はずだった。

最後のひと押しに、とびきり上等の悪夢漬けにしてやるはずが、そいつを防がれ、あまつさえ今までの洗脳状態すら解除されている。

何だこれは? 

私が無力化されたということか? 

信じられぬ。

全く信じられぬ事が起きている。

この「無の断崖」に属する一人である私、ククトルに匹敵するテレパシー強度を持つ者が、こんな田舎の星にいるとは聞いた覚えがない。

まあ良い、この男がダメなら、この国に敵対する強国の支配者達のトップにある者を、同じような悪夢に落とせば良いだけだ。

そこで邪魔するものが出てくるようなら、そいつを突き止めて情報を残さず吸い取ってやるだけだな。


何だ?! 

どうしてだ?! 

なぜ失敗する? 

邪魔するものが存在するのは分かった。

しかし、それを特定することと、それから情報を吸い取る前段階で全て防がれる。


「そんなバカな?! 私のテレパシーは幹部に近い強力なものだぞ。それを易易と防ぎ、なおかつ、それまでの洗脳状態をも無効化するとは。一体、どんな奴だ?!」


私の言葉は虚空に消える……

はずだった。


「そりゃあんた、弱いテレパシーしか使えないからだよ。だから簡単に防げるし、洗脳状態も解除できるのさ」


「だ、誰だ?! なぜ、この場所が分かった?! 私は気配を全て断っていたのだぞ!」


「そりゃね、気配は断ってるけどテレパシーは垂れ流し状態でしょうが。同じテレパスなら追跡するのも簡単さ」


嘘だ! 

指向性を持たないのがテレパシーの特性のはず。

しかし、この男がもし、私より数段上の、それこそ盟主に近いテレパスならば……


「はい大当たり。テレパシーを絞り込む事も自由自在。弱いテレパスに対して、こっちはステルス状態で乗り込めるのさ」


ん? 

もしかして、この男、私の思考を読んでいないか? 

私が思考を読まれるということは……

ヤバイ! 


「はい、またまた大当たりです。ちらっと考えちゃったね、アジトのこと。ふーん……月にあるんだ、それも裏側」


いかん! 

完全に格上の相手だ。

これは自殺覚悟で脳細胞が焼き切れても良いから、仲間に警告を送らねば……


「あーあ、余計なこと考えなきゃ良かったのにな。思わず警護用の超小型搭載艇群がパラライザーとスタンナーの乱れ打ちしちゃったじゃないか。これで数日はピクリとも動けないぞ、こいつ」


大統領の臨時秘書官だったクスミ・タダスは隠れ場所から崩れ落ちた人影に対して、もう聞こえないと分かっていながら声をかけた。


ここは、惑星の周りを回っている衛星の裏側。

この衛星は珍しい自転と公転をしていて、惑星表面から月である衛星の裏は全く見えないようになっている。

惑星に居住する生命体の文明程度は、ようやく自分の星の衛星軌道にロケットを打ち上げられるくらいで、惑星上から衛星まで宇宙船を飛ばすようなテクノロジーも、まだ開発されていない未開の星に近いものだ。

衛星の裏にある秘密組織の末端支部にて今から、惑星上で活動していた工作員達の報告会と会合が行われようとしていた。


「それでは、今から工作員としての活動報告会を始めたい。おや? 尖鋭的な国民指導で、今にも核戦争を起こしそうだった某大国に派遣されてたククトルが見えないな。どうかしたのか?」


「ククトルですが、数週間前には、もうすぐ最終核戦争が起きそうだと報告してきたんですがね。10日くらい前からテレパシーによる定時報告もありません。何をやっているのやら? まあ、奴も無の断崖の一員。正体がバレたとしても、そうそう未開の星にいるような、ちゃちなエスパーじゃ相手にもならんでしょうが」


「成果を出そうと焦って、この会合と報告会のことも忘れてるんじゃないですかね? あいつのことだから。他に何の力もない代りにテレパシーだけは強力なやつですから、計画が失敗するとは思えませんが」


もう未開惑星の文明など滅びて当然と思っている。


「まあ、遅れているだけかもな。最悪、テレパシーで経過報告だけはさせよう。では、ククトルは後にして他のものたちの作戦活動報告を先にすませようか」


という議長役の声に続き、各工作員の活動内容と成果や経過報告が続いていく。

あるものは北の某国へ潜入し、指導者と言われる要人に対してのテレパシー攻撃が成功していると告げる。

本来、その国では作れるはずのない高度なテクノロジーを用いた武器を作成できるようにテレパシーで詳細な性能を暗示してやる。

すると、そんな武器を作れるほどの高度な教育を受けてもいなのに、その某国指導者は軍の開発工廠に連絡を取り、自分の天啓という形で教えられた武器を作れと指示する。

出来上がったものは本来の性能からすると1%にも足りないものだが、惑星上で使うとなれば超弩級の性能となり、紛争している相手国に大きなダメージを与えるものとなる。

工作員は、ほぼオーバーテクノロジーに近い、これらの武器を概念と性能だけテレパシーで伝えて国家間の争いを拡大させ、核ミサイルの発射スイッチを押させようとする。


とある砂漠地帯では工作員のテレパシー誘導に従い、神の教えだと言いながら体中に爆弾巻いて相手国家の航空機や人員が密集する交通機関などで自爆させるという地味な事もやっている。

これは国家同士の対立は一定の高さにあるものの、双方の国家に金がないという貧乏じみた理由からだ。

成果報告は順調に進み、最後にククトルという工作員の報告だけになった。

議長役が、未だに連絡も寄越さないククトルに対し、いらだちを隠そうともせずに言い放つ。


「最後にククトルの報告だけとなった。もう待てんぞ。我のテレパシーで、ククトルに喝を入れてやる!」


〈ククトル! 毛のない猿に等しい低級知性体らを相手に、何を遊んでおる! 定期報告会と会合があると言っておったに、なぜに連絡すらよこさんのだ!〉


マルチ能力者ゆえ、テレパシー強度はククトルほど強くはないが、それでも広い会合部屋の中にいた全てのものが身をすくめるほどの強さで放たれたテレパシーだ。

これを聞き逃すような奴は、それこそテレパシーを使えない奴だけだろう。

通常なら数秒と経たぬうちに返事(というか謝罪)のテレパシーが返ってくるはずだが、少しばかり間があった。

テレパシーで返ってきた返事は……


《すまないね、ククトルって工作員は、こっちで捕えた。そちらの月の裏側にあるアジトも把握していて、こちらの搭載艇群が蟻一匹も抜け出せないように衛星を包囲してるところだ。まあ無駄とは思うが一応は言っておく。全面降伏しろ、そちらに勝ち目はないぞ》


驚愕の事態が起きた事を全員が自覚した。

しかし、これだけのエスパー(テレパスだけじゃないのでサイコキネシスしか使えない奴も少数いる)がいる中で、誰も異変すら感じとれなかったのは、どういうことだろうか? 

議長役が、そう考えた途端、またも謎の相手から、


《気づかなかったわけ、教えてやろうか? お前たちの中の誰よりも、ここにいるククトルよりも俺の方がテレパシー能力が強いからだ。俺は自分のテレパシーを完全に遮断できるが、お前たちじゃ無理だな、心の声が駄々漏れしてるわ》


これを聞いて今までに無かったほどパニックとなる。

当たり前のことだが、無の断崖と言う組織では強力なエスパーであることが組織の一員となれる資格でもある。

だから、ここにいる者達は皆、組織の総裁ほどの力はないにせよ組織外の者に劣るなどという事は、これっぽっちも考えていなかった。

慌てるもの、ウロウロするだけのもの、周辺のものを手当たり次第に壊し始めるもの、ぶつぶつぶつと文句ばかり呟くもの……

まあ、自分たちより上の存在など無いという根拠の全くない自信が根底から覆されてしまった者達の、ある意味滑稽な場面がそこかしこで繰り広げられる。

サイコキネシスでバリアを形成していた者達も、その心の一瞬を突かれて数秒だがサイキックバリアは消えていた。

気付いたものたちがサイキックバリアを再び形成するが……

テレパシーは聞こえてくる。


《サイキックバリア、たしかに強力だね。しかし、俺のほうが強いよ、テレパシーも……サイコキネシスも! 》


その言葉と共にサイキックバリアは崩壊し、バリアを形成するために集中していたサイキッカー達は気を失う。

バリアは自分の意識体の分身そのもの、そいつに過大な衝撃を受ければ、こうなるのは当たり前。


バリアが破られた瞬間! 

