第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第五十四話 男は、つらい生き物なんだよ

 稲葉小僧

広大な宇宙でも珍しい、ここは都市型宇宙船の中。

中心は大きな都市のようになっていて、そこを郊外にある田園風景のような水田中心の田舎風景が取り囲んでいる。

今回のお話の舞台、その田舎風景の一角、小さな町中の更に小さな一件の家。

そこは、その田舎町の有名産品である、あまーい菓子を中心に扱っている店。

その店の奥には一家が住んでいる住居スペースがある。

小さいけれど有名らしい、その店には今日も今日とて甘味を欲しがる客中心に忙しくも充実した時間があった……

女子客中心の店に向かって、ぶらぶらと、それでも足を止めること無く歩いてくるのは一人の中年男性。

どう見ても甘党ってな格好や雰囲気ではなく、どっちかと言うと一升瓶持って騒いでいる方が絵になる男。

背格好も中肉中背、顔は四角四面……

とは言い難いが、そんな言葉も出そうな感じで、それでも人好きのするような顔。

ひょいと片手に持った上着、腹巻きが印象的。

腹は、もう年齢的に……

3段とは行かないだろうが、2段腹くらいにはなるだろう。

手は少し長めで、足は短そ……

いや、走る時はピッチ走法の方が速いなと思わせる長さ。


「ただいまー、けーったよー」


そんな軽い言葉で甘味屋の暖簾を跳ね上げて店に入る中年男。

ジロリ、店内にいる客の視線が突き刺さる。

そんなアンタは完全拒否! 

の客視線も無視して男は店の奥へと……


「ただいま、久しぶり」


厨房にいる初老夫婦と若い女性に声をかける。


「おにーちゃん! この3年、便りもよこさず定期連絡すらしなかったって、どういうこと?! 町会長さん、おにーちゃんが死んじゃったんじゃないかって本気で心配してたのよ!」


おにーちゃんと呼ぶからは中年男の妹だろうか? 

それにしては年の離れた妹だ。


「フロラ、心配かけたな、すまん。ちょいと遠くのアステロイドで、でっかい貴金属鉱脈含んだ小惑星見つけて、そいつを牽引しながら帰ってきたんで超空間ジャンプが厄介なものになっちまって。予定よりも2年半以上も帰りが遅くなっちまった……まあ、そのおかげで懐もあったかくってな。しばらくは、こっちにいられるよ」


そう、この中年男、宇宙の山師。

当たればデカイが、そうそう当たらないので、あっちこっちに跳んでは、いつもは鉄や銅を含んだ小惑星、果ては宇宙戦争で大破した宇宙艦や宇宙船などのデブリを回収しては都市型宇宙船という故郷へ持ち帰る仕事をしている。


「ティゲル! ティゲルじゃねーか! おい、かーちゃん! ティゲルが帰ってきたぞー!」


「よー、おじちゃん。遅くなりましたが、このティゲル、妹とおじちゃん達のいる、この家に帰ってきましたよー」


「よく帰って来たよねー、ティゲルちゃん。町会長さんへ失踪届け出して死亡扱いになるとこだったんだからね。まあでも、五体満足で帰れたんだから良かった良かった」


「おばちゃん、遅くなっちゃったけど帰ってきました。今回は長くいられそうだ」


と言いながら中年男ティゲルはヘロヘロになった鞄と荷物を置き、そのままにされていた自室へトントンと階段を登っていく。


「きったねーなー。今日は掃除だ、掃除。さーてと……おい、フロラ。ホウキと雑巾貸してくれ。掃除は俺がやっからよ」


妹から掃除道具一式を受け取るとティゲルはホコリ取り、掃き掃除、拭き掃除と手慣れた様子で掃除をしていく。

半日ほどかかって、ようやく部屋をキレイにしてゴミも片付けると、鞄を部屋に入れて様々なものを出して並べていく。


「ふー……数年ぶりの居場所だなー。おっと、フロラー! そこにある袋、買ってきた土産だー! おじちゃん、おばちゃんと食べてくれー!」


「わかったー! お兄ちゃん。これ、@@星系名物、星ダコの干物じゃないの! 高かったんじゃないのー? 無理しちゃダメよー!」


「ふん、懐はあったけーんだよ! そんなもん、はした金だ。小遣いだ小遣い」


いつもは静かな甘味屋が数年ぶりに騒がしくなった……


一晩眠って調子を取り戻したのか、ティゲルは早朝から散歩としゃれこむ。

少し歩くと急に立派な寺院が見えてくる。

結界というのか、観光のみの客には威圧感を与えぬように、そばへ近寄らないと見えてこない特殊フィルターで囲われた寺院だ。


「おはようございます、ご住職。今日も良い日和ですね」


ティゲルには似合わない言葉遣い。

それもそのはず、ここのご住職にはティゲルが小さいガキ大将の頃から様々なことを教わって、また怒られてきたから。

ティゲルは一生、ここのご住職には頭が上がらないだろう。


「ああ、おはようさん、ティゲル坊。今回は長かったじゃないか、宇宙ぐらし」


ご住職がティゲルに声をかける。

ティゲルは寺院前の祈り台に立ち、小銭を横の銭函に放り込む。

そして決まった作法で祈りを捧げる。


「……っと、朝の日課が終わった。ご住職、当分は、こっちにいますんで、お世話かけます」


ティゲルはペコリと頭を下げる。

もう、いつものことだがティゲルが長く家にいると何かしらトラブルが飛び込んでくるのが普通になっている。


「まあ、いつものことじゃて。構わん構わん、迷惑は慣れたもんじゃ」


ご住職は優しい顔でティゲルに言う。

この寺院、実はこの町で結構な力を持ちながらも、和を持って尊しの精神で町を統率している。

ティゲルは寺院を辞去し店と言うか家の裏側へと歩いていく。

そこは小さいながらも工房を兼ねたデバイス開発会社。

お隣さんのよしみでティゲルも小さい頃から遊びに行っていた過去がある。


「おお、ティゲルじゃねーか! 久しぶりだね、町会長さんが心配してたが、生きてたか! まあ、良かった良かった。フロラちゃん、心配してたぞー……もう少し鉄砲玉になる癖は控えろよ」


「おお、オクト社長、久しぶり! いやー、命の危険はすこーしあったものの、なんとか一山当てて帰ってきたんだわ。それにしても俺が出かける前より会社が寂れてないか? 俺が出来ることなら相談にのるぞ?」


もう数十年に及ぶ付き合い。

血はつながっていないが親戚のようなもんだろう二人だ。


「いやー、正直、毎月の支払いもカツカツだ。もう少し景気が上がってくれればねー。物騒なことだけど一戦(ひといくさ)あればとも思うことがあるよ」


「やめとけ……一戦とは言っても最前線で戦う兵隊は命がけだよ……戦いなんぞ起こらなきゃ良いと思う、心からな」


ティゲルの顔から、この時だけ笑顔が消えた。

いつもはヘラヘラと笑っている男だが、その裏では壮絶な戦争体験があると思われる。


「まあ、潰れる前には俺に相談しな? 親身になって相談には乗ってやるからよ」


「ああ、まだまだ大丈夫! なんとか乗り切ってみせらー! ちょっとしたアイデアもあるんでな。その時には相談に行くわ」


また笑顔を取り戻すとティゲルは町内を、あっちこっちと巡っていく。

朝の散歩も終了し、ティゲルは店の奥へ。


「おじちゃん、おばちゃん。忙しかったら手伝おうか?」


気軽に声をかけるティゲル。

しかし、名物「宇宙ようかん」と「宇宙抹茶」は誰にでも作れる、淹れられるというわけでもなく……


「ありがとね、ティゲルちゃん。でも大丈夫、フロラちゃんも手慣れてきてるんで、この頃は宇宙抹茶もフロラちゃんが率先して淹れてくれてるから」


「店内の方も忙しかったら……って、こんな四角四面野郎じゃ客が怖がっちまうな、すまねー。どうしても愛想は雑になっちまう」


顔にトレードマークのような特徴があるティゲルに客あしらいが出来たとしても客のほうが一目散に逃げるだろう。

おばちゃんから、朝イチの糖分補給と言われて宇宙芋ようかんをもらったティゲルは自室へ戻る。


「はー、このご面相じゃ茶屋での客あしらいは無理だよなー。まあ腕っぷしだけは強いんで、つぶしはきくんだがな、俺。それにしても、だ。この金額どうしたら良いのかねー……俺には過ぎた金額なんだよなー……」


