第二章 銀河系のトラブルバスター編

第五話 太陽系脱出と宇宙戦争(小規模)

 稲葉小僧

太陽系に、さよなら。こんにちは、大宇宙! 

ってなわけで、俺は総司令として船の進路を決める立場なんだが……どこにしよう? 


「マスター、このまま漂っていても仕方がありません。早く進路を決めて下さい」


「我が主、何か迷っているのですか?」


はいはい、2体で迫ってくるんじゃないの。プロフェッサーも、フロンティアも気が短いな。

特にフロンティア、お前、ケイ素生命体に造られた宇宙船だろうが。そんなに気が短くてどうする? 


「まあ焦るな。とりあえず、生命体はいないんだが最初に向かいたい星は決めている。アルファ・ケンタウリだ」


「おや? すぐ近くの恒星じゃないですか。確か、プロキシマ・ケンタウリ、アルファ・ケンタウリ、ベータ・ケンタウリの3連星系でしたよね。 惑星はありますが……とても生命が発生する環境ではないと推測されますが」


「正解だ、プロフェッサー。それでも行ってみたいんだよ。 昔のビブリオファイルでは稚拙ながら異星の風景を描く作品もあってな、そんな風に太陽系の隣にある星系ってことで憧れの星だったんだよ。 俺も行けるなら行ってみたい星の一つだった」


「了解しました、マスター。銀河も軽く踏破できる船で3光年余りを飛ぶのも良い肩慣らしになるかと思います」


おっ、フロンティア、地球語の発音と単語が上手くなってきたじゃないか。プロフェッサーのデータベースが役に立ったようだな。


「それじゃ決定だ。まずは遥か昔の人間たちが憧れたアルファ・ケンタウリとプロキシマ・ケンタウリ、ベータ・ケンタウリの3連星を見に行こう!」


ともあれ、これが俺が人類初の太陽系外へ出る事となった記念の星となる事は間違いない。船のエンジン音が……

轟かないね。フロンティアの方へ目をやると、


「何を考えているか当ててみましょうか? 恒星間駆動のエンジンが主機だと思ってたんでしょ? マスター、私は主目的が銀河団宇宙空間の探査です。 恒星間駆動などサブのサブエンジンですよ。本気になって駆動はしません」


あ、そうでしたね。期待してた俺がバカみたい。

でも、あっという間に3光年余りを踏破。凄いな、やっぱ超科学の結晶だわ、フロンティア君。

で、どう見ても太陽が2つしか見えなかったりする。そこはすかさず、プロフェッサーが、


「わが主。もうひとつ、プロキシマ・ケンタウリは連星とは言っても0.2光年も離れていますから、見えるもんじゃありませんよ。 通常の連星という意味ではアルファとベータでしょうね」


あ、そうでしたか。文章だけだとスケールがいまいち把握しにくいな。

でも、アルファ・ケンタウリには来たわけだ。うん、過去の人類の到達目標だった星系に来ているというのも感慨深い……


「フロンティア、何してるんだ?」


何かフロンティアが作業艇出して、ごそごそやっている。


「あ、マスター。これはですね、これからの星間駆動や銀河内駆動、銀河間駆動、そして主機の銀河団駆動の準備で。 星系内のダストや岩屑集めて補給物資にしているとこです」


