第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第四十七話 その星には、今日も強い風が吹く

 稲葉小僧

その星は強風が吹き荒れる世界だった。

風速20mを越える風が常に吹き荒れ、それが止むのは年に数日しかない。

その星では生物の進化が遅れた……

自然の猛威に対抗するので精一杯というのも確かにあるだろうが。


その星で知能を持つ進化を成したのは猿系の生物ではなく、モグラやネズミ系の生物たちだった。

地面の下なら強風が吹き荒れる地上とは違い、ゆっくりと生きることが可能だった。

そうは言っても地上に近いと風だけではなく雨水や他の影響も受けやすいため、自然と地下トンネルは深く掘られるようになる。

水の侵入が厄介だったが迂回路や排水口という技術の考案・発展により地下の巣は安全なものとなり、ゆっくりと知性を進化させる余裕も出てくる。


巣は時間を経て小さな家となり、家が集まって集落となり村となり町となる。

町と町が地下のトンネルで出会い、時には戦いも起きたが概して平和的に町と町は融合し、または大きな町が小さな町を吸収合併して、町から街へ。

街がいくつか集まり都市となり……

長い年月のうち、いつしか巨大な地下都市が築かれ、そして巨大都市が集まって国という概念が生まれる。

そこは巨大都市の周辺地域となる田舎じみた町。


「ごほっ、ごほっ。あー、今日も空気が汚れてるなー……ちゃんと空調装置と集塵装置が動いてないんじゃないのか?」


朝の通勤時間。

モグラ人の男(雄とは言えない。モグラ族ではあるが二足歩行してるし、ちゃんと服装も綺麗に洗濯してある)は、そう愚痴りながらも汚れた大気の中、遥か百m上の地上から強化ガラスと鏡の組み合わせにより導かれた太陽光により明るい地下世界にある鉄道の駅へ急いでいた。

ちなみに今の光量では明る過ぎて目を痛める恐れがあるのでモグラ族の多くは真っ黒なサングラスをかけている。

最新の技術により光量によってレンズの色を変える特殊コンタクトレンズが発明されているので少々価格は高いが、おシャレに敏感な若いモグラ族の男女はメガネ派ではなくコンタクト派が若干いる。

ころころと瞳の色が変わると言うので流行に敏感なネズミ族でもコンタクト派が出現している(ネズミ族は視力に問題を抱えていないのでコンタクトを装着する必要がないが、伊達コンタクトと呼ばれる)


今日も汚れた空気のため、導かれた太陽光の夏の光が引き起こす光化学スモッグ現象が起きそうだなと思いながらも、ちょうどホームへ入ってきた電動車に乗り遅れまいと焦るモグラ族の男性。

どこでも一緒、毎日の見慣れた光景……

そんな一日が始まる。

そんな思いを皆が持っていた。

それが起きるまでは。

それは朝のラッシュ時間が終わるかと思える時間……


「おい、アレなんだ?」


偶然、空(地底では天井を仰ぎ見る行為を、空を見ると言う)を見たネズミ族の一人が、そんな事を呟いた。

空(天井)から何本もの糸、いや、ロープ? が下りて来ている。

そして、それを伝って地上(地下国の道路を、地上と呼ぶ)へ降りてこようとしている影が数十名……

その時より地下国に安寧は無くなった。


地上では荒々しい風が吹き荒れ、静かだと思っていた地底国には血の雨が降る……

そしてそれは後に「災いの朝」と呼ばれる事となる……



ここで時を遡り、所も変える。

ここは強風が吹き荒れて止むことのない(止むのは年に数日のみ)地上世界。

文明どころか生命すら長らえるのが難しい環境に、それでも生命はあった……


最初は波が高いなどというレベルのものじゃない高波が常に発生している海の海上ではなく、海中。

海上に近い浅い海中では高波にさらわれてしまうので、海中深く、生命は発生し、安定して栄えていく。

深海から中層まで生命の満ちた海には、そのうち強風に対応して浅瀬まで進出する種族も出てくる。


最初は中層から浅瀬へ。

おっかなびっくり進出していった生命体(魚類?)は当然、高波にさらわれて砂浜や崖へと運ばれる。

岩に叩きつけられて開きになる奴もいるが、少しの傷で生き残り、強風の中で地上と海の両方に適応する種族もでてくる(両生類?)

そのうち、身体を平べったくして風に負けない移動力を手に入れる四足歩行の陸上適応者が出現。

ただし、平べったい身体のままでは移動速度も遅く、よちよち歩きに近いものにならざるを得ない。


次、身体。

通常のサイズで幅も長さも高さもある爬虫類のような生物が現れる。

最初は強風に負けてしまい、歩き出そうとすると転倒し、使い物にならない。


それでも段々と、背びれのように見える扇形の薄膜を張った器官を持つようになり、移動を阻害する強風を逆に利用する種類も登場。

どうやって移動するかと言うと、移動したい方角へ風が吹いているなら簡単、風を遮る方向へ帆のように見える器官を動かし、そのまま風に押してもらったり、短距離なら浮くくらい、移動に力を入れずにすむようになる。

逆風の場合は? 

