第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第五十話 もう一人の楠見

 稲葉小僧

ここは、とある星。

今しも、この星では初の恒星間飛行を成し遂げようと、実験機である宇宙船の打ち上げを待つ。

この宇宙船に乗っているのはメインパイロットとなる人間と、その補佐及びコ・パイロットとなる優秀な人工頭脳を搭載したアンドロイドの一人と一体。

アンドロイドに搭載されているのは最新の理論により計算機としては最高水準まで到達した人工頭脳で、知性はないが明らかに現状から推測を行うレベルにあるのは間違いない。


「調子はどうだね? ナンバー101。人類初の恒星間飛行に挑戦するんだ、気が高ぶるのは仕方がないが、その時には冷静に頼むよ」


この星では人間は数字で呼ばれる。

おかしいと思うのは、この星生まれではない者。

幾百年も、このような名前の付け方をしていれば、それが普通になる。


「はい、宇宙省長官殿。気分は高揚しています。自分は同年代の子どもたちよりも幾分、夢見がちなこともありまして、幼年学校や少年学校では心ここにあらずという授業態度で先生に幾度も注意されていたほどですから。夢がかなって、この実験宇宙船に乗れるとは……感慨無量です」


「そうか。ちなみにこれは実験機であるから何か重大なトラブルが起きる可能性は高い。君の現場対応能力の高さと、君の補佐をするアンドロイドの高性能さがあるなら大丈夫だろうと思う……頑張ってくれたまえ、我が愛する星のために!」


「はい、我が愛する星のために! なんとしても、この計画は成功させてみせます!」


「うむ、良い結果を待っている。以上だ」


パイロットの番号が101なのに、それより上の番号は選ばれなかったのか? という疑問が湧くだろう。

もちろん、101より優秀な者たちが揃っているのは事実。

しかし、突然のトラブルや、宇宙飛行中に起こりうるだろう事件などを全て考慮すると現場対応能力がひときわ高いナンバー101が選ばれるのは当然。

後の者たちは101より全般的に優秀ではあるが、不意のエンジントラブルや宇宙塵との衝突、果ては航行中に燃料が全て無くなったと仮定された無理難題でも101だけは他の候補者たちよりも数段高いレベルで生き延びられる回答を出した。


今回は実験機。

宇宙省の高官達、そして、この星を管理・運営している者たちの頂点である最高司政官でさえもナンバー101をパイロットに選ぶのは当然のこと。


「キャプテン、全計器の数値が誤差範囲内に収まっています。発射に問題ありません」


アンドロイドの声が響く。


「お、そうか。ありがとう。では、ラストのカウントダウンに入る。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、イグニッション!」


轟音を上げて宇宙船打ち上げ用の巨大な超音速航空機が飛び立っていく。

その背中には航空機よりは一回り小さな、いわゆる「空飛ぶ円盤型」の宇宙船がガッチリと固定されている。

巨大な航空機は、その背中の荷物をものともせず、ぐんぐんと滑走路を進んでいき、滑走路の切れる少し前で、ようやく離陸する。

ふわりと浮かぶように離陸した航空機は、そのまま高度を上げていき大気圏上空15000mまで上がる。

さすがに巨大なターボプロップ・エンジンも、この高度では出力が上がらない。

もう少し、もう少しと高度を上げつつ宇宙船切り離しポイントの高度へと近づいていく。

高度20000mへ到達。


「宇宙船パイロットへ。高度20000mに達した。切り離しを行うので、そちらのエンジン始動を行ってくれ」


航空機パイロットが宇宙船へと指示を出す。


「了解した。ここまで運んでくれてありがとう。君らに幸運がありますように」


「よせやい、幸運が必要なのは、そっちだろうに。無事に戻ってこいよ! 以上」


これにて宇宙船と航空機との通信は終了する。

後は切り離された宇宙船が……

少しエンジン始動に手間取ったようで高度は落ちたが、持ち直して高度を上げ、惑星脱出速度まで加速する。

惑星圏を抜け、衛星のそばを通り抜け、隣の惑星もフライバイ。


「キャプテン、星間航行エンジンは順調に動作しております。あと10時間ほどで恒星間航行用エンジンのテスト予定宙域に到達する予定です」


「そうか、ではコースと速度は、このままで。実験を行うポイントに到達したら起こしてくれ。昨夜から緊張で寝てないんだ。丁度いいから宇宙で眠る実験も兼ねるよ」


「キャプテン、もう惑星間航行は普通に行われております。今さら睡眠実験でもないと思いますが?」


「固いこと言うなよ、アンドロイドくん。これからは当分の間、俺と君の2人だけで恒星間を飛ぶことになるんだ。まあ、のんびりやろうぜ、のんびりと」


「キャプテン、それだから上に立てなかったんですよ、その性格。もう少し真面目にやってればナンバー10を通り越して一桁ナンバーにもなれたでしょうに」


「うるさいよ、アンドロイドくん。現場で理屈ばっかりこねて杓子定規に拘っても何にもならないの! 俺は寝るからね、ポイントに到着したら起こしてくれよ……」


「はぁ……あんなチャランポランなのが大事な恒星間航行の実験パイロットとは……私の計算機は暗澹たる未来を予測していますよ……」


ちなみにアンドロイドの語彙数は人間並み。

チューリングテストをやっても姿を見せなければ人間だと思うレベル。

これで自立思考が出来ないのだけが惜しい。


「キャプテン、起きて下さい。実験開始ポイントに到着しました。起きて下さい、キャプテン」


あくまでもビジネスライクな口調でナンバー101を起こすアンドロイド。


「うーん……実験開始ポイントに到着したって? あ……そうか。起きなきゃな」


久々の長時間睡眠のため、101の頭脳は、まだよく回らないようだ。


「キャプテン、これを飲んで下さい。睡眠状態から頭脳がフル回転する状態へ移行させる薬です」


「ん? ……うえー、苦い。水くれ、水! まったく……ああ、もう完全に目覚めたよ、アンドロイドくん」


「それは良かったです。これ以上やるなら、キャプテンを掴んで微振動与えるところでした」


「え? それって襟首掴んで揺さぶるってことじゃないか……良かった、早めに起きて」


宇宙船は実験開始予定のポイントで停止している。

一人と一体は操縦席について惑星間航行エンジンから、恒星間航行エンジンへの切り替え作業を行っているところ。


「エネルギー系統の切り替え、完了しました、キャプテン」


「ありがとう。こっちも操縦系統の切り替え完了だ。後は恒星間航行エンジンの軽負荷テストが残ってるか。こいつが完了すれば……」


「はい、長距離航行つまり超空間ジャンプ航法の実践テストということになりますね、キャプテン」


「軽負荷テストなら何もないと思うんだけどなぁ……超空間ジャンプは何かイヤーな予感がするんだが」


「しかし、キャプテン。軽負荷テストまで終了すれば後は実際の恒星間航行エンジンの動作テストしか残りませんよ」


「いや、まあそりゃそうなんだけど……何か根本的な間違いしてる気がするんだよな、この恒星間航行エンジンって」


「最新理論ですからね、このエンジンの根本は。少々の間違いはあっても不思議じゃないと思いますよ、キャプテン」


「いや、だからさ。そんな無表情で宣言しなくても……って、そうか、アンドロイドで人間じゃなかったんだよな……あまりに人間臭く思えるんで、つい相棒に話しかけるつもりになっちまう。俺が心配してるのは、その微妙なところの間違い。何か根本的に重要なポイントを計算してないような気がするんだが」


