第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第四十三話 脳筋の銀河(笑)
稲葉小僧
ガルガンチュアは奇妙な文明発達段階の銀河へ来た……
いや、言葉を変えよう。
地球(太陽系文明)の遥かな過去に来たような既視感を憶えるような文明段階が、それでも銀河の範囲で広がっていた……
「どう思う? プロフェッサー……技術段階は確実に宇宙文明段階ではあるんだが……なんだぁ? こりゃ……」
「私も混乱してますよ、我が主。まあ、何と言いますか、根性論とか脳筋とか、こういう思想や個人の感想で言われることなんでしょうけれど実際に銀河規模で、こういう大昔と言っても良い肉体言語を主としてる文明があったとは。思考機械の身ですが本当に現実か? とか言いたくなります」
そうだよなぁ……
俺も趣味のビブリオファイルで、こういう趣旨のアニメやらドラマ(特撮有り無し)を見てきたものなんだが。
これは、あれだな……
もしも、地球での日本エリア(地球には国家という小単位は無くなって久しいので便宜上、エリアで呼ぶ。中華エリアとかアジアエリアとか、日本エリアとかヨーロッパエリアとか、アメリカ大陸エリアとか……そうだ、俺が地球にいた頃には南極大陸も開発対象になって久しくて子供の頃には「南極エリア」なんてのが新語登録されたっけ)が遥かな過去に世界大戦に負けず、日本国とならなかったら、あるいは、こんな歪とも言い得る文明になってたかも知れないな。
「えーっと……こりゃ、トラブルとかいうレベルのものじゃないが俺達が過去に見てきた文明とは違いすぎている。そこで提案なんだが。この銀河、少しばかり面白そうなんだよ。だから、ガルガンチュアは探知不能な巨星近傍へでも隠して、数10年ばかし各自で、この銀河を見て回らないか? ライムとか格闘技が好きだから、良いんじゃないかな?」
「はい、キャプテンの言われる通り、すっごく面白そうだと思います。無名の格闘家として星に降りて、そこの格闘界を制覇するのも面白いかな?」
「ははは、物騒だな。うーん、反対者はいないようだから、しばらくこの銀河へ滞在しようか。各自、自由行動とするが……ガルガンチュア頭脳体の各自は……ふむ、船体のチェックと調整が必要か。では、合体解除の必要な作業も許可するから、この際、徹底的な調整とチェックをしておいてくれ。あ、少しばかりの改造や増設くらいなら大丈夫だから、エネルギー炉の調整も頼むよ」
「ちなみに私は、我が主とともに行動しますよ、念の為」
やっぱり、プロフェッサーはついてくるか……
まあ、仕方がないけど。
ってなわけで、奇妙な文明段階の銀河での暮らしがはじまる……
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とある星での会話。
「おい、聞いたか? 先月に他の星から来た女格闘家の話」
「ああ、聞いた聞いた。この星に来て一月も経ってないのに、もう女子格闘技の新しい団体を興したんだって? 腕に覚えのある女子格闘家だけじゃなく、男も入団してるらしいじゃないか」
「それなんだがな、どうも、新興団体だと舐めてかかった奴らが送り込んだ腕に覚えのある中堅クラスが、そこの団体の総帥に、ことごとくやられてるんだとよ。で、面白いことに、その団体、総合格闘技と銘打ってるんだが投げ技主体らしいんだわ」
「へー、そりゃ珍しい。寝技主体とか、立技からマウント、そしてフルボッコってやつが主流なのに古い投げ技主体とはね」
「いや、それがな……ここだけの話なんだが、そこの投げ技、躱しも防御も無理なんだってよ。あそこへ入門してる先輩に話を聞いたんだが先輩も舐めてたらしいんだわ、最初。で、総帥自ら立ち会ってくれたんだが、いつの間にかマットに沈んでたらしい。自分でなにかの技を極められたって記憶はないとさ。今じゃ、その先輩、総帥に心酔してるんだよ」
ほー、へぇ、とか様々な感想が上がるが、まだまだ弱小団体の話。
しかし、数年後には、その星で一大勢力を築き上げていく……
違う星での居酒屋での雑談。
「いやー、この前の格闘技最前線、面白かったねー。飛び入りの新人さんが連続優勝のチャンピオンを下しちゃうってハプニング!」
「あ、あの番組ですけどね。通常は録画で修正入るんですが、あの時だけは生放送でやってたらしいです。スタッフも驚きで、主催してた団体がCMスポンサーだったこともあって今は番組が続くかどうかって話が上層部で真剣に会議されてるんですって。政治絡みの格闘団体だから、ややこしいらしいですよ」