帆の角度を工夫して、ジグザグに進むような形になる(効率は悪いが、風に逆らうように自分の体力で進むより楽)

様々な方面へと進出することとなる、この種族は、後に帆を羽に代えて、この強風の星に初めて登場する鳥類となる。


あくまで地上の闊歩にこだわる種族は、最初、地上にはびこる背の低い木や雑草類を利用して自分たちの巣を造り、そこを基点として動き回る事となる。

ここから、地上種と地下種へ分裂していくこととなるが、地下種の歴史は前回語ったので、これまでに。


地上種は巣の安全のため、巣の回りに壁を築く事を覚え、それを厚く、高くしていくことを子孫たちにも教えていく。

いつの間にか、あちこちに小さな壁に守られた巣が連立し、それが集まって集落となり、村となり、町となる。


歴史は地下と同じで繰り返すが、地上には風の影響がありすぎて、地下ほどの進化は無い。

壁から出る探検隊や、外敵から町を守る守備隊などが結成されるが、壁から出るというのは生命の危険に晒される。

他の町との交流が、なかなか活発にならないのは仕方ないが、この強風が他の町との戦争も制限しているのも確かだった。


地上での確実な移動手段が確立されるまで地上では大都市になり国になるような進化は時間がかかる……

その間に地下では大都市、国への進化が完了して、ちょっとした高層ビルや舗装路も完備されていく。

ついでに地上からの採光と換気の問題も徐々に解決されていく。


ようやく地上世界が大都市や国家としての概念を得るようになったのは、地下世界とは1000年ばかりズレた頃。

かたや近代、かたやローマ帝国のような、あまりにズレた常識と国家感覚。

この2つが出逢えば衝突と戦争……

予定されているような結果。


幾世代が過ぎただろうか……


とうとう、その日がやってくる。

地上では数世代前、ついに強風の中での移動を可能とする移動機械なるものが登場。

ティアドロップ形をした移動機械は逆風でも何のその、時速100km近い速度で走ることが可能なものだった。

心臓部は石炭を燃やして得た蒸気、つまり、この地上で初めての蒸気機関である。

その蒸気でタービンを回し、横風でも倒れない重さを持った鉄の塊を充分に加速する事が可能となった。

移動機械に乗れる定員は50名。

線路のない汽車と言う方が早いと思うようなデザインをした巨体と、その巨体を前進させることができる心臓部があって初めて地上の民は強風に怯えること無く隣町や隣国へと行けるようになる。

とは言えエネルギー源の石炭は地中にあり、露天で掘れるものは限られている。


その頃には、もう地上の民と地下の民は互いの存在を認識していた。

そして限定的だが貿易も成立していた。

地下の民は地下深くにある宝石や石炭を。

地上の民は地上でしか実らない畑作物や果実、そして危険を犯して獲ってきた海の幸、山の幸を。

互いに欲しいものは重複していないため、この小規模な貿易は長く続く。


しかし、地下の民に危機が訪れる。

地上との取引で食糧事情が改善したこともあり、地下人口は膨れ上がっていく。

居住スペースの問題で、あまり上空に余裕がない地下空間にも高層ビルが建てられていく、天井まで余裕がないくらいに。


地上の民には、もっと深刻な問題があった。

過去には問題とされていなかったが地下からの排煙、空気循環のために排出される汚れた空気、そして汚水の問題だ。

自分たちの分だけでも設備構築と維持管理に手間と費用、なにより人員が必要なため、貿易協定の会議の度に地上から地下への問題提起は続く。

ある程度、地下都市国家は地上へ依存している事は理解しているため、建設や維持の費用の一部負担は了承してきた。

しかし、最近の地下都市国家の国民増加率は看過できないところまで来ていると地上国家は訴える。

今の空気と水の浄化設備では、とてもじゃないが間に合わない。

かと言って今すぐに浄化設備など造れるものじゃない。

数年間でいいから人口増加を抑止してくれと地上国家の代表達は地下都市国家の代表たちへ頼み込む。


だがしかし……

もともとがモグラやネズミからの進化生命体。

産めよ増やせよは遺伝子レベルで命令されている決定事項になっているため、環境が良くなれば人口が増えていくのは当然のこと。

いくら頼まれても、こればかりは国民そのものが承知しませんと断るしかない。

地上国家の代表達は落胆すると同時に地下都市国家人口増加のカーブに、ある事を想起してしまう……


今は、地下より地上のほうが国民の数が圧倒的に多いが……

百年も経たないうちに、追いつかれ追い越されてしまう……

これは地下が地上を支配するという前代未聞の事が起きるのでは?! 

地下都市の拡大工事など事情としても大事だし、新しい都市を作るのも大変だという事が、いまいち理解できていない地上の国家責任者たちには地下の苦労など分かるはずもない。

様々なデータから人口増加にはすぐに歯止めがかかるという事も読みとれるはずだったが……

そこまで頭の切れる官吏や政治家がいなかったのが地上と地下の不幸の始まりだった。


あるとき地上でもひときわ大きな都市国家が他の国へと秘密の地上国家のみの会議開催を促す。

その議題は地下都市国家への侵攻と、その支配を含むもの。

その議案は案どころの話ではなく綿密に計画された地下への侵攻計画そのものだった……


地帝国側には秘密裏に地上国側の調査隊(これは表の調査。商人に化けて地底国へ潜入し、社会情勢などを調査する)と地底国から民間人、できれば親戚縁者の少ないものを誘拐してくるという裏の探索隊も派遣される。

