第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章

第三十一話 銀河のプロムナード色々

 稲葉小僧

銀河のプロムナードその1

「目覚めの日」


私は、いつも飢えていた……

気がつくと、いつも何か口にしていた。

生まれてから、知性と呼べるようなものが自覚されるまでの私は、ただ目の前のものを食べていたような気がする。

知性を得てからは、さすがに食べるものに気をつけるようになった。

まあ、自分にとっての話だが「知性を持っていると見られるもの」をむやみに食べなくなったというだけのこと。

私は、自分がどこから来たのか、自分の正体が何なのか、未だにそれも理解していない。

私と同じ種族のものに未だに出会っていないから。


長い年月、私は孤独に耐えていた。

自分の心のまま、好きな方向へ進み、そこにあるものを食べて生きて行く。

今までそんな生活を続け、そして、これからも、そんな生活を続けていくのだろうか……



こちらガルガンチュアは現在、銀河間空間にて、ちょいと小休止中。

さて、今から待ち遠しくて楽しみな実験が始まるぞ。


「始めてくれ、フロンティア、ガレリア」


「はい、マスター。今回、私が先頭になっていますので私の搭載艇を使います。では、超光速通信実験、開始します」


「主、今回は映像の送受信実験なので先行偵察を兼ねている搭載艇の一番先頭にカメラを積んでいるのだ」


そうかそうか。

では先行偵察した搭載艇の映像データがリアルタイムに近い状態で入ってくることになるわけだ。

ということで実験的に超光速通信を行い、少々の微調整によりリアルタイムの先行偵察用搭載艇からのカメラ映像が入ってきたが……


「マスター、前方に妙な現象が起こっているようです」


フロンティアが、そう報告してくる。


「妙な現象? おかしな言い方をするな、フロンティア。そのマルチセンサーの精度をもってしても、その現象を測りかねるのか?」


妙な、などという言葉はめったに使わないフロンティアが、そんな風にいうのは変だな。


「あ、いえ。現象そのものは明確なのですが、理由がつかめないのです」


おや? 


「詳細に報告してくれないか、フロンティア」


「はい、マスター。前方100光年ばかり先のことですが、先行している搭載艇からの映像が届きましたので、映しますね」


メインビューアに映る映像……

何だこりゃ? 


「マスターでも判断に困りますよね、やはり。一言で言うと中規模ブラックホール現象なのですが、それが勝手気ままに移動しているという点ですね」


そうだ……

普通、ブラックホールは、その自重から動きが少ないのが特徴。

ところが搭載艇が送ってきている映像は明らかに自由気ままに移動しているブラックホールとしか思えない。


「なあ、プロフェッサー。普通、ブラックホールは動かずに周囲のガスや物質が引きこまれるように運動するのが普通だよな?」


「はい、我が主。私も、ここまで気ままに動くブラックホール現象は初めて見ました。まるで……」


「何だ? 何を口ごもるんだ? プロフェッサー」


「あ、いや。あの動きを見ていると知性体としか見えないのですが……ブラックホールは現象であり、生命体とは認識されていないはずなんですがね」


知性体か。

俺も、あの動きだけなら知性体としか考えられない。

しかし、ブラックホールが知性体? 

何か、事情というか裏がありそうな気がする……

そうでもなきゃ、自由気ままに動き回るブラックホールなどという存在が、そうそう見つかるはずがない。


うん? 

ふと疑問が浮かび上がってきたので、元・精神生命体有機端末の過去を持つエッタに確認してみる。


「エッタ。ちょっと聞きたいんだが、精神生命体って何かのエネルギーを取り入れないと自分の存在を保てない筈だよな? それって、どういうエネルギーを摂取してるんだ?」


「はい、ご主人様。精神生命体と言いますが最初生まれ落ちた10000年間ほど、この宇宙にある物質を取り入れてましたね。ガルガンチュアのE=M×C2乘炉と同じようなものです。でも成長するに連れて、それだけじゃ足りなくなってきますので自然と高次元のエネルギーを扱えるようになりました。高次元の認識とか多元宇宙からのエネルギー摂取を具体的にどうやるのかは説明できません。本能に近いものがありますので」


ふーん。

つまりは成長時に自然と、この宇宙の物質から高次元エネルギーへと摂取対象を変えるわけか……

ん? 

あのブラックホールが、もし知性体だとするなら……


「フロンティア、ガレリア。少し危険だが、やってみたいことがある。ガルガンチュアを、できるだけギリギリの距離まで、あのブラックホールに近づけてくれないか」


とんでもない要求だと自分でもわかっている。

しかし、世にも稀なる現象が子供のイタズラというか親離れ未満から発したことだとするなら、それを取り除いてやらねばならないだろう。


「マスター、言っておきますが、あれはブラックホールです。さすがのガルガンチュアも事象の地平線を超えると逃げられなくなります。安全係数はとらせてもらいますよ」


まあ、そりゃそうだ。


「それでいい。多分だが、あのブラックホールがガルガンチュアを害することはないと思う」


ガルガンチュアは慎重にも慎重を重ねて、おかしなブラックホールへと接近していく……



おや? 

ずいぶんと小さいものではあるが明らかに私に興味をもって接近してくるものがある。

これは食べてはいけないだろう。

お腹が空くのは少しばかり我慢すれば良い。

私は、あっちこっちと浮遊していた食料群を食べ漁るのはやめて、その物体の接近を許した。



「すごい! マスターの予言した通り、あの特殊ブラックホールが動くのをやめて、こちらの接近に対処しています!」


フロンティアが珍しく叫ぶ。

まあ完全に計算外の珍事ではある。


「フロンティア、このくらいでいい。待機しててくれ……俺は、これから、あのブラックホールとコンタクトを取る……」


動きを見ると完全に知性体だから、コンタクトが取りづらいだけなんだろう。

俺は異次元生命体ともコンタクトを可能にした実績があるので思考の次元を上げてやれば……



何だ? 

相手が何か考えているのは、かろうじて理解できるようにはなったが、まだまだ鮮明じゃない。

もっとか? 

