第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第五十八話 漢は黙って・・・

 稲葉小僧

ここは、とある星の辺境部。

猛獣やらが付近をうろつく中、一人の男が何やら汗を流している。


「せいっ! はぁっ! とぁりゃーっ!」


相手もいないのに組手練習をしているようだ。

見ていると空手で言う「型」のようだが見る者が見れば、それは全く違うと分かる。

その男が仮想敵としているのは自分より二回り以上も大きな相手。

その仮想的に対し男は全て致命的な攻撃となるだろう箇所(下半身だろうが何だろうがお構いなし。ただ仮想敵を確実に倒すことのみを狙う)に最大威力となる攻撃を加えている。

その攻撃は一撃必殺と言えるものばかり。

それを延々、三十分以上も続けている男。


「ふぅっ! ふぅーう」


ようやく全身の力を抜く。

男の目に映る仮想敵はズタボロの雑巾の如くになって倒れている。


「さて……と。今日の昼飯は猪鍋にでもするかな……」


その肉体から出るにしては可愛いとも言える声。

しかし、仕方がない。

男の年齢は、わずか十三才。

子供から卒業し、青春という短い時間に入ったばかりの年で、なぜに男、いや少年は、こんな僻地(秘境と言うべきか? )で過酷な修行をしているのか? 

誰もが抱くだろう疑問に答える気もないとばかり少年は修行をしていた平野より、原生林と思しき密林の中へ入っていく。

大丈夫か? 

という声には少年の肉体が心配無用と無言で答える。

身長185cm、体重88kg。

少し痩せ気味に映る肉体は鋼のように鍛えられ、そのメイン武器となるのだろう細長い樫の棒一本を持って少年は周囲も見ずに確信があるかのごとく深い森林に分け入っていく。

草や木の根につまづくこともなく、その一歩一歩が通常人が走る速度くらいに速い。


少年が30分も歩くと少し開けた場所へ出る。

そこには普通なら絶対に出会いたくない相手がいた。

熊だ。

成体となった熊、それも森の主に近いだろうと思われる体長3mはありそうな化物。

その毛皮は灰色がかり、闘争と殺戮、餌にした動物の多さを思わせる身体は丸々と太っている。

最初、熊は、そこに無断で入ってきた肉塊を簡単に片付けられると思っていた。

しょせんは俺にとり餌に過ぎない。

爪を一閃すれば血しぶきあげて倒れるだろう……

ん? 

熊は違和感を感じる。

この餌、俺に対して恐怖を全く感じていない。

次元の違う捕食者に対し全く怯える様子もない。

何だ? 

熊は違和感を振り払うかのように左腕を一閃。

鋭い爪と、その凶暴なまでの腕力は今までの敵を全て一撃で屠ってきたものだ。

ガキン! 

熊の一閃は何かに受け止められる。

それは少年の持っていた樫の棒。

細長い樫の棒が、あんな金属音のような音を立てて巨大熊の攻撃を食い止められるものだろうか? 

しかし現実に熊の指にも満たない細さの樫の棒は見事に爪と腕を阻んでいる。

少年は、さほど力を込めているようには見えない。

しかし棒が食い止めた熊の一撃は、それこそ衝撃力は100kgを超えているだろう。

少年は均衡している状況を振り払うかのように棒を引く。


「グワァ! ?」


熊は相手を仕留めようと全力の一撃を放ったにも関わらず止められた。

その状態で相手にのしかかろうとした、まさにその瞬間、棒を引かれた熊はバランスを崩して倒れる。


「ふんっ! はっ!」


少年は倒れ込んだ熊へ二段突き。

顔面と金的へ突きを入れ、両手を血に染める……

熊の血だ。


「ガァァッ!」


衝撃と痛みで暴れる熊。


「ふんっ!」


最後のトドメとばかり足で心臓を踏み抜く少年。

熊は声も出せずに息絶える。


「熊鍋になったか……熊の胃と、内臓は漢方薬になるから干しておけって父さん言ってたっけ……」


300kgは余裕で越すだろう大熊を、少年はヨイショと担いで修行場へ戻っていった。

少年が仕留めた熊を修行場へ持って帰ると、そこには中年に近い年だろうと思われる、むさ苦しい格好の男がいた。

いや、むさ苦しいと言っても服がボロボロとかヒゲボウボウとかの話ではない。

纏う雰囲気が、その服装にマッチしていない。

例えるなら、


「猛毒を持つ生物が人間に擬態している」


ように思われる。

何処からどう見ても纏う雰囲気が人間のものではない、その男。

少年から出る殺気も、この男と比べれば赤ん坊のようなもの。

比較すると少年は鞘から抜かれた名刀のような峻烈な殺気、男の纏うものは戦場にて幾百の敵の首を落とした妖刀のようなもの。


「父さん、久しぶりだね。何処へ修行に行ってたの?」


ぼそっと呟くように喋る少年。

小さな声だが意外に通る。

話しかけられた男は、にやりと口を曲げ、


「おう、今回は山を5つばかし越えて冬山で越冬やってきた。羆のデカイ奴を4頭仕留めて向こうで熊鍋パーティーやってきたぞ。お前は……ほう、この山の主か。こいつを仕留めるとは、お前も頑張ったようだな」


普通の親子の会話ではない単語が飛び交う。

少年は黙って熊を捌き始める。

何処から取り出したのかナタのようなナイフを器用に使って熊の皮を剥ぎ、骨と肉・腱に分け、骨も砕いて髄を取り出す。

皮を鞣すついでに脂肪分をこそげとり、髄や腱、肉と一緒に鍋に入れる。

そのままでは臭くて食べられないのだろうが修行場の一角にある瓶に入っている自家製味噌らしき固まりを一緒に放り込んで味噌熊鍋を作り始める少年。


「父さん、食べるだろ?」


「ああ、食うぞ」


余分な会話が一切ない。

親子と言うか格闘家の師弟のような不思議な雰囲気を作りながら鍋が煮えるのを待つ2人。

肉ばかりじゃ味気なかろうと男のほうが、


「これも入れろ」


と差し出すギョウジャニンニク及び野草。

熊肉ばかりの鍋に、たっぷりの野草が入り、結構見た目は豪華な鍋が出来上がる。

熊の血抜きは出来ているのだろうが殺したてで臭いはずの肉はニンニクと味噌でそれほど臭くなく、たっぷりの野草で美味くできていた。

大きな鍋で、それこそ10人前近くあったものを、この2人で食べ尽くすと、しばらく無言の対峙が続く。


「待たせたな、太二。降りるぞ、町に行く」


しばらくぶりに会った親子の会話とは思えぬ言葉を十数分後に発する男。

太二とは、もしかして少年の名前か? 


「ああ、分かった。この山じゃ僕の相手になる奴もいなくなったようだし。で? どこの道場に喧嘩売るの? それとも反社会団体を潰すのかい?」


脳筋そのものの物騒なセリフを吐く少年。


「違う……お前の教育、修行の次の段階だ。肉体の修行は充分。次は常識と学問だ」


男は意外な事を言い出す。

この男は平和な世の中で戦国武将でも作り出すつもりか? 

それとも某世紀末覇者でも養成しているのだろうか? 