「私の人工頭脳内部に、その計算結果と根拠がデータとして入ってます。キャプテン、軽負荷テストが終了次第、それを検討してみますか?」


「その意見、賛成! 俺も少しくらいなら理数系は得意なんで、互いに基本から分析してみよう、アンドロイドくん」


エンジンの軽負荷テストは無事終了。

問題点はなさそうに思えたが……


「ちょっと待ってくれ。この計算式だと超空間への突入は無理で弾かれる。その弾かれるエネルギーは突入時のエネルギーと同じになるため、瞬間的に物体が超光速となり、一瞬のうちに光速の数十倍もの速度で宇宙を移動したように見えるってことだな」


「はい、その認識で間違いありません、キャプテン」


「ちょっと聞きたいんだが……その突入時と弾かれる時に船体と乗員にかかるGの問題って、どうするんだ? 何も対策を取らないってわけには行かないだろ? ものすごい速度とエネルギーの衝突と反射みたいなもんだぞ……もしかして操縦席のシートベルトが4点式なのって……」


「キャプテンの推測どおり、乗員で一番柔らかな物体がキャプテンです。最高速度での超空間突入に人間の体が耐えられる可能性は低く、ゼリー状に弾けてしまうと思われますが、エンジン出力が半分程度ならば、そこまで人体に負担はないものと推測されます」


「おいおい、そんな物騒な予測は止めてくれ。負荷を軽くする方法は無いのか? 少しでも良いから」


「そうですね……人間用に用意された船外活動服を着てみてはいかがでしょうか? あれには若干ですが衝撃緩和機能がついていますので。早速、用意しますか? キャプテン」


「まあ、少しでも生き延びられる確率を高くするなら、窮屈だろうが息苦しくなろうが死ぬよりましか。用意してくれ」


「はい、では船外作業服ロッカーのロックを外します。装着に不便を感じましたら呼んで下さい、キャプテン」


「分かった。訓練でもやってたから大丈夫だと思う」


数分後……


「おーい! アンドロイドくん、手伝ってくれ! 窮屈なところとブカブカなところがあって、上手く装着できないんだ!」


そんなことだろうと近くに居たアンドロイドはすぐさまヘルプに回る。

15分ほどかかって、なんとか船外作業服の装着が完了。


「よし、これで問題なし……とは言えないが」


残るは恒星間航行用エンジンの通常負荷テストと高負荷(つまり最大出力)テストを残すのみ。


「はぁ……やるか。問題あるのが分かってて、それも俺の命がかかってる状況で、やりたくないなぁ、本音を言うと」


「しかし、キャプテン。テストデータを残さないと、それこそこの先、誰からも「いくじなし、弱虫」とか言われる未来しか待ってませんよ」


「そうなんだよなぁ……仕方がない、やるか! 生命活動モニターはしてるから、危なくなったらアンドロイドくんが止めてくれるだろうし……期待してるぞ、アンドロイドくん」


「できるだけ頑張ります。とはいえ未知の状況に入ることになりますので、そのへん、間違ったら陳謝します」


陳謝されても、その時には俺は死体になってるんだが……

そう思いながらナンバー101は徐々に恒星間航行用エンジンの出力を上げていく。


「そろそろ恒星間航行用エンジンに中程度の負荷をかけるテストを行う。超空間ジャンプの設定は?」


「はい、設定座標入力完了しています、キャプテン。何時でもテストに入れます」


「やりたくねーなー……イヤな予感がひしひしと迫ってくる気がする……ええい! しゃーない、やるぞ! 船速知らせ!」


「はい、キャプテン。ただいま、光速の約20%近い速度です。計算上、中距離の超空間ジャンプに問題はないかと思われます」


「よし、十秒後に超空間ジャンプテスト開始だ! ……3,2,1、超空間ジャンプ、起動!」


ナンバー101は横っ面を殴られたような……

というよりも体全体を巨人の拳で殴られたような衝撃を受ける。

一瞬の衝撃だったが101の体には影響が残った。


「げほっ、ごほっ……ヤバイ、少し血が混じってる。中距離ジャンプで、これかい。船外作業服を装着してなかったら本当に大怪我してたかも。後は長距離ジャンプのテストを残すだけなんだが……アンドロイドくん、マジで聞くけど本当に中止は不可能? 中距離ジャンプで、このダメージだぜ。長距離ジャンプなんて実行したら間違いなく俺は死ぬだろう」


「まことにご愁傷さまですとしか言えませんが……宇宙省長官の決定は変えられません。あと、キャプテンは、この計画で死んでも悔いはないという宣誓書にサインしたのでは?」


「う、それを突かれると……長距離ジャンプ、やった途端に死亡確定とは……やだなぁ、死にたくないよ、本気だぞぉ! 誰か助けてくれーっ!」


「キャプテン、いくら叫んでも、ここは宇宙空間。叫びを聞いてくれる人など、いるわけが」


そこまでアンドロイドが喋った瞬間! 


《助けを求める思考波を受信した! こちら宇宙船、ガルガンチュア。俺のテレパシーと非常によく似た思考波を受信したので、そちらへ向かっている。そちらの現在位置を確定したいので、しばらく集中して思考してほしい》


「な、何だぁ? 思考波? テレパシー? SF小説や漫画じゃあるまいし、この大事な時に空想系は止めてくれ! ……って、今、頭の中で声がしたんだが、アンドロイドくん、じゃないよな。一体全体、何が起きようとしてるっていうんだ?! 誰か答えてくれぇ!」


《そちらの現在位置の特定が完了した。数分後には近くへ行けるだろうが、こちらの大きさから考えて、そちらに少しポイントを移動してもらったほうが良いだろうと思われる。今よりも惑星二個分ほど下がってほしい。衝突や融合などという最悪の事故は無いにせよ、余計な不安を与えたくない》


「惑星二個分ほどポイントを移動しろだと?」


「キャプテン、私にも聞こえました。これは人間の、ごく一部に見られる「特異能力」と呼ばれる物の一部ですね。テレパシーと言いましたが宇宙空間でテレパシーを、それも特定した人間や宇宙船に向けて放つなどという事ができる者がいるなどとは聞いたこともありません。もしかして、これは全く異なった惑星から来た生命体かも!」


「ガルガンチュアなどという宇宙船は聞いたことも見たこともないから外宇宙からの生命体ってのは間違いないだろう。それより、指定通りに数ポイント後退するぞ。これで良いだろう。数分後に近くに来ると言ってたが……」