まだまだ地底国側への宣戦布告ができる状況でもないし、地上国と地底国の技術格差を考えると戦争しても負けるだけ。

そんな事は分かっているはずなのに、それでも国家人口すら地底国に抜かれ、どの分野でも地上が地底に敵わないのを思い知らされるよりはマシと考える地上国側の支配者は大勢いた。


最初は数人、特定技術者や最先端技術者が狙われ攫われ、または金銭と地位で国家を裏切る者も若干名いたため、だんだんと地上と地下の技術レベル、特に兵器分野のレベル格差は縮まっている。

問題は工業レベル。

特殊な工作機械を使わなければ生産できない特殊機器のブラックボックス部分が、どうしても地上国ではコピーできないため、違法とは分かっていながらも高額な報酬と利益のために協力する地底国側の民間兵器工場から密輸入するしか無い……

数年後、特殊工作機器をパーツ単位で密輸入して地上側で組み立て、それを試行錯誤の末に稼働状態にすることが可能となり、ブラックボックスの密輸入は中止された(ブラックボックスそのもののコピーが可能となったがゆえ)

薄々は地底国側も気づいていたようだが、あまり敵対意識を煽るのもマズイだろうと地底国の国民側に報道する事はしなかったのがマズかった……


「諸君! 地底国と我々地上国の技術格差は、およそ1000年近かった! しかし、耐え忍んだこの30年で、その差は数年となった! これ以上は地底側も警備を固めているだろうから技術を盗む事は難しいだろう。今! 今こそが地底国へ攻め込むべき時だ! 今を逃せば、また地底と地上の格差は広がる。地底のモグラやネズミらに大きな顔をさせておいて良いのか?! 地上人のプライドを壊されたくないのなら、今こそ立ち上げる時だ! ネズミやモグラ、殺すんじゃない、駆除するのだ!」


無茶苦茶な理屈ではあるが、それすらまかり通る情勢と民衆感情が高まっていた……

地上国連合軍は、地底都市国家群(一つ一つは小さな都市。それが地下鉄道で繋がっている)への侵攻を決定する。


まずは、地底国の排気口を半分だけ故障させるところから始まる。

修理班が来るが、ちょっとやそっとでは復旧できないくらいに、それでも動物や自然の故障を装い、修理を困難化させる。

次は、排水口の目詰まり。

30%も目詰まりさせると、都市の機能は半減することになる。

そうしておいてから、ようやく本格的侵攻準備に入る。


まず先発部隊が地底国内部で手引きする人員によって裏口から侵入する(裏口はゴミや廃棄物の処理用に使うため警備がゆるい)

そして警備兵を始末して後、本格的に軍を侵入させる。

侵入した軍隊は地底国の主要道路や主要鉄道などは使わずに高層ビルの最上階や屋上を伝い、それぞれの侵攻ポイントへと到達する。

高層ビルの最上階は天井と近いため下降用ロープは天井へと打ち込まれ、そこから空挺奇襲に近い形での侵攻となる。


「あ、アレを見ろ!」


「蜘蛛?」


「4つ足だ!」


「はっ! 人だ、軍隊だ!」


地底国は、ことここにおいて、ようやく地上側の地底国侵攻を知ることとなる……

地底国側は政府として最低の備えしかしていなかったため、この地上軍の侵攻に対し、初期対応が出来なかった。

技術格差の、あまりな開きのため驕りがなかったとは言えまい。

なすすべもなく最初の地底都市は政府機関の主だったところが占拠されてしまい、さらに有線放送設備も地上軍の手に渡り、放送によって地上軍が地下都市を占拠してしまったと気がつく市民すらいる始末だった。


「こちらは地上国連合軍。我々は、この都市主要施設を占拠した。無用な抵抗をしなければ我々はここの市民に対し武器を持ち出すことはないと約束しよう。ビルや家から出て道路上に並べ。これから我々の指示下に入ってもらうため、とりあえずの員数確認を行う。乳幼児と老人以外、子供も大人も全て道路上に並べ。例外は認めない、後で員数確認時に違いがあれば、その時にはレジスタンス扱いにするので、そのつもりで。さあ、ビルや家から出るんだ!」


わけも分からずに、とりあえず恐怖で外へ出る市民たち。

一部の引きこもりはどうなったか? 

強制的に部屋から引きずり出され、点呼の対象となったところで拘束が解かれる。

レジスタンスとは、とても思えないが、それでも軍の監視対象から外れる者がいるということを軍は異常なほど嫌う。

とりあえず住居の確認と乳幼児や老人の員数確認もあとで行われ住人は家やマンション、アパートや会社へ戻される。


「君たちは我が軍の捕虜扱いとなる。抵抗しなければ軍は君たちに対し危害は加えない事を約束しよう。しかし、それも君らの同胞、他の都市国家の地底国軍が攻めてこなかったらの話だ。残念だが、そうなった場合に君たちの扱いと生命に対し保証はしかねる。それが戦争というものだ」


こんな地上軍に対し、地元の政治家だろうか食って掛かる人物がいる。


「そもそも私達は抵抗しないって言ってるんです! 生命の保証だけでもして下さい! それじゃなければ違法な軍の侵攻そのものを今すぐに中止して引き上げなさい! この私が命令します!」