もっと思考の次元を上げてやらねばならないのか?! 


ずいぶんと鮮明にはなってきたが……

俺の脳の限界だろうか……

ええい! 

これが限界だなどと思いたくもない! 

届かないのなら俺の脳領域を全開放するまでだ! 

糖分、過剰摂取! 

脳領域、残り分、開放! 


おや? 

過去に脳領域を全開放しちゃいけないと警告されたんだが、今回は警告や警報が出ないぞ? 

全脳領域、開放完了! 

今までの苦痛やら頭痛はなんだったのか? 

完全に目が覚めた状態だな、言ってみれば。

全知全能感とは、こういうことを言うのか。

まあ、これが偽りの全能感だと分かっているから俺は騙されないけどね。

ご先祖の二の舞いはゴメンだ。


さて、相手は仮にもブラックホール。

今の思考水準より、もう2段階ほど次元を上げてやらねば……

おや、簡単だな、驚くほど。

リミッターかけてたような状況だったのか、あの1割ほど残した脳領域というのは……


《知性を持つブラックホール様。こちらは宇宙船ガルガンチュアの乗員です。こちらからのテレパシー、届いてますか?》


『ああ、届いている。驚いたな、この宇宙に私と話せる生命体がいたとは』


《まあ、滅多にいませんからご安心を。それより、そちらの行動は矛盾しているような? 何か支障でもありますか?》


『支障と言えば支障だが。ともかく何をするにも空腹なのだよ』


《分かりました、多分ですが解決可能かと思われます》


『何? どうすれば良い? 是非とも教えてくれ! 私は長い間、孤独で宇宙をさまよっていたので相談する相手もいなかったのだ』


後はご想像の通り。

とりあえず元々の本体であった精神生命体をブラックホールから引き剥がすように説得し、傍迷惑な中規模ブラックホールをガルガンチュアの主砲で消してやる。

エネルギーの摂取対象を高次元から取るように変更できないかと言うと、可能だとのこと。

ブラックホールにエネルギー摂取を依存していたためにエネルギー摂取対象の切り替えがうまく出来なかった精神生命体が、このトラブルの原因だった。


しばらく、エッタに相談しながら(ブラックホールに邪魔されてテレパシーが届かなかったようで、精神生命体に戻ったらエッタとも話せるようになった)エネルギー摂取対象の切り替えに慣れていくのを見守り、完全に切り替わったと判断してから、若い精神生命体と別れる。


各銀河に一体とは言わないが下級の管理者も含めると、この宇宙には精神生命体は、けっこうな数がいるらしい……

長い間の孤独も解消されて、これからは同種族や近隣種と友人も増えていくだろう……

若い精神生命体(なんと、百万歳未満だそうだ。エッタによると本当に乳幼児なのだそうで)の、これからに期待しよう。



銀河のプロムナードその2

「ヘルメットガジェットと、鎧の話」


今日も銀河間空間のガルガンチュア。

トラブルもなく順調なんだが、ガレリアとフロンティアが、ちょっとしたテストをやりたいからと銀河間空間で途中停車してるわけ。


「で? 両名揃って、テストをやりたいってのは、どういうことだ? フロンティアにもガレリアにも大きなテスト用の部屋はあるだろう」


「それがな、主。テストルームでできることは、もうやりつくしてるんだ」


「そういうことです、マスター。最終テストでの欠点洗い出しは、やはり広大な宇宙空間でないと無理がありますね」


あ、そういうこと。

で? 


「最終テストって、何のテストだ? このところ、俺を除け者にしてプロフェッサー交えた3人だけで何かやってたろ」


「あ、それは私が説明します、我が主」


プロフェッサー登場。


「以前、我が主が開発を進めよと言われましたヘルメットガジェットの宇宙鎧版ですが。ようやく、実戦テストが可能なバージョンまでの開発が完了し、様々なテストを行っていたのです。最終テストとして、我が主の参加と宇宙空間が必要となったわけです」


え? 

俺の参加が不可欠? 


「あの……それって危険じゃないよな?」


「ご安心下さい、マスター。多少危険はあっても、ヘルメットガジェット装着状態からの新装備テストですから。ヘルメットガジェットの能力拡大版という形で開発しました」


お、おう、あのヘルメットガジェットの能力拡大版?! 

それって……


「あの……お三方? それって無敵装甲みたいなもの? ヘルメットガジェットが、その方向だよね」


「おお、主は理解が速くて助かる! そう、今回は、ヘルメットガジェットとの連携と、そのアシストを重視したのだ」


こいつらが本気になって取り組んだ、とある星の古代兵器の能力拡大版……いやーな予感しかしないんだが……


「武器装備は? ヘルメットガジェットに武器は内蔵されてないぞ。あれは純粋に肉体の可能性を広げるためのガジェットだから」


「それは、これからですよ、我が主。今回のテストは基本機能のアシストが順調にできるかどうか? です。武器・防具は、それからの問題ですね。まあ基本的には、今の状態ですと通常の宇宙戦艦には敵いませんが、巡洋艦クラスなら装着者一人だけで飛び込んでいって装甲など紙のごとしと貫き、船内では敵なしの格闘を演じ、パンチ一発で恒星間駆動エンジンをぶち抜いて無力化するということまでが可能になるに過ぎません」


「お、お前ら……それだけやっといて、可能になるに過ぎません、かよ!」


「ん? 何だ主、不満か? やはり、アーマードシステムを組み込んだ最終版の方が良かったのか? ユニット化まではできたんだが、まだまだ大きすぎてな。今回のテストには小型化が間に合わなかったんだ。こいつが完成すれば、一個艦隊くらいは楽に相手にできるぞ。主の強化されたテレパシーとサイコキネシスの力も使うなら、一般の星系が持つ宇宙艦隊全てを相手にしても負けないだろうが」


やり過ぎだ、こいつら。

まあ、歯止めを設定しなかった俺の責任といえば、それまでだが……


「はぁ……分かった。で? 俺は何をすれば良いわけ?」


無言でガレリアがテストのスケジュール表を渡してくる。

説明もないところを見ると……やはり。


「実戦テストなのね、予想通り」


スケジュール通りにやることにする。

まずは準備作業。

ヘルメットガジェットを装着し、基本形になる。

それから、ガシャガシャと足から順に外装パーツが取り付けられていく。


「おーい、一つ質問が。ヘルメットガジェットの変身機能でマシン化するのは、どうなる?」


それは不可能です、と返信が来た。

外装パーツは俺の変身スーツ着装後のスタイルにあわせてあるため、寸法に余裕がないのだそうだ。

アシスト外装が破壊されたような場合には、脱出装置としてマシン化するのも良いでしょうとか言われたが、この外装が破壊されるような場面だと俺の身体も破壊されてるでしょ? 


