第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第四十二話 超銀河団を渡る話
稲葉小僧
銀河団と銀河団にある宇宙空間もそうだったが、超銀河団間空間の場合は……
「本当に何もない宇宙空間という感じだな、これ。4隻もの巨大合体宇宙船になって超銀河団を渡る性能は以前より遥かに向上したんだろうが……何と言うのか、これ本当に宇宙を跳んでるんだろうな? スタート時と、ほとんど何も変わらない空間を跳んでいるような気がするんだが」
楠見の感想も、もっともである。
あまりに何もない宇宙空間ばかり続くのは、はっきり言って飽きる。
銀河団というか超銀河団の端っこにあたる銀河を旅立ってから、もう10年以上が過ぎた。
その間、何もなかったのかという、まあ、これが結構、色々色々あったりするのだが、これはそれ、また別の話として語るかも知れない。
トラブル解決宇宙船が自らトラブル起こしてどうする?
とか言われそうだがトラブルは4隻合体に起因していた。
3隻までの合体時には無視しても良いようなエネルギーの脈動や、各宇宙船のセンサー同士の干渉による性能低下、あまりに速くなった巡航速度のせいで顕在化した防御フィールドの性能限界……
etc,etc……
「それは贅沢すぎるというものよ、チーフ」
答えたのはフィーア。
ちなみに楠見をどう呼ぶか、それぞれの個性で別の呼び名をしているが、フィーアも例に漏れず、誰とも重ならない呼び名として、チーフを選んだ。
楠見としては、もう少し別の呼び名にして欲しかったが……
「未だに慣れないなぁ、そのチーフってのだけは。地球で数世紀も続いたスペースオペラみたいだ」
「ん? 地球? それは、どこの銀河団に? 寡聞にして私は聞いたことないけど」
「あー、まあね。地球を直に知っているのはフロンティアとプロフェッサー、そして俺だけ。知識として知っているのはエッタとライムだけか……最初の頃からすると、ずいぶんと仲間が増えたからなぁ……」
「そう言えばチーフの出身星系、銀河系の太陽系だっけ、もうずいぶんと経ってるんでしょね、チーフが旅立ってから」
「まあね。俺も宇宙での暮らしが長くなって、1世紀や2世紀くらいじゃ、ちょい前のことなんて感覚になってるが。とりあえずは平和になってるだろうな。故郷が戦争や天災で焦土と化したり無くなったりしてたらショックだけど……少し前、2千500年くらい前に帰ったときには繁栄してたから大丈夫だろ」
もう、言葉の端々が仙人を超えているような楠見である。
「ところで、フィーア。ちょこちょこ停止して何やら測定してるようだけど、あれって何やってる?」
「私の生まれにも関係してくるんだけどね、あの定期作業。ちょっと説明すると銀河団間空間と超銀河団間空間の宇宙空間の構造やらエネルギー密度を計測してるの」
「ほぉ……あの鋭敏すぎる特殊センサーは、そんなことが可能になるのか。もしかして、ダークマターやダークエネルギーの計測も可能になるとか?」
「いえいえ、そこまでは。ダークマターやダークエネルギーを測定しようと思うなら、基準点を、この3次元宇宙と違うポイントに置かないとダメだから。ということで、私にはダークマターの密度や分布、ダークエネルギーの量や強さを測定するような機能は無いの」
「ん? それ以外なら問題ないような言い方だな。フロンティアも銀河団空間の計測が主たる任務だったが、それとの違いは? センサーの鋭敏さだけじゃないみたいだけど」
「はい、チーフ。一番の違いは重力センサーね。これで、同じように見える宇宙空間にも微妙な重力差があることが分かるの。フロンティアのセンサーは通常の宇宙空間や銀河団空間なら良いんだけど超銀河団空間のようなノイズの少ない、言い換えると宇宙空間が微妙に波打つような変化を起こしていても、その微妙な変化や差を検出できないのよ。それが可能なのが私という船の特徴。つまりは銀河団空間以上の密度のある宇宙空間ではセンサーがノイズに埋もれてしまい使えないという事でもあるんだけど……」
あ、そういう事か。
要は必要とする実験フィールドの違いってことなんだなと納得する楠見だった。
そんなこんなで色々色々ありつつも、まだ見ぬ目的地を目指して超銀河団空間を疾駆するガルガンチュアだった……
超銀河団を渡る途中のガルガンチュア。
未だ目的地であるお隣の超銀河団は遠い……
しかし超銀河団空間が全く何もない真空の宇宙空間かと言うと……
「フロンティア、どうした? 何なんだ、この警報は?!」
ガルガンチュアを構成する4隻の超巨大船全てのエリアで、最大級と思われる警戒警報が鳴り響いている。
当分はゆっくり出来るだろうと思い、気を抜いた途端の警報。
楠見や郷、エッタもライムも唐突な警報の音攻めに近い暴力的な音圧には閉口していた。
「マスター、睡眠中でしたか。ガルガンチュアの航行中に何かと接触したようです。非常に柔らかい物質のようでしたがガルガンチュアの速度には勝てず、絡みつこうとしていたようなんですが引きちぎったようです」
何だって?!
ガルガンチュアに絡みつこうとしたって?
「その物質は? サンプルは採取できたのか?」
「ああ、主。フロンティアから私の方へサンプルが回ってきた。どうやら、鉱物が主体となった物質のようだな。他の物質ならいざ知らず、鉱物関係なら私の分野だ。ただ、鉱物には違いないが、これほど柔らかい物質は私も扱ったことがない。鉱物と有機物の利点を集めると、こんな物質になるのかも知れない……」
「サンプル解析はガレリアの担当だったのか。鉱物と有機物の利点を合わせたような物質ねぇ……3D映像は……こいつか。どデカいと言うか長過ぎると言うか何と言うか、あ、この宇宙空間では細いという方が良いのかも知れないが……ん? このロープが糸だとするなら俺には類似する虫を知ってるかも……」
「マスター? この生命体、か何か未だ不明ですが、この大きなロープを使うような生命体など地球にいましたっけ?」
「いやいや、この太さで、この長さ、推定10万Kmだと? そんなもの扱える生物が地球にいるはずがないだろう。俺の知ってるのは、もっと小さな細い糸を使うんだ。蜘蛛と言って、ごくごく小さいのに巣を作ったり罠を仕掛けたりする疑似知能もある」
そう、超銀河団間の、ほとんど真空という宇宙空間に巨大と予想されるが蜘蛛?
存在する必然性が思いつかない……
「ガレリア、サンプル解析やってくれたなら、これが生物的に作られたものか、あるいは化学的・工業的に作られたものか分かるか? もしかすると、この糸は巣の一部かも知れない……」
「それなら確実に分かるぞ、主。これは生物由来を模倣しているが完全に化学的・工業的に作られたものだ。巣と言うなら、こいつが切れたことで親玉が出てくるかも知れないぞ、主」
工業的に作られた物、ね。
大きさも工学的に不可能な構造物じゃないし……
「フロンティア! ガルガンチュア停止だ。このポイントで、多分、俺達を追いかけてきているだろう生命体、または捕獲ロボット宇宙船を待つ」
予想通り、数時間後に小さな宇宙船の集団がやってきた。
捕獲任務のみに特化したロボット宇宙船だと、ひと悶着あるかも知れないが……
やるだけやってみるかな。
《宇宙の捕獲者達よ! 捕らえられるものと、捕らえることなど不可能なものもあると思え! この宇宙船ガルガンチュアを捕らえられると思うなら、やってみるが良い! 》
忠告はした。
さらに向かってくるようなら……
ん?
