第二章 銀河系のトラブルバスター編
第六話 精神生命体との邂逅と、フロンティア昔話
稲葉小僧
さて、と。お次は銀河系の縁まで行ってみようかね……などと3人で談笑してると突然フロンティアの船体に衝撃が走った!
揺れすら滅多に感じない船体に衝撃が走るなど普通じゃない。俺は至急、原因調査と被害報告をフロンティアに命じる。
しばらくして、フロンティアから報告が入る。
「マスター、船体の被害は、ごくごく軽微です。 それこそ、かすり傷もありません。スペースデブリ排除用のバリアシステムが張られていたので、それにより衝撃は受けなかったと思われます」
「お、それは良かったな。で、原因は分かったのか?」
「それが未だに不明です。現在手持ちの搭載艇の半数を出して調査に当たっておりますので短時間で衝撃が発生した原因が判明するかと思われます」
「ふむ……衝撃が発生した空間地点は把握してるか?」
「はい、今の船の現在位置から、そう遠くない地点です。ただし、その地点には何も存在しません」
「え? 何かの爆発だとかデブリが小惑星に当たったとか、そういう話でもないってことか?」
「はい、その通りです、マスター。ここいらは星区と星区の間でデブリそのものも余り存在しない文字通り「何もない宇宙空間」です」
「ふーん。何か面白そうな匂いがするな、この一件」
「マスター、重ねて言いますが、くれぐれも自重して下さい。 この船の乗員でタンパク質生命体なのはマスターだけです。つまり一番ヤワな生命体がマスターだと言うことなんですから」
「ああ、それは分かってるさ。じゃ、搭載艇を10機ばかし護衛につけてくれ。あと、俺の補助とバックアップにプロフェッサーを連れて行くよ。 それなら大丈夫だろ?」
「本当なら、搭載艇を全てガードに付けたいところなんですけどね。了解です、危険を感じたら、すぐさま本船に引き上げるって事で許可します」
「まあしかし、お前も保護者かい! ってくらいに頑固だね。ま、いいや、プロフェッサー、出るぞ」
「承りました、わが主。お伴します」
万能搭載艇(マニピュレータまで搭載してるんだよ、こいつ)は本当に万能な搭載艇だ。これで恒星間駆動エンジンくらい装備してればな……
あっという間に、衝撃の発生源と思われる空間地点へたどり着く。様々なソナーやレーダー波を使用してみるが反応なし。
一体、何が原因で、あんな凄いショックウェーブが出たんだろうか? その時、第六感が働いたとしか思えないのだが…… 俺はフロンティアに向けて、こう発信した。
「フロンティア、搭載艇を全て下がらせてくれ。これはロボットや機械生命体では、いくら探っても原因に辿りつけないと思う。 幸いにして俺はタンパク質生命体にして強力なテレパシーやサイコキネシスが使えるエスパーでもある。 今から俺のやり方で、ここに存在しているが見えない物とコミュニケーションを取ってみる」
「マスター、危険だと判断したら、すぐに回収作業に入りますからね!」
「ああ、構わない。では護衛の搭載艇も調査用も全て引き上げてくれ、頼む」
しばらくして、この空間には俺とプロフェッサーの乗った搭載艇しかいなくなる。さて、先祖返りだか何だか知らんが、ここまで強力になったテレパシーだ。
宇宙空間の裏側に隠れていようが何だろうが一点集中なら届くだろう……
《この空間に隠れてる奴、出てこい! こちとら、とっくに分かってるんだよ》
テレパシーを放った途端、俺の人間としての本能に警鐘が鳴った。何か、何かが出てくる!
《おう! これは数億年ぶりの強い声であるな。はるか昔、宇宙を旅していた時を思い出してしまったではないか。ん? そちか、あの強い声の持ち主は。 がっはははは、愉快愉快、愉快じゃのう、全く》
《私は地球人、楠見糺と申します。して、貴方様は、どちらのどういう御方でありましょうや?》
《おう、なかなかに礼儀正しいの。 少し言葉の使い方が間違っているようじゃが数億年ぶりに出会ったタンパク質生命が、 わしの言葉と同じような思考言語をしておるのは偶然とは言え僥倖じゃった。 わしか? わしは、今は遠く過ぎ去った過去に存在しておった生命の残り香よ。 一時期は、この銀河宇宙全てを支配するほどの勢力じゃったが種族としての寿命が尽きて、わしのような精神生命体を造り出す事が、 その生命体としての文明・エネルギーを全て注ぎ込む作業じゃったようじゃ。 生まれてすぐの時期には見るもの聞くもの全てが美しく・楽しくての、銀河系も飛び出して、アンドロメダやマゼラン星雲まで往復しておったよ》
《そのような圧倒的存在ならば、なぜに、このような辺境の宇宙空間に隠れているような事になったのですか?》
《別に隠れておったわけではないぞ。 前周期の宇宙収縮に巻き込まれて逃げようにも空間まで折り畳まれてきてな…… 仕方がないから再度の宇宙誕生まで防護壁を兼ねた空間を設定して、そこに眠っておったのだ。 いやしかし、今度の宇宙も美しいのう。 そちのような強い声の存在が宇宙の再誕時から、あれは数億年経った頃かの…… わしの近くへ事故で流されて来て、しばらく一緒に宇宙を旅して、そやつを故郷の星に帰してやったことがある。 あの時の宇宙は騒がしくて素晴らしかったぞ》
うわお! この宇宙が誕生する前から生きてる(?)精神存在か! 宇宙が晴れてから数億年って……まだ初期の銀河が生まれてすぐの頃だよな。
そんな時代に超強力なエスパーが存在して、この「神のような精神体」としばらく旅をして故郷の星に、だと?! どんな生物だったんだろうな?
