第四章 銀河団を越えるトラブルバスターの章
第三十三話 ガルガンチュア伝説
稲葉小僧
その一、諦めの悪い人たち
ガンマ線バースト現象をご存知だろうか?
例えば50光年ほど離れている星系の巨大太陽が最後の命の燃え尽きる時に大爆発を起こす。
その時に発生するのがガンマ線バースト現象。
多量のガンマ線があらゆる方向へ撒き散らされ、50光年離れていたとしても、その影響から逃れることは不可能。
その影響とは?
多量のガンマ線が星系内を通り過ぎる時、全ての生命を死滅させてしまう……
深海の底深くに隠れていようが、大きな山の中に隠れようが関係なし。
多量のガンマ線という死神の鎌から逃れることは不可能……
ここにも、その運命が確実に迫ってくる星があった……
「大統領! 宇宙船の建造計画、もう少し前倒しできませんか? 光の速さは超えられないとは言うものの、今も確実に、この星へ向かいつつある目に見えない死神、ガンマ線バースト現象の先端は迫りつつあるんです!」
避難計画を推進している大臣が、そう言いながら大統領に詰め寄る。
まだ大丈夫なのは分かっているのだが星から逃げ出すための宇宙船が足りない。
技術者や作業員、工業用ロボットも総動員し、他の工業製品製作を取り止めてでも宇宙船の製作に力を注いでいる。
計画上はガンマ線バーストの前線が星に到着する前に宇宙船は全て完成する予定。
ただし、直前の完成では逃げるのに必要な速度まで宇宙船を加速させる時間が足りない。
少しでも早く宇宙船を完成させ、出来上がり次第、国民を定員まで詰め込んで発進した宇宙船は、その機体の限界まで加速して、光速の10%近い速度まで出たら、そのまま逃げられるだけ逃げる。
ガンマ線バースト現象に追いつかれることは分かっている。
国民に説明もして、理解して貰っている。
つまり、これは死ぬ時期を少しだけ伸ばすことでしか無い……
これ以上は、それこそ何かの奇跡でも起きない限り、この星の生命体は全て死に絶えることとなる。
大統領は毎夜眠れなくてゲッソリとした顔を大臣に向け力なく応える。
「大丈夫だよ大臣。少しではあるが工程に余裕も出てきている。最初の宇宙船が、あと一ヶ月もあれば完成するだろう。完成次第、一定量の動物と人員を乗せて飛び立って貰うんだ。少しでも早く飛び立てば、それだけ長く生きられるだろうから」
お互い、やつれた顔を無理やり笑顔にしながらも無駄になることが分かっている避難計画に力を注ぐ2人だった……
一方、試験用として先行的に作られた小型艇(とはいえ数百人の最先端研究者と、その家族は乗っていた)は一年以上前に星を飛び立ち、今は先行試験機の加速限界、光速度の8%超ほどの速度で宇宙空間を疾走している。
彼らも、これが気休めでしか無いことを理解していた。
超光速で跳ぶ方法も理論も無い以上、光速度で近づいてくるガンマ線バースト現象から逃げることなど不可能だ。
数年?
10数年?
そのくらいの違いでしかない、死刑執行が伸びただけ。
彼らは必死だった。
必死になって超光速推進理論の発見と、その実現化をすべく頑張っていた。
彼らが諦めたら家族が死ぬ。
家族だけではない、この星の国民全て、いや全ての生命が失われる。
しかし現実は過酷だ。
彼らの前には冷たい現実が突きつけられることとなる。
まずは嬉しい現実から。
超光速航法の理論は発見された。
数学的には古代より超空間の存在は示されていたが、それが現実に存在すると理論的に証明されたのだ。
そこへ物体を送り込むと光速度の縛りを受けなくなる。
次は悲しい現実。
物体を送り込むのに必要なエネルギーが圧倒的に足りない。
この星が生み出した最大規模の火山爆発でさえも、通常空間から超空間への物体移動を実現できないという事実が判明した。
それを実現するのには少なくとも質量の半分以上をエネルギー化できる特別なエネルギー炉が必要だと、そこまでは科学者たちも突き止めた。
じゃあ、どうやって特別なエネルギー炉を実現するのか?
遮蔽材料もなければ、そんな巨大なエネルギーを保管できる方法も未知のもの……
行き詰まった……
しかし、それでも彼らが挫折したら、この星に生きる生命達が終わってしまう。
どんなに絶望しても、彼らには諦めの言葉は最初から無かった……
一日、また一日と過ぎていく……
何も成果が上がらぬまま。
ガンマ線バースト現象は必ずやってくる。
その日付は確定だ。
故郷の星を救いたい、しかし、研究すればするほど実験すればするほど、自分たちの科学技術の限界が見えてきて絶望する。
だが諦めることは決して出来ない。
彼ら、いわばこの星のエリートである頭脳達が何も出来ないと匙を投げた瞬間、星に生きる者達の命日が決定するからだ。
あっちでもこっちでも、実験やら観察結果やら理論の穴がないかどうかの検証やら、様々なテストと行動がなされていた。
その宇宙船のラボの一角。
「超光速通信の実用化実験に入ります」
主任の声。
そう、理論的には可能と言われているFTL(超光速)を、まずは通信から可能にしようという計画だ。
通常の通信に使われるFM波を超光速となるであろう媒体に乗せるという、ブロックダイヤグラムで書くと理解できるが、実際の回路は複雑怪奇という通信装置。
実際には、通信装置が複雑怪奇なのではなく、通信装置に注ぎ込まれるエネルギー装置がバカでかくて複雑なだけなんだが。
超空間にアクセスするために使われるエネルギーが、通常通信で使われるエネルギー量では想像もつかないほどに膨大なものになるから仕方がないのだが、主任は不満だった。
「もっともっと効率的な通信方法があるはずなんだがな。今の俺達の科学技術の限界だ……はぁ、何で俺達のご先祖は自分たちの欲望を満たすことばかり考えていたのかねぇ。その思考力を少しでも科学技術の発展に使えば今頃はFTLなんぞ実用化されてただろうに……」
愚痴をこぼすのは仕方がない。
この実験ラボ船に乗ってから研究や実験に費やす毎日ばかりで息抜きの時間も何もないのだ。
「さて、先行してる小型艇に積んだ装置と、こちらとの通信実験だ。歴史的な実験になるんだろうが、誰も賞賛してくれないのは哀しいかな」
通信装置の電源スイッチが入る。
そして超光速を実現するための別電源供給装置にもスイッチが入る。
一瞬、船内照明が暗くなるほどのエネルギーが、小さな通信装置に注ぎ込まれる。
主任は送信装置のマイクを握る。
「テスト、テスト、テスト。本日は晴天なり。小型艇一号へ、こちら実験ラボ船。FTL通信実験だ。この通知が届いたら返信せよ」
一瞬の後、小型艇より返信が返る。
「テスト、テスト、テスト。そちらの送信文は完璧に受信された。実験ラボ船へ、こちら小型艇一号。FTL通信実験は成功だ!」
室内がワッと騒がしくなる。
「諸君、通信での超光速は実現した。あとは、これを小型化し、そしてもっと省エネ化……な、なんだ? この通信は小型艇一号からの発信ではない?!」
主任が驚いたのも無理はない。
今さっき、ついに実用化されたはずの超光速通信機の受信機から、得体のしれない音が聞こえているのだ。
何をしゃべっているのか、まるで分からない。
少なくとも、我々の星の言語ではないという事は理解できる。
も、もしかして、ついに我々は異星人とコンタクトしたのだろうか?
