第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第四十四話 天才がサポートロボット作る話、他(おまけ二話)
稲葉小僧
僕は大学生。
同級生たちのように金銭に余裕がないので、主な移動手段は二輪。
単独で動く場合がほとんどなので、これで充分だ。
趣味は……
一般的ではないかも知れないが無線交信。
それも、光に近いほどの高周波通信が面白いと思う、趣味仲間でも変人と言われるほど。
今日は、めったに無い五連休なのを利用して、近場の高山へ来ている。
こういう休日には交信相手が通常日より増えるし、もしかしたら同様な超高周波好きの変人も出現してるかも知れないからね。
7合目ほどにある駐車場へ二輪を停め、僕はパックされた無線キットと登山装備を持ち、頂上を目指す。
超高周波の場合、アンテナ類は小規模な物で良いから楽だ。
それこそ、ちょっとした料理用大皿くらいの大きさの皿型アンテナであっても充分に遠距離通信ができる。
1時間ほど歩いて頂上へ到着。
一休みしたら、さっそく無線パックを広げて設置作業に。
数十分もすれば、小さいとはいえ立派な無線設備の設営が完了する。
さっそく、小出力ではあるがアンテナシステムの力を信じて電波を出す。
おお!
相手局が出る。
しばらく、こちらのシステムや移動場所、相手の同データなどについて話をする。
今日は安定して聞こえるので、相手の移動位置も、しっかりした高山なのだろうと予測される。
交信が終わると、また別の相手から呼ばれる。
今日は大吉だ。
幸運ここに極まれりってことなのかも知れない。
2時間ほど、さまざまな地点や相手から呼ばれ続け、交信を重ねる。
太陽も頭上を過ぎ、そろそろ山を降りる時刻となる。
ここで、本当なら山を降りるべきだったんだ……
まあ、面白くなりすぎて止まれなかったんだけど。
ふと気がつくと、太陽が向かいの山に隠れようとしている。
あわてて設備を撤収し、山を降りる。
しかし、こうやって焦ってしまうと幸運が逃げるんだろうな……
崖道を降りている途中、僕は足を滑らせた……
「アッ!」
と思った瞬間、僕の身体は落ちていた。
滑落というやつで急な崖だから止まらない。
数十秒も落ちていると腕や足を折り、それこそ死に直結する事態となる。
ずいぶんと落ちたようで、全身が猛烈に痛い。
荷物は、しっかりした入れ物に入れてあったため全て無事だったが、この痛みと傾斜では崖上りは無理だ。
そうなると後は緊急事態を知らせて救助を要請しないと……
公共用無線電話は予想通り、この急峻な谷間じゃ通じない。
となると、別の無線システムを使う方法しかなくなる。
痛む身体に鞭打って僕はアンテナと無線機を接続し、大気の拡散現象による無線波の回折を願って夜空を狙って超高周波を発する。
そう、もう陽はとっくに落ちて夜空が展開されている。
季節的に極寒ではないものの、そこまで厚着をしてこなかったせいで、やはり夜の寒さが厳しい。
数十回も救助連絡を出して、そろそろ蓄電池も余裕が無くなってきた頃だ。
体力的にも限界が近いので、これが最後と緊急事態を知らせる救助通信を出す……
半ば諦めと、生きたいという強烈な意志とが合わさった状態で。
送信から受信へ切り替えて、数十秒後。
奇跡的に返事があった。
「救助通信を発した無線局へ。こちらで、そちらの正確な位置を確認したい。もう少し頑張って、この周波数で送信してくれ。こちらガルガンチュアより」
正確な位置確認?
どうしようっていうんだろうか?
まあ、いいや。
やれるだけやって駄目なら諦めもつく。
僕は残りの蓄電池のエネルギーが尽きるまで、こちらからの救助要請を送った。
最後には受信に切り替えても相手の声が聞こえないほど……
僕が全てを諦めかけた時。
周囲の山と空、崖が消え、僕の目の前には……
「ようこそ、見知らぬ星の救助要請者くん。ここは、超巨大合体宇宙船ガルガンチュアの船内だ。ちなみに今は驚きで痛みを忘れていると思うが、そろそろ医療室へ行ったほうが良さそうだな、その怪我の具合では」
その言葉の一瞬後、僕は透明なカプセルに入れられ、救急救命処置を施されていた。
後から聞いた話だと僕の怪我は大変なもので、そのまま一晩放っておけば死んでた可能性が高かったとのこと。
「あなた、大怪我してたのよ。指が数本折れてたし、左肩も外れて右足もお皿が割れていたそうよ。よく、そんな状態で冷静に緊急通信システムなんて組み上げたわね」
ライムさん(名前は後から聞いた)の話だと動けるのが不思議だったという。
そうか、あちこちが猛烈に痛かったんだが、そんな大怪我してたんだ。
「他人事みたいに……まあ、思ったよりも精神的に強靭だったようで、それで最後の力を振り絞って、あんなことができたのね。もう少しかかるわよ、完全回復までには、ね」
はい?
完全回復だって?
「ああ、口の中もずいぶん切ってるから、喋らなくていいわよ。あなたの考えてることは読みとれるから、考えるだけで伝わるわ。完全回復で驚いてるの? この宇宙船には、あなたの星では考えられない治療手段があるのよ。あなたの身体の中に医療用に特化されたナノマシンを大量に注入してあるの。あと数時間もすれば傷ついてる内臓も骨や筋肉、歯や皮膚も再生されるわ」
何という……
ここは人類を遥かに超える科学技術と能力を持つ存在が造った……
そうだ、宇宙船?!
「そうよ、あなたの星と同じか、それ以上の大きさは有るけれど、ここは宇宙船の中。あなたの想像もつかないほど遠くに有る超銀河団から来たのよ。ちなみに、船長というか全ての決定権があるのが、あなたに最初に話しかけた人、クスミさん。それ以外は宇宙船の頭脳体だったり後から加わったクルーだったりするわ。総勢で9名ってところよね、今この時点でのクルーは。ということで、あなたを含めても10名しか乗ってない超巨大船へ、ようこそ」
銀河どころか銀河団、超銀河団すら超えて来たって?
そんな超越技術の塊に人類型どころか頭脳体(いわゆるロボット頭脳ってことだな、これって)も含めて9名のクルーしか乗ってない……
それで完璧なコントロールが可能ってのが凄いを通り越して、恐ろしく思える。
僕も一流……
とは言い難いが工学系の大学生だ。
少しは宇宙工学も聴講しているし、僕の所属する学部もロボット工学部(予算の関係で小さな汎用ロボットの研究ばかりしている貧乏な学部)だから、この女子の言っていることが理解できる……理解はできるんだが……
「あら? あまりの事に想像力と現実認識が追いつかないのかしら? まあ、しばらく眠りなさい。次に起きたら、頭もスッキリしてるでしょうから」
お言葉に甘えて、眠るとしよう……
正直、やたらと睡魔が襲ってくる。
「急速治療モードになってますから、あなたの体内エネルギーを急速に使ってます。こちらからもエネルギーと栄養補給を施してますが、なにぶん、あなたの怪我が酷すぎるんです。数時間後には、きっちりと治療が完了してますから安心してくださいね」
はい……
では、おやすみなさい……
「眠りましたね。あ、キャプテン? 要救助者の治療は順調です。ご指示の通り、急速モードにしてますが……良かったんですか? 滑落して生命も危ない状況から、かすり傷一つ無い身体になりますよ? この星の基準からはかなり大幅なオーバーテクノロジーになると思うんですが……あと、寿命も大幅に伸びそうですよね、ナノマシンの機能によって」
「了解したよ、ライム。どんな生命体でも助けられるのであれば助けるのが当たり前だと思うんだがな。それで寿命まで伸びるんなら結構なことじゃないか。ところで、要救助者の彼はエンジニアか?」
「いいえ、キャプテン。どうやら工学系の大学生のようですね。事故に遭ったのも趣味の無線交信のために高山に登ったためのようです」
「ふむ……まだまだテクノロジーとしては底辺に近いレベルに有る星だからなぁ……自作に近いとはいえ、よくもあんな巨大なアンテナに重い無線機を担いで山に登ろうなんて思いつくなぁ……」
「まあ、それで即死は免れてるわけですので。趣味の塊だった通信システムは完全に破壊されてますけどね。見事にバラバラです」
「じゃあ、彼が起きたら少々だけどプレゼントを用意するとしよう。あ、ライム、すまないけど宇宙船の通信システムに関する知識を彼に詰め込んでおいてくれないか。プレゼントの使いみちが分からなきゃ、どうしようもないだろうから」
「はい、分かりました、キャプテン。だけど、大丈夫なんですか? 通信システムとして一世紀近くは先の技術になりますよ?」
「なーに、どうせ戦争でも起きれば数十年単位で進む技術だ。たった一人に先進技術を教えても大勢に影響は少ないだろ」
「はい、ではそのように」
この時、楠見は失念していた。
地球上で楠見一人に日本エリア中の工事計画が依存していた時期があったことを……
超越した知識や技術が、たった一人の人物に集約される事は現実に存在する……