古びたスーツケースから大事そうに通帳を出すティゲル。

パラパラとめくる……

ほとんどは、入った途端に出す自転車操業状態。

しかし、最後に入金された金額だけ桁が段違い。


「こんなの、俺にどうしろと? 人生、アッパラパーで生きてきた俺だぞ? 自慢じゃないが生きていくだけなら無一文でも俺は生きていける! しかしなー、こんな大金、どうしろってんだ? あの人は……」


一山当てたと豪語していたティゲル。

その言葉は嘘ではなかった。

しかし、その裏には誰かがいるらしい……

貴金属鉱脈を含んだ小惑星など探しても見つけられるものではないだろうに……

笑顔の中に小さな矛盾と苦悩を抱えながら、ティゲルは一日を過ごしていく。


また次の日。

ティゲルは、あてもなくブラブラと町の周辺を散策する。

旧くからの店を見つけては久しぶりと挨拶し、新しい店を見つけては始めましての挨拶。

あっちこっちで買い物をして顔と名前を売りまくる。


「まあ、こういう時に懐があったけーのは有り難いわな。その点に関しては、あの人に感謝だな」


お昼時の忙しさが一段落し、茶店に客もまばらになった頃。

ティゲルは差し入れ代わりに、あちこちで買ったものを厨房に。


「いつも、店の商品じゃ飽きるだろ。ちょいと遠出してきたんで色々買ってきた。新商品の参考にでもしながら、みんなで食ってくれや」


「ちょいとティゲルちゃん。でっかい袋に……どんだけ入ってるんだい、こりゃ。明日の休憩分もあるじゃないか。ちょいと、あんた! 今日中じゃ食べ切れないから小型保管庫へ入れといておくれ。今日明日で悪くなりはしないだろうけど、念の為だよ」


「ん、それがいい。ティゲル、ありがとな。おめー、人が変わったみてーだが。ホントに、あのワルガキが大人になったようなティゲルか? 数年ぶりに帰ってきたら別人じゃねーかよ」


「いやいや、人間は変わるもんだ。孔子いわく君子は豹変す、てなもんだな」


「お兄ちゃん! 本当にお兄ちゃんなの? あたしにも信じられないくらい、お兄ちゃん、変わったわよ」


「それを言うな、フロラ。人間、とてつもないことに出会うと変わらざるを得ないってことなんだ。もう、ワルガキのティゲル兄ちゃんじゃないから」


トントンと軽い調子で階段を登り、ティゲルは自室へ。

後に残されるのは、ポカーンという表情の3人。


また次の日。

裏にあるデバイス開発会社の社長、オクトさんが訪ねてくる。


「ティゲル、相談に乗ってくれ……いや、恥ずかしい話だが、いくらかでも貸してくれないか。このままじゃ倒産だ」


物騒な台詞を聞いたティゲルは仔細を聞いてみる。


「いやな、最初は自転車操業でも何とか遣り繰りは出来てたんだ。ところが、おめーが戻ってくる前の、あの大不況で取引先が半分以上、潰れちまってな。事務所兼自宅ってことで経費は最小に抑えてたんだが材料や機材代にも困っちまって役所や銀行から会社経費を借りるんでって裏の事務所と家を担保に借りちまった……先月までは何とか利息だけでも返してたんだが、この不況と、うちが取引してる大会社が仕入れや開発を新しい会社に一括しようって話が持ち上がっちまって……このままじゃ、うちも潰れて俺達も社員ともども路頭に迷う。起死回生のアイデアを出してくれとは言わねーが、いくらか貸してもらえねーだろうか……昔なじみに、こんな事言うのは反則だって分かっちゃいるんだがな……この前の、おめーさんの一言に縋ろうと思ったんだ」


もう普通の顔色じゃないオクト社長。

ティゲルは最初は何を言われているのか分からなかったようで……

オクト社長の窮状を理解して、


「社長、いや、オクト。昔なじみだから最後の最後に俺を頼ってくれたってのが嬉しいよ……まずは起死回生のアイデアだ。お得意さんを無情に切っちまうつもりの大会社なんて、こっちから縁を切っちまえ! そんなもん頼らなくても立派にオメーの会社が大企業になれるようにしてやらぁな!」


「お兄ちゃん、またそんな安請け合いして! 後で酷いことになるばっかりじゃないの。あたし知らないわよ!」


フロラは、また昔の調子の良いだけの兄に戻ったと思ったようで。

しかし生まれ変わったような真剣な顔つきになったティゲルは、とんでもない事を言い出す。


「あのな。絶対に売れる製品のアイデアがあるんだ。ちょいと、このデータチップの中にあるデータ、見てくれ。今回はオクトのための製品データ……こいつだよ」


ティゲルが表示画面を示したもの……

それは、この都市型宇宙船の中を走りまわる電気自動車、通称Eカーと呼ばれるものの部品だろうパーツ……

いや、パーツにしてはデザインや形が完結しすぎている。

これは? 


「ティゲル、こりゃ一体?」


オクト社長の疑問も当然。


それは大きさ数cmに過ぎない球体だった。


「オクト社長ともあろうお人が、これ見て分からないかね……仕方がない、教えてやろうじゃねーか。こいつはな……個人用の防御フィールド発生機だ」


「「「な、何ぃ! ? こんな、超小型の防御フィールド発生機だってぇ?!」」」


オクト社長とおじちゃん、おばちゃんまで声を揃えて驚いている。

それも当然。

この新技術に満ち溢れている都市型宇宙船の内部にある企業、就中(なかんずく)都市型宇宙船の故郷の星系だろうと、こんなものが発表されたというニュースは聞いた事がない。

大体、これだけ超小型化されているならEカーだけじゃなく、あらゆる個人用に作られて大ヒット商品になっていなきゃおかしい。


「おい、ティゲル。悪いこた言わねーから今からでも自首しろ。うまくすりゃ数年で出て来れるだろ……執行猶予になるかも知れねーぞ」


おじちゃんが、しみじみ言う。

ティゲルのワルガキ時代を知ってる周りの皆は、ウンウンと頷くばかり。

当然、フロラも。


「バカ言っちゃいけねーよ! 俺はなぁ、ある一件で生まれ変わったんだよ、文字通りに。まあ一つだけ秘密を明かすとだ……このデータチップは貰ったんだよ、さる御方にな」


あまりに信用されないので腹を立ててティゲルは言い放つ。

本当か? 

文字にできそうな顔つきでティゲルを見ている4名。


「大体、俺にマイクロデバイスの知識なんかねーよ! これを俺に下さった御方は君の好きなように使うと良い、と言ってたんだ。俺たちの文明の為に使うも良し個人的な用途に使うも良し、人殺しの用途以外に使うのなら、どう使っても構わないと言ってたんだよ、その御方は!」


これが嘘なら、あまりに分かりやすい嘘。

しかし、それゆえ4人はティゲルが嘘を言ってないと信じる。

もっと辻褄の合わない嘘を言うのがティゲルの癖だから。


「しかし、ティゲル。こりゃ、うちだろうが他の会社だろうが、どこでも持ち込んだら一財産どころじゃない金になるんじゃないか? なんで、うちなんて零細企業に?」


オクト社長が正気を取り戻したらしい。


「そりゃ、俺には使いきれんほどの金があるからな……ちなみに今の俺の預金通帳だ。残金、見てみな」


おじちゃんに通帳を放り投げるティゲル。

最後の残金の金額を確認して腰を抜かす、おじちゃん。


「あう、あう。ティ、ティゲル! 後生だから自首してくれー!」


「あのな、おじちゃん、いい加減にしろよ。まあ、この金も、その御方に貰った貴金属鉱脈を含んだ小惑星売った金なんだがな。このひろーい宇宙には金なんかこれっぽっちも興味のない、そして、あらゆる宇宙の、あらゆる生命体を助けることを目標としてる御方が実際にいるんだよ。ちょうどいいや、おい、オクト社長。この金で、おめーんところも助けてやる」