様々な実戦データが採られた。

搭載艇を小型から順に大きくしていって、中型と大型の中間まで(いわゆる巡洋艦クラスの宇宙船サイズ)突入破壊実験やら相手からのビームへの耐久実験(だから、いくら実験室での耐久性は確保されてるとは言え人体実験だろ、これは)やら果ては動かぬ標的と化してのミサイル食らう防御性能実験もやらされた。


実感を一言で言うと……こいつ、これだけでもう完成されてる。

小型化されたアーマードシステムなんて過剰装備以外の何物でもない。

難があるとすれば、俺が動こうとした時のタイムラグが気になるだけだ。


「うーむ、やはりタイムラグが一番の欠点でしょうね。反応速度の底上げと、そして行動予測……後は装着者の動きを少しでも速く読み取るためのセンサーの感度と個数でしょうか」


俺としちゃ、タイムラグが解消されれば個人のパワードスーツとしては完璧版に近いと思うが。

あくまで、こいつらの目的として一個星系を相手にしても殲滅できる怪物を造り出すことが目標のようだけど……

俺は、あえて口を出さずに放っておくことにした。

最後は俺の判断だ。

あまりに怖い兵器になったら使わない選択もある。



銀河のプロムナードその3

「その頃、銀河系の周辺では」(2話分です)


※その一、星間連邦宇宙船の場合

今日も今日とて、銀河内生命・文明体探査の任務に追われるUSFー1701のクルーたち。

あれから3世代ほど過ぎていたが、士官やクルーの子孫たちは、ほとんどがそのまま宇宙艦乗りになっていた。

宇宙艦USFー1701そのものも幾多の改修や改造、新型艦との交代を経て、ぐるり一回りして最初の艦名に戻っていた。

新しいクルー達の任務、最初はドキドキワクワク感が強かったと記録に残っている。


最初の5年間の調査任務は順調にこなした……

順調すぎるくらいに順調だった、その任務は。

ある程度は予想されていたことなのだろうが、探査が進むにつれて、先任者であるフロンティアの偉業を、まざまざと見せつけられることとなる。

なにしろ、行く星系、訪れる星系、全てがUSFー1701にとり初めての星系なのにも関わらず、全ての星系で熱烈なる歓迎を受ける。


「ほう、球形艦ですか。ということは、あのフロンティアの訪問を受けた星系の宇宙艦ということですね。ようこそ、我が星へ。同じフロンティアの訪れを受けた仲間同士、仲良くしましょう!」


異口同音、言葉は違えど同様の文句で、どの星へ行こうとも直径700mの球形艦は大歓迎された。


「艦長、ここまで来ると、本当に後追い以外の何物でもないですね。我々のやってることが、どういう意味があるのか自分でも分からなくなってきました。この銀河、本当に平和ですね」


副長の台詞だ。

私にも同じような思いはある。

あの超絶とも言える性能を持つ宇宙船フロンティアに匹敵するような事を我々の文明が可能とするだろうとは、遥かな未来を想像すれば……

いや、到底無理だろう。


それから10年後……

これで、銀河内の探査任務は3回め。

象限で言うと、過去には完全に未知と言われた象限の探査を行っている。

未知のはずなんだが、どういうわけか(いや、理由は分かっているんだぞ、よーっく分かってる)訪れる星での歓迎は途切れない。

緊張感など全くない宇宙探査なんて考えられるだろうか? 

それが今、我々が現実に直面している事態だ。


ちなみにUSFー1701自体は改修と設備の改変、性能向上改造を受けて、今じゃ直径950mの大型艦となった。

災害救助に特化した空母仕様だと直径1kmを超すものも開発されているが、通常任務用ではこの艦が最大規模なんだそうだ。

宇宙震に見舞われた星系を調査したこともあるが、その時ほどフロンティアとジェネラルクスミに感謝したことはない。

この艦に搭載されている救助資材の使いやすさと性能は、災害現場に赴けば実感できるだろう。

ともかく、人命救助と瓦礫撤去、そして、倒れた建物やら土砂崩れ、雪崩も含めた生き埋めになった者達の捜索と救助には、これしかないと思わせるほどの救助機材。


宇宙へ出られない文明程度だとフロンティアの訪問は経験してない星が多いため、我々でも即、大歓迎ということはなかったが、それでもフロンティアとジェネラルクスミの理想を実現させるため、我々も貰ったデータを星系代表に渡す。

このデータの良い所は、跳躍航法の実現にリミッターがかかっていること。

我々の技術を渡すと攻撃的で偏った思想の生命体や文明を銀河に解き放つ可能性があるんだが、フロンティアから貰ったデータだと、星系内を移動するための光速以下の宇宙船しか建造できない。

超光速の跳躍航法には、その生命体の種族としての精神的な発達度がしきい値を超えない限り、扱えるようにはならないから安心。


「なんだか我々の任務って、スターマップ作る以外は災害救助隊ですよね。後は歓迎されるばかりですなぁ……まあ、概して平和な銀河宇宙ですこと」


機関長が呟く。

否定は出来ないな、この発言。

冒険がやりたいなら、この銀河を飛び出す以外にないんだろうが……

不安材料が1つある。

それは、この銀河を飛び出して一番大きな星雲に行っても、そこにフロンティアのもたらした平和な宇宙があるんじゃないかというジレンマだ。

我々は、どこへ行っても歓迎か災害救助の2つに1つという探索任務を続けていくのだった……



※その2、アンドロメダ銀河の場合


「ほらほら! 新型宇宙船は賢いから、何もしなくていいという事じゃないよ! 万が一の事を考えて、操船と探査には注力しなさい!」


ここはアンドロメダ銀河の宇宙船パイロット養成所。

銀河連邦との国交が始まるまで(いや、元を正せば宇宙船フロンティアがアンドロメダに来るまでは)帝国制だったアンドロメダ銀河は、帝国時には各星系に対して原則的に宇宙に出ることを禁じていた。