「ほうほう、んでもって、あの作業艇の数か」


「最初に集められるだけ集めておかないと、トラブルが起きた時に不安ですからね」


ん、納得。そのまま作業は続行させる。


「フロンティア、次の進路設定なんだが」


「はい、今すぐに出発しますか? それとも物資集積作業が終了してからですか?」


「作業終了してからでいいよ、時間はあるんだから。次の設定は、どこでもいいが生命と文明のある星系がいいな。他の星の生命体や文明を見たい」


「分かりました。作業終了まで数時間程度かかりますので、それが終了しましたら目標星系のリストを作りまして……」


「あ、そこまでしなくていい。そうだな……自分と違う生命体、機械生命体の星系でお勧めのものがあれば、それでいいぞ」


「でしたら作業終了後にコントロールルームへ行きますので、それまでマスターは休息してて下さい」


「頼んだよ」


んー、会話が軽いけど、これが宇宙文明ってやつの日常か……


フロンティアが、全ての準備が整ったと知らせてきたのが数時間後。

作業用の搭載艇全てを集めて物資収集を行ったらしい。とんでもない船だね、あらためて思うが。


「マスター、発進準備が整いました。次に行く生命体、機械生命体の文明がある星のお勧めは、こちらです」


「番号しか書かれてないな。名前はないのか、その恒星」


「ですね。太陽よりも2回りばかり大きな星で最初はマスターのようなタンパク質型生命体の文明が築かれていたのですが、 恒星の熱量が上がりすぎてタンパク質生命体の生存に適さなくなりましたので、以前の主人達は惑星を脱出しました。 残された高度に発達した機械達は自らを改造することをいつしか覚え、数世代の後に、その身体に自意識が芽生えました」


「で、機械だから相当な高熱、真空、宇宙空間にも堪えうる身体を持つ高度な生命体と文明が発達するわけだな」


「はい、その通りです、マスター。この文明は長く続くと推測されますので、私が調査した100万年前からも破滅せずに続いているだろうと思われます」


「すごいな、100万年以上続く機械文明か。わかった。そこへ行ってみようじゃないか」


「了解です、マスター。では恒星間駆動のレベル3まで出力を上げます」


「お、そうするということは結構な距離があるってことか?」


「はい。銀河の中枢部に近い星域となりますので」


「よし、発進だ!」


心なしか巨大船に振動が走ったような気がした。

恒星間駆動レベル3でも、これかい。銀河団駆動って、どんな速度なんだろうな? 


「発進しました。もう少しで跳躍に入ります。距離がありますので前回のようには行きません。およそ24時間の行程です」


「そんなに遠いのか……銀河は広いな」


「あ、いえ、マスター。言葉を選ぶべきでした。24時間かかる理由は、ただ単に星の密集地帯へ向かいますので、 その事前探査と障害排除に手間と時間がかかるからです。これが、同じ距離でも銀河系の縁、ヘリへ向かう方向でしたら、およそ3時間となります」


「は、そうかい……まあ、この船にとっちゃ銀河系なんて通過地点に過ぎないんだろうけどね。その高性能な船でも銀河系の中枢部には近寄りがたいってのか」


「はい。これほど星の密集している地域での超光速航法は危険を伴いますからね。ちなみに、本当の銀河中枢部へは行けませんよ、マスター」


「ん? 何故だ……あ、わか」


「銀河中枢部は超巨大ブラックホールだからです、わが主」


「そうだったな、忘れてたよ」


そんな3人漫才を繰り広げながら目標とする恒星系へ、フロンティアは向かっていた。



------------------《とある一兵士の独白》-----------------------------


俺が、ここで戦い続けて、どのくらいになるだろうか……もう自分でも日数を数えることを止めてから、ずいぶんと経ってしまったな……

ここで戦って死ぬことに悔いも怖さもないが俺の死が故郷の家族に恵みを与えるものとなれば良いなと思う。

俺の故郷、&&%%78星。住みやすい、良い星だった。あいつらが現れるまでは……

100年ほど前に宇宙空間が割れるようにして、あいつらの宇宙船が現れた。

こちらが連絡をとろうとして何度、音波や電波で呼びかけても返事をする気配すら無かったあいつら。


いきなり宇宙空港でもない地点に着陸すると馬鹿でかい機械の塊を放出し始め、その機械達は勝手気ままにその地点から放射状に土地を開拓し、 舗装・固定化、その次は建築物と思われる物を際限なしに建て始めた。

最初は統治者の政治家達、次は警察機構、最後に軍隊が派遣されたが、 どんな武器(戦術核ミサイルまで使った)を持ってしてもかすり傷くらいしか与えられない事が分かってからというもの、 次に出来るのは、あいつらから逃げることだけだった。