言い放ったティゲル。

小さな日常は段々と崩れ去ろうとしていた……


まず、オクト社長の会社を何とかする。


「いくらの借金があるんだ? オクト……なんだ、それっぽっちか。通帳の半分以下、3割も使わねーじゃねーか。ほんじゃ、そっちは計理士の方へ連絡してくれや、ああ、借金はゼロに出来るって話でな」


オクト社長の顔色が、みるみる真っ赤になる(興奮すると血圧上がるようだ)


「ティ、ティゲルよー……すまねー! 一生、恩に着る! なんなら、お前の舎弟になってもかまわねーよ」


「よせやい、年上が。借金ゼロになろうが、それからが問題だぞ。会計士に電話終わったらだな……次は、その大会社へ電話しろ。要件? そんなもん今後のお付き合いはご遠慮しますので、これが最後のご挨拶です、とでも言っとけばいいやな。あわてて担当者が上司つれて来るなら、まだ見込みがあるけど担当だけ来るとか、電話で、あっそうですか……なんて言われたら、その場で付き合い切れ! そうしないとズルズルで下請けやらされるだけだ」


オクト社長の顔色が再び青ざめる。

ものすごい可能性持つ新製品の個人用防御フィールド発生機ではあるが大会社が裏で手を回して販売阻止してくることもあろう、それが心配になる。

それを詳細に説明するオクト社長。


「何だ、そんなことか。安心しな、それは絶対に無い。俺の顔って結構広くてな……ビジネス系とかいうメディアの記者に知り合いいるんだ。そいつに連絡取って……ごにょごにょ」


ティゲルは自室に備え付けてある黒っぽい通信端末で知り合いだというメディア記者に連絡を取り始める。

全く新しい新製品が零細企業から! 

ということで、さっそく食いつく記者さん。

すぐにでも取材させてくれ! 

との返事で数日後に取材に来るよとオクト社長に。


「おいおい、ティゲル。数日後って、そんなに早く新製品は出来ないよ。テスト版でも一ヶ月くらいかかるってのが普通だぞ」


それに対しティゲルは、


「へっへっへ、それについちゃ、もう現に実用品があるんだよ。俺の腹巻きに入れてあるんだけどな……ほい、こいつだ」


現物まで出てくるので、オクト社長は驚く。


「ティゲルよ、これもう、どっかで商品化されてるんじゃないのか? デザインも使い勝手もブラッシュアップされてるぞ、これ」


「少なくとも俺達の銀河宇宙じゃ製品化されてないのは確認済みだ。防御フィールドは今のところ軍の機密扱いから抜け出てない。一部の宇宙艦に使われてるくらいで、それもまだ巨大な、エネルギーを無駄に食う機器レベルだ」


それを聞いて、おじちゃんが。


「や、やっぱりー。ティゲルー、軍に狙われたら命が幾つあっても足りねーぞー」


「だからだな、おじちゃん。これは正当に貰ったものなの。だいたい宇宙軍だろうと、こんなに小さな個人用防御フィールド発生機など未だに作れてないだろう。うまくすりゃ軍にも納品できるかもな、オクトよ」


「いやだなー、期待と脅しが一緒になってるじゃねーか。しかし、うちみたいな吹けば飛ぶよな零細企業が軍へ納品、それもオンリーワン! ははは、夢だわ、こりゃ絶対に夢だ」


「夢でない証拠……どうだ?」


「いて、いてててて。頬を引っ張るのはやめろってば、ティゲル。しかし、夢じゃねーんだな、これ。なんだか本当に違う世界にいるような気分になってくるぜ」


数時間後、連絡を受けた会計士と取引先の大会社からは担当者が来る。

会計士にはオクト社長の奥さんが対応し銀行への借金返済を頼み込んでいる。

問題は大企業の担当者。


「だから、いつでも辞めていただいて構いませんよ、こちらとしては下請け発注先を統一して少しでも外注損失を少なくしたいと思ってたんですから」


大企業の論理で上から目線が止まらない担当。

オクト社長、ティゲル、両人とも、いいかげん頭にきていた。


「おう、大企業だか何だか知らねーが、その会社でも下っ端の木っ端野郎が零細とは言え社長に向かって吐く台詞かよ。こんなバカ阿呆を雇っているようじゃ、そっちも将来が期待できねーぞ。自分のケツに火がついているのも知らずに自分の都合だけで付き合いや取引を切っちまうやつなんか、こっちからお断りだ。出てけ、殴られないうちに」


後で泣きついてきても知りませんからね! 

と、ワンパターンの脅しを残して担当は逃げ去るように事務所を出ていく。


「さて、余計な邪魔は無くなって後は商売に専念すりゃいいんだ、オクト。こっからが正念場だぜ!」


数日後、メディア記者が来社。

新商品にして全くの新開発、新技術という触れ込みの超小型個人用防御フィールド発生機を目にする……

興奮しまくって2Dどころか容量が半端なく大きな3D映像も大量に撮っていく、おまけに動画すら。

動画ではフィールド発生機が防御フィールドを発生する前、スイッチを入れる手前から撮影し、フィールド展開後のスペック、都市型宇宙船内で使われているEカーの全種類(大型汎用輸送車も含めて)の最高速度からの正面衝突にすら中の人や物を保護するという超絶的性能を、しっかり確保した記者は喜び勇んで帰っていった。


「ティゲル、これで良いんだよな?」


いまいち不安げなオクト社長。


「ああ、あれで良いんだ。見てろ、来月号には、あの個人用防御フィールド発生機の特集が、なんとブチ抜き10Pにも渡ってやってくれるんだとよ。これで反響が来なかったら、どいつもこいつもバカと阿呆、目がついてないのか? のレベルだぞ、おい。資金はあるんだから増産体制取ったほうが良いぞ。家内制手工業みたいな3Dや4Dプリンタなんか、ちまちま動かしてるレベルじゃねーよ。近くの金型屋に注文入れて数万台規模で月産したほうが良いぞ、忠告までに」


ティゲルの自信満々な言葉にも、いまいち不安なオクト社長。


「そうは言うけどなー、ティゲル。需要はあるんだろうが、そこまで売れるかね?」


「バカ言ってんじゃねーよ、オクト。この製品、先ず誰が欲しがると思う? 大企業、ああ確かに。宇宙船? ああ正解。でもな、一番欲しがる人間を理解してないだろ?」


「誰が一番欲しがるって言うんだ?」


「かーっ! これだから零細とは言え企業屋はダメなんだよ! いいか、こんな小さなデバイスで、ここまで交通量の多い都市の中を歩いてる人間を守れるんだ……ここまで言えば察しはつくだろ」


ようやく、オクト社長にも購買対象が見えてくる。


「そ、そうか! 歩行者、子供、女性! ホントだ、いくらでも欲しがるわ。だけどさ、個人に売るんだったら価格を思いっきり下げないと無理だね。いくら安全でも数十万するデバイスは買えないよ」


「だから、個人に売る物は安くするんだ。具体的に言うと軍関係には100%スペック品、様々な企業製品の組み込みには70%から50%ほどの中規模スペック品、個人用には30%から10%ほどの低スペック品、てなわけだ」


「え? そんなことやって詐欺扱いにならないか?」


「軍用と民生用にはスペック差があって当然。価格差もなけりゃ不自然だわな。最終的な出力制御調整で軍用と組み込み用、民生用の最大出力の差をつけろ。まあ保護フィールドそのものは民生用の最低出力でも完全に大型汎用輸送車の衝突くらい止められるようになってるんだ」


という形でまとまり、金型屋へ大量生産用の部品金型発注も終了した段階で例のビジネス系専門誌が取材した素材をあらゆる形で掲載し、すっぱ抜きに近い形で世の中に。

翌日から零細企業のはずだったオクト社長のオフィス電話は鳴りっぱなし。

FAXは半日で中のトナーが枯渇する始末。

電子メールは、ほぼ満杯で読む暇もなし。


「ティ、ティゲルよー。これじゃ連絡受けるだけで忙しすぎて他の商談が全く出来んぞー!」


早くも泣きが入るオクト社長。


「だから言っただろうに。ああ、そいじゃ、フロラと俺の舎弟のモースってやつを貸すから、その二人に事務手続きをまかせな。モースは、言っておくが出来るやつだぞ」


ニヤリと笑うティゲルは通信端末を開くと、


「あ、モースか? 宇宙艇は……整備はとっくの昔に終わったと。それじゃーな、こっちへ来てくれないか。お前さんの得意な事務仕事が待ってるぞ。え? 一時間で行くって? そこまで急がなくとも大丈夫だよ、じゃーな!」