衛星の地下深くに作られていたはずの基地にスタンナーとパラライザーの見えない雨が降る。

そこにいた全ての支部工作員は基地の中で気を失っていた。


「さて、と。まずは星ひとつ救ったな。こいつらが目を覚ましたら、こいつらと同じ支部をいくつか束ねている上位組織があるはずなんで、そこの情報を探るとしよう。エッタ、ライム、プロフェッサー、中型搭載艇の中にでも、こいつら放り込んでおいてくれ。じっくりと頭ン中、覗いてやるからなぁ……」


無の断崖に少し哀れみの感情が湧いたとは口に出せないライムだった……

「無の断崖」という悪意の塊の支部を1つ潰したが、どうやら、この組織は、この銀河の政治や経済、宗教にまで入り込んでいるようで。

それで、これからの対処法を検討するため、俺達は現在、ガルガンチュアの中にいる。


「フロンティア、ガレリア、プロフェッサー。ロボットであるお前たちの判断を聞きたい。俺達、生身組は、どうしても感情が入ってしまうんで」


俺やライムなどは、もう完全に勇者役までやるつもりでいたんだが、エッタが待ったをかけて、この状況だ。


「私は元々、精神生命体の生体端末ですから、ある程度の冷静さで状況判断できます。現在のような場合は冷徹でも良いので完全な他人ごととしての状況判断が必要かと」


こう言われちゃ、感情にては動けない。

ということで、今のガルガンチュアだ。


「よろしいですか、マスター。今回の敵、というか何と言うか、そもそも、この星の一件で動いていた末端支部の人間でさえ、100名近い人数だったんですよ。この銀河全体なら、どれだけの人数が関わっていると思われますか。私が推定してみたところ直接の「無の断崖」構成員だけで約100億超。多少なりとも、この組織に関係するであろう者達を含めたら、その桁が3つばかり上がるでしょう。これは我々だけで何とかするという問題の規模じゃありませんよ」


「私も肯定するぞ、主。例えば、この「無の断崖」という組織が中央集権のような組織体系なら動きようはあるだろうが、いかんせん、支部の数が多すぎる。今回は我々の情報が敵対組織に流れていない状況だから奇襲が成功したが、このまま支部を潰していけば、どこかで対策がとられるぞ」


「という判断ですね、我が主。私も同様の意見ですが……私の大元は仮装駆逐艦の実戦運用試験のために作られた人工頭脳。他の2体とは少し違った解となりました」


おや? 

プロフェッサーだけ判断が違うってか。


「面白いな。太陽系の歴史でも相当にキナ臭かった頃に活躍してた高等戦術・戦略用人工頭脳の判断を聞かせてくれ」


「はい、では。以前に作った「銀河パトロール」という星系単位の警備や治安取り締まりを銀河規模に拡大した組織があったでしょ? あれを応用すれば良いかと」


「ほうほう……具体的には?」


「私が設計した「RENZ」なる代物があったじゃないですか。あれを、性能をいくらか落として、もう少し適用できるエスパー達のレベルを下げるんです。初期性能は素晴らしいRENZですが潜在的に相当高いESP能力者でないと装着もできない代物なんで、あれでは現在、危機的状況にあるこの銀河では使えません」


「ああ、RENZの汎用版に近いものか。それで? それを利用して組織を作ろうとしても一朝一夕に作れるものじゃないだろう。銀河パトロールだって創って広めて信用得るのに100年以上かかってるんだぞ?」


「巨大な組織じゃなくても良いんですよ、我が主。一つ一つの星で無の断崖に対抗できるだけの比較的小さな組織を創るんです。名称は……そうですね「エスパー隊」とでも名づけましょうか」


そうか……

具体的に一つ一つ潰していくのに時間がかかりすぎるんで、末端組織は現地の方たちに任せて俺達は中枢に近いポイントから叩いていけば……


「そうだな、プロフェッサーの言うエスパー隊を組織することなら簡単だし末端組織くらいなら潰せるだろう。でもって俺達は、末端は無視して中級支部以上から潰していけば、あまり時間をとられずに無の断崖の本部へいきつけるってわけだ」


「そのほうが被害も減らせますし、なにより無駄な手間を省けます。我々が一々、銀河内星系の植民惑星を全部回ってたら、それこそ時間ばかりかかって間に合いませんよ。核戦争の阻止を主体とするなら、これしかないと思われますが」


「よし、それで決定! ちなみにエッタ、末端支部の構成員の思考を探って得た重要情報は?」


「末端だけあって、ほとんど何も。直接の指示は一段上の支部から受けてるだけで横の繋がりもないようです。あ、ただし一点だけ気になることが……」


「何? どんな些細なことでもいいぞ。相手のことが何もわからない状態なんだから」


「心の奥底に何か諦めのような、この世の滅びを確実なものとして見ているような、そんな冷ややかな感情を読み取りました。何があれば、そんな諦念のような感情が生まれるんでしょうかね?」


分からないな、俺達には。

どんなことがあっても、宇宙が平和で安全なものになるように全てのトラブルを潰していくのが俺達の仕事であり、俺達の進む道。

そこに諦めもなければ、突き放すような思いもない。

俺達を阻むものは、全て解決して、全て排除するだけだ。

フロンティアとガレリアには、プロフェッサーから渡されたRENZの汎用機に関する性能データと設計データを渡しておく。

数時間後には超小型搭載艇に積めるくらいの大きさのRENZ生産装置が量産されてくる。

とりあえず最初ロットの100個位は俺達が自ら付近の星系に届けることにする。

後は超小型搭載艇に特殊な潜在的エスパー捜索プログラムを施して、各星系にいる一番強いテレパスに、この汎用RENZ生産装置を届けるようにする。

今度のRENZは最初のものとは違い、装着者が亡くなればRENZも消滅するようになっている。

生産装置も初期とは違って、寿命は100年ほど。

寿命が来ると自動的に消滅するので、後のことを心配しなくていいのが楽だ。


俺達の無の断崖に対する静かな攻勢が始まった……


僕は16歳、高校一年生、名前は東一郎(ひがしいちろう)

何かと騒がしくて物騒な世間とは隔絶している全寮制の専門学校へ入学して、はや6ヶ月。

ときたま、お昼のニュースを食堂で見ることがあるけれど、やっぱり物騒。

どっかの国とどっかの国が大使の強制帰国と大使館の封鎖をしあうとか、小規模ながら銃撃戦が起きたとか、そんなニュースばかりやってる。

そんな世間と、僕の日常とは、交わらないと思ってた……

僕は、いつものように専門教科でNCマシンや3Dプリンタを使って、様々なイメージのカスタムデザインを試行錯誤していた。


「東よぉ、お前、どっからそんな妙ちきりんなイメージが湧くんだ? これなんか、球と球……いや、違うな、球と独楽か? それを円筒形で繋いだ物……昔の武器のような代物だな。まあ、いつもながら、お前のイメージ力には脱帽だわ」


教師は、そんなことを言うが実は、これは僕が考えたものじゃない。

勝手に僕の頭の中に入ってきた(湧いてきた? というか)イメージだ。

今回の教材は3Dで新式の宇宙船をデザインしろというもの。

僕らの文明程度じゃ10年以上前に月にロケットを飛ばして人間を数人送ったが、帰還時にトラブル起こして、すったもんだの末に何とか、タイムリミットで保有してた酸素ストックが尽きる寸前に大気圏再突入に成功したという、ジョークのような本当の話が関の山。