「修行の次の段階……分かった。頭脳を鍛えるってことだね。基礎は父さんから教えてもらってるけど学校は久々だな」


「そうだな。それと、気をつけろよ。お前の力じゃ、どうやって手加減しても中学生など雛鳥扱いにしかならん。まあ、それも考慮して学校のほうは選んだつもりなんだがな」


「ふーん、面白そうだね。実用のみの筋肉と技しか身に着けてないから町で出会うやつが楽しみだよ……」


親子揃って山を降りる。

髪を切り、ヒゲを剃り、ボロボロだった修行着をスーツと学生服に着替えると、それなりに社会人と学生に見える。

ただし太二くんの体格では、とても中学生に見えない。

すれ違う人全て、


「どこの大学応援団かしら? 着こなしが上手よね」


などと噂をしている。

父親は役所へ届けを出して少年を学校へ通わせることになる。

家も何処から金銭を都合したのか二階建ての一軒家を用意していた。


「さて、明日から編入する学校だが……お前の肉体状況にあう中学となる。喜べ、特別クラスの進学校だ。力が強くても何にもならない学校だからな、頭の出来が優劣を決める。劣等クラスは厳しいことになるようだから……頑張れよ」


ニヤリと笑う父親に、やられたと思ったが太二くんは何も言わない。

明日からは違う意味での戦場……

そう思いながら久々の柔かいベッドと布団で寝る親子。

初登校の日が来た。


「太二、分かってるだろうが、お前の力は人間離れしてる。何の気なしに振るった力でも、お前クラスだと簡単に死ぬから充分に考えてから喧嘩しろよ」


「嫌だな父さん、身にしみて分かってるよ。お隣のドーベルマン、可哀想だったなぁ……」


引っ越しの当日、お隣で飼われている大型犬、ドーベルマン二頭が太二が無意識に出していた殺気に反応して突然に襲いかかってきた。

太二くんは軽く払ったつもりだったんだろうが二頭揃って吹っ飛ばされ、その後、犬小屋から出てくる気配がない。

お隣のご主人には、あの二頭は躾が出来なくて困ってたんです……

などと逆に感謝されてしまったが太二くんは自分と周囲の力量の違いを認識せざるを得ない結果だった。

見た目には筋肉モリモリの体型ではないため余計に見た目と実力のギャップが凄い太二くん、朝食を食べ終えて学校へ。

初登校は先方より少し遅い目で、などと言われていたため始業時間を少し過ぎてから校内へ。

教師に誘われて太二くんは教室へ入る。


「えー、みんなに転校生を紹介する。楠見太二君だ。ほら、楠見くん、自己紹介したまえ」


教師に言われ、太二くんは黒板へ自分の名前を太書きで書く。


「……っと。楠見太二と言います。小学校3年の頃から父さんについて、とてつもない田舎で暮らしてました。常識が分からないことも多いので、皆さん、どうかご指導お願いします!」


……ド田舎で暮らしてた田舎者という先入観を持っていた担任教師、太二くんのハキハキして世渡りの上手さを感じる挨拶に違和感を感じる。


「太二くんの席は、あそこに空いてる席があるんで、そこに。少し聞きたいんだが君の会話の上手さのようなものは、お父さんから習ったのかい?」


問われた太二くん、


「あ、はい。父さんは無口なほうでしたがティーチングマシンが基本教育は全て教えてくれましたので。ただし今の社会常識は社会生活の中で学べと、父さんが学校へ通わせてくれたんです」


「ティーチングマシン? 斬新な教育方針だったんだね、君の家庭は」


「あ、はい。斬新と言うか鬼と言うか、あれは人間じゃなかったと言うか……」


太二くんの瞳から光が消えて、闇が溢れ出しそうになる。

あわてた担任、


「あ、すまん。辛い思い出だったようだね。落ち着いて皆のレベルに付いてこれるように頑張ってくれたまえ」


その後は普通の授業風景……

になるかと思いきや。


「楠見くん。永語は私が教えるレベルどころじゃないな。きみ、普通に外国人と会話が出来るレベルじゃないか?」


「あ、はい。永語読語井語布津語に駐獄語は方言まで入れて5種類、一応、人工言語も会話は可能となってます」


教師のため息が教室に響き渡る……

かと思えば……


「く、楠見くん! 今の時間は複素数という概念を教えてるんであって……」


「はい? ですから虚数空間の実在証明と、それを基本とする空間エネルギーの予測値を……」


「いやいや! それは中学じゃない! 高校どころか大学院で教授レベルの人たちが議論するレベルだろう! 無茶苦茶だな、君の身につけた教育レベルは……」


また、別の時間。


「えーと……楠見くんは、これからは私の補助をしてもらおう。まあ運動能力は私の数倍あるんだろ?」


「あ、はい。指立て伏せが数100回できるくらいですが」


「はぁ……そうですか。君、中学へ来る意味がないんじゃないか?」


「いえ、先生。父さんが学校は友人を作る場だと言ってました。僕は、そのつもりで来てます」


「あ……まあ、そうなんだろうな」


放課後、校長以下教師全員と教育委員会の会議により、太二くんは飛び級で次の日から中学三年の教育を受けることとなる。

あまりに太二くんの能力が高すぎて中学では教えきれないと結論付けられた。

中学三年なら大丈夫かと言うと、それでも飛び抜けすぎているとは思うが。

一ヶ月後、試しに大学の入試試験問題を太二くんに解かせてみたが、あっさりと満点を叩き出す。


「父さん、僕、もう学校へ行かなくても良いって言われたよ。大学も卒業資格ってのを貰えるらしいんだ」


あまりに突出しすぎた能力を持つ太二くんを受けいれるだけのレベルにある学校は、どこにもありませんと教育関係の官庁がお手上げ状況を宣言するのは、その数日後。

父親が、どうしても学校へ通わせたいと役所へ文句を言ったら、その返事として官庁から大臣名入りで詫び状が来た……

太二くん、社会人になっても良かったんだが、結局。


「父さん、僕、来月から大学院生だって。教育義務期間だから、どうしても教育は受けないといけないんだって役所の人が言ってた」


「そうか……まあ、最高学府ですら、お前の知識量にはかなわんだろうがな。あと4年と少し、大学院で研究に没頭するのも良いだろう」


という事で太二くんは某国立大の大学院へ通うこととなった。

さすがに一人住まいはいかんだろうと言うことになり父親である楠見もついてくることとなり、某大学の近所にマンションを買う。


「父さん? アパートでも良かったんだよ? なんでマンションなんか買うのさ?」


「まあ、将来のためだ。4年後、お前が18歳を過ぎて成人したら、ありとあらゆる企業が、お前を個人指名して来るだろう。ある程度、覚悟しとけよ、太二。社会人になるにしても、どの企業に入るか、または自分で会社を立ち上げるか……学業が終わったら否応なく決断することとなるからな」


「……分かった。この4年と少し、存分に学生である事を楽しませてもらうとするよ」


大学院側も準備があるとのことで入学には少しばかり時間がかかる事が判明。

一ヶ月ばかり入学時期が遅れるが、それまではキャンパスにも自由に来てくれて良いと大学側から許可をもらうこととなった。


「ふーん、ここが最高学府かぁ……あ、大学じゃなくて大学院だったな、僕の通うのは。少し授業風景をのぞいてみるかな」


大学院の中を見学しようと……


「君、高校生? 大学生? ここは大学院だよ。大学は、あっちだ」


警備員らしき人物が太二くんを見つけて注意してくる。


「えーと……僕、来月から、この大学院に通うんですが。聞いてませんか? 特別に大学院に通えることとなった13才の楠見太二ですが」


「あ! これは失礼しました。聞いてます、聞いてます。事前にキャンパスを見てるんですね。凄いですなぁ、ウチのドラ息子に、あんたの爪の垢でも飲ませてやりたいですよ」


いえいえ、それじゃぁ……

と警備員に言って太二くんはキャンパス内をぶらつく。

ちなみに今の太二くんの服装はジーパンにセーター。

警備員に高校生か大学生と言われたが傍目には、もう成人前とは思えない。

もう少し筋肉が太ければ、より力強く見えるんだが、こればかりは体格と体質のせい。


「セイ! セイ! トォ! トォ!」


やけに勇ましい掛け声が聞こえてくる。

太二くん、興味をひかれてそちらへ。

何をやっているかと思えば、


「ふーん……格闘技かぁ……」


太二くんの視線を感じたのか主将らしき人物が太二くんに声をかけてくる。


「おや? 俺達の総合格闘技部に興味があるのかな? 少し見ていくかい? それとも一緒にやってみる?」


「僕、少しは鍛えてるんですが……少し、お手合わせを願えればと……」


「うーん……君の筋肉量だと、あまり上級者では差がありすぎるしなぁ……女子部の人とやってみるかい?」


「いえ……できれば主将と少しでもお手合わせできれば嬉しいんですが」


「知らないよ。まあ手加減はするが」


道着を借りて、手を守る薄い指ぬきグローブをはめる太二くん。

主将も試合の道着に着替えている。


「君、白帯? 経験者だから青とか緑だと思ってたんだが?」


「父さんが、お前に色は早すぎるって白のままなんです」


はじめ! 