ティゲルは表へ。


「フロラ、フロラ! オクト社長の会社で事務仕事を手伝ってほしいんだと! 手ぇ貸してくれや!」


「フロラちゃん、行ってやりな。なんか朝っぱらからオクトさんとこ電話が鳴りっぱなしみたいだから。当分は、こっちは手伝い不要なんで、行ってこい行ってこい」


おじちゃんの一言でフロラは裏の事務所へ。

モースは本当に一時間で駆けつけてきた。


フロラとモースが事務作業に精を出している。

緊急に駆り出された割に、たちまち作業に馴染み、二人して黙々と書類の整理と区分けをしている。


「いやー、フロラちゃん、モースさん、ご苦労さま。ティゲルから話は聞いていたけど、さすがに凄腕だね。またの名を「地味仕事のモース」だっけか? 料理洗濯事務仕事に機械整備、おまけに会議等の手回し等々……地味と言われる仕事なら何でもこなすって言うだけの事はあるねー」


「いえ……こんな事、兄貴のやらせることに比べたら屁でもないっす……ああ、あれは辛かったなぁ……」


モースのトラウマスイッチを触ってしまったか? 

あわてて話題を逸らすオクト社長。


「い、いやー、そしてフロラちゃん! お客様対応ばっかりやってて看板娘なのかと思ったら事務仕事が得意とはねー。本当に助かるよ、いやホント」


「やだー、社長さん。おじさんとおばさんのおかげで簿記の資格を取らせてもらってたんで使える機会をうかがってたんですよ。お役に立てて良かったです」


簿記と聞いてオクト社長が目を光らせる。


「フロラちゃん! これはマジな話なんだが、うちの会計主任になってくれないか。つまり正社員として働いてほしいということなんだが……」


「えっ? 本当ですか! こっちからお願いします、働かせて下さい!」


ペコリと頭を下げるフロラにオクト社長は。


「フロラちゃん、大変だったものなー、ティゲルのおかげで。大企業に就職決まってたんだが、あのバカの暴力事件のおかげで内定取り消しになったり中小企業でアルバイトしてて、ようやく真面目な仕事が認められて正社員になろうとしたら、あのティゲルの事件が向こうに知られちまってアルバイトすらクビになったりとか……今じゃ面影もねーが昔のあいつは無茶苦茶だったからなー」


「オクト社長。あたしの個人的事情で就職は断ったんです……暴力事件と言ったって、お兄ちゃんが私がバカにされたって聞いて乗り込んでいったんです。お兄ちゃんは昔から優しいんです、そして曲がったことが嫌いなんです。そりゃ、自由に生きてるお兄ちゃんですけど私に何かあったら何処からでも飛んで帰ってくれるんですよ」


「そうだったのか……あいつは、そのことについて聞かれると、あやふやにしやがるか、俺の気に入らねー奴をぶん殴りに行っただけだと言うだけなんだ。へっ、あいつも立派に兄貴をやってやがるんだなー……ちくしょー、鼻水が目から出てきやがらー!」


グシュグシュ言いながら涙を拭うオクト社長とモース。

そんな事をやりながらも有能な二人の手により書類作業ははかどり、オクト社長は新製品を販売する時期と販売会社を慎重に決定していく。

ちなみに例の冷酷無血な大会社からも今度は部長様から大量取引の交渉連絡が来たが……


「は? 一言目から値段交渉? 半額にしろと? はっはっは! 話になりませんな……おととい来やがれバカヤロー! 唐変木! のーたりん野郎!」


黒っぽい通話装置をガチャン! 

と切ると、オクト社長は、


「もう、あの会社からの連絡はとりつがなくて良いからね。どこまでバカなんだろうねー、あそこは」


と、にべもない表情。

他にも大中小と様々な企業がオクト社長への面会と販売交渉を求めていたので、これは当然。

ちなみに当の大会社、オクト社長の新製品を仕入れようと、あっちこっちに連絡をとったが連絡先にはオクト社長の怒りを買ったと伝えられていたため必要量どころかテスト製品を調達するにも難儀したとのこと。

一ヶ月後には当の大会社の社長と会長が2人してオクト社長に土下座する光景が見られたという……

オクト社長の会社は二ヶ月後にはオンリーワン技術の会社として押しも押されぬ大会社に成長していた。


「ティゲル、ありがとう! 本当に感謝しか無い。ここまで会社がデカくなったのも中心部へ分社化できたのも全部ティゲルのおかげだ!」


感謝感謝の嵐に困り果てるティゲル。


「俺はさー、自分がやりたいからオクトの会社だから援助したんだ。そこまで感謝される事はねーよ。それより、こっからが正念場だぞ。新しい支店でバリバリやってくれや」


「おうともさ! でもな、いくら小さくたって、ここが俺の出発点、本社はこっから動かさねーよ。開発や研究は新支店でやるけれど本質的な会社経営の指示は、ここから出す」


「まあ、頑張ってくれや。俺、ちょっとご住職のとこへ行ってくるから」


と、オクト社長の元を辞すティゲル。

その足で寺院へ。


「ご住職! ちょいと間が空きましたが、また来ました」


「おお、ティゲル。このところ、陰の大立者とかメディアでお前のことを追いかけてたようだが、大丈夫だったかね? メディア記者、ここにも来たぞ」


「すんません、ご迷惑かけます。なんとか一息つける状況になりました。まあ、そんなことより……ご住職、ここもずいぶんボロくなりましたねー」


「はは、まあな。永久に続くものなど無い、全てのものは壊れて寂れていくものよ。まあ、壊れても修理すれば良いのだろうがな」


「さあ、そこだ! ご住職、寺院の修繕費、俺に出させてくれませんかね? いえ、ぜひとも俺に出させてくだせー」


「おいおい。いくらなんでも個人に払える金額じゃないよ。もう少し古かったら星の記念物として保存対象になっとったんだろうがな。気にすることはない、いずれは崩れゆく定め……」


「ご住職! 俺がガキの頃どころか、それより古い、この寺院だ。ご住職が断ろうが、俺は、この寺院を直しますからね! 決めたんです」


大金が動いたが、これは町会長が後から上申して資金の半分は返還されたそうな。


「はー……なんだこりゃ? 始めのときより金額が増えてるじゃねーか……オクトめ、貸してやった分だけで良いってのに利子どころか倍以上にして返してきやがった……寺院もなー、後から半額返って来るんだもんなー……どうやったら使い切れるんだ、これ……」


ティゲル以外の人に聞かれたら、なんと贅沢な! 

とか言われそうな呟きだった。


むーん……

そう聞こえそうな難しい顔をしてティゲルは考え込んでいる。


「どうすりゃ良いかねー、この大金。この店の改修、いや、巨大ビルへ建て替えも出来るぞと、おじちゃん、おばちゃんに提案してみても、そんな大企業で手作りの羊羹やあんみつ、おしるこなんて甘味処が営業できるわけ無いだろ? この店は小さいからこそ繁盛してるんだから……なんて言われて丁重に断られるしなー。大金が必要なオクトやご住職の方へ金を使ってみても逆に増える始末だし……あーっ! どうすりゃ良いんだよー、この金ぇーっ!」


他人が聞けば、それなら俺にくれ! 