一定の距離を保って、それ以上は近づいてこないな。
「フロンティア、通信回線オープン。あの小さな宇宙艇集団の中にテレパシーを、少なくとも受信できるやつがいる。光や電波を使っての通信も可能だと思うので、やってみてくれ」
「アイアイサー、マスター」
久しぶりの生命体だからか、フロンティアも上機嫌だな。
とりあえず俺の予想は的中し、通信回線は固定され、互いの言語のやり取りが続く。
数日後には翻訳辞書が閾値を超え、互いの意志を伝え合うことが可能となる。
向こうはガルガンチュアのことを浮遊惑星だと思っていたらしく、こちらが巨大宇宙船だと知ると驚いていた。
とりあえず相手の星系に招待されたので搭載艇で行ってみることにする……
これはまた、厄介な代物がやって来たな……
浮遊星系の支配者、ロドンは思考にふける。
数百万年の昔、この星系が巨大な宇宙嵐に巻き込まれ、滅多に無いことだが太陽を含む星系ごと見も知らぬ暗黒宇宙に放り出されてからは、星ごとに支配者を選んで合議制を取るより強力な一人の支配者の元で生きのびることのほうが有利だと言うことで各星の軍備や警察機構、全ての宇宙船に至るまでが、その時の支配者に属することとなっている。
ロドンは統一支配者として10万と853代目。
他に星系もないことから元々あった星系の名前も忘れ去られて久しく、今では、ただ単に「星系」とだけ呼ばれているが、そこに住む人々(人間型ではない生命体ではあるが)の逞しさと生きのびるための努力と足掻きは、まだまだ続いていた。
何もしなければ太陽の熱は年月と共に失われ、この虚空で孤独な星系として死んでいくだけの星となる。
ロドンの先祖たちは、その点、偉大であったとも言える。
太陽を包むように惑星と衛星、浮遊隕石も彗星も、その星系を材料とみなし、いわゆる「ダイソン球」を作り上げた、はるかな過去の先祖たち。
太陽の熱量すら逃さない構造になった星系は、その殻から外にいる存在には全く見えない「暗い」星系となっている。
それでも未来を考えると薄ら寒い結末しか見えないので、先祖の技術者達は少しでも物資を得るために人工蜘蛛を造った。
何もない宇宙とは言え、ごくごくたまに浮遊隕石や、宇宙嵐の特大版などで所属する銀河団や超銀河団から弾き出された無人宇宙船、無人惑星などが漂ってくる時もある。
その「宇宙からの恵み」を逃さないため星系を中心に小さな(それでも直径数10万km! )人工の蜘蛛の巣をいくつもいくつも展開し、補足してはダイソン球の地殻補修材や、その他の消耗品を得るための資源として使っている。
今までは獲物が引っかかってから数日から数ヶ月かかっても何の問題もなく、捕捉して資源とするのに不都合はなかった。
しかし、今回ばかりは大問題だ。
「まさか超銀河団を渡るなどという荒唐無稽な事を考え、実行している生命体があったとは……それも我が星系の大きさには及ばずとも、とてつもない巨大宇宙船だとは……」
独り言を呟くロドンだが、唯一至高の支配者だけあって焦るばかりではなく冷徹な思考も展開する。
「いっそ、その宇宙船の力を借りて、この孤独な宇宙の牢獄から脱出できないものだろうか? しかし、この星系を離れることができるのか? 精神的に星系と一心同体のように生きている我々が……」
難しいだろうな、とロドンは思う。
この過酷な環境だからこそ我が種族は進化し発展することが出来た。
今更、新しい超銀河団や銀河団へ所属しても我々は早晩退化して今の文明程度を維持することは難しくなるだろう。
未知の種族の超巨大船との友好を結び、エネルギーや資材を分けてもらえるなら万々歳である。
まあ、それには、こちらからの謝罪が前提だが。
「謝罪なぞ、いくらでも。こちらの物資やエネルギーを取られるので無い限り、いくらでも頭を下げよう。しかし、今回はマズイ事になった。この数百年、大きな獲物が無かったものだから捕獲部隊が焦ってしまったな。科学的・技術的なアドバンテージは完全に相手の方が上回っている。よくぞ、相手が現場で暴れなかったものだな。平和的な生命体で助かった……自力で超銀河団を渡ろうなどと考えて実行できる宇宙船なんてものに攻撃兵器が無いわけがない。捕獲船団が強硬措置を取っていたら今頃は相手の反撃で一隻残さず存在を消されていただろうに……」
ロドンは更に思考の海に潜り込んでいく……
彼らの種族は、行動ではなく思考することから物事が始まるからだ。
かと言って報告にあったような超強力なESP(テレパシーだと報告が上がっている。途轍もない強さのテレパシーだったと)をロドンたちの種族が使えるかと言うと、それも無理。
ロドン達は強い絆で結ばれた種族であり、弱いテレパシーをバケツリレーのように次々と送っていくことで全種族の意思決定を可能としている。
テレパシー受信能力は相当に高いものがあるが送信能力は決して高くはない。
「それに相手の能力がテレパシーだけとは思えない……超強力なテレパシーを持っていて他の能力を持っていないなどと考えるほうがおかしい。もし万が一、サイコキネシスなどの物理的攻撃力などを持っているとしたら、それこそ下手に刺激して相手を怒らせてしまったら、とんでもないことになる。テレポートなどという伝説的な能力ではないと考えられるが、サイコキネシスは充分にあり得る……」
ロドンは、ようやく思考の海から出る。
もうすぐ到着するだろう超巨大宇宙船を出迎えるためだ。
「わが民達よ……結論は出た。もうすぐ到着するだろう、この賓客が平和的な意図を持つことを祈ってくれ。我が思考の海に潜って得た回答は、超巨大宇宙船と、その主は我々には到底抗えない力を持つ者たちだということだ。会談と交渉が平和に終了するように祈ってくれ。今回の相手は神にも匹敵するだろう、あまりに強きものだ……」
言い終えるのを待っていたかのように捕獲船団の母港帰還シグナルが入る。
同時に、それは超巨大宇宙船が星系に近づいたことも示すものだった……
ガルガンチュア搭載艇(直径5kmの大型艇)にガルガンチュアの頭脳体4名と楠見、郷、エッタ、ライム、そしてプロフェッサーがいる。
「さて、と。もうすぐ相手の星系に到着する時刻なんだが……いや、さすがにまいったね、ダイソン球殻天体じゃないか。理論的にはあるに違いないとの話だったんだが実際にダイソン球殻天体を見るのは初めてだなぁ」
楠見の感想も、もっともだ。
今まで通ってきた銀河や銀河団の中にはダイソン球殻天体らしきものは見られなかった。
「わが主、これは見るべき価値のあるものだと思います。理論上、あると思われていたダイソン球殻天体が実際にあるとは……まあ、あるとしても恒星の光が漏れないと確認も出来ないと言われてましたが」
プロフェッサーが珍しく感想を述べる。
「まあしかし、マスター。めったに見られないダイソン球殻天体ですが、この環境では生きのびるためにはダイソン球殻天体にするしか無かったのではないでしょうか。通常、銀河団や銀河内にある星系なら、ダイソン球など作らなくても移民や移住で済みますからね」