ただし着陸後に、その国の機関から詳細な調査が入って、事故原因は、あり得ないことに、それまで順調に作動してた燃料ポンプの不具合だったという噂がある。

あくまで噂に過ぎないが、そのポンプは何か巨大な圧力で潰されたかのように、超硬質金属が平たくペラペラになっていたという事だ。

一昨日までの僕の持ってた宇宙船のイメージは通常のロケット推進で飛ぶ宇宙ロケット。

それが昨日の夜になったら突然に、この、どうやったらこんなデザインのものを飛ばせるんだろうという、まことに変てこなデザインに早変わりしていた。


まあ、それを言うなら、僕の考えるもの、試作してみるものは全てそうだった。

普通に銃器や武器に興味を持った頃に考えたのは銃弾を撃ちだす銃ではなく、エネルギーや波動で敵を倒すスタンナー、パラライザーだった。

友人たちには、そんなもので悪者は倒せないと言われたが、僕の中では、こちらのほうが銃弾よりも有効だとの思いは崩れなかった……

更に長じて、車や重機に興味が移ると僕のデザインは奇妙さに拍車がかかる。

楕円形や球形の運搬船の中に様々な専用機材が積まれていて、そいつが数百機、母船の中に積まれるという、いつの未来の救助工作船だ? 

と皆から言われたが僕の中では、これが絶対に正しいと言う妙な自信があった。

それから数年後だが僕の描いたものに興味を持った救助機材の専門業者が一目見て腰を抜かしたらしいという話を聞いた。

どうやら自社の最新式機材の発展型ともいえるものが絵の中に多数混じっていたらしい。

担当者は、産業スパイ?! 

とか思って調べたそうだが、子供の描いた絵だと判明して一安心と共に、僕の引き抜きをしてきた(その頃の僕は小学4年生)

親も、まだまだ先のことなんで本人の意向次第ですと答えていたようだが、この年まで未だに年に数回は、その会社の忘年会や新年会、歓迎会などに誘われる。


「あ、先生。とりあえず、この未来型宇宙船は通常のロケットエンジンじゃ無理ですね。このボディごと、いや、空間ごとで推進力を得るようなエンジンや航法でないと、変な格好の宇宙ステーションになってしまいますので」


と、何の気無しに答える。

回答にびっくりしたのは先生だけじゃない、僕自身もだ。

なんだろう? 

この宇宙船に乗り慣れているような、生活の一部としているような感じは……

ロケットエンジンじゃ進まないと言いつつ、そんなことは当たり前すぎて疑問にもならないと当然のように思っている自分がいる。

おかしい……

今までも、そんな気分になることはあったが、この数カ月、特に頻繁に起きる。


僕は昔から夢想癖があると言われてきた。

親と歩いていても突然に立ち止まり、何かを見つめるような、あるいは、何か見えないものと話しているような、そんな行動を取るようだ(自分じゃわからない)

横断歩道で立ち止まって歩道信号が赤になっても立ち止まっているので怒号を食らって正気に戻り、あわてて退避エリアへ逃げ込んだりとか、しょっちゅうだった。

僕に何か起きようとしているのか? 

そんな、気になる今日このごろだった……


〈イチロー・ヒガシ。ようやく見つけたわ、ようやく。あなたにお願いがあるのです、イチロー。無の断崖という、この宇宙を死の星と化し、果ては無に帰す事を計画している巨大な宇宙組織と戦う戦士に選ばれたのが、あなたです。イチロー・ヒガシ……お願い、目覚めて下さい、イチロー!〉


頭の中に痛みに似た感覚で入ってきたメッセージ。

これは何? 

噂に聞く、テレパシーというもの? 

嘘だ。

超能力とかテレパシーとかエスパーなんてのは絵空事やオカルト世界だけのこと。

ちなみに僕にも厨二という暗黒歴史があり、その頃にはESPカードやらスプーン曲げやら真剣にやったよ(全て適性なしで、あきらめたんだけど)

暗黒歴史は思い出したくもない。

変な声は消えろ! 


〈イチロー、自分の中に眠る力を信じないのですか? もう、目覚めかけているというのに……いいわ、私と先生で、あなたを完全に目覚めさせてあげます〉


もう、あれから毎日のように頭の中に響く声。

友人に相談すると、


「お前も、ついに脳内彼女ができたか、同志!」


などと変な感動をしやがる。

今朝も、眠りから覚めたら頭の中に声が響いた。

僕を完全に目覚めさせに来るらしいんだが……


放課後、いつものように無線部の部活を終え、文化祭での無線部としての出し物も考えないとなぁ、などと思いながら夕焼けの道を歩いていると……

絶世の、とは言えないかも知れないが、少なくとも今の十把一絡げみたいな集団アイドルじゃなくて、ソロで一時代が取れそうな可愛い系の美少女が、ちょいと年齢不明のおっさんと一緒に歩いてくるのが見えた。

はぁ、人生ってのは、ままにならないもんだね。

アイドルレベルの美人と、冴えないおっさんのカップルですか……


「イチロー・ヒガシ! あなたねぇ、言っていいことと悪いことがあるわよ! この方は、私の先生です!」


いきなり、美少女に怒られた。

何? 

僕が何かしたのか? 

気づかないうちに、どこか当たった? 


「まあまあ、ジュディ。彼は思っただけだよ、それは怒られる範疇に入らないはずだろ?」


年齢不詳のおっさんが、美少女をたしなめる。

あれ? 

先生と言ったな。

そうすると、もしかして……


「そうよ、ようやく気付いたの? 私、テレパスのジュディ・各務〔かがみ〕。こちらは、私の先生で、」


楠見糺くすみただすという。ちなみに俺はテレパシーとサイコキネシスが使える。よろしくな、新米エスパー君」


はい? 

もしかして、今までの事は暗黒歴史の再現ではなくて……


「大当たり! 君は隠れエスパーでした。と言うことで君に渡すものがある」


楠見さんという人が僕に渡してくれたもの……

それは、ちょいと変わったブレスレット型の腕時計? 


「それは、ブレスレットや腕時計としても使えるけれど、本当の使い方は違うのよ。どちらの腕でも良いから、はめてごらんなさいな」


ジュディさんの言う通りに半信半疑ながら右腕にはめる(僕はサウスポーだからね)

そうすると……


「何も起きないじゃないか。まあ、デザインも気に入ってるし、腕時計も新しいのが欲しかったから良いけれど……」


ど・く・ん! 

僕の身体の中から何か湧き上がってくるものがある。

不快じゃない。

不快じゃないが、何とも言えない不思議な感覚。

その感覚が落ち着いてくると、今度は頭の中が、すぅっと、深い霧がかかっていたような感覚から一気に晴れ渡ったような、妙に澄み渡ったように感じる。


〈どう? 頭痛がするように感じるかしら? もう大丈夫でしょ?〉


もう、ジュディさん、いや、ジュディの言葉とテレパシーの区別がつかないくらい自然に頭の中に入ってくる。


〈すごいね! このブレスレットの力? そうすると、これさえ外せば通常の生活に戻れるのかな?〉


「そうだ。君が無の断崖との戦いを拒むなら、そのブレスレットを我々に返して、そのまま家に帰れば良い。君の潜在能力は高いので、できれば我々と一緒に戦って欲しいが、それは君自身が決めることだから」


楠見さんは、そう言ってくれる。

問答無用で戦いに駆り出されるようなことはないらしい。


「ちなみに、僕が断ったら、どうなるんですか?」


聞きたいことは、これだ。


「大丈夫だとは思うが、ギリギリで核戦争阻止できるかどうかという事になりかねないな。それほど、東君、君の力は大きい」


数秒の間、本気で悩む。

しかし、僕の心は最初から決まってる。

こんなの、絶対に拒むことなんかできないじゃないか! 