要救助者の彼は今現在、ナノマシンによる身体修復中のために栄養とエネルギーを摂られ、半強制的な睡眠モードにある。
「ところでライム、彼の名前は判明したのか?」
「はい、キャプテン。オーサキユースケと言うそうです。ちなみに、この星に漢字文化はありません。発音通りに、オーサキくん、あるいはユースケくんと呼ぶと良いと思いますが」
「まあしかし、様々なところが銀河系やら太陽系やらに、似てるようで違ってるからなぁ、この超銀河団宇宙は。ややこしいな、まったく。おっと、要件を忘れるところだった……ライム、さっき医療室で彼、オーサキくんの無線システムがバラバラに破壊されていると言ってたな。見せてほしいんだが……ふーむ……確かに、これだけバラバラになってると、あの緊急救助無線そのものを、どうやって送信したんだろうね、彼は」
「はい、それが私にも疑問でした。崖から滑落してバラバラに破壊された無線システムを本体どころかアンテナまで修復して送信してのけるなんて……でも実際、ここに有るのは修理不可能と思われるほどに破壊されている破片しか無いわけですし……そうだ! キャプテン、もっと理解不可能なのは、あれだけ大怪我を負った状態で、どうやって無線システムを構築して送信なんてできたんでしょうか? そもそも、口の中すらズタズタに切れていて満足に喋ることすらできなかったはずなのに……」
「えーっと……ご主人様、その件についてですが可能性があるとするなら……」
「おっ? エッタ、何か意見があるのか? 妙な事になってしまったが不思議な状況を説明できる可能性があるのなら、聞かせてくれ」
「はい、ではご説明せていただきます。彼、未開の星の大学生、オーサキくんですが瀕死の状況でESPに目覚めた可能性が高いかと思われます。全身を強打していて、あちこち骨折し、内臓までダメージを受けていて、あんな面倒で大きな無線システムなんか扱えるはずありません。一つ考えられるとするなら瀕死の状況でサイコキネシス関係の力が発揮され、無意識に、その時にはバラバラとまで行かない状態だった無線システムをサイコキネシスで繋ぎ合わせて、声も無理やりサイコキネシスで大きくしてマイクに乗せた、と。その後、こちらからの呼びかけに制御の力が抜けて、大きな力が加わり無線システムの破壊に至ったのではないかと思われます」
「マスター、私からも。無線システムの破片を調査したところ、大きな力で引きちぎられたような破片が多く、何かに当たって壊れたような箇所は少ないとの結論に至りました。これは、彼が無意識ですが大きな力を持つエスパーであることを意味していると結論付けられます」
「そこまで結論が出るか……よし、面白くなってきたな。ライム、オーサキくんの詰め込みデータに追加して、郷用にカスタム化したESP開発用プログラムを。もしかして、もしかすると……これは久々に強力なエスパーが目覚めるかも知れないぞ……」
「キャプテン、そこまで期待すると失望するかも知れません。なにせ、いまだ大半が未踏宙域の超銀河団ですから。とりあえず教育用プログラムは導入するように医療マシンへ指示しておきました」
「俺や郷と同じような能力者を期待してるんじゃないよ。全く別の、見たこともないような能力者になるかもしれないのがワクワクすると思わないか?」
「マスター……自分と同じエスパーになるのが人類の共通の願いみたいなことを面白そうに言うのは、やめてください。マスターも常々、言ってるではありませんか。起きて半畳寝て一畳、何事も自分の許容範囲を超えちゃいけないんだ、と」
「いやいやフロンティア、それは誤解だ。俺そのものが昔から超強力なエスパーに憧れていたことは確かだし、夢だったことは否定しようもない事実だけど、それでも、誰も彼もエスパーになれば良い、幸せになれる、なんてことは考えていない。第一、ESPやサイコキネシスという超能力は個人の資質によるところが大きいと分かってきたんだから、俺としては眠らせておくよりも開発してやりたいと思うだけなんだ」
「それで、俺や例の予知能力者マリーさんみたいに死ぬような目に合わせて無理やりESPを開発しようと? だいたい、師匠がやることは特訓というよりも酷いことだと言うことが自分で分かってるんですか?! 今度の犠牲者は学生?」
「おいおい、ひどい言い方だな、郷。死ぬような目って言うけれど、お前もマリーさんも死に直面して能力を引き上げるようにしてただけで、実際には死ぬ可能性は無かったんだよ」
「あれで、死ぬ可能性が無かった?! あれがシゴキと言うやつでなきゃ、特訓なんてのは全て、ぬるま湯の中でやるダンスのようなもんです! わたしゃ、あの時には一瞬、自分の半生の走馬灯を見ましたよ、本当に!」
「悪かったよ、短時間で強力なエスパーを育てようとすると、ああいう方法しか無いんだって。まあ、オーサキくんなら、じっくりと育てるのも良いと思うんだが……」
「師匠……彼、オーサキくんをエスパーとして育てることとなっても師匠は手を出さないほうが良いと思います。師匠は、やりすぎる」
「こらこら郷、何を言い出す……こら、そこ! 何を深くうなずいてるんだ?! ……分かったよ、分かりました。本人の意志次第だけど、エスパー教育は俺じゃない別の者の担当とする! これで問題ないだろ?」
本人以外、深く深く同意してる光景が見られた……
オーサキくんの目覚めを待って、これからどうするか話し合いを行うこととなった。
「半日前まで生死の境を彷徨ってたとは思えません、我ながら。とてつもない医療技術です。この巨大宇宙船には、僕が、いや、僕のいた星に住む全ての生命体が喉から手が出るほどに欲しがる超科学と超技術が文字通り山のように有るんでしょうね」
オーサキくんの正直な感想らしい。
「まあ、完全回復おめでとう。それから、この治療の、ちょっとした副産物の話もしなきゃいけないんだが……」
楠見が言葉を濁す。
「え? ナノマシン医療に何か副作用でも? 理想的と言うか、自分の体内に有るものを使うんですから副作用も何も起こりえないはずですよね?」
オーサキくん、かなり思考が柔軟なようで、ベッドから起きられるようになる前に、ここの常識となるくらいの知識量を教育機械で追加して詰め込んでいた。
「うーん……まあ、どうせ嫌でも体験するという事になるんだから教えておこうか。君、あの星の普通の住民たちの寿命じゃ無くなったからね。ナノマシンの優秀さで、通常細胞や骨、筋肉まで強靭なものになってるんだ。まあ、通常人の5倍以上の寿命だと思われる。あと、これから100年上は、即死以外の怪我なら自動的に治るからね。当然、悪性伝染病含めた全てのウィルスや細菌性の病気など君は罹らない。毒性の物質を摂取しても数分で無効化されるので、憶えておいてくれ」
楠見の、ある意味では衝撃的発言も、ある程度は予想されていたようで。
「はあ、そうですか。じゃあ、僕は一種の超人になっちゃったわけですよね。これから、どうやって生きて……あ、そうか、生きていくことは難しくないのか、ハハハ……とんでもない事になっちゃったなぁ……」
ここで、郷が提案を出す。
「どうだろうか、オーサキくん。しばらく……最長でも数ヶ月で大丈夫だろうが、君の才能を伸ばす手伝いをさせて貰えないか? 自分では気づいてないだろうが、君には素晴らしい能力があるんだ」
意外な事に驚く当人。
「僕に自分でも気づかない能力が? 理数系が子供の頃から好きで、複雑な複素数の計算も集中してやれるくらいが取り柄だと思ってたんですが……短期集中で才能が伸ばせるんなら、ぜひともお願いしたいですね」
「そ、そうか。それじゃ、圧縮スケジュールでの強化メニューなんて……」
楠見の言葉を遮るように、郷が。
「はい、それじゃ決定。短期集中強化メニューで、オーサキくんの隠れた才能強化を行うとしよう。ちなみに、命の危険を感じるようなことは俺が絶対に! 絶対にさせないから安心してほしい」
「は、はい。お、お願いします」
郷の迫力に押されて、オーサキくんが戸惑っている。
郷は楠見を抑えるために強く発言しただけなのだが。
まあ、それはともかく、それからオーサキくんに対するESP強化メニューの実施が始まった。
最初は彼も使い慣れた感の有る教育機械での能力把握と、その使い方の座学から。
「どうだ? オーサキくんの強化メニュー進行度は。精神や肉体に、できるだけ負担をかけない程度の集中強化だと聞いているが、それで本当に俺や郷のレベルまで引き上げられるのか?」
相変わらず、ものごとの基準が超高空にある楠見だ。
郷は苦笑しながら答える。
「俺や師匠のレベルにまで到達できるのは優秀なエスパーの中でも、ほんのひと握りですよ。まあ、特に師匠のレベル、星を破壊できるほどのサイコキネシスの持ち主なんて他にいないんじゃないですかね? 俺も昔に比べたら強くなりましたが、ようやく地域震災レベルだそうですから」
さらっと怖いことを言うのは、郷も楠見の影響を受けているからだろうか?
