第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第四十八話 死にゆく太陽に

 稲葉小僧

今日も新しい命、新しい大地が生まれている星がある。

そして生まれる星や命があるなら衰えゆく命や星、寿命の近づく命や星だってある……

ここに今にも寿命の尽きようとする星があり、その星の回りには、その主星の命を少しでも永らえようと足掻く命があった……


「この太陽も、もうすぐ終わりかぁ……小さな太陽だったけど、なんでこんなに寿命が短かったのかねぇ」


同僚の、そんな呟きを敏感なマイクが拾い、相棒のスピーカーを鳴らす。


「お前、そんな事言うんじゃないよ。できるだけ保たせるように俺達が頑張ってるんじゃないか。さて、今日も定例の水素投入だぞ! それ、食うだけ食って、もっと輝いてくれよな、頼むぜ」


寿命の尽きかけている太陽を救う? 

そんな大それた事は考えてはいない。

もう別の星への移民や避難は完了し、惑星に残っているのは、この惑星と太陽に愛着や心残りがある数十人の者たち。

この者たちは、もう腹を括っている。

最後の輝きとして太陽が爆発しようとも本望、その輝きを見ながら死にゆくことこそが願いと考えているような奴らばかり。

この二人は太陽の輝きを少しでも伸ばそうと、燃料となる水素を定期的に投入している……

何をしても、もう太陽は蘇ることはないと知っているのにだ。


「よし、今日のお勤め完了、っと。まあ、気休めなのは分かっているけど、それでも何もしないより、ましだろ」


熱量が最盛期より10%以下になっている現状なので、残っている者たちも元々の惑星ではなく、現状で一番、この太陽に近い惑星にいる。

それ以外では、あまりに地表が寒すぎて生命維持が不可能だから(地下に潜っても、それこそマントルくらいまで掘らないと熱が足りない)


「おし、着陸っと。今日のお仕事は終了、後は明日のことだけ考えよう! 何か食べようぜ、相棒よ」


小さな町だが、一応、ショッピングセンターらしきものはある。

食糧工場も故郷の星から移転して、こちらで運用している(ほとんどは民族の移転先、移住先へと持っていっている。小型や中型で、わざわざ運送するエネルギーがもったいないと星に残していった建物や機器を、こっちへ移した)ので食べることに関しては不足なし……

選択する自由は制限されてしまっているが……

相棒と呼ばれた方が愚痴る。


「これで毎日、酒が浴びるほど呑めるならなぁ。俺も、もう少し仕事に力が入るんだげどな」


「ぼやくなぼやくな。残った食糧合成機のうち、酒類に関係する合成機は数が少ないし小型ばっかりだから一日に造れる数が少ないんだ。それでも有るだけマシだろうがよ」


「まあ、そりゃそうなんだが。仕事の後の一杯! こいつが堪らんのだと、お前にゃ分からんよな」


「当たり前だ、俺はロボットだぞ。俺の食べるものは燃料だけだ。酒なんか呑んだら動作不良起こしちまわァな」


人間とロボットのコンビは食堂へ入っていく……

この星の現状、人間だとかロボットだとかで差別してたら商売など成り立たない。

自立思考の範囲を思い切り緩くしているロボットが、ここには沢山いる。

そうでもしないと、こんな死にゆく星に残っている生命体を見過ごす事がロボットに許される状況ではない……


今日も星の朝は早い(故郷の星なら約24時間制。しかし、この星では一日が早い……18時間で一日が終了する)

寝ぼけた頭にカフェインを流し込み、もぐもぐと喉に引っかかる凝縮食糧を唾液で少しづつ胃へと流し込みながら、男(ダイセという名だったが、今は渾名のダイスで通っている)ダイスは相棒の姿を探す。

そいつはすぐに見つかる。

2人の作業船の近くに佇んでいた。


「よお、俺の相棒、R13号。オイルとガソリンは補充してきたか?」


ダイスは軽口を叩く。

R13号とは、もう10年来の付き合いだ。

こいつのヘソ部分に有るネジの緩みまで、俺は確認している。

ま、俺の元カノの事もR13号に知られちゃいるけどな……


「よ、相棒。今日も太陽の延命作業だ。そっちは食糧の供給は……多少は不自由してるようだな」


「ほっとけ。それより積荷の水素ボンベ40本、格納終わったのか?」


「ああ、ついさっき積み込み終えたところだ。まあ、こんなことやっても焼け石に水なんだけどな……あの太陽の中心部にゃ、もう燃えるものなんか残ってないってのになぁ」


「そいつはリアルかも知れないが、ロマンがねえよ。って、ロボットにゃ言っても分からねぇか……水素ボンベ一万本落とそうとも、どうにもできないのは頭では分かってるんだよ俺たちは。ほんの少しでも、あの太陽を延命させようとしてるだけなんだ……」


はぁ、と幾度ついたか分からないため息をR13号は吐き出す。

2人共、背中を幾分丸めながら、作業船へ入っていき、15分後、船は飛び立っていく。


6時間後、太陽へ近づけるだけ接近し、船倉より水素ボンベを全数放出し、太陽へ向かって落ちてくのを確認した後は宇宙港の有る星へ戻る。

もう、何年もやっているルーチンワークだ。

万が一にも間違うことはない。

はずだった……


「おいR13号! まずい! 水素ボンベが一基、船倉の扉に引っかかっちまってる! あのまま太陽の熱を受け続けると……」


「こっちもろとも爆発しちまうな……Ok! 俺が命綱つけて出る。操縦、代わってくれ」


「分かった。素早くやってくれよ、あまり時間がない……とりあえず、少しでも時間がとれるように姿勢は変えてみる」


R13号が命綱をつけて船外作業へ出る。

ダイスは作業船の姿勢を変更し、船の影に水素ボンベが隠れるようにと微調整を続ける。

しかし、ボンベは細くて長いため、完全に船の影に隠れることはできず、太陽の熱を浴び続ける事となる。

R13号はボンベが引っかかった扉のロック部を小型トーチで焼き切ろうとしている。

どうせ宇宙港へ戻ったら定期整備で修理が待っているので少しくらい船倉の扉が壊れていても一緒だ。

トーチの炎が段々と細くなっていく。

まずい! 