「分かりました。エスパー戦士として戦います」


それから数週間、僕は、この言葉を言ったことを後悔することになった……

なぜかって? 

使い物になるエスパー戦士になるために、特訓とか言う言葉じゃ書けないようなツライ目に遭い続けたからだよ。

命がけの特訓、いや、それよりも酷い特訓ばかりだった。


上空1000mよりパラシュート無しで突き落とされ、サイコキネシスで浮かばなきゃ死ぬ目に……

お菓子が2つあり、どちらかに猛毒、差し出す人物の心を読むのが必須だけど、あっちも精神にブロックかけてて、それを突き抜けないと死ぬ目に……

そんなのばっかし数週間……

特訓を終えて僕は変わった。


「よっしゃー! 何でも来いやー! 小惑星だろうが月だろうが、落としてみろやー!」


未来予知の力は無かったはずなんだけど敵との戦いの最後に本当に月を落としてくるなんて思わなかったよ……

必死で月を押し戻し、敵の支部長を倒すまで丸3日もかかったけどね。

これで、僕らの星は破滅から救われる。

でも、これだけじゃない。お隣の星系には、まだまだ敵の支部があるんだ。

僕らの戦いは続いていく……


「で? 楠見さんは、何処行ったの?」


「この星が大丈夫だって分かった途端、次へ行くって言い残して、飛んでっちゃった……どっかの星で、ここと同じようなことしてるんでしょ?」


この星系に住む知的生命体は、ちょいと変わった生命形態をしていた。


我が星は今日も姦しい。

今日も今日とて、我が国の軍部が帝国の横暴に耐えかねて、そろそろ最後通牒を出すことになりそうだとメディアニュースが言っている。

どうして同じ星の民族同士、同種の生命体同士、仲良くできないのか? 

ことあるごとに角、いや、触手を突き合わせては喧嘩ばかりしている。

まだまだ宇宙へ出るなどという文明段階ではないために、この諍いは星の外に出ていないが、このままロケット技術が発達して、更に近隣の星へも行けるようになった時に、我が星系内に戦乱を拡大するだけのことになるのではなかろうか? 

我が心配するだけ無駄なのだろうが、それでも、この水の星から生まれた我が種族の将来に暗澹たるものを感じる。


「こんにちわ、WW7892392ー。今日も良い塩分量ね」


我が同種にして、この頃知り合ったEE8883521+が挨拶してくる。

今日も彼彼女の触手は十本とも粘液にまみれて美しい……

あ、言っておくが我々は両性体であり、性別による差別などというものはない。


「やあ、こんにちわ。良い塩分です。今日も触手が艶めかしく、美しいですね」


我々の文化は、触手に関する単語が山とある。

相手を罵倒するときにも万を超える言い回しで触手を侮辱・軽蔑・否定し、相手も同じく触手で返す。

褒める、賞賛するときにも、触手に関する限りない美麗な言い回しを使う。

子孫を残すときに、相手に対する言葉? 

そんなもの決まってるだろうが。

数時間を費やして、子孫を残したい相手の触手を一本一本、丁寧に褒めあげてやるのだ。

触手に対する詩など、我が文明の歴史を記した建造物の中に、いくらでも残っている。

吾輩も、もう少しこの身体が大きくなったら目の前のEE8883521+に求婚することとなるだろうが……

今日のEE8883521+は何処か変だ。

いつもなら挨拶が済めば学校へと優雅に泳いでいくのだが我が目の前にとどまっている。

どうかしたのか? 


「EE8883521+、どうした? 私に、まだ何か用があるか?」


ああ、我が種族の語彙には不満がある。

触手に関する以外の単語が少なすぎるのだ。

もっと優しい言い方があるだろうに。

この思いが伝わらないというのは、もどかしい……

EE8883521+が、一本の触手を我に向けて差し出してくる。

無言だ。

しかし、その触手が掴んでいるものを受け取ってほしいという思いは伝わって来る。

我は、彼彼女の触手をそっと握り(これは、かなり恥ずかしい事。触手を触れ合わせるなどというのは生殖行為一歩手前だ)その中にあるものを受け取る。

何だろう、これは? 

輪のようなものだな。


「WW7892392ー、それを触手の根本、あるいは頭の先にはめて見て頂戴。そうすれば、あなたの隠された力が開放されるわ」


何を言い出すんだ? 

我の中に何が隠されているというのだろうか? 

不審に思いながら触手の一本の根本に、その輪のようなものをはめてみる。

自動的に大きさが調整されるようで、しゅるりと締まって、ちょっとやそっとじゃ取れないようになる。


「綺麗なものではあるが、どうなるというのだ? 何も起きない……」


何だ? 

自分の中から不思議な力が湧いてくるのを感じる。

こ、これは何だ。

おまけに、さっきまでが嘘のように、エンペラから触手まで何か生き生きしているように見える。

こ、これは? 


〈どう? 目覚められたかしら? あなた、微弱だけどテレパシーの素質があったの。今渡した物がテレパシー含めたESPの増幅装置。もう、たくさんの仲間が、あなたを、WW7892392ーの参加を待ってるの〉


え? 

何の仲間だって? 


〈この星のエスパー隊。今、この星は危険なところまで来てるの。それを裏から操ってるのは無の断崖って闇の組織。それと戦うのがエスパーとして選ばれし者達なの〉


そうか……

星の危機を救うエスパー隊か……


〈よし、やってやる。我が参加して、この星が救われるなら、どこまでも戦ってやるぞ!〉


一月後、無の断崖の支部は壊滅した。


「ふぅ……全く変身した経験のない生命体ってのは難しかったですね。特に海洋生命体ってのは」


「ご苦労様、ライム。今回ばかりは不定形生命体のライムに頼るしか無かったからね、助かったよ」


どこの誰が陸地が5%もない海洋惑星でダイオウイカの進化種族が知能を持ち文明を発達させるなどと考えただろうか? 

この星ばかりは他の誰でもないライムに頼るしか無かった……


儂は、この星でも最高の知恵と知識を持つものとして長年に渡り研究に励み、賢者の称号を得て久しい。

しかし近年、この地に起きている自分勝手な言い分を通して近隣国家や全世界に迷惑をかけ続ける、このおかしな運動と、それに同調する変人共は、何を考えているのやら? 

小競り合いを通り越して、軍の衝突すら起きているこの事態において、肌の色が何だというのであろうか? 

出生の高貴さ? 

見た目の可愛さ? 

全てが下らないことだ。

ヘタをすると、この星そのものが死の星になりそうだというのに、未だに縄張りだの、領土だと? 

この地に、マトモな頭脳を持っている奴はいないのだろうか? 

少しだけ、少しだけ頭を働かせれば分かることだろうに……


「賢者よ、お水と食事をお持ちしました」


おお、もうそんな時間か。

この頃、恒例となった、麦飯に水をかけた「水漬け」なる物を食す。

うむ、早く食べられて消化に良い、まさに緊急にして美味なる食事だ。

おや? 

この腕輪、あるいは首輪のようなものは何だろうか? 


「従者よ、これは何だね?」


食事と共に持ってきたものであろうから、従者が知っているはず。


「それがですね……私も知り合いから渡されたものなので、どういうものかは分かりません。ただ、賢者様に渡して、身体につけていただけば自然と理解できるだろうと言われています」


ふむ……

何かの装飾か? 

それにしては、装飾彫りもなければ代わり映えもしない、ただの輪だな。

まあ良い。

儂は、それを首にはめる。

我が種族は、そこが一番、落ち着くところにして、身分や個人証明を表せるところだから。

ん? 

自動的に、儂の首に調度良い長さになったぞ。

しかし、何の変化もなさそ……

おお! ? 