「そんなことより、師匠。オーサキくんの本当の才能は、ESP方面じゃないみたいですよ。あ、まあESPの才能がないわけじゃなくて、けっこう高い適正値があるんで、このまま伸ばせば国内や星内単位なら怪物と呼ばれるくらいのレベルにはなるでしょうが……そこまで。彼は、どちらかというと、頭脳そのものが優秀……いわゆる超天才の方面が伸びるようですね」
「おっ?! 今までに無かったパターンだな。ESPも、かなり高いレベルまで伸びそうだし、全方位形のエスパー……というか、ESPも使える超天才というか。どこまで行けるか、予想は出てるんだろ?」
「それがですね、師匠。教育機械の出した結論は、万能型超天才だそうです。こんなど田舎星系に、とんだ至高の宝玉が眠っていたもんですよね。吸収する知識に嫌いなものなし! デザインからイラストなどという小手先技まで貪欲に吸収すようとする意欲が有るようです。これ、強化メニューが終了したら、星に帰さないほうがいいんじゃないですかねぇ? 社会的に大混乱しそうな気がしますけれど……」
「ん? そんなことはないと思うぞ。過去の地球にいた天才ダ・ヴィンチだって、オーバーテクノロジーに近い知識と技能を持っていたらしいが、それでも一気に社会改革をするような事はできなかったんだから」
この楠見の断言が間違っていた事は、その後の未来が証明する。
教育機械が本格的に大学生オーサキくんの脳領域開発に乗り出してから数週間……
「郷、プロフェッサー、お疲れ様。どうだ、オーサキくんの教育計画進捗具合は?」
「わが主、これは久々の掘り出し物かと。私自身の判断としては、教育終了後に、こんな低レベルの未開惑星に彼を戻すのは大反対と言う他ありません。知識欲の塊で、我が主よりも、その点では上回るものがあります」
プロフェッサーはオーサキくんの教育に並々ならぬ関心を抱いているようで。
「俺も、それに賛成です。今現在の段階でも、オーサキくんの脳領域は3割ほどが開発済みです。凄いですよ、彼の超天才ぶりは。今の段階でも、宇宙学に化学、地質学に歴史、工学系だけじゃなく文系、果ては冶金やデザイン方面にまで及んでいます。これ、以前の師匠並みの90%近くまで行く予定ですが、そこまで行ったら知識と知恵の怪物が誕生しそうな予感がするんですけどね」
郷は少し不安げな様子。
全方位が得意分野という万能天才を、この低レベルの科学技術しか持たない星に戻した場合、どんなことが巻き起こるか予測がつかないと言い、
「だから、俺もオーサキくんを生まれ故郷の星に戻すのは反対します」
楠見は2人の意見は参考にすると言いながらも、基本的には彼、オーサキくんを星に戻す予定のようだ。
「俺はね、一度見てみたいんだよ。たった一人の天才が一代で世界をひっくり返すような発見や発明を成し遂げるってのを」
そういった楠見の目は幼い子供のようにキラキラしている。
「あ、また厄介な性格が……我が主、これが無ければ第一級の人物としてトップに立てるのに……」
「え? プロフェッサーさん、師匠の厄介な性格とは?」
郷は意外な顔をする。
「あ? 郷、あなたには我が主の複雑な性格を教えてなかったですね。超天才につきものの、一種の弊害とも言えますが多重人格のことです。我が主は代表人格として通常に出る人格の他に、熱血型、冷静なエンジニア型、女性人格、太陽系宇宙軍の上級士官と表に出やすい性格が4名分、控えてます。あと、滅多に表には出ませんが主人格にときおり憑依するかのごとく、事態を引っ掻き回すことを喜ぶトリックスターのような人格が登場することがあります……郷、あなたの推察のごとく、あなたやマリーさんを地獄の特訓に追い込んだのも、この特殊人格ですよ。我が主の、この特殊人格が登場すると……まあ、ほとんどが良い方に転ぶんで何もしないほうが良いのですが……傍で見ている方はハラハラしますね」
郷は、複雑な思いでプロフェッサーの話を聞いていた。
郷の内心を台詞にしてみよう。
「全く、超天才ってのはみーんな、こんな厄介な多重人格してるんかい?! 師匠の気まぐれに近い隠れ人格のせいで、俺やマリーさんが地獄を見たってのは……まあ、後のことを考えれば良かったんだろうが。それにしても酷い話だ……もしかして宇宙の管理者たちってのも、こんな感じの奴らなんだろうかな? 案外、この超銀河団を管理してるのって師匠みたいな管理者だったりして……」
郷は、そこまで考えて身震いする。
「うわー、嫌なこと考えてしまったなぁ……ちょいと、厨房で美味いもの出してもらって気分変えよ! オーサキくんは、トリックスターの犠牲にはさせないぞーっ!」
オーサキくんの教育、完了。
郷には、その後のフォローも兼ねて、しばらくオーサキくんに付き添ってもらうこととする。
俺?
俺は……
郷やその他のクルーたちの強硬なる反対意見により、オーサキくんとともに惑星へ降りられなかった。
まあ、今回はガルガンチュアからアドバイザーとして参加するだけにしよう。
でもって、郷だけじゃ若干、心もとないので、プロフェッサーに同行してもらうこととする。
「それじゃ師匠、みんな、行ってきます。まあ、長くても数年で戻ってこられると思うんで……」
「わが主、行ってきます。郷の意見の修正ですが、少なくとも数十年は帰還は無理だと思いますので、よろしく」
「おい、プロフェッサー! ? 少なくともすうじゅうねn……」
言葉半ばで転送されていったが、おそらくプロフェッサーのほうが正しいと思われる。
だから、俺が行こうと言ったのに……
*ここからは、楠見は登場しませんので、ご承知おきください……
「到着しましたよ、郷、オーサキくん。目立ちたくないので、あなたが遭難した山の麓、獣道に近い場所を指定しましたので、オーサキくんは下山報告してきてください。郷と私は、とりあえずの拠点作りと行きましょうか」
プロフェッサーの指示により、オーサキくんは麓の市役所出張所へ下山報告。
そこで彼は自分が遭難していることになっていたことに気づき、無事に下山したことを告げる。
一時、オーサキくんはメディアで大げさに取り上げられ、奇跡の生還を果たした人物と言われることとなる。
オーサキくんが滑落した瞬間、実は目撃していた者がいたから、彼が擦り傷一つなく生還したことにメディアだけではなく、医療関係の大学までが関心を持ったのが少々、まずいこととなった……
彼の身体の中にいるナノマシンは体内に注入された瞬間から彼専用の治療用ナノマシンと化すため、オーサキくんが検査で少量の血液を採取されても何も知られることはなかったが、注射針の痕跡すら数十秒で消えてしまう事実を隠すのは苦労したようだ。
ちなみに、X線による体内撮影、精密な脳内や体内撮影まで行われたが、脳の中身までは分からなかったため事なきを得た。
オーサキくんは半年ぶりに大学に復帰したが……
大学での授業内容を遥かに超えた知識と、それを活用するためのノウハウを目一杯詰め込んだ超頭脳に何も学ぶことなどあるわけがない。
事故前の彼との、あまりの違いに教授たちは最初、戸惑ったが、彼が大学二年にして、今の常識を数十年は進めたロボット理論を卒論として提出するに至って、彼らはオーサキくんの扱いを変えることとなる。
そう、彼は授業を全て免除され、助教授として大学に残ることを要請された(当然、研究予算はもらえる)
オーサキくんは郷やプロフェッサーと相談し、最先端のロボット工学を民間移転するための研究室として、オーサキラボを設立する(ちなみに、これは民間資本も参加できるように株式会社としての顔も持っていた)
一年後、オーサキラボの研究成果として、世界中が驚愕する「自立思考して、感情すら持つ革新的ロボット(人型)」オーサキ1号が発表されることとなる。
1号と名付けられているが完成品であり、テスト技術など何もない。
「先日までのロボットたちとは何だったのか?! オーサキ1号が達成した人間サイズで5千馬力、最高速度200kmで走り、深海1万mまでの防水能力を持つ! これは、まさに、実現してしまったオーパーツと言えるでしょう!」
これは、オーサキ1号が登場した全てのロボット技術博覧会での司会の決まり文句である。
オーサキ1号ができないのは空を飛ぶことだけだと言われ、災害対応はもとより、産業用、海洋開発や砂漠の緑化計画まで、とてつもない利用価値があった。
「一体あたりの価格、いくらにすべきでしょうかね? あまりに安くしすぎても市場破壊になるし、かと言って高すぎるのも普及しなくなるおそれがあるでしょうし……」
オーサキくん、研究者としては優秀だが、こと商売人としてはダメダメ。
まあ、郷もプロフェッサーも商売の天才などお断りだから、オーサキくんの性格はもってこいだった。
「社長、副社長、専務。生産コストが低減されるまでは高いのも仕方がありませんよ。私達も会社として利益を上げないと、こんなアイデアと技術を持ってて潰れちゃった会社なんて上層部の責任以外の何物でもないでしょうし」
発言したのは、オーサキラボを立ち上げた時に真っ先に手を上げて、会計や営業方面に天才的な能力を発揮してくれることとなった女性。
実はオーサキくんの同級生であり、同じロボット工学部の研究生だったと後で分かった。
「あら、私はオーサキさん、知ってたわよ。変人だけど、優しそうで頭も良い、狙いめの男子だったわ」
彼女の名はノービスズカと言う。
数年後、オーサキくんはスズカさんと結婚し、ノービユースケと改名することとなる。
オーサキ1号は、その後改良型としてノービ21号まで細かな改良を施される。
最終型のノービ21号は、子供の養育機能から犯罪防止、果ては家庭内の小さな修理や工事まで対応する柔軟な性能で一世代を築くこととなる。
ノービ家は一代で巨大企業を作り上げてしまったスタードリームハウスと言われる事となる。
で、この夫婦には息子が一人生まれた……
その名を「ノービノーブ」という。
子供が生まれてから、何故か元オーサキくん(現、ノービユースケくん)の興味は社会インフラに移ったようで。
数年前から、惑星だけではなく星系含めた宇宙空間までカバーする規模の高精細位置表示システムの構築に投資と技術供与をしたり(全く新しい理論の光波エンジンと、その膨大なる出力を自由自在に制御できるコントロールシステムまで提供する勢いだ。あっと言う間に超小型の高精度位置基準発振器を備え付けた超小型衛星が星系内にバラ撒かれたのは言うまでもない)、そのついでとばかり、近距離に限るが実用的な転送システムまで開発してしまう。