トーチの燃料を補充しておくのを忘れてた! 

R13号は一瞬、焦るが、何とか行けると計算できたので、作業を続ける。

切れた! 

ボンベは太陽へ向かって落ちていく……

が、至近ではなかったが、近くで爆発する。

破裂したボンベの破片が船とR13号を襲う。


「うわ! な、なんだ! ? R13号、大丈夫か?」


「大丈夫だ……しかし、片腕をやられた。それと、見るからに船体後部に爆発したボンベの破片が食い込んでいるが、そっちこそ大丈夫か? ベースへ戻れそうか?」


いやな一言がスピーカから聞こえてくる。

作業は終了したため、宇宙港へ戻らねばならないが……

ん? 

操縦桿が効かん。

姿勢制御ロケットを吹かすと、それは大丈夫なので、こいつで帰還しようと……

太陽軌道から離れられない! 

しまった! 

爆発時に今までの軌道から中に入ってしまったようだ。

推力の弱い姿勢制御用ノズルでは、この軌道から離れられない。

かと言ってメインロケットノズルが破損している状況では、この軌道から落ちないようにするだけで精一杯。


「戻ったぞ。片腕を持っていかれた」


あちこちボロボロで、片腕が付け根から無くなったR13号が船内へ戻ってきた。


「俺達は、ここでお終いかもな。戻ることも不可能、落ちることは現在、何とか阻止しているが、それも後数時間。船内はエアコンで快適だが、船外では太陽の高熱に晒されているから、燃料が尽きるかエアコンがやられたら、どっちかで俺達はお終いだ」


「あー、最悪の状況だ。通信機は……アンテナも機器も奇跡的に無事か! おい相棒! ダイス! 助かるかも知れないぞ!」


緊急通信を数回、発信する。


「まあな、分かってたよ。この星系に残ってるのは、人間とロボット合わせても100人もいねぇんだから。緊急通信打ったって、聞いてるかどうかも分からねえさ」


「諦めるんじゃねぇ! それでも人間か! ロボットの俺が最後まで諦めねえんだから、ダイスも諦めるな!」


もう一度、緊急通信を打つ。

数十秒後……


「緊急通信、確認した! もう一度、位置確認したいので発信してくれ! こちら宇宙船ガルガンチュアより」


「ダイス、返事があったぞ! もう一度、発信してくれって言ってる。よし、緊急通信、発信……受信、と」


「R13号よ。俺はガルガンチュアなんて船名、聞いたこともないぞ。よほど遠くにいるんじゃないのか、ガルガンチュアって。救助も間に合うと良いけどな」


諦めに近い言葉を発した瞬間! 

2人を含めた作業艇ごと、別な空間の中にあった。


「ありゃ? ここ、空気が有る。どうなったんだ?」


「そんなこと、どうだっていいだろ! 助かったぞ、R13号! ばんざーい!」


喜びに溢れた2人が驚きの表情と変わるのに、そんなに時間はかからなかった……


ダイスとR13号のコンビは作業宇宙艇ごと、どこかの見知らぬ空間にいる。

数分前には太陽近傍空間で命の危険に晒されていたが、今現在は命の危険は無さそうだ。


「おい相棒、ダイス。呆けてる場合じゃないかも知れないぞ。ここ、空気が有るよな?」


R13号が何を言っているのか分からないダイス。


「何を言い出す? R13号。どんな方法か知らないが俺達は助かったんだぞ。あの緊急無線に出てきた宇宙船ガルガンチュアって船名の船だろ、こんなことできるのは」


R13号は、まだ理解できないのか? こいつ……

とでも言いたげに、


「俺達を船ごと一瞬でここに呼び寄せたのは、多分、宇宙船ガルガンチュアで間違いないと思う……しかし、だ。いったい、ここは何処なんだ? 俺達の船ごと太陽付近からかっさらってくれたのは助かるが落ち着いて回りを見てみろ。何かおかしなことに気付くだろ? 空気が有るってことは、ここが惑星上だと思われるんだが……どえらく広くないか? ここ……」


そう言われて、改めて周囲を船外カメラで確認するダイス。

だだっ広い倉庫あるいは船倉のような構造になっている。

作業艇の他にも回りに宇宙船が規則正しく駐機されている……

が。


「何だ? 俺達の回りに駐機している宇宙船が球形ばかりだと? 球形宇宙船なんて俺達の文明圏では利用してる種族も無いはずだ……こんなバカでかいサイズの船も見たことがない。おそらく、あっちが直径100m、こっちが直径300m、向こうに有るバカでかいのが直径500mクラスだろうと思うが、単純計算してみても、この駐機場にいるだけで500隻は越えるな……俺達は、いったい、何者に? いや、どんな存在に助けられたんだろうか?」


呆気にとられる光景が作業艇の回りに広がっている。

作業艇は、どうやら宙吊りになっているようで、駐機されている球形宇宙船団の、ほぼど真ん中に位置しているようだ。

作業艇も水素ボンベを多量輸送するため相当に大きな平面型の輸送宇宙艇となっているが、回りに駐機している半分以上が作業艇より大きい。

ちなみに作業艇は長さ250m、幅100m、太さ? 50mの、貨物室をできるだけ広く改造した特殊作業艇で、いわゆる「豆腐を潰したような形」だと思って欲しい。

水素ボンベの爆発事故によりメインノズルは大打撃を受けて使用不能。

カーゴルームも変形して、もう使えない。

つまり、この作業艇はスクラップだということになる。


「相棒、R13号よ。何かおかしくないか? これだけ巨大宇宙船が駐機してるのに人っ子一人見えないのは、どういう事だ? メンテナンスは実行されてるようだが、あっちもこっちもロボットアームや小型作業用ロボットばかり。お前みたいな人型ロボットの姿も見えやしないって、どう考えても変だろ?」


「やっぱり、人間のお前でも、そう判断するか。ダイス、生き残ったレーダーとリアルタイムポジションセンサーとを組み合わせて俺達の現在位置をはじき出したんだけどな……聞いて驚くなよ」