「でも、あの飛び入り優勝が他局で話題になって、格闘番組立ち上げるって話も聞いてますけど……あれは凄かったですよねー、相手の技を寸前で避ける、避ける! でもって、残り30秒を切ったところで一撃KO! 打撃系だけじゃなく、柔術や合気道系の流派も関心持ってるらしいですよ」
ここでも新しい流派と道場の話。
数年後、大道場となって宇宙にその名を轟かすのは言うまでもない。
さて、これもまた、違う星での話。
「おい、聞いたかよ、新しい格闘技団体の話」
「聞いた聞いた、全く新しいコンセプトなんだって? 防御、避けと躱し、そして攻撃と、どれもこれも今までの格闘技とはレベルというか次元が違うってやつらしいな。新しい格闘技を求めてたメディアは飛びついたらしいが、実はメディアには乗らないことが決定したらしいぞ」
「おお、その話は聞いたんだが何故? 凶器隠したり、やらせみたいなシナリオ有りのメディア寄りだってんなら、なおさらメディア向きだろ?」
「俺な、従兄弟にメディア関係のやつがいるんで聞いてみたんだよ……とりあえず、これオフレコな。ここだけの話で、他には漏らすなよ……実はメディアのカメラが追い切れなかったんだとさ……おい、何だその目は? 当人から聞いた話だから間違いないぞ。他の道場生は、しっかりと追えたんだが師範代と道場主だけは、その技をカメラに捉えきれなかったらしいんだよ、これが……信じられるか? ハイスピードカメラでも無理だったんだとよ。ただ、こんなの普通に嘘だと言われるからメディアじゃ交渉決裂って流してるらしいがね」
とりあえず、この銀河で3つの格闘技団体が宇宙から帰ってきた(と、当人たちは言っている)道場主により立ち上がった……
これより、この銀河で巻き起こる格闘技大戦とも言えるバトルが静かに始まろうとしていた……
投げ主体の格闘技団体が起こった星をAとしよう。
避け技主体、一撃必殺の格闘技の星をB、
防御、回避、攻撃の全てが通常格闘技の次元を超える団体の星をCとしよう。
まずはAから。
投げ技主体と言うことで最初は総合格闘技や打撃系格闘技からは馬鹿にされていたが、腕に覚えのあるミドルクラス、あるいは実力者と言われる団体からの腕試し目的(早期に潰せれば、それでよしの意味も含めて)で送り込まれた刺客たちを全て返り討ち&入門者と化してしまい、数ヶ月後、あらゆる格闘技団体から要注意の印を押される事になる。
ちなみに、メディア受けしそうなので、この新団体が開催する格闘技トーナメント戦は注目となり、思いの外、視聴率が良かったと言う(きれいに投げられる相手を写すカメラだったが、投げる瞬間だけはどうやっても写せないということでデータ加工で何とかなった……リアルな試合は中継できないと分かっただけでも良かったとはメディアのプロデューサーの言)
数年後、新しい入門者が入ってきた。
古流柔術の関係を修行してきたが不満があるため、ここの門を叩いたのこと。
彼の実力も高かったが、その修行も厳しく、メキメキと力をつけていった。
彼は投げ技に固執するところが有り、道場主の技を覚えたいと心から希望していたが、どうしても奥義としての「見えない(存在しない)角度への投げ」は体得することができなかった……
しかし、彼独自の投げ技「槍岳落とし」という文字通りの必殺技(これも受身不可能)を編み出し、流派四天王の一人として様々な大会で優勝していった……
その名を、
「武蔵山次郎」
という……
次は、避けと一撃のB。
流派としての特徴は「スピード命!」
ともかく人間業とは思えぬスピードと反射神経、第六感まで使い相手の攻撃(徒手はもちろん刀剣や棍、暗器は当然のこと果ては直近から放たれる矢まで含めて)を避ける、避ける。
相手が刀折れ矢は尽き、疲労困憊で立っているのもやっとという状態になったとき、ただ一撃で相手の息の根を止めるというのが理想という武術を目指すのが道場主の教え。
入門者は多数いたが、半月経たぬうちに九割のものが道場を去っていく。
道場での教えは簡単「相手の拳や剣より早く動いて躱し、急所に必殺の一撃を打ち込むだけで、相手は倒れる」
言うは易し、実現するは至難。
ともかく、練習生は道場主の動きを目指して練習に打ち込むのだが、とてもじゃないが到達できるレベルにならない。
例えるなら、地球で言う肉食獣のチータの動きを数倍した早さを想像すると良い。
人間の肉体限界を超えるものを数秒間維持するのが、この流派の目指すもの……