主任が、そう思うのも無理はない。
この星は銀河では中心部の星の密集地帯ではなく、周辺部に近い、いわば僻地の宇宙ポイントにあったから、様々な星の宇宙船が立ち寄る航路には含まれなかった。
よって、この星に訪れる異星人の宇宙船というものは無かったのだから。
数時間、わけのわからない受信音が変化した。
「! ”#%$#&&より、実験ラボ船へ。聞こえるか? こちら! ”#%$#&&」
どうやら固有名詞の部分は理解不能となるようだ。主任は一大決心するとマイクを取り上げた……
「未確認宇宙船へ、こちら実験ラボ船。ようやく理解できる言語になったので返信する。異星人の宇宙船と思われるが、こちらは異星人とのコンタクトは今まで経験していない。どうすれば良いのか、ご教授願いたい」
瞬時に返信がある。
どうやらFTL通信といえどもレベルがあり向こうの通信装置は相当にレベルの高いFTL通信が可能なようだ。
「固有名詞の問題を忘れていたな、すまない。そちらがどういった仕様の宇宙船か分からないが、こちらは、どのような形でもコンタクト可能だ。ふむ、こちらのレーダーに、そちらの船影が確認された。小さいな。これなら、こちらへ収容したほうが早いだろう」
収容する?
小さいとは言え、長さが500mクラスの宇宙船だぞ、こっちは。
「了解した。ドッキング手順を指示してくれれば、そのようにしよう」
相手からの返信は単純なものだった……
「手順は全てこちらで引き受ける。そちらは速度を落としてくれれば良い。そうだな、今の速度は速すぎるので光速度の1%前後に落としてくれれば後はこちらでやろう」
大丈夫だろうか?
主任は、それでも技術的ブレークスルーのためなら挑戦する価値があると考えた。
異星人の宇宙船には船長の承諾が必要だからということで最終返答を待ってもらう事にして、主任は船長との交渉に臨む。
「危険過ぎる! こちらのレーダーにも補足できないのに向こうはこちらを補足してるんだぞ! そんな超越した性能の宇宙船を使う異星人だと我々は支配されてしまう!」
「船長、何を太古の宇宙ドラマみたいなこと言ってるんですか? 超越した科学技術を持つからこそ、こちらのような低性能の宇宙船も救ってくれる可能性があるんです。絶対にコンタクトすべきですよ! もしかしたら超光速機関の設計図をくれるかも」
「まあ、そこまでは無理だろうがね、主任。我々、研究班もコンタクトに賛成だ。こちらの持たない方法で、もしかしたらガンマ線バーストすら防げるかもしれないぞ」
最終的には66%の賛成票を勝ち取り、実験ラボ船は未知の宇宙船とコンタクトすることにした。
宇宙船は指示された速度、光速度の1%前後まで速度を落とす。
1%に落としたとたん、未知宇宙船より通信が入る。
「コンタクトする気になったようだね。そのまま減速しながら進んでくれ。ある程度になったら、こちらで対処して、こちらへ収容する」
徐々に速度を落としていく実験ラボ船。
光速度の0.1%になると、何かのエネルギー光線だろうか、船体が拘束されて速度が一気に0となる。
通常は、そんなことをやったら中の人員や機材が急な停止ショックで大変なことになるだろうが、このときには紙一枚、動かなかった。
唖然、呆然と見守るなか目の前の空間がゆらぎ、巨大な物が出現する。
宇宙船?
いいや、そんなものじゃない。
少なくとも故郷の星の月と同じくらいの大きさの球形の衛星サイズの物体と、それと同サイズだろうと思われる独楽形状の物体が、太い円筒で結ばれている……
こんな、想像上でも描かれたことのないようなものが宇宙船?