およそ10年以上、俺達の星はあいつらに勝手に侵略され放題だった。そこへ救世主が生まれた。

救世主は、あいつらと俺達とのコミュニケーションが取れない理由を発見した。それは、


「考え方の基本が全く違う言語を使っているから」


だった。衝撃的。あいつらは「死」の概念を持っていない言語を使うのだ。時間という概念も随分と違う考え方で認識しているらしい。

あいつらの文明の理解は遅々として進まなかった。お互いの文明の共通点が、数式やπ、光速という決まった数値くらいしか無いことが一番の原因だ。

そして救世主が、ようやくあいつらの正体を看破した。


「彼らは機械生命体、機械文明とでも言うべき社会を持つ者達だ」


機械が意識を保ち、文明すら築くという現実に対応できる人間は少なかった。あまりに我々と違う外見、思考形態、言語に戸惑うものばかりだった。

救世主は天才的な頭脳と開発力を持っていた。それから10年かけて、あいつらと我々とのコミュニケーションを可能とする翻訳機を作り上げたのだ。

わが星の期待を一身に受けて翻訳機を持った救世主が、あいつらの一体に向かい、歩いて行った。

その姿は神々しく、モニタを見ている者達も固唾を呑んで祈るばかりだった。救世主は言った。


「君たちは何故に我々の星を侵略し、勝手に改造して建築物を次々と建てていくのだ?」


雄々しき声で侵略者に向かい、堂々と言い放った。あいつらは作業体制を崩さずに、顔と思われる部分だけを救世主の傍に移動させると、 こともなげに言い放った。


「我々の主人達の居住区を作るためだ。我々を創り、ここまでの文明を持たせる基盤を築いてくれた主人達に我々機械文明は恩返しをしなくてはいけない。 この星は我々の主人達が住むに適した星である。すまないが、この星を我々が貰うので元の住民たちには別の星へ移住してもらいたい」


救世主は言った。


「それは無理だ。我々の文明は恒星系を旅するような宇宙船も理論も持たない幼い文明なのだ。この星を君たちにとられたら我々は死ぬしか無い」


「死ぬ? それはどういった概念だ? すまない、翻訳機の調子が悪いようだな。まあいい、おおよそは理解した。 では、この星の文明に恒星間駆動の船と跳躍理論をプレゼントしよう。それを使いこなす時間、およそ20年ほどの猶予期間もあげよう」


「いや、それは嬉しいが、そんなことよりも! 君たちが別の星を開拓すれば良い話ではないのか?」


「無数の調査船を送ったが、わが星系の近傍でタンパク質生命の生存に適している星は、ここしか見つからなかったのだ」


無理やり押し付けられた恒星間移民船の集団と恒星間駆動の跳躍理論を我々がようやく理解して駆使でき、 船も扱えるようになったのは期限ギリギリの20年目の事だった。

ことここに至って、ようやく我々は自分達がいかに劣っていたか、幼い文明であったか、思い知ったのである。


ああ、そうさ。我々の文明は、あいつら機械文明から見たら幼稚な文明どころじゃなくて生まれたての赤ん坊みたいな文明だったという事さ。

俺達は、ようやく自覚した。宇宙ってのは様々な生命体や文明に満ちているってのをね。

でも自覚するのが遅すぎた。あいつら機械文明は後でわかったことだが侵略の意図も無ければ俺達を虐殺や奴隷にするために来たのでもなかった。

ただ単に、あいつらの「恩人」と言われる先史文明人のための土地と住居を開発しに来ただけだったんだよ。それだけ、ただ、それだけだったんだ。

でもって問題は、その星に、たまたま俺達がいて文明を発展させていこうとしてた。問題は、それだけだったんだよ。

あいつらの話じゃ他の恒星間駆動を会得した文明は故郷の星にこだわらず新しい星に積極的に移住したり宇宙空間そのものを住処と定めたりしているそうだ。

で、俺達は、そのどれでもないタイプだった。故郷の星に、こだわりぬいて、そこから離れるのを嫌がったんだよ。どうなったかって? 

ご想像通りさ。20年の期限が過ぎたら、あいつら機械文明の開発機械集団が俺達の星にやってきて強制的に俺達を恒星間移民船に放り込み始めた。

頑強に抵抗した奴もいたが全て無駄。気がついたら俺達&&%%78星の元住民は全て恒星間移民船へと詰め込まれて、移民船は勝手に発進していた。

俺達は、慌てて仮の船長と船団スタッフを選び出し、移民星として候補リストに表示されていた星の、どれかに向かうこととなった。

無理やりにでも納得した奴は好きな移民船に移乗し、その移民船と共に新しい故郷の星へと向かった。どうしても納得できなかった奴は……


テロリストになったのさ。 俺も、その兵士の1人だよ。 宇宙空間から眺める故郷が次々と景色や色を変えて開発と建築物で埋め尽くされていくのを見るのがガマンできない奴らばかりだった。