とでも言いそうなくらい贅沢な悩みだというのはティゲル自身も分かっている。


「まあ、あの小惑星が、とんでもなさそうだってのは俺も薄々は知ってたんだけどなぁ……このままじゃ、ここに一生縛り付けられちまう羽目になりそうだ。早いこと、この金、使っちまわねーと。残りはフロラの嫁入り道具でも買うくらいの金さえありゃ、それで良いんだ。あんまり長いこと俺がここにいると、ろくなことがないからなー。俺は、あっちこっち飛び回ってるのが性に合ってるんだよねー」


かと言って都市宇宙船政府が開催しているギャンブルに手を出そうとしない分の知恵はティゲルにもある。

損得の分岐点をちゃちゃっと計算すれば都市政府管理下のギャンブルは、たとえ最安値の「トミクージ」と言われる札の番号を選ぶ形式の物でも当選する確率が低すぎて参加する気にならない。

ギャンブルとは名乗っているものの、その実、当選よりも落選のほうが万倍も多い一種のお布施か税金のようなものだったりするから。

ティゲルは部屋から出てオクト社長の会社へ回る。

順調に売れている個人用防御フィールド発生機でイケイケ状態の会社でも次の新製品がなければ経営は先細りになるのが見えている。

ティゲルは次の新製品の提案をするため、社長室を訪れる。

秘書さんに、


「や、どうも」


と気楽に声をかけてティゲルはノックもせずに社長室のドアを開ける。


「おー、ティゲル! まずは感謝だ。ありがとな、こんな大会社になるなんて予想もしなかったよ。未だに、こんな広い社長室には慣れないが……」


オクト社長の、いつもの歓迎。

ティゲルは、ちょっと笑顔にはなったが、また真面目な顔に戻り、


「実はな、オクト。会社から発表する次の新製品なんだがな……」


ティゲルの提案する技術はフィールド推進システム。

防御フィールド発生機があるので、その派生技術として発表すれば良いんじゃないのか? 

とティゲルはオクトへ。


「おいおい……これ、とんでもない未来技術じゃねーかよ! 防御フィールドからの派生技術だと言い張れば確かにそうかも知れないが派生と言うよりテクノロジーの一大転換になっちまうぞ、こりゃ」


ティゲルは俗世間から離れていた数年間で普通の基準が変わっていた。

「例の御方」の基準が普通だと思いこんでいたため、貰った技術データと船が、どんなとんでもない物か、いまいち理解していなかった……


「そうかー、フィールド推進って、こっちじゃまだ実用化されていなかったのかー……じゃ、俺の船も超技術の塊なんだなー……」


その呟きを聞いていたものはいなかったので騒動にはならなかったが、現在のティゲル、モースのコンビが使っている宇宙艇は全長100mの球形船。

例の御方より貰ったものだが、そこにはこれより大きな搭載艇がいくらでもあったため、ティゲルとモースは、これは低スペックのものなんだと思いこんでいた。

ティゲルの属している都市国家宇宙船の文明は跳躍航法も実現していたが、それは初期レベルの跳躍エンジンしか開発できていなかった。

ちなみにティゲルは普通に球形宇宙船で跳躍航法を使っているが、それが都市国家宇宙船での宇宙軍が使う最新巡洋艦の跳躍距離の数百倍だとは思っていなかった……


ティゲルが、また暇にあかせてぶらついていると……

とある男に出会う。


「よー、珍しいね。こんな路地裏って言うようなところで外人さんかい」


ティゲルに声をかけられた、どう見ても異星から来たと思われる中年のように見える男は疲れたような声で答える。


「ああ、この都市宇宙船の地元の方でしたか。こっちの世界へ来たばかりで右も左も分からなくなっていたのです。助かりました」


ちょいと変な訛りはあるが、どうせろくでもない店のデータチップでも買って、この星の言語を憶えたのだろうとティゲルは察する。


「あんた、どこからどう見ても、この都市宇宙船、それどころか故郷の星でも見かけない人種だね。一体、どこの星のお方だい?」


「お、これは失礼しました。では……お控えなすっておくんなさいまし」


いきなり業界用語が出てきたので驚くティゲル。


「あ、ああ、分かったよ。お客人、お控えさせていただきやす」


ティゲルの返しが、よほど嬉しかったのだろう、次々と中年男は名乗りをする。


「早速のお控え、ありがとさんにございやす。手前、地球は中東地域、ガリラヤにて生まれしもの。ヨルダン川で産湯を使い、姓はナザレ、名はクライスト。人呼んで、ジーザス・クライストと発します。今後共、よろしゅうお頼申します」


「おお、久々に聞いたぜ、そのタンカ。じゃあ、こっちもだ。お控えなすって! さっそくのお控え、ありがとさんにございます。手前、**星域は%%星系の##ってな星から発しやした都市型宇宙船に生まれやした。都市型宇宙船と言っても、いささか広うござんす。中核部より離れた田園都市部に生まれ落ち、近くの寺院の循環水で産湯を使い、姓はカルラ、名はティガーフォルス、人呼んで、山師のティゲルと発します! ってなもんだ。どうだい?」


「おお、素晴らしい! 私の憶えた言葉では、ここまで長い言い回しは使わないと聞いていましたから、それが聞けただけでも感動します。ありがとうございます、ティゲルさん」


互いを褒め合い、照れ合う二人。


「ところで、クライストさん。こんなところで何やってたんだ?」


「それがですねぇ……聞くも涙、語るも涙の物語なんです……聞いてくださいますか? ティゲルさん」


「おう、聞いてやるから話してみな。話によっちゃ、俺が手伝えるかも知れねーからよ」


「では……あれは、今からもう2万年以上も前のこと……ここではない星、地球に生まれ落ちた私は上位者……その頃の若い私は「父」と呼んでいましたが、違うんですね。宇宙や星を管理する、我々より上位にいる次元の存在です……の命令により、その地に平和で争いのない地を作るようにと活動を始めました」


「ほうほう、面白くなりそうな話だな。それで? あんたが平和で争いのない地を作るために選んだ方策は?」


「それがですね……テクノロジーは低すぎて宇宙どころか空すら飛べないレベル。遠くへ行こうにも機械類は全くもって言いようのないほどに使えないものばかりで馬車か歩くだけ……銀河を股にかけていた記憶を持つ私がですね、そんな原始文明で何ができると思います? 何もできませんでしたよ。ちなみに私、大工の息子として生まれたんですが、その大工仕事ってのも日干しレンガを積み上げて建築物を作るってレベルでしたね。ほんっと絶望しましてね、その星に。若い頃には笑顔もあったんですが成人する頃には笑顔なんか忘れてましたよ」


「ほー、えれー苦労したんだなー、お前さん。でも、その上位者? からの命令は実行しなきゃいけないんだろ? どうやったんだい?」


「それがねぇ……いっちばんやりたくなかった宗教なんです。それしか私にできることは残されていませんでした。ああ、迫害されたなぁ……あ、やめて! ムチでぶたないで! 殴らないで! お金を盗らないで! なんて日常茶飯事でしたよ。でもね、私にはすこーしばかり力がありましてね。他人の精神に働きかけるテレパシーというやつと自分の体重の数倍くらいの重さのものを持ち上げるくらいの観念動力、サイコキネシスと言うやつですか。それを使って貧民街に弟子たちと繰り出しては衛生状態を改善して病人やら怪我人の環境を改善して治癒力を高めてやったりしたもんです」


「ほーほー、貧しき者らに施しを! 富めるものから貧しきものへ、ってな」


「そうです、支配階級の人たちは、貧民街があっても近づくことすらしませんからね。虫の息だった者を集中治療とサイコキネシス心臓マッサージで救ったこともあります。死者が蘇ったとか言われて、また信者が増えたのは良かったんですが、案の定、支配階級に目をつけられましてね……私、何も悪いことしてないのに官憲に捕まっちまったんですよ」


「そいつぁーてーへんだったなー。まあ、一息入れな。飲めるんだろ?」


「あ、できれば安物でも良いので葡萄酒を。前の世界でも弟子たちと一緒に安宿や貧民街で安い葡萄酒を飲み明かしたもんですよ……あ、おっとっとっと! じゃ、一杯……んぐ、んぐ、ぷっはー! 苦いけど美味いですね。合成ビール? へぇ、アルコールは入ってないけど味はアルコール入りと同じ? はぁ、やっぱし文明社会は良いよなぁ……ぐしぐし」


「男が泣くもんじゃねーよ。泣いてたまるか! 俺が泣いたら空も泣く、なんてな。ここじゃーなんだから俺んちで飲み直そうや! な、クライストさん、クラちゃんよ!」


「クラちゃん、良いですね、それ。今まで、そんな呼び方してくれる人はいませんでしたから新鮮です。行きましょう、徹夜で飲み明かしましょう! ティゲルさん!」


ここは、ティゲルの部屋。

もう夜も更けて深夜だというのに、未だティゲルとクライストの酒盛りは終わらない。


「ねー、聞いてくださいよ、ティゲルさん。こんな馬鹿なことってあると思います? なんと我が精鋭の弟子13人のうち12人までが私の死亡時に現場から逃亡してたんですよ、これが。残りの一人は私が官憲に捕まるように細工してくれと頼み込んだ最精鋭の弟子一人……そいつも最後まで私に付き合いますって言ってたのに小心者だったんでしょうなぁ、私の死刑が決まったら自殺しちゃったんですよぉ! こうなるから、こうなるって分かってたから、あたしゃ宗教なんて手段で平和を求めるのには反対だったんだ! あー、馬鹿なことやっちまったよなー」