あまりの事に実験ラボ船の全乗員は思考停止に陥っていた……
数十秒後、その思考停止は、さらなる驚きにより破られる。
《ようこそ、異星の方々。これは銀河団航行用宇宙船ガルガンチュアという。君たちの必死な研究者姿に感動したよ。君たちのトラブル、解決してあげよう》
テレパシーでの歓迎宣言が各自の脳内に響き渡った。
あとは、もう夢の中のような出来事が続いた。
船を降りた全員は少女のような2人の女性に導かれて巨大な合体宇宙船の各所を案内される。
一見しただけでは理解不能な機器や装置の数々を、問われれば少女達は懇切丁寧に解説してくれる。
食事は船内での宇宙食とは違い本格的な食堂(人数が多すぎるので急遽、食堂を創ったらしい……ほとんど瞬時に何でも作れるそうだ、料理も物質も)での驚きの家庭料理の数々。
もう胃袋も頭脳も腹いっぱいになった乗員たちは最後に船の責任者との会談を行うことになった。
「ようこそ、ガルガンチュアへ。私がマスターのクスミです」
驚いたのはロボット三体を含めて合計六名のクルーで、この巨大宇宙船が運用されていること。
「ここまで驚異的な物を見せつけられると、もう何が出てきても不思議じゃないですね」
と、主任。
最初の通信コンタクトに成功したからということで一行の代表者役を任されていた。
「いえいえ、まだまだ。あなた達のトラブルの最大のものはガンマ線バースト現象ですよね。多分、それ防げると思いますよ」
爆弾発言。
今まで防げないから逃げることばかり考えていたが、あっさりと防げると言われてしまった。
「ほ、ほんとうですか?! それが本当なら我が星は救われる、生き延びられる! ……で、こちらは、どのようなものを提供すれば良いのでしょうか?」
有頂天になりたいところだったが、なんとか冷静に交渉しなければ後が大変と。
しかし、相手の返事が……
「あ、何も要求しませんよ、別に。いつもやってることで通常作業みたいなもんです。これで代償を要求するなんて、できませんよ」
この人は何を言っているのだろうか?
絶対に防げないガンマ線バースト現象を防げる手段を提供してあげると言いながら、その代償を要求することもしない。
「あなたは、もしかして神?」
主任は、その質問を思わず知らず口に出していた。
「いいや、私は神でも無ければ、その役目をする生命体でもないよ。銀河を管理する生命体なら数人ばかり知り合いがいたりするけどね」
やはり。
主任は納得する。
神に近い生命体でもなければ、こんな奇跡のようなことが起こせるはずがない。
「まあ、猫被ってるのも疲れるな、通常に戻ろう。俺は、この銀河団じゃない、他の銀河団にある銀河系というところの太陽系というところから来たんだよ。神でもなきゃ、その使いでもない、ただのトラブルバスターだ。自分が救えるなら、どこまでも宇宙を跳んで救いの手を差し伸べてやろうと考えた宇宙一の変わり者さ。銀河から銀河へ跳び回り、はたまた銀河団も跳び越えて、困ってる星や銀河を何とかして回ってる」
主任は圧倒される思いだった。
こんな生命体が実在するなんて……
神などという不確実な信仰などより、この異星人のほうが神に近いのじゃないだろうか?
それから数ヶ月後。
星系から少し離れた宇宙空間では今にも特殊バリアシステムの起動展開実験が開始されようとしていた。
まあ、実験の成功は確約されてもいるのだが。
ガルガンチュアからもらったデータチップには宇宙船用の高効率にして絶対的な強度のバリアシステムが含まれていた。
こいつを拡大開発して星系そのものをガンマ線バーストから守ろうというのが計画の骨子。
試験的にガンマ線をバリアに照射してみると、確かにバリアは全てのガンマ線をブロックする。
生命体の避難計画は即座に中止され、巨大バリアシステム構築計画へと移行する。
宇宙船の資材全てがバリアシステム製作へと回され、今回は余裕を持って開発計画が進み始める。
今の段階でも、星ひとつならブロックすることが可能だが、やはり守れるものなら星系自体を守りたい。
あと五年後に来るガンマ線バーストの前線も余裕でブロックできるだけのバリア発生装置は大量生産できるようになった。
「星を上げての歓迎と感謝を述べたかったんだがなぁ……」
大統領は、そう呟く。
「無理ですよ、ガルガンチュアとマスタークスミは誰にも何にも縛られません。巨大なトラブルが彼らを待ち受けているのでしょうが、あっさりと解決して、なにも求めずに次のトラブルを探して旅立つのですよ、あの生ける神話の体現者たちは……」
また一つ、伝説だけを残してガルガンチュアは宇宙を跳ぶ……
その二、緊急派遣救急快速船の活躍
今日も今日とて、代わり映えしない宇宙空間を疾駆していく高速宇宙艇があった。
小型艇なのに、よほど大きな出力のエンジンを積んでいるのか、次々と超空間への突入と通常空間への出現を繰り返し、宇宙港を飛び立ってから、もう数千光年を跳び越した。
読者の皆様の想像のごとく。
この宇宙艇は緊急用の災害派遣用快速艇だった。
緊急の救助要請を受けると宇宙軍本部より物資と器材、人員を積めるだけ積んで、その比較的軽い機体重量と大出力エンジンの特性を活かして災害現場へ急行するのが任務。
まあ、貨物と燃料の比率から密航者を許さない太古の光子エンジン船とは違い、少々の余裕はあるので、現場で絶対的に足りない食料を多めに積んでいくのが普通だ。
「なあ、今回の現場って聞くところによるとバイオハザード事故だって? 特効薬だと聞いちゃいるが俺達の持ってく薬は本当に効くのかね?」
通常空間では、やることも少ない超空間パイロットが、確認するかのように相棒に聞く。
聞かれた相手は通常空間用パイロット。
とは言うものの現在は通常空間用レーダーに障害物の影など見えない。
「そうだな、どんな病状か、ハザードと言っても爆発的に感染が広がるものか、そうではないのか。それすらわからん状況だ。俺達が積んでるのは、とりあえずの万能薬。ただし、こいつが効かない可能性ってのは大きいぜ」