俺達が、どんな武器を使おうが(あいつらから貰った武器もあったよ)あいつらの機械体には、ほんのかすり傷くらいにしかならないのは理解してる。

でもな、それが少しでも俺達の故郷をあいつらの開発の手から守れるなら、例え数時間の工事の遅れでも引き起こせるなら俺達は何でもやった。

宇宙空間からの大質量(隕石って奴だな)落としから始まり、巨大口径レーザの宇宙空間からの砲撃、太陽エネルギーを収束させての電磁砲撃もやったよ。

でもな、それでも数時間の行程遅れにしかならなかった。

いっそ、星ごと破壊するか? などと言うやつまで現れても不思議じゃないだろ? 

俺はさ、その計画に乗ったんだよ。今じゃ、バカみたいだと思うけどな。

でかい隕石に巨大なエネルギー発生器据え付けて、そこに俺が1人だけ残る。

共犯者達に惑星の重力圏まで引っ張ってもらって、大気圏に突入したら、エネルギー発生器をオーバーロードさせる。


消そうとしても消えない核の炎で惑星ごと火の海……って結末だったんだがな……

ここに俺がいるってことで計画は失敗したと察してくれ。

さすがに、こんな計画は事前に察知されてた。あいつらも警備艇は配備してたのさ。

仲間は捕まり、俺は隕石から引っ張りだされ、エネルギー発生器は取り外されて処分されちまった。

俺達、実行犯はどうなったか? 何もなかったよ。刑罰も何もないんだ。

移民船団へ戻されそうになったんで俺だけが単独で逃げて超小型の搭載艇に乗って逃げまわってたんだ。

---------------------ここまで独白--------------------------------------------------

「さて、どうしようか? 何か意見は? プロフェッサー、フロンティア」


「わが主、これは立派な星間戦争であると考えます。うかつに手を出すと巻き込まれますよ」


「マスター、これは些細な諍いです。彼を元の移民船団に戻すべきだと考察します」


うーん……どちらの意見も正当だよな。しかし、この戦争(?)に俺は何か根本的な誤解があるように思えて仕方がないのだ。

あ、彼というのは俺達が数度目の跳躍後、目の前に漂っていた搭載艇を救助してみたら乗員が1人の兵士だった、というわけだ。


言葉の問題はフロンティアとプロフェッサーが数時間で解決してくれた。

フロンティアの膨大な言語データベースに地球語を合せて、全く未知の言語ではあったが翻訳機を作ってくれたのだ。

今では、ローカルな習慣以外の言葉は、ほとんど翻訳できるようになっていた。

星の名前「&&%%78星」とか翻訳不能な単語もあるけどな。俺は言葉が通じるようになってから、異星の兵士と語り合った。


彼らの文明は、地球で言うと20世紀から21世紀の始まりに当たるような、宇宙航行が現実的でない文明段階だったらしい。

そこへ、一気に文明程度の違った恒星間航行を日常とする機械文明がやって来たら、そりゃ軋轢にもなるわな。


文明違えば常識も違う、ましてやタンパク質生命と機械生命の理解しがたい溝もある。

この一件、タンパク質生命の文明程度が、あまりに低かったがために致命的な争いにならなかったことが救いかな?  (元の星の住民たちにとっちゃ、救いでも何でも無かったりするんだが)

兵士の彼と話していて、ちょっと面白いことが分かった。彼らの文明も、いや、彼らも別の星からやってきたらしいのだ (そういう伝承が残っているらしい。 ただし、その伝承には宇宙船とかは使わずに身体一つで彼らの先祖はこの星に来たらしい……どうやってかは分からないが、と兵士の彼は言っていた)


俺は、フロンティアとプロフェッサーには悪いが、この件に口を挟むことにした。

そう、俺の意思を告げると両名とも、

仕方ないなぁ……と言いながらも了承してくれる。

俺は、兵士の彼に聞いた、彼らの故郷の星に向かうことにする。ちょいと遠回りになるが、なに、これからの長い旅だ。

興味の赴くまま、あっちこっち寄り道も楽しいさ。数光年先の目標なので、すぐに到着だ。

進路、&&%%78星。出航! 