「あ? 現在位置がどうだって? 回りの状況見ても驚天動地だろうがよ」


「いや違う、そんなレベルじゃない。いいか、俺達が今いるポイントは……星系の端っこから少し離れたところだ。太陽のすぐ近くにいたはずなのに今は星系の端っこからも遠いところにいるんだよ、俺たち!」


「何? 星系の外れ? そんなバカな! この作業艇には跳躍航法エンジンは積まれてないんだぞ! 星系の外れなんてポジション、この作業艇の燃料を満タンにしたってたどり着けるわきゃねーだろ! あまりのことに人工頭脳が狂ったか?」


そう返した途端、R13号とダイスの頭脳に、直接、声が響いてきた。


《ロボット君の方が正しい。君らは宇宙船ガルガンチュアの船倉内にいる。俺達が船ごとここに転送させた。ちなみに、このガルガンチュア、あまりに大きくてね……君らをこっちに転移させるんで、ちょっと待ってくれ》


声が止み、数秒後にダイスとR13号は、またも見知らぬ部屋にいた。

どうやら、これが転送というものらしい。

個人から宇宙船まで、どれだけ便利なんだとダイスは思った。


「まずは挨拶。はじめまして、俺の名はクスミという。君らの名は分かっているよ、ダイス君、R13号君」


もはや驚きを通り越して固まっている2人。

楠見は落ち着くまでしばらく待つことにした。


一時間後、ようやく落ち着いたかのように見える2人を前にして、楠見は話し始める。


「緊急通信を受けて君たちを救助したわけだが……あんな太陽に近づいたポイントで何やってたんだ、君たちは。あれは通常の船じゃ焼け焦げても不思議じゃないポイントだぞ。君らの船を探知した時には計器が壊れてるんじゃないかと錯覚したくらいだ。理由を聞かせてくれないか?」


ダイスが話そうとすると、R13号が、それを止める。


「これは、この星系で生まれ育った人にしか分からない屁理屈のようなものかも知れません。お察しの通り、ここは寿命の近づいている太陽の星系です。はるか昔に開拓団がやってきた時には、まだまだ太陽も燃え盛っていたとデータにはありますが、それも昔……理由も分かりませんが、今では太陽は衰え、第一惑星に熱を届けるのが精一杯という現状になってます。しかしねぇ……ロボットの私にも不可解なんですが。わずか数万年で衰えますかね? それも小さい太陽なのに? 数万年の昔には最果ての第5惑星まで熱と光を届けてたんですよ、ホント」


「こいつ、R13号の言うとおりです。もっともっと長いこと、開拓と移民の中継基地として使えるはずだった星系を放棄せざるを得なかったのは、予定が外れたってのも大きいですよ。今じゃ、残っているのは生まれ育った星に未練がましく居残ってる奇特な奴らが数十人ばかし……それも、ロボットすら人数に入れての話だったんだから」


ダイスはR13号が手短に説明してくれたのに乗じて付け足す。


「で、俺達未練たらたら組は、なんとか太陽を元気づけようとして、水素ボンベを毎日、定期的に太陽に落としてやってるってわけです。焼け石に水ってのは分かってるんですけどね」


楠見は、それを聞いて何か違和感をおぼえる。

それを証明するかのようにフィーアが久々に口を出す。


「それ、変だ……こんな小さな太陽なら、まだまだ全盛期に近い燃え盛り方してるはず。でも実際には寿命が近いって? やっぱり変だ……」


口下手なフィーアの後を受けたフロンティアが話し始める。


「私も違和感を受けますな、この太陽。まあ、衰えたからと言って水素ボンベを放り込むのも感心しませんが……焼け石に水どころか、燃焼度合いに拍車がかかって太陽の寿命が縮みそうですよ」


そうだよ、と楠見は思う。

違和感を覚えたのは太陽のサイズと燃焼具合から。

巨大太陽系なら早期に崩壊というのは理解できるが、こんなに小さな太陽が、こんなに早い寿命というのはおかしい。


「フィーア、フロンティア。珍しい組み合わせでは有ると思うが、少し調査してみてくれ。ここの太陽が異常に寿命が短い理由が何か、分かるだろう」


了解しました! 

と両者の返事が返ってきたところで、楠見はR13号へ。


「君はロボットだが自立思考しているな。ここの文明は、やはり相当に高度なものなんだろうな」


「はい。しかし私は行動原則を大幅に緩和されているため、ここまで通常の行動が取れます。通常のロボットなら、この星系では唯一つの行動しか取れないでしょう……人命救助と強制的移民ですよ」


「そうか……そうだな。この状況では、星の寿命で爆発するか凝縮するか、どちらになっても星系として大事件だな……まあ、とりあえず、その大怪我? を、なんとかしないと。プロフェッサー、フロンティアの予備用未可動ボディは残ってるか? ああ、まだまだたくさんあると。それじゃ、いっそ、ボディを入れ替えれば良いな」


これを聞いたR13号、


「とんでもない! 私のボディは非常に高価でして……相棒ダイスの懐具合を見ても、とてもじゃないけど新品ボディが買えるとは思いません。幸い、もぎ取られたのは片腕だけで、これなら中古部品を使って安くリペアできますよ」


「いやいや、こっちは金銭など不要でね。できれば、ここの太陽が異常な原因が少しでも知りたいんで、君の頭脳内データをコピーさせてくれ。新品ボディの代金は、それで良いよ」


「嘘! ? この電子頭脳内データなら、いくらでもコピーして下さい。おお! 憧れの新品ボディ……」


「それじゃ、プロフェッサー。R13号を頼む。機能的にもプロフェッサーが必要だと思ったものは全て付けて貰ってかまわないから」


「分かりました、我が主。それではR13号、行きますよ」


R13号の片腕を取ったプロフェッサーは瞬時に消える。


「ダイス君、君の相棒は少々時間はかかるが元通り以上になって帰ってくる。しばらくは、ここで過ごすと良いだろう……あ、君らの宇宙船だが」


「そう、それです! あの作業艇、修理できますか?」


「修理は可能だけど……型も古いが、機能的にも旧態依然としてるな。いっそ、新しいのと交換しないか?」


「え? 新型宇宙船? そ、そりゃ、その方が良いですし嬉しいですが……代償は? とてつもない高額ですよ、新型宇宙船は」


「大丈夫、大丈夫! そうだな、あれと同じくらいのほうが慣れているだろうし……一まわり大きいのと、二まわり大きいの。どっちが良いかな?」


「大きいほうが良いです! 大は小を兼ねる! やはり男は、でっかいのに憧れますから」


実物を見て、ちょっと後悔したダイスだった……

ボロボロの作業艇と交換する形で譲渡されたのは、500m級の球形船。

おまけに小型作業艇やら機材やら満載された状態。

さらに跳躍機関まで付いてるフルオプション仕様! 