入門後一年も経たぬうち99%の道場生が辞めていくが、一握りは残っていき、そこの少数グループは人間を超える修行に励む。
ここにも数年後、異端児にして天才が現れる。
入門後一年も経たぬうち、人を超える先輩たちに追いつき追い越し、数年後には道場主と一対一で手合わせできるまでになる。
当然、様々な格闘技大会へ参加し、これも秒殺で優勝する。
彼は、その優勝歴を背負って、地球で言う拳闘の世界へも乗り込む。
ひょろりとした痩せ型でありながら、重量別の世界を(最軽量から上がっていき)最重量の世界タイトルまで奪取する。
その星の中では、敵うものがいない彼の名を、
「ハイヤット・ジーゲン」
と言った……
最後はC。
あまりに高い理想を追い求めるその武術体系のため、ある程度の他流武術を修めたものしか入門を許されず、基本修行からして「地獄の一丁目」と噂される。
ここで有段者と認められるためには、例えば徒手空拳で深山に分け入り一年後に意気揚々と山を降りてくるようなレベルが必要とされるという、まことしやかな噂が飛んだ。
実際、有段者でない練習生が道場主の許可を得て他の格闘技大会に出場すると、いとも簡単に優勝してしまうので他の格闘技団体から苦情を山ほどもらうこととなり、この道場生には通常の格闘技大会への出場は禁止とされたほどである。
この狭き門へも一人の鬼、格闘技の天才が入門することとなる。
道場設立から数年後、ふらりと道場前に現れた青年は腕試しをしたいと申し入れる。
師範代とやりたいと言う青年に、いくらなんでも死んでしまうから、まずは有段者との試合を、ということで希望者が数人、青年と立ち会うこととなる。
驚いたことに青年の実力は本物で有段者が二人ほど敗北した。
師範代が立ち青年と試合うが、やはり実力的に隔絶。
青年は一撃も入れられずに敗北する。
そこで諦めずに青年はそれからも数度、ふらっと訪れては試合を申し込み、その度、師範代に沈められる。
最初の試合から数年経った頃、師範代に突きを入れられ意識を失う寸前、青年は無意識状態で師範代に蹴りを入れることに成功する。
威力としては弱いものだったが有段者連中が十人がかりでも技を入れられなかった師範代に初めて技を決めたのが青年だった。
道場の隣部屋で意識を取り戻した青年は道場主より入門を勧められ、正式に入門することとなる。
師範代と互角にやりあえるようになるまで三年もかからず、青年は二人目の師範代として免許皆伝を得ることとなる。
この青年には逸話が有る。
町を歩いていたら、ちょうど刃物を持った無差別殺人傷害犯が人質をとって一軒の家に立て篭もった場面に遭遇。
青年は警官たちの静止にも耳を貸さず、普通にドアの前に歩いていき、呼び鈴を鳴らす。
あまりに普通に行動する青年に犯人も思わずドアを開け……
一瞬の後、手足を砕かれた犯人がドアの前に転がっていたという。
あまりの手際の良さに警官隊もあっけにとられる中、青年は静かに歩き去っていった。
有名な道場なので彼の顔を覚えていた野次馬がおり、彼は後に感謝状を受け取るが……
その時の一言は、
「普通の人間は、つまらん。あまりに弱い。気をつけないと潰してしまいそうになる」
だったという。
彼の名を、
「リョー・カクザ」
と言った……
これより数年後、一つの星には収まらなくなった三流派が、他の星を巻き込み、大格闘技バトル時代の大きな波を造っていくこととなる……
Aの星を中心とした星系は、じわじわとだったが、投げ技中心の格闘技文化が育っていった。
Bの星を中心とした星系は、Aよりも遅くはあったが回避と一撃の格闘技文化が中心となっていった。
問題は、Cの星を中心とした星系。
こちらの要求する最低基準の入門レベルが、あきらかにAやBより高すぎるのだ。
確かにAもBも、ほとんど一般人の運動能力や、趣味で格闘技やるなどというレベルの入門者が合格できるレベルではないが、それでも数十人に一人くらいなら、まだ入門できる基準だった(これは、この銀河に格闘技の文化があったからこその、高度な肉体能力を持つ一般人というべきだ。銀河系のレベルで言うと、通常の素人やアマチュア格闘家など歯牙にもかけないレベルの一般人ばかりなのが、この銀河の特徴である)
しかしながら、Cの入門者に要求されるのは、最低でも、一対一の状況で素手で野生のヒグマ(そっくりのヒーグマと呼ばれる猛獣。通常は銃器を持った十名ほどの人数で狩る)を倒すくらいの実力だ。
これが最低なら有段者って?