「そうか、本部に届いた緊急通信では短かすぎて症状の様々なことが分からなかったというから心配してたんだが……やっぱりか。あの特効薬ってのは、効能が得られる病原体や症状は多いんだが、効かない時には全くもって効かないという、一か八かの賭けみたいな薬だからなぁ……」
「ああ、前回のように多種の薬を持てるなら、たった1つ効果があった薬品を貨物船で大量輸送することも可能なんだがな。前回は運が良かったよ、256種類2000個の薬品を持って行って効果が確認できたのはたった1つの薬だけだったんだから。今回は緊急発進だったんで積めるのは可能性の高い万能特効薬だけだった……効いてくれよ、頼むから……」
2人と、貨物室にいる緊急出動医療部隊員たちは一刻も早く現地への到着を願うと共に、持ってきた薬が効くことを願うのみ……
幸いにして道中に邪魔者や宇宙海賊、流星群などは無く、快速艇は無事に当該星系へと侵入する。
「ミナス04星開拓本部へ、こちら緊急災害派遣快速艇! 現在の模様と感染状況を知らせよ!」
「おお、来てくれたか! 緊急発信を行った担当者は感染してベッドに収容された。今は、この病原菌か何かわからないが感染してない者の方が少数だ。どうやら、こいつは空気感染するようで、研究所は孤島にあったんだが、そこから、あっという間に他の大陸や島にも広がった。この通信室は苦労して密閉と殺菌を行っているので、まだしばらくは保つと思う。君らも最大限に注意してくれよ!」
通信が切れた。
「なあ、相棒よ」
「何だ? 言いたいことは、おおよそ想像できるが」
「今から引き返さないか? なんだか、イヤーな予感がするんだよ。俺の悪い予感は外れたことが無いのは知ってるだろ?」
「分かってるよ、俺も同じ気持ちだ。でもな、俺達が引き返したら次に来る快速艇が確認するのは死体だけが見える星だぞ?」
「……分かってるさ、そんなこと。聞いてみただけだよ。さーて! ステーションに着いて、それから惑星上に降りるなんて手間をかけてらんないからな。直接、宇宙港へ着陸だ! この船には着陸装置があるんで、その点は有利だがな……降りてハッチを開けたら、俺達はこのコントロールルームを出られなくなる。用心し過ぎることはないぜ、相棒!」
「空気感染する病原体か……厄介だな、こいつは。未知のものでないことを祈るだけだ。さて、それじゃ、着陸シーケンスに入るぞ。カーゴルームへの指示、頼む」
「分かった。カーゴルームの待機員たちへ、今から着陸シーケンスに入る。ショックはなるべく少なくするが、多少、荒っぽくなっても勘弁してくれ、緊急事態だ!」
了解!
と、カーゴルームから返事が来る。
「相棒、やってくれ」
「了解! 1回で着陸してみせるから祈っててくれよ!」
逆噴射の音も高らかに快速船は病原菌が蔓延しているだろう星へ降下していく。
ちなみに緊急信号を受けてバイオハザードだと分かった時点で、この星は宇宙船の離着陸絶対禁止指定を受ける。
こうでもしないと他の星への爆発的な感染拡大となりかねないからだ。
宇宙から見ると、海のあるこの星は快適な、そして生命体も豊かな星に見える。
しかし今の状態は、その穏やかな顔の裏に隠された死神の顔が見えている状態。
そこに向けて今、一隻の宇宙艇が着陸しようとしている。
彼らは間に合うのか?
そして特効薬は効くのか?
全てが、やってみなければ分からない手探り状態……
まかり間違えば自分たちも2次感染者となりかねない状況の中、小型快速艇は勇敢にも、死が待ち受けているかもしれない星へ着陸するのだった……
快速船は無事に地表へ着陸する。
ただし宇宙港に通常は待機しているはずの係員や地上作業員らの姿は見えない。
このバイオハザード騒ぎで地表へ出られるはずもなし。
「着陸シーケンスも終了、っと。俺はカーゴルームにいる医療関係者達に出動要請をしてくる。後は頼んだぜ」
「分かった。ただし、カーゴルームのドアは、お前が戻るまで開けないよう、くれぐれも注意しろよ。手動じゃなくて、こちらからの操作で開けるからな」
「了解! じゃあ、気密服やら空気ボンベ、薬品やらの準備を手伝ってくるわ」
2人のうち1人がカーゴルームへと移動する。
「しかしなー、この、コントロールルームからカーゴルームへの昇降が何でハシゴなんだよ?! もう少し自動化して少なくともエレベータにしてくれれば良いのに!」
小さな船体に目一杯貨物を詰め込もうとするならスペースを取るエレベータなど設置できない。
どんなに科学や技術が発達しようとも貨物スペースの問題は永遠の課題だといえよう。
苦労してハシゴを下りて待機中の医療作業員達の所へ行く。
「さあ着陸したぞ。気密服の着用と空気ボンベの装着、そして、こいつが肝心の医療キットと薬品を用意してくれ。俺も手伝えることがあれば、やるから」
てきぱきと準備を始める医療作業員たち。
ものの30分も経たぬうちに気密服と空気ボンベを装着し医療キット、薬品の入ったケースを抱えた作業員達の準備が整う。
「我々の準備は完了です。さあ、コントロールルームへ戻って下さい。カーゴルームのドアを開けたら惑星の大気が入ってきますよ!」
「ああ、分かった。じゃあ、俺は上へ戻る。状況が分かったり変化したりしたら、その都度連絡してくれ。こちらからも本部へ通達するから」
降りるより昇るほうが大変。
せめて昇降用のウインチくらい欲しいとマジで思うのだった。
「や、お待たせ。医療作業員達の準備はOKだ。カーゴルームのドアを開いてくれ」
「よし。では他の部屋とカーゴルームの通行とエアの流れを遮断する。よし、封鎖確認。カーゴルームドア、開く!」
ドアとは銘打つが、つまりはカーゴベイの底を開けるということ。
斜路となって貨物も積み下ろしがしやすくなるが、こういう場合は空気が入ってくるので考えもの。
「医療作業員達は貨物も持って出て行ったな。とりあえず、どうなるかわからないのでカーゴルームは開け放つ。緊急発進しなきゃならない時には、すぐに閉められるからな」