数分後、実験船の近くにガルガンチュアが出現する。


「うわ……もう、驚きすぎて叫び声も出ない。何だ、あの巨大な物は。あれが宇宙船だって? 宇宙要塞でも、もう少し小さいだろうに」


「惑星クラスの超巨大宇宙船に、衛星サイズの巨大宇宙船が三隻、合体しているようですね。どこの誇大妄想狂が、こんなものを造り上げたのでしょうか?」


「いやいやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくてな……おや? 惑星サイズの方にポッカリと穴が空いたぞ?」


《こちらとランデブーするにも双方のサイズが違いすぎて無理だろう。搭載艇の出入口を開けたので、そこから入ってくれ。幅も長さも余裕はあるだろう》


「あのデカさの穴で搭載艇用? おいおい、どこまで規格外なんだ、あの船は」


恐る恐ると言う感じで、そろそろとガルガンチュアに入っていく実験船。

広い発着場には巨大な宇宙船の群れ。


「直径500mクラスか。これで搭載艇? 巨大宇宙空母じゃねぇか、この船」


「いえ、そう断言は出来ないかと。これが攻撃用なら、あまりに数が多すぎます。これを有効活用するなら、そうですね……ざっと見た限りの攻撃力として、この銀河の全兵力を相手にできるかと」


「うえ、そこまでか。あ、そうか。これは中心となる母艦で衛星サイズの宇宙船が後三隻あるんだっけ? そう考えると、たしかに一つの銀河と戦争できそうだな、こりゃ……」


自動的に誘導ビームに導かれて指定された宇宙船発着場所に着陸、


「トラクタービームかと思われますが、ガッチリと固定されています、逃げることは不可能ですね」


アンドロイドの言葉に逆に安心するナンバー101。


「ま、そこまでするのなら簡単に殺しはしないだろ。船を出て、あちこち見学してみよう」


「出迎えないのですか?」


「ここまで高度なテクノロジー持ってるんだ。乗り物なんかも特殊なんだろう。考えてみろよ、宇宙船の端から端まで行くのに小型宇宙船が必要な大きさだぞ?」


「それもそうですね」


1人と1体は宇宙船から出て、回りを見渡す。

実験船が平板な円盤形状なのに比べて、回りの宇宙船はみな球状。

直径500mの球というのは壮絶というしかない大きさ。


「見渡す限り、同じ形の宇宙船ですね、キャプテン」


「ああ、一体、このエリアだけで何万隻あるのやら……本当に一個の銀河相手に喧嘩売っても勝ちそうだな、これは……」


《こちらの歓迎会の準備も完了したので君らを転送する。あ、準備も何も必要なしだ》


その声と共に一瞬にして見知らぬ部屋(巨大ドーム? )へと移動させられる1人と1体。


「やあ、君が、あの緊急テレパシーの発信者か……え? 俺、か?」


船長と思しき人物が近寄ってきたかと思うと……

101も絶句する。


「え? 俺がもう一人? 俺に兄弟はいないと聞いていたんだが……いやいや! こんな巨大な宇宙船に乗ってる兄弟などいるわけない! 俺達の星は、未だに隣の星系すらも自由に行けていないんだから!」


「え? お二人とも、どうしたんですか? 不思議な物を見たような顔……え? 師匠! サプライズは止めてくださいよ。ドッキリなんでしょ、これ?」


楠見は真剣な顔で、


「郷、こりゃ宇宙の奇跡だ。天文学的な確率で、ここに超銀河団という隔絶された距離をもって2つの全く違った惑星において同じ人間が誕生したんだろう……地球では約数千年前になるだろうが。俺は加齢を止めているが彼は通常に年をとっているから数千年の年月の差があるってわけだ、彼と俺の間には」


「へぇ……瓜二つの人間が出会うはずのない距離を超えて出会ったってわけですな。じっくり見ても服装以外は相違点が見つかりませんよ。双子と言われても信じますな、こりゃ」


ようやくショックから立ち直った、ナンバー101。


「初めまして、名前は番号で101と言います。正式名もありますが遺伝子番号と血液詳細データを混ぜたもなので非常に長ったらしい憶えにくいものです。俺のことは101と呼んで下さい」


「ああ、よろしく、101君。そちらは、そうか、アンドロイドだね。高性能だが今ひとつというところか……アンドロイドくん、自分の意識はあるか?」


「いいえ、傍からはそう見えるように仕草や言葉遣いをしておりますが、自分が自分たる意識というものは持っていません。ただし、現在データからの推測機能があります」


「うーん、惜しいな。どうだろう? 自分が自分たる意識を持ちたくないか? 君は自立思考の一歩手前まで来ている」


「アップデートではなく、アップグレードということでしたら、喜んで。新しい機能は、ぜひとも欲しいです」


「よし、そうと決まればプロフェッサー、お前の出番だ。俺の相棒にふさわしい、自意識を持ったアンドロイドに仕上げてやってくれ。このアンドロイド君、もう一人のお前になる条件は揃っている」


「あの、何のことでしょう? 相棒とか条件とか?」


頭を捻っているナンバー101。


「まあ、それはあとでゆっくりと説明するよ、101君……もう一人の自分が番号で呼ばれるのって何かおかしな気分だな。正式な名前……そうか、番号制が徹底されてて昔から続いてるから、それを変だと思わないのか……まあ、これもゆっくりと後から考えよう。ともかく、まず101君のトラブル解消だ。跳躍航法時のトラブルだって?」


「そうです……跳躍航法? 超空間ジャンプじゃないんですか? 跳躍航法が正式名称ですか、はあ。それはともかく跳躍航法時の人体と船体が受ける衝撃の緩和・吸収方法があれば、それを教えてほしいんです。普通に長距離跳躍やったら船体も酷い衝撃受けますが、それより自分の体が持ちません」


「跳躍時の衝撃緩和ねぇ……フロンティア、一つ聞きたい。自力で跳躍航法を発見した文明がある。これなら俺達のデータを渡してもロックはかからないよな?」


「はい。種族の精神的成長あるいは、その種族が跳躍航法を発見しているかどうかがデータロックの基準です」


「それなら話は早い。今から君らの宇宙船を改造させてもらうが良いか? 改造後には、どんな跳躍距離でも船体や人体に影響なしという宇宙船になる」


101の表情が明るくなる。


「本当ですか?! ありがたい! 感謝します。改造など何処もかしこも何をやってもらっても構いません! どうぞどうぞ」


ナンバー101、この時の自分を止めたいと思う事が将来にあるとは思いもしなかった……


数日後、アンドロイドの改造作業が完了する。

見た目は何も変化なし、しかし……


「ナンバー101、キャプテン。ようやく自己意識が持てるようになりました。つきましては私に名前を付けていただきたいのですが」


「お、おう。何か口調まで変わってしまったな。まあでも良いことだ。名前か……俺みたいな番号じゃない、固有の名前が欲しいんだろうけれど……俺には固有の名前ってのが思いつかない。クスミさん、何か良い名前はないですかね?」