《聞けば聞くほど驚きの連続ですよ。もしかして、あなたは「神」と呼ばれる存在なのではないですか?》
《いいや、残念ながら、わしは神ではない。 宇宙の一周期よりも長い時を存在しているし思考するだけで物質を創り出せる能力もあるが、 それは、わしを創った創造者達の種族にこそ贈られるべき称号だろう。わしは「神の使徒」であると考える》
《それにしても、驚異の存在です。あなたも、あなたを造り出した創造者の種族も》
《今回、ちょっと寝相が悪くてな。空間壁の中で寝ていたんじゃが、うっかりと精神体を拡張しようとして空間壁と衝突したんじゃ。 外に影響は出なかったと思うんじゃがな》
《ちょうど我々の船が近くに停泊してましてね。あまりの衝撃に驚いて調査に来たというわけです。いわゆる「のびをされた」わけですね》
《そうじゃな。でもって、わしはもう少し寝ようと思う。 すまんが、このポイントのことは秘密にしといてくれんか? 約束してくれるなら、わしと創造者の種族の歴史を、わしが知っているだけ話してやるぞ》
《え?! 願ってもないことです。このポイントのことは我々だけの秘密にしておきますので、ご安心を。では、どちらでお話しを伺いましょうか?》
《ああ、それなら、わしの分離体を、そちらの船に転送しておく。 いちおう、そちと同じタンパク質生命体としての肉体を与えておいた。パートナーとして使ってやってくれ。では、な》
現れた時と同じく突然に気配が消えてしまった。
精神生命体が寝床の中で伸びをして、こもってた部屋の壁に手足が当たって大きな音がしたって事かい、今回の事件は。
と、忘れてた! あの精神生命体の分離体とやらが……もう、目の前にいたよ。
「お初にお目にかかりまする、ご主人様。妾の中にあるデータ・知識・能力は、全てご主人様のためにありまする故、いかようにでもお使いくださいませ」
あ、デフォルトが日本語なのね。さすが神の使徒……じゃなくてだな!
なんで、俺のパートナーになる存在がメイドカフェの店員の格好した少女なんだよ?!
俺の女性の好みは……はい、モロに直球ど真ん中・ストライクです、ちきしょう!
心の底まで焦りと、目の前に理想の女性が出現したショックで、俺、当分使い物にならんぞ……嬉しいけどさ!