ただし転送システムについてはガルガンチュアにいる楠見から制限が入り、長距離転送は禁止となった。
惑星間転送は不可能とするレベルのものしか開発する許可が下りなかった(ちなみに、この星は未だに惑星単位で統一国家になっていないから、というのがその理由。制限が外れる条件は惑星統一国家ができること)
他にも様々な社会インフラを供給、改革し、ノービユースケは会社の代表取締役を辞任する(老齢や病気が原因ではない。彼の体内にて未だ活発に働くナノマシン群は、彼に老いも病も怪我も許さなかった)
……最後に息子に会社の全権を譲ろうとする前に、彼は息子に、とある機械にかかるようにと指示する。
息子が、その教育機械に接続されている間、ノービユースケは郷とプロフェッサーに向けて語りだす。
「長い間、補佐していただき、ありがとうございました。できれば、次の社長、息子のノーブにも適切なアドバイスをいただければと願いますが。まあ、一気に走り抜けた数十年、ここらで一休みしたいですよ」
「ご苦労さま、オーサキ、いや違った、ノービユースケくん。とてつもない社会改革と技術改革、そして科学の進歩というやつを体験させてもらったよ。息子さんの代に俺達が居ても良いのかい? 邪魔になるんじゃないかな?」
「ノービユースケくん、君の歩んだ半生は、まさに激動でしたね。天才ならではという開発力と行動力、そして奥様との絶妙な金銭感覚で立ち上げたインターステラーシステムレスキュー組織……この星どころか星系まで含んだ宇宙空間をカバーした救助体系を可能とする星系規模の高精度位置表示システムが計画された時には、私も何をやっているのか分かりませんでしたが。我が主と同じ超天才ならではの多重思考が可能とするものですね、見事です。ちなみに、郷と同じく、私もご子息へのアドバイスは、やぶさかではありませんが?」
この対話後、教育機械から出てきた息子に対して会社の業務譲渡書類を渡すユースケくん。
息子は最初、何が起こったのか理解不能だったようだが……
「親父! あんたに追いつき追い越せと今まで俺は精一杯頑張ってきた。しかしなぁ……正直、あんたの背中すら見えないくらい、俺はバカで愚かだったよ。まあ、この特別な教育機械にかかった後でも、まだ基本的に追いつかない感覚は抜けないよ。多分、あんたと俺は人間の形は似ていても中身が全く違ってるんじゃないか? 現に、あんた、今の見た目は俺より若いよな。お袋は見た目通りの年齢だから、多分、あんたは人間として俺達よりも数段、上なんじゃないのか? 業務を受けるか受けないか、あんたの答えで判断するよ」
あまりに父親が優秀すぎ、また、人種としてレベルが上なのを見せつけられすぎて、息子のノーブくんは少々ひねくれて育ってしまった(まあ、悪に染まるような事は無かったようで、そのへんは救いがあったが)
息子への回答として、郷とプロフェッサーへ目線で了解を求めて……
両者のOKサインを確認したユースケくん。
「薄々は分かってたようだな……では、全て話そう……あれは大学生の時、連休で趣味の無線通信実験を行うため、近くの高山へ行った……」
ユースケくんは、息子へ真実を語っていく。
ノーブくん、最初は半信半疑だったが、夢物語にしては迫真的過ぎる事に気づき、そして、その話に出てくるゴウ、プロフェッサーという2人の人物が父親の隣に実在していることに気づき、ようやく全てのことが真実であると確信する。
「そ、それじゃ何か? 小さい頃から見てきたゴウおじさんとプロフェッサーさん、この二人も実は、この星の人間じゃないと?! あんたの言うことが真実なら、あんたが山で滑落して遭難したことが全ての事の発端ってことかい。この星系の外に惑星規模よりデカイ宇宙船がいるってのも本当なんだろうな……俺の常識ってやつが今、音を立てて崩れていくのが見えそうだよ」
「そうだ、全て本当だよ、ノーブ。私の遺伝子が受け継がれているおかげで、お前にも超天才になる可能性が有るとこの二人から言われてな。少し強引だったが、あらゆる方面への教育をお前に施した。あいにく、ガルガンチュアじゃないので、教育機械は私の設計したものしか使えず、お前の脳開発まではプログラム出来なかったが……私を恨むか? ノーブ」
「いや、昔は恨んだことも有るが、今はあんたの考えてることが理解できる……俺にとっちゃ理想的な教育環境だったと感謝してるよ。ところで、会社の譲渡なんだが、本当に俺で良いのか?! 寿命を考えたら、親父がずっと経営に携わることが一番良いだろうが。多分、俺や俺の子どもたちより長生きするだろ?」
「寿命の問題を考えると、その通りだな……多分、私は数百年の寿命を持つ。お母さんと死別しても、それから数百年は生きることとなるだろう。なあ、息子よ、私は一種の怪物だ。あまりに普通と違いすぎる者は社会的に目立つべきじゃないよ。仕事でもプライベートでも迷ったら相談してくれれば良いが、私が第一線で働くことは辞めた」
「そうか……考えてみりゃ、ひ孫より若く見える爺ちゃんってのは洒落にならないよな。分かった、会社は引き継ぐ。何かあったら便利に使わせてもらうから、覚悟しとけよ、親父さん」
「ははは、なるべくなら老人は敬えよ、息子よ」
「へいへい、見た目20代のご老人は敬いたくも無いんですけどね……まかしとけって」
とりあえず、親子のわだかまりは溶けた。
それから、会社名オーサキラボは、更なる発展を遂げることとなる……
ノーブくんの代になり、会社はますます発展する。
彼は父親の事業を継ぐことより社会的インフラの整備に力を注ぐことを決意。
もちろん、会社の主力製品である超高性能ロボットのアップデートと進化も忘れない。
「新社長、これからの方針は?」
ゴウ、プロフェッサーが尋ねる。
方針が変わるなら、そちらへの助言を行うことになるからだ。
「ゴウおじさん、プロフェッサーさん、ありがとうございます。主力の高性能ロボットに関しては性能より外部アタッチメントの充実と進化を進めたいと思います。そして、会社の方針として、社会インフラの整備と充実に力を注ぐことにしたいですね」
これで、会社の方針が決定。
数年後、高性能ロボットにアタッチメントとして小さな袋が発売される事となる。
そして、ロボットの見た目が大幅に変わることとなる。
それは、人型を脱して子犬タイプとなること。
重役会議の中には猫型ロボットにしようという意見も多数あったが、多数決で5割を少し超えたのが子犬型だった。
四足歩行でも二足歩行でも不便なく主人に同行でき、強化されたエンジン出力により低高度(高さ30m以下)ならば主人を抱えて飛行も可能(荷物は100kgまで)
アタッチメントの小袋は見た目よりも高性能で、超小型転送機の送受信機を兼ねている。
それにより、よほど大きな物で無ければ瞬時に手元に取り寄せることも、逆に多くの荷物を(予め設定した部屋や倉庫へ)送ることも可能とする。
「まあ、このために星系を含めた高精度ポジショニングシステムを作り上げたようなものなんだけどなぁ」
ノービノーブくん、試験的に作り上げた子犬型ロボットを娘に与えて実用実験を繰り返していたが、この度ようやく実用的に問題なしとして、このロボットとアタッチメントを含めたインフラの販売とレンタルを始める。
予想通り爆発的に需要があり、いくら作っても需要が供給を上回り、全世界的に供給不足となる。
「社長! 宗教的に問題が出そうな国が有るとの報告が海外出張所の営業より入ってます。猫、あるいは猿、または子熊が良かろうとの意見が入ってきています……どうしましょうか?」
売れすぎて需要は有るが、宗教的に問題がある国家……
「タイプは固定しなくても良いだろう。動物タイプだけではなく、過去に発売された人間タイプにもシステムアップデートは必要となるだろうが小袋システムが使えるようにすれば汎用で行けるんじゃないのか?」
社長の一言で過去に販売・レンタルされている旧型システムに対しても最新型と同様に使えるものとなる可能性が高くなる。
これで全世界的(ちなみに他の星への探査や開拓は未だ本格的には始まっていない。しかし、その兆候は各国にて始まっており、その際の宇宙船は最新型の光波エンジンを積んだものが欲しいと全ての国から受注を受けている)なインフラを敷く準備は終了。
これより数年後、小さな研究室から始まった会社は全世界に支社や支店、営業所を抱えた超大規模コングロマリット(複合企業)となり税抜の純粋利益は中規模の国家予算を遥かに超えた金額となる。
様々な国が、あまりに大きくなりすぎた企業を規制しようと、あの手この手を使って(名前こそ挙げないが名前を規定しているに等しい法律や規制も作られた)企業活動を規制しようとしたが、その頃には会社の本社は国家どころか星も超え、隣の惑星を自力開拓した挙げ句、その開拓済の惑星に本社機能を移していた……
「社長、本社機能をこっちへ移して三年。ようやく故郷の星も統一政府となるように民衆の意志が固まってきたようで。どうします? 統一政府になったら本社を戻しますか?」
「バカなことを言うもんじゃないよ工場長。我社は、これからも未開拓の星を切り開いて工場と本社を移転していくつもりなんだから」
ここに前代未聞の「本社が次々と星を変わる」企業が誕生することとなる。
「お父さん、このところお仕事が忙しくてね……お家に帰ってこられないのよ。プレゼントは届くんだけどねぇ……娘が可愛くないのかしら?」
「お母さん、私は大丈夫よ……だけど、誰がお父さんを仕事に縛り付けてるだろう? そんな悪の大王みたいなやつ、私がやっつけてあげるんだけど」
「だめよ、そんなこと言っちゃ。誰もお父さんを縛り付けてる人なんかいないの。お父さんは皆の為に夜昼無く働いてるんだから。わかってちょうだい、ノヴィータ」
「ノビーお兄ちゃんは、お父さんのそばにいるから物分り良いんだと思うの。私は騙されない……世界の裏側にいる誰かがお父さんを……」
彼女が幼いうちは、まだ大丈夫だった……しかし……
「宇宙の闇に隠れた大魔王! そこいらへんにいるのは分かってるんだ! とっとと出てきて、私に退治されやがれ!」
えーっと……
魔王って俺(楠見)のことかな?