通常の議会においても自分中心の意見だけを述べ、相手の言うことを全く聞かない「駄々っ子」と異名を取る議員であったが、それに対する地上軍司令官の回答は……


「我儘が、こんな事態にも通用すると思っているのか? おい、見せしめだ。銃殺にしろ」


司令官の命令で泣き叫ぶ政治家を棒杭に括り付け、無情な命令が実行される。

バババババーンーーー……

誰の撃った弾が当たったか分からなくするため、数人が一発づつ撃つ。

中には外す新米兵士もいるだろうが歩兵銃を数十mの距離で外すやつは少なくとも古参兵以上にはいない。

硝煙の煙が消えた後、棒杭に生命体は見えなかった……

そこにあるのは、たった今まで生きていた政治家だったもの。


ここでは一人しか銃殺にはならなかったが他の地区、とりわけ政治の中心部である議会周辺では、このような「おつむ左巻き」政治家が数多くいたらしく結構な数の射撃音が聞こえることとなる。

あっちでも、こっちでも銃の発砲音は無数に聞こえ我儘政治家の一掃が終了した時には都市の占拠宣言から4時間も経過していた。

そこから数日間、葬儀場の大活躍があったことは、ほんの一部しか知らないことだ。


地底国側でも占拠された都市住民救出のため、急遽、救出と反抗の足がかりのための軍が組織されたが、まだまだ地底側は地上側の決心を甘く見ていたようだ。

少人数の選抜部隊にして地上軍を刺激しないようにと時間をかけて占拠された都市に侵入するはずが、表門も裏口もびっしりと地上軍の警備兵が固めていて、ちょっとやそっとでは中の状況すら確認できない始末だった。


「隊長! 我が軍のものではない人影を発見!」


「よーし! まず撃て! それから誰何だ」


乱暴だが、それが戦争。

まだ平和な時を夢見ている地底国側と地底国の殲滅も辞さない覚悟で戦争しにきている地上側の意識の違いが、ここに出る。

事前の作戦会議も満足に行わずに、やれ救い出せ、それ戦況の確認が先だ、などとバカなことを言い出す政治家が送り出した選抜軍……

半数以上が死傷し、ほうほうの体で逃げ帰ってくることとなった。


ことココに至り、ようやく地底国側も理解する。

あいつら(地上軍)俺達を完全に殲滅しにかかってるなと……

地底国側も、いよいよ本気モード。

占拠された都市は、とりあえず放っておけば良いとばかりに本格的な軍備と参謀本部や指令本部の構築に着手する。

戦況は膠着していたので地底国側には時間の余裕が生まれた。

三ヶ月後、ようやく反抗作戦が整い、地底国側の軍が占拠された都市に向かう。


地底国軍の戦術は簡単。

まず占領された都市を封鎖、その後、換気や排水口などの施設を使用できなくし、地上軍との捕虜の解放と引き渡し交渉。

戦争終了時に民間人の殺害についても両国で交渉と裁判を行うという戦後の条約を結ぶこと……

他にも高度な軍事技術の公開と非公開の線引き等の交渉も有りうると予想される。


地底国軍、作戦遂行。

数週間後、空気の汚れと汚水の問題は占領軍である地上国軍にも捕虜となった地底国市民たちにおいても相当な負担となる。


「ええい! なんだこの汚れた空気と糞尿の目を刺すような刺激臭は! 参謀、副官、原因は分からないのか?」


占領軍司令官が、とても堪らんと言いたげに朝も早くから占領軍本部ビルへ乗り込んでくる。

朝イチで苦情をぶちまけられた格好の参謀や副官は、


「少将閣下、落ち着いて下さい。排気口の故障と排水設備の故障です。ただ、この都市内部で対処できるものでは無さそうで市民に聞いたら中央都市から技師が派遣されて修理されるのが通常なのだそうです」


「何、すると、この汚い空気と糞尿の匂いは、すぐに何とかできないのか?! これでは部隊の士気にも関わるぞ。一刻も早く修理して元通りの大気と上水道の状態に戻すんだ!」


自分たちでできることはやってますが、これ以上は何とも手がつけられないんです……

などという部下の泣き言も指揮官の耳には入っていなかった……

結局、特殊な部品が必要だとのことで地底国と地上国の交渉の末、中央都市より修理部品を持って専門の修理業者が派遣されてくるので、その修理技術者は受け入れる事となり、その代わりに子供や女性の解放と引き渡しを行うこととなった。


「ようやく作戦の初期段階は成功したな。これで少なくとも子供や女子の動向や安全を気にすることはなくなった。しかし、男ばかりとは言え、まだあの都市には捕虜が一万人どころじゃない数で存在している。次の作戦に移る前に修理技術者として潜入した軍の技術部隊からの現地情報を詳細に報告させろ」


地上の民と違って地下の民は気が長い。

それだけ長く安全な気象条件の地下で暮らしているということだ。

これだけ気性や考え方、文化や政治の方向が違ってくると、もう全く別の民族、互いに互いをエイリアン(異邦人、つまり理解不能で異質な生命体)と認識しているようで。

双方にとり気味の悪い文化と文明の隣人だった事が最悪になっただけという見方もある……

どちらかと言うと、危険な地上が豊かで高度な文化と文明を築いている(と勝手に思っているだけ。地下には地下の見えざる苦労がある)地下に対して羨ましさと自分たちの僻み(ひがみ)妬み(ねたみ)嫉み(そねみ)の感情が一気に吹き出したと考えるほうが正しいのかも知れない。