ダイスは今までの作業艇とは全く違った操縦系統のため、教育機械で船の操縦についてレクチャーを受けることになる。


ダイスの教育が終了するのと同じ頃、R13号のボディ入れ替え作業も完了。

でもって……


「おい……これがR13号だって?」


「はい。我が主の許諾を得ましたので、予備ボディのうち女性形の物を選びまして、人工頭脳の基本設定も性別を女性に変えておきました。ダイスさんにはコンビ相手が女性形のほうが良いと判断しましたので」


「どわぁっ! 俺本人、何も言ってないだろうが! まぁ、相棒が女性ってのは例えロボットだろうが嬉しいことは嬉しいんだが……」


「ダイス……あたしはあんたの相棒だよ、例え見た目が変わっても人工頭脳は同じなんだから……」


「うう……気軽にエロ話するような仲にはなれないだろうなぁ……まあでもしかし! やる気は出るな、確かに。ありがとな! クスミさん、プロフェッサーさん」


駐機場で新しい宇宙船を見た時には、ダイスは慣れていたがR13号の驚きようは見ものだった。


「これが新しい船ですって? これ、もう星系内で使うような船じゃないわよね……もしかして、跳躍航法も完備してるとか?!」


「ああ、跳躍航法エンジンも航法装置も、こっちの文明より数段高度なものが積まれてる。こいつなら、この銀河中、どこでも行けるって教育機械が教えてくれた」


「凄いわね……いくらした? あのボロ船を頭金にしたって、船体のベーシック料金にも足りないでしょうに」


「それがな……なんと、あのボロ船と交換だ! どう考えても、こっちのほうが得なんて話じゃないぞ」


R13号、あまりの事に人工頭脳がオーバーヒートするところだった。

エラーコレクション回路が何とかフリーズを回避する。


「じゃあ、これは持ち帰ってもらってかまわない。装備や作業艇は標準装備されている。使用法は分かっていると思うんで、よろしく」


「あ、ちょっと待って、クスミさん。こんなバカでかい船、私達2人だけじゃ運用は不可能だわ!」


「いやいや……ダイス君も知っていると思うが、こいつは究極的に自動化されていてね。一応、船長は必要なんだが、操船もエンジニアも不要なんだ、基本的に。通常はフロンティアや他の宇宙船本体あるいは頭脳体に帰属するんだが、こいつは、その従属キーを外してある。ダイス君の船長登録が終わったら、君ら二人で充分に運用可能だよ……ちなみに、人員を配置しようと思ったら、最低でも100人は必要だろうな」


数時間後、ダイスとR13号は新しく入手した直径500mの大型搭載艇に乗って帰っていった。


「我が主、R13号とダイスさんには、もう水素投入は止めるようにと進言しておきました、が……ちょっと、この恒星が寿命という事が何か裏が有るんじゃないかと思うんですが……」


「プロフェッサーも、そう結論づけるか……もうちょい待てば、フィーアとフロンティアの結論も出るだろう。恐らくだが、同じような結論になると思うが……」


果たして、数時間後に実験・観測室から出てきた2人は、やはりプロフェッサーと楠見の出した結論と同じ。


「何者か、あるいは何物かが太陽からエネルギーを奪っていると結論づけます、マスター」


「そう……太陽の中心点でエネルギーが強制的に何処かのポイントへ送られていると……数日観測しててデータ的に確認しました……」


一応、命の危機だった二人は助けた……

しかし、大問題とも言えるトラブルが残った。

これは何処の誰でもない、俺達ガルガンチュアチームじゃなければ解決できないだろう。

まず、やるべきことは……


「フロンティア、ガレリア。フィーアやトリスタンと合流して全機で、この太陽からエネルギーが流れ出てる先を探知してくれ。まずは、そこを特定しないと先に進めん」


4機の全搭載艇を駆使して、か細いエネルギー流となっている糸を追う。

探知できるかどうかギリギリのか細さだったが、さすがに数の力はスゴイ。

途中で中継星すら有るという念の入れようで、途切れ途切れのパルス状エネルギー伝送だったら追い切れなかったと思う。


「マスター、ようやく流入先の探知に成功しました。ずいぶん遠くですね、このポイント。この銀河の中心部に近いです」


ほぅ、古い星だったか。

もしかして自分の星のエネルギーが尽きかけているから他の星からエネルギーを貰おうと考えたのかな? 

数万年単位とは気の長い話だが。


「フロンティア、まずは、その流入先となっている星へ探索として超小型搭載艇を100機ばかり飛ばしてくれ。相手のことが知りたい……もしかしたら厄介な事になるかも知れない」


「分かりました、マスター。探査機を送り込むとします」


数週間後、太陽エネルギーの流入先が詳細データとして集まってくる。


「ふーん……やっぱり古い星系で太陽は膨張しちゃってるんですね……変だなぁ、それなら自分の星の近くでエネルギー採取できるでしょうに」


ライムが詳細データの感想をのたまう。

そうなんだ、衰えた太陽ならまだしも膨張期に入った太陽なら必要量くらい自分の太陽から得られるだろうに。


「どうして、こんな遠い星系の、それも小さな太陽からエネルギーを掠め盗るようなことをするかね? ロス分を考えたら自分の太陽から余剰エネルギーを送ったほうが効率も良いだろうにねぇ」