今回、俺はこの星のプロジェクトに関しては、ただ単に傍観者の立場でしか無いんだけど……
何がどーして、こーなった?!
今の状況を説明しよう。
ここは、この星系の外れ。
一番外を回る惑星や微惑星すら越えた外側軌道、主星より約半光年超えの位置、超巨大宇宙船ガルガンチュアが鎮座ましますポイントだ。
通常では決して捉えることの不可能な完全ステルスモードで隠れているので、彼女「ノービノヴィータ」ちゃんがガルガンチュアの存在どころか現在位置を知ってるという事自体が異常と言える。
だいたい、彼女の両親や祖父母についても俺の存在は秘匿してくれているはずなので、いったい彼女は何処でどうやって俺の存在とガルガンチュアの存在や位置を知ることになったのだろうか?
ここは、当事者の一人に聞いてみるとしようか……
「オーサキくん、じゃなかった、ノービユースケくん。一つ聞きたいんだけど……このガルガンチュアに至近距離まで近寄って、魔王出てこい! って叫んでる超小型の光波宇宙艇だけど……あれに乗ってるの、君の孫娘、ノヴィータちゃんみたいなんだが? どうやって彼女が、このガルガンチュアの位置と、この俺の存在を知ってるのか良かったら教えてくれないかな?」
息子に会社業務を譲って20年近くなり奥様とも「見た目年齢差」が酷くなりすぎてしまい、かと言って今更、独身となるのも気が引けて何かと都合をつけてはガルガンチュアに入り浸っているユースケくん。
今回は、ちょうど良かったので、お孫さんの勘違いの理由を聞きたかったのだ。
「小さかった頃は私に「お父さんより若いお爺ちゃん」とか言って色々なことを聞きたがったんですけどね。あ、そうか……僕がいつまでも若い理由を聞かれて、僕よりもっと凄い人に命を助けてもらい、ついでにやたらと長い寿命までもらったんだって答えたことがありましたなぁ……だけど、それが何で魔王となりますかね……孫の育て方、間違っちゃったか?」
うん、それで歪んだ方向へ行くわけはない……
ちょっと待てよ……
この子、超天才の力に加えて、ずいぶん強力なサイコキネシス能力まで有る(ちょうど郷の3割ほどのエネルギー量だ。通常のエスパーとしては異常とも言えるサイキックエネルギーである)
「ユースケくん、彼女の幼い頃の教育環境は置いておくとして、あのサイキックエネルギーはおかしい。もしかして、君、子供に対して脳領域開発実験をやったか? 脳内の細かな発達が完了してない時期に無理やりな脳領域開発を行うと何が起きるか分からないんだぞ?! 最悪の場合、イドの怪物を生み出す可能性すら有る!」
「あ、いや、私は事業を息子に譲る際、簡単な脳領域開発プログラムを行っただけですが。ここの教育機械と違い、私が開発設計した教育機械は、これほど個人的なカスタム化が可能なものじゃないので。もしかすると……自分の父親用にカスタム化された教育機械の裏モードで自分の脳領域開発を自分でプログラムしたのか、あの子は?!」
「……どうも、それが大当たりなようだね。いくら超天才とは言っても自分で自分の脳領域開発をやるとは……ここの進化版教育機械でも個人の脳領域開発は慎重にやってるってのに……何処かに無理なポイントがあって、そこで不完全で中途半端な開発をしてしまったんだろうと思われるんだが……こうなったら俺が出ていくしか無い。ノヴィータちゃんには怪我させないつもりだけど、こっちで個人カスタム化した脳領域開発をやらせてもらうんで、良いよね?」
「まことに申し訳ないです、クスミさん! 僕ではサイコキネシスのエネルギー量でノヴィータには勝てません。今、あれに勝てて事態を丸く収められるのは、クスミさんしかいないんです。お願いします!」
「よし、まかせてくれ。それじゃ……行くぞ! ノヴィータちゃん!」
《残念だけど、君の探してる魔王なんて存在はいない。俺は、こことは別の超銀河団にある星から来たクスミという人間だ。君が超天才だということも理解しているし通常の訓練を受けたエスパー以上のサイキックエネルギーを保持しているのも理解している。どうだろうか? 俺に君の再教育を任せてくれないか? お祖父ちゃんの許可も貰ってるぞ》
「な、何? なによ、この声! 耳じゃなくて、精神に直接訴えかけてくるような……そうか! これがテレパシーなのね!」
〈これなら、私もできるわ! 魔王、戦いを望まないのなら、お父さんやお祖父ちゃんを返して! 私の家に、お父さんとお祖父ちゃんがいつもいられるようにして頂戴!〉
《うーん……弱ったな。君のお父さんもお祖父ちゃんも、俺が何か強制させて家にいないようにしているわけじゃない。テレパシーでは嘘はつけないんで、これは分かってもらえると思うが。あと、君の才能は素晴らしいと思うが脳領域開発がずいぶんと歪な形になっているからだと思われる。君に苦痛やペナルティは与えないから、こちらへ宇宙艇を収容させて君の脳領域開発をやり直させてくれ。君のかかった開発プログラムは歪みを生じるものでしかない》
〈魔王は世界の半分を寄越すから戦いをやめろと交渉してくると言うわね。私は騙されないわよ! あなたを倒して、この星をまともな人間の世界にするの!〉
《それが変だと自分で気づかないかなぁ……しょうがない!》
「クスミさん! 孫には、孫には優しくしてやって下さい、お願いします!」
「ユースケくん、心得てるよ、そのへんは。気絶させただけだ。今から宇宙艇を収容してノヴィータちゃんの脳領域を正常化した状態で再開発する。うまく行くかどうか、脳領域ってのは完全に分かってない事もあるんで、こいつばかりは賭けになってしまうが……神とやらがいるなら祈ってほしいね」
宇宙船頭脳体も全員、駆り出して(もちろん、郷もプロフェッサーもライムもエッタも)全員でノヴィータちゃんの脳領域を完全スキャンする。
案の定、父親用の脳領域開発プログラムを元にして個人用カスタムしたため本来のノヴィータちゃんの脳領域や精神と相容れない箇所や反発する箇所もあった……
こいつが原因で、おかしな異世界冒険アドベンチャーRPGのような世界観になったのかも知れないな。
慎重に進めたため、数日かかってしまったが彼女の脳内マップが完成。
こいつを元に精神や脳領域へのダメージを極力小さくするような、ノヴィータちゃん専用の脳領域開発プログラムを組み込んだ教育機械が完成。
ノヴィータちゃんの脳領域再開発プログラムは終了するまでに数ヶ月もかかってしまった……
「ごめんなさい、クスミさん。あなたを倒したら、お父さんもお祖父ちゃんも私の周りの人たちが全部、戻ってくると思っちゃったの……なんで、そんな事を思っちゃったのかしらねぇ……」
すっかりと良い子になった、ノヴィータちゃん。
最終的に何の異常もないとの診察結果が出たあと、お祖父ちゃんと共に帰っていった。
ちなみに、お父さんは、もう少し娘と会話しろとお祖父ちゃんに長々と説教されていたそうな……
それから楠見は少し方針を変え、様々な科学技術データを詰め込んだデータチップを、ようやく立ち上がった統一星府へ引き渡す(ガルガンチュアは隠して。両方の架け橋役はユースケくんとノーブくんが務めた)
まだまだ幼い文明のため跳躍航法のロックが外れる時期は遠いと思われるが、これにより数年後には大宇宙開拓時代が来ることになる。
近隣の星系への探検隊や、お隣の星系で見つかった異星文明との交易運輸を目的とする直径300mの宇宙船(最大サイズが直径500mなので、通常の運用サイズが300m)が縦横無尽に星と星の間を駆け巡ることになる。
跳躍航法のロックが外れたのは、300年後……
結構、長い時がかかった。
ノービユースケくんが、その長い寿命を終えたのは、さらにそれから299年かかった……
彼は生涯をかけて人間の可能性を追求する研究をやめることはなかったという……
たまに趣味の一つである無線交信に耽りながら遠い目をしていたという側近の話が有るが、彼は何を、誰を想っていたのだろうか……
それは誰にもわからない……
あたしの名は、ノービノヴィータ。
自称、誰も傷つけない宇宙海賊。
我が愛する宇宙船は、この銀河の何処へでも行ける超高性能な跳躍航法エンジンを積んだ「大宇宙の救い手」号だ。
この船で、あたしは銀河狭しと駆け巡る!