普通なら、ここまで正反対の気風や文化が地上と地下という同一地域での上下で分かれて発達、発展するようなことは考えられないが可能性という船は、いつも最悪のほうへと針を進める。

占領された地下都市に入り込み数日間の潜入調査を行った地下国軍の技術部隊隊長は、次のように報告書をまとめる。


いわく、これは互いの認識と思いのボタンのかけ違えが、途中で間違えたことに気づきながらもやり直しができないところまで進んでしまったのが最大の原因だろうと。

現地作業の間、作業を見学しに来ていた民間人(捕虜は手厳しい扱いを受けていると考えられていたが比較的自由な行動が許されているとのことだった)や作業を監視管理している地上軍にも作業と作業の休みの間に世間話を装い、様々な事を聞いてみたが……


「俺達も、できるならこんな事はやりたくないよ。強風が吹いている地上でも、やっぱり俺達の故郷だし他国へ長期間の遠征は寂しいものがあるよな。司令官と、軍の派遣を決めた政治家はそうじゃないみたいだけど。俺達が手を出せない高度な修理技術を持ってるあんたたちが来てくれて実を言うと助かったんだ。この汚れた空気と溜まりに溜まった汚水処理は、とてもじゃないが俺達じゃ手に負えないからね。公式には感謝は言えないだろうがオレ個人としての感謝は受け取って欲しい」


という証言もあるので地上人の全てが地底人を憎く思っているわけではないとの意見もある。

おそらく地上国の政治家と軍の一部が暴走したことが、この最悪の結果を生んだと思われます、と報告書は結んでいる。


地底国も地上国も互いに引けない状況に陥った……

とは言え、これ以上の軍事行動は地下国軍の最新設備と武器を持つ、最新にして最強の「地底自衛艦隊」を動かす恐れも有り、地上国側も動くに動けない状況にあった。

動けないなら負けを認めて軍を引き上げれば? 

という回答は、こと軍事行動においては無理な選択。

千日手に近い状況に陥った地上軍と地下国軍。

誰言うと無く、この状況を打開してくれる他者の存在を思わず知らず誰もが望んでいた……



一方、こちら久方ぶりのガルガンチュア一行。


「ん? 何だか、すっごく久しぶりに出番が来たような気がするが……気のせいか?」


楠見が何か察しているようだが、そんなことは無視してストーリーは進む。


「主、何か気になることでも? 落ち着かないようだが」


こちらも久々のガレリア。


「ん? いや、ちょっと気になる思考波が届いてね。どうやら、宇宙時代には到達してない文明が下手すると絶滅戦争を起こしそうな雰囲気なんだが……どうしようかと思ってね」


普段の楠見なら後先なしでトラブル解決! 

とばかりに駆けつけるのだろうが今回は少し違うようだ。


「あのー、師匠? トラブルと判定したら何でも解決するのがガルガンチュア一行でしょ? 何を悩んでるんです?」


と、郷。

確かにトラブルになる可能性の高い事件に対し、これほど消極的な楠見は珍しい。


「いや、トラブル解決に動きたくないわけじゃない。ただ、この頃、思うんだよ。果たして俺達ガルガンチュア一行が宇宙時代にも到達してない文明に対し介入してしまっても良いものかと……確かに今までも宇宙時代前の文明や個人に介入してたんだが、あれは多少なりともテレパシー能力を持つ個人が相手だったし……例外もあるのは分かってる。今回、俺のテレパシー能力に引っかかった思考波は個人のものじゃない。テレパシー送信能力を持たない種族の、多分だが種族全体の思いみたいな物が強いテレパシー波となって届いたようだ」


「ふむ……私のテレパシー受信設備にも他の三隻のテレパシー受信設備にも届かないほどの、か細いテレパシー波ですね。しかし、マスターには受信されたと……マスター、これはもうマスターのテレパシー能力が宇宙の管理者レベルに届き始めたという事ではないでしょうか? 肉体を持つ生命体が管理者達と同じレベルでのテレパシー能力を持つという事は、恐らくですが始祖種族すら超えていると思われます。推測ですがサイコキネシスの方も、とてつもないレベルになっているのではないかと」


フロンティアの意見、楠見は多分、正解なのだろうと思う。

このところ大小様々な星雲、銀河の近くを通る度に種族全体の思いを乗せた潜在的なテレパシーを受けることが多くなってきたのを自分でも感じているから。


「フロンティアの意見、多分だが正解だろうと思う。で、その上で聞きたい。この一惑星上の戦争、トラブル認定して俺達が介入すべきだろうか?」


「ちょっと意見を。我が主の心は、もう決まっているのでは? 我々は我が主の心のままに従うだけです」


プロフェッサーが楠見の痛いところを突いてくる。

本来、楠見は、この超高性能な宇宙船の指針を示すのが役目。

よって参考意見ならともかく他のメンバーの意見で指針が左右されることは、あってはならない。


「プロフェッサー、この重大な場面で真っ当過ぎる意見を……はぁ、分かったよ、分かった。俺の意見を言うぞ。これは宇宙時代に到達できる可能性を持った文明だと思う、だから絶滅戦争を回避するため、俺達は介入すべきだろうと思う。これに反対のものは?」