それが、帝国制の終焉と共に宇宙旅行と宇宙船建造が解禁になった。

解禁されたのは良いのだが、1つ問題が持ち上がった。

設計データはフロンティアから提供されたものがあるので問題なし。

しかし、それを操縦できる人材が、ほとんどいないという大問題。

宇宙へ出たいという希望者は多かったが、とりあえずの練習船も数が圧倒的に足りない状況が長く続いた……


小型宇宙艇の数が揃い、練習航宙に出られるようになったのが数年前から。

座学は教育機械で間に合うが、実務航宙演習だけはどうしようもなかったのが、ある程度解消されたのが最近だ。

今日も、銀河系から派遣されてきた教官達が、宇宙パイロットの卵達を指導している光景が見られる。


「今日は緊急時の脱出訓練だ! 座学で教わった事と実際には大きな違いがあるぞ、充分に気をつけろよ!」


船体の停止状態からの脱出から始めて、低速、音速、それを超えた速度域での脱出を経験させていく。


「ちなみに銀河系では宇宙船がトラブル起こして危険な状態になったら救難信号を出すことになっている。出した数秒後には転送システムのビーコンが一番近い星系に対して強制的に乗員を宇宙船内から転送させるようになっている。しかし、ここは銀河系じゃない! 宇宙船が爆発しても拾ってくれる船が近くにいるとは限らない、できる限りの自助努力がいるんだから今からガッチリと覚えておけよ!」


そう、銀河系とアンドロメダには、これだけの違いがある。

銀河系での宇宙船事故死者は、この100年ばかりは皆無だと聞いたことがある。

それもこれも、この徹底した転送救助システムのおかげだろう。

このアンドロメダ銀河も、そうなるように指導と技術援助は受けているが、まだまだ中央星系の周辺までのカバー範囲しかない。

このアンドロメダも、銀河系に追いつけ追い越せ! とのスローガンで急激に宇宙開発関係の技術を発展させているが……

まだまだ自分の銀河内での事で手一杯だ。

銀河の外へ目を向けるのは、いつのことになるのだろうか……



銀河のプロムナードその4

「その頃、宇宙の管理者たちは」


「例の地球人だが、またもやトラブル解決に一役買ったそうだな」


また臨時に開かれた管理者達の集会で、こんな議題が上がることになる。

例の地球人とは巨大な宇宙船を駆り、自分の故郷銀河どころか他の銀河、果ては銀河団まで飛び出して、おせっかいにも他人のトラブルに積極的に介入して、その全てを解決し、または解決に導く道をつけて回っているという、おかしな地球人のことだ。


「我が管理下にある銀河にて、我々の誰もが解決できなかった異次元断層そのものの解消につながるアイデアを提示し、また異次元断層に魅入られた狂人共の討伐に大変な助力を得た。我は、これをもって、かの地球人に対して超銀河団を渡る許可を与えるべきだと思う」


おや? 以前は当の地球人に否定的だった御仁が、えらく積極的になったものだ。


「ご老体? 以前は未熟な地球人になど超銀河団どころか銀河団を渡る許可すら与えるべきではないというご意見だったようですが。えらい手のひら返しですね、それも積極的」


意見を変えた理由を聞きたくて、私は質問してみる。


「ご老体? そこまでご意見を変えられた本当の理由をお聞かせ願いたいのですが?」


すると、我々の中でも長老と言われるほどに長生きしている御仁の口から、意外な言葉が出る。


「いや何、儂の管理下にある銀河を救ってもらったからという理由だけではない。あの地球人、えらく謙虚というか何と言うか、目の前の苦しみを見ていられないだけで手を差し伸べるという奴だということが分かったのでな。儂の、何か欲しい物があれば何でも叶えようという申し出も何の躊躇もなく断ってきよった。その代わりに我々管理者に「貸し一つ」だと言うから笑えるじゃないか。あんな生命体は、儂も長く生きとるが初めて見るわい」


さもあらん、あの地球人なら。


「ご老体の思い、分かるような気がします。私もあの地球人に助けられた一人ですから。少し前には、えらく若い精神生命体の幼生が発見されたとの報告があったのですが、それにも例の地球人が関わっているのだそうで……この数百年ばかし、あの地球人と宇宙船の話をきかない会議は無いくらいです。定例会議は千年に一度ですが、このところ数十年に一度の間隔で臨時会議が開催されているのは、もしかしてあの地球人が原因で?」


ご老体の微妙な笑顔で私は推論が事実だったと確信した。

あの地球人が飛び続ける限り、我々の実務負担は少なくなるが臨時会議は多くなり続けるだろう。


「ご老体、提案なんですが、いっそ例の地球人を管理者候補としてしまうのは、いかがでしょうか? 銀河クラスでのトラブル解消が日常になっている生命体なんて、もう次元の壁越えて我々と同じところまで引き上げても良いと思うんですけどね。今の状態の地球人では最大限まで寿命を伸ばしたとしても、百万年以下の寿命しか与えられないでしょうし」


そう言うと、ご老体は意外な返事。


「いや、それは当人が望むまい。あいつは、あくまで地球人としての生命体の中で、自分にできる最大のことをやりたいだけなんだろう。自分が宇宙の管理者になるとしても、それは遥か未来、自分にできる最大の力をもってしても解決できないトラブルが目の前に立ちふさがった時ではないかな」