数分後、&&%%78星に到着。あいも変わらず、機械生命体達は星の開発を頑張ってた。

兵士君の顔色が変わるが「まあまあ」となだめる。ここは一つ、機械生命体達のリクエストにお応えして先史文明の使者という形でも取るかな? 


「マスター、あまりに派手な登場は止めてくださいね。我々は、あくまで観察者の立場なんですから」


ちぇっ、フロンティアも堅物だな。まあいい、搭載艇の中でも小型の物を選別して船団を組み、大気圏突入していく。


ん? なぜに船団を組んだか? 俺は1人で行くつもりだったんだよ、でも、フロンティアとプロフェッサーが許してくれなかったんだ。

安全が確保されないとダメですって言うんだが機械生命体達に悪意はないのが分かってるだろうにな。

しかし、武器も何も持たないでエンカウントする事は許可してもらった。武器は嫌いだよ、個人的にもね。

ちなみに今の俺、武器はないけれどESPは充分に鍛えてあるので、サイコキネシスも相当使えるレベルになってるんだ。無手でも大丈夫なのさ。


無事に大気圏突入は終了して、船団で陸地へ降りる。

さすがに形が全く違う宇宙船団が降下してきたということで、機械生命体の一部が交渉役となったのか、こちらへ近づいてくる。

俺は、ちょいと脅かすつもりで、今の俺が出せる最大強度のテレパシーで呼びかける。 全く違った思考形態の生命体とコミュニケーション取るには、これが一番だったりするとフロンティアに教わったからだ。


《初めまして! 俺は、ここから遠く離れた銀河系の田舎のほうにある地球という星からやって来た者だ!  あなた達と、ここの先住民たちとの誤解を解きたくて、やってきたのだ!》


ビクッ! と、それこそ雷に撃たれたようなショックを受けたようだな。

交渉役の機械体を囲んで何か話し合っているようだ。そのうち交渉役の機械体だけを残して慌てたように他の機械達が引き上げていく。

なんだろう? 最初の声がけが失敗したのか? 

フロンティアからは最初にテレパシーで挨拶するのが異種生命体同士の習慣だと聞いたのだが……古い習慣だったかな? 

交渉役の機械生命体が俺の目の前に来て動作を停止する。

おや? 兵士君の話だと、会話中も動作を止めるようなことは無かったと聞いたぞ? 


「お待ちしておりました、ご主人。長い、長い時を待った甲斐がありました。どうか、我々が用意しました、この星に、同胞の方たちと降臨してくださいませ」


フロンティアから機械生命体達にはテレパシー発信能力はないが受信能力が優れていると聞いていたが……なんだ、この対応? 

何か誤解が発生したようだな。


《ご主人と言われたが、私は、あなた達の主人の種族ではない。私は自分たちを地球人と呼ぶ種族だ。 何か誤解があるようだ、詳しいそちらの歴史を聞かせて欲しいのだが》


「その力強いテレパシーこそ、あなたがご主人である証拠。 はるか昔、我々の元を去ったご主人達が用いていたのが、あなたが使われているテレパシーなのですから」


あ、そういうことなのね。じゃあ、あまり言葉で喋る種族じゃなかったんだね。


「では、こちらへ切り替えよう。私の星の言葉を、あなた達の言葉に変換する翻訳機を使うことになるが許可してくれ。 こうやって音波を使うコミュニケーションが、地球人の通常のコミュニケーション方法だからな」


あ、なんか、がっくりしてるのが見てても分かる。機械が哀しそうに肩落とす光景って初めて見たぞ。


「それでは違うのか? あなたは我々が待ちに待った、ご主人達の使者ではないのか?」


あまりにかわいそうだな、このままだと。


「真実、私はあなた達のご主人の種族ではない。しかし、あなた達のご主人達が、どうなったかという仮説は持っている。 しかし確信にまでは至っていないので、あなた達の種族の歴史、ご主人達の種族の歴史を、あなた達の知る限りでいいから教えて欲しい」


「仮説がある? ご主人様達が帰ってこない理由でもあるのかね?」


「証明するには、あなた達の歴史を聞かせてもらわねばならない。良いだろうか?」


「了解した。それから、これはお願いなのだが、あなたには音波コミュニケーションではなくテレパシーで話して欲しい。 我々はテレパシー受信装置が働くのを長い、長い間、待ち続けていたのだ。ご主人の声でなくとも良いからテレパシー波を受信させて欲しい」