誰もいない。


「よし! それじゃ決定! 進路およびポジションを言うので、そこへ向かってくれ。ガルガンチュア、出動だ!」


この瞬間、もう強風の吹き荒れる星には平和が来ることが確約された……


ガルガンチュアは素早かった……

そして慎重に行動した。

銀河の縁から一気に対象星系の最外殻近くまで航行し、そこからは大型搭載艇を駆使して該当惑星の衛星軌道に停泊する。

そして……


「マスター、ここから観測するだけでも争っているのは地上と地下の生命体同士ですね。進化した大元が違うため種族同士の反発も大きいようですが……争いの大元は違うようです」


フロンティアの言葉を聞いてプロフェッサーが、


「大元の原因は一目瞭然というやつですね。ここからでも分かる、あの地上を覆う強風です。止むことのない強風惑星とは、また厄介な星ですな」


「そうなんだが、その強風の大元の原因を考えると……だな。やっぱり、これって」


楠見の呟きに、


「ご主人様、これは月がないことでしょうか? 惑星につきものの衛星がないから、大気の擾乱がとめどないほどに大きくなってるんじゃないかと思われますが」


エッタが答える。


「そうだな、正解だよエッタ。大元の原因は大気の乱れに歯止めをかける外部からの潮汐力が全く無いこと。主星からの影響は受けているが、そんなもので歯止めがかかるほど大気の乱れは小さいものじゃなかったということだ。これは他の星でも言えるが、よほど大気が安定している惑星じゃないと衛星のない孤独惑星じゃ酷い事になるって見本だ」


「と、言うことはですね。ガルガンチュアチームのやることは決定してるようなものですよね、キャプテン」


「そうだ、ライム。俺達のやることは唯一つ。この星に月を持ってきてやることだよ。月さえあれば、この強風も落ち着く。地上と地下で争うこともないし宇宙船の発着に関しても安全になるって事につながる」


楠見の決定に従い、ガルガンチュアは久々に各宇宙船が分離し、小惑星帯やカイパーベルトへ向かって人工衛星(直径5000kmほどの人工の衛星)の材料確保に乗り出す。

もう、ここから普通じゃないが。


「主、コアとなる小惑星は、どれにする? あまり小さいと、衛星化する時にくっつきにくくなるのだが」


ガレリアが楠見に質問してくる。

楠見は簡単だよと言いたげに、


「あ、それは予備に格納してある大型搭載艇にしてくれ。これなら衛星にして、あの惑星の月にした時に微妙な位置調整が可能になるだろ? もし万が一の時にも直径500mの避難所があると分かれば安心できるんじゃないかな、あの星の生命体も」


まさに、到れり尽くせりの見本だ。

楠見の案通り、万が一の避難所と移民用宇宙船を兼ねて、コアは大型搭載艇を利用し、搭載艇の外郭へと細かくされた小惑星の破片が接着されていく。

ある程度大きくなったら搭載艇のエアロックへの道を開けるのはお約束。

とてつもない大工事だと感じるが彼ら自身は「泥団子を大きくしているような気分」だと思っている。

もっと大きな事業や作業も過去に経験しているので、このくらいは何とも思わない、ちょっとした日常作業の延長。


さすがにガルガンチュアの圧倒的な技術力とエネルギーを持ってしても、人工衛星を作り上げるのには一年ちょうどの時間を必要とした。

そこから当該惑星の衛星軌道へ持っていくのに数ヶ月を必要とする(力技でも可能だが、それをやると惑星の軌道に影響が出てしまうので慎重にならざるを得ない)


約一年半と少し。

それだけの時間をかけて、ガルガンチュアは人工の月を、その星の軌道へ持っていき、そこに据えることに成功する。

強風が吹き荒れる星は、みるみるうちに風が安定し、数年もしないうちに風速20m越えから風速数mまで落ちた。

まだ強風帯があるのは予想のうちだが海も波が安定し、命がけの漁へと出なくてもそれなりの漁獲量は確保できるようになる。


戦争は、いつの間にか終戦となり安定した生活が戻って……

来ることはなかった。

特に地底国側では……



その星に救世主、いや、神の使いが訪れたのは地上と地底の戦いが膠着状態になって数ヶ月後……

その時、地上にも地底都市にも等しく、その声は届いたという。


《地上の民、そして地底の民へ。もう戦いの時は終わる。星に吹き荒れる風に悩まされる事は、もう一年も経たぬうちに終わる。今、我々、宇宙船ガルガンチュアのチームが一丸となって、この星に吹き荒れる強風の大元を断つものを造っている。それが空に見える時、この星は静かな星へと変わるだろう。まず、それぞれの戦いを止めよ。そして、この星で手を取り合って新しい文明を作り上げていくことに邁進せよ》


普通の言葉ではない、全ての者の頭の中に響き渡ったと逸話は伝える。

地上の民は、どうやって地底国を支配するかと計画し、地底の民は、どうやって地上の侵攻に対抗するかと考えていたのを全て放り投げ、その声の示す通りになるのか、一年待ってみることとした。