この船が緊急発進するということは医療作業者を惑星に置いていくという最悪のケースが起きた場合。
万能薬が全く効果なしとか、そのくらいならまだ緊急発進などしない。
それは、バイオハザードの危険段階が4以上になった時……
空気感染が爆発的な勢いで広まり、下手に惑星上に留まると乗組員まで危険に曝される状況の時だ。
こうなると、医療作業者のうち素早く戻ってこられる者達以外は全て惑星上に置いてきぼりになる。
冷たい決断だが、こうでもしないと星をまたいでの感染が起こる可能性があるので仕方がない。
「冷たい方程式……ってやつだな。昔の方程式は時間と積み荷の重さと燃料だったが、今じゃ災害の波及度により、それを行うことが求められてしまう……最悪、コントロールルームに病原菌が侵入した場合は俺達もろとも宇宙で機体を自爆する事にもなるんだがな」
「ああ、今回のリミットは、ちょうど一週間。機体に備え付けられた空気循環装置のギリギリまで粘るが、それを過ぎたら発進しないと俺達の命に関わる」
医療作業チームにも待機する快速艇の2人にも辛い一週間が始まる。
医療チームは個人の気密服の空気ボンベと循環装置のフィルターが一週間で汚れた空気になってしまうので、それぞれが勝負の時間なのだ。
快速艇から宇宙軍本部へ定時通信を送る時間だ。
「快速艇から医療チームへ。現在の状況を知らせよ」
「こちら医療チーム、状況は最悪だ。現在、病原菌あるいはウィルスの特定を行っているところだが、簡易的な電子顕微鏡では見つからない。万能特効薬も効いているようには見えない」
「快速艇より医療チームへ、了解。時間がかかりそうなので本部には大規模な医療チームを送り込んで欲しいと言っておくか?」
「こちら医療チーム。そうだな、できれば本格的な研究ラボくらいの検査装置がほしい。ただし病原菌の特定に時間がかかっていては患者たちの命に関わりそうだ」
「何?! こちら快速艇。時間との戦いになりそうなのか?」
「ああ、患者の容態は良くない。特効薬とは言え短時間の症状軽減しかできないようだ」
うわー、これは最悪の事態を……
とりあえず、今の状況を本部へ送信する。
本部からの返信は大規模な医療部隊は編成に時間がかかるので、それまでに初期対応はやっておいてくれと。
それから、俺達はタイムリミットまで、自分たちのできることをやった……
今日はタイムリミットの日。
あと、俺達に残された時間は12時間。
未だ病原体の影すら見つけられない医療チームは、もう半分絶望的。
患者は増える一方で、しかし、症状は一定の段階で留まっているのが救いといえば救い。
俺達は、この船で出来る最終手段を取ることにした。
通信回線をフルオープンにし、奇跡的に誰かの通信機に届くことを祈りながら、救助信号を発することだ。
本部からの大規模医療チームは到着まであと10日ほどかかるそうで、それまで俺達もいられないし、医療チームも同じこと。
「相棒、いいか? 通信機が焼き切れる寸前まで出力上げて超空間通信を送るぞ」
「ああ、やってくれ。最後の希望というか、もう半分以上が運任せ、神頼みだな」
パチン。
自動送信メッセージで約10分間、超空間へ通信波を送り込む。
この時間を超えるのは通常の通信に障害を与えるため許可されていない。
俺達は祈るような気持ちで10分間の送信時間を見守った。
自動的に受信に切り替わる……
「こちら宇宙船ガルガンチュア、緊急送信を受け取った。そちらの位置は掴んだので、数十分後には到着できると思う」
ガルガンチュア?
聞いたことのない船名だし、おかしな名前だな。
そう思ってたよ、俺も相棒も、その船が星系近くの宇宙空間に来るまでは。
《こちらガルガンチュア、星系外のポイントへ到着。こちらのサイズでは無理に星系内に入ると惑星軌道に悪影響を及ぼすため、星系外にて待つ》
速い!
そして、思いもかけないテレパシー波での通告(俺達はエスパーじゃないので、こんな体験は初めてだった。後で、アレはテレパシー通信だと聞かされたのだ)
俺達は医療チームにわけを話して一緒にガルガンチュアに行ってもらうことにした。
途中で患者を放り出せるか!
とか怒り心頭だったが救助船が来てくれたのだと話すと、ようやく分かってくれて快速艇は星系外のランデブーポイントへ向かう。
そのポイントにいたのは……
「相棒、俺の目は何を見ているんだろうな?」
「安心しろ、俺も同じものを見ている。馬鹿でかい、いや、衛星とか微惑星と言う方が正しいくらいの巨大な宇宙船が2隻、合体してるのか? こんなもの、どこの星の文明が作り上げたのやら……まさに、宇宙を跳ぶ要塞衛星だぞ」
その時、通常波で通信が入る。
「間に合ったようだな、その冗談が出るようでは。さっそく、こちらからの援助内容と救助方法について会談を行いたい。君らの小型艇なら、こちらへ収容した方が早いな。収容ハッチを開けるので、そちらへどうぞ」
パカ。
そんな感じで戦艦クラスの宇宙船が入るくらいの大きさの空間が出来る。
ゆうゆうと快速艇が入っていく。
繋留されると、俺達と医療チームは早速、この船の責任者と話し合うことにした。
「俺が、この船のマスター、クスミだ。こちらでも小型搭載艇を先に飛ばして情報収集していたんだが、結論から言うと、これはバイオハザードじゃないぞ」
何だと?!
医療チームの主任が、今までの苦労を無にするような発言に噛み付く。
「あんたは、後から来ておいて我々の血と汗を無駄だという。じゃあ、聞かせてくれ。あの爆発的な感染は何が原因だというのだ?!」
ガルルルル……
という音すら聞こえそうなくらい戦闘的になっている主任を気にもせず、クスミと名乗った生命体は、
「あの感染の原因は花粉だ。言ってみりゃ惑星規模の花粉症だよ、これは。ただし花粉そのものがかなりの変質を起こしちゃいるんだが」
はいぃ?
あの、どうやっても分からなかった感染症の原因が、変質した花粉だとぉ?!