のコールで手合わせという名の試合が始まる。

主将はローキック一発で太二くんが沈むだろうと踏んで6割ほどの力でローキックを放つ。

太二くんは楽々と躱し、ハイキック一発! 

主将の顔面数cm前でピタリと止まる。

本当なら一本だ。

主将の顔色が変わる。


「こっちが手を抜いていたんじゃなくて、そっちが手を抜いていたとは……これからは本気でやらせてもらうよ、名無し君」


「いや、名乗る暇がなかっただけで。楠見太二と言います。本気で来てください、人間とやるのは久しぶりなんです」


主将が本気になったと他の部員たちは知った。

あいつ気絶で済めば良いんだけどな……

でも楠見? 

どっかで聞いたぞ……

主将の得意技、ローキック! 

しかし、その速度も威力も先のものの比ではない。

さすがに太二くんも、これは避けられない……

というより元から避ける気など無いようだ。

がっしりと腰を落とし主将のローキックに対してカウンターのローキックを放つ! 

ガキン! 

とても人間のたてる音と思われぬ音が聞こえた。

落ちたのは主将。


「足首が折れたようだ……単純骨折だから、すぐに治るとは思うが……すまなかったな、君の技のほうが上だった」


部員の一人が、

あ! 

思いだしたと、


「楠見太二! 幻の世界一って言われた、あの楠見師範の息子じゃねーか?! 義理の息子だと聞いたが、やはり獅子の息子は獅子か」


「あ、父さんのことを知ってる人がいましたか。ちなみに父さん、今でもしっかり現役ですよ。この間も羆を4頭倒して熊鍋パーティーやったって言ってましたんで」


主将は部員が担架で救護室へ運んでいった。

太二くんは興味が失せたように他のキャンパス活動を見回ることとする。


太二くんが次に向かったのは理論物理学教室。

自分の知識が実際にはどの程度かを知りたいためだ。


「父さんは現役理論物理学者程度には詰め込んであるって言ってたけどなぁ……」


など呟きながら、お目当ての理論物理学教室へたどり着いた。

トントン、とノックを欠かさないのは父親に躾けられた礼儀の賜物。


「どうぞ」


という返事で太二くんはドアを開けて中に入る。


「お、新入生……にしては若すぎるような気がするな。大学の方の新入生だと言っても良い位だが……もしかして飛び級で入学許可された楠見くんかな?」


さすが教授と呼ばれるだけのことはある。


「はい、お初にお目にかかります。来月から、こちらの大学院に通わせてもらいます、楠見太二と言います。今日はキャンパス巡りで事前調査に来ました」


「ははは、事前調査とはな。飛び級と聞いたが実際の年齢は?」


「はい、13歳です。あと3ヶ月ほどで14になりますが」


「俺の息子より若いのが大学院生とはな。天才は何処まで行っても天才ということか」


教授は来年大学受験の息子に比べて圧倒的に若いが世慣れしているとも言える太二くんに好感を持つ。


「すいません、今日は自分に合った研究室や同好会を調査に来てました。この理論物理学教室、面白そうだなと」


「ん? 感心なことだが、ここは最先端の理論物理学研究室だぞ。少なくともアインシュタイン物理学くらいは理解していないと、とてもじゃないが理解不能となるが?」


「はい、分かります。ところで……その、ホワイトボードに書かれてる数式、超空間の証明式じゃないですか?」


「え? これひと目見ただけで、これが何を意味しているのか理解できるとは……もしもだが続きを書けるなら書いてみるか?」


教授は、そう言ってマーカーペンを太二くんに渡す。

太二くんは少し考えるように動きを止め、そして一気に書いていった……


「っと。はい、これで証明終了です。超空間にはエネルギー以外、何も存在できないという証明式ができました」


途中から教授すら追いつけない速度で書きなぐっていた太二くん。

ボードの表だけでは足りず裏もびっしり書き尽くして最後の一行でボードは真っ黒になっている。


「君、もしかして超空間そのものを理解してるんじゃないか? もし、そうなら、ここに、この次元から物質が入り込んだらどうなるか分かっているのかい?」


太二くん、決まりきった事を聞くなぁとばかり、


「当然のことですが、はじき出されます。その物質が持ってる運動量やエネルギーは、そのままで。つまり超空間を使って跳躍、ジャンプするってことですね。アインシュタインの光速度限界を越えず、そして一瞬にして数万光年を移動できる数式として、これが理論的な裏付けとなります」


「おお! これで人類は、ついに宇宙への扉を手に入れた事になる! まあ、これを実証しなくてはならんから、まだまだ先は長いがな」


「では失礼します、教授。次を見回りますので」


ちょっと待ってくれ! 

という教授の声を背後で聞きながら太二くんは次に気になっていた次世代ロケット開発室へ向かう。


「ここかな?」


キャンパスから少し離れた場所にある、広いことは広いが測定器や旋盤、NCマシンなどが所狭しと並ぶ町工場のようなところへ。

ドアをノックすると入って良いとの返事が。


「失礼します、来月から大学院生となります楠見太二です。今日はキャンパスへ事前調査に来ました」


ここでも若い太二くんは歓迎される。

広い工房内部を案内してもらう太二くん。


「ここでは次世代ロケットを研究している。こいつがあれば隣の惑星へも3ヶ月で到着することが可能だ」


説明役は二年の宇宙工学部の大学院生。

こいつが今現在、一番速度が出るロケットだと聞いた太二くんは、


「ふーん……ロケット型ですよね。そうすると加速と減速が急激すぎて専門に訓練された人たちでないと耐えられませんね。提案ですが宇宙ヨットや光子帆船なんて選択はないのでしょうか?」


「君、ずいぶんな空想力があるね。残念ながら両方共、実現するには工学的なブレークスルーがいくつも必要だ。光子を利用する帆船やヨットは確かにロケット方式よりも加速は緩やかだが最高速はとてつもないだろう。だがね……帆を構成する物質が、とてもじゃないが今の工学技術では作れない。数kmもの帆を作ろうと思うと絶対に脆弱なものになりかねんのだよ」


「ふーん、そうですか。じゃあ、次善の提案でフィールドエンジンはいかがでしょう? ただし、これもエネルギー源が問題となりますけど」


「理論的にはフィールドエンジンは作ることが可能だね。ただし膨大なエネルギーを使う駆動方式になるから、そこが一番の問題となるだろうなぁ……」


実は太二くん、解決方法も提案できるが、さすがにこれ以上は文明の超加速になりかねないと自重する。

ちなみに父親から、


「くれぐれも、やりすぎるなよ。お前の頭の中に入っている知識は、この世界を数千年先の未来へ連れて行くことができるほどだ。一挙に数千年分も技術や知識が上がっても、それを無難に使いこなせる精神が無ければ、ただのエネルギーの暴走になりかねん。この星を滅ぼしたくないなら知識は小出しにしろ」