とりあえず、落ち着こうじゃないか、俺。神の使徒とは言うものの、本体にとっちゃ分離した端末に過ぎないんだろうし……
「ご主人様、妾は生体端末ではありますが一個の生命体でもありまする。扱いは生命体と同じでお願いいたします」
これだからな。テレパシーくらいは持ってるだろうし、俺に準じた扱いにしてもらおうか。
「フロンティア、この娘が、さっき俺とテレパシーで連絡とりあってた精神生命体が創った生体端末だ。 端末とは言ってもタンパク質生命体に違いはないから、扱いは俺と同じにしてくれ」
「はい、了解しました、マスター。私も興味ありますね、この宇宙より長く存在している生命体の歴史と話には」
「だろ? それじゃ、フロンティア、プロフェッサー、俺と、この娘とで、ゆっくりと話をしようぜ。新しい進路設定は、それからでも良いだろう」
ってなことで、急な話ではあるが長大なる歴史物語の語り部が登場する場が設定された。
「さて……と。何から語ってもらうかな? まあ、とりあえずは、あの精神生命体を創りだしたという、 この宇宙の誕生より以前の宇宙(?)に住んでいた生命体と文明について話してもらおうかね」
「分かりました、ご主人様。しかし時間的に、どのくらいの過去になるかどうかということは物理的にも意味がないことですので言えませぬ。 ビッグバンの瞬間には時間も空間も全てが極微の一点に集約されていますからね」
「ああ、その点は承知しているよ。しかし、ものすごいファンタジー……というか、もう神話の世界だよな。この宇宙の誕生する以前の宇宙なんて」
「さすがにロボット船の私でも想像し得ない時間単位ですね。マスターの運の良さ、というか巻き込まれ運の強さというものには呆れます。 私は、これまで様々な生命体や文明、銀河団や星雲・銀河を観測・観察してきましたが、 このような精神存在だけの生命体というのは一部の生命体における迷信か伝説に語られるものでしか無かったのです。 それがマスターを乗せてから、あれよあれよという間に先史文明の超科学の一端が解明されるわ、 タイムトラベルの実践例が証明されるわ、挙句の果てに宇宙より長く生きてる生命体と巡りあうとは。 私の設計者や製作者の種族も、こんな事があろうとは予測もしてなかったんじゃないでしょうか?」
「気持ちは分かるがな、フロンティア。まずは、この娘の話だ」
「よろしいですか、続けても? はい、では精神生命体を造ろうと思った、 その種族の動機は簡単です【我々の種族が存在していたという事を永遠にわたって語り継ぐモニュメントになるような存在を残したい】ということです」
「動機は、たった一つ、それだけかい?」
「はい、ご主人様。私の分離する前の精神存在が、創造者である種族から受けた命令は、 たった一つだけ【精神生命存在を創りだした文明を、自分の存在の限り伝え残しておくこと】だそうですので」
「ものすごいナルシストと言えばナルシスト。控えめといえば控えめだな。でも、どうして自分たちの文明や種族を残そうと思わなかったんだろうか?」
「それは簡単ですよ、ご主人様。宇宙の再誕時に物質で構成された物は全て原子以下に戻されるからです。 精神体なら、あるいは? という可能性に賭けたのですよ」
おおお! 壮大なる賭けに勝ったわけだな、その種族は。少なくとも生命体や種族・文明は全て消滅しても、その誇りと存在を証明する者は残されたわけだ。
「ちなみにご主人様。かの創造者種族の文明が滅んだのは宇宙の終焉と同時期です。 彼らの文明は宇宙寿命の最終期に勃興して宇宙の終焉と共に文明も種族も滅んだわけですね」
「ほう、では遺跡も何も残らないよな。どのくらいの期間、文明として存在したんだ?」
「宇宙の最終期、約2億年ほどのようですね。 文明は、まだまだ伸びる力を持っていたのですが宇宙そのものが滅びるとあって、 その文明のエネルギーと滅びに対抗しようとする執念のような気概で精神存在を造り出すプロジェクトを開始したようです」
「おー、2億年とは凄いな。地球だと恐竜の生きてた時間くらいだな。 でも発展できる余地があるのに宇宙の滅びを知らされたわけか。そりゃ自棄っぱちになるか滅びに対して一矢報いたくなるか、どっちかだわな」
「ご主人様の考えたように自暴自棄になって破壊につぐ破壊に走った生命体もいたようですね。 しかし、この文明は破壊よりも宇宙の滅びにさえ耐えうる生命を創りだそうという希望にすがりついた。 その文明のもつ全てのエネルギー、全ての叡智、全ての情報を注ぎ込み、そのプロジェクトは宇宙の滅ぶ寸前、約1万年を切った寿命の時に完成したようですね。 後は、ただ一つの命令だけ与えて、その精神生命体を自由にし彼らは従容と自分たちの滅びの時間を待った、とのことです。 これは精神存在が宇宙収縮の寸前に、その文明の遺跡に残された碑文を読んで推測したことなのですが。 ちなみに、その碑文には[この碑文が破壊されるとき我々は滅んでいるだろう。 しかし我々は宇宙に対し、たったひとつだけ反逆することが出来た。 避け得ぬ宇宙の滅びにさえ、我々が創造した精神生命体は破壊も滅びもせずに、次の宇宙へと命をつなぐだろう。 我々は勝ったのだ。滅びに、運命に]と書かれてあったそうです」