なんだこれは、この力は? 

儂の中に眠っていたものだろう、この力。

老いたる身の最後の残り火のようなものではない、荒々しいが、神聖な力。

それが身体に満ち溢れるにつれ、頭脳すら冴え渡ってくる。

ついさっきまでの儂は何だったのか? 

そこにあるものにも理解が及ばぬ無知蒙昧とは、さっきまでの儂のことだろう。


〈心は開放されましたか? 賢者よ〉


おお! 

耳ではない、心に響く、この声! ? 


〈あなたの中に眠っていた未知なる力、その扉を今、開け放ちました。今、私が使っているのはテレパシーと言います。あなたの中には私よりも大きなテレパシーの力が未だ訓練されぬままに大半が眠っています。少しの訓練で、あなたはテレパシーの巨人となり得ます〉


儂は、その声に導かれるように学舎を出て、野に下った。

テレパシーという見知らぬ力の訓練に数週間を費やし、儂は自分の力が如何なるものかを知った。

そして、その力をもって、この星に眠るエスパー達を探し出し、この星の危機を救うためにエスパー隊を組織する。そのエスパー隊での儂は「導師」と呼ばれる事となり、幾多のサイキッカーとテレパスを教え導く事となる。

数年後、儂らエスパー隊は宿敵とも言える「無の断崖」の支部を壊滅させることに成功する。

しかし、儂らの任務は終わらない……

この星だけではない、無の断崖が狙っているのは。

もっと強力な組織となって、無の断崖の組織を潰していかねばならない。

儂らの戦いは続いていく……幸いにも、儂らの闘争心は消えることがない。


「あー、しんどかったですよ、ご主人様。精巧過ぎる着ぐるみって、どうして着るにも脱ぐにも手間がかかるんですか?」


「ご苦労様、エッタ。犬の星だから苦労しただろ? 着ぐるみに臭気まで合成する機構までつけて、熱い物は食べられないし、ジュースもダメの水生活だもんな」


しかし、犬の文明ってのも面白いもんで。

犬種が色々あって、それで国別に分かれて争ってたのを無の断崖に付けこまれたんだろうが、彼らももう大丈夫。


ここは、樹海の惑星。

動物は樹林のフェロモン成分によりコントロールされ、樹海を発達させることだけを目的に働く、樹海の従属物となっている。

ここにあるのは無の断崖末端星系支部を数十も束ねる中間支部。

そこでは今までの作戦が次々と崩壊して末端支部が壊滅したという報告が、いくつもいくつも上がってきていた。

今も通信報告でまた1つ、いままさに末端支部が潰されて支部の建物自体が崩壊し、通信機器も壊れてしまったという赤ランプが点灯したところ。

中間支部の支部長であるドクター・リストと呼ばれる人物は、頭を抱えていた。


「ああ、ほんの数年前までは無の断崖の作戦に逆らえるような生命体や星系はいなかったのになぁ……これでは、どうあっても本部からの叱責は免れ得ないだろう。能なしの部下たちを持つと、ここまで有能な私にも責任という形での叱責が来るのだろうなぁ……」


どこまでも尊大で、どこまでも他人を見下す人物。

だからこそ宇宙を無と化すような目的の組織に所属して、かなりの上の地位に就くこともできた。

彼の戦略は明快だ。

たとえ同族であろうと、生命体は滅せられるべきもの。

無の断崖は、目的が達せられたその時に自分たちも死すべきものと命じられる。

宇宙は無なるがゆえに清浄。

無なるがゆえに全てを生み出す素となりうる。

宇宙の再生を促すため無の断崖は存在する。

恨みは全て、生きとし生ける物へ。

憎むは生命、滅ぶべきは星。

ああ、我が望むは清浄なる無の宇宙なり。

無の断崖の信条を朗読し、揺らぎかけた自分の動揺を鎮める。

本部からの叱責も、これで平静になって受けることができる。


叱責内容は酷いものだった。

これ以上、愚かな抵抗が続くようなら、ついに、この自分が投入されるとのお達しもあった。

まあ、たまの実戦も良いか……

と、思った瞬間! 


支部の建物に激震が走る。

何だ? 

どうした? 

この大支部に限って、こんなことは起きるはずがない。

と思っていたら、支部員が走ってくる。


「支部長! この支部に対し攻撃が加えられています!」


「何だと?! 交戦相手の詳細を述べよ! すぐに対処せにゃならん」


支部員の回答は驚くべきものだった。


「そ、それが……攻撃してくるのは、この星の樹海そのものです! 通常は動くはずのない蔓や枝が我々めがけて攻撃してくるのです!」


ば、馬鹿な……

植物が攻撃してくるだと? 

確かに、この星の樹海は一種の知能を備えているような動きをするが、それとて長い時間をかけてのもの。

絶対に、この動きはおかしい。


《植物が知恵や知能を持たないと誰が言った? ここまで大きな植物群体だと、ネットワークで高い知能を持つ群体生命となっても不思議じゃない。その植物に、お前たちは滅ぼすべき敵だと判定された。諦めろ、抵抗は無駄だよ》


強力なテレパシーが星系外から来る。

我が組織、無の断崖でも、ここまで強力なテレパシーの持ち主は稀だ。

しかし、なぜ? 

なぜ、この支部の存在と場所が判明したのだ? 

こういう奇襲を警戒して連絡は直接にせず、各末端支部を経由していたはずなのに……


《はっはっは! なぜ分かったか、答えをあげよう。各支部の通信記録を解析し、それを丹念にたどった、それだけだ。無限回数じゃないから案外と簡単にたどり着いたぞ。さて、もうすぐ建物は植物たちの攻撃によって破壊される……そうすりゃ、逃げ場も無くなる。ついでに言うと逃走用の宇宙船は全てエンジン部を破壊しておいたので、そのつもりで。植物群に対抗して力尽きた頃にでも、お邪魔するとしようかね》


謎の声の予告の通り、建物は破壊され、厳重な防護壁に囲まれていたはずの宇宙船はエンジン部が破壊されて修理不能状態。

サイキックバリアやブラスターなどで対抗するも、この星を覆い尽くすほどの樹海に対しては、焼け石に水。

数日もすると銃のエネルギーは尽き、サイキッカーも力を使い果たして気を失う奴が続出。

ついには樹海に対する防衛・攻撃手段が無くなる。

宇宙船が使えれば、宇宙からの攻撃が可能となったのだが、今更の話だ。

疲れ果てた我々が空を仰ぐと、直径500mにもなろうかという巨大な球形宇宙船が降りてくるところ。

ああ、あのテレパスがやってきたのか……


《植物の皆、ありがとう。君たちの力がなかったら無の断崖は未だにこの星からの指令を止めることがなかっただろう。心より感謝する》


無言だが圧倒的な賛辞と感謝の念が送られてくる。


「キャプテン、よく分からないのですが、植物に知性があるんですか?」


「ああ、あるよ、ライム。単体だと知性と感じないが、惑星を覆うほどになれば群体として知性を獲得する場合がある。この星は典型的な群体知性体だろうね。宇宙に出ることは不可能だろうが、この星自体で巨大な知性体となることは確実。他の星系との交流で知性体としてのレベルを上げることも可能となるだろう」


また、心強い味方が出来たのは嬉しい。

無の断崖の構成員は、どうなったかって? 