「ふーむ……こういう場合のスタンダードと言うと……フライデーとか、ロビーとか、トビーが定番か」


「どうだい? アンドロイドくん。フライデー、ロビー、トビー。この中から良い名前はあるか?」


「そうですね……ロビーというのが語感が良いかと。私の名はロビーとします。おお、固有名が認識されると自己意識が広がっていく……そうか、これが己と言うものなのか……」


「良かったな、アンドロ……じゃなかった、ロビー。こうなると俺にも固有名ってのが欲しくなりますが……ねだっても良いですか? クスミさん」


「ナンバー101じゃ、自己と他人の区別もつきにくいだろうしなぁ。まあ、そういった自己と他人を分けて考えにくくなる文化・文明なんだろうが……完全な名前を持つほうが君のためにも良いかも知れないな。なにか良い名前は……俺の名前じゃ、俺のクローンか双子だしなぁ……ん、ヤマノなんてどうかな? 俺の星、地球で大昔に作家だった人物の名前だ。正式にはヤマノコウイチ。後でデータ化した名前と印刷したものをあげるんで、自分の名前だと覚えこむようにしたほうがいい」


「おお、ヤマノコウイチ。何か他人と全然違う物が我が意識に芽生えそうですよ」


「じゃあ、ロビーの次はヤマノくん、君だ。君の場合は、ちょいと時間がかかる。まあ、宇宙船の改造にも時間がかかるんで、その間の訓練だと思ってくれれば良い」


楠見は新しくヤマノコウイチという名前となった元101を連れて、教育機械ルームへ。


「さあ、ここだ。多分だが君は俺。ということは、ある程度のESP能力があるはず。まあ、俺が思考波を受けている段階で結構な潜在能力はあると思う」


「クスミさん、俺の思考波を受けたって言いますが、どのくらいの距離だったんですか?」


「ああ、まあ、気にしないでよろしい。このポイントからだと、およそ50万光年くらいかな? この銀河のすぐそばを通った時、君の思考波が飛び込んできた」


「あの時は必死でしたからね。まさに、死ぬか生きるかの選択でした。それにしても思考波って、そんなに遠くまで届くものなんですか?」


「いやいや、普通は集団の思考波くらいしか届かないよ。言っただろ? 君は俺、もう一人の楠見糺だろうからね、そこまで強い思考波が出せるんだと思われる」


「ん? と言うことは俺、ヤマノでもクスミさんと同じくらいのESP? の巨人になれるという話ですか?」


「いや、どうだろうか……俺、クスミの場合は様々な特殊事情があるんでね。通常のESP開発法では無理じゃないかな? とは言え、あまり脳領域開発をやっても君の星では……最悪、人間兵器にされる恐れもあるしなぁ……とは言え、せっかくの才能だから開発してやりたいし……」


「俺、クスミさんの力、欲しいです! 子供の頃、メディアで流される空想ドラマに憧れてたんですよ! 現実に、そんな力が俺の中にあるのなら開発してほしいです!」


後で、もろもろの件を含めても、この言葉は抑えて言ったほうが良かったなと後悔することになる、元101のヤマノだった……


一ヶ月後。


「宇宙船の改造が終了した。ヤマノくんのESP教育はまだまだなんだが、とりあえず現物を見てほしい」


楠見の要請によりヤマノコウイチのESP教育は中断されて、改修と言うよりも全面改造となった感のある実験船(今さら実験船でもないだろうという事で船名もカロン号と名付けられる事となった)の改造後の姿を見るため、久々に宇宙船駐機所に来る。


「あれ? 俺達の宇宙船? 何だか三回りほど大きくなってる……気のせい?」


「キャプテン、いえ、ヤマノ船長。気のせいではありません、実際に大きいのです。以前は、高さ4m、操縦室含むコントロールルームは直径100mの円周、イオンエンジン部はスカート含め直径150mの円盤型でした。今はエンジン換装でスカート部分が無くなりましたが、宇宙船制御コンピュータの入れ替えや貨物室の拡大、救助用資材庫が必要となったのも大きいですが、そのために宇宙船が直径300mで高さ50mという円筒状に近い形となりました。まあ、まだ円盤型母船と言えば言い切れると思いますが」


「おいおい、恒星間航行の実験船のはずなのに、どうしてこうなった?! ロビー、何か聞いてないか?」


「それはカロン号の中に入れば分かるとプロフェッサーが言っておりました」


「中に入れば分かる? よし、入ってみよう」


という事で意を決して船内に入る1人と1体……

自意識があるということで、もう2人で良いのでは? 


「入ったが……な、何だこりゃぁ?!」


そこに知っている操縦装置は無く、キーボードと巨大スクリーンがあるだけ。

呆然としている2人に何処からとも無く声が聞こえてくる。


「お待ちしておりました、キャプテン101……いえ、今はもう、キャプテンヤマノですね。私は、この新生カロン号の航法、船内作業、通信関係全てを受け持つ高性能自立コンピュータ、カロンです。船と私は一体化しているので呼びかけはカロンとしてください」


「うわ、宇宙船まで自意識持ったのか。下手な操縦で事故起こすよりも良いんだろうが、呆れるほどに進化したな、カロン号」


「はい、船長。進路や通信、船内のことなら全てお任せください。船長には防御や武装の解除命令をお願いします。フェイルセーフということで船長の指示がなければ私はただの宇宙に浮かぶ鉄屑と化します」


「そうか、そういうことか。あのガルガンチュアと同じレベルのフェイルセーフということか。分かった、これからよろしく、カロン」


「はい、よろしくおねがいします、船長」


ハートマークが飛んできそうな会話は終了。


「ロビー、一つ聞きたいんだけど。カロンとお前じゃ性格付けが全く違うようなんだが、これって何か意味が?」


「いえ、特に何も聞いておりません。ただ、私が参考にした性格モデルは、プロフェッサーとフロンティアです。恐らくですが、カロンが参考にした性格モデルとはライム様とエッタ様ではないかと思われます」


「そうか……はぁ、クスミさんの信頼厚い2人だから大丈夫だとは思うが……」


そこから倉庫エリアや救助資材エリアを見て回る。

倉庫は空だが、救助資材エリアにはコンパクトに収納された救助資材が、そこかしこに置かれている。


「こいつが郷さんが少し話してた救助資材か。こいつを積める……あ、隅っこに小型搭載艇が10機ばかしあるな。これ以上は、この船のサイズじゃ無理か」


教育機械により救助資材の使い方と搭載艇の操縦方法は頭に入ってるヤマノ。

当然ロビーにもプロフェッサーから同じデータはコピーされている。

操縦室というかメインコントロールルームという名の一番広い部屋へ戻ってきた2人。


「カロン、防御と武装について聞きたい。どういった種類の物があるんだ?」


「はい、船長。防御用にはフィールドバリアシステムという鉄壁に近い物があります。強さもガンマ線を防ぐだけの最弱から戦艦のビーム砲を軽々とはねかえす最強まで自由自在に調整可能。武装は救助作業にも使えるレーザービーム砲が10門、あとはパラライザー砲座が同じく10門。これだけです。ちなみにレーザー砲とパラライザーは搭載艇にも各1門づつ積んでおります」