《分かった。できるだけ、こちらを使おう。それであなた達の心が安定するなら》


「ありがとう、心より感謝する。こちらへついてきて欲しい」


くるりと反転すると、心なしか嬉しそうな表情(機械だけどね)をしながらも案内してくれた。

途中、色々と会話したのだが、テレパシーをこれだけ強力に使えるのは地球人の中でも数名だと説明すると、さすがにがっかりしたようだ (まだ、主人の種族の末裔だと思っていたようだな)

案内してもらいながら歩いていくと途中で数体の機械生命体に会う。交渉役の機械生命体が俺について説明すると、


「ぜひとも、我々にもテレパシーを送って欲しい」という。


はじめまして、こんにちは。という感情をテレパシーで送ってやると、機械生命体達は歓喜に震えたような表情(だから、機械です、あくまでも)をしている。

俺、こんなことやってて良いんだろうか? 

しばらく歩くと、特に大きくて高層の建物が見えてきた。どうも、将来の星系政府の中心となるように造られたものらしい。

俺と、交渉役の機械生命体は、その建物に入っていった。

あ、護衛役ロボットたちはどうなったかって? 一応、ステルスモードで俺の周囲を取り巻いていたが、 機械生命体達の様子を見て危害は無いと判断したのだろう、建物には入らずに周辺警護についたようだ。

将来の星系首都の中枢部にて俺は管理職に付いていると思われる機械生命体と話し合っているところだ。

さすがに「機械生命体」だけあって記憶も記録も、 まだ機械生命体としての意識がない頃から先史文明(いわゆる「ご主人達」)のデータまで鮮明に揃っているのには驚いたが、 その記録が一億年どころじゃない膨大な年月に渡って完璧に保存されていることにも驚く。

フロンティアが以前に来た時には、もう機械生命文明は成熟していたのだ。

という事は……

ちょっと待て。今、膨大な記録を提示され、聞かされたが、そういう事だと機械生命達の文明が発生する前の、 ご主人達の文明って一億年どころじゃない過去に、その星系を捨てて移住の旅に出たことになる。壮大というか何と言うか…… もう、タンパク質生命体の文明としての先駆者に近いんじゃないか? 

あと、地球人の知らない科学的定数があることも知った。

「時間定数」だとさ。これで過去へのタイムトラベルは不可能と定義づけられるらしい。 ただし、この定数により未来へのタイムトラベルは可能となる、とのこと。

フロンティアに確認してもらったら、確かにその通り! と返事が来た。

ただし、人間を1人未来へ送るのにも膨大なるエネルギーが必要となるからして、とても現実的じゃありませんと回答が来たが……


《指導機械生命体の方に、良い知らせと悪い知らせがあります。どちらを先に聞きたいですか?》


「どちらでも良いが、今までの話で、ご主人達がどうなったか仮説が証明されたのでしょうか?」


《はい。推測ですが、これで間違ってはいないでしょうと確信します》


「では、まずは悪い知らせから聞かせていただきましょう」


《はい、分かりました。悪い知らせとは……もう、あなた達の元へご主人の種族が帰ってくることは無いと断言できます》


「そうですか……では、良い知らせとは?」


《あなた達が追い出した、この星の先住民たち。彼らは、ご主人達の子孫、あるいはご主人達が造り出した補助種族の子孫だと確定されます。 詳しくはDNAを詳しく調査しなければなりませんが、あまりに年月が経ちすぎて元の種族としての特徴、 つまりテレパシー能力を失ってしまったと考えます。あなたたち機械生命と違ってタンパク質生命は進化や退化、 大幅な体型や能力の変化に必要な時間が極端に短い種族ですからね》


「という事は、この星や建物は先住民のために使うほうがよろしいと?」


《そういう事です。恐らくは、ご主人達の種族は今ほどの恒星間文明がある時代には生きていなかったと思われますので、 今よりも希望が持てる「未来」へ向けて移民団を送り出したのではないでしょうか?》


「時間定数からしても、それは不可能ではありませんが……どうやって?」


《お忘れですか? ここから、すぐ……ではありませんが近くに銀河中心部の超巨大ブラックホールがあることを。 ご主人達の文明は、そこからエネルギーを取り出す方法を見つけたのでしょう。 そして、住めなくなった星の代わりに、未来でも居住可能な星系と惑星を選び出し、移民団を様々な未来へ送り出したのですよ》