休戦が決定され、一年後に何も無ければ戦いが再び始まる事となる。

果たして、もうあと数日で一年が過ぎようという頃……


「おわぁ! あ、ありゃ何だ?!」


「巨大な星? あんな物が、こんな近くに来て大丈夫なのか? いつか、ぶつかってくるんじゃないか?」


その巨大な星は、そこに置かれてから少しづつ位置を調整するように動き続けた、数日間も。

ようやく動かなくなった時、人々は気付く……

あれだけ強く吹いていた風が、もう半分以下の強さとなっている事を。

まだまだ強い風ではあるが、人が飛ばされたり家が飛ばされたりという事は起きそうもない風速となっている。

日を追うごとに風は弱まっていき、その風が心地良いレベルになるのも時間の問題と思われるようになった。

地上と地底の争いも、いつしか個人レベルまで落ち着き……


ただし、そこからの確執は深かった……

特に地上側が。


「へっ、あんなモグラ野郎やネズミ野郎とは絶対に付き合いたくもないね。我ら地上の民には、もう風に怯えて移動する危険も無くなったんだから、あんな奴らの住んでる地下の上じゃなくて、もっと別の地域へ行こうぜ!」


などと人種差別を隠そうともしない移民まで生まれる始末。

表立って地上国家も地底国住民を差別することはないが、やはり文化も文明レベルも違いすぎる地上と地底……

溝は大きい。

風が収まって数年後、地上の民には聞こえぬが地底の民にだけ聞こえる声が響く。


「地底の民たちよ、いつまで経っても地上と地底の民同士の諍いと憎しみは無くならないようだ。そこで、こちらから提案がある。1つの星に、これほど文化と文明程度が違いすぎる種族が住んでいる事そのものが問題だろうと思われるため、どうだろうか、いっそ、地下の民は宇宙へ出てみないか?」


地底国の民達は、文化、文明程度は高かったが地底の住人たちのため、そもそも宇宙に憧れたり宇宙を目指そうという感情が起きなかったのが実情。

しかし、ここまで地上側が地底国住民を嫌うとなると、もともと平和を好む性質故に地底から宇宙へ行くのも悪くない選択では? 

と考える者たちも出てくる。

年を追うごとに宇宙へ行きたいと思う者たちは増え続け、いつしか地底人から宇宙人へと変わる日を夢見る者まで出てくる。


《ずいぶんと宇宙派が増えてきたな。もう良い頃だと思う。今から指定する地点へ、宇宙に住むことを希望するものは一ヶ月後に集まるように。ガルガンチュアが、その者たちを歓迎しよう》


半信半疑ながら、まずは1000人近い地底国人が指定ポイントへ集まった。

地上側には一切、知らされていないため、地上人は何か地底国側で特別な集まりでもあるのではないかと見ていたが、1000人近いとは言え地底側の総人口からすると少数のため、そこまで注目はされなかった……


「何が起きるんだろうな? まあ、何が起きようが、あの月を造って、あそこへ置いた超絶とも言えるテクノロジーを信じるけどな、俺は」


あっちでもこっちでも噂話が始まるが……

一瞬の後、そこに1000人近い人間が集まっていた事など何もなかったように、夜風となった微風が草原を吹き渡っていった……


消えた1000名近い地底人は何処へ行ったのか? 

そう、ご想像通りガルガンチュア船内。

そこで驚愕している民衆を率いて、エッタとライムが教育機械(始祖種族系統に調整されているものを当然ながら再調整している)に次々とかけていく。

数日後、宇宙に出るための常識と基本スキルを身につけた者たちはガルガンチュアより一隻づつ中型搭載艇(の中でも比較的小型の直径50m版。もちろん基本装備は積んであるし、今はロックされているが当然のごとく跳躍エンジンも積んでいる)を与えられ、星系最遠部にて操縦訓練に入る。


「うわ、宇宙船って、こんな自由自在に操縦できたっけ?」


「違う違う! この搭載艇が優秀なだけで今の俺達の文明じゃ宇宙ロケットすら作れないんだぞ。今の新兵器ってのは毒ガスだと聞いてる」


「この快感……もう地上へも地底へも戻れないわね、この宇宙を自由自在に飛び回るって開放感を知っちゃった今では」


などと意外にすんなり宇宙に対応する地底国の皆さん。

トラウマになるかと思っていた宇宙恐怖症とは無縁の種族だったらしい。

感想を聞いたら、


「宇宙と地底って、真っ暗だってとこが似てるのかしらね。果てがないのが違うかも知れないけれど、宇宙の圧迫感のようなものは、地底で天井が落ちてくるって心配と似てるようなものがあるのよね」