銀河単位でトラブル解消を続けている者に対し、その最大の力をもってしても解決できないようなトラブルが目の前に……

正直に言おう、そういうトラブルなら存在する。

しかし、そんなものはトラブルとか言う次元のものじゃない。

宇宙災害とか宇宙の終わりとか、そういうレベルのものだ。

当然のことながら我々管理者には、そういったレベルの災害や自然現象に対しての防御手段や解消手段が存在する。

存在はするが下手にそういう自然現象に対して手を出すことは禁止事項とされる。

あまりに強力な手段であり、対象たる現象が解決・解消されても他方面に悪影響が出てしまうからだ。

余程のことがない限り、そういう場合に対抗手段を用いるように命令が出ることは、ほとんどない。

私も宇宙的規模の災害が来るという銀河を管理したことがあったが、手段があるのに使えないというジレンマを抱えながら自分の担当銀河が災害に遭うのを見守るしか無いという歯がゆい状況を何度も経験した。


あの地球人の無限とも言える情熱は凄いと思うが、所詮は3次元の宇宙に棲む生命体。

あの宇宙に存在する宇宙船としては奇跡的な超高性能だとは思うが、物理的な肉体がある限り、それに縛られることとなる。

精神生命体という、この宇宙に縛られることのない生命体に進化すれば、様々な制約や寿命から抜け出ることが可能になるのだが、それには色々な条件がある。

いくつもの条件をクリアしないと精神生命体への進化ステップには乗れない。

まあ、その条件のどれもが、とてもクリアできるとは思えないものばかりなんだが。

かつて、その条件をすべてクリアして種族ごと精神生命体になったという生命体も存在するが、そんなものは奇跡のようなもの。


その証拠に、今現在、この会議に出ている精神生命体の総数が、どれだけだと思う? 

無限とも言われる宇宙に管理者は総数で1億以下なんだよ、本当の話。

まあ、宇宙の果ての領域には惑星どころか恒星も何もないから、そのへんは担当者がいなくても良いので助かってるんだが。


おかげで1つの銀河を1つの精神生命体が担当するなどという贅沢な事は言ってられない。

銀河団を丸ごと1つの精神生命体が担当するというのは辺境銀河団なら普通にある。

稀にだが、超銀河団を丸ごと担当するなどという有能な者もいる。


私は個人的に、かの地球人なら試しに1つの銀河を管理させてみても良いのでは無いかと思う。

ただ、あの地球人のこと、徹底的に安全で平和な銀河にして暇になったら隣の銀河に手を出してくるのが目に見える……

はぁ……

なんで地球人になど生まれたのだろうか? 

最初から精神生命体に生まれていれば、こんな騒動も引き起こさなかったろうに……

いや、それならそれで、何かの騒動を引き起こしていただろうな……



銀河のプロムナードその5

「ちょいと後の、銀河系周辺」その1


ここは、お久しぶりの銀河系、と、その隣のアンドロメダ銀河。

超科学の産物とも言えるフロンティアが旅立って以来、もう数千年という時間が過ぎていた……

ちなみにフロンティアが更に巨大化して直径5000kmとなり、予想外の、もう一隻の巨大宇宙船ガレリアと合体し超巨大合体宇宙船ガルガンチュアとなっているなどという情報は銀河系やアンドロメダ銀河では知られていない。

そして、楠見という存在が、ついに祖先の種族すら超越した超能力と思考能力を持つ段階に達したことも伝えられていない……

まあ、こちらの方は伝わっていなくて幸いではないかと思われるが(なんせ、今現在でも機械生命体は、楠見が銀河系に戻ってくることを確信しているかのごとく、種族として後世に「銀河皇帝クスミは、はるかな未来に再臨される」とデータを伝えているのだから)


科学技術の方は? 

というと、もはや戦いの方面になど全く開発の興味は向かず、ただひたすらに宇宙開発に向けて邁進しているのが今の現状。

跳躍航法の技術は5段階ほど飛躍して、2千年ほど前からジャンプサークル装置は不要となっていた。

ジャンプサークルの理論や技術が不要になってしまったわけではない、仮想的にジャンプサークルを造ってしまうという驚異的な技術革新が行われたため、送信側と受信側にジャンプサークルのない宙域であろうとも、仮想的なジャンプサークルを造って位相を少しずらしてやるだけで、跳躍先の宇宙空間がどういう状態であれ悲惨な事故が起きることはないという画期的な理論と、それに基づく装置が開発されて、今では過去のジャンプサークルは広大な宙域で自己位置を知るための灯台として使われるだけになった。


まあ、今の銀河系周辺、マゼラン星雲周辺、アンドロメダ銀河周辺の宙域で事故が起きても誰も亡くなるようなことはない。

大銀河同盟と名付けられてから3000年以上、今ではアンドロメダ銀河の隣の、そのまた隣の銀河までを含んだ、広い宙域に転送機のネットワークが張り巡らされているため、この1500年間で起きた全ての宇宙船事故で死者は0人。

2000年間で100人だったので、500年の間に宇宙で死ぬ運命を無くしてしまったという事だ。


ちなみに、この時代、太陽系や地球は? 

と言うと、もはや全銀河単位で聖地指定となっている。

死ぬまでに一度は訪れてみたい星系と星の人気第一位を、この2000年の間、不動としている。

今日も今日とて聖地である太陽系のゲート前には、大勢の観光客と、今日こそは太陽系に我が星系政府の大使館をと望む遠方銀河の大使や代表が溢れているのだった……


「あなた、星はどこですか? へぇ、アンドロメダから5つも離れた銀河の皇太子! それはそれは、遠路はるばる太陽系へようこそ!」


どんな言語だろうと、今では数秒もすれば完璧に翻訳するシステムがあるので、この新しき銀河の代表は自分の星の言葉をしゃべり、システムが自動的に太陽系標準語(係官が日本人のため日本語となっているのはご勘弁願いたい)に訳されてスピーカーから出力される。


「我が銀河もフロンティアに救われた。あの船とマスタークスミを生み出した銀河系、太陽系、そして地球を一度だけでも見たいと、はるばるやってきたのです。願わくば地球では無くても良いので我が銀河の代表施設としての大使館を、この太陽系に建てさせてもらえないだろうか」