無力化した上で搭載艇に載せ、後はエッタに任せてます。

餅は餅屋、深層心理探査は、それが得意な人に任せようっ、てね。

結果、様々な情報が分かりましたとさ。

本部までは辿りつけなかったが、ここより上位の支部の位置も、いくつか判明。

さて、と。

こちらもそろそろ、本気出すとしますかね。


中間支部を、これで10ほど落とした。

今さっき陥落させた支部は、ようやくというか何と言うか、上に繋がる支部だったようで。

エッタが、


「ついに本部に繋がる糸が辿れます!」


と喜んでいる。

各星系における末端支部のほうもエスパー隊の設立と強化により何とか対抗できるまでになっている(一部では末端支部を壊滅させるくらいの強いエスパーやサイキッカーも出てきている)

俺達のやることは一刻も早く本部へのルートを掴み、無の断崖を根こそぎ壊滅させることだ。

ということで俺達は今、中間支部より上の組織、中間支部へ指令を下している支部(ああ、ややこしい)へ、まっしぐらに跳んでいる。

無の断崖も考えているようで、その上位支部は何の変哲もない恒星と代わり映えしない惑星による、誠に平均的で、すぐに忘れさられそうな恒星系の巨大惑星(つまりは太陽系で言う木星のようなガス惑星ってこと)のメタンの海の中にあった。

こんなところにあるとは普通なら考えられないと思うが、そこはそれ、相手も高い知能と豊富な経験を持っているということだ。

しかし、ここまで来ても理解不能。

奴ら、無の断崖ってのは、どういう意図の下に銀河の生命体を滅ぼして星すら無に帰すなどという極端な終末思想に走ったのか? 

これが銀河の覇権を争うとか宇宙を征服するなどという欲望まみれのものなら、呆れはするが納得できる。

しかし、そうじゃなくて宇宙を無の空間にするのが理想などという狂った執念に近いようなものは……

この上位支部に狂った思想の原因でも見つかれば、それからトラブルの原因を見つけて解決するんだけどな。

今のところ中間支部までの構成員で、無の断崖の思想が、どこから来ているのかという根本的なものを知っている奴はいなかった。


「マスター! サイキック攻撃です。まだまだ弱いのでバリアで防げますが、近づくに連れて、うっとおしいものになりそうですよ」


フロンティアが言ってくる。

俺も、いい加減、この偏執狂みたいな組織にはうんざりしてたところだ。

いっちょう、やったろうかい! 


「フロンティア、主砲を撃てるか?」


「え? マスター、あの惑星の中にある基地を狙うんですか? 主砲ですと、間違いなく惑星ごと基地を消し去ることになりますが」


「いや、そこまでの威力で撃てと言うんじゃない。パワーを絞ってだな、あの基地含めて惑星だけを時空凍結させられないか?」


「はい、やれと言われれば可能ですが……マスター、何を考えてます?」


「奴らも組織の一員だろ? 組織どころか、この宇宙の繋がりからも切り離された絶対的孤独ってのを味あわせてやろうと思ってな。つまりは、奴らの理想郷を現実にしてやるのさ」


「それは面白いな、主。宇宙に自分たちしか存在しないという孤独が、どんなに酷いものか思い知らせてやるか」


「では、ガルガンチュア、フロンティア部主砲、発射準備開始! 30秒後に発射体制が整いますので、そこからのトリガーはマスターにお渡しします」


エネルギー値が、通常の主砲発射時の1%も無いとのこと。

まあ全力発射で中型ブラックホールなら吹き飛ばせると豪語するくらいだからな。


「フロンティア主砲、発射準備完了! マスター、トリガーをお渡しします。ご自由に撃って下さい」


ご自由にとは言うものの、こんなの物騒で通常なら撃てませんがな、フロンティアさん。

しかし今の俺は通常時と違う。

かなり、むかっ腹を立てていた。

つまりは、かなり怒っていたということ。

死の星を大量生産し、あまつさえ宇宙の星すら無に帰すという過激集団に、おしおきのキツーイやつを食らわしてやらなければ気がすまない。


「フロンティア主砲、時空間凍結砲、発射用意よし。主砲、発射!」


巨大なるガルガンチュアの片側、フロンティアの主砲部分が輝き、エネルギーの塊というには真っ黒に近い物が、巨大ガス惑星へ迫っていく。

相手の基地もシールドやバリアを張っているようだが、そんなものは主砲の前には紙のようなもの。

着弾すると惑星の周りに透明なシールドのようなものが形成される。

半径10万kmの球体のような物の中に、惑星がすっぽりと入っているようなものだ。


「フロンティア、あの中は、どうなっているのか説明してくれ」


人間で理解できそうなものなんだろうか? 


「マスター、現在、あの基地の周りの時空間は、この宇宙とは切り離されています」


「何だって? じゃあ、こちらから干渉も出来ないってことか?」


「はい、その通り。しかし、中にいる連中は、それどころじゃないはず。なにしろ時の経過も検知できません。通信波も、光すら中へ入れず、あの中から外へは出られません」


ということは……


「絶対的な孤独状態ということか、文字通りの」


「はい、マスター。これが我が主砲、時空間凍結砲です。相手の生命は奪いませんが、文字通り、孤独の時間をたっぷりと味わうことになります。ちなみに最低出力のため、有効時間は30分あまり……しかし、基地内部での時間経過は……このエネルギー値の差ですと約1万倍になるかと」


30分が30万分、つまり5000時間、地球時に換算して、約208日以上。

7ヶ月弱というところか。

全くの外界接触なしで7ヶ月過ごすのは、普通の者なら気が狂う一歩手前だろうな。

おまけに、外界を観測しようとしても、向こうから見えるのは絶対的な暗黒(宇宙ってのは意外に光があるものだ。それも無い、言ってみれば無の断崖の理想郷とも言える絶対暗黒)

主砲の影響が無くなり、球体シールドが解除された時、超小型搭載艇を数隻、探査に入れたが、そこで見た光景は……


構成員がヨダレを垂れ流して歩きまわっているか、それとも胎児のように丸まって部屋の隅にうずくまっているか……

中型搭載艇内に収容後の情報収集は楽だった。

精神崩壊一歩手前か、崩壊してる奴が多かったためだ。

基地の司令も胎児に戻った口で、ようやく元の宇宙に戻ったと聞かされると涙を流して喜んでいた。

ともかく、自分達以外に宇宙に何もないという状態が7ヶ月も続くと、もう何もする気が起きなくなったとのこと。

あるものは狂気に囚われ、あるものは引きこもって胎児のごとくになり、基地の中に正常な精神状態のものはいなくなった。

5000時間後、通常宇宙に復帰したとわかった時には無の断崖という組織の目的そのものに疑念を抱いたという。


「私が経験した絶対的孤独。あんなものを理想郷だなどと、とても思えません! 私は無の断崖を拒否します!」


まあ、正直な感想なんだろうが、もっと早く目覚めて欲しかったね。

しかし、今回ばかりはガルガンチュアの底知れぬ力に、俺自身ですら恐れを抱いた。

あれで1%以下の出力だって?! 

全力の主砲発射時には、どんなことが起きるのやら……

聞いてみたい気がしたが、フロンティアやガレリアが、ウキウキ気分で話すだろうという事が予想されたため、やめておいた。

その質問じゃなくて、別の気になることを聞いてみた。


「フロンティア、主砲の全力発射で中型ブラックホールすら吹き飛ばせるって言ってたよな。この主砲の原理というか効果で、そんなことできるのか?」


「はい、マスター。ブラックホールというのは、エネルギーや質量を取り入れつづけなければ自分の穴を保持できません。そこへ、この時空間凍結砲を当てると……つまりは、大食いのブラックホールへの食料供給が止まるわけですね。数カ月と経たないうちにブラックホールの自壊が始まり、凍結が解除されるころにはブラックホールは自滅しているわけです。更に言いますと、中型が限界というのは、主砲の射程と口径によるもの。ですから、銀河中心部の超大型ブラックホールなどは射程に入りませんのでアウトと言うことですね」


さらっと言われたが、つまりは俺が許可したら、際限なくガルガンチュアが大きくなって、宇宙の穴を全て潰せるくらいになるってことか! 