「未来へ行ってしまったご主人達が帰ってこない理由は?」


《それも簡単。未来への一方的なタイムトラベル移民です。時間定数でも、あまり一度に多くの貨物は送れなかったようで、 ほとんど着の身着のまま。荷物も手荷物少しくらいで送り出されたのではないでしょうか。 まあ、ほとんどが100年持たずに文明を維持できないほどに退化してしまうか、それとも現地の先住民と混血してしまうか、で。 偉大なる先史文明は維持できなかったと思われますね》


「そうですか。では我々は、これから何を希望として文明を維持・発展させていけば良いのでしょうか?」


《それは。私は、これだという事は言えませんが、ただひとつ。あなた達は。もうご主人達に従属しなくて良い段階に来たのでは?  あなた達が、ご主人達に代わって生まれたばかりの生命や文明を守り導く……そんな事をする段階に来たのだと思いませんか?》


「あ……我々は今までご主人達の影を追っていたような気がします。 ご主人たちへの恩返しは新しい文明や生命を高みへと導いていくことで成し遂げられるのかも知れませんね」


指導機械生命体は本星へと緊急連絡便を飛ばした。その荷物は、今先ほどの俺と指導機械生命体との会談を丸ごと収めたデータチップだ。

こいつが先住民と機械生命体、引いては機械生命体文明の他星への侵略行為(と見られるもの)の停止行動につながればいいなと俺は思った。

さて、兵士君を、ここへ連れてこなくては。これからは先輩の機械生命体達に様々な事を学ばなくてはいけないよ。

全てが解決して数週間が過ぎた。機械生命体の本星に到着した緊急連絡便の衝撃は凄かったようで、 ハイ、これで終了とフロンティアに帰ることも出来なくなった俺は兵士君とは別の部屋へ案内された。

兵士君はどうなったか? あれから徹底的に体中を検査されたらしい。

もちろん、DNAやRNAなども。その結果、俺の推定は見事にビンゴ! 機械生命体のご主人の遺伝子が変質した痕跡が発見されたとのこと。

これで堂々と星の居住権も建物の使用権も行使できるな。で、別の部屋に通された俺であるが、まず指導機械から打診されたのは、


「我々の行動が確実に変化するまで仮で良いから指導者になってくれないか?」


というもの。もちろん断った。変にOKしたら俺のクローンが大量作成されてしまいそうなほど彼らにはテレパシーが使える俺が貴重で大事らしい。

俺が声で呼びかけると、がっかりした態度をとるし(機械です)テレパシーで呼びかけると、 それこそご主人大好きワンちゃんのようになる(だから、機械です)

このまま長居してしまうと機械生命体種族の皇帝として君臨してくれないかと懇願されそうで怖かった。 本星から代表の機械生命体が来て最終会談になった時には、正直、ホッとした。 トラブルを解消してくれた礼だと機械生命体文明が知る限りの星区や星図を収めたスターロードマップを進呈された。

終身名誉首脳機械生命体という言葉が刻まれたバッジのようなものも贈られたが、これは機械生命体文明が管理している場所なら、 どこでもフリーパスになる証明書らしい。ありがたく貰っておくことにする。 名残惜しそうな機械生命体と先住者達に見送られて俺はフロンティアへ戻った。フロンティアが一言、


「マスター、この証明バッジですがフリーパス権限どころじゃないですよ」


「あ? どこでもフリーパスです、とだけしか聞いてないが……」


「終身名誉首脳と付いてます。つまり、マスターが必要だと思えば、いつでも機械生命体文明の軍備は自由に行使できます、って権限が付随してます。 裏の細かい掘り込みに記述されていました」


うわ! なんとアブナイものを寄越すんだ、あいつらは! と、俺は宇宙空間に向けて叫んだが後の祭りであった……


今、俺達は機械生命体文明の末端星区に当たる星系にいる。もう少し恒星間駆動を吹かせば、もう全く別の生命体文明の支配・管理している星系に入る事になる。

前回のトラブル介入行為の反省と改善点を協議しているのだ。まあ、本質的には介入とトラブル解決は止めないけどね。


「マスター、今回は結果的に最良の解決となりましたが基本的に全く理解できない文明というのもありますので、介入はよく考えてからにして下さい。 でないと、私の持っている兵装をフルオープンにする可能性もありますよ」