うーむ……と悩む係官。


「大使館の建設許可は現状では、もうほとんど出せません。太陽系の各惑星上どころか、そこの軌道を回るスペースコロニーでさえも満杯状態なんですよ。あ、火星にアンドロメダ周辺銀河が共同で造ったスペースコロニーがありますので、そこの一角を借りるのは、いかがでしょうか? お近くの銀河の方が多いと思われますので、何かと便利ですよ」


などと、ちょちょいと端末を操作してアドバイスを出す。

皇太子も木星や土星よりは、より地球に近い星のため即決で火星に大使館スペースを借りる交渉に行くと言って、その場から消える。


「ふぅ、パーソナル転送機か。やっぱ皇太子ともなると待遇が違うよねぇ……俺達庶民は公的転送スペースまで行かないとダメだってのに……」


まあ、現在の交通システムは、ちょっとした遠距離は全て転送機に任せるようになっている。

近距離なら、ロボットカーやら自動走路やら。

宇宙へも非常に簡単に行けるようになっていた。

転送機で瞬時に太陽系内どころか銀河内でも行けるシステムが構築されているため、銀河系内での宇宙船の往来は少なくなっている(ただし、銀河間の往来は、未だ宇宙船が主体なので、需要は減っていない。それどころか、大銀河同盟が拡大するにつれ、超遠距離跳躍を可能とする大型船の需要は多くなっている)

個人での宇宙船保有などという贅沢は無くなったが(保有する意味がないのは確かだ。銀河系の端から反対側の端まで行くにも転送機の方が安全で安上がりなんだから)そのぶん、宇宙船の操縦免許を持つものは優遇されるようになった。

なぜか? 

宇宙船が必要な宇宙空間とは、すなわち銀河間。

事故が起きても、銀河間の真空宙域では転送機システムが働かないからだ(銀河系、アンドロメダ、マゼランや、その他の大銀河同盟に所属する銀河内では、余程のことがない限りは転送機システムが働く)


まあ、これは一種のコストパフォーマンスの問題であり、銀河間宙域が何かの都合で開拓されるような事になれば、そこに転送機ネットワークシステムが組まれるのは当然のことだ。

宇宙船乗りは、いわば命がけで銀河を渡る人種であり、それが一種のステータスとなるのも当然と言えば当然だった。

今の宇宙船技術の限界は銀河間航行を、もっと正確に、もっと速く、もっと安全にこなせないかという、そこにある。


目標は遥かな過去に銀河を飛び出た巨大船、フロンティア。

いまだ、あの船の最高速度(銀河系からアンドロメダまで10日で往復という途轍もない速度。それも銀河系の各種族代表を乗せる時間も含めて!)に追いつける船が開発されたという話を聞かない。

現在、最高速の記録を持つ開発試験専用宇宙船でもアンドロメダと銀河系の往復には半月以上の時間をとる。

それというのも跳躍航法の一回あたりの距離を長くすればするほど、計算上と実際の跳躍距離、そして角度のズレが大きくなってしまうからだ。

これをできるだけ小さくすれば連続跳躍で超長距離が跳べるんだが、そうは上手く行くわけがない。

フロンティアが、あのような跳躍を行えたのは、今では船体の巨大さもあるのだろうと一部の宇宙船研究者は確信している。

小さいと超空間での反発時に小さな反発誤差(船体全てに同じ反発係数があるわけではないと、今では理論でも実験でも確認済み)の積み重ねが消せないのだろうというレポートがある。

船体が、ある程度以上に大きければ、その反発誤差を計算に含めて跳躍のコントロールが可能になるかも、というレベルだが。


まあ、未だに銀河系もアンドロメダも、その周辺銀河でさえ、巨大宇宙船の限界サイズは直径3500mを超えるところまで。

それ以上は駆動炉のエネルギーが足りなくなってしまう。

そう考えると、いかにフロンティアが馬鹿げた巨大さかと今更ながら思い知らされる。

それに加えて、恐らくだがフロンティアには銀河間どころか、銀河団を超える航法システムも積まれているに違いないと、研究者達は語る。

未だに命を賭けてまで銀河系目指してやってくる遠方銀河の宇宙船があるからには、フロンティアは遥か彼方にあるに違いない。

それはもう銀河団の虚無空間をも超える完全に未知の航法だろうと考えねば、実態に合わない事になる。

いつになったら、大銀河同盟の科学技術は巨大宇宙船フロンティアの背中を見ることが出来るのだろうか……

数多の研究者、科学者、理論家、数学者達は、見果てぬ夢を実現している存在に溜息をつきながらも、いつかは実現してやろうと心に誓うのだった……



銀河のプロムナードその6

「ちょいと後の、銀河系周辺」その2


ところ変わって、ここはお久しぶりの、

「株式会社氾銀河中央技術試験研究所」


あれ? 昔は、

「株式会社銀河系中央技術試験所」

じゃなかったっけ? 

という銀河の歴史マニアの方もいるかと思うが。

間違ってはいない。

昔の社名から変更されたのである。

銀河系が中心だった頃は昔の会社名でも良かったんだが、さすがに、いくつもの銀河が加わった今では会社の構成員もユニークな方たちが多くなって来たので今の会社名に変えた。

人類種族が中心なのは仕方がないとしても、機械生命体も不定形生命体も、更には三つ目種族、耳が特徴的な獣人種族なども加わって、さながら他種族も含めた宇宙の生命体の見本市のような構成になってきた。

異種族が増えるにつれ、様々な機器や計測器、試験装置の使い方に問題が出てきたのは当然のこと。

今は、どんな生命体にも操作可能となるようにアタッチメントとして思考波制御や触手での制御を可能とするもの、さらにはタッチする回数と力加減で細かな制御を可能とする外付けパッドまである。

そこまで人員と種族が増えると、お互いに思考の根本が違ったりするので相互に刺激を受けて新しいアイデアが生まれたりすることも割とあったりして。


「このアクチュエーターと重力ダンパーって、この形と、この合金の組み合わせではダメなんですか? より軽くなって、性能は上がると思うんですけど」


ここでもエンジニアと研究者の議論が続いている。


「あー、一度、実験してみたんですよね、その組み合わせ。模型だと力を受ける方向によって破壊されやすくなることが判明しまして……」


「じゃあ、ここを、こうやって角度変えてみたら? これだと思わぬ方向からの力を受け流せるし、もう一つ同じものを逆方向へ設置しておけば……ね? 全方向への耐久力も上がりませんか?」