「とは言え……あたしの目標、ガルガンチュアには届かないどころか、もうこの銀河にはいないしなぁ、ガルガンチュアと、クスミさん……」
そんなあたしの呟きを聞いていたかどうか。
「姉御! 天上の人たちの事を思ったって、無駄ですって! 俺達にゃ、俺達なりの生き方、正義、寿命ってものがありまさぁ! 銀河どころか銀河団、その上の超銀河団を渡れるような存在は、憧れるだけ無駄ってもんですぜ! 神に恋したって、返ってくるのはアガペーでしかありません。エロースの愛は同次元の存在同士じゃないと成立しませんぜ!」
この船の副長だ。
こいつ、最古参グループなんだが大学と大学院でやたらめったらと恋愛文学とやらにのめりこみ、その卒業論文が論文の形をとった長編ロマンス小説だったという、頭が良い方向が間違っている奴。
ちなみに卒業論文は優秀とみなされ文学博士の称号をもらってる、らしい(らしいというのは、あまりに恥ずかしい過去のため、とある大金庫の奥深くに卒業証書と博士号授与証書を放り込んだまま、という理由で証明書が見られないので)
「うるさいな、副長。人が久々に遠い目してるんだ、見てみぬふりするってのも大人の気遣いだろうが」
「これが暇な時でしたら私もそうします。しかしねぇ、目の前に大艦隊同士が衝突してる宇宙戦が見えてるんですぜ! 船長の指示がなきゃ、この船は直前までの行動を繰り返すだけなんですから、早く指示して下さい!」
「わぁかった、分かったよ、もう。クスミ2号! 目前の大戦闘に介入するぞ。最大強度で最大規模のバリアシステム展開! 例によって、こちらの武器は副砲までしか使わぬように。副砲も、相手が巡洋艦クラスまでは使用禁止だ。レーザー砲とニードルビーム、それとスタンナーは自由に使ってよろしい」
ちなみにクスミ2号ってのは宇宙船の頭脳体。
おじいちゃん、相当にこだわって、ガルガンチュアを作りたかったみたいね(遥かに小さい船体でしかないけどシステム的には同じようなもんだって言ってた(性能的には、おもちゃと最新の探査船以上の差が有るんですけど))
「アイアイサー! 宇宙の救い手、行動開始します」
「副長、聞いたか? 戦闘を止めさせるついでに、両方の勢力へ介入して物資と現金の補充だ!」
数時間後、空母や戦艦までもが動かぬデブリと化した宇宙空間で、あっちやこっちへ物資補充と人命救助に明け暮れる、唯一つ動ける宇宙船があったそうな……
「いやー、船長! 今回も船長の鼻が効くおかげで、長年いがみあってた両勢力の代表が、ようやく和解したとのこと。あいも変わらず、争いの場にはグッドタイミングで駆けつけますなぁ、コツを教えてほしいもんですよ」
副長の言ってることは本心だろう。
あたしにゃ、余人にない特殊な才能が有る。
それは……
膨大な宇宙空間を隔てていても明確な悪意に反応するって才能。
こいつが稀な才能だと判明したのは我が星系に跳躍航法が許されてから、しばらくのこと。
「ノヴィータ、お前の才能は、この星や星系だけじゃ使いみちがないのかも知れないな。どうだ? 我社の最新鋭探査宇宙船で星を駆け巡る生活ってのも良いかも知れないぞ。お前の、大きな悪意に反応するって才能は銀河という広さで発揮されるかもな」
おじいちゃん(それから100年以上、生きてた)から、せめてもの餞別ってことで最新鋭の宇宙船をもらい、あっちこっちで乗員を集めて、今じゃ総員100名を超す、その名も……
「銀河のハイエナ、って二つ名が浸透してますな」
「うるさい! 銀河の救い手って二つ名が欲しかったのに、なぜにハイエナになるんだぁ?!」
「そりゃ、船長が介入するのが決まって大戦闘してる時だからですよ。力づくで戦いを止めるのは良いけれど、そいつが来たらケツの毛までむしられて素っ裸で宇宙に放り出される……どこで誰が言い出したのやら……」
「そ、そこまでやってないでしょうが! 宇宙デブリと化した船から、持っててもどうしようもない金銭や余剰物資を貰ってるだけじゃないの。ちなみに相手も承認済みよ、承認済み!」
「まあ、メインエンジンも撃ち抜かれ、空気の循環システムすら止まってる宇宙戦艦にとどまりたいやつはいないでしょうね。その救助の代償が余剰物資と手持ちの現金全てってのも……まあ適当な代金かと」
「だろ? 不正なことはやってない! ハイエナと言うやつとは、いっぺん顔つき合わせて話し合う必要が有るみたいだな……」
「顔つき合わせるだけじゃなくて、その間にレーザーガンが入ったりするんでしょ、姉御、いや失礼! 船長」
まあ、こんな形だけど、この銀河は少しづつ平和になってるわ。
クスミさん、あなたの理想と理念、いつか実現しますよ、私の子孫たちが!
と、結論づけようとしてクスミ2号が多方面へ連絡してることに気付く。
やめろ!
と言おうとしたが、すでに遅く……
「もう、仕方がないなぁ、ノヴィータちゃんは。またまた僕の尻拭いが必要になるじゃないかぁ……」
おじいちゃん!
もうこの世にいない人なのに、なんて隠し機能をつけてくれたの!
主人の失敗やマイナスをカバーするサポート機能なんて、要らないってば!
おまけ銀河のプロムナード(藤子不二雄「F先生、A先生」へのオマージュとして書いた短編)
ここ、何処だ?
少し前には、確かガルガンチュアのコントロールルームでフロンティアやプロフェッサー、エッタ達と一緒にいて、これからの進路と行動方針をどうするか、話し合ってたんだっけ……
うーん……直前の記憶が曖昧だな……
あ、ちょっと待てよ。
こういうシチュエーション、前にもあったよな……
時空を飛ばされて、戦国時代から近代までリアルシミュレーションやらされたな、確か……
ってぇ事は、だ。
「宇宙の管理者! また何か俺に用ですか? 今度は何をさせようとしてるんです?」
《《おお、突然の環境変化にも慣れてきたようじゃの。今回は他でもない、お主に頼みがあってな。我々、管理者のような精神体では、ちょいと困難な作業を手伝って欲しいんじゃ。礼はするぞ、これより先の通行許可という形になるが》》
「はぁ、そういうことなら俺に連絡をくれれば良かったのに。宇宙の管理者ってのは何事も急に実行して、巻き込まれる者の迷惑とか考えないんですか?! まあ、お困りのようですから手伝うのはやぶさかではないですが」
《《快く引き受けてもらって良かった。で、さっそくじゃ、手伝いの内容というのがじゃの……》》
こんなやりとりがあって、俺は今、薄暗い空間(部屋じゃないのは、果てしない宇宙のような広さで分かる。でも、ここには呼吸できる空気も有るんだよ)で、一つの球体をいじっている。
管理者の言うことにゃ、
《《なーに、簡単なことじゃ。この球体に、お主の思念を注いで欲しいんじゃよ。それも、地球を理想として構築するような概念をな。この球体に変化が生じる時、それが仕事の終わりってことじゃよ》》
するってーと何ですかい?