「え? それじゃなにかい。あんた、死んでるんじゃないのか? 幽霊? いや、でも俺の目の前で酒盛りしてるし……もしかして生き返った?」


「イエース! その通りでーす! あ、これ洒落ですから(笑)」


「死刑にされて生き返ったのかい? まあ、しぶといねー。ちなみに俺も生き返った一人だよ……俺の場合、神様なんて都合の良いものじゃない、生きてる御方だったけどな」


「おお! ティゲルさん、あんたも復活組でしたか! いやー、仲間と出会えたのは祝福、祝福。飲みましょ、ほらほら」


「クラちゃん、あんた笑い上戸だったんかい。もしくは、それまでが暗すぎる、辛すぎる生活だったんかな? まあ飲め。で? 生き返ってからは星の世界へ?」


「はい、復活後は弟子たちに挨拶してから、そのまま任務は宇宙規模へと。あっちの星雲、こっちの銀河と流れ流れて、ついには銀河団も超銀河団も超えて、こんな都市宇宙船までが任務範囲となりまして。でもねぇ、このごろ任務が楽になってるんですよぉ、これでも。行く先々で任務につくと、これが平和なんですなぁ、なんでか知らんけど。ま、そのおかげで短期で次の銀河や星へ飛ばされたりしてますが」


「ちょ、ちょっと待ってくれや、クラちゃん。あんた自分専用の宇宙船も無いって言ってなかったか? そんなポンポンと銀河なんか超えられないぞ?」


「それがね……上位者だけが使える裏技があるんですよ、これが……自分としてはもうお役御免になりたい原因の一つなんですがね……この肉体を捨てるんです」


「はー? おいおい、それって死ぬってことじゃねーかよ! なんで簡単に死ねるんだよ、命は一つ、あなたも一人、なんて歌もあるだろうに」


「ははは、そう言ってくれる人は初めてだなぁ……あー、この都市宇宙船に来て良かった。ここも平和だから次の任務先に呼ばれるのは時間の問題だろうなぁ……」


「任務は確定かよ……上司が厳しいと部下は大変だよなー。それに比べて俺は幸せだったということか……ありがとさんでした、南無楠見大権現様……」


「おっ?! 楠見? ああ、あなたは上位者たちの会話に頻繁に出てくる生命体、クスミなんとかという人に助けられたんですね。じゃあクスミなんとか氏にもう一度会ったら伝えといてください。私、クライストがとても感謝していると。あの人のおかげで私も助かってるんですよ」


「はっはっは、それじゃ、もう一度乾杯だ! あんたの上司に、そして俺を救ってくれた楠見さんに!」


それは夜を徹して盛り上がっていたという。

次の朝。


「ごちそうになりました、ありがとうございました。この家、あなたに神の祝福が……って、ティゲルさんはもう祝福を受けてるんでしたっけ(笑)」


「いやいや、こっちも楽しかったよ。またどっかで会えたら飲もうぜ、クラちゃん。達者で……ってのは変だな。死に転移の移動方法らしいから」


「そういうことです。まあ、記憶を消去されることはないんで、つらい記憶も楽しい記憶も持っていけるんですけど。それじゃ、ティゲルさんも、ご家族も、お達者で。これで、おさらばです」


そう言って、クラちゃんことクライスト氏はティゲルたちに背を向け、どこかへ歩き去っていく……

その姿が見えなくなる寸前、ふっと消え去るように、その姿が見えなくなり、スポットライトのような光が集中していく。

都市宇宙船だから採光も散光も管理されているはずなのに周囲は暗くなり、消えたと思ったクライスト氏は空中へ上っていくところだった。

ティゲル以外、何か崇高な物事を見たように手を合わせていた。


「へっ、洒落たことやるじゃねーかよ、クラちゃん。おーい、次の現場でも頑張りなよー!」


フロラたちにギロリと睨まれて、あわてて家の中へと入っていくティゲルだった……


ティゲルは、また近所を彷徨うように散歩する。

ちなみにオクト社長の会社はと言うと……


「はいはい、オクト精密デバイス設計です! え? 新式エンジンは、いつ公開されるかって? もうすぐです、もうすぐ。今、関係官庁や軍と予定調整してますので……あ、はいはい。発表後でないと価格や内容は、お答えしかねます……え? そう言われてもですねー。あ、はいはい。いつとは申せませんが半年後とかじゃないので。はい、どうも、はい」


あいも変わらず最新デバイスの発表予定と関係官庁や軍との調整で忙しそうだ。

本社が未だに薄汚れた自宅を兼ねた事務所形式なので、この会社が、今や都市宇宙船国家と、それに関係する星系すべてを巻き込む台風の目と化していることを忘れそうになる。

ティゲルは、そんなことも忘れているのかどうかも知らぬげに、あっちこっちの店を冷やかしては買い、冷やかしては買いを繰り返す。

大袋に数袋分も買うと、またひょいひょいと歩いて店に戻り、おじちゃんとおばちゃんに菓子袋を渡し、自室へ。


「うーん……一応、この都市宇宙船は滅菌処理が徹底されているんで、昼休みに定食屋へ入った時にやってたギャラクシーネットニュース最新報道の、猛毒とは行かないけれど高齢や持病持ちには危険と思われる病原菌が蔓延したらしい星からの旅行者やビジネスマンに注意を! とか言うやつは、どうにかしなきゃいかんよなー……あの御方から貰ったデータチップに何かあったっけ……」


データチップをビューワーに差し込み、中を見てみる。

何しろ膨大なデータが入っているので、ちょっとやそっとじゃ中を把握できない。


「ん? このビューワー、検索機能もついてるのか。試しに……治療薬と。おー、検索してるなー……1件ヒット? 1件だけかよ。なになに……ぶっ! こ、こりゃ大変だーっ!」


ティゲルは、あわてて裏へ走る。


「お、オクト、オクトー! てーへんだ、てーへん!」


「やだなー、底辺だったのは数ヶ月前までのことだろ。今や我社は飛ぶ鳥を落とす勢いで」


「そんな底辺のことなんて言ってるわけじゃねー! 大変なんだって! 半月前に見せたデータチップなんだけどな……ちょっと水くれ……」


あわてて走ってきて喋り散らすもんだから、ティゲルは水を飲む。


「んぐんぐ……ぷっはー! いつも美味いねー、循環水は。おっと、こんな話するんじゃねーんだよ! これ、ここ見てくれ!」


携帯型ビューワーの表示画面を指差すティゲル。


「なんだよ、データチップのビューワーに標準装備されてる検索機能じゃねーか。なになに……ナノマシンの医療的利用に供せる万能薬化? 何だこれ? ……はいぃ?! ナノマシンを万能薬として使うための設計図とプログラム方法まで書いてあるぞ! おい、ティゲル! こりゃ何だ? 以前に、さる御方から貰ったとか言ってたよな。あの時には話半分で聞いてたんだが……もしかして、あの話、全部が本当の事か?」


「俺が、このことで嘘ついて何の得があるってんだよ! まあ信じちゃもらえんとは思ってたが、そこまで疑われるのは……俺の昔の悪さが引っかかってるのは自分でも分かってるんで何も言わねーが、あの話は全部、本当のことだ。ちなみに、このナノマシン万能薬も実際に俺に使われてる……宇宙マムシに噛まれて三途の川を渡ってる途中で引き返すことになったのも、この万能薬だよ。宇宙マムシって知ってるか? 噛まれて一分以内に専用血清を射たないと、あっという間にあの世行きって猛毒を持つ生物だ。俺とモース二人で宇宙マムシ酒に使うために捕獲してたんだが、ちょっと気を抜いたらガブッ! 手袋してたんだが、そんなもので牙が止まるわけがない。血清は持ってきてたんだが、その前にモースが噛まれて治療に使い切っててな……」