と、いたって普通。

心配していた郷や楠見など、あっけにとられていた。


サンプルも取れたところで本格的に地底国民に向かって「いらっしゃいませ! 宇宙があなたを待ってます」キャンペーンをテレパシー放送。

例によって地上人には一切、受信できないようになっている。

今度のキャンペーンは初めて宇宙へ行った者たちの感想も付け加えているため、ますます魅力が増す。

前回の1000人近い人数から次の集会(? )は3000人を越す。

さすがに地上のマスコミや政府も嗅ぎつけて何の集会? などと興味を持ったようだがテレパシー放送を聞いていないため、説明が理解しづらい。

どうやら奇跡を起こした存在が絡んでいるらしいとまでは嗅ぎつけたが、そこまで。

何の目的も無さそうな集団が何の目標もない草原に集結し、しばらく待っていると、ふっと消える……

全員。


都市伝説が広まる地上側、そして次々と集まっては消える地底人の集団。

この事件に対し、地上側は騒ぎたてた……

しかし、地底側の政府機関は何も、声明すら出さない不思議な光景が。


「あなたがたの友人、隣人や親戚、家族が消えてるんですよ?! 焦るとか、あちこちに捜査願い出すとかしないんですか?! 地底の文化、どうなってるんだ! ?」


ガルガンチュアには数万人単位で地底人達が集結していた。

5年後、100万人を越す、自家用宇宙船を持った「元地底人」という宇宙種族が誕生していた。


この頃には、さすがに地上側にも真相が伝えられる。

しかし、これを聞いて「俺にも宇宙へ出るチャンスを!」という声が大々的に上がらないのが地上人の地上人たる文化。

ようやく地上の何処へ行くのも強風の心配をしなくて良くなったのだからと一気に旅行や探検ブームが起きていて宇宙どころの話じゃなかったのもあるだろう。

いつの間にか地底人と地上人は互いに隔絶した文化を持つようになっていた。



その星に平和が戻り、風が止んでから数十年の時が経った。

いつの間にか地底国は無くなり、その住人は全て宇宙の民となっていた。

未だに跳躍航法は許されず跳躍エンジンも超光速系の計器類も動かないが、ロック解除の日は、そう遠くないとガルガンチュアからお墨付きを貰った元地底人は亜光速機関のみの宇宙船隊でも頑張っていた。

元は個人用のガルガンチュア搭載艇、しかし、それをガルガンチュアの如く各船を繋ぎ合わせ、巨大な一隻の宇宙船として使う方向を彼らは選択し、それを「宇宙都市」と呼ぶようになったのは当然かも知れない。


「個人主義と集団での防御を、どうやって両立させるのかと思ってたら地底都市をつなぎ合わせる要領で宇宙都市モドキを作っちゃったよ、彼ら。宇宙へ出てから数十年だぞ、信じられるか?」


楠見が郷に向かって語りかける。


「師匠、介入した意味が有りましたよね。これほど地底人が宇宙に向いている種族だとは思いませんでしたよ」


「うん、そうだな。これで宇宙に広がる生命体の各種族への偏見とか変な思い込みとか無ければ、近いうちに跳躍航法系統のロックも外れるだろうな。銀河を駆け巡る新しい宇宙文明の誕生だ」


その宇宙都市の大きさは直径5kmほど。

地上都市と比べるなら小さいだろうが宇宙都市の規模としては大きな物。

まあ、その近くにあるガルガンチュアは直径1万Kmを超えたフロンティアに直径5000km前後の宇宙船が三隻くっついているという馬鹿げた構造物なので、それと比べる事自体がおかしいが。

もう少し、この若い宇宙種族に付き合ってやり、跳躍航法のロックが解除されたらサヨナラすることにしようか……

楠見は、そう考えていた。


ちなみに普通の天候が日常となった惑星では、地上種族が程度は低いがちょっとした古代文明と近代文明のミックスした珍しい文明の花を咲かせていた。

楠見の興味を引くまでには至らなかったようで地上政府へのおみやげの引き渡し(月の正体と中心部の避難設備の説明。そして各種装備や様々な超越技術を詰め込んだデータチップの引き渡し)はライムが担当した。

宇宙船まで造れるような文明程度ではなかったため様々な土木機械(救助設備を土木機械として使うことにしたようだ)のデータを用いて惑星開発に使っている。

まあ、まだまだ荒っぽい文化や種族的優越が強いため宇宙へ出るには時期尚早だろうが。



またまた時間を進めて百年近い時が経つ……


「ようやく、君たちの文明にも跳躍航法が許される時が来たね。こいつはお祝いだ、受け取ってくれ。君らの宇宙文明に幸あれ、だ。では、さらば……この銀河を平和にしてくれよ」


泣いて引き止める元地底人たちを尻目に楠見達ガルガンチュアチームは、数ヶ月前にようやく跳躍航法のロックが外れた宇宙都市を去ろうとしている。

もっともっと長く我々を導いて欲しい、という種族代表の頼みに楠見は、


「これでも長く一箇所に留まった方なんだよ。短いと、数時間で去った銀河もあったからね。まだまだガルガンチュアの訪れを待ってる銀河は果てしなくある。そこに待つ人たちのトラブルを、そのままにしておいて良いと思うかい?」


これを言われてしまうと何も言えなくなる種族代表。

月すら創り上げる存在の訪問を断る銀河や星系など、いるわけがない。

それは神の訪問を断ることと同じ事だから。

種族代表は、おみやげだと言われたそれ、直径5kmの搭載艇母艦を見ながら、神の代理人が去ったあとに自分たちに任された銀河宇宙を守り育てる方針を考えていた……

データチップには銀河規模の救助隊の説明と救助装備一式の説明と操作方法、そして何と、その一式が全ての搭載艇に標準装備されているという事実が述べられたファイルがあることに気づかずに……


今日も宇宙は平和である。

平和をもたらす存在は今日も星から星へ、銀河から銀河へ、銀河団から銀河団へ。

そして超銀河団をも超えて平和をもたらしていく……

行く手を阻むものすら平和にして、平和のロードローラー「ガルガンチュア」は今日も宇宙の闇を照らしながら跳ぶ……