今日ほど父親の忠告が身にしみたことはなかった太二くんだった。


太二くん、ついに大学院に通うこととなる。

事前調査時に、かなりやりすぎたせいで(自分じゃ自重したつもり)大学院側は受け入れカモン! 派と、とてもじゃないが、こんな天才は扱えません! 派に分かれてしまって、太二くんは受け入れカモン! 派に行くこととなる(自分はトラブル起こしたいわけじゃないと太二くんは思っているんだが周囲はそう思わないようで)


「おはようございます、楠見太二です。今日から、よろしくお願いします!」


工学部と理論物理学部の両方の研究室で研究生として受け入れてくれたので太二くんは両方で研究生活を送ることとなる……

んだが……


「楠見くん、ちょっと来てくれ。君の意見を聞きたいんだが、この数式から導かれる結論は、これで合っていると思うかね?」


「あ、はい。超空間への突入式ですね。実際には最低でも光速度の2割程度が必要だと思いますが問題は突入時の物体が持つエネルギー量ですね。最低量でも突入は可能ですが超空間突入から飛び出し……仮に跳躍航法と名付けたいと思いますが……跳躍した後の航続距離、つまり跳ね返される移動量は、その物体が持つエネルギーに比例すると計算されます」


「ふーむ……やはり、そう結論されるか。超光速理論としての穴はないし、これを論文として発表するのに異論はないかね? 楠見くん」


「はい、教授。異論はありませんが、論文の共同執筆者には僕の名は入れないほうが良いかと思います」


「何故だ? 私のほうが君から教えてもらって完成した跳躍理論だぞ?」


「僕が若すぎるからですよ。成人してないどころか15歳にも達してない子供が最新理論の共同執筆者では教授が恥をかきかねません。今は単独執筆としたほうが良いかと思うんです」


「ううむ……それはそうなんだが……惜しいよなぁ、これが発表されたら世界物理学大賞受賞間違いなしだぞ」


教授の難しい顔を見ながら太二くんは、


「では教授。僕は工学部へ向かいますので」


あ、待ってくれ! 

の声を後に太二くんは工学部教室へ。


「待ってました、ニューホープ! 楠見くん、とりあえず3DCADで描いてみたエンジン構造図なんだが、どう思う?」


「はい、だいたいは良いですね……細かい所の修正で、この変換器は、こちらへ取り付けて。後は光子を捉える帆の展開装置なんだけど、もっと性能の良い計算機を使用してください。そうしないと、この面積では時間がかかりすぎて展開や収納が実用的じゃないですよ」


「うーん、そうか。提携してるメーカーから最新チップを提供してもらおうかな。最新チップなら扱える情報量も100倍になるらしいんで」


「それが良いですね。ちなみにOSは何になります?」


「そうか、それが問題になりそうだな。できればUNIX系にしてくれと注文付けてみるが後はメーカー次第だからな」


「はい、特殊なOSなら僕にまかせてください。専用OSを開発してみますんで」


「専用OSの開発を趣味の延長みたいに軽く言うなぁ、君は。OS開発やってる研究室もあるってのに」


「僕専用の開発ツールもありますんで、そんなに時間も手間もかからないです」


「軽く言うけれどねぇ……これだから天才は」


「手間が減るのは良いことですよね? それで良いじゃないですか」


「担当者が納得するなら良いんだけど……いっそ、メーカー担当者と話してみるか?」


「あ、それ賛成します。開発時間が短縮されますからね」


「なんだそれ(笑)メーカーとの折衝、普通は汗だくなんだがなぁ(笑)」


太二くんには何か心づもりがあるようだが。


「まあ任せてくださいな、教授。こう見えても外部との折衝は得意なんですから」


「任せる。とは言うものの未成年に重要プロジェクトの折衝部分を全面委任するのは責任者としていかがなものかと思うがね。君以外に適任者がいないという、自分が教えているはずの院生に信頼が持てないのは教育者の端くれとしてどうなんだろうかね(苦笑)」


太二くん、早速何か時代を越えた物を作り出す予定だとみえる。

しかし、これが最初だとは大勢が思ったが、様々なものが出てくる最初だとは、さすがに思っていなかった……


学院の研究員となり好きなだけ研究して良いと政府よりお墨付きを貰った太二くん。

今日も今日とて……


「ふーん……ここがロボット研究室か……」


太二くんが今いるのは産学軍共同で研究してる今流行りの最先端産業ロボット研究室。

そこでは、ようやく二足歩行の研究が完成し、次は人工知能を搭載して自分の意思で行動するロボットを作り出す事に没頭していた。


「こーんちわー。楠見太二と言いまーす、ここの研究室の見学に来ましたぁ」


なんだ? 

新入生が入ってくるような研究室じゃないぞ? 

おい、あいつ理論物理学と工学部に所属した例の天才児じゃないか? 

様々な声が飛び交い、研究室の主任が出迎える。


「やぁ、今や我が大学と大学院では君のことで噂にならない日はないんだよ。ようこそ最先端のロボット研究室へ」


「はい、今日は見学に来ました。何かアドバイスでもできることがないかと思いまして」


「え? 失礼だが君の本職の研究は理論物理学と工学じゃなかったか? ロボットは、そんな簡単なものじゃないぞ」


「はい、承知してます。最先端の研究成果の見学と、その改良点をお教えできれば良いなと思ってます」


「そうか。まあ、いくらでも見ていってくれ。天才児のアドバイスなら喜んで受けようじゃないか」


案内に助手の一人を付けてもらい太二くんはロボット研究室の成果と現在を見て回る。

興味が湧いたのはロボットのOS部分。


「OS、何を使ってます? 人工知能系のOSですか? 重すぎません?」


助手は最新のロボットに使われているOSのタイプとバージョンを検索し、太二くんに向けて表示する。


「ふーん……人工知能系ですね、やっぱり。メモリも充分だしCPUも充分な速さを持ってるし……ちなみに自己意識の発現は? あ、やっぱダメですか」


太二くん、そこら辺にあるメモ紙を取り、サラサラサラと何か書いていく。

書くところが無くなったのか次、又次とメモ用紙が消費されていく……


「ふぅ……やっぱ、こんなもんか。助手の方、これを主任あるいはここの責任者である教授に渡してください。ロボットに自己意識もたせるのって意外に簡単なんですよ」


最終計算用紙を貰った助手君、慌てて主任研究員の元へと走る。

それを受け取った主任、さぁっと顔色が変わる。


「おい、助手君! 楠見君は、あの天才児は今どこにいる? 喫茶室でコーヒー飲んでるって? 分かった! 俺が行く!」


一瞬で太二くんの書いた計算式の意味が分かる主任も凄いと思うが、ともかく数分後には主任が太二くんとテーブルを挟んで対峙している。


「楠見くん、この計算式の意味するのは……ロボットが自分の意志で動き出すってことだよな? これ、可能だと思うか? 可能だとするなら、その手段も……」


主任の言葉を遮るように太二くんは、おもむろに口を開く。


「主任さん。僕は、その方法を知っています。OSは何でも良いのですが、できれば人工知能系の最新型が良いかと。で、そのOSが走る前、ブートローダーの次に、とある条件を三つほど付けてやるだけなんですよ」