まあ、そりゃそうだ。
楠見はフロンティアの意見に頷く。
「それにしても壮観だな。昔、太陽系でも実際にダイソン天体化の計画が上がったことがあるらしいとは昔に携わった業務の一環で教わったことがあるが、あれは完全な球殻ではなくベルト状の地殻を太陽の回りにはめ込もうって計画だったらしいが」
そんな計画が立ち上がっても賛成するものはいなかっただろうな……
楠見はそう思う。
太陽系だと、どちらかと言うと小惑星を集めて惑星化するほうが実用になるだろう。
ベルト状態の太陽系というのも見てみたかったというのは半分冗談ではある。
「でも、少ない資源の有効利用という点では高い効率ですよね、この球殻天体もそうですが、あの人工蜘蛛船団」
郷が感想を漏らす。
「うーん……確かに省エネという点では優れているかも知れないな、獲物が引っかかるのを待つだけなんだから。この計画を実行する以外、外からの資源を得る方法が無いというのも理解はしてるけど、な」
宇宙航路に障害物を置くという方法に楠見は賛成しかねるものがある。
まあ、銀河内や銀河間どころか銀河団も超えて超銀河団を渡ろうとする者がいるなどとは普通、誰も思わないのだが……
「彼らが望むなら、どちらかの超銀河団へ移送してやれるとは思うんだが……果たして、そういう望みを持っているかどうか? 問題は、そこなんだよなぁ」
楠見の複雑な思いを乗せ、巨大な搭載艇は目的の星系へ近づいていく……
直径5kmの搭載艇を着陸させる場所など見つからない、ということで楠見たちの乗った搭載艇はダイソン球殻天体の外側を回る軌道に固定させる。
そこから転送で地表(内側? )へ向かうのは造作もなかった。
ここは星系支配者ロドンのいる司政施設の前。
通信交渉で、ここで待って欲しいと言われたのである。
少々、待たされたが楠見らは貴賓室へと通される。
「ふう、久々の大地に根ざした建築物の中。生命体、特に人類は惑星を特別に思うんだなぁ。数十年ぶりだから、この天然重力が嬉しいよ。コリオリの力も少し感じるな……これは何かの力場操作か?」
楠見の感想に、
「宇宙暮らしが気に入っているかと思えば、やはり生命体は星を離れると寂しいものなのでしょうね。ようこそ「星系」へ」
支配者ロドンが入室してくる。
お互いが違う種族のため、少し緊張するが、それも短時間。
「おや? 発音そのものが違うので変わった種族だとは思っていましたが……樹木生命体でしたか。珍しいですね」
楠見が素直な感想を言う。
「それは褒め言葉と受け取っておきましょう、異なる超銀河団からの訪問者よ。まずは、そちらの進路を妨害したことを心から陳謝します。こちらでは、そちらを高速度のデブリとしか思っていませんでした」
ロドンからの謝辞を、
「いえ、大丈夫です。こちらには何も被害はありませんでした……しかし、宇宙航路に相当する空間に捕獲を目的とする巣を張るという行為、あまり感心できませんよ」
楠見はこう言うが、これは楠見の思い違いである。
確かに宇宙航路と言えば、そうかもしれないが、ここは超銀河団間空間である。
こんな、一種の「果てしがないと思われる宇宙の大海」に乗り出そうとする生命体が、そうそう現れるとは思えない……
楠見たちのほうが異端・異様なのだ。
「そこで、こちらからの提案なんですが……この星系ごと引っ越ししませんか?」
「な……突然に何を仰られます?! 我らを星系ごと移住させると?!」
ロドンの返答は真っ当だ。
ダイソン球殻天体を移動させるなど真っ当な思考の持ち主なら考えもしないだろう。
ロドンは、ここが宇宙の果てだと思っていた。
しかし、楠見には、まだまだ旅の途中だった。
ガルガンチュアは現在、超光速(時速にして約5000万光速)で超銀河団間空間を跳んでいる。
ただし、今回はお客様が一緒だ。
出発の数ヶ月前のこと……
「星系ごとの移住、やろうと思えば可能です。ガルガンチュアを構成する宇宙船フロンティアが主砲の副次機能として一種の超空間バリアを作り出せますので、それでそちらの星系の太陽含めたダイソン球殻天体を全て覆ってしまえば我々と同じ「超空間でも実空間でもないエリア」に入ることが可能です。後はガルガンチュアのトラクタービームで星系ごと引っ張って行けば、予定ですと100年もかからずに我々と同じ目的地の超銀河団に辿り着けます」
楠見が、この計画なら信頼性もありますし、銀河単位ですが実績もありますと説明すると、星系支配者ロドンは安心したような、そしてあまりに想像を超えた提案に複雑な表情をしながらも、
「このまま、この絶対孤独な宇宙空間で永遠に近い時を過ごすくらいなら、多少のリスクは覚悟で、そちらの提案に乗りましょう! ただし、こんな大計画を実施するにあたり、そちらの大恩に対して、こちらが返せるものが少なすぎるのですが……いっそ、星系の支配者権限をお譲り出来るなら……」
それを聞いた楠見、
「あ、お礼も何も不要です。宇宙航路の清掃も兼ねての話ですから。資源もエネルギーも今のガルガンチュアですと、もう有り余ってるくらいなんですよ。有り余ってるエネルギーで星系を引っ張るだけですから何も要りません。ちなみに、ちょっとした副作用はありますよ」
「そ、ソレは何でしょうか? 少しくらいの副作用でしたら大丈夫だと思いますが……」
「そちらの星系が時間的に凍結されてしまうんです。星系ごと移動するってのは大きな精神的負担になるようで、この計画を別銀河で実行した時には星系に住む生命体や太陽に悪影響を及ぼさないよう時間凍結させた状態で数十万から数百万光年の移動を行いました。だから超空間バリアに囲まれた瞬間、そちらの星系の時間が止まります……解除されるのは目的地に到着して超空間バリアを解除したときですね」
「そんな副作用なら大歓迎ですとも! この、永遠に続くかと思われる暗黒を100年も見続けるより、よほどマシです。ぜひとも我が民と星系を救ってもらいたい!」
と、相手の了解もとって、すぐに移住作業の実施。
とは言え星系住民の用意など何も必要なし。
星系軍が保有する宇宙船や宇宙蜘蛛(資源捕獲作業船)などを全数、ダイソン球殻天体に下ろして(?)宇宙に取り残される者や物がないようにチェックした後は……
「ガルガンチュア、発進準備。フロンティア、超空間バリア作成し、目標星系を包め。その後、ガルガンチュアのトラクタービームでガッチリと補足し、超光速航行に入る。あのクラスの大きさでも大丈夫だとは思うが、どうだ、フロンティア?」
「はい、マスター、問題ありません。過去の銀河団にて銀河衝突を回避するために使ったバリアの最大範囲の30%ほどで包めます。超光速航行に関しても全く問題ありません」
「よし、では星系ごとの移住プロジェクト始動だ。最初から飛ばすなよ、初めは、ゆっくりと……な。時間凍結してても10Gとかの加速度がかかるのは可哀想だ」
というわけで、現在に至る。
支配者ロドンはガルガンチュアで通常時間を過ごせると説明しても時間凍結される事を選んだ。