「ふむ……小さいものを2つ使うか……いいかもしれないね、それ。縮小模型造ってテストしてみるか?」


また1つ、新しいものが出来上がりそうだ。

あちらでは新理論に基づくエネルギー炉の可能性を、まずは仮想模型を制作して討論している。


「今の標準的なエネルギー炉、つまり、フロンティアが残していってくれた、E=M※(Cの二乗)炉は変換効率も質量とエネルギーの相互の変換も優秀なんですが、その出力に限界がありますね。まあ、そのために宇宙船の船体がフロンティアレベルにまで大きく出来ないということですが……フロンティアが、なぜにあそこまで大きな船体を持ちながら、あれだけの出力を持つのかは未だに理解できないんですが。この理論ではエネルギー炉の元を、この宇宙に求めないようにしてみました」


お? 

フロンティアやガレリア、ひいてはガルガンチュアが銀河団空間を超えるために使う特殊な多元宇宙炉(次元間差動エネルギー炉)理論と同じようなものが発見されたようだ。

ただし、こいつの扱いは慎重にしないと実験すらエネルギー量が通常と違いすぎて危険となる。

新理論の正体は、この宇宙とは違う宇宙(多元宇宙との差ではなく、その宇宙の持つエネルギーの利用らしい)から宇宙間に穴を開けてエネルギーを引っ張ってくるという荒っぽいものであったため、危険度が大き過ぎると研究中止になる。

これはヘタをすると異次元断層を引き起こす原因ともなりかねないので、さすがに頭の切れる人物ばかりが揃っている会社では、その危険を見過ごさなかった。


あっちの研究室では長年使われている災害救助用装備の新アイデアが討論されている。


「パワードスーツの利用は枯れた技術だからこその安定感とマニュアル制御による制御の容易さにおいて右に出るものがありません。これは他の装備と共にフロンティアの置土産となったデータの中でも特に改良されること無く今でも使われていることでもお分かりかと。このアイデアはパワードスーツのアタッチメントとしても使える新装備です」


研究者はミニ模型を会議机に乗せる。


「こいつはパワードスーツの基本ユニットに被せるような形で使う飛行アタッチメントです。こいつを使えばパワードスーツ単体で飛行能力が得られます」


「しかし、被せるような形で使うとすると飛行中に別のアタッチメントを使いたい場合に問題が出てくるだろう。飛行ユニットが大きいからな。こいつを小型化して他のアタッチメントに干渉しない独立ユニットとして脚や手に付けられるようにすると、より使いやすくて面白いものが出来ると思うぞ」


さすが、技術課長ともなるとアドバイスが的確だ。

さっそく、課を上げての飛行ユニット小型化に取り組むこととなる……

ちなみに数年後に実用化された飛行ユニットは、その優秀さから他のアタッチメントの小型化にも火をつけた……

そのまた数年後、災害救助現場にて、どこかの懐かしアニメで見たような光景が実現化されることとなる。


「サポート! 飛行ユニットにドリルを着けて飛ばしてくれ! 空からでないと、どうにも都合が悪い」


「オーケイ! 飛行ユニット付きドリルパーツ、射出する! 受け取れーい!」


数カ所の災害現場でパーツ交換の素早さが評価されるのだが、使う方にも相当に高度な技術が要求されることがわかり災害救助隊員向けの技術講習が幾度と無く行われるようになった。

傍で見ていると、ほとんど軍事訓練だったとは取材したメディア記者の感想である。



銀河のプロムナードその7

「ちょいと後の銀河系周辺」その3


銀河系に限らず、アンドロメダ銀河やマゼラン星雲、さんかく座銀河でも不安と心配のタネ、宇宙震対策についての会議が開かれようとしている。

これがあるから宇宙に逃げても不安という人(人類だけに限らず、どんな生命体も)が多いので、今も宇宙震対策は様々な銀河代表の会合において真っ先に取り上げられる議題であり、未だに有効な手段のないものでもあった。


「フロンティア以前なら宇宙震に遭った星は宇宙から救助に来るまでの時間が問題となり、救えない命が多数あった。今では緊急事態が起こって30分以内に駆けつけて、そのまま救助や復旧工事にとりかかる事も可能となった。まだまだ銀河系内に限ったことではあるが、宇宙震が起きた直後に街ぐるみ都市ぐるみで緊急転送するという救助システムすら実用実験段階にあるという。今回は、それを一歩進めて宇宙震そのものの予想・予報が出来ないかという議題を提案したいと思う」


議長からの提案の声に反対するものはいない。

様々な現状の対策と提案、問題点が次々と出される。


「まずは現状の問題点から。宇宙震現象が全くもって予想不可能という宇宙の自然現象だという事につきますな。銀河系では、この数千年ほど宇宙震の予報と予想に予算と人員と資材を注ぎ込んだそうですが、現状では、どこまで宇宙震の起きる原因を突き止めましたか?」


議長の発言に銀河系の宇宙震研究者が答える。


「はい、我々が現状で宇宙震現象を解析・分析したところ興味ある結果が出てきました。一言で言いますと、宇宙震というのは小規模なビッグバンなんです」


予想もかけない言葉が出てきた。

会場が、ざわつく。

議長は、それを手のひと振りで抑え、研究者に続きを促す。


「よろしいですか? では……まず、宇宙震は前兆が何もありません。今までに宇宙震に遭った星系や宙域の記録を全て調べましたが、どんな精巧なセンサーであっても直前まで宇宙震の徴候すらとらえておりません。ここから考えられるのは普通の現象ではないと言うことです。宇宙の三次元空間そのものが瞬時に変質して宇宙震となり、莫大なエネルギーを発して空間そのものをねじ曲げてしまう……この特異現象と似通っているのが、いわゆる「ビッグバンの前」というやつですね」