主任、唖然として口からダバダバとコーヒーが漏れている。


「あ、すまん。しかし本当に、そんな前提条件三つだけでロボットに意識が芽生えるものなのか?」


「はい。これは様々な銀河で……いや違った、父さんが試行錯誤の末に見出した秘訣らしいです。父さんの会社では、もうすでに数体、自己意識を持つロボットがいるようですね」


「なんだとぉ?! この研究室より楠見コーポレーションのほうが……いや、予算としたら、こっちの数百倍以上あるのか、あっちは。そう考えると当然かも知れないな」


この会話より数ヶ月後。

この大学院の研究成果として全世界初のリアル思考型ロボットが生まれることとなる。

しかし共同研究員の名前の中に楠見太二の名はなかった。


「何故だ?! 君のアイデアとアドバイスで生まれたんだぞ、こいつ。アムート01号、こいつのネーミングすら君のアイデアじゃないか。なぜ、そんなに固辞するんだ? 楠見くん」


「固辞してるんじゃなくてですね……メインのアイデアは父さんが実現させてるし、僕は、それを簡素化しただけ。それに未成年を共同研究者として出したら信頼性がなくなりますよ?」


「う、いやまあ、それを言われると弱いんだが……しかし、本当に良いのか楠見くん。この方式、理論特許すら取れると思うぞ」


「その栄誉は父さんに与えられるべきでしょう。でも父さんは、そんなこと微塵も考えてないと思います」


一年後、細々としたバージョンアップをして細部の動作を完璧としたアムート10号は大々的に世界中に発表、公開される。

チューリングテストを行っても、あまりに細分化した疑問すら瞬時に回答するアムート10号に全世界の科学者やロボット工学者は、ついにロボットに自己意識が芽生えたと認めるしかなかったとワールドニュースが発表した。


太二くんが大学院に異例の飛び級学生として入学してから一年が過ぎる。

その間、某大学院が発表した研究成果として、およそ数百件の未来技術があった。

その研究論文には、どの執筆者の欄にも楠見太二の名は書かれなかったが執筆した教授や助教授、研究者グループの間では幻の主任研究者として楠見太二の名前が語り伝えられることとなる。


「はぁ……どうして、こんなに遅れた科学技術と論理、古臭い常識で世の中ってのは動いているのかなぁ……父さんじゃないけど一流企業の会長職に収まって世捨て人のようになるのも分かるような気がするよ」


太二くんの愚痴である。

いつまで経っても新しい視点と理論で世の中を見られない人々が多ことに彼は多少、苛立っていた。


「そうだ。僕が使ったティーチングマシン、あれを世の中に出せないものなんだろうか……父さんに聞いてみるかな」


この一言で、その後、全世界が衝撃を受けることとなる事象が発現する。


「父さん、今日はお願いがあって来たんだけど」


太二くんがいるのは楠見コーポレーションのビル最上階。

ここは会長専用執務室としてフロア全体が確保され、例え社長と言えども許可なしには入室できない(そもそもエレベータが停止しない。ちなみに屋上には普通に停止し、誰でも出入りできるが階段すら通常は閉鎖されてフロアへの出入りは禁止されている)

しかし太二くんは例外のようで個人認証(声紋と網膜パターンの2段階)をパスすると乗り込んだエレベータで普通に最上階へ行けた。


「何だ? とりあえず、お前の頭の中にある知識で、この星に有益だと思うものは公開して良いと言ってあるだろう? それだけじゃ不満か? しかし、それ以上はダメだぞ。この星の生命体に超光速エンジンの秘密を明かすのは、いくら何でも無謀だ。未だに数百の国家単位に星が分かれているのでは跳躍航法が現実になったら辺りの星系が根こそぎ侵略されかねない」


「いや、父さん。跳躍航法の実現化じゃないよ。実は……」


「ほう……教育機械に目をつけたのか。実はな……お前が教育機械のことに、いつ気がつくのかと俺も興味があった」


楠見はニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「子供の頃から使ってたからね、ティーチングマシン。今更ながら、あれが、とんでもない代物だと気がついたんだ。父さん、あれ、実は教える知識の程度もコントロールできるでしょ。5歳の頃と12歳位の頃の知識のレベルが圧倒的に違ってたのを今更ながらだけど思い出したんだよ」


「ほほう、気づいたか。確かに、あれを使えば、この星の生命体の教育程度や常識を一挙に数百年は進められる……まあ、それを使いこなせるかどうかは別問題なんだがな……それこそ、その文明の精神の習熟度、成長度の問題となる。確かに、お前の計画通り、教育機械を使えば数百年ではなく十年ほど進んだ世界にすることも可能だ。あれには宇宙文明に必要な全知識が詰められるが、その一部だけ抜き出して、その文明や生命体に必要なものだけを選んだカスタム教育を施すことも可能だ」


「じゃあ、教育機械の普及には賛成してくれるんだね、父さん」


「大論としては賛成だが個別には注文をつけたいね。ちょっと待ってろ……あ、フロンティアか? ちょいと会議を開きたいんだが宇宙船以外の全員が来ることは可能か? ……大丈夫? じゃぁ、ここのポイントへ送ってくれ」


数秒後三人の生命体と一人のロボットが転送されてくる。


「久々だな、エッタ、ライム、プロフェッサー、そして、郷。早速だが息子の意見を聞いてくれ」


「おお、これが我が主が養子縁組した子供でしたか。確か太二くんでしたな。お初にお目にかかります、我が名はプロフェッサー。今後共、よろしく」


「きゃー! かわいい! いくつ? 一五才! キャプテンのシゴキ、きつかったでしょ? あの人は手加減を知らないんだから……あ、あたしはライム! よろしくね」


「私はエッタ。ご主人様のお世話が出来なくて欲求不満だったのよ。ご主人様? 太二くんをお世話しても良いですか?」


「俺の名は郷。師匠は、なかなかクルーを増やさないんで気になってたところだ。君も大宇宙に興味があるなら俺たちと共にガルガンチュアのクルーになれよ」


赤ん坊の時には会ってるはずなんだが太二くんには記憶がない。


「まあ、市役所の前に捨てられていた僕を父さんが引き取って、そこから今まで育ててくれたんだから僕としては感謝しか無いんだけど。お初なのはプロフェッサーさん? 後の三人は十年以上ぶりなんですよね、確か」


「そうだ。お前を引き取って、この三名の大反対のもとに俺が育てた。郷など、今でもガルガンチュアでクルー全員で育てるべきだったと思っているようだが」


「その通りです、師匠。今でも、今すぐにでも太二くんはガルガンチュアへ転送すべきだと思いますよ、俺は」


「まあ参考意見として聞いておくよ。俺には俺の教育方針があるんで、それを曲げるつもりはないが」


その後、太二くんの意見を全員で検討し、話し合う。

結論として……


「く、楠見くん! このティーチングマシン、教育機械……どっちでも良いが、これを世に出すというのは本当かね?!」


学長が、この教育機械を世界に向けて発表したいという太二くんの発言を受けて、急遽、太二くんは学長室へ呼び出されることとなった。


「はい、学長。僕は、この世界の教育水準は低すぎると思っています。全般的に引き上げないと幸福か不幸どころの話じゃなく考える基準すら持たない人たちが減っていきません」


太二くんの発言は正論。

しかし、大学と大学院としては、


「しかしなぁ……この実証実験を見学させて貰ったんだが新入生が大学院卒業のレベルにまで、わずか数時間で達するということじゃないか。これが発表されたら学校や教育というものの根本的な概念が揺らぐ恐れがあるんだよ。とは言うものの確かに教育機械の有用性は確認されとるし……」