まあ歩く兵器(実力を、Cの流派では武器程度で示す。入門者は、なまくら包丁。級を取るにつれて上がっていき、一級が刀剣。有段者で小銃。師範代ともなれば戦車と言われる。道場主は? もはや戦略級の破壊兵器と門弟たちからは呼ばれるが、道場主そのものは何の名称も名乗っていない)
上のような理由で、Cが星系に流派として育っていくのは至難の業だった。
いきおい、その上澄みだけを教える「まがいもの流派」も、ここだけ多かった。
ただし、道場主は、まがいものを殲滅しようとする弟子たちを諌め、
「エキスだけでも教えられるなら、それはそれで良いでしょう。本当に才能の有る者は、どこにいても分かるのですから……そういう時には、我が流派へ誘えば良いだけのことです」
ぬるま湯に浸かった状態で満足するものがいるのだとは頭から思っていない道場主に、呆れ返る門弟。
まあしかし、そのおかげで人間を超えるものたちだけのC星が出来上がること無く、格闘文化が様々に花開いていくのだから、何が幸いなのか分からない。
ちなみにA星系では、格闘技の他に「空中を舞う」というスポーツが、なぜか知らないが流行ることとなる。
投げ技主体ということで、門弟の一人が「見た目が派手な、空中へ投げ上げる技のほうが受けるかな?」とか思ったとか思わなかったとか言われるのが最初だったと、噂ではあるが……
二人一組で行う特殊なスポーツというのか……
投げ役が、もう一人を空中高く投げ上げて、その空中にいる数秒間に、どれだけの演技ができるか競うって競技にまで発展した。
スピンで十六回転、前転で5回転、スピンと回転の複合技まで行うやつも出現し、格闘技とは違うファン層も獲得していくのだったが……
「どっせーい!」
今日も、武蔵山次郎のダミ声と共に、道場のマット部に叩きつけられて失神する道場生たちの姿が見える。
槍岳落としに、受け身は無いと豪語するだけあって、未だかつて、この技を凌いだものはいない。
「ふん、門下生も他の流派も投げ飽きたのぅ。もっともっと、凄い勝負がしたいもんじゃ」
この言葉が現実化するのは、もう少し先のこととなる……
Cの星系の中にある星の一つ。
そこに、体が弱いゆえに幼い頃からイジメの対象となっていた者が一人……
通常なら陰湿なイジメとか受けそうなものだが、体育会系の雰囲気が濃密すぎるほどに空気と混ざっているような社会の星だったから、そのイジメは直接的なものになっていく。
生まれつきの体力が少ないなら、努力して鍛えれば?
とか言うのは、無責任な第三者の言うこと。
当人にとっちゃ生きるか死ぬかの選択すらしかねない状況だった……
ある一点までは。
それは、とある何でも無い日常の一幕。
「もう、やめてよー、お願いだからー。僕に、これは無理なんだってばー」
当人は割と必死で懇願してるようだ。
しかし、いじめっ子たちが課そうとしてるのは彼らが普通にしてる遊びの一環……
高さが2mのバーを高跳びで越えろということ。
通常の子供なら十歳でも軽々と飛び越えるだろう高さ(あくまで、体力が第一の社会だからだ。地球上では普通じゃない)だが、その子には遥かな高みに有る棒としか思えない。
何回もチャレンジするが、その度に自分の体力、体術のレベルの低さを思い知らされる。
数十回チャレンジして、その子は地面に倒れ込む。
「おい、どうした。もっと足を上げないと跳べないぞ。まあ、その前に走るのが遅すぎるんで、そこから頑張らなきゃいけないがな」
キャハハハ、と無神経な笑顔が溢れる。
子供は残酷……
常識とかマナーとかを覚える前段階では容赦のない言葉の暴力(と共に、殴る蹴るの行為も当然として)を対象となる相手に投げつける。
ここで反撃してくるようなら自分と同じレベルだと受け入れてしまうのだが、弱い個体には、より一層の暴力を加えることとなる。
今日も今日とて一人の子供が日常のイジメを受けて泣きながら、疲れ果てた体を起こそうとしている。
体力も尽き果てて、体を起こすにも苦労しているのに苛ついたのか、いじめっ子たちの数人は、
「おら、早く起きろよ。何やってんだ、休んでるんじゃないぞ、お前がしっかりしないと俺達のクラスが馬鹿にされるんだ」
と言いながら倒れている子に蹴りを入れる。
ただでさえ疲れ果てて体力も尽きているのに暴力まで受けて、その子はとうとう、気を失ってしまう。
「おい、どうした? 早く起きろ、起きろってんだ! ……あれ? こいつ、気を失ってるぞ……俺、しーらない! お前がやりすぎたからだぞー、しーらない! しーらない!」
数人がかりでイジメていた子供らは、ささっと逃げていく。
介抱するとか、助けるとかいう意識はまったくないのが子供の無慈悲さだ。
数分後、近くを通りかかった人物に、この子は発見されることとなる……
この時が、この子の人生を救う瞬間だったと言えよう。