俺も感想を述べる。

銀河を半分近く渡るようなエネルギー転送など効率の悪さを考えると、とてもじゃないが実施する気になれないと思うんだがねぇ……


「ご主人様、これは一度、あちらの星系へ行かないと埒が明かないのでは? 何の目的でこんな遠い星からエネルギーを奪っているのか、その目的が分からなければ対処しても片手落ちになりかねません」


そうだな。

実際に手を下している張本人(あるいは、何物、何者)か団体が有るのなら、そいつに直接聞いてみるのも良いかと。


「よし、決定! とりあえず、そのエネルギーを送られている星系へ行こう。そこで何のために他の星系から太陽エネルギーを搾取しているのか探らないと。まあ、エネルギー伝送装置については、まだまだ太陽の残エネルギー的には大丈夫だと思うので、そのままで。中心部だから手が出せないのも事実なんだが」


ということで俺達ガルガンチュアチームは、エネルギーの送り先となっている星系へと移動することとなった。

さて久々にガルガンチュア本体に活躍の場が来るだろうか。

このところ、宇宙船どころか俺達クルーだけで間に合うトラブルばっかりだったから……

腕がなる! 


「我が主、また悪い顔をしてますよ。なんですか、その久々に暴れられるって考えてるような黒い笑いは」


プロフェッサー、俺の心を読むんじゃないよ、まったく。

エネルギー流入先の星系は、ずいぶん古い星系のようで。


「マスター、ここに住んでた種族達は、もう遠の昔にこの星系を離れてしまったか、それとも絶滅してしまったかのどちらかでしょうね。遺跡だけは残っていますが、それも長い年月で侵食され、あるいは温度差で特別強化コンクリートまでが破壊され、砂や岩に戻ってしまっています。このような星に、なぜ、あの太陽からのエネルギーが流れ込んでいるのでしょうか?」


文明が去った星か……

それでも残しておかねばならない「何か」あるいは「何物か」のため、あの太陽からのエネルギーが必要だったんだろうな。

さて、と。


「フロンティア、ガレリア。あの星に有るはずのエネルギー流入先を突き止めてくれ。多分だが、そこしか施設として生きて稼働しているところはないだろう」


数分後。


「主、見つけたぞ! 主の推測通り、生きて稼働中の施設を探したら、ドンピシャだ!」


「ありがとう、ガレリア。んー、データをを見る限り地下施設だな。じゃあ、捜索隊……と言うか探査隊? あのエネルギーで、どうあっても維持したいものを確認してやろうじゃないの」


「マスター、行くのは止めませんが、それでも単独行動は止めて下さい。せめて3名以上でお願いします」


「分かったよ、フロンティア。それじゃ、郷とプロフェッサーを選ぼうか。ほら、行くぞ、2人共」


「了解です、我が主」


「Ok、師匠。久々の現場だぁ! 腕がなるぜ」


「まあ、無難な人選でしょうね。行ってらっしゃい」


転送で俺達3人は惑星上の、エネルギーを消費して稼働している施設の近くへ送られる。


「ここか……事務所の跡が残っているが地上部は壊滅状態で崩れてるな。肝心なのは地下施設か」


「師匠、それは良いのですが地下への入り口って何処です? それらしいものが見当たりませんが?」


「郷、そんなのは探すまでもない。こうやるんだ」


サイキックパワーを、ちょいとレベル上げ。

徐々に表土が厚さ1mほど直径100mの筒形で持ち上がり、ちょいと横の遺跡へ被さる。


「はい、そこに地下への階段の跡が見えるから、あそこから入るとしようか」


「我が主、力技は美しくないですよ」


「力技? そこまで集中もサイキックパワーも注入してないよ、プロフェッサー」


「はぁ、順調に人間離れしているようで……もうすぐ「わがあるじ」ではなく「わがしゅ」と呼ぶ時が来るかもしれませんね」


「おいおい、プロフェッサー。俺は神にはならないし、なりたくもないってのに。人々の願いを聞くだけの存在になんか、絶対にならないからな!」


「あくまで自主的にトラブル解決したいだけなんでしょ、結局は。師匠らしいと言えば師匠らしいですけど」


そんな軽口を叩き合いながら、俺達は地下への階段を降りていく。

どうやら、生命体がいた頃にはエレベータ等の施設もあったようだが(垂直な立坑があった)今はそんな物が動いているとは思えない。

まあ、足が疲れてくるようなら、サイコキネシスで俺達を浮かせて階段を猛スピードで降りていけば良いだけの話。

30分ほども降りて、未だ目指すフロアに到着しないので、俺は郷と力を合わせて、サイコキネシスで階段を降りる方を選ぶ。


「わが主、人工頭脳でさえ恐怖を感じる一歩手前の速度で階段を落ちていくのは……」


「師匠! そっちの速度に合わせてついていくのがやっとでした。危険なものが襲ってきたらどうするんですか?!」


「ん? その時には近くにいる超小型搭載艇が排除してくれるだろ? まあ、その前に施設以外で動いてるものはないとデータに表示されてたぞ」


「あ、ご存知でしたか……師匠、初めに教えてくださいよ、もう」


さて、そろそろ到着。地下のどん詰りだ。

地下30階くらいになるか? 

こんなところに施設を作る必要があるなんて何がここにあるんだろうか? 

通路を少し歩く。

予想通り、ここには部屋がない。

その稼働施設のみ、この階のフルスペースを占領してるという事だ。

ドアもない入り口を通ると、お目当てのものが見えてきた。

それは……


「何ですか、これ? 師匠は推測つきます?」


郷は人工生命ってやつを見たことがないようだな……

あれ? 

郷って改造されていたんじゃなかったっけ? 


「郷、君が入ってた改造カプセルは、これに似ていなかったか? こいつは人工的に造られた生命体。この試験管のバカでかいヤツの中でなきゃ生存できないんだよ……とは言え、殆どが死滅してしまってるな。生きているカプセルは……こいつだけか」


俺は他の無数のカプセルが破壊され、または破壊されていなくとも中の人工生命体が死んで久しいカプセルの列の中に、たった1つだけ未だに稼働中のカプセルを見つける。


「し、師匠……こいつ、いや、この人も人工生命なんですか? 俺には人工的に造られた生命体には見えないんですが……」


郷、感情に溺れるな……

まあ、気持ちは理解できるが。


「人工生命体だよ、郷。それは間違いない……唯一つ、これだけが、創造者であり、この施設を秘密裏に作った者の誤算でもあり目指すものでもあったんだろうが」


俺には郷の次の言葉が予想できる。


「師匠……お願いがあります。この人工生命体、助けられるなら助けてやりたいんですが……お願いします!」


ドでかいガラス管の中に……たった一匹? 