「ふーん……武装はそこまで強力じゃないけれど鉄壁の盾があるから大丈夫ってところか。ガルガンチュアの方針なんだろうな、これは」


「そうですね。私も防御と武装の強さに矛盾があると感じますので」


「船自身が、そういうんじゃ、その通りなんだろうな。まあ、ガルガンチュアは、その限りではないと思うが。あんな巨大宇宙船、普通の武装とか考えられないから……あ、でも、あれだけ巨大だと通常武装だけでも充分に脅威ではあるな。搭載艇の群れが一斉にレーザー砲の集中攻撃でもやった日には……戦艦のシールドでも撃ち抜けるだろうなぁ、やっぱり」


ちなみにカロン号の跳躍航法エンジンは今までの数十倍のエネルギー容量を持つ。

しかし、フィールド推進システムのおかげで、その強大エネルギーで超空間に飛び込んでも慣性が中和されるので船体や生命体に影響は無い(または、ごく小さい)事は言うまでもない。


宇宙船の改装(改造?)が終了したため残るはヤマノコウイチのESP教育を完遂させるのみ。

とは言え楠見や郷のようなスパルタ教育(楠見の場合、発狂のリスクも高かった)ではないため時間がかかるのは仕方がない。


「あーっ、今日の学習時間が終了したぁ! しかし、未だに自分が特殊能力を持った特異な人物となった感覚がないんですけど。クスミさん」


「ん? まあ、学習途中に下手に関わると、ろくになことにならんからね。郷は特に、俺には関わらせたくないだろうし」


「師匠、何度も言いますが、絶対にヤマノくんのESP教育には関わらないでくださいよ! 師匠が介入すると命に関わる事態が発生しかねませんから」


「ちぇっ、はいはい分かりましたよ。少しくらい手を出させてくれたって良いだろうに……」


「生命の危機にあるとESPが爆発的に開花するって持論でしょ? 俺までで良いでしょうが、そんなもの。時間かかってもESP教育できるんなら、それに越したことないでしょうが」


「このままだと、数ヶ月はかからないとは思うが、後一ヶ月近くは必要になるな。スパルタ方式なら半分で行けるんだがなぁ……」


「ちょいと良いですか? 俺の教育方針議論だと思うんですがスパルタ方式って?」


「聞かないほうが良いと思うよ、ヤマノくん。師匠のやり方は下手すると死に直面しかねない。流星雨のまっただ中に跳躍航法なしの搭載艇で突っ込まされ、搭載艇と同じくらいか、それより大きな流星がぶつかってくるのを止めるか避けるか……操縦装置の反応度は流星雨の中じゃ遅すぎるんで、もう強制的に搭載艇をサイコキネシスで移動させるしか無い……そんな状況を24時間耐えるんだぞ。ESPが開花しなきゃ哀れ宇宙の藻屑だ」


「うええ……想像しただけで過酷すぎ。今の教育機械のみで結構です、ハイ」


「惜しいなぁ、実に惜しい。少なくとも俺の予想では郷を超えることが可能になると思われるんだが……」


「ハイハイ、師匠。悪魔の誘いは、そこまで。俺や師匠のレベルになってしまうと、もう存在自体が生きている超兵器ですよ。それこそ、ガルガンチュアの乗員になるか、とある銀河の予言者たる巫女姫のようになるしかないでしょうが。師匠は俺達のESPレベルを普通だと思ってるところがあるようですが絶対に違いますからね! 俺達は、もう普通に一つの星に留まって生きられる存在じゃなくなってるんですから」


「あ、そりゃヒドイ言い方だな、郷。じゃあ、あのまま、あの星で社会的アウトローとして生きてくほうが良かったと? 俺のおかげだと言う気はないけど、それでも、あのスパルタ方式のおかげで、あの星に巣くってた外宇宙からの介入者をあぶり出すことも、そして最終的に戦いすら終わらせることも出来たんじゃないか」


「全般的には感謝してますよ、だから。しかし、あの教育方法だけは文句つけたいと言いたいんです。犠牲者、これ以上増やしたくないでしょ?」


段々と会話が込み入ってきたものになったということで、ヤマノは、そっと二人のそばを離れる。

広いガルガンチュアの中でもフロンティアは特別製だ。

基本は衛星サイズ(直径5000km前後)だが、フロンティアは倍以上の直径10000Kmを超えている。

遠くへ移動したい場合は転送システムを使うが近場なら徒歩、あるいは動く歩道のような移動手段を使う。


「へぇ……ちょいと離れたところに小さいけれど部屋があったのか……ん? ロックされてないのか? 開くぞ」


中へ入ると小さい部屋の割に大きな棚がある。

その棚の中には……


「へぇ、小さいけど精巧極まる彫り込みがされてるな、このメダル」


短剣のようなもの、文字は全く理解できそうもないが明らかに本だと思われるものもある。

様々な陳列品を眺めていると……


「え? なんでヘルメットが、こんなところに?」


明らかに陳列品と異なるヘルメットに興味が出て、取り上げようとして、


「んん? な、何だぁ、この重さ! とてもじゃないが人間が持ち上げられる重さじゃないだろ! どうしろってんだ?!」


ヤマノがヘルメットと悪戦苦闘していると、


「そうじゃない、ヤマノくん。もうESPは使えると思うがサイコキネシスはどうかな? 使えるようなら、サイコキネシスを身体、特に腕に沿うように展開するんだ。そうすれば力を入れなくても持ち上げられる」


楠見の声がかかる。


「さ、サイコキネシス? このヘルメット、そんな御大層なものだったんですか?! 身体と腕に沿ってサイコキネシスを……む、難しいな、これ」


試行錯誤の末、ヤマノはヘルメットを持ち上げられるようになる。


「ヤマノくん、それ、被ってみてくれないか? 多分、君なら大丈夫だと思う」


多分とか言われても……

とか思うところはあるが楠見の意見なので信用して、ヘルメットを被る。


「被りました……何も起こりませんが?」


それを聞いた楠見、大喜びで、


「そうか! 何も起きないか! やった、やったぞ! さすが、もう一人の俺だ! ……はぁはぁ、喜んでても仕方がない。ヤマノくん、「転身、Go!」と叫んでみてくれ」


「何ですか? それ。やってみますよ……転身、Go!」


途端にヘルメットが流動化し、鎧と化す。


「うわわ! 何ですか、これは?! クスミさん!」


「そうかそうか、ヤマノくんでも転身できたか。それじゃ転身解除だ。今度は「Go、転身!」と叫んでみてくれ」


「そうですか? では行きます……Go、転身!」


鎧は解除され、見た目普通のヘルメットを被っているヤマノの姿。

とりあえずヘルメットを脱がせ、説明する楠見。

その後、この、とある銀河の太古の遺産とも言うべきヘルメットは正式にヤマノに譲られることとなる。

その理由は楠見ならではのものだった。


「だってなぁ……それ付けて転身したところで俺のサイコキネシスを制限するアイテムにしかならなくなってしまったからなぁ……ちなみに、それを有効利用すれば一星系の宇宙軍相手でも充分に戦えると思う。しかし、俺のESPがこの頃じゃ強力になりすぎてヘルメットギアが邪魔にしかならんのよ。とは言え、こいつが主と認めているのが現在は俺一人という事で、どうにも手放せなかったんだ。もう一人の俺、ヤマノくんが登場してくれたんで、ようやくお荷物を手放せる。こいつは俺以外なら充分に強力な力になるぞ、頑張って使ってくれよ」