「おい、しっかりしろ……生きてはいるようだが起き上がれないほどに疲れているようだな……仕方がない、とりあえず道場に連れて行くとするか。目を覚ませば自宅に連絡する事もできるだろう」
気を失っている子供を背負い、中肉中背の男は軽々と歩いていく。
一歩々々は速くないように見えるが全体的にみると走っているような、いわゆる武道家の動きが顕著に見える。
男が入っていったのは最近話題の道場。
男は、おかえりなさい! と声をかける門弟たちの声に返答しながら、
「ちょっと、男の子が気を失ってたから拾ってきた。寝床をとってくれ。しばらく寝てれば気がつくだろう。そしたら親御さんへ連絡とってくれ」
と指示をあたえて、子供をおぶって奥へ行く。
寝床へ子供を寝かせて、男は道場へ……
その前に道着に着替えてはいるが。
「師匠、あんな子供、うちの道場じゃ基本練習もできないでしょうに。あまりに要求が高すぎて、家の道場に入門するには何かの流派で黒帯持ってるのが最低限だって規則が有るでしょう」
「うーん、それはそうなんだがな……ちょいと試してみたいことが有るんだよ。こいつが成功すれば、家の流派の入門レベルが、かなり低くなると思うんだ。それと……かなり面白い付録がつくかも、だよ?」
師範代と男との会話は、そこで終了する。
二人揃って道場へ出ると、ただでさえ熱気がこもっていた道場内に、あらたに緊張の糸が張り詰める。
「師匠、師範代! 今日の指導、よろしくおねがいします!」
入門者の初心者クラスを指導していた中級クラスの門弟が、声をかける。
二人の男たちは割と広めの道場を見回り、稽古のやり方を修正したり、動きの硬い初心者へアドバイスしていたりする。
1時間ほど指導が続き、休憩となる。
そこからは、師匠と呼ばれる男と師範代と呼ばれる男の組手がはじまる。
「目がついていけるまで、おふた方の動きを追えよ! 見ものだからな……どこまで追えるか、それが自分のレベルだと思え」
声をかけたのは、約3年前に入門してきた天才児。
しかし、この組手を最後まで追える能力までには届いていない。
ゆっくりと、技の応酬が始まった……
突き、蹴り、手刀が、スローモーションのようなレベルでやりとりされる。
だんだんと、その動きが速められていくが、まだまだ目が追える。
動きに音が入るようになっていく……
ブン! ビュッ! ゴッ! シュッ!
一つ一つの音が、いつしかまとめられた音に聞こえてくるようになり、ビュシュ! ゴワシャ! と。
そして、数十分後……
疲れも見せずに技の出し合いとさばき合いを繰り返しているだろう二人は、手足の動きが常人の目では追えないレベルにまで達していた。
発せられる音も、人間の出せる音のレベルでは無くなってきている……
キン! とか、シュン! とか……
一時間も経っただろうか。
軽く汗をかいた程度で組手が終了したが、それを見ていた周りの者には、とてつもない濃い時間となっていたようで、あちこちで止めていた息を吐く音が発せられる。
「今日も遥かなる高み、拝見させていただきまして、ありがとうございました!」
例の天才児も、声もなく眺めていた一人であった……
少なくとも最終10分間は全く見えていなかった。
そして、終わった後で組手を行っていた二人の倍以上の汗をかいていた事に気付くのだった。
「門弟のみんなも、練習を続けていけば、この高みに届くからね。精進、忘れるべからず、だ」
最後にひと声かけて、師範代に後は任せたとでも言わんばかりに男は席を立ち、寝ている少年のもとへ向かう。
「気がついたか?」
何で、こんなとこに寝てるんだろ?
の表情を見て取った男は、ここへ連れてきた経緯を語る。
「ご迷惑、おかけしました。もう大丈夫です。家に帰ります……あ、痛たたた……」
立ち上がろうとした少年だったが、通常の疲労から大きくかけ離れた負荷を負った筋肉や神経は、内出血を起こすくらいにダメージを負っていた。
全身に力が入らず、手足も痛みで満足に動かせない少年に男は優しく声をかける。
「そのまま、そのまま。連絡先を教えてくれれば、こちらから君の家に連絡してあげよう。親御さんが迎えに来たら、少しお話したい事も有るんでね」
この瞬間、少年の未来が決定的に変わった……
少年の両親が道場へ。
「息子さんを当道場へ迎え入れたいと思っています」
館長、師範、師匠、どれで呼ばれようとも男の価値も地位も実力も揺るがない……
男の発言に、父親は心配そうに、
「息子は生まれつき体が弱いんです。地元の体育会系のスポーツクラブに入れてみたんですが最初の筋力アップメニューでへばってしまい、後が続かないんです。ここは、噂によると普通の格闘家でも音を上げて逃げ帰るって聞いてますが……うちの息子が入門しても大丈夫なんでしょうか?」
入門時点で、この道場は地獄に近い特訓を日常とする。
入門から数日で半数が去っていくのも当たり前の地獄部屋に、小うさぎのような体力しか無い少年が入って大丈夫なのか?