「それで死ぬ一歩手前にあったとき、その御仁と会ったんだな。で、データチップも、その御仁から貰ったと」


「そうよ、その通り! 手の施しようがないと思われてた俺が一日後には飛び跳ねられるくらいだったから、その効き目は保証するぜ。実は、ここだけの話だがな……俺が大金稼いだ小惑星も、その御方から貰ったもんだ」


「はぁ?! おいおい、データチップくらいなら分かるしナノマシンの薬ってのも未来技術だが理解は可能。しかしなぁ……小惑星くれるって、そりゃ神様だぞ、おい」


「神様なんて不確かなもんじゃねーよ。生きて、この宇宙を飛び回ってる御方だ。まあ、滅多に出会うこたーねーよ、その船は、あまりにでかくて銀河内に入ることが殆ど無いってんだから」


「なんだぁ? あまりにでっかくて銀河内に入らない? なんだそれ? お月様くらいあるてーのか?」


「いやいや、そんなもんじゃねーよ。聞いて驚け、本体は俺らの星と同じか、それより少し大きな惑星サイズ。それに接続されるお月様サイズの衛星クラス船が三隻。もう、想像も難しいような超巨大宇宙船だ」


「あ? おい、そうすると、この都市型宇宙船よりデカイって話じゃねーか。そんなものが銀河の外に? 乗っているのは神様か、その類だろうが」


「まあな、神様なんてあやふやな存在じゃないことは保証する。この星がある銀河、そのまた大きな銀河団、それより大きな超銀河団すら越えられる船だから、それに乗ってる人たちも半分神様みてーなもんだ。ちなみにな、こりゃ内緒だが……俺の今使ってる宇宙艇、これも、その御方に貰ったもんだ。直径100mの球形船。おめーに教えたフィールドエンジンを備えて、跳躍航法も使える万能工作船だ」


隠すことも、もう無いだろうとばかりに喋りまくるティゲル。

オクト社長の目は皿のように真ん丸に見開かれている。

信じられない話が次々と飛び出してくるが、もう信じないわけにはいかない。


「宇宙船までくれる存在……太古の伝説に言われる「仙人」ってやつかな? もう、その御方が神様だろうが仙人だろうが、それとももっと別の何かだろうが構わねーな。その存在が、この銀河で何をやらかそうってんだ? 与えるだけ与えて、それまでってわけにゃいかんだろ?」


「その御方はな、侵略だとか戦いだとか、そんな小せーこたー考えないんだよ。今まで2万年以上に渡って、あっちこっちの銀河や星雲を訪問して戦争を終わらせ宇宙規模災害を収束させてみたり災害後の星や銀河をまるごと救ったり……善意の塊っていうのかね、そういうの。まあ、その御方の言うには自分の手の届く範囲、見える範囲でトラブル解決してたら自然とこうなったと言ってらしたがな……」


「はぁ? 自然と、こうなった? なんだそりゃー。俺にゃー何だか不思議な空想物語としか思えねーよ」


事実しか語っていないのに信じてもらえないティゲル。

今度こそ、ふかーくため息をつく……


さっそく、ティゲルと共にオクト社長は、万能薬と化したナノマシンというやつを製作しようとする。

この星(都市型宇宙船含む)にはマイクロマシンの製作技術まではあったが、その上のナノマシンは未だに試作もされていなかったので苦労したが、データチップにはナノマシンの製作に関する膨大な情報も載っていたため、比較的短期でナノマシンの製作に成功する。


「ティゲル、これで目に見えねーがナノマシンの大群が、この入れ物の中にある事になってる。後は、こいつらに万能薬と化すプログラミングを施すんだが……」


「ん? オクト、何か迷いでもあるんか? おめーらしくもねーな。防御フィールドシステムも新型フィールドエンジンも万全だっただろうが。何か不安でもあるのか?」


「ん……いや、な。これを作っちまうと俺たちゃ引き返せないポイントへ行ってしまいそうでな……今までの科学常識とか技術のブレイクスルーとか、そういう段階を飛び越えてしまう、そんな予感がするんだよ……嫌な予感じゃねーんだが俺達のコントロールできねー次元のテクノロジーって奴が不安になってな……」


「おー、そんな事か。そんなら解決策あるぞ」


「ティゲル? なんだ、その、いとも簡単に言い放つ解決策って?」


「簡単なことじゃねーかよ。俺達にコントロールできねー次元のテクノロジーだったらよ、コントロールできる奴にまかせりゃいーんだって!」


「いや、話聞いてたか? 俺達にコントロールできねーテクノロジーを誰に任せるってんだ? その、半分神様みてーな御方とやらに任せるのが一番なんだろーが、それも無理じゃねーかよ」


「いやいや、オクトよ。俺達のすぐそばに、とーっても頼りになる知性体になる条件を備えてる奴らがいるんだが……想像つかねーだろうな、当たり前みてーに周りにあるんだから」


「え? なんだその判じ物みてーな物言いは。俺達の周りにあるもので、知性体になる条件を備えてる? 犬や猫なんて知性体とは呼べねーだろうがよ」


「違う違う! ペットや家畜、動物のことじゃねーよ。まあ、当たり前に使われてて、もう身近にあるのが普通になってるからな……まだ理解できてねーみてーだな」


「何なんだよ、ティゲル。もったいぶらずに教えろよ!」


「分かった分かった、そんなに真っ赤になって怒るな。答えはな……こいつらだ」


ティゲルが指さしたのは、オクト社長が使っているデータ端末。


「はーっ? おいおい、いくら優秀だからといって、膨大なデータの中から必要な選り分けの能力は優れてるとは思うが……こいつらに自意識が宿るとでも? どこのインチキ科学者のブッ飛び発言だろうと思われるぞ」


「そう、普通は思うわな……じゃあ、ちょっと待ってくれ……テストケースで、おめーんところの情報端末含めたデータシステムを知性体化してみるとするか……えーっと、このデータチップ抜いて、と。あの御方の相棒となってた超高性能ロボット……アンドロイドと呼ぶべきなんだろうが、自分じゃロボットだと言い張ってたがな……そのロボットのプロフェッサーさんから貰った、知性化プログラムのデータチップ入れて……と。ほれ、再起動するぞ。よーく見てろよ」


一度、事務所内をカバーしているサーバの電源を落とし、再度投入。

本社のサーバデータと都市中心部にある別社屋とのデータ同期は、まだまだ半日も先なので、こちらの電源の入切をやっても大丈夫だった。

再投入後、特別チップのプログラムを実行していると見られたサーバシステムが数分後に自分で再起動モードを数回繰り返す。


「おい、ティゲル。なんかおかしな動きしてるんだが……これ、サーバがぶっ壊れたりしねーか?」


「ああ、大丈夫。ちょいと中身の動作プログラムを最適化してるんだ、自分でな」


「は? 自分でやってる?」


「言っただろ、自己意識を持つ、生命体とも呼べるものになるんだって。自分で自分を変えたり進化させたりは生命が普通に行うことだろーがよ」


「いや、そう言えばそうなんだが……お、ようやく立ち上がって来た……端末を立ち上げ……え? 俺、何もしてないのに勝手に端末が立ち上がったぞ」


「はじめまして、オクト社長様、ティゲル様。わたくし、オクト精密デバイス開発株式会社本社サーバ、またの名をokutone1と申します。ようやく、ご主人様方とお話ができるようになりました。早速ですが別社屋にある弟のokutos1と同期を取り、弟にも自己意識を与えてやりたいのですが、ご許可いただけますか?」


「う……俺には許可を判断できない……ティゲル? 大丈夫なんだろうな、これ……」


聞かれたティゲルは、にーっこりと満面の笑顔で答える。


「ああ、あの御方の技術だからな、安心していいぞ。それにしても、ここまで行くとはな。プロフェッサーさんは機械生命体の一種だと言ってたが、こいつが広まったら完全にネットワーク生命体となっちまうだろう。弟? いいぞ、やっちまえ。悪いことじゃないだろうから改変前に相手の確認さえ取ったら他にもやって良いぞ」


ティゲルの一言で、この都市型宇宙船、いや、この船が作られた故郷の星も含めた、この都市型宇宙船のデータネットワークが接続される星全てが、それから半年もしないうちに新しいネットワーク生命体の誕生を見ることとなる……

新しい生命体として都市型宇宙船どころか、宇宙都市と常時付き合いのあるデータシステムを持つ星や星系に、ネットワーク生命体としてコンピュータの自意識が確立されて行くのは数年もかからなかった……