考え込んでしまった学長に対し、太二くんは、


「学長。こう考えてはいかがですか? 教育機械ってのは、ベースを提供します。教育機関というものは本来は学問そのものを追求する機関だったはずですよね。教育機械は全ての被験者に高度なベース教育を施します。それからの研究や理論展開は、それこそが学校という場の本来の役目ですよ」


学長は不承不承だが納得する。

数ヶ月後、教育機械が発表される。

一部の国家やメディアからは洗脳機械ではないかと謂れのない中傷を受けたが、数ヶ月でそんな偏見に満ちた中傷はなくなる。

通常の授業よりも圧倒的に授業の進み方が早くなり、生徒の心身的負担も軽くなる。

なによりも教師の質の心配をしなくて良いことが文部科学関係の官僚や大臣に理解されると教育機械は、その価格にも関わらず、あっという間に全世界に普及していく。

数が多くなると価格も下げられて、更に導入する地域や国家が増えていく。

数年後になるが、この教育機械で育った子どもたちは変な偏った思想や宗教に汚染されることのない精神を持っているということが確認され、テロリストやテロ宗教などから憎しみの対象とされるが、その他の国や地域、人民からは両手をあげて歓迎されることとなる。

しかし、実は、このカスタム化された教育機械の機能には、もう一つ隠された機能があり、それがじわじわと広まっていくのは誰にも気づかれなかった……


ティーチングマシン、教育機械。

どのように呼ぶかは自由だが、普及と共に精神の変革も起きていた(顕在化はしていなかった……それが顕在化するのは数年後になる)

教育機械が担当したのは主に記憶領域の整理整頓。

カスタム化した多数の教育機械は、ほぼ予定通りの性能をあげ、子供から大人まで(脳萎縮が始まった老人にも効果があることが判明し、治療用として更にカスタム化した教育機械が造られることとなる)が一気に数レベルも知能指数がアップする。

面白い効果があると確認されだしたのは教育機械が小学校へ導入された数年後のこと。

その頃には、もう職業別や年齢別のカスタム機は社会へ浸透していき、小中高の学校へも正式導入が決まろうかという時期。

面白い効果とは実験的に小学校へ導入されたカスタムされてない標準版の教育機械を使った子どもたちに発生した。

ごく少数ではあるが(数%)テレパシーやサイコキネシス等のESP能力が開花した。

普通に知能指数はレベルアップし、通常の授業として進められていたが、この知能指数も異常にレベルアップする子どもが出現する(ESP発現より数は少ないが、異常として報告されるほどに超天才となった子供が、ごく少数)

この報告により社会は、その対応に追われることとなる。

後追いではあるが法律すらも改正する必要となり十年ほどゴタゴタしたが、なんとか超常能力を持つ子どもたちを社会に取り込むことに成功する(奇跡的に超常能力を持つ子どもたちには犯罪者がいなかったのが良かったと思われる。IQ300超えなどという超天才が犯罪者になったら、とんでもない事件が続出しただろう)


時間を戻して……

太二くんは大学院の2年生を過ぎ3年生となる。


「太二、お前の学生期限は残り2年だ。社会への貢献はもう充分だろう……さて、お前は何がしたいのかな?」


ここは楠見コーポレーション会長室。

定例会議ではないので室内にいるのは太二くんと父親の楠見、2人だけ。


「父さん、僕は宇宙へ出る前に、この星をくまなく回ってみたいな。大学院へ再度確認してみたら僕の卒業論文に関しては、もう提出済みとなっているようなんで、あとは最低限の出席日数とレポート提出が定期的にあれば良いとなるようで。何か移動手段となるようなものが欲しいんだけど」


「よし分かった。ちなみに運転免許って……あ、まだ成人に届いてなかったか。ふーむ、どうするかなぁ……完全自動化したバイクや車が良いかな? ヘルメットがあるのなら、バイク型が良いか? ちょっと待ってくれ、太二。免許規定を確認するから……お? 二輪じゃ無理? 3輪なら完全自動化すれば免許的には問題なしと? ありがとう、秘書君……ということで、太二。お前の移動手段は完全自動の3輪バイクとなった。車じゃないから雨には気をつけろよ。まあ優秀な人工知能つきだから大丈夫だとは思うが」


数日後、太二くんの目の前にはハンドルが異様に目立つ3輪バイクが。

エンジンもあるようだが基本的に3輪のインホイールモーターで駆動される電動バイクに近い構造。


「マニュアルも、きちんと整理されて付属してるな……何なに? この3輪バイクは基本的に燃料不要? 自身が移動する際に大気を少量取り込むようになっており、それを燃料とする、か。父さんも試作機を息子に与えるってのは、どうかと思うがなぁ……使用レポートは3輪バイクに装備されてる人工知能が自動的に作成して会社に提出するので僕は何もすることがないと……走行もバイク任せで大丈夫……気分で基本ルートを外れるってことは認められないのかな? ……あ、免許が取れれば、この制約は解除可能ということか。んーと……ルートを設定後、走行は自動モードのみでバイクに乗るだけが僕に可能なことってことだね、つまり」


もう少し成長しないと、さすがに15才ではバイクも車も免許は取れない。

車は? 

と太二くんは父親に聞いてみたが完全自動でも4輪は社会良識に照らしても子供が一人で乗るには……

と言われて引き下がるを得なかった(3輪バイクもどうかも思うが、どうせ1年後にはバイク免許も取得可能年齢となるし、とのことだった)

太二くん、自分で警察署に行き、細かい道路交通法を確認する。


「はあ、完全自動なんで僕の意思が関係しない方法での乗車ならパッセンジャー扱いと。3輪バイクで車扱いですが安全面は会社からのお墨付きなんですが……ああ、ハンドル操作も僕の意思としては関わりません。ハンドルは、あくまで掴まるバーとしての部品扱いだそうです」


ラジコンバイクの人形みたいなもんです、という説明で警察も渋々ながら納得。

無事にナンバープレートも発行され、足の確保はできた。


「それじゃ行ってきます。定例会議や大学院のレポート提出日には戻ってくるんで」


「気をつけてな、太二。とは言うものの、お前を傷つけられるものなんぞ数えるほどしか無いと思うが……お守りは持ったな?」


「父さんも、こういう時には古いね。貰ったお守りは首から下げてるよ。親心だと思って、ありがたくいただきます」


「ん、それじゃ。思う存分、この星を見てこい。金や資格とかは考えるな。そのへんは俺と会社でなんとかしてやる」


「あははは、この3輪バイクで充分なんだけど(笑)持つべきものは金と頼れる親ってね。その点では、お世話になります。じゃ!」


まずはフェリーポートへ行こうと3輪バイクの行き先を設定し、走り出す太二くん。

彼の前途に待つものは? 