支配者は民を良きように支配するだけで、優遇されることも利益を得ることも許可されていないのだそうだ。
「まあ、これも彼らの種族的特性ってやつかな? 人類には理解できないなぁ……」
楠見が感想を漏らすと、
「キャプテン、私のような不定形生命体にとっても理解不能ですね。少し深層心理を探ってみたのですが、どうも心理的に同じみたいです……さすがと言うか何と言おうか……」
「ライムも、そう思うかい。うーん……植物型生命体なんだろうがダイソン球殻天体そのものが金属の球だったからか? 意志を持って個々に移動する樹木なんて初めて見たよ。根っこは同じって奴なのかね、名前はあるけど、ほぼ全員が同じように考えて結論を出すようだ」
「わが主、ちょっと質問が。あの特異な植物生命体種族ですが無事に隣の超銀河団へ到着してから、どうするつもりでしょうかね? 交易でもしようものなら相手の星の大地に足がついた途端、そこに根を張りそうな感じがするんですが……」
プロフェッサーの質問に楠見は苦笑しながら、
「最初は、さまざまな失敗をしつつ、生命体は成長していくものさ。彼らは高度に発達した思考も社会も、宇宙船だって持ってる。早々に慣れるだろうさ。俺達が手を貸してやれるのは、移住するところまで連れて行ってやる、それだけ。移住先でのトラブルは多少あるだろうが、仲良くやってくれることを祈るだけだ」
そんな会話をしながらガルガンチュアは超銀河団の暗闇を越えていく……
そこに待つのは、いかなる生命?
いかなる文明?
それだけは神ならぬ身のガルガンチュアクルー……
誰にも分からない……
ガルガンチュアは最高速テストを行った……
宇宙蜘蛛星系を引っ張りながら。
その結果、星系の一つや二つくらいでは、その加速も最高速も何ら影響を受けないことが判明した。
現在の四隻構成で最高速度は1億光速(時速)の数値となる。
そんな速度を持ってしても超銀河団を渡るのは時間がかかる。
超銀河団を渡るには百年かかると最初のうち楠見は冗談めかして言っていた。
しかし現実は冗談じゃ無かった……
「マスター、銀河団が見えます。ようやく、お隣の超銀河団へ到着しますよ。長かったですね、この2百年」
そう、ガルガンチュアの性能をもってしても超銀河団を渡るには二世紀の時間を要した。
クルー全員、相対的な不老の身体になっているからこそ可能な、過酷な試練は終わりを告げようとしている。
「そうか……長かったが、ついに未踏の銀河団や銀河が待っている新しい宇宙に来たわけか……どんなトラブルや事件が俺達を待ち受けていることやら……」
「わが主。それより先にトラクタービームで引っ張っている星系のことをお忘れなきように……」
「おお、そうだったそうだった。後数日もあれば新しい銀河に到着するだろうから、そこで超空間バリアを解除してから、あのダイソン球の星系を何処へ置くか、希望を聞かなくちゃな」
「主、それはいくらなんでも……一つの星系と、そこに住む生命体は気楽に扱って良いものではないと思うのだが……」
「まあまあ、ガレリア。星系を気軽に運べる環境にあればマスターとて気軽になってしまうのだ。生命体への愛の深さではマスターの右に出るものはいないと思うが」
「いやまあ、主があらゆる生命体を愛し、その苦境を救う事に生涯をかけるという行動に出ているのは理解しているつもりだが。ただ、言葉のチョイスに苛立っただけだ」
「そこまで、ガレリア。悪かったね、軽い気持ちで言ってしまった。もちろん、引っ張っている星系には万全な配慮をするつもりだ」
それから数ヶ月、ガルガンチュアと俺達クルーはダイソン球殻天体の移住に最適な星域を探して銀河中をうろつくことになる……
「感謝しますぞ、クスミ殿。あなたとガルガンチュアに出会わなければ、我々は今も暗い星のない宇宙で暮らしていただろう。この宙域は未経験だが我々も精一杯やっていきます。本当に心から感謝する。この礼をしたいのだが、あまりに大きすぎるので代償となるものが思いつかないのが情けないが」
「いえいえ、ロドン殿。あなた達が、これから長く生きていくための宙域として一番最適だと思われるものを用意したまでです。主役は、あなた達です。様々な失敗やトラブルがあるでしょうが、頑張ってください」
星系ごと移住してきたが、この宙域には付近(半径50光年内)に様々な生命体種族もあるし厄介なブラックホールやノヴァになる可能性の高い恒星系も無いし、ちょうど良い。
この銀河にポコッと空いていた宙域に、ちょうど良いピースが嵌ったということ?
ダイソン球殻天体の始末が付いたので、あちこちに派遣してた小型搭載艇の情報を改めて整理することにする。
「キャプテン、未知の超銀河団で初めての銀河です! うわー、興奮しますねー」
おーおー、ライムがはしゃいでるな。
しかし、フロンティアが渋い顔をしている……
何かトラブルを発見した?
「マスター……非常に言いにくいのですが……この銀河の主役はタンパク質生命体、つまり人類や、その派生種族ではないようです。私の意見としては、この銀河を早めに撤収して次の銀河へと向かうのが良いかと思われますが」
おや?
通常はデータを用意して根拠を示しながら丁寧な解説をするフロンティアが口ごもっている。
この銀河、何か裏がありそうだ……
フロンティアに詳細説明を求めると渋々ながら、
「言いにくいのですが、この銀河の支配体系は特殊だと思われます。ただ、超銀河団の渡航許可を出した管理者の言によると、我々のお隣である、この超銀河団では我々の常識が通用しないとのことでしたから、これが普通かも知れません。それを前提として聞いて下さい」
と話し始める。長かったので要領をかいつまむと……
1、この銀河では、いわゆる「タンパク質生命体」人類と、その類似種族は補助種族……
それどころか一部のタンパク質生命は食料扱いされているらしい(情報を集めてきた小型艇集団は実際に食べられているわけではなく、どうやら精神エネルギーを吸い取られているらしいと報告してきているようだ。生存環境は、ずいぶんと快適なように調整された惑星にあるらしい)
2、この銀河の支配種族とは俺達が引っ張ってきた植物生命体(ダイソン球殻に暮らす特殊な植物生命体)とは違って俺達の銀河団でも存在した植物生命体(通常の植物として集団で一個の巨大知性を構成するタイプ)なのだそうで。
ただし、彼らの食料として、通常の肥料だけじゃなく生命体の精神エネルギーをも必要としているために、このような支配形態になっている。
3、支配体系は複雑で頂上は植物生命体集合意識、その部下に昆虫種族があり、そのまた下に獣(獣人じゃない、人類との混血もない変身もしない、獣そのもの)
それが猿人を含む人類と亜人(獣人も不定形種族も含む)を支配しているという構図。
まあ詳細を聞かされて直接食われているわけじゃないのが理解できたが問題と言うか疑問が……
植物が、なんで精神エネルギーを欲しがるんだ?