しかし、男の回答は明るく明快だった。
「大丈夫ですよ、この子には専用のトレーニングメニューで対応しますから。肉体的な負荷は大したものにならない予定です」
父親は、その答えに満足したが、母親が反対する。
この子は優しくて、他人を殴れるような性格じゃないんです!
とか、ちょっと保護欲出すぎじゃないか? とか思うんだが……
「大元の性格は変わらないでしょうが、いざというときに大事なものを守れる強さは持っておいて損はないと思います。この子は通常のトレーニングとは少し違った形で育てていきたいんですよ」
厳しい修行は無いと分かり、母親も納得する。
それから、少年用の特別メニューが用意され……
「先生、じゃなかった、師匠。僕だけ道場じゃなくて……何です、ここ? 研究室か実験室のような……」
「君に普通の修行や訓練メニューは無理なんで、まずは頭脳を鍛える。反応速度や大脳・小脳の信号経路の整理とか……まあ、体の前に頭脳を鍛えるってことだよ」
少年に男の言っていることが理解できたとは思えないが、とりあえず納得して目の前の装置? に入る。
「リラックスしてくれて良いぞ。眠くなったら寝ても良い。これから数ヶ月は道場じゃなくて、この装置に数時間かかってもらう。その後、道場でのトレーニングメニューとなる予定だ」
装置のスイッチを入れる男。
小さなLEDが様々な色に輝き、少年を夢心地へと誘う。
数分後、少年は眠りに落ちる。
「さて……教育機械のプログラムを肉体制御用にしてみたが、まあ、大元が地球の佐官将官用の訓練メニューだからなぁ……初心者向けに易しくしてみたが、どこまで効果が有るのやら……DNA的には始祖種族の血を引くってことで地球人と変わらない同種族のはずなんだがなぁ……」
男は呟く……
男(楠見)の実験は続く……
(ちなみに安全係数は最大限にとってあり被験者の少年にダメージを与えることは無いとフロンティアが保証している)
が、これが少し予定と違う結果になったのは後に判明することとなる……
少年が道場へ通い始めて半年ほど経った……
相変わらず、少年は教育機械にかかる時間のほうが長く、道場でのトレーニングは一時間も組まれていない。
しかし、その日は少し、周りの目が違っていた……
それは、いつものように師範代と師範が稽古の最終段階として組手を行っていた時。
「俺の目が追いつかないのは悔しいですね。俺もずいぶん、鍛えられたと思うんですが、まだまだ師範代と師範には追いつけないようです」
格闘技の天才とまで言われた青年、未だに二人の組手の最終局面のやり取りは見えないようだ……
まあ、それより前に大半の道場生が見えなくなっているので、青年が他の道場生から頭一つは超えているのも確かなのだが。
しかし、ここで別メニューでトレーニングしていると噂の少年が、ぼそっと呟くのが聞こえた……
「あれ? 僕には全部見えてたけど……師範代が最後に素早い突きを師範に入れようとして、返し技で鳩尾へ肘を打ち込まれる寸前で止めて、それで終わったんだよね……」
青年は小さな声だが少年の呟きを聞き逃さなかった。
「おい、後輩! 見えてたってのか、あのやり取りが最後まで」
青年は真剣に聞いているつもりなのだが、顔が怖すぎた……
思わず後退る少年に恐怖を見て、青年は「やっちまった!」と後悔する。
「すまんな、後輩。思わず知らず、真剣になってしまった。少し聞きたいことが有るんだが、いいか?」
無理して笑顔を作る青年。
一瞬前に恐怖を感じた少年は、その無理やりな作り笑顔に、思わず笑ってしまう。
しかし、先輩が真剣に聞いてるんだと思い直し、
「はい、先輩、最初から最後までお二人のやり取りが見えていました。中盤から素早くなりましたが、技は全て見えてましたよ」
それを聞いて、青年含めた周りから、おおっ?! という疑問含んだ叫びのような声が上がる。
「それじゃ、もし自分が師範代や師範の相手となるなら、どう動いて、どう仕掛けて返すか理解できるか?」
道場生を代表するような形で、先輩たる青年が少年に問いかける。
少年は少し考えて……
「はい、先輩。動きは見えてますので最適な動きや技の仕掛け、返し技などは分かります。でも、僕の体がついて行けないでしょうから、お二人の相手は僕には無理ですね……相手をしても多分、最初の数分で気絶します」
正直に答える。