「変質した、と言われましたね。その原因は?」
それにも間髪入れずに回答が。
「あの星には遺伝子改良のための研究所があった。たぶんだが研究所で遺伝子操作されたミュータント花粉が原因だろう。こいつが爆発的に増えて大気中に蔓延したというわけだ」
「で、その対処方法は?」
時間かかりそうだなと思ったら……
「あ、それは大丈夫だろう。今、ミュータント花粉の遺伝子構造を検査したら、一代のみの交配機能なし。ただし、単性生殖をやるから厄介だが。まあ、万が一にもと思って小型搭載艇に大気中のミュータント花粉を掃除してもらってるところだ。どうも、この花粉の増殖条件は一定の幅の気温らしいので、今、ちょいと惑星全体を冷やしてやってるところ」
ちょっと惑星全体を冷やすぅ?
なんだ?
この、いとも簡単に星を扱うような、神にも似た感覚の持ち主は……
数時間後、本当に、あの大量の患者たちは回復した。
ただし、あまりに寒い気温低下のため、風邪を引いたものが多発したが。
12時間後には、花粉も全滅したとのことで惑星全体の気温が元に戻される。
その頃には、俺達と医療チームは、これも普通なんだろうと思うようになっていた。
「ありがとうございます。症状がひどすぎて花粉症だとは思いもしませんでした。とてつもない科学力と行動力に敬意を評します」
俺達は是非とも宇宙軍本部へ来てほしい、そこで表彰と感謝を受け取ってほしいと熱望。
が、クスミ氏は、こともなげに、
「ああ、そういうのは全てお断りしてますので。この銀河は、このトラブル以外は平和的なようですから、我々は次の銀河へ向かいます。最後に、これは、あなた達の文明へ向けてのプレゼントです」
と言うと小さなデータチップを贈られた。
ガルガンチュアは、その巨大な姿からは想像もつかない機敏な動きで星系を離れていく。
その加速力は我々の快速艇すら凌駕するものだろう。
我々が帰投して報告書を書き上げて上司に渡すと2箇所から大爆笑と罵声が飛び出る。
嘘じゃありません事実ですと、いくら言っても上司は聞き入れないので、ふと思い出したデータチップを見せる。
この内容を解析すると、宇宙軍は大騒ぎになった。
異星の巨大船から貰ったデータチップが公開されてから10年後……
まだ俺達は緊急災害派遣チームの一員であった。
宇宙船は災害派遣特化の球形船。
その装備は10年前とは全く違った特殊装備満載。
「相棒、昔と違って今は楽だねー」
「そうだな。速度も違えば積載容量も段違い、おまけに不安定な特効薬じゃなくて、しっかり効く薬品が積まれてるからな。まあしかし、こいつを考えだした生命体の頭脳は、どうなってたんだろうか? 俺も、まさかナノマシンを薬品にするなんて発想は無いぜ」
そう、普通の薬じゃないのである新型の万能薬は。
どんな未知の病原体でも、あるいは毒素でも、あっというまにナノマシンが対抗する分子を創りだし無効化する。
災害へも対処可能な病院船、俺達と、同じく医療チームの乗員たちは、この新型船で今日もあっちの星、こっちのステーションと緊急出動している。
まあ、まかせときな俺達に。
この銀河は、な……
その三、少々問題ある人々
無限に広がる宇宙には、よくあることだが近隣の星系には宇宙開発を行うだけの文明が育たず、お山の大将か井の中の蛙の状態になっている若い星間文明が存在する。
若い文明なので自尊心が強く、自分だけが宇宙の知的生命体なのだと勘違いする、いわゆる「ド田舎で吠えてる野蛮人」状態になるものが多い。
ここにも、そんなド田舎星系に育った中途半端な宇宙文明の段階にある、だからこそか、攻撃的で侵略意図の強い、若い文明圏があった……
「はぁ……今日も異星人の影も形も見えず、か。この最新型の光子ロケットで、もう一年以上にも渡って航行してるのになぁ。電子頭脳よ、お前の見解だと知的生命体の存在確率って、どのくらいになると思うんだ? ちなみに最新のデータも踏まえての結論だぞ」
愚痴も出ようというものだ、こう退屈だと。
少し経って、ようやく電子頭脳の計算結果が出たらしい。
「はい、最新の調査データも踏まえての話になりますと異星人が存在する確率は80%以上となります。ちなみに、未だに異星人との遭遇事件が無いのは我々の文明圏が他の宇宙文明圏から遠く離れているからではないかと推測されます。実際に、この辺りは銀河のスターマップを参照すると、周りの星系が極端に少ないですからね」
電子頭脳は冷静に回答しているが、それは裏を返せば「ここは極端なド田舎宙域ですから」と言われているようなもの。
その文明圏で最速の光子ロケットに乗っている私は、まるで、これより速い移動手段があるにも関わらず自分の足で歩いている昔気質の頑固者か?