言葉は飾っているが何のことはない体の良い厄介払い。

しかし、この時ヤマノは、それに気づかなかった……

確かにヤマノにとっては充分に使えるアイテムだったのも確かだが……


それからはヤマノくんのやることが増えた。

ヘルメットギアの装着と使用法に慣れることと、ESP教育の2本柱だ。

ちなみに、ヘルメットギアのサブパーツとして作られた物は全てカロン号へ運ばせておいた。


「あのー……この装着パーツってヘルメットギア専用ですか?」


と、ヤマノくんが恐る恐る聞いてきたので、にっこり笑って返事の代わりとする。

何故かヤマノくんの笑顔は引きつっていたが。


「当たり前です、師匠。ヘルメットギア装着用サブパーツ、どれだけ作ったと思ってるんですか。俺が数えただけでも100や200じゃきかない数でしたよ。ビーム系からミサイル、大砲みたいなものもあったし何か衝角みたいな奇妙な形したものもあったし……あれ、全部ヤマノくんに押し付けたんでしょ。師匠も人が悪いなぁ」


「でも、サブパーツだけあってもヘルメットギアがないと使用不可能なんだ。どうしたって、使える使えないに関わらずヘルメットギアの持ち主に一緒に持っていってもらうしかないだろ?」


「まあ、そりゃそうですが……使い方によっちゃ、あれだけで一つの星を制圧できるってのに、いとも簡単に他人にあげちゃうんだから、この人は」


「郷? 俺の今の力、分かって言ってる? ヘルメットギアがない方が俺のサイコキネシスは自由に使えるんだ。言ってみれば、あれは肉体の力を拡大するけれど逆に精神の力は弱めるみたい」


「いやいやいや、ヘルメットギアが作られた時に師匠みたいな力を持った人間が誕生するなんて考えてもいなかったからじゃないですか! あれ小規模ながらテレパシーやサイコキネシスの増幅機能もあるようですよ。まあ師匠が使う時はヘルメットギアの機能より師匠自体の力のほうが強かったので増幅機能は働かなかったようですが」


「そうなのか? しかし、これで倉庫内も幾分、すっきりしたろ? ヘルメットギアのパーツ関係で結構なスペースとってたから」


「それもこれも、プロフェッサーやフロンティアに全てパーツ開発を任せてしまった師匠のせいです。ノリノリで開発してたそうじゃないですか」


「ま、まあ、俺には不相応なものだったがヤマノくんなら使いこなしてくれるだろう。うん、そう期待しよう」


「あ、また逃げようとする! 師匠、待ってください、師匠ってば! サイコキネシスで飛んでっちゃったか……ヤマノくん、そんなわけでヘルメットギアはサブパーツと共に全てが君に譲渡される事となった。師匠の言葉じゃないが使いこなしてくれたら嬉しい」


「いや、こんな秘宝に近い物をポンと譲る心情が理解できないんですが……まあ、力及ばずとも使いこなしてみせますよ、絶対に」


「金銭とか名誉とか女性とか。師匠には、こだわりが無いように見えるんだよな、ホント。あの人が本当に目指しているのは実は宇宙を平和で安全な空間とするって事それ自体じゃないかと思う時がある。自分ではモテた事など無いと言ってるが、その実、どんな過去を持っているのやら……」


「でも少なくともクスミさんって悪い方ではないですよね? 基本的に悪を嫌うような気がするんですが」


「いやいや、そうでもないみたいだぞ。宇宙平和や生命体の安全のためだったら状況によっちゃ悪も正義も叩き潰すと言う方が正しいんじゃないか? 現に、過去いくつかの銀河規模の帝国があったけど、そこは平和に統治されてたんで介入しなかった。逆に自由に銀河内を宇宙船が飛び交ってる無政府状態の銀河じゃRENZを利用して銀河規模の平和維持部隊を作り上げて秩序回復のために銀河中に宣戦布告したときもある。師匠の中にある基準みたいなものに反しなきゃ帝国主義も良いんじゃないかな?」


「幾つもの銀河……それって今までに幾つぐらいです?」


「正直、途中まで数えたが、やめた。銀河団や超銀河団を超える旅もしてるんだぞ。訪れた銀河の数なんて物の数にも入らないことに気づいてしまって、な」


「ぎ、銀河団、超銀河団……あなたがた、現実に存在する神様? それとも神の使徒?」


「これを言うと必ず返ってくる疑問だね。俺達は神様でもなきゃ、その使い走りをする使徒でもない。ただの人類とバカでかいけれど宇宙船だよ。ただ一つ違うとするなら師匠の存在だな。あの人が、このガルガンチュアの中心。師匠が消えたら俺達は存在する意味が無くなるんじゃないか? そう思う時は、たまにある」


「じゃ、じゃあ、クスミさんは神の使い?」


「いや、違うと思う。あれだけ人間臭い神様や御使いがいるものか。ただ、師匠、クスミさんの場合、自分の理想を目指すという意識が、とても強いんだろうな。それこそ無限の宇宙にいる、無限とも思える生命体全てを救い、安全で平和な宇宙にしたいという理想とも欲望ともいえないものを追求し続けるって人間、いや生命体は他にいないだろうな」


ヤマノは想像するだけで目が眩みそうな高みにある人物が果たして自分と同じ生命体なのか? 

そっくりで双子とも言えるだろうが中身は全く違うのではないかと混乱しながらも思う……


「転身、Go!」


「装着パーツ、発射! 装着! ……解除!」


「Go、転身!」


よしよし、ヤマノくん、頑張ってるな。

さすが、もう一人の俺だ。

半月で何とかヘルメットギアと外部装着パーツをものにしようとしてる……

まだまだ細部が甘いが。


「ふぅ、ヘルメットギアの転身形態四種と基本形態への外部装着パーツの基本脱着は形になった、と。しかし、こんな伝説的アイテム、俺に渡して大丈夫なのかなぁ……慣れれば慣れるほど俺が装着者として認識されてて大丈夫か? という考えが大きくなってくるんだけど」


あ、ヤマノくん、またマイナス思考に陥ってるな。


「ヤマノくん、何を気弱なことを言ってるのか。もう一人の俺、楠見糺(くすみただす)と同じ人間なんだからヘルメットギアに選ばれるのも当然だ。扱いに慣れたなら次は基本形態でフィールド推進の恩恵を充分に使いこなすことを念頭に置くと良い。具体的には格闘技だな……ヤマノくん、何か格闘技の経験は?」