植物って、成長にも発芽にも、でもって子孫を残す(生殖)にも精神エネルギーなんて不要。
太陽光、適度な肥料と水、それから成長に必要な一定の面積さえあるなら植物は満足する。
少なくとも俺達の銀河団(超銀河団にしても)では、そんな支配欲も精神エネルギーを貪欲に欲しがることも無い植物生命体ばかりだった……
俺達の宇宙と、この宇宙は隣同士。
相違点は多々あるだろうが、そこまで大幅に違う原因が分からない。
確かに管理者は俺達の常識が通用しない文明や生命体があるだろう、いるだろうと言ったが……
植物生命体というのは惑星規模でもベースだろう?
そこまで強欲な植物生命体が生まれる必然性?
うーむ……
分からない……
「ガルガンチュア構成の各船に。超小型・小型搭載艇を、できるだけ放出して、この銀河の食物連鎖を調査しろ。そして、できれば植物生命体がタンパク質生命体、主に人類と亜人種族の精神エネルギーを摂取する理由が知りたい。おそらく、この銀河が異質な原因は、そこにあるだろうと思われる」
さて……
雲霞のごとくガルガンチュアを取り巻く搭載艇群(こんなにあったんだ。それでも超小型と小型だけなんだが)がいなくなるのに数時間かかるだろうが、後は待つだけ。
「マスター、本当に、この銀河のトラブルシューティング、やるつもりですか? 根が深いんじゃないかと思うんですが……」
「フロンティア、トラブルはトラブルだよ。根が深かろうが時間が千年かかろうが俺達が解決できる問題なら、ぜひとも解決してやろうじゃないか。まあ俺達しか解決できないレベルなんだから、それは俺達に任されたものだと思うんだ」
そう俺達にしか解決できないのなら、それは俺達が解決してやらなくちゃ。
まずデータを集める。
それから、こんな支配体系になった原因を探り、できれば精神エネルギーの搾取を止めさせたい。
と考えていると、トリスタンが……
「クスミ様、私に考えがあるのですが」
「お、久しぶりにトリスタンが積極的になってるな。どういった提案だ?」
「はい、私の開発部門ロボットを総動員して、この銀河を調べてみたいのです」
「え? 調査用の搭載艇、出せるものは全て出してるよな。他に何を調査すると?」
「はい、それは……恒星のスペクトルを細かく調査したいなと」
「ん? 恒星のスペクトルを調査する? どういう意図をもって、そんな事を?」
「今はまだ確信はありません。ただ、銀河系を含む銀河団、あるいは元の超銀河団のデータは私の方で保管しています。この超銀河団と元の超銀河団の差異は案外基本的なところにあるのではないかと推測しまして……幸い私は研究・開発を得意としますので、こういう計測機器の開発と作成は、すぐにできますから」
「ふむ、そういうことなら許可する。トリスタン、お前のやりたいようにしてみてくれ。こんな変な支配体系と迫害を見過ごすことはできないからな」
「ふふふ、ついに私も「お前」呼びしてもらいました。フロンティアやガレリアが「お前」呼びしてもらっているのが若干、羨ましかったんですよね」
「いやいや、4隻共、どれを優遇するとか贔屓するとかは無いぞ。ただ、フロンティアとガレリアは付き合いが長いからな。フィーアだって、そのうち「お前」呼びするさ」
「呼んだ? チーフ」
「呼んでないぞ、フィーア。あ、ついでだ、この銀河の重力定数や光速度、その他の基本定数に元の超銀河団の銀河と差異はあるか?」
「あ、それなんだけど……さすがにお隣、超銀河団でも。何も定数は違ってないわよ。宇宙が同じなのに、なんでここまで違ってくるのかしらね?」
「そうか……それじゃ、相違点を見つけるのはトリスタンかも知れないな。では、トリスタン、スペクトル分析走査機を大量に作って超小型・小型搭載艇に搭載してくれないか。そうすれば、いちいち星系ごとのデータをあっちこっち飛び回って採取することもないだろう」
「分かりました、クスミ様。すぐに取り掛かります……およそ、共通時間で2日もいただけば大丈夫かと」
「お、おう、頼む。しかしまあ、優秀という言葉が意味をなさないくらいの優秀さだな、銀河団探査船シリーズってのは……」
スペクトル分析装置は超小型のものになった(超小型搭載艇に載せたいから可能な限り小さくしましたとトリスタンは言うが……小指の爪ほども無い大きさだ)ので一旦、搭載艇を全て呼び戻してスペクトル分析機を取り付けてから再度任務に送り出す。
データが集積されるのは時間がかかるが、それは仕方がない。
トラブルの原因解明と解消には拙速すぎても間違いが出る。
じっくりと構えてデータと格闘するのが実は最速のトラブルシューティング法だ……
少なくとも俺、楠見は今までそうやってきた。
まあ、この銀河で大戦争が起きているとか生命体の大虐殺が起きているとかいう事ではないので、ここは腰を落ち着けて万事円満に解決する方法をひねり出そう。
しかし、どうにも引っかかる……
俺の勘に過ぎないんだが、この支配形態、何か意味がありそうな気がする……
俺達の銀河や銀河団・超銀河団を含めても植物生命体は無数に存在した。
ここの銀河と同じく惑星どころか星系規模の巨大な集合精神となって巨大な力を振るう植物生命体もいた。
しかし、今まで出会った植物生命体の精神集合体も含めて、どの生命体や集合思考体も概して平穏と平和を望んでいた。
俺がRENZを貸与して力を増幅させた植物生命体だって事件が終わったら強力な精神力を平和のために使う事を喜んでいた。
この銀河、精神エネルギーを欲する植物生命体ってのは、どういう意図のもとにタンパク質生命体の精神エネルギーを搾取なんてやってるんだ?