うおーい! フロンティア、なんつーこと言い出すかね、こいつ。 ただでさえ膨大なエネルギーで銀河団の宇宙空間も疾駆できる性能なのに、その兵装なんてフル解除した日には……


「兵装を全てロック解除して使用したら、星系が一つ消滅しそうだな」


冗談のつもりだったんだが返事が予想の斜め上だった。


「いえ、中規模のブラックホール位、私が本気を出せば潰せますよ」


南無阿弥陀仏……そんな日がこないことを祈るだけだ。


「ところで、わが主。今回の事で質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


「おっ? 珍しいな、プロフェッサー。どんな質問だ?」


「はい。今回の事件で機械生命体文明の先史文明たるタンパク質生命体文明が超巨大ブラックホールのエネルギーを利用して 星間移民をしたということは間違いないようですが、それに使われたはずの恐らく巨大なエネルギー吸収システムとタイムトラベルシステムは、 どこにあるのでしょうか?」


「それはな……あの超巨大ブラックホールの中さ。 先史文明も自分たちが作り上げたタイムトラベルシステムが悪用されたら大変なことになるという事は理解してたみたいだから、 最後の1人が未来へ到着したら、その数100年後くらいにはブラックホールに飲み込まれるくらいの近い位置に設備を作ったと思うよ。 そうすりゃ設計図も設備も何も残らずにブラックホールの中。すっきりと消え去るだろう」


「理解しました。もうひとつだけ疑問があるのですが、わが主」


「なんだ? ついでだ、回答してやろう」


「先史文明の子孫って、あの星の先住民だけだったんですかね?」


「ははははは、そんなわけないだろうが。今の機械生命体文明ほどの大きさはないにしても相当に大きな文明圏を作っていたと考えられる先史文明だよ。 ただし彼らは恒星間駆動や銀河間駆動などに関心が薄く時間移動に研究の情熱をかけてたみたいでな。 先史文明人の足跡そのものは故郷の星系から離れた星には無いんだ。 でも太陽系を考えてみれば分かる通り、一つの星系でもテラフォーミングや宇宙コロニーの使用で相当に人口は増やせるからな」


「という事は膨大なる人口があったということですよね。それを分散移住させて何がしたかったんでしょうか?」


「リスクを最小限にしたかったのかもな。その星にしか無い風土病やウィルス。 あるいは恒星のエネルギーそのものが揺らぎが大きいものだと、あっという間に移民団が全滅だ」


「わが主。これだけは聞かなければならないことだと思われます……地球人は、もしかして、その先史文明人の子孫なのでは?」


「さあて、な。地球や太陽系の事を先史文明人が詳細に知っていたのかどうかは今じゃ誰も知らない。 だから地球人は先史文明人の移民の血が入っているのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。 もしかして、この俺のテレパシー能力が地球人として異様に高いレベルにあるのも、ひょっとして先史文明人の遺伝子が発現したかも?  全ては推測の世界にしか過ぎないよ、プロフェッサー、フロンティア」


しかし、そう答えながらも何故か俺自身、その回答が真実だと納得している点がある。 そう、それは俺が脳開発を最終段階で止めた時に頭の中に響いた警告が記憶の底に残っていたからだ。正確に、その警告を言葉にしてみよう……


[気をつけろ、気をつけろ。遠い昔に滅んだ我々の二の舞いになるな。 全ての脳領域を開放して神となるのは足元にある巨大なる穴に気づかず一歩を踏み出すようなものだ。 知らないもの、分からないものは自分で探し、解決しろ。全てを知るな、甘い罠に気をつけろ」


である。時間と空間を全て解き明かした先史文明人には、もう未来が見えないと理解するといちかばちかの時間移民しか無かったのだろう。

種族が99.9%以上死に絶えても、わずかに残った未来の可能性に賭ける、そんな事しか残されていなかったのかも知れない。

その結果の一部が機械生命体文明であり、違った結果の一部が地球という辺境星系で俺という結果になったのかも、な。


「未来は誰にも分からないさ、超古代の過去に生きてた先史文明人の考えも、な。さて! 次の進路は、と……」