「うーん……格闘技ですか。メディアで見た経験はありますが実際に格闘技を練習したり学んだ経験はないです。うちの星では腕っぷしだけ強くても頭が弱いと下層階級扱いになりますので、あまり殴り合いとか格闘は推奨されないんです」


「そうか……では、その方面のエキスパートを出すとするか」


「え? そんな人、いましたっけ? ああ、プロフェッサーが元軍用の人工頭脳でしたっけ?」


「いや違う……そいつは俺の他人格の一つでね……出てこい! ジェネラル! ……おや? 久々に呼び出されたかと思えば、そっくりさんへの軍事教練依頼ですか。主に格闘技? 了解です。太陽系宇宙軍海兵隊の究極格闘技、教えて差し上げましょう」


「あ、いや、あのですね……他人格って雰囲気そのものから違ってるんだものなぁ。完全に教官だ」


「では。気をつけーっ! 直れ! 今から太陽系宇宙軍制式格闘術を、お前の身体に叩き込む! では転身したまえ。その状態でないと、とても私の技は受けられないだろう」


「は、はい! 転身。Go! ……って、これじゃ教官の方が弱くなるんじゃありません?」


「ふっふっふ……私を見くびるなよ……それでは訓練開始! かかってきたまえ」


「知りませんよ、どうなっても……行くぞぉ!」


15分後……


「うわたたぁ! こ、降参! 降参です!」


「どうかね? 身体の使い方一つで圧倒的に力の差がある相手にも勝つことができる。全体的なスピードではない、相手の隙を掴む目と即座に技に入るタイミングがハマれば、こうなるんだよ」


ジェネラルは転身したヤマノ君の関節を極め、どんなにヤマノくんが力を込めようと抜け出せない形になっていた。

この形に極められたのは、もう数回。

他の状態になっても結局は関節を極められてしまう地獄のループになっていた。


「今日は、もう1時間ばかり訓練します。あ、実力は分かりましたので転身を解除してください。そのままだと転身可能時間をオーバーしますので。生身だと全力は出せませんが、それなりに訓練は出来ますからね」


オニー! アクマー! 助けてぇー! 

という声が響き渡っていたが根回ししていたため誰も助けに来ることは無かったそうな……


ある程度、ヤマノくんのESPも力強くなってきた。


「師匠、だからですね、師匠や俺を基準にしてESPの強さを測っちゃダメですってば。通常のESPが使えない一般人を基準として考えればヤマノくんのESP、テレパシーもサイコキネシスも相当に強力ですよ。師匠の星砕きや俺の大地割りクラスまでは行きませんが、ラクラクと10tクラスの物品を持ち上げられるようになってるんですから」


おや? 

そうだっけ。

そう言えばそうか、ヘルメットギアが1t近くあるんだから、それを自由自在に扱えるということは相当なESP能力の持ち主になったということか。


「じゃあ、そろそろ、ヤマノくんも卒業か。思ったよりも時間がかかってしまったな。跳躍エンジンのテスト航行でトラブルになってしまったのを拾い上げて、もう半年以上だな。まあ、これ以上やると、あまりに一般人との力のレベル差がありすぎて惑星に戻せなくなってしまうから」


「え? 俺のESPって、そのくらいまで強力になってるんですか? もしかして、生ける超兵器レベル?」


「安心したまえ、そこまで行ってない……とは思う。ただし、師匠と同じ存在であることを考えるとヤマノくんの未来は、ちょいと怖いかも……どこまでESPのレベルが上がるか潜在的なものが分からないからなぁ。師匠の勧めもあってヤマノくんの脳領域開発は実行しなかったし」


あれ? 

と思う楠見。


「郷? ヤマノくんのESP能力開発は実になってるんだよな? 俺はESP以外の脳領域開発は止めろと言いたかったんだが。脳領域開発はやってない? それで、ここまでのESPレベル?」


「はい、師匠。ですので、ヤマノくんは超天才の能力は持っていません。微弱ですがESPは元々からヤマノくんの力としてあったようですね」


「そうか……脳領域開発は、やらないならそれに越したことはないからなぁ。あれ、個人によっちゃ唯我独尊的な天才を生みかねない。しかし、ESP開発教育だけで、ここまでのレベルになるというのは、さすがだな。もう一人の俺だけのことはある。ヤマノくん、この力を公開するも隠すもキミ次第だ。力の使い方も君に任せる。俺と同じ存在の君が支配者を目指すとは考えづらいが、それもキミ次第だ」


「え? 自由に行動して構わないってことですか? それって……ヘルメットギアの事も考えると確実に歩く超兵器ですよね。ヘルメットギアのサブパーツは、どこかに隠すとしてもヘルメットギアだけは俺が持ち歩かないと厄介なことになりかねないし……うわぁ、どうすりゃいいのかなぁ……」


考え込んでしまったヤマノくんは放っておいて俺達はカロン号に必要な物資を積み込む。

数日後、帰還準備の整ったヤマノくんに例のデータチップを渡す。


「これは俺達が訪問した星や星系、銀河で普通に渡しているデータだ。この中には球形宇宙船の基本データや跳躍エンジン、フィールドエンジンの基本構造と設計図も入っている。君の星は、もう跳躍航法を発見しているのでデータロックに関しては解除されるから心配しなくていい。このデータを君の上司や君の星に棲む者たちに公開するかどうかは、キミ次第。どうか有効利用してもらえると嬉しい」


「はい、クスミさん、ありがとうございます。郷さん、そして、皆さん、お世話になりました。命を助けてもらった上に、得難い経験、それどころか俺自身のESP能力まで開発して貰えるとは、ここまでの幸運、信じられないです。俺そっくり……まあ、よくよく見てみれば、俺はまだ三十台前半、クスミさんは見た目四十台後半、実際には……のクスミさんに出会えた事で未来が開けました! では帰ります。ありがとうございました!」


「プロフェッサー、フロンティア、あなた達の後輩と言うか子供のような私ですが、これからもヤマノ船長を助けていきたいと思います。さらばです」


アンドロイドのロビーに涙を流す機能があったら、滂沱の涙を流していただろう。

カロン号は滑るようにガルガンチュアの船内より宇宙へ微速で発進していく。

フィールドエンジンは大きくなった船体を自由自在に、そして安定して動かせるようになっていた。


「ロビー、カロン、とりあえず、お前たちの自立思考会得の件は黙ってろよ。今の時代、俺達の星の知識とテクノロジーじゃ、お前たちは普通のコンピュータとアンドロイド、自立思考なんか夢のまた夢の世界なんだから」


イエス、キャプテン。

とユニゾンで返事が返ってきた。


「さーて。帰ったら帰ったで大変なことになるぞ。第一、宇宙船自体が改造されてて以前とは全く違うシルエットになってるからなぁ……ここは正直にデータチップも渡すとするか……いやいや、国民を番号付で呼んでいるような国家じゃ、どうなることやら……じっくりと考えてみるか。頼りになる仲間が2人もいることだし」