彼らの平和・平穏を求める精神からは、かけ離れているように思える。
まあ、その理由も原因も、様々なデータを収集すれば……
膨大なデータは10年以上にも渡って収集することとなった。
「集まるべくして集まったデータなんだが……この量の解析は大変だな」
楠見は膨大と言えるほどのデータを目の前に、ため息を吐く。
「クスミ様、ご安心を。このくらい我々機械知性5人が集まれば……それでも瞬時とは行かないでしょうが……数日で結果と概略が出せると思いますよ」
トリスタンが言い切る。
よほど自信があるらしい。
「まあ、宇宙船頭脳体4名と、それに近い能力を持つプロフェッサーがいるからなぁ……期待してるぞ、5人共」
「「「「「まかせて下さい! 数日で解析してみせます!」」」」」
「お、おう。クインテットで同時に発声されると流石に迫力あるな……ここは、お前達に任せるとしよう。データの処理速度は、とてもじゃないがタンパク質の肉体を持つ生命体が機械知性に敵うわけがない」
さすがのメインマスター楠見も5人揃った機械知性(感情も立派に育っているので、もはや立派な機械生命体であると言えるが何故か5名とも機械知性だと言い張る。知性体だということに違いはないが、どうしても自分を生命体とは呼びたくないようだ。生命体となるとマスターの存在が鬼門になるのか? )の合唱には勝てない。
楠見は、この件は機械知性5人に任せようと決めた。
どのみちデータ解析の結果から解決法を決定するのは楠見だから。
トリスタンの予想通りデータ解析には数日、正確には5日間かかることとなった。
実際のデータ解析は3日間で終了していたのだが、それから2日、その解析結果の検証に費やされた。
「……ということで我が主。こちらがデータ解析と、その検証結果となります。興味深い、面白い結果が出ましたよ」
「よくやってくれた5人共。これを参考にトラブル対応策を練ることとする。さて、これからは俺の出番」
「主の結論が楽しみだな。数日かかりそうか?」
「いや、そこまでかからんと思うぞ、ガレリア。データが上手くまとまってるから、まる一日くらいで対応策は出せるだろう」
ということで、翌日。
「お待たせ。データの解析と検証の結果から、この銀河には俺達の銀河や銀河団に普通にある要素が極端に少ないという結論に至った。いわゆる「ミネラル分」という希元素類だな。ほんの少量で良いんだが、これが少なすぎると様々な異常行動や症状が出るようだ」
「我々、機械知性に食事は不要ですし、この船のクルーの食事には通常の生命維持に必要な元素は全て入っている食事が出されてますので影響はありませんが。マスター、銀河規模で希元素が少ないとなると、どうやって解決しますか?」
「それなんだよ、フロンティア。解決方法は簡単で特定の希元素を作り出すように調整した物質・エネルギー相互変換炉を銀河規模で量産し、その星系に送り込んでやれば良いだけ。ガルガンチュアの能力をもってすれば簡単なこと……なんだけどな……」
「あ、分かっちゃった、チーフの考えてること。それをやって良いかどうか? この銀河の生命体そのものが、そういう解決をして欲しいかどうか? ってことでしょ?」
「そうだ、フィーア。この、我々から見て異常な支配体制、しかし、これが当たり前だと当の生命体自身が思っていたとしたら……それを力づくで解決してしまうという結果になるとすれば、それを行うべきなんだろうか? 植物生命体や集合精神は、この結論に飛びつくだろうな、多分。自分たちの行動が矛盾を抱えていると言うことが分かるくらいの高度な知性はあるんだから。ただ……その下の昆虫生命体や獣達だ。階層社会をひっくり返す革命にも繋がりそうなんで大量虐殺が起きそうでね。もっと全ての生命体が円満に幸福になるという解決法は無いものだろうか?」
「ご主人様、私に提案があるんですけど」
「おや? いつになくエッタが積極的だな。普通は解決に向かって行動する時以外は、あまり物質を持つ生命体に興味がなさそうにしてるのに」
「いやですね、ご主人様。植物生命体が作り出している集合精神体は言ってみれば初歩の精神生命体です。私に無関係じゃないので、久々にやる気になってます」
「で? エッタの考える、四方円満な解決法とは?」
「つまりは、この銀河って力の強いものが上に立ってるってことなんです。弱肉強食ですわね。でしたら話は簡単……こうでしょ、あーでしょ、んでもって、こうすると……」
「言いたいことは理解した、エッタ……しかし、俺は正直なところ表舞台に出るのは好きじゃないんだが……まあ仕方ないか。新しい政治体制をつくってやらないとダメなことは確かだ……」
それからガルガンチュアの暗躍……
いや、見ようによっては侵略とも見える行動が始まる……
「な、何だ?! 何なのだ、あの巨大な物体は?! ファーストコンタクトで「我が支配下に入れ。境遇も生活も悪化しない。文明そのものも悪化することはない」などと言いながら圧倒的な防御力で、こちらの攻撃を寄せ付けず、かと言って本格的な攻撃に入ることもない……まるで、こちらが根負けすることを期待しているようではないか! ?」
少し時間を戻そう。
ここは、銀河の縁にある辺境も辺境、つまり「ど田舎」星系……
こんな星系でも植物生命体(の融合知性としての精神生命体)を頂点とする支配体制が築かれていた。
そこへ突如、何の前兆もなく星系で最も遠い星の更に外側軌道に巨大な物体が現れた。
最初、星系に棲む生命体達は、これをはぐれ遊星ではないかと結論付ける。
あまりに巨大・異形で、これが宇宙船だとは想像外だった。
しかし、突如出現した遊星は当然取るだろう予想コースを取らず、その出現ポイントに留まる。
おかしいとは思うものの惑星規模の物体に、それが知性体が造ったものだと思うはずもなく……
しかし、ここに一人だけ想像力の逞しい者がいた。
あまりに想像力逞しいとして異端扱いされていた天文学者である。
彼(支配階級ではない、支配される側の人類(亜人含む))は階級は低かったが知識層の末端にいるものとして上司に巨大物体とのコミュニケーションを取るように具申する。
彼の具申を受けた上司は最初、彼を侮蔑するように、
「これは何の冗談だ? 文学作品でもあるまいに浮遊惑星に対してコミュニケーションを試みるだと? 誰がこんなバカな意見を……待てよ……」
と、途中から考え直す。
彼は支配階級ではあるが人類よりも上の獣類に過ぎない。
上級会議でも、このところ、あの巨大物体に対する有効な手が無いと手詰まり感が大きいではないか。
この具申を俺の意見として出せば……
注目されて、あわよくば上長である昆虫生命体付きになれるチャンスかも。
「よし、この意見具申、採用しよう。ただ上級会議で発言するに際し、最下級の人類の提案と分かれば即、却下となる恐れがある。そこで提案だ。この意見、我がアイデアとして会議に提出させてもらうが良いな。まあ、お前には我が裁量で、そのうち褒美をやろう」
アイデアを思いついた当人は、それでも喜んだ。
彼にとっては支配体制は絶対のものであり、自分の意見が上司の手柄とされても文句は言えない、それどころか上司が喜ぶなら何でもやろうと思っている。
煮詰まっていた上級会議に降って湧いたような斬新な意見が出る。
最初は無駄だと言う意見が多かったが、それでも「やってみるだけのことはある」と結論が。
異形な巨大物体の至近距離に通信用の小型中継装置を飛ばして、こちらからの信号を増幅して送る計画が持ち上がり、実行される。
では計画の実行を……
と、軍部の代表でもある昆虫生命体「ハチ族女王」が威厳ある発声で目標に向かって第一声を送る。
「吾は偉大なる植物精神生命体を神といただく銀河の昆虫種族、ハチ族女王である。そちらが知性体であるならば、この呼びかけに応えよ。この星系に来た目的、何故に最遠部にとどまっておるのか説明を要求する」
通信は送ったが返信が返ってくるとは思っていなかった……
しかし。
《こちら、巨大宇宙船ガルガンチュア。通信は受け取った。この星系へ来た目的は、この星が我々の支配下に入るよう勧告するため。最遠部に留まる理由は、こちらのせいで各惑星に悪影響を与えたくないためだ。ちなみに、こちらから宇宙船の武器は使わないと宣言しよう。どれを使っても、そちらの宇宙船・衛星・惑星に悪影響を及ぼし兼ねないから。まあ、最初は、そちらからの攻撃を許そうか……そうだな、48時間ほど。そうすれば彼我の差が理解できるだろう》
え! ? 侵略……
とは少し違うようだが、それでも支配下に入れと要求してきている。
ハチ族女王は宇宙艦隊の動ける部隊全てに攻撃指令を出す。
目標は間違えようもない巨大で異形な宇宙船!