いや、1頭? 

いや、ここは一人を使おう……

たった一人だけ生き残っていた人造生命体(人工生命体と、どっちを使おうかと思ったが人工頭脳との区別がつきやすいので人造生命体を使うことにする)……

それは「雌」いや、女性体だった。

顔や上半身は人型、つまり俺や郷と同じような姿、形態だけ見ればライムやエッタの姉くらいの年齢に見えるが問題は下半身。

明らかに人間形態じゃない。

その生命体を見た時、俺や、多分、郷も同じような伝説があったと聞いていたので両者とも同じものを想像したと思う。

人魚……

そう、あの想像上の生物にしてファンタジーや童話の主役となる、マーメイド、人魚だ、


その肉を喰らえば不老不死にもなろうかと言われ、八百比丘尼という人魚の肉を食べて八百年生きた尼僧の伝説が有る。

とりあえず現在は人魚の生命活動に支障はないようなので、この人造生命体に関するデータが残されていないかどうか徹底的に調べることにした。

やはりというかなんと言うか厳重では有るが幾多の年月に晒されても耐えうるようになのか厳重な金庫に入れられて、その資料は残っていた。

それを書いたのは、ここ「生命活動研究所」という、ちょっと考えさせられる名前の極秘だったろう研究所の所長。

多分、こいつは生命活動という神の領域に魅せられてしまい、こんな地下深くに活動拠点を造ったんだろう。


資料を読むにつれ、この人魚が予想外の人造生命体だったことが明らかになる。

この文明も遺伝子情報の完全解析化に成功し、種族としての寿命は遥かに長くなったが、その反面、繁殖力が衰えてしまい、長い期間をかけて絶滅に向かっていった。

所長は、この種族としては例外に精力溢れる方だったらしく、なんとか種族の繁殖遺伝子を活性化させられないかと様々な人造生命を作り出してはその成果を種族の再活性化に繋げられないかと模索していたようだ。


その成果の1つ……というよりも例外に近いような予想外の成果で目の前の人魚が生み出されたようだ。

資料にも、何をどうしたら、このような生命体が生まれるのか自分にも予測は不可能だったと書いている(こいつ、案外と正直者だったようで)

人魚の複製を生み出そうと何度もチャレンジしてみたが二度と人魚のような生命体は生まれることがなかったと。

資料の最後に、自分は仕方なくここを離れるが、誰かがこの施設を見つけた時には、どうか人魚だけは生かしてやってくれと書かれている。

どうも、イレギュラーとして生まれてきた最高にして最強の生命体、人魚に魅入られたのかも知れないな、こいつ。

俺はプロフェッサーに尋ねる。


「プロフェッサー、どうだ? 何か、眼の前のこいつから感じるか?」


プロフェッサーは少し考えるように、


「いいえ、我が主。何かのエネルギーや電波、音波に至るまでセンサーに感じるものはありません」


「やはりな。こいつは生来の本能のようなものだろう……」


俺は答える。


「師匠、プロフェッサー、何を言ってるんです? 俺に説明プリーズ! 二人が何のことを言ってるのか、さっぱり分かりませんよ、俺には」


「郷、こいつに対して君は助けてくれと言った。ひと目見ただけだぞ? 毒を持つ生命体かも知れない、俺達を食糧として見ているのかも知れない、何もわからない時点で、どうして君は、生かして欲しい、救ってほしいと考えたんだ?」


郷は……


「あ、あれ? そう言えばそうだな……どうして俺は、この人魚に対して同情の念を抱いてしまったのか……」


「テレパシーを操る能力がないのは確認している。例によって受信は可能なようだが。郷がおかしくなったのは、多分、こいつの本能的な力だろう。催眠術のような力を無意識に振るうようだ、この人造人魚さん」


「どうするんです? 師匠。本能的に催眠術扱うような生命体、危なっかしくって宇宙に出せませんよ。最初の方で催眠術にかかっちまったようでしたが、もう大丈夫です。正気に戻りました」


そう、どうしようか? 

このまま数千年、あの太陽からのエネルギーで生きられるだろうがガラス管の外へ出ることは出来ない。

俺やガルガンチュアチームが手を貸せば、ここから出して生きていけようにしてやることは可能。

しかし、それをやって良いものだろうか? 

この生命体、人魚の性根が善なのか、それとも悪なのかも分からないのに……


「調子はどうかな? 人魚さん」


「あの、がらすかんから、だしてもらって、とてもかんしゃ。ありがとう、ございます」


「よしよし、順調に教育機械の成果は出ているようだね」


「ことば、はじめて。かんがえるのも、はじめて。おどろき、こうふん。しんせん、です」


「焦らなくても良いから。ゆっくりで良いから、考えるって事に慣れようね」


ここはフィーアの船内。

フィーアの無口さと、この人魚さんの無口さが妙に波長が合ってしまったようで、自然とフィーアが引き取る形になった。

ん? 

以前に人魚をガラス管の中から出すかどうか迷ってたのは誰でしたっけ? 

ってか? 

一瞬は迷ったが、そんな長期間、うじうじと迷う俺じゃない。

今まで、どれだけの生命体を助けてきたと思ってんの? 