ここも、中間の上位支部。

ここで上位支部も5つ目。

いい加減飽きてきたが、銀河の危機だ、そうも言ってられない。

各末端支部は、それぞれの星系でエスパー隊が組織されて戦っているんだ。

もうルーチンワークになっているとしても、根気よく上位だろうが末端だろうが一つ一つの支部を潰していくだけ。

さすがに主砲発射は、あの一回で懲りた。

あまりの威力に俺自身が怖くなったから。

ただでさえ巨大というには大きすぎる衛星規模宇宙船が2隻合体し、フロンティアやガレリア言うことにゃ、


「エネルギー容量としてはシリコン生命体の文明でも実験艦として開発中だった惑星規模艦に近くなってますね、今のガルガンチュアは」


と、当然のごとく、のたまうのだった。

そんなものの主砲なんて設計時よりパワーアップしてるだろう、と聞いたら、当然ですね、と、こともなげ。

本心ではガレリアの主砲も見てみたかったが、フロンティアより悲惨なことになりそうだったので、やめておいた。

ここでは普通に搭載艇の雲霞の如き数押しで猛攻を加えることとし、更に電撃作戦で通信やテレパシーも送る時間すら与えずに妨害シールドと俺のサイキックシールドの2重展開で逃走すら不可能としておいて……


《最終告知だ。無の断崖などという、ふざけた組織の殲滅ついでに、この支部も壊滅させる。抵抗など無駄だ。通信もテレパシーも通じないぞ。諦めて全面降伏するなら気絶モードだけで終わらせてやる》


対する返事は一言。


〈誰が降伏などするか! そっちが全滅するだけだ!〉


サイキック攻撃を放ってきたが、そんなもの2重シールドを破るまでにもいかない。

今ごろは焦っているだろう。

必殺の攻撃だったものが通用しないんだから。

さて、命がけでサイキックシールドを破ろうとする奴がいるといけないので、更に強度を高めて、俺クラスのテレパスでもなきゃ破れないほどにガッチガチに固める。

ただ、これだと搭載艇群に命令すら届けられないので、時間で行動するように予定してある。

30分後、シールド中にステルス状態で入っていた搭載艇群のスタンナー及びパラライザー集中攻撃が始まる。

徹底的にやれと命令してあるので、死者が出るまではいかないが、動くものなどいないように念入りに基地内の掃除すら始める始末。

一時間後、2重シールドを解除すると、もう基地は、その役目を果たさなくなっていた。

基地要員が全て気を失い、あるいは麻痺状態のため、抵抗不能となっていたからだ。

例によってエッタに託して、情報収集に務める。


時間はかかったが、ようやく上に繋がる糸が見え始めた。

本部らしき星系なんだが、そのポイントに星系など無いのはスターマップで確認済み。

そこにあるのは、なんと、異次元断層。

ようやく無の断崖という組織のありようが理解できるような気がする。

異次元断層などという、見えもせず触れることもできず、それでいながら、そのポイントに到着すると人も宇宙船も、全て異次元に消える理解不能の空間現象。

ただし、過去に俺達が通ってきた銀河で異次元からやってきた生命体(過去には邪神と呼ばれていた異次元生命体)は今では他の生命体と意思疎通も可能となったために、それほど恐れられる存在ではなくなっているが。


そうか……

異次元断層だけが宇宙の広がりと共に移動し、今はこの銀河にあるわけか。

宇宙の管理者たちも異次元断層だけはどうにも手が出なかったらしく放置している状態。

だからこそ、この理解不能の異次元断層に関わった生命体が精神に異常をきたし、無の断崖などという狂った組織を立ち上げたのも無理矢理にだが納得できる気がする。

しかし、俺は宇宙のトラブルバスター。

異次元断層だろうが何だろうが、トラブルだったら解決してやろうじゃないの。

上位支部を解体し、要員全てを手近な星系に送って対処してもらうこととする。

裁判などは俺達のやることじゃない、それは当事者がやることだ。


「さて、ガルガンチュアが本気を出す時が近そうだ。本部の制圧など片手間でいいから異次元断層を始末する計画を考えるとしよう!」


ふっふっふ……

本気を出した俺とガルガンチュアの行動力、甘く見るなよ……


本部攻略会議、というのは片手間。

片手間というと不謹慎なんだが、本部を壊滅させても問題の本質は解決されないから仕方がない。

実質的には、異次元断層修復会議とでも言うのか? 

宇宙の破れ目のような異次元断層という代物を何とかしようという会議だ。


「さて、本部の場所は大体だが分かった。無の断崖という組織自体の命運は、これで壊滅と決まったようなもんだが……問題はそこじゃない。そこにある異次元断層という厄介な代物だ。こいつを何とかしない限り第二第三の「無の断崖」が現れるだろうな。幻魔と呼ぶか、それとも異次元の手と呼ぶか。異次元断層という本質を片付けない限り、そうなるのは目に見えている」


俺が問題定義をする。


「マスター、ブラックホールのような宇宙に開いた穴なら吹き飛ばすことも消滅させることも可能ですが、宇宙そのものの破れ目などという代物、ガルガンチュアの武装を全て使っても無理だと思われますが?」


「そうだぞ、主。宇宙空間という共通項があるからこそ武器も有効になるのだ。異次元断層などという代物に対しては、どんな武器をもってしても無効になるとしか言えないぞ」


と、ガルガンチュアの主構成要素の二人は断定する。


「我が主? 私も、いわゆる「旧神や邪神たち」今で言う異次元生命体の故郷である異次元へ繋がる断層などという摩訶不思議で解析不能な現象には我々では手が出せないと宣言します。物理法則も通用しない異次元世界に何ができると?」


ロボット三人組は全て否定に回るか。


「ご主人様、精神生命体としての意識の残滓から考察しますと我々より高次の存在、つまり宇宙の管理人たちならば手が出せるのではないかと思います。ただし管理人たちも、どうして良いか方法が分からないので今まで放っておいたのだと思われますが」


と、エッタ。

ライムは、


「認識すら出来ない宇宙の現象についての意見は差し控えます。それが見えるものなら対処もできると思いますが三次元宇宙の空間が破れてると言われても想像すらできませんね」


と、こちらは現実派。


「皆の意見は分かった。俺達にできるのは確かに無の断崖という組織を叩き潰すことだけだろう。ただ、俺には確信みたいなものがある。アイデアがあれば宇宙の管理者達が、それを実行してくれるという事に」


「おや? マスターには異次元断層に対して有効なる手段がありそうな口ぶりですね? その手段というかアイデアとは?」


気にはなるようで、フロンティア。


「では、俺のアイデアを披露する。この絵を見てくれ」


と、用意した絵をプロジェクターで映す。


「我が主、これは?」


「ああ、プロフェッサーは宇宙軍の艦艇用人工頭脳だから知らないのも無理はない。これはな、ダムと言って地球上で巨大な水槽を造るための構造とデザインだよ」


「で? キャプテン、これが異次元断層に、どう関わってくるのですか?」


「まあ、そう早まるな、ライム。こいつは水という本来なら留められないものを一箇所にまとめておくものだ。地球上では重力が働くため水は高いところから低いところへ流れようとする。流れようとする一番低い所に、このダム構造物を造ると、そこで水がせき止められるため一箇所に貯めることができるという事」


「ふむふむ、水分というものが冷凍して固体化する以外に保存する方法があるという事ですね」


「そうだ、そして、これを応用したものが堤防という構造。こいつは反対側からの水の流れを止めて、逆側にある低地に流れ込まないようにしてるってわけだ……ここで大事なのが、堤防は2つの異なった境界を作るってことだ」


「あ、分かりました、ご主人様。異次元断層の境界部に、この堤防を築くってことですね?」


「はい、エッタ、大正解! ただしな、俺にも、こんな宇宙的事業の進め方や異次元断層との境界部を遮断するのに、どんな資材を使えばよいかは分からないよ。そこは宇宙の管理人さん達に、お任せって事になるが……」


そこまで言った時だ。

待ちに待ってた強いテレパシーが俺の中に響き渡る! 