星系軍だけではなく監察目的で寄港していた中央軍の一個艦隊も参戦する。
彼らは自分達の武器が、どんな相手に対しても必殺だと思っていた……
ガルガンチュアは星系最遠部から全く動かない。
宣言通り48時間、全く攻撃は無かった……
しかし、
「艦長! 駄目です、こちらの攻撃は全く届いていません! レーザ砲もミサイルも大規模な爆撃機部隊による大型光子魚雷の集中攻撃も、かすり傷ひとつ……それどころか敵艦そのものに届いていません!」
こちら防御艦隊に増援部隊が到着して立派な迎撃艦隊となった星系軍の、数万隻にも及ぶ大艦隊を統率しているはずの、統合指揮艦にいる艦長と、その上司に当たる宇宙軍提督のいる艦橋。
つい今さっき、宇宙空間をも焦がすほどのエネルギーが荒れ狂った宙域が現在は静かなもの。
しかし、どのような攻撃手段を使用しても相手の防御バリアフィールドを貫くことなど不可能という現実に直面、無敵だと今まで思い込んでいた自軍の宇宙艦隊が子供の玩具に過ぎないと見せつけられた。
「副長……攻撃中止だ。何をやろうと、あっちに届かんのではな。提督、全軍に対する攻撃中止を進言いたします。これ以上は無駄以外の何物でもないと愚考いたします」
旗艦の艦長から意見具申が出て第二次攻撃を命令しようと思っていた提督は思い直す。
「あれだけの大攻勢にも関わらず相手が反撃すらしてこないことに恐怖を感じるよ、儂は。第二次大攻勢を命令しようと思っていたが、やめよう。というか、もうそろそろ相手の指定してきた48時間が過ぎるな。超巨大船の武器は一切、使わないと言っていたが、それでは、こちらへ向けての攻撃手段は、どうするつもりなんじゃろうか?」
艦長が答える。
「あと5秒で最初のテレパシー通信から48時間となります……今!」
その瞬間、第2のテレパシー通信が来る。
《余裕を持たせたつもりだったが、48時間じゃ足りなかったか? まあ、これ以上待っても同じようなものだから、今から攻撃隊を発進させる。とりあえずは邪魔でうっとおしいロボット艦から片付けるので生命体を載せている艦艇は前線から撤退したほうが良いぞ。こちらから狙うことはしないがロボット艦の爆発に巻き込まれて宇宙の藻屑という目に会いたくはないだろう? 》
どんな攻撃隊が来るかと思ったら……
「艦長! 救命ポッドサイズの飛翔体が超巨大船より発進された模様です。たった2隻しか確認されませんが、いかが対処しましょうか?」
艦長は救命ポッドサイズと聞いて不審がる。
「副長……あまりに小さすぎないか? ミサイル等の間違いではないか?」
「いいえ、艦長。ミサイルより小さく、我が軍の宇宙戦闘機よりも速い速度ですが、あれは乗員1名のみの超小型戦闘ポッドではないかと推測されます。とりあえず我が方の宇宙戦闘機を10機、迎撃隊として発進させましたが……あまりの性能差で迎撃どころか僚機に撃墜されそうなほど翻弄されております……あ、味方機同士の接触で4機が行動不能。残りも、どういう攻撃手段か解析不能ですが機体に故障箇所は無いのに行動不能となって宇宙を漂っております」
「相手の攻撃手段すら解析不能……どうやって対処するかも不明では、こっちが全滅するまで相手のやりたい放題だと言うこと。艦長、君の意見を聞きたいんじゃが……無条件降伏したほうが被害は少なくなるか?」
提督から意見具申を求められた艦長、
「今すぐ降伏するなら、こちらの被害は最小限となるでしょう。しかし、一回も交戦すらしてない状況では宇宙軍として出てきたプライドが……」
「そうじゃな……ロボット艦だけ攻撃すると向こうが言ってくれておるんじゃから、艦隊数が50%になったとしても交戦は、すべきなんじゃろうなぁ……」
恐ろしい数字を口にする提督だったが、その数字になっても生命体の被害は無し。
この艦隊の半数がロボット艦だという事は、生命を犠牲にすることなく宇宙艦そのものを巨大ミサイルとして相手にぶつけられるという特攻を可能とする事も意味する……
提督は大艦隊の半数を犠牲にしても相手の情報を掴めと命令しているのだ。
結果……
一時間後、宇宙艦隊は本当に半数になっていた。
エンジンを過負荷にし自爆命令を受けた古い型のロボット戦艦もあったが相手の戦闘ポッドに華麗に避けられ、すれ違いざまにエンジン部を撃ちぬかれ(通常、よほどの命中弾を数回も同一箇所に受けない限り宇宙戦艦の装甲など破れるものではない。しかし本当に一発でエンジン部の分厚い装甲板も、古くて重いが、それなりに頑丈な跳躍エンジンも撃ち抜かれ)宇宙に漂うデブリと化した。
この事態には、さすがの提督も旗艦艦長も、戦場をリアルタイムで見ていた星系軍参謀たちも各星系の支配階級にある者たちも絶望という言葉しか選択肢が無く反対なしの全会一致で無条件降伏を選んだ……
緒戦を無傷(どころか、圧倒的な恐怖すら相手方に刻みつけて)で勝利したガルガンチュアは終戦条約に調印(楠見ではなく、ここでは郷が調印式に出席した)し、
*その支配体系に口を挟まないこと
*希元素発生装置を各惑星に一台づつ設置すること(メンテナンスは不要。装置のエネルギー供給も不要だが、生命体の居住区からは安全確保として一定の距離を置く、そんな場所を要求し、設置する)
以上の項目のみ要求し、それ以上は無いと宣言する。
ただし、装置の撤廃や破壊等が試みられた場合、哀しい事態が起きるので承知してくれと言い残して去ろうとする郷に、
「え? 支配権の確認だとか、抵抗運動の監視組織だとか、様々な事はどうするんですか?」
と、星系代表たち。
郷は、こう言い放ったという……
「そんなこと、こちらは関与しません。抵抗運動? まっとうな社会と政治組織があるなら、そんなものは芽が出るか出ないかのうちに社会が摘んでしまうはずです。無くならないのであれば、根本的な問題があるってことでしょうね。では!」
例によってデータチップが渡され……
なかった、今回は。
もう、ガルガンチュアからの技術データが無くても跳躍航法は実現されていたし、植物生命体としての巨大な意識体は、各惑星の災害救助や危機管理を実現していたからだ。
ガルガンチュアは次の星系に向かう。
「さて。もう集合意識たる植物生命体は、この戦争の意義と役目を知っているはずだから、さっさと、その他の生命体たちに救いを与えに行こうかね」