人造生命体だろうが何だろうが救いを求めるものが有るなら何処へでも何時でも駆けつけるのが俺達ガルガンチュアだよ。

とりあえず人魚をガラス管から出そうとしたんだが……

問題があった。

人造生命体だから基本的に生命維持可能な環境幅が狭い。

この人魚の場合、鰓呼吸という体の構造も相まってガラス管の中の液体から出すと呼吸が出来ないという致命的な欠点が有る。

ガルガンチュアからナノマシンを大量に持ってきて、この人魚の身体を改良するところから始めなきゃならなかった……


鰓呼吸から肺呼吸へ。

肺の機能も高め、胸の筋肉を増強し、肺呼吸に適した体に変えていく。

下半身も魚類型から人型へ。

2本足で歩けるようにするまでには数年がかりだった。


頭脳もイルカと同じくらいの重量が有るのに、ほとんど使われていない事が判明し人魚専用の教育機械を製作しなきゃならなくなる。

現在、フィーア船内で人魚の教育機械が大活躍している。

今、ようやく6歳児の知能程度になっているとのこと。

まだまだ、こいつにゃ教えることが山ほどある。

本能的に郷に催眠術をかけたのは、郷が3人の中で一番、心が弱いと見抜いたからだろうと思う。

郷に推測を話すと何かブチブチ呟いてたが、まあ気にしない。

自己保存本能、生きていたいというのは生命体の基本本能だから、それは否定しない。

俺や郷、エッタやライムにも生存本能は有るようなので、それすらない生命体は生きるという欲望すら無いこととなるので、これじゃ助ける意味がない。


問題は、もう一つ。

人魚って基本的に魚類……

つまりは思考基本が種族繁殖……

遺伝子的に俺や郷は不適合だろうと思ったら……

さすが人造生命体、種族混血が可能だってことが判明した。

俺は性衝動など軽く制御できるから良いが、問題は郷。

ずいぶん脳領域開発は進んでいるようだが、それでも6割も進んでいない。

進めないのには訳があり、郷は再生能力という特別な力を持つので、それが脳領域開発で失われるのを恐れたからだ。

まあ、初期から考えればサイコキネシスもテレパシーも順調に強化されているようだし、あまりそっちの方面は心配してない。


郷の問題とは性衝動……

彼がリビドーに狂う状況は考えられないが人魚相手に性衝動が抑えきれるだろうか? 

性衝動というと言葉が悪いか……

人魚に恋するってことだと言いかえると理解できるかな? 

足も出来てきて、よく分かった。

この人魚、美女の系統だ。

エッタやライムは美少女だろうが、人魚には大人の艶のようなものが有る。

俺の脳の恋愛領域は完全制御されているため、どんな生命体も理性的に見られるが、多分、郷は違う目で見てるんだろうな、この人魚……


人魚は本能的に賢く、知恵そのものは持っているようだったが、知識が全くと言って良いほど足りていなかった。

所長の書き残した資料によると人魚は数千、数万の失敗例の後で偶然の産物のように生まれてきたらしい。

ここの設備維持を担当する人工頭脳を調べてみたが、初期型とは言え相当な演算能力を持つようで、生まれが違ったら私に匹敵するくらいに育っても良いレベルです、とは当のプロフェッサーの言。

しかし、その人工頭脳でも、予定していた人造生命体ではなく、この人魚が生まれるとは予想していなかったらしく、最初はエラー報告していたようで。

所長が興味を持って胚状態の人魚を育てなかったら、そのまま人工頭脳は人魚を廃棄していただろうと書かれていた。

遺伝子の解析も行われたようで詳細図式が載っている。

これをプロフェッサーに解析してもらうと、


「よく生きていられますね、この人魚。遺伝子の接続状態に不安定箇所がいくつも見られます。だからこそ、所長はガラス管ケースから出さなかったのでしょうが……しかし、これが繁殖には有利となりうるかも知れませんね」


プロフェッサーの言葉は大正解だった。

あまりに遺伝子構造の違う種族とは混血は無理だが、この遺伝子接続不安定のおかげで様々な種族との混血が可能となるでしょう、とは、後に判明した事だ。

まあ、そんな事はともかく。

人魚は(2本足だし、肺呼吸しているし、元人魚と言ったほうが良いかも)地上を歩けるようになり、そして、ガルガンチュア(主にフィーア船内)にて教育機械のアシストを受けた結果、通常の文明人のレベルを超えた知識を身に着けた。

ライムとエッタが頑張った結果、なかなか素晴らしい服も完成して、俺は大丈夫だったが郷が人魚へアタックかけそうになった事が何度か発生した。


「し、師匠! あの人魚、ここに置いておくのは反対します! 本能的なものなんでしょうが、愁波みたいなものを撒き散らしてるんです。俺は、いつかあいつを襲ってしまうかも知れません」


と、半分ベソかきながら懇願する。

人魚としても、こんなに生命体の少ない船にはいたくない(本能的に繁殖が出来ないところにはいたくないようだ)と言うので、それならと、ここのエネルギー源となっている太陽系に送ってやることにする。

あそこなら最低でも100人近い生命体がいるので繁殖地としては最適だろう(ん? 種の保存は、それで良いだろうが混血って不味くないかって? いえいえ、異種族交流は種の寿命を伸ばす最適な方法だよ? )

最終的に、ここの施設を停止・破壊、例の太陽系にあるエネルギー搾取装置も停止する事と決定。


「クスミさん、最後に私に名前を下さい。人魚なんて名前、嫌です」


と言われ、適当な名前を考える。


「んー、何にしようかな? マリーナ……アマゾナ……違うなぁ……マリン? そうだ、マリンにしよう。君の名は、マリンだ」


「マリン……良い名だと思います。では、長い間、育てていただき、ありがとうございます。クスミお父様、ゴウお兄様、そしてプロフェッサー、フィーアのロボット様一同、感謝しております」


おー、良い娘に育ったなぁ……

って、違う違う! 