青年含めた道場生は、その答えに納得するが……
「面白い事になったな。こういうトレーニングも有りということか」
「師匠、面白がってる場合じゃありませんよ。頭が発達しすぎて身体が付いてこれなくなってるじゃないですか。どうするんです? あのままじゃ、あの少年は頭の中にいる理想の自分と現実の自分の、あまりの差に絶望しますよ」
「いやいや、そうでもないと思うぞ、ゴウ。あの二人の会話からも少年が自分の状態を的確に把握していることが分かる。これは、ひょっとすると、ひょっとするかも知れんぞ……」
「なんですか師匠、その何か起きそうな、それを期待して楽しんでるような言い草は。まったく、師匠は、とんでもないことを楽しんだり面白がったりするんだからなぁ、まったく!」
「ふふふ、まあ、後数ヶ月だ。それ以降は、この道場のトレーニングメニューが全面的に変わるかも知れんよ?」
ニヤリと笑った師範。
何かを企んだ、ちょい黒の笑顔であった……
れから、また数ヶ月後……
道場で通常の稽古メニューに励む少年の姿があった。
「うわぁ、見える! 次の技まで見える! すごい、すごいです、先生!」
組手稽古なので相手に当てる技は全て禁じられているが、組手の流れで少しばかり当たってしまうことが避けられないのが格闘技の稽古。
それが、こと少年相手だと全く技が決まる気配すら無い。
それは少年が相手の技を全て見切り、当たるような突きや蹴りを全て捌くか回避しているからなのだが、それがまるで高度な舞踏を見ているかのような優雅さすら感じる光景となる。
「師範代、師範。改めてお聞きしたいんですが、この子に関して特別なトレーニングメニューを組んでいたのは知ってます、が……一体、どんな訓練やトレーニングメニューをこなせば、一年も経たないうちに、こんな化物レベルに育つんですか? 以前は目が良いだけでしたが、今じゃ身体全体が目に追いついて、俺達の技の殆どが躱されるまでに。俺も本気で最速の技を出さないと、この後輩に勝てる気がしません」
他の道場や、格闘技界から「化物の巣」とまで言われているこの道場において、ここまで中の者たちから言わしめる少年。
それを短期間で育て上げた指導者たちの腕前と方法に、興味津々の道場生達。
「知りたいか……まあ、秘密にしても格闘技界に利益はないだろうから公開するとしよう。まずは内部へ公開だ。こっちへ来てくれ」
師範と師範代に連れられた道場生たちは、今まで入室禁止だった部屋へ案内される。
そこは、半地下室のように凹んだ形になっており、見慣れぬ機械装置が鎮座ましましている。
「もう一般人への悪影響などは無いと考えられるので、希望者は、この教育機械で五感や頭脳を鍛えることを許可する。この少年と同程度までに鍛えられるかどうかは各々の資質と性格が影響してくると思われるので、道場での訓練メニューとは違うのもだと思って欲しい」
師範の宣言後、希望者は(殺到したが、一回一時間制限を設けたので、そこまで待ち時間は発生しなかった)教育機械にかかり……
「うおっ! ? そうか、ここで避けられるから、こういう風に行けば良いのか! でもって、こう返してくるから、こうカウンターで……」
などと、より高度な技のやり取りが道場内にて行われることとなった。
ちなみに、これより10数年後、この教育機械での大脳トレーニングが流行したが……
その中に、ごく少数、潜在的ESPを発現させた者たちがいた。
強力なテレパスやサイキッカーでは無かったため注目はされなかったが、それまでエスパーがいなかった星に、小さいとはいえESP能力を持つ者たちが生まれていった。
「師匠、教育機械は同じようなプログラムなのに、強化される脳の機能や部位が違うってのは興味深いですね。惜しむらくは、師匠や私のような強力な力を持ったエスパーの育つ気配すらないのが……」
「まあ、それは仕方がないよ、ゴウ。同じ始祖種族の末裔とは言うものの、遺伝子的に全て同じ種族とは言えない。膨大な時間と共に遺伝子変異も大きなものになってるから、猿とヒューマンとまではいかないまでも、遺伝子的に見ると結構な差が有るんじゃないか、この銀河の住人と、俺達って」
ちなみに少年は、これ以上は身体的にも負荷がかかりすぎてしまうと判断されたため、いったん道場から離れてもらうこととなった。
イジメはどうなったかって?