研究者は議場上部空間にイメージモデルのプロジェクター表示を行う。


「昔は、ビッグバンの瞬間までは理論で解析できるが、その前は理解不能とか言われてましたが、ここまで宇宙に対する理解が深まると、ビッグバン現象が理論解析可能になりました。実は、ビッグバン現象というのは、けっこう頻繁に起きる事だと今では考えられています」


理論は難しい物だったが、要約すれば……

宇宙空間のダークマターとダークエネルギーの量と、その存在は、昔は平均して空間内にあると言われてきたのだが、どうも、それが偏りがあるらしいことが分かってきた。

暗黒物質の偏重と暗黒エネルギーの偏重、そういう空間ポイントがあるなら、そこは三次元空間として何も他と変わらないように見えても上位次元からは不安定なポイントとして見えるに違いない。

これが星も何もない、ただの宇宙空間で起きたとするなら、それはビッグバン(ただ、これは宇宙を生み出すほどのエネルギーを持つため、滅多に起きないようだが)と言われる。

通常の宇宙空間(銀河も星もある)内で起きる、ごく小さなビッグバン現象が宇宙震と言うのではないかという、新しい理論が登場し、それに今までのデータを当てはめてみると、全てが見事に当てはまる。

研究者は、その締めくくりに、こう提言する。


「宇宙震が小さなビッグバン現象だとするなら、それは予測不可能でしょう。予測が可能になるとするなら、この宇宙より上位の次元存在に測定機器を預けて、上位次元から空間のエネルギー偏在率を測定するしか無いでしょうね。その存在、神様とでも言いますか?」


この発言以降、宇宙震の予測についての発言は一切無かった。

ただ、宇宙空間のダークエネルギー偏在を検知する測定器を開発しようとするものは、けっこういて、その後も研究分野として大きなものになったという話がある。

また別の話となるが、ダークマターやダークエネルギーの量を測定しようとする研究者や技術者は数多い。

宇宙開拓や超光速理論などは、フロンティアという存在があるだけに目標が見えているが、ダークマターやダークエネルギーになると、その存在を検知することすら、未だに不可能。

太古に提唱されたエーテル宇宙理論と同じだろうと揶揄する学会派閥もあるくらいなので、まだまだ未開の分野と言えよう。


結局、会議の結論としては、銀河系で実用実験が行われている緊急避難用の大規模転送が有効であるとして、その他の大銀河同盟に属する各文明に対して銀河系の避難システムと転送ネットワークの現状、実験の詳細データを提供することを会議録に載せることにする。

数百年後ではあるが、この転送ネットワークシステムが単独銀河を超えて銀河どうしを結びつけることになろうとは、この時には誰も思わなかった……

大銀河同盟は、その同盟に属する銀河の文明中なら、どこへでも好きなときに宇宙船不要で移動可能となるレベルへと移行することになる。

ただし、これが実現するには大銀河同盟の中が徹底的に平和である必要がある。

当たり前だがテロリストや犯罪者、悪意を持った生命体などに、この転送ネットワークが使用されると、大銀河同盟そのものが空中分解する恐れがあるからだ。

今ここにフロンティア、いや、ガルガンチュアがあるなら、楠見は、いとも簡単に、この難問を解決するだろう。


「そんなもの、各銀河にRENZを装着したエスパー隊を置いて、星系単位の警察機構として機能させればいいだけじゃないか」


あいにく、真っ先に飛び出した銀河系周辺にはRENZのシステムがあることすら知られていない。

しかし、歴史というか時間というか運命というか。

楠見のいない分の埋め合わせをするように、じわじわとだが、銀河系周辺には高いESP能力保持者が生まれるようになっていた。

特に太陽系のエスパー出生率は群を抜いている。

楠見が遺伝子の封印を切ったのが原因かどうかは定かではないが太陽系人類のエスパー保有率は1%を越えるまでになっていた。

木星近辺の人類だけではない地球にも火星にも、ともかく太陽系人類が植民したり他の星系へ移住したりしていても、その集団内ではエスパーが高確率で生まれることとなる。

太陽系人類に関しては、その高い能力と独特の技術、そして「あのフロンティアのクスミの出身星系」ということで特別待遇を受けていたが太陽系を飛び出しても性質を変えずにいるという、ややお固い種族と見られていた……

だが、その平和志向と高いESP能力を持つ新人類に、まずは銀河系各種族が注目し始める。


機械生命体などは真っ先に太陽系エスパーの留学先として立候補し、留学生の育成と同時にテレパシー受信装置の動作に酔いしれる者まで出てくる始末。

留学生となったエスパーの新人類は、テレパシーを度々中断しなければならないほどに人気者となる(テレパシー波を録音・録画したデータチップまで裏で販売される。これはさすがに当局の目にとまり、ブツは全て回収される)

球状生命体や不定形生命体においても同様。留学生となった、高いESP能力を持つ者達は、自然に銀河を守る民間警察の需要を実感することとなる。

じわりじわりと増えていくエスパー人口は、その力を用いての警察機構の立ち上げへと繋がり……


「君たちは、ようやく基本訓練が終了しただけの新米隊員である。君らの配置されるのは、アンドロメダ銀河を中心に、その周辺銀河だ。基本1チームで1星系を担当するが、先輩隊員もサポートするので安心し給え。では、解散!」


銀河のエスパー警官隊機構が成功したのを受けてアンドロメダ含む周辺銀河でもエスパー警官隊の配置が始まる。

犯罪の未然防止と巨大犯罪組織(侵略者含む)との戦い、当然ながら民間人の保護もあるので警官であり裁判官であり、なおかつ検事まで担当する正義の実行者。

その遺伝子には太古の祖先種族の力を秘め、正義の実行に悩む時もあるが決然と行動する宇宙の警官隊。

その中には、ほんのわずか驕り高ぶる者もいるが、そういう者達は瞬時に警察機構から排除され、民間への転職を迫られることとなる。

そんなこんなで銀河系周辺は数千年経とうと、あいも変わらずワイワイガヤガヤとやっていたりするのである。