球体に何も変化がなきゃ、いつまでも俺は、ここから出られないと?
なんて反論したら、
《《安心して良い、お主の宇宙船とクルーたちに時間経過は起こらんよ。お主を一瞬の時間の中から取り出して、別時空の中へ入れておる。ここで数百年が過ぎても、ガルガンチュアと他のクルーたちに、お主がいないと気付くほどの時間経過は起こらんよ》》
それはそれは……
長いアルバイトになりそうだな、こりゃ……
で、こんなやりとりから数ヶ月後(時間経過を計るものなどあるわけないから実感での話)……
思念を注いだからなんだろうか、急に発熱してきた。
抱えてるのも熱いから、ちょうど近くに置いてあった地球儀用の台(というのかな? 丸い枠に、すっぽりと球体が収まる)にはめる。
見た目、太陽系は水星の模型みたいだな。
真っ赤に加熱してて、薄っすらとだが大気のようなものが形成されているのが見える。
これが変化?
とか思ったが、管理者の期待する変化だったら声がけしてくるだろうと思うんで、こいつは違うんだろう。
それから、また数週間後。
真っ赤なのは変わりないんだが、そいつに分断線が生じてきた。
惑星のプレート移動の実験でもやってるような感じで、するりと線が入り、そこから大きな塊が分かれていく。
こりゃ面白い。
普通に思念を注ぎ続けるだけだった対象に明らかな変化が生じたことで、俺にもやる気が出てきた。
大まかでは有るが大陸が出来たことで、一気に惑星らしくなってきた。
しかし、こいつにゃ大いなる欠点と言うか、欠陥が有る。
それは、海がないこと。
海どころか、水分らしきものが存在しないようで、いまだに球体は赤い発熱体。
陸が生じても、それが海によって分離できなきゃ、単なる星の活動に過ぎない。
水分が、どうやって生じるのか?
トンデモ理論じゃ、水球惑星みたいなものが宇宙を放浪してて、そいつが星系から星系へ渡ることにより水が分離されていくってのが有るらしいが……
いくらなんでも、そんなトンデモ理論を信じるほどに俺は中二病じゃない。
それじゃ、どうするか?
この球体を惑星と仮定すると、近傍空間に小惑星が存在するはず(真っ赤になっているということは、星が出来る初期の頃だから、星間ガスも濃いかも知れない)
思念を注ぎ、周辺の小惑星や星間ガスを取り込むように命ずる。
果たして数日後……
真っ赤だった球体の表面が薄い赤になってきた。
ところによっては、薄青色になっている。
よしよし、かわいいやつ(俺は、この球体を育てるのに夢中になっていた)
少し時間はかかったが、数ヶ月後。
球体は青色が中心となり、ところどころ土色が見えるような、立派な水球となっていた。
さて、これからが生命体の発生か?
などとワクワクしながら球体を見ていると……
《《そこまでじゃ、それ以上は星の発達に歪みが生じる恐れが出る。よくやってくれた、地球人クスミよ。お主のやりかたをコピーして、これからは生命体のゆりかごとなる惑星の出現比率が飛躍的に増えることだろうて。未来の生命体を代表して、礼を言うぞ。これほどの思念を注ぐことは精神体には辛いのじゃ、さすが現実の肉体を持つ生命体の中でも有数のサイキッカーじゃの。これからも、ちょくちょく助けを乞うかも知れんが、よろしく頼むぞい》》
次の瞬間、俺はガルガンチュアの中に戻っていた。
俺が消えていた数ヶ月間は何もなかったかのように、目的地と方針の討議は続いていた。
俺は苦笑しながらも、その輪の中へ入っていくのだった……
おまけその2万が一にも・・・
新興宗教がメディアの話題になっている星、地域があった。
面白いことに、この新興宗教、攻撃性が皆無と言うほどの特色を持つ。
教団を率いるのは見目麗しい少女。
スポークスマンは青年期を少し過ぎたかな?
と思えるような男性。
その補佐を務めるのは中年域に入って少しばかり経ったかなというほどの男性と、肉欲とは何かを体現しているような女性。
本当に、その4人で大丈夫?
と思えるほど、その新興宗教は爆発的に入会するものが増えた。
それも、増えて当たり前と思えるような入会特典……
*入信するものには数日間の教育期間が与えられ、その後、驚異的な知力と知識の向上が全ての会員に認められる(人によっては、現在の最高学府の教育がバカに見えるくらいの知能向上となる)
*その宗教法人が運営する住居に転居することになるのだが、そこでは住居代や光熱費など一切が無料となる(電化製品などは元の家から持ってきても、後で買っても良い)
ちなみに住居は通常の4人家族が普通に住める3LDKほどの広さのもの。
風呂や洗濯機などは普通のものが最初から取り付けられている。
*お布施や会費などは不要で、年に数回の教育に参加すれば逆に金や銀の小さなインゴットが貰える。
こんな条件、うますぎる!
と思うのが普通……
しかし、そのように勘ぐったメディアの取材班が、いくら取材しようとも上の要件が破られる時以外(入信した家族が教育期間に参加しなかった等)は破門もなく、破格の報酬がよどみ無く支払われるのを見るに至って、入信しようとする取材班まで出るようになった。
面白くないのは、既存の宗教家たち。
現世利益を約束していながらも高いお布施を取り続ける宗教家など真っ先に信者が逃げ出してしまい、逆ギレしたのか本部へ乗り込んできたことがあった。
鼻息荒く、自分の損を補填しろ!
などと息巻いていたが、中心の4名で対応し、数時間後……
「やっぱり自分が悪かったと自覚しました。いやー、生まれ変わった気分ですよ。できれば自分も入信したいのですが、弟子たちを放り出すこともできないので、ここの下部組織として小さいながらも弟子たちを率いていこうと思ってます。それにしても、神も仏もいるんですね、実際に。うまく話せないのですが……私はここで神を感じましたよ」
今まで自分たちを悪く言うものや脱会者は悪魔の手先だ!
などと毒舌と攻撃の言葉ばかり吐いていた人間が、こうまで変わるものか?
と思えるくらいに人間性そのものが変わっていた。
様々なメディアが、教団の中を取材させてくれと申し込んできたが一律に断られた。
スポークスマンの名札を着けた男性が言うには、
「ここの内部は、ある一定以上の知能と知識がないと、うかつに触ると危険なものすらあります。教育期間が終了した方たちは最低限の知恵と知識を与えられているため、事故を起こすようなことはないのですが、あなた達メディアの方々の中には常識も最低限の知恵も無いような方々が見受けられますので一律にお断りしております。あ、カメラや撮影機材を、こちらで預かって撮影し、その後にお渡しすることなら可能ですよ」
この発言にはメディアが反発する。
我々を白痴の集団だとでも思っているのか?
ネガティブ・キャンペーンが誰言うと無く全メディアで行われるようになる。
証拠など何もない、しかし、メディアが悪だと言うなら悪いところも有るんだろうと、心無い大衆は思い込み始める。
大衆を動かすことにかけてメディアは手慣れている。
良い印象も悪い印象も、自由自在に大衆に押し付けることが可能。
事実を書き並べていても印象操作によって何か悪意が有るのではないかと大衆を操作する。
新興宗教団体は急激に信者を増やし、そして徐々に信者を失いつつあった……
その時までは。
その時。
それは、大規模災害が星を襲ったときだった。
あちこちで起きる、同時多発に近い大地震。
それによる異常気象と日照不足・水不足による、さまざまな国や大陸での大飢饉。
おまけに、そこまで行くか?!
とも思えそうな火山帯規模での大噴火を連続して経験する生命体達(人だけではない、あらゆる生命が危機に陥った)
もちろん地域単位・国家単位での救助隊や軍隊の災害支援派遣など、ありとあらゆる善意、時には善意とはかけ離れた思惑での救助隊派遣もあったが、そんなものを吹き飛ばしてしまうくらい立て続けに、その星の上では大災害が起き続けていた……
「もう駄目なのか……この星は、もう駄目なのか……神も仏も、あらゆるものが、この星を見放したのか……」
どんな大活躍をしても一つの命が、その手で救える命なぞ、たかが知れている。
災害を被った者たち、災害を防ごうとする者たち、災害から逃げようとする者たち、全ての希望が潰えたかに見えた……
「さあ、お行きなさい、我が子達よ! その明晰な頭脳、その豊富な知識、そして、今までに考えられもしなかったであろう物を使い、あなた達の手が全ての災害を鎮め、全ての人たちを救い、そして空へと旅立つ基礎を作るのです!」
今までメディアの偏向報道にも何も発言しなかった新興宗教団体の中心、御子と呼ばれる少女の高らかな声と共に信者たちの住む住居の庭が割れ、そこから異形とも言えるものが出てくる。
それは地下の倉庫部分に置かれていた直径50mもの球体。
一個の球体につき約10名ほどが乗り込み、次々と宗教団体の住居と思われていた地域から発進していく。
発進……
そう、発進である。
どんなエンジンと制御法を使っているのか分からないが、その球体は恐ろしいほどの加速力で空へと飛び去る。
ここに、星の民は、ようやく気付く。
新興宗教団体という隠れ蓑で覆われていたのは今の科学知識と最新テクノロジー、最新科学理論すら超える異様な航空機を持つ超人的頭脳集団だったのだと。
惜しいかな、その想像は半分、当たっていた。
超人的頭脳が人為的に開発されたものだということ。
そして球形の機体、実は宇宙航行すら可能なものだとは、もう人々の想像を越えていた。
直径50mの宇宙船は、その腹に様々な救助資材を搭載していた。
それを操る、たった10人。
ただし、その10人が全て経験豊富なプロフェッショナルだったとすれば?