「君は、この宇宙にただ一人の純粋な人造生命体だ、マリン。君の寿命は、ある程度はナノマシンの補助もあって長命だろうが、君の息子や娘、数世代は寿命が短いかも知れないな。しかし、混血種族は逞しいとも言うから、そんなに心配はしてない。頑張れよ、マリン」


「はい、ありがとうございます、お父様。この星で頑張って種族を増やしていきます」


俺はマリンを星系第一惑星に降ろした。

後はマリンの行動力と魅力しだい……

まあ心配はしてないけどね(郷が誘惑されるほどのレベルだ)


元人魚、マリンが転送されて行った。

ま、心配しても仕方がない。

マリンなら逞しく生きていくだろう、特製の肉体と、その能力で。

さて、後は俺達がやるべきことは、と。


「プロフェッサー、郷もフィーアも。後で全員に言うが、この太陽系にあるエネルギー搾取機器は、もう破壊するか無力化したほうが良いだろう。で、太陽の中心部付近に有る装置部分、どうやって無力化する?」


「最初、どうやって太陽の中心部まで入れ込んだんですかね? そんなもの」


「それが、どうも設定だけ外で終了させて、後は太陽めがけて打ち込んだらしいな。中心部まで沈んだら重力均衡で留まるから、そこからエネルギー搾取装置起動となったようだ」


「ガレリアのドリルでも、とてもじゃないが太陽熱に耐えて中心部まで行けるとは思えないしなぁ……」


「主、何だって?」


「お、噂をすれば、か。良いアイデアがないか? トリスタン、フロンティア、ガレリア。あの太陽の中心部に有るエネルギー搾取回路を取り除きたいんだが」


「ふむ……マスター、ちょいと試してみたい事があるのですが、よろしいですか?」


「お、フロンティア、何かあるか?」


「私の主砲、時空凍結砲の応用で、星系や太陽を丸ごと包むって手法を開発したでしょ? あれの更に応用ですけどね……」


「ほぅほぉ、良さそうじゃないか。ん? テストなんだよな、これ。自動化できないのか?」


「いくら何でも太陽の中へ入るってのは、特殊も特殊、例外的行動ですから。第一、太陽は、それ自体が巨大な磁場の塊みたいなもんです。長波から超超短波、光だって太陽の中心へは届きませんよ。あ、これもテスト対象になるかも」


「おいおい、どこまでテスト項目を増やすつもりだ? 分かったよ、俺とプロフェッサーで行ってくる」


「いいえ、マスターは行ってはいけません。マスターに少しでも危険性の有るようなテストなどやらせたら、私の人工頭脳が狂いますよ、確実に」


「ってぇことは……俺とプロフェッサーのコンビ? 珍しいね、これ」


ということで、珍しく郷とプロフェッサーのコンビでテストを兼ねて太陽の中へ潜ることとなる……

実行するのは、中型搭載艇、直径300mの物で行う。

さて、どうなることやら。


中型搭載艇(直径300m)に最高強度のフィールドバリアを船体ギリギリまで縮小したものを二重がけし、それでも漏れてくる熱量に対処するために最大の冷却機を船体周囲内部に数十機配置。

それでもリスクを最大限回避するため、郷とプロフェッサーにはコントロールルームから出ることを禁止する。

では作戦スタート! 

の、その前に……


「ちょっと待ってくれ。太陽表面のプラズマ生命体に連絡する。搭載艇が進入するポイント周囲での人払いをしてもらう」


《太陽表面に棲む者たちへ! 注意してくれ。今から、そちらの太陽内部に有るエネルギー搾取装置の破壊、または無力化を行う。宇宙船が進入するポイント周囲にいるプラズマ生命体へ避難するように伝えて欲しい。君らの太陽を守るため、協力してくれ》


数十秒後、返事が返ってきて、ポイント周囲の退避が完了したとのこと。


「よし、これで準備完了。太陽の中へ行ってこい!」


『搭載艇、発進します。目標、目前の太陽中心! 発進! 』


さて、後は待つだけか……

半日後、搭載艇は戻ってきた。

搭載艇の冷却機もパワー全開で船体冷却していたが、やはり物質溶解温度近くまで温度が上がっていたため、ガルガンチュアの全力で船体冷却中。

ここで、思いもかけぬ事態となる。


「師匠! 太陽エネルギー吸収&送出の装置類、全て回収してきました!」


おいおい、そんなの予定になかっただろう……

あ、もしかして、搭載艇の船体温度が異常に高かったのって……


「いやー、装置類をトラクタービームで運んで、船倉扉開けたら太陽の熱が入り込んできましてね。危うく溶けるところでした」


いやはや……

そんな危ないことしなきゃ良かったのに。

船体中に太陽熱を入れ込むのは、これからは充分に注意した上にしないとダメなことを伝え、回収してきたのは上出来だったと褒めておくのも忘れない。

その後、衰えた太陽を蘇らせるため太陽制御装置(またもや登場! もちろん、ここの太陽専門チューニングを施してある)を打ち込むことを、再びプラズマ生命体たちに伝え、ぜひとも打ち込んでほしい! との返事を受け取ってから、制御装置を打ち込む。

もちろん第一惑星にいるロボット含む生命体たちにも太陽が徐々にだけど数十年かけて元に戻る事、だから元の居住惑星に戻ったほうが良いと伝えることも忘れてない。


マリンはどうしたかって? 

聞いてびっくり、数年で三人も子をなしたとのこと。

本能的なもので種の保存の本能が強かったんだろう。

一夜の恋もあり、結婚しての子沢山もあり、しばらく、この星系付近に居て、この種族の再生を見てた。

いや、凄かったね。

太陽が三〇年ほどで元の状態に戻り、マリンが放り込まれたことで種族内の繁殖遺伝子が活性化したらしく、数十年ほどで町が市になり、他星からも人を呼び込むほどになって、更に人が増えるスパイラル状況に。

予想通りマリンは長寿で三〇〇年ほど生きた。

数年で一人から二人の子供を生む彼女の子孫は急激に増え、中には短命の子もいたが総じて高い能力を発揮した。

繁殖力も高く、浮気者と言われることもあったが子孫は順調に増えていったようで。

マリンは送られた星(途中で第三惑星に移住したが)を離れることはなかったらしいが、子孫たちは様々な星へ散っていった。

繁殖力が高い種族が様々な星へ行くと……

そりゃ、混血が増えますわな(笑)

マリンの遺伝子を受け継いでいるのか、子孫には美人や美男が多いのと、催眠術とまではいかないが誘惑の力を発揮しているようで、どの星でも子を成してるらしいとのこと。

マリンの葬儀まで見てガルガンチュアは星を離れる。

この星にいた種族の移転先が最終的に隣の銀河になったようなので、その近況を知りたかったのと、ちょっと気になる事が有るため。

まあ、この銀河は、もう大丈夫だろ。