軽く言い放つ楠見。
「主……あなたは銀河を救う計画を実行するのに、なぜ、悪役の真似をするのか? 普通に説明して希元素発生装置を置かせてもらえば済む話じゃないか」
ガレリアが不満を漏らす。
まあ、今回の作戦に不満があるのは、楠見以外の全員のようだが。
楠見は、仕方がないなぁ、とでも言いたげな表情を見せ、説明する。
「性急だとは思う。しかし、これは必要な作戦だ。第一、ここの最上位にある植物生命体の集合意識は賛成している。ただ、彼らのテレパシー能力は弱すぎて、支配下にある獣や昆虫たちとのコミュニケーションが全面的には不可能なんだそうだ。集合意識とコンタクトして話し合ったんだが、種族的に弱肉強食だから圧倒的な武力を見せつければ話は早いだろうってのが結論だったよ」
フロンティアが疑問を口にする。
「テレパシー能力が弱い? 支配者として最高位なのに、どういうことです? それこそ、こちらからRENZを供給すれば良いのでは?」
「ああ、説明が足りなかった。集合意識ってのはリアルな肉体を持たないんだ。だからRENZは対象外。ちなみに集合意識は一種の神として崇められているので、一部の受信能力の強いテレパスが巫女の役目をして言葉を伝えているらしいね」
宗教ってのは厄介なものだよと、楠見はため息混じりに語るのだった……
(ちなみに銀河系やアンドロメダを含めた汎銀河同盟内部で一部だが楠見の名が宗教的な情熱をもって語られていることはガルガンチュアでは知られていない。知らないほうが幸せな事実というものは、たしかに存在する……)
続いて、他の星系にも宣戦布告の通信を送り、さぞかし激戦になるだろうと予想していたら……
「何? 何なんですか、この事態。宣戦布告した途端、対象星系だけじゃなく隣接星系どころか周辺星系全てが無条件降伏して来るって……よほど、前の戦いが印象に残ったみたいですね、師匠」
意外ではあったが予想していたことではあったので比較的落ち着いている郷が、楠見に向かって言う。
楠見は苦笑しながらも、
「あまりに一方的に勝ってしまったからか、この事態の原因は多分それだろう。数万隻の宇宙艦隊に対して圧倒してしまったんだからなぁ……しかし、計画が早まるだけで、こっちにとっちゃ悪いことなど無いんだから、早速、希元素発生装置を置かせてもらうとするか。条件は最初と同じでね、郷……よろしく」
「師匠ぉー……この頃、出不精になってません?」
「仕方がないだろ、ここの生命体たち、テレパシー受信に対して抵抗性というか何というか、あまりに強いテレパシー波を受信できない脆弱な精神しか持ってないことが確認されたんだから。最初の宣戦布告と戦闘開始のテレパシーなんか、俺のテレパシー能力の半分以下でしか発信できなかったんだぞ。俺が彼らの目前に現れたら……数人は精神が崩壊するんじゃないか?」
「はぁ……分かりましたよ、師匠。この銀河じゃ、俺がガルガンチュア代表として動くことが確定なんですね。やってやりますって。でも、ライムさんとエッタさんはお借りしますよ……人員が足りないんです、これだけの星系が全面降伏の通信を送ってくると」
「ああ、それはかまわない。エッタ、ライム、よろしく頼むよ。必要ならフロンティア頭脳体たちも動けるが、どうする?」
「ご主人様、あたしたち二人が動けば大丈夫かと思います。この数なら……二週間ってところでしょうかね」
エッタが答える。
ライムも、うなずく。
「それじゃ三人とも、よろしく。まあ、やることは前の星系と一緒だ、失敗することもないだろうし……君らは優秀だし、な」
楠見は言外に、丸投げするからね、と言っているのだが、そこは長い付き合い。
やることは分かっているので、この三名が間違えることはない。
二週間と言っていたが現実には十日ほどで、周辺星系に希元素発生装置が送られ、設置が決定する。
超巨大宇宙船の中は巨大工場でもある。
またたく間に、大きさ数十mの希元素発生装置が組み立てられていくのは壮観とも言える。
完成した希元素発生装置は中型搭載艇に積まれ、目標星系へと送り出されていく。
さすがに、この作業は数日では終わらず数ヶ月を必要とした……
ガルガンチュアの方の能力不足ではない、相手の星系での設置に関する諸事情が時間を食った。
これを繰り返して、ガルガンチュアは銀河を制覇(? )していく……
ようやくガルガンチュアの進撃が停止したのは100年後……
「ひー! ようやく終わりましたよ、師匠ぉ。疲れました……途中で見つけた温泉惑星にでも寄って骨休みしたいんですけどねー、要望と言うより要請ですよ!」
「ご苦労さま、郷、エッタ、ライム。とりあえず、休んでくれ。もう少し、この銀河の様子を観察してから、温泉惑星でしばらく休暇と行くか」
オー! やったー! ばんざーい!
などと声が上がる……
なぜか、ロボット組も混ざってるが……
希元素発生装置は、劇的に事態を変えることはなかったが、徐々に植物生命体が人類に対して精神エネルギーを要求するようなことはなくなり、集合意識体としても矛盾の解消につながるので、より銀河内は平和に、安定していった。
面白いことに、植物生命体が人類に生贄のようなものを要求しなくなると、被差別民のような立場の者たちがなくなり、階級で身分を分ける意味が無くなってしまった……
とはいえ階級が無くなるには長い長い年月が必要だったが……
ここで、この銀河の生命体も(集合意識体すら)知らなかった事が一つだけある。
植物生命体に精神エネルギーを吸われていた人間たちは実は潜在的なエスパーであった。
彼らの精神エネルギーが大きかったからこそ植物生命体たちが好んでしまったのだ。
潜在エスパーたちが人口の、ほんの一部だったことも原因だっただろうが、そういった理由で、この銀河では今までエスパーの育つ余地がなかった。
しかし、ガルガンチュアのおかげで潜在的なエスパーたちが救われ、この銀河に強力なエスパーが生まれる余地が出てくる。
それは長い長い年月、世紀で数えた方が早いものだろうが、じわじわと増えていく……
当のガルガンチュアでは、そんな事は毛頭、考えてもいないのはまちがいなかったろうが。
銀河は、また一つ明るい未来を形作っていく……