数ヶ月後……


「ただいま、父さん」


「おう、久しぶりだな、太二。テスト時期だから帰ってきたんだろうが、どこまで行った?」


「うん、ちょっと足を伸ばしてギヤマン高地まで行ってきた。あの三輪バイク、すごいね。ほとんど垂直の崖上りすら可能だし、エンジェリング・フォールの滝から落ちかけた時には短時間だけど飛行すら可能なんだね……おまけに人工知能まで附随しているから何回も無人で走ってきて救われてるよ」


「ほう、普通じゃ発動しない機能まで使えるようになったか……まあバイクがなくても、この星で裸で放り出されたって、お前なら生き延びられると思うがな。乗車記録のログを読ませてもらったが麻薬組織のでかいやつを三っつほど潰したって? そうするとヘルメットの隠し機能も働くようになったかな?」


「あ、そのことだよ、父さん。重さが5kg近くもあるようなヘルメットを与えられて、こんなのどうするんだろうと思いながら被ってたんだけど……あれ、何? 生命の危険が迫ると自動的にヘルメットから液体金属みたいなものが出て薄い全身スーツみたいなものができたんだけど?」


「ほう、そこまで危険な状態になったか。ありゃ、俺が過去に持ってた古代ガジェットの進化版だ。俺のは1t以上あったんだが、お前のはできるだけ軽くするように設計したんでな。その代わりと言っては何だが俺の持ってたヘルメットガジェットと違って何種類もの変身は不可能だ。しかし、所有者が危険な状況だとヘルメット自身が判断すると自動的に内蔵された特殊金属ポリマーが全身を覆うように流れ出るようになってる」


「え? 父さんのヘルメットの進化版? どっちかと言うと機能を削除された劣化バージョンのような気もするけど」


「そうでもないぞ、太二。お前も気づいたと思うが、あれが発動すると、お前の能力を数倍に高めてくれる。肉体的にも精神的にもな(ニヤリ)」


「あ、また黒い笑顔を作った。何か企む時は必ずと言っていいほど、その黒い笑顔を見せるんだから……確かに助かったけどね。マシンガン持った奴らに追い回されて、もうダメだと思ったら、ヘルメットから流れ出たもので身体中を覆われて、そのとたん、僕の身体が今までに感じたこともないような次元で動いたんだから。ありゃ、絶対に目で追うことなんか無理なスピードだったと思うよ。気がついたらマシンガンすら捻り潰してた。そうかパワーアシスト機能まであったのか。ちなみに防弾性もすごかったよ。対物ライフルで狙われても紙ふうせんが当たったかな? くらいで弾を跳ね返すんだから」


「硬い時にはダイヤモンド以上、柔らかい時にはスープカレー状態に近く、それはヘルメット自身が判断する。着用している者がどうするかヘルメットの人工知能が先読みするんで、お前はただ、ヘルメットを被って動けば良い話になってる」


「はいはい、そうでしたか……父さん、僕をテストケースにしたね? パワーアシストも僕みたいに地力があると数倍にアシストされた時に分かりやすく効果が発揮されると思ったんだろ?」


「ふふん、読めるようになったか。しかし、お前の精神的な能力は、まだまだだな。ヘルメットがアシストするのは精神面もだ。今回、肉体面でのアシストしか記録されていないようなんだが?」


「マシンガンの銃口が、いくつも向けられてて、その状況で落ち着いてテレパシーやサイコキネシスを使えと? 父さんや郷さん、他のガルガンチュアクルーならともかく、僕には、まだまだ無理だよ。以前、郷さんに聞いたけれど、父さんのサイコキネシスって星を砕けるくらいだって? そりゃ、もう人を超えてるよ。怪物、ドラゴン、神とかの領域じゃないのか?」


「ははは、よく言われたな、あっちこっちの星で。だいたいヘルメットガジェットを手放すことになった理由も、そのせいだから。ヘルメットのアシスト機能より俺のテレパシーやサイコキネシス能力が上回ったせいだ。で、譲った相手も実は別の俺だったりしたんだが……で、どうだ? 旅は面白いか?」


「面白いか面白くないかと言われれば面白いよ。金銭面じゃ父さんから渡されたブラックカード一枚で、ほとんどの国で買い物できるし。あれ何? 最高級ホテルにジーンズ姿で入っていっても、あのカード見せると対応が変化するんだけど。最高級の部屋に通されて、お支払いはカード決済にさせていただきますので、とか言われてお金要らない生活になってるよ」


「お前にとっちゃ使い勝手の良いカードだろ? 俺に金銭は不要だしガルガンチュアに至っては、それそのものが一つの惑星系みたいなものだし……ということでブラックカードは太二、お前専用カードだ。一応、プールする金額に上限はあるが使うごとに自動補填するから金銭的なことは考えなくていい」


「やっぱり、そういうことだったのか……楠見コーポレーションから、この前、楠見インダストリーに社名変更したろ? あれも事業拡大したというより、使いみちのない大金を仕方なく使うためだったんだね。あーあ、僕はただの金銭消費対象者に過ぎないのかぁ」


「いや、そうでもない。お前の消費動向は全てモニターされているから立派に会社の役に立ってる。お前、俺の教育方針に沿って育てられたからかもしれんが、あまり大金を使うような無計画消費じゃないだろ。カスタマーセンターでも消費者の中でも財布の口がガッチリ固い典型的な例として取り上げているようだぞ」


「まあね、子供の頃の修行時代にゃ町へ行く事自体が稀なことで本当に必要なものしか買って帰れなかったんだから。まあ父さんにゃ感謝してますよ色んな意味で。旅するようになってから、あらゆる意味で誘惑が多いけれど、それに引き込まれることがないのは自分でも良いなと思ってる」


そう言うと太二くんは大学院へ。

定期試験という合格点取って当たり前の儀式に臨む。

楠見は、


「少し外界へ出ると物欲や色欲の方が心配だったんだが、あの様子なら心配ないな。それにしても、せっかく渡したカード、もう少し使ってくれないと……これじゃ教育予算の使いみちがないじゃないか」


と、ため息を吐くのだった。

太二くんの定期試験終了。

彼は、また旅立つ。

それからまた、数ヶ月後。


「ただいま」


「おう、帰ってきたな。そろそろ年度替わりか。もう少しで最終学年だが、太二、お前に質問だ」


「何? 就職先かい?」


「違う、もっと根本的なことだ。後数年はガルガンチュアも、この銀河にとどまる。その先は未定と言うか別の銀河でトラブルシューティングすることとなり、もう、この銀河には二度と戻らない。銀河団も渡るし超銀河団すら渡ることもあるだろう。最終決定は今ここでしなくていいが、その時が来たら決めろよ……この星に残るか、それともガルガンチュアクルーになるか」


「うん……それは僕も考えてる。星の世界に憧れないと言えば嘘になるけれど、生まれた星を捨てられるかと言うと、それも嘘になる……まだまだ決められないよ」


「よく考えておけよ。最終決定は二度と覆らない、星の世界か、この星に残るか。二つに一つだ。俺達は二度と戻らないだろう」


楠見オヤジの質問に、太二くんは如何に答えるのか? 

それは数年後、確実に求められるものとなる。


最終学年になった太二くん。

遊びも、これで終わりとばかり、あっちこっちを飛び回り、あっちでアルバイト、こっちでボランティアと、まるで父親の若い頃を彷彿させる働きをしている。


「おう、太二。そろそろ上がっていいぞ。今日もあっちこっち飛び回らせてすまんなぁ」


「いえいえ、親方。今日も充実してました。明日も、よろしくお願いします!」


「そうかいそうかい。こいつは俺が試しに作ってみたもんだが夕食にしてくれ。それにしても、おめぇのアイデアは凄いな。うちの客の半分以上が、おめぇの新しいメニューが虜にした奴らだろう。今日のは、また新作の味噌カツ丼だ。俺も食べてみたが甘い味の味噌とトンカツが、ここまで合うとはなぁ……おい、本気でウチ継がねぇか? 娘も、あと三年もすりゃ適齢期ってやつだ。今でも太二、おめぇの事を憎からず思ってるようだし……」