「それは薄々、こちらの科学者たちも分かっているんだよなぁ……ただ、我が星の為政者、に限らずなんだが、自尊心ばかり育って、他者のことを顧みない冷血動物が多いのは幸いなのかもしれないな、この宙域にとっちゃ……この性格の民族で異星人がいる星系が近くにあったら今頃は星間戦争になっていた可能性が高いかも……」
パイロットは一人の思考に沈んでいく。
しかし彼の思考は、もう一つの可能性を忘れていた……
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
三連続の警報音は何かの物体が空間レーダーの範囲内に入ったことを示す。
何もない宇宙ではレーダーの捕捉範囲に何かが入ることそのものが緊急事態でもある。
「何?! 何が補足された? 電子頭脳、詳細が分かり次第、報告しろ」
数分後、レーダーに補足された物体の詳細が分かる。
「報告します。明らかに人工物だと思われます。全長300mほどの円錐形物体で、球面側に噴射口が見えます。こちらは全長200mほどですので、あちらのほうが宇宙船としては大きいかと思われます。ちなみに、こちらとは違い、あちらの宇宙船は超光速機関を搭載しているようで」
その報告に、パイロットは顔色を変える。
こちらより科学技術が勝っている場合、もし戦いになったら最初から勝負にならないからだ。
「電子頭脳、その結論に至った理由を」
「了解。こちらの空間レーダー内に、突然入ってきたからです。光速までの実空間航法でしたら空間レーダー内には徐々に現れるはずです」
そうか……
まあ最初からステルスモードにする必要もないのだろうし、そういう事か。
パイロットは考える。
これから母星へ報告に帰るとしても数年は必要。
それまでに母星が征服されていないという保証はない。
異星人の宇宙船が発見されたということは、この空虚な星域にも探査の手が伸びたということだ、異星人達の。
と、するなら……
ここは、単独でのファーストコンタクトを試みるしか無い……
覚悟を決めたパイロットは、通信を送るため、無線装置をONにする。
「こちら、アングル星の光子宇宙船。未確認宇宙船との交信を希望する」
呼びかけを、こちらから行う。
超光速を可能とする文明なら、こちらより性能の良い空間レーダーを使っているはずだから、もうとっくの昔に、こちらを補足しているはずだ。
そんな宇宙船に対して、向こうからの呼びかけを待っているようなことをすれば、完全に未開種族だと舐められることになる。
それは、種族の精神特性として耐えられないからだ。
「アングル星、光子船へ。こちら、銀河連合の定期パトロール船だ。数年に一度、この航路をパトロールしているが、この宙域で連合未加入の種族の宇宙船に出会ったのは、この船が初めてだろう。ようこそ、銀河連合の世界へ」
パイロットは、この呼びかけに反発したかった。
世が世なら我が種族が銀河連合の主たる種族になっているはずだったのに……
しかし彼は種族の大多数のようにワガママが高じて狂ったような破壊衝動に駆られることもなく自分を落ち着かせた。
「お初にお目にかかります。我が種族は、まだまだ光子エンジンまでの開発しか成功しておりません。卓越した技術を教えていただけば幸いかと思います」
内心の歯ぎしりを堪え、パイロットは答える。
これより、この種族は星の世界への扉を開くのだが……
そうは問屋が降ろさない。
問題を抱える種族に軽々しく超空間跳躍の理論やエンジンを与えたらどうなるか?
それは星間戦争と侵略の幕開けとなる……
若いパイロットには新鮮な、そして普通なら感動ものの体験をすることになる……
のだが、この若い星間文明種族の場合、様々なものが原因で根性が「ひん曲がっていた」のであった……
「さあ、ここが銀河連合の中心、アメシアの成都だ。君は、ここで充分に学んで君の故郷の星へ帰り、君たちの文明を発展させるようにしたまえ」
彼がファースト・コンタクトした宇宙船は通常の星間パトロール艇だったため、未成熟文明担当の交渉官に交代して、より大きな輸送船タイプの宇宙船を用いて彼の光子ロケットごと、ここ成都に運んできたのだった。
彼は未成熟とは言え、その文明の先端を担うエリートでもあったため、内心の焦りや自分のプライドがズタズタにされたことへの怒りや憎しみという、いわば「自業自得に近い理不尽な逆恨み」とでも言うべき感情は、そののっぺりとした表情の中に覆い隠していた。
彼が学ぶべき事柄は多く、そして明らかに自分より若い教師により、それが教えられるのは我慢がならないことだったが彼は何とか耐えた。
そして様々なことを学ぶにつれ、この銀河連合が、より高度な文明を持つ存在により触発されて出来たものだと言うことが分かってきた……
「私達は、まだまだ未熟なのです。私達の文明は、まだまだ銀河を飛び出すことすら可能としていません。まあ、それを可能にしたとしても銀河団を飛び出すことは、まだまだ夢のまた夢です」
若いパイロットは不思議に思った。
「先生、銀河を飛び出すことなど実際に可能なんでしょうか? それには星間種族といえども寿命が問題になりませんか? ましてや銀河団を飛び出す? そんな宇宙船や、そんなことを可能とする生命体が本当にいるんですかね?」
その質問に対し、教師役となっている異星人は、こともなげに言う。
「あ、そうでしたね、貴方は、ここで育った方ではなかったことを失念していました。通常なら小学校に入る前、幼稚園から当たり前に習う銀河連合の成立話を知らないのは当たり前でしたか。では、この時間は、そのお話にしましょう」
若いパイロットは銀河連合という超科学の宇宙文明の成立話を聞かされるのだが、これがとんでもない話だった。
「この銀河連合が成立したのは今から1000年ほど前の話です。もっと古い物だと思いましたか? 様々な政庁や部署、統治機構などが、その成立時には何もなかった……なんてことはありません。連合成立時には今の統治機構や星間パトロール部門、そして緊急災害支援部門は現在と同じように成立していました」
あれ?