『地球人よ、クスミよ。まあしかし、よく、我々に対してのアイデアの具申などという発想を思いつけるものだな。まあ、そのアイデアが良いものであるからして、それを受けてやろう。我々には決して出来ぬ発想だ。さすが祖先の力を受け継いだ異端児と言うだけのことはある。これに対する報酬は、どうする? 何でも一つだけ、かなえてやろうではないか』


「ありがとうございます、管理者よ。しかし報酬は必要ありません。これはトラブルシューティングの1つですので。まあ、そちらへの貸しが1つで、よろしくお願いします」


『面白いやつだな、地球人よ。力でも星でも宇宙船でも望めばよかろうものを、何も要らぬと言うか』


「はい、俺に必要なものは現在、全て揃っておりますので。宇宙船も共に生きていくクルーの面々も」


『必要なものは揃っているというか。ますます面白い奴だ。あいつの言うこと、本気で再考せねばならぬかも知れぬな』


と言う言葉と共に管理者の意識は消え去った。

これで俺のアイデアを用いて異次元断層に堤防を築く工事? をやってくれるに違いない。

残念なのは俺自身が、その工事を見られないってことだけだね(通常の工事じゃない、高次元段階での工事となるだろう)


今、俺達の目の目にあるのは、巨大な人工惑星。

無の断崖という組織は、ここまでのものを造る経済力と技術力を持ってたわけ。

さすがに俺も、ここまでの規模だとは思わなかった。

異次元断層の近くにいれば何かの霊感でも受けると考えてたんだろうか? 

まあ、中から出てきた生命体達とコミュニケーションしちゃった俺達が言える台詞じゃないが。

おや? 

ちょいと中を覗いてやろうとテレパシーの触手を伸ばしてみれば、中は相当に混乱しているようだ。

バリアやシールドも張ってないようなので、超小型の搭載艇を10隻ばかり送り込むこととする。

数10分後、中の模様が送られてくる。


「どうした? なぜ異次元断層の神は捧げものを受け取ってくださらないのか?! 原因は判明したのか?」


高位の神官らしき服装の人物が慌てふためいている。

ははぁ、分かった。

定期的に物質が消えるポイントへ物資を送り込んでたんだろう。

何もない空間ポイントで物資が消えるというのは理屈がわからない者達には奇跡に見えたんだろうな。

そういう一種の勘違いを繰り返しているうち自己暗示か何かでESPが開発されたのじゃないだろうか? 

宗教的な情熱は幾多の奇跡的な事象を引き起こすことがあるんで、それが起きたんだろう。

神官から質問を受けた調査班らしき者が、


「わ、分かりません! ともかく数時間前より特定ポイントでの物質消失現象がおさまり、調査用のドローン機器を飛ばしてみても消えずにポイントへ到着しています! 消える理由も分かっていなかったので、元に戻った理由も不明です!」


つまりは何も分かりませんという事。

当事者の俺達くらいかな? 

異次元断層が消えた理由を推察できるのは。

神官殿は絶叫状態。


「捧げものが消えないというのは神が捧げものを気に入られなかったため! どうすれば良いのか?! 今までは、どんなものでもお喜びになられて神のみもとへ呼び寄せられていたのに! どうすれば良い? どうすれば良いのか?! 生きているものでないと駄目なのか? それとも、この身を欲していらっしゃるのですか? 神よ!」


もう支離滅裂だ。

自分が発する言葉すら理解できなくなっていることだろう。

このまま放っておいても自滅するだろうが、そんな甘い結末は許さない。

集中して、俺の最大強度のテレパシーで最後の言葉を送ってやろう。


《無の断崖の者達よ! 愚かにも異次元断層という宇宙の破れ目を神と勘違いし、捧げものと称して銀河の各星系を死の星と化そうと計画し、あまつさえ、宇宙を無の空間と化すのが理想だと? 自分たちの考え自体が間違っていると考えもせず、愚かな行動ばかりを繰り返す。本当の神は、そんなものではない! お前たちも実感したではないか? 異次元断層が消えてしまった事。宇宙のほころびを繕ったのが本当の神だ。まやかしの神、異次元断層は、もう2度と現れないだろう! 》


「だ、誰か? 真実の神が異次元断層を修復し、もう奇跡は行われないようにしたと……信じるな! 信じるでない! こやつの送り込んでくるイメージは嘘の塊だ! 我らの神、異次元断層が消えてなくなるわけがない!」


あ、駄目だこいつ……


《仕方がないな。これも運命というやつだろう、嘘偽りの神を信じ、宇宙に破滅と死をもたらす事が神の思し召しという、これも嘘八百を信じさせ、実行させた。その罪、許しがたし! しかしな、殺しはしないぞ、その場では、な》


途中から人工惑星の周りを雲霞の如き搭載艇群で囲い込んである。


《これが神の怒りの代り。甘んじて受けよ!》


総勢で10万人ほどはいたろうか。

1時間と経たぬうちに全てがスタンナーとパラライザーの餌食となる。

異次元断層の近くということで付近に生命体のいる星系はなく、手近な星系に連絡を取り、犯人たちの引取と裁判、処罰の決定を預ける。

終わった、な……


『よくやった、地球人。異次元断層は、もう大半のポイントが堤防で塞がれた。アイデア提供と異次元断層を信仰する者達の始末、見事だ。もう一度聞くが望みはないのだな? 銀河団を渡る許可を貰ったのなら分かるだろうが、超銀河団を渡る許可でも良いのだぞ?』


宇宙の管理人からのメッセージだ。


「いいえ、不要です。我々が超銀河団を渡るにふさわしければ自然と許可がもらえるでしょうし、ふさわしくなければ故郷の銀河に戻るだけのこと。ふさわしくないものが超銀河団を渡る許可を得るのは変でしょ?」


『いや、これは一本とられたな。まさに、その通り。未だ、その資格には達しないが、そのうちに許可が与えられるだけの資格が得られるだろう。精進せいよ』


管理者のメッセージが消える。

それからのこと? 

そんなのは、当事者たちの問題。

あ、たった1つあったな。

植物知性群体の星だ。

どう考えても自前で宇宙船など持てないと思ったので、中型搭載艇を10隻ばかし譲渡することにした。

これで、他星との交流が可能となるだろう。

精神の熟成度は問題ないので、もちろん跳躍航法エンジン付きの宇宙艇だ。

おまけに、他星系との交流で宇宙船が必要となる場合もあるだろうと、宇宙艇のデータも渡す。

ただし、これを他の星系にある宇宙船ドックで作ってもらうなら、絶対に武力で他星を侵略するような星には渡さないようにと念を押す。

まあ、このデータを未成熟な精神の生命体が手にして作っても、超光速を出せる宇宙船にはならないので制限はかけられるんだが……

様々な星からの寄港要請が来たが、全て丁寧に断って、俺達は次の銀河を目指す。


ちなみに、この無の断崖壊滅より300年後……

ようやくこの銀河に、統一政府が樹立されることとなる。

議長を推されたのは、何と意外な植物知性群体の代表者。

平和の代弁者という立場に、これほどふさわしい生命体はいなかったと、歴史は書き残している。

議員にはエスパー隊の元隊員の生き残りもいたが、やはり年月には勝てずに、ごく小数。

すったもんだあったが、数十年後には銀河統一の政府が、ようやく機能し始めたそうで。

時たま、何を勘違いしたか、


「俺らの種族と星が、全ての宇宙を征服するのじゃぁ!」


などと思い上がったことを言い立てる星系も、ぼつぼつとあったのだが……


「やかましい! おのれらは、ガルガンチュアという神の使徒がなされた歴史を読んでないのか?! 無の断崖の二の舞いになるのがオチだぞ! 目を覚ませ!」


と一喝されて、ハイ、それまで。

少々の諍いはあるが、それでも安定した銀河政府を作り上げ、銀河内での争いは除々に収まっていったのだった……