いじめっ子たちの動きがスローモーションに見えるため、実生活で少年に対するイジメは全くと言って良いほど無くなった……
少年がイジメる側になる事もなかったが、彼は弱い者たちを庇うようになっていき……
成人した後、弱者を守る仕事に就いた(軍人ではないが、警備隊の上位組織のようなもの)
少年が青年になって、ようやく目のレベルと身体のレベルが釣り合った時期。
警備隊の仕事について、とある事件に巻き込まれた時、彼をめがけて犯人が刃物を振り下ろした……
しかし、冷静に避けて体勢を入れ替えた青年は、犯人を瞬時に無力化したのだった(両肩と両足の関節を外すことくらい、わけもないことだった)
ただ、それはガルガンチュアが、この銀河を去った後。
クスミもゴウも、知らぬ事件だった。
それからも各星系において、それぞれの武術や格闘技が発展していった……
数百年後に別な銀河から侵略部隊が来襲した時には強化外骨格のみ(小さなパワードスーツを思い浮かべて欲しい。まさか身体一つでロボット部隊や宇宙船を相手取るのは不可能だ)で一部隊を相手取り、無双してしまった個人もいたのは言うまでもないが。
最終的に講和が締結された時、相手側の重鎮が銃器を持った軍人に囲まれて護衛されている時、こちらの銀河代表は素手の護衛数人がいるだけの状態であったが、緊張していたのは銃器で護衛された相手側だったそうな……
後に講和大使を務めた人物が語ったところによると、
「あの時は本当に部隊ごと殲滅させられても不思議じゃないと思っていた。殺気と言うのかね、それが徹底的に訓練されたはずの軍人に怯えを抱かせ、あまつさえ、逃げ腰になるという場面すらあった……レーザーガン30丁もあっての話だよ、ちなみに。講和条約の確認とサインが全て終了した時、本気で私は、これで死なずにすむんだと安堵したものだ。今でも、あの銀河へ攻め込む宇宙海賊は全て殲滅させられると報告が上がっている……何なんだろうね、あの強さの秘密ってのは……まあ、無敵と言うだけで好戦的じゃない種族ってのが安心できる理由なんだが」
現在でも、この銀河の防衛隊に銃器の類を持つ習慣はない。
無敵の防御バリアに包まれた宇宙船と防護服をまとい、攻撃してくるものに肉薄すると、後は肉弾戦に持ち込んで……
勝つ!
相手が巨大ロボットでも、それに対する「巨大なパワードスーツ」に乗るだけ。
パワーの違い?
そんなもので勝てないわけがない。
極端だった例をあげよう。
ある時、巨大な組織を持つ宇宙海賊が集団で、この銀河を乗っ取りに来た。
過去に、こっぴどく痛めつけられて退去した敗北の記憶を持つため、今回は特別に「全長200m」にもなる巨大なロボット兵団を組織してきた宇宙海賊。
それに対する、この銀河の防衛隊は?
全長50m(最大ボディ)のパワードスーツ部隊で交戦したとのこと。
結果は?
もちろん、宇宙海賊側が殲滅させられた……
嘘のようだが、実際に報告書として上がっている。
4倍近い全長差だったが、スピードが違いすぎて相手にならなかったとのこと。
実際には脚部を破壊されて固定砲台になった巨大ロボットに、まるで集団戦法を熟知したかのような小型パワースーツ部隊が襲いかかり……
あちこちにスクラップの山ができるのに、それほどの時間はかからなかったと報告書には書かれている。
現在では、怒らせると宇宙怪獣より怖い種族として周辺銀河で知られている。
首都星系では3つの格闘技道場主を神格化して、首都の宇宙港ロビーに3名の銅像を置いているそうだ。
いわく、投げの武術、疾さの武術、そして「神の武術」
投げと疾さは通常の武芸を志すものなら到達できる(それでも、とてつもない修行と訓練が必須だが)
しかし、もう一つの神の武術だけは、選ばれしものにだけ到達できる境地が有る。
一度だけ遥かな過去に、ただ一度だけ伝説と言われる道場主が披露したそうだが、全く次元の違う技だったらしい。
投げ技だったらしいのだが……
「相手が消え去るような」技だったのだと。
道場主そのものが冷汗にまみれ、相手を投げから掬い上げるように掴んで、こう言ったと記録にある。
「まいったなぁ……あやうく別次元へ跳ばすところだった。危ない危ない……こいつは封印すべき技だ」
投げられた相手の感想は、
「何時まで経っても何かにぶつかる感覚がなく、どこかへ跳ばされるような感覚だけがありました。自分の存在が、この宇宙から消え去るんじゃないかという恐怖が今でも消えませんよ」
その目には純粋な恐怖が見えたという……
「さて、次の目的地へ向かうとするか。ここは心配しなくても、力で相手を支配するような文明にはならないだろう」
クスミはこう言ったが、力の支配を無駄だと思わせた原因は自分に有ると思っていない……
今日も宇宙は平和である。
ガルガンチュアは、新しい銀河へ向かって今日も跳ぶ。