数人は瓦礫排除のために強化外骨格の出力を全開にして辺り一面の瓦礫の山を見る見る片付けていく。
また数人は重傷者から軽傷者まで、もう横たえるベッドすら足りない状況の病院やクリニック、町村の待合所すら使って傷病者の手当を行う。
彼らが使用するのは、圧力を利用した皮膚注射器。
痛みは感じず、薬液だけが患者の体内へ入っていく。
また彼らが使用する薬剤は一種類のみのようで怪我人も病人も全て同じ薬液を注入する。
医者は止めさせようとしたが自分たちが使う薬も包帯すら無いことに気が付き、毒物ではないとの説明に一応、やらせておくことにする。
数時間後……
広範囲に渡って災害を被った地域は、とりあえずの道整備、傷病者の回復により明るい笑顔が戻っていた。
「一体、どんな薬を使ったのかね? 病気も怪我も、それだけで治るような薬など、ありえない! これは錬金術の万能薬ではないか! 数百年前の話だろうに」
未来の薬ですと宇宙船に乗ってきた者が答える。
一種の薬ですが考え方自体が違う理論で開発されているのです。
分析に回しても生理食塩水くらいですよ、検査機に引っかかるのは。
それだけ言うと、まだ手を付けられてもいない地域へ飛び立つ。
医者、政治家、警察や消防組織、軍の救助隊らは自分たちに扱えるレベルじゃない遥かに高度な救助機材が、手慣れているかのごとくラクラクと動かされているのを見て俺達とは根本的に違う種類の人間たちだなと呆けた頭で思うだけだった……
「まだです、まだまだ天の怒りは収まりません! ただし、子どもたちよ、安心しなさい。一番大きな天の怒りは空におられる巨大なる御手が鎮めてくれましょう。私達は、この眼の前の惨状を救えばよいのです」
数十機の球形船が、その宗教団体住居の地下より発進していったが、もとより災害規模に対して、そんなものは焼け石に水。
しかし、いつの間にか直径50mの球形船は、その数を増やしていた。
増やしていたどころの話ではない。
実際には航空機も飛べない成層圏の、ほぼ宇宙空間に近い高度に巨大な母船、直径5kmほどの球形船が浮かび(大災害の最中に降りてきていたらしいが、その時には人々は天を仰ぐ余裕すら無いので確認は無理だったろう)そこから無数とも言える小型球形船を吐き出し続けていた。
完全なロボット船だろうか、その母船から吐き出された無数の小型球形船は数隻が集団となり、あらゆる方向へと散っていく。
目的地へ到着すると救助資材と機材が勝手に放出され、機材の中のロボット救助隊らしき集団が救助機材や資材を用いて瓦礫を撤去し、死者以外を治療し、そしてとりあえずの避難所として人々や動物を対象に住居を構築し始める。
それは圧縮された住居とでも言うのだろうか……
材料はわからないがパックされている1m四方の立方体をロボットたちが瓦礫撤去後の空き地へ運ぶと、そこで圧縮袋(?)の開放操作を行う。
瞬時に元のサイズに戻る住居は、ポン!
という破裂音に近いものを響かせながら、次々とパックを開けるように、そこに構築(設置?)されていく。
恐る恐る、その設置された新住居に近寄り、中をのぞく被災者と動物たち。
人には住居、動物たちには馬小屋とか牛小屋に近い簡素な建物を提供するようで、言葉を発しないロボットたちは次々と作業を進め、それが終了すると、これまた何も言わずに球形船で去っていく。
ただし、その地区の警察や政務を執り行う部署には、予め(御子ではない声で)災害救助に向かうと連絡があった。
「危険な場所には近寄らない、崩れた、倒れた家屋やビルにも近寄らない。人命救助だけに徹していただきたいのです。あとのことは我々がやりますので手を出さないで下さい。くれぐれも、これだけお願いしますね……あ、そうだ。作業に関して何の代償も金銭も不要ですので。質問や疑問があっても後にして下さい。災害復旧作業が終わりましたら団体を代表して声明を出しますので」
これを聞いていた役所や警察、軍の救助隊は、瓦礫撤去や道路の復旧は何も手を付けず、ただただ人命救助に走り回っていた。
後に球形船の圧倒的な技術を目のあたりにした軍の救助隊や消防組織の隊長クラスは、こうメディアのインタビューに答えている。
「あれは、とてもじゃないが人にできる技じゃないと思ったね。高層ビルがまっぷたつに折れて倒れているものが、みるみるうちに片付いていくんだ。道路も幹線から裏路地まで、あっという間に舗装までされて行くんだ。おまけに俺達が救助しても、もう手遅れに近いと思った重傷者が、数分後には息を吹き返してるんだ。次の日には容態が安定し、命に別状なしと判断されていくとは無茶苦茶な事だぜ。こんな集団、率いているのは新興宗教団体だって? いや、違うだろ。こんなの神様自身が率いてる天の軍団じゃないのか? 天使ってロボットだったっけ?」
もう、答えも支離滅裂になっている。
災害復旧には、一ヶ月かかった。
惑星規模での大災害である。
よくもまあ一ヶ月で復旧できたものだ。
ようやく終わりか、と皆が思った時、大活躍が一段落していた御子が言葉を発する。
「まだです。まだ最終の災害は来ていません。太陽が膨れ上がり、とてつもない高熱と宇宙線が、この星を襲うのです……が、しかし、何も心配しなくて良いのです。空の彼方の大いなる存在が、その巨大なる御手を差し伸べて、太陽を沈静化してくれるでしょう。我々の知らぬところで偉大なる存在は、その巨大な力を振るうのです」
その言葉で、あらゆる天文台が太陽へと、その注意を向ける。
数日後、太陽黒点の異常な数値が報告される。
それまで変わること無く輝いていた太陽が、その一瞬(太陽にすれば一瞬、それは数年にも数十年にも及ぶかも)だけ牙を向く兆候を見せる。
しかし、その数時間後に太陽黒点は正常な数値になり、通常の輝きを取り戻した太陽はいつもの優しい顔を見せる。
御子は、その翌日、声明を発表する。
「この星の子らよ。空の彼方の偉大なる存在により太陽も安定化しました。もう全て終わりました、安心して下さい。そして偉大なる存在からの言葉として今回、私達が使った船や機材のデータを全て公開します。この団体も解散しますが、これは、この星が次の文明段階、宇宙文明へと向かう基礎となるためです。私も、これにて、この星を去ります。これからは、あなた達が、この星を見守るのですよ……」
そこまで言うと御子と呼ばれる少女はキラキラと輝く光に包まれ、その場から消え去った。
慌てた教団員たちが、あとの3名を探すと、そこには一枚のデータチップだけが置かれていて3名の姿は無かったと言われている。
データチップにあった様々なもの、特に宇宙航行すら可能な球形船のデータと、それに必要なエンジンとエネルギー炉の設計図と理論は、あまりに時代を超越しすぎていて、それが解読されて試作宇宙船が誕生したのは、それから数十年後にもなった。
ただし、それから星系内に宇宙船が飛び交うまでには、それほど時間はかからなかったそうで。
この若い宇宙文明に、もう一つの秘密、跳躍航法の理論とエンジンのロック解除の栄誉が与えられるのは、いつのこととなろうか……
それこそ、神ならぬ身に分かろうはずもない……
「あーっ! 久々に別の姿になりました! 大人の姿ってのも良いものですね。たまには大人の姿になりましょうか? キャプテン」
「やめてくれ、ころころと変身しまくると誰が誰やら混乱する! しかし、エッタ、今回はご苦労さま。ライムとのコンビで働いてもらったけど、うまく行ったな」
「私は本来、ご主人様のような方にお仕えするのが通常任務なんですけど。ご主人様やゴウさんのコピーを使ってみましたが、けっこう面白い生活でしたわ、御子って」
「俺のコピー人間とはね。師匠と俺がガルガンチュアに居残りするって決まった時には、どうなるかと思ったけど、あの星、大丈夫ですかね?」
「太陽の不安定化は太陽制御装置を打ち込んであるから大丈夫だとしても問題は国家間か……惑星統一国家になるのは、いつになるかねぇ……データチップを渡すのは早すぎたかなぁ」
巨大なる合体宇宙船は今日も宇宙を旅する。
まだ見ぬ星、文明、そしてトラブルを求めて……