「いや、それは何度もお断りしてますんで……お嬢さんも、ちょっと年上の兄貴のように思ってるだけでしょうし」


いやいや、それがなぁ……

という声を背にして、まかない弁当を手にした太二くんは逃げるように店を出る。


「親方もなぁ……悪い人じゃないんだけど、どうも僕を買いかぶりすぎてる気がするんだよなぁ……」


太二くん、自分じゃ気づいていないかも知れないが実は海鮮系の料理も得意だったりする。

名人の域ではないが、それなりにキレイな刺し身や焼き物、串揚げなどもチョチョイと作れる。

その影には父親との修行時代にロクな調理具もない状況で野生動物を捌いて煮炊り焼いたりを繰り返す生活があったからなんだが。

この店の親方、初日から太二くんの実力に気づいているが、まさか先輩を差し置いて板場を任せるわけにも行かず。

だからというわけでもないが娘との結婚をダシにして太二くんを板場に入れたいというのが本音だったりする。


「僕の最終就職先は、もう決まってるようなもんだからなぁ……はぁ、楠見インダストリーズって会社名になって、あっちこっちの中小企業を統合して押しも押されもせぬ大企業……扱うものは生活用品から重機、最新式の航空機から最近じゃ宇宙船まで発表する勢いだし……どうするつもりだ父さん。数年後にガルガンチュアが去ったら、楠見インダストリーズは、どうするつもりなんだよ」


太二くんの悩みは日毎に深くなる。


年月は流れ、太二くんは大学院4年。

これで終わりの最終学年。

就職準備のためのボランティアやアルバイト、色々やってみたけれど、どれもこれもそつなくこなすことはできる。

しかし、どの職種も今一、自分に合っているような気がしない太二くん。

ちなみに無事に2輪免許も取り、今では3輪ならぬ2輪ライダー。

時折、気晴らしの峠道走りなどで噂になっていることなど本人は知らないが、峠の走り屋連中の間では「幻のライダー」として、あまりの速さに伝説化する勢いだ。

ここは巨大な全世界的複合企業となってしまった楠見インダストリーズの会長室。

定例会議の時期ではないので、ここにいるのは太二くんと楠見、ただ2人。


「父さん、よくよく考えたんだけどね」


「ん? ようやく結論が出たか? ガルガンチュアに乗るか、それとも、この星に残るか」


「うん。やっぱり僕、この星に残ろうと思うんだ。父さんたちが去った後、この会社、楠見インダストリーズを率いるものも必要だろうし、多分、遠く無い将来に起きるだろう天変地異や戦争なんかを解決する人間が必要だと思うんだよ」


「会社に関しては、お前が心配する必要はないぞ。会社の経営方針や、これからの製品開発についちゃ俺達が去っても優秀な頭脳集団が後を引き継ぐ事になってる。まあ、その集団を率いてくれるなら有り難いが。無理に、ここに就職する必要はないと言っておこうか」


「そうだね、プロフェッサーさんから聞いたよ。異常知能の子どもたちを楠見インダストリーズで引き取ったって。会社経営に参加させるのは良い仕事だと思うけどリーダーは必要だよね」


「まあ、そりゃそうだ。お前も子供だが、あの子どもたちは、まだまだお前に比べて落ち着きがない年齢だし」


「それと……超能力を発現させた子どもたちは、どうするの? 彼らも今の社会じゃ多勢に無勢で迫害される子どもたちだよ」


「それも解決するつもりだ。今年中に楠見インダストリーズに災害救助専門部署を立ち上げる。そこに例外的ではあるがジュニア要員の扱いで特殊能力を発現させた子どもたちを入社させるプランになってるから。それと、あの子どもたちは、まだまだ能力が伸びるぞ。そのうち数10tくらいの土砂崩れなら精神力だけで排除できるくらいにはなるだろうな。ちなみに太二、お前も潜在的には巨大な力が眠っているぞ。まあ、お前なら郷の1割ほど……そうだな、10階建てのビルくらいなら土台から持ち上げることが可能になると思う。これからは、せいぜい訓練に励むことだ」


「はぁ……そんな馬鹿げた力、必要無いんだけどなぁ……まあ、戦争なんて事態になったら真っ先に徴兵対象になりそうだけど」


「安心しろ、そこまで大きな力を持ったら逆に兵士としては使えんよ。あるいは歩く戦略兵器と呼ばれるかもしれんが、それはそれで戦争抑止となる」


「恐ろしいよなぁ我ながら。父さん、そのつもりで僕を拾って育てたとか?」


「そんなわけないだろう、見損なうな。お前を拾って養子にした時、俺の持てる力を全て使って、お前を一人で行きていける人間にしようとしただけだ……まあ、多少はやりすぎたと思っちゃいるがな、今となっては」


「自分でも思ってるんだね、やっぱり」


ため息を吐く太二くん。


「ここに残ると言うなら、今すぐじゃないが、お前に渡すものがある」


「え? この会社?」


「違う。会社は継ぐも継がないも、お前の自由だ。一応、俺の後継者としてお前を指名してあるが巨大会社というのはワンマンじゃ維持できない。会長にまでなれるかどうかは、お前の働き次第だ。お前に渡すものというのは、それとは全く別物だよ。まあ、その時が来たら分かるだろう」


「そうかな……まあ、父さんのくれるものなら悪いものじゃないだろうけど、何か、とんでもないものだって事は勘で分かるよ」


「ふふふ……期待してろ。一応、お前が成人、20歳になるまではガルガンチュアが、この銀河を離れることはない。あと数年、4年は無いが、それまでは俺の庇護下にあると思って自由に何でもやって良いぞ」


「その言葉、裏に恐怖すら感じるよ。後数年しかないんで頑張れと尻を叩かれてるようだ」


「ふふ、それが理解できるようなら見込みあるってことだ」


卒業と同時に太二くんは正式に楠見インダストリーズに入社。

新人研修が終わると同時に異例中の異例で、新しく立ち上がった災害救助部門の課長に抜擢される。


「ほらほら、そこはサイコキネシスを強化! 土砂が落ちるぞ、精神を安定させて安全に目印まで浮かせるんだ……よし! そこで落とす。よーし、よくやった! えらいぞ、みんな!」


今の太二くんの仕事は災害救助隊のジュニア部門の訓練教官。

自分もある程度のサイコキネシスやテレパシーが使えるため実地訓練にはピッタリの人材だと部長からもお墨付きを貰っている。


「かちょーさん、僕らの出場はいつでしょうか?」


小学生低学年くらいの子供が太二くんに聞いてくる。


「今は、まだまだ君らの力は弱いからね。もっともっと訓練して、それから体力もつけないと。大規模な火事現場じゃ、その小さな体じゃ焼けちゃうぞ」


「はい、わかりました! では、これで! ありがとうございます、かちょーさん」


小さい身体で意外と様になってる敬礼をし、隊列に戻っていく子を見て、太二くんは、


「ちょっと寂しいけれど、今じゃ、この星に残って本当に良かったと思う……まあ、あの別れ際の贈り物には驚いたけどなぁ……」


贈り物とは小さな小箱。

しかし普通の小箱やアクセサリーなど楠見が贈るわけがない。


「太二、お前が若い時には決してこの箱は開けないように。中年以降で、ある程度の年齢になったら開けるかどうか悩めばいい。ちなみに開けた時点で、お前の年齢は固定され、その時から不老となる。ほとんどの事故や病気からも万全の状態となるんで、まあ長ければ数千年は生きられるだろう。あ、こいつの欠点だが不老になった時点で繁殖能力は無くなると思えよ。子供が欲しいなら、こいつを開ける前に作ることだ」


その時に貰った小箱、神棚において毎日拝んでいる太二くん。

今の所、小箱を開ける予定もないし嫁をもらう予定もない。


「まあ、気長にやっていくさ。ほとんど不老の未来も確定してる事だし。それにしても子供相手が、これほど自分に向いてる職だとは思わなかったなぁ……父さん、ありがとう。今どこらへんにいるのやら……」


この銀河も今のところは平和。

いつの日にか、この銀河に戦争が起きる時、何処からか大賢者が現れて数多くの弟子たちと一緒に戦を鎮めるだろう……

そんな伝説が、この銀河中で、まことしやかに囁かれている……