若いパイロットは不思議に思う。
そういうものは、もっと成立に時間がかかるだろう。
「先生、特に緊急災害支援機構なんて規格や工具、作業手順の統一に時間がかかるはずですよね?」
正解です、と教師は回答する。
「しかし、ここに特別な存在が登場します。それは今では半分、伝説と化した巨大宇宙船、ガルガンチュア。今から1000年と少し前、その宇宙船は、この銀河へやって来ました……」
若いパイロットは驚愕する。
「先生? ファンタジーを急に聞かされても……」
しかし、教師の表情は真剣だ。
「今となっては半分、伝説に近いかもしれませんが巨大な宇宙船、この銀河どころか、この銀河団を超えたところからやってきた宇宙船と、そのクルーがいなければ今でも銀河連合など成立していなかったでしょう。その頃、この銀河は覇権主義の真っ只中。星系同士が血で血を洗う星間戦争が、いつ終わることもないだろうと思われるくらい長年続いてきたのです」
若いパイロットは驚く。
そんな過去があったなどとは今のこの状況からは信じられないからだ。
「先生の話ですと、その巨大宇宙船、ガルガンチュアでしたか? それが登場してからは途端に星間戦争が沈静化したように思えるのですが……本当に、そんな神のような存在がいるんですかね?」
教師は、うんうんと頷くと話しだす。
「そうですね。星間戦争時は途轍もなく強力な兵器が、あっちでもこっちでも使用されていて、いくつもの星系や太陽が焼かれたり生命の片鱗すら見られなくなったりと、それはそれは酷い有り様でした。そこに巨大船ガルガンチュアが登場します。ガルガンチュアと、そのマスター、クスミは、その搭載艇群とクスミ自身が纏う特殊スーツの力により、終わることすら見えない戦争状態を、みるみる収めていったのです」
まるでファンタジーの英雄みたいだと思う、若きパイロット。
教師の話は続く。
「数年で、この銀河に巻き起こっていた戦争状態は全て終結しました。巨大な宇宙戦艦も、それより巨大な宇宙船ガルガンチュアに勝てるわけもなく、そして、マスタークスミの纏う特殊スーツの底しれぬ威力には、どんな戦闘機も追従できるわけもなく……どの勢力にもガルガンチュアは与すること無く、その武装の向けられた先には防ぐものとて無く、それでも大戦争を、たった一人の犠牲もなく、すべての兵器と宇宙戦闘艦を叩き潰しただけで終えたと歴史は綴っています」
伝説の域とされる理由が分かる……
伝説とでも思わなければ、とてもじゃないが想像すら出来ない戦闘力だ。
「全ての戦いを終わらせたガルガンチュアとマスタークスミは、その手を救いへと転じます。今現在、我々が使っている宇宙船、独楽状だったり球形だったりしますが、この形状と使っているエンジン、推進方法や跳躍航法、これは超空間を使って光より速く進む方法ですが……この大半がガルガンチュアとマスタークスミからもたらされたものなのですよ」
若きパイロットは、それを聞かされても信じることが出来ない。
1000年以上前の技術が完成された「枯れた技術」に近いものだって?
教師の話によると新しいパトロール船(彼が出会ったような新型船)は実は、より旧式な技術を、あえて使った宇宙船なのだそうで。
通常で使われているフィールド推進の宇宙船では推進時にロケットの噴射炎が見えなくて、若い未確認文明圏では宇宙船と認識してもらえないことが多いのだそうだ。
だから効率悪くても旧態依然の船だったとしてもロケット船のパトロール艇が必要だと。
未熟な星間文明においてはロケットこそが宇宙船の象徴となることが多いのだそうだ。
「ちなみに、この教育機関が終了したら貴方にはガルガンチュアから、この銀河にもたらされたデータチップのコピーをお渡ししますので貴方の星の文明を発展させてくださいね。あ、最後に言っておきますが跳躍航法が使用できるかどうかは種族の精神が成熟しているかどうかが重要になりますよ……まあ、すぐにわかるでしょうけれど」
若きパイロットには最後の言葉が理解できなかった。
自分たちが未成熟な文明だとは認識しているが、精神が成熟しているかどうか?
それが何になるというのだろうか?
数年後、若きパイロットの教育は完了した。
彼は大型輸送船に積まれた自分の光子ロケットに乗り、故郷の星を目指している。
未だ彼の種族が銀河連合に入れるまでの星間文明ではないと認識はしている。
卒業と同時に貰ったデータチップによる科学技術の底上げをしないと、いつまでも銀河連合へ入れる資格を持てない……
彼は、そんな焦りと、それと共に超光速航法の技術が手に入ったことに喜びも感じていた。
これを使えば我々より未熟な生命体や文明を持つ星を支配することも容易だろう……
「おお、ついに帰ってきたか! 我が故郷!」
宇宙の彼方で遭難したと思われていた人物が、異星人とコンタクトして異星人の文明の成果を携えて戻ったということで、ひところは大ニュースとなった。
メディアで彼を取り上げて種族の英雄と持ち上げるのは当然。
我が星が、その銀河連合なる組織の中核に入れるのも時間の問題と、星の政府もメディアも楽観視していた……
10年後。
若かったパイロットは、中年の域に達し、その姿は、うらぶれていた……
「あーあ……栄光に満ちた時代も短かったなぁ。銀河連合から渡されたデータチップによる新型の宇宙船が完成して、その新型宇宙船の船長に任命されたまでは良かったんだが。まさか、その宇宙船が自己意識と自己判断能力すら持つ人工頭脳だったとはなぁ……兵器類も、超光速エンジンも「あなた達の精神レベルでは使用許可が下りません。もっと精神的に成熟したら自動的に使えるようになります」とか言って、光速までのスピードしか出ない宇宙船となるし、下等な種族だからと攻撃しようとしたら全ての兵装も使えないと来る……」
植民地と侵略意図を持つ戦闘艦となるはずだった一番艦は、その力を使う事無く故郷の星へと帰還。
船長であったために非難の的となってしまい、あっという間に宇宙軍のスターの座も追われ、挙句の果ては過去の栄光も無かったことにされて、簡単な軍法会議の後、軍籍剥奪されて宇宙軍から叩きだされる始末。
「まあ、仕方がない。俺の末路は、この星の全種族の末路だ。せいぜい肥満するだけ肥満した自己意識と、根拠のない優越感、おかしな風にひん曲がった正義の概念に、いつまでもしがみついているがいい。そうしている間は、絶対にこの星の文明に超光速機関が使えるようにはならないんだから……」
彼は銀河連合の教師が言った言葉の意味が、ようやく理解できた。
惑星の種族全てが自分たちと違う生命体を許容し、その発展を妨げる(侵略など言うまでもなく)どころか手を取り導いてあげようという精神の高みに上がらない限り、その文明に跳躍航法が許可されて数多の星の世界が開けることなど無い、永久に……
その文明は、それから多数の異星人の宇宙船と出会い、細ぼそと交易も始めるのだが、生来の気質故か、相手を騙して粗雑品を高く売りつけようとする商人ばかり。
いつからか異星人の宇宙船も寄港することが無くなり、自分たちの星系周辺で小さな星間文明しか花咲かせることが出来なかったと歴史は伝えている……