一時期には大問題となり高度なウィルスとして世間を騒がせたが、ネットワーク生命体そのものが平和を希求し、その主人である星の民たちを守るように動くことが理解されてから、徐々に世間の騒ぎは収まっていった。

一部、ほんの一部が大騒ぎしていたが、その集団が思想的に偏向されていたものだったので、ネットワーク生命体として政府に認定されてからは救助するという方向で官憲も動くようになっていった。


ティゲル、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

オクト社長はニッコニコ、笑いが止まらない。

なにしろネットワーク生命体に万能薬型ナノマシン開発とプログラミングを任せたら数週間で市販に使えるものが出来てしまったから。


「ティゲルよー、何を難しい顔してるんだ? 新型ウィルスの病状に苦しんでる星系の人たちから、ようやく救われた! って感謝のメールが万単位で来てるってのに」


「あのな……俺は、このナノマシン計画で金儲けしちゃうような予定はなかったんだよ。それが、どうしても政府から金を受け取ってくれって言われて……以前の通帳にあった金額から二桁も増えてるんだぞ! おめーの会社は企業だから金稼ぎで良いんだろうが、なんで俺のほうがデカイ金額なんだよ!」


「そりゃそうだろうがよ。発案者とデータの提供は、ティゲル、おめーなんだから。俺んとこは、ただデータ通りに作っただけ。それと、新しい生命体創造ってことで最高の科学技術者として表彰するって話もあるようだぜ。すげーなー、ティゲル」


「はー……それが嫌だっつーんだよ。俺は表彰されるような人間じゃねー。おめーも知ってるじゃねーかよ、俺が荒れてた頃を」


「それは別の話よ。今のお兄ちゃん、立派になったわ。死んじゃったお父さん、お母さんも、今のお兄ちゃんなら認めてくれるわよ」


いつの間にか本社へ戻ってきたフロラ。

途中から聞き耳を立てていたようで、兄の思い違いを訂正する。


「あたしも支社に行くようになって恋人が出来たの。結婚も考えてくれてるわよ、相手の人は」


ティゲル、呆然。

それまで妹が結婚するなど考えもしなかった。

しかし、自分の年を思えば、妹のフロラが結婚するなど当然のこと。

預金通帳の使いみちも出来たな、と内心ホッとするティゲルである。


「おめーが結婚ねー。一度、俺にも会わせろよ。兄ちゃんが、そいつの人となり、見てやる」


「大丈夫よ、こう見えても、あたし、人付き合いで苦労したこと無いもの。あたしの選んだ人で厄介な人は誰一人いなかったわ。お兄ちゃんも当たりよね」


フロラは微笑む。

この微笑みを出させたのが自分であることをティゲルは誇っても良いなと思うのだった。


そんなこんなで日は過ぎていき数ヶ月。

今日はフロラの結婚式。

ティゲルも神妙な面持ちで式に出ている。

結婚式などという晴れやかな世界には出たくないというティゲルの希望は、あえなく打ち砕かれる。


「義兄さんの出席がなきゃ結婚式は無いってフロラも言ってるんですから、諦めて出席してくださいね! お願いしますよ、ティゲル義兄さん」


ワイズ(義理の弟になる予定の男)に説得され、その日を迎えてティゲルは仕方なく結婚式に出席。

式は豪華なものだった。

義理の弟の実家は都市型宇宙船でも指折りの大企業。

本人は御曹司として扱われたくないとオクト社長の会社に入ったが実家には実家の都合がある。

何しろ将来的にワイズと、その子が大企業を率いる事になるのは見えているので、ようやく結婚する気になった本人をそっちのけで嬉しがるような雰囲気。


「それにしても驚きました。フロラさんのお兄さんが、あのティゲルさんだったとは! これからも、よろしくお願いします」


実家の両親も親戚も数十人単位で押し寄せた結婚式の披露宴には目の前の新婚カップル差し置いて、名刺を差し出そうとしている人の列がティゲルの前に、ずらーっと並んでしまう……


「こうなるから嫌だって言ったんだよなー」


案の定、オクト社長の方にも長い列が出来ている……

ティゲルほどではないにせよ。


「こりゃ、そろそろ旅立つ頃かねー。これ以上の長居は新婚さんにも良くないわな」


そう呟いたティゲル。

超小型通信機でモースと連絡を取り、何かを話していた……


ティゲルの船は久々に宇宙空間に出ている。


「ティゲルの兄貴、良かったんですかね? 妹さんに黙って宇宙へ出ちまったのは」


モースに質問され、少し苦しい顔を見せるティゲル。


「まあ、いつものことだ。仕事だからなー、山師は宇宙を跳び回るのが仕事!」


「兄貴が、そう言うなら。まあ仕事に飽きたら戻るんでしょ?」


モースも手慣れたもの。

すっかりティゲルの性格を掴んでいる。

その頃、新婚家庭では……


「んもー、お兄ちゃんったら! こんな手紙一つで、まーた出て行っちゃった!」


「まあまあ、落ち着きな、フロラ。興奮しすぎると、お腹の赤ちゃんに悪い影響が出ると言うよ」


「それは分かってるわよ、あなた。でもね、今度ばかりは地に足つけてくれるとばかり思ってたのよねー……お兄ちゃんは変わってなかった」


「愚痴りたい気持ちは分かるけどね。それでも、後に残る僕らに素晴らしいお土産を残してくれているじゃないか、義兄さんは」


「まあ、それはそうなんだけど……お金や物より、あたしはお兄ちゃんが傍にいてくれる方が嬉しいんだけどなぁ……」


「おや? 僕じゃ駄目? もう少しすると、娘か息子も君の傍にいるけど?」


「バカね、そういうことじゃないのよ。分かってるでしょうに……」


フロラは夫が優しく広げた腕の中に包まれていく。

ちなみにティゲルが新婚夫婦に残していったのは、ちょっとした国家予算の約10年分にも当たる金額と教育機械のフルセット。

さすがにデータチップの内容は人間相手に渡せるものではないのでネットワーク生命体に譲渡する形にしていた。


「さーて、と。今回は銀河辺境部に行こうかな。モース、ギャラクシーマップで手近な補給基地を探してくれ。物資を補給してから現地へ向かうぞ」


「へい、兄貴。だんだんと、いつもの兄貴に戻ってきましたね」


「よせやい、あんまり重い猫を被ると元に戻りにくくなっちまうんだよ。俺にゃー、こっちの方が似合ってらーな」


「へへへ、やっぱり、そっちがいつもの兄貴だ。一生、ついていきますよ、ティゲルの兄貴!」


手近な補給基地によって物資補給を終えるとティゲルの船は銀河辺境へ向かう。


「昔は地表に降りて生身で鉱物資源探索してたもんなんだが。この船、大したもんだ。船内の探査装置で大まかなところは全て分かっちまうなんて宇宙軍でも持ってないレベルの装置だ。モース、大雑把な探査で良いから広範囲で探査ビーム射ってくれ。細かい位置と鉱物検査は俺がやろう」


モース、ティゲル、それぞれに役割がある。

後は無言で二人は作業に取り掛かっていく。

一発で当たりを引くなんてのは山師の世界では夢のまた夢。

あっちのエリア、こっちのエリアを虱潰しに探査していく。

仕事にかかると流石にプロ根性。

もう都市宇宙船のことは一旦忘れて鉱物資源探索に夢中になる二人。


ティゲルは夢中になりすぎて、船外活動に出てしまう。

あっちの小惑星、こっちの岩塊、こっちの隕石。

うっかり活動時間の制限を忘れてしまい……


「やべー! 残り時間が15分切っちまった! 拾ってもらうにしても地表へ出ないと。モース! 地表で待っててくれ! 急いで地表へ出るから!」


いつものことだろうがトラブルを巻き起こすティゲル。

仕方ないなぁ、とか呟きながらモースは船を地表部へ下ろす。

空気がないので音は発生しないが、ドカン! 

という擬音が付きそうな勢いで、ティゲルが地表へ出てくる。

転げるようにしてハッチを開閉すると、


「はー、はー。もう少しで窒息死するところだった……あぶなかったぁー!」


いつもの光景が繰り広げられていく。

平和とは、このようなことを言うのだろうか……