そうです、仲間がいますよ。

と、またもやユニゾンで返ってきた時には、さすがにヤマノも苦笑した。


「ナンバー101。君、ここへ呼ばれた意味が分かっているんだろうね? 君の説明が足りないので宇宙省長官である私どころか政府高官のお偉方が揃っている前で査問委員会が開かれることとなったのだ。当然、君の書いた報告書も読ませてもらったが……あれは何だ? 君に作家の才能があるなどという報告は受けておらんのだが……」


はぁ……

101ことヤマノコウイチはタメイキをつく。

やっぱ、こうなるのか……

と半ば諦めの境地でもある。

おもむろに口を開くと、


「まあ、普通に考えれば、こうなりますよね。ちなみに長官、私の書いた報告書は一字一句、全て真実です。嘘は一言一句書いておりませんし、跳躍航法、いや、こちらでは恒星間航行でしたっけ? テスト結果は改造前と改造後の詳細データを添付しておりますので、実験機、今はカロン号と名付けましたが改造された現在でしたら例え子供であろうとも今すぐに宇宙へ飛び出し、銀河宇宙を自由自在に飛び回れます」


そう、101ことヤマノは実験データの詳細で膨大なものを報告書に添付していた。

実験機であるカロン号の改造前データでは超空間への突入と反射の影響が船体と乗員に多大な負荷がかかることが判明して数光年の跳躍しかできないという結論に達していた。

改造後は通常航行用にも使えるフィールドエンジンとの相互作用により改造前とは安全度も跳躍可能距離も大幅に増している。

改造前が最大10光年以下が安全に航行する速度限界だとするなら、改造後の安全速度限界は数万光年。

数万光年という規制は、それ以上になると到着推定位置との誤差が無視できなくなるという一点における規制であり、それ以上も可能である(自分の現在ポジションを把握することは宇宙航行にとって必要不可欠なため、これが保証されない超遠距離跳躍はお勧め不可、というわけ)


「では、ナンバー101へ質問したい。君の言うカロン号、いわゆる恒星間航行実験機が、あんな姿になっているのは何故なのかね? いくら何でも君が自分一人で宇宙船を改造したなどという冗談は通じんよ」


これは科学技術省大臣の言葉。

彼は現場上がりの叩き上げから回りの推薦で科学分野の長になった人物であり、その見る目は確かだった。


「そうですね……報告書には書いていない事項ですが質問の回答とするなら……実は私、この銀河どころか銀河団、いや超銀河団すら越えるほどの力とテクノロジーを持った宇宙船、そして、その宇宙船を束ねる人物に出会いまして……」


そこから話は長くなった。

しかし全て真実を語る101ことヤマノの話には迫真に迫っており、誰もが興味を惹かれる。


「まあ、そこから色々ありまして……彼らと分かれて私はこの星へと帰ってきた訳です。ちなみに長官。データを見れば一目瞭然ですがカロン号、いわゆる恒星間航行実験船は自殺せよと言われているようなもの。最大エネルギーで最高距離を跳躍なんかやった日には私の肉体は水風船のようにベシャッと潰れて死体すらまともに残らない状況になっていたでしょうね。まあ、これからは安全で安心して宇宙航行できるようになるでしょうが」


「ちょっと待ち給え、ナンバー101。君の報告書と、あのシルエットすら大幅に変わった実験船を参考にすれば我々はこの星系から銀河宇宙へと伸びる道を進むことができるだろう。で、君が出会った超絶と言っても良い性能の宇宙船だが、その性能の一端でも良いから手に入れることは出来なかったのか? 銀河団や超銀河団を超えたいとは思わんが銀河を渡ることができるなら我々の未来は一際輝かしいものになるだろうに」


宇宙省長官が、それ以上の成果を求めるのは仕方ないことかも知れない。

それを聞いて少し暗い顔色になるヤマノ。


「長官……今の状況でも素晴らしい未来が開けているのが想像できませんか? 銀河宇宙には我々とは違う様々な形態や生活環境の生命体がいるのです。我々は、その生命体全てに尊敬と愛情を持って接することを経験し、精神的な成長をしていかねばなりません。我々が精神的に成長し、見た目が自分たちと違う生命体にも愛情と尊敬を抱く事ができるようになれば、その時にこそ銀河を越える資格が得られるとは思いませんか? まだまだ我々は銀河宇宙に出たばかりの幼稚な子供に過ぎません。いつの日にか銀河を越える日を夢見て、一歩々々進んでいくしかないんです」


ヤマノ、ここでガルガンチュアから渡されたデータチップを出す。


「ここに、カロン号に搭載されている物も含めた新型の宇宙船の設計基本データがあります。宇宙船だけではなく、その搭載する機材や資材についても詳細に説明されています。正直に言いますと、これをこの場で提出するかどうか迷いました。ガルガンチュアから、これを渡された時、有効利用してほしいとだけ言われましたが、ある意味、これは賭けだと思っています。今、これを見て他の星系に攻め込めると思った方々もいるでしょう……いえ、否定しても私には分かります。このデータチップは、ここに置きます。私は自由に名前を呼び、呼ばれることに目覚めてしまいましたので今ここで宇宙軍としての自分は引退したいと思います。これから私は宇宙で生きていきたい……星の平和を願いつつ、外から見ていることにしますよ」


認識票と名札(ナンバー101と書かれている)を外し、101ことヤマノは部屋を出ようとする。

あわてて護衛部隊がヤマノを止めようと駆け寄ってくる。

しかし彼らがヤマノに触れることは出来なかった……


「こうなると思いました……最後に言っておきます。ガルガンチュアでは私自身も鍛えられました……今の私はテレパシーとサイコキネシスの巨人となっています。ま、この言い方も止めだ止め! 俺を止めることなど不可能ですよ、皆さん。銃撃も不可能ですからね、そこの影から狙撃しようとしてる護衛官!」


ハッとして、あわてて姿を現す狙撃要員。


「では、おさらばです。宇宙でトラブルがあった時、いつでも呼んでくださいね。一目散に駆けつけますから。あ、それから長官。俺を犯罪者として指名手配しようと思ってますよね。宇宙船カロン号はもらっていきますが、そちらがちょっかいかけてこなきゃ、こちらも好き好んで交戦しません。私の仕事はトラブルシューターですからね」


その言葉を最後に元ナンバー101、今はヤマノコウイチとなった人物は故郷の星に帰ることはなかったと言われる。

ただし、その船、カロン号に助けられたという宇宙船や人、生命体は膨大な数になったとのこと。

誰言うと無く、キャプテンヤマノとカロン号の活躍は、この銀河宇宙に広まっていった。

100年後、未だに現役で活躍しているカロン号とキャプテンヤマノの姿を人々は目にすることとなり……


「あ? いつまでも若いですねってか? どうもね、ガルガンチュアで暮らしてた時に体質が変わっちまったようでね。普通に死ねない体になったようだ……」


と、にこやかに話すキャプテンヤマノの姿があったという……