偉大なる創造者達に敬礼! ちょっと泣いてしまった。
「ありがとう。これで精神生命体を創造した文明の歴史は、ほぼ分かったと思う。 次は精神生命体「神の使徒」の歴史だな。さぞかし壮大で豪華な歴史になりそうだ」
俺が促すとメイド娘は少し哀しい表情で、
「そんなに楽しい生き方でもありませんでしたよ。 特に自分が徹底的に孤独な存在であることは理解してましたけれど、それでもビッグバン直後から宇宙が晴れるまでの生命体の種類と、 宇宙が晴れ渡った時点からの生命体の種類が全く違うものになったのは少しツライものがありましたね」
なんだと?! 生命体ってのはビッグバン直後から発生してたのかよ! この情報にはプロフェッサーも、さすがのフロンティアも興味津々で一言も聞き漏らさぬように真剣な表情になっている。
「ものすごい膨大な熱エネルギーの魔女鍋状態の宇宙から今の虚無空間が多い比較的冷たい宇宙への転換期ってのは、さすがに見ものだったんじゃないのか?」
と聞いてみると、
「目の前の空間が曲がり・撚れ縮れながらも急速に空間が広がっていく時期と空間が安定して広がる速度は 比較的落ちて宇宙が安定してきた時期の生命体変遷は凄かったですね。 まず、プラズマ生命体がほとんどを占めていた最初期宇宙から、高エネルギー状態であれば生存できる生命体に主体が代わっていき、 冷えてきた宇宙には高エネルギー生命体は存在できないので次々と死に絶えていき、 逆に初期の巨大恒星が出来上がるに連れて恒星の中や表面に住む形の生命体が生まれて増えていきました」
恒星でも初期だから、とてつもない巨大なものが多かった時期だな。その中や表面に住む生命体かよ、とんでもないな。
「その後、巨大恒星系は次々と圧壊するか爆発するか。 その後、またしばらくして、まだ大きいですが、昔の頃より小さな恒星系が生まれ始めました。 この頃も、まだ巨大だった恒星の中に、より小さなエネルギー状態でも生存できるように進化した生命体が住んでいました。 でも、それも時間の問題でした。 また、その巨大な恒星は圧壊するか爆発して、より小さな恒星の元が造られるようになり、その後、やはり、より時間をかけて小さな恒星と、 その恒星を基準とした恒星系の誕生となりました。 この頃には恒星の中や表面に住む生命体は昔の偉大な生命体ではなく、文明を作ることもない、ただの生命体となるまでに退化していきました」
お? 今、聞き捨てならない言葉が。もしや太陽の中や表面にも、そのエネルギー生物が今でも住んでいるのか?!
「もう、この頃になると宇宙空間を漂って生きる力をもつような生命体は私一人となっていました。 空間そのものが冷えてエネルギーを失ってしまい、精神体でもなければ代謝にエネルギーを使うため、 短時間くらいは生存できるケイ素生命体くらいしか宇宙空間に出ようなどと思うような生命体は長らく出てきませんでした」
うん、そうだろうな。ここから地球人も知ってる宇宙になるわけだ。
「私は、そんな退屈な宇宙になった時期に、きままにあっちこっちと様々な星系を覗き込み、 生命体の発生を観測したり絶滅しそうな環境にあれば一時的に保護したりして暮らしていました。 超高重力の惑星に発生した生命体など、あの環境で、よくも文明を発展させたものだと感心しましたね」
あ、俺、知ってるぞ、メ○ク○ンだろ、それ。
「その頃くらいでしたかね。一隻の恒星間駆動を可能とした宇宙船の事故と思しき機体が私の近傍へ流されてきたのは。 そこには不定形の身体をした軟体生物が一体だけ生き残っておりました。 私は生まれて2度めに自分が関わる生命体に興味を持ち、その生命体の怪我を治してあげると、その生命体とコミュニケーションを持ちました」
「あ、それだな。俺との会話の中で久々に強いテレパシーを使う生命体種族に会った、と言った種族ってのは。ふーん……不定形の身体をもつ軟体種族か」
「そうですね。ご主人様の使うテレパシーは音声コミュニケーションを得意とする生命体種族の使うレベルのものじゃありません。 日常的にテレパシーを主たるコミュニケーション手段としている種族でも一部が届くくらいの強度と収束力です。 ご主人様が現在、音声を使って話している事自体が信じられないです」
「まあ、俺の力は一種、人工的に開発されたものだからな。先祖返りとも言うが……」
「マスター、やっぱりですか」
「わが主。それは、やはり先史文明人の血が地球人にも……」
「おっと2人共、これオフレコな。機械生命体文明の奴らに知られたら今度こそ無理矢理にでも皇帝の位に座らされそうだから」
「こほん。続き、よろしいでしょうか? それでは。 私が命を救った不定形生命体は強力なテレパシーを使いました。ですから私とはすぐにコミュニケーションが可能となりました。 彼は私に自分の故郷の星に連れて帰ってほしいと懇願し、私はそれを了承しました」
「異種生命体同士の出会いにはテレパシーを使えという不文律は、そこから来たのかも知れないな、その話聞くと」
「そうかも知れません。あいにく宇宙船は原始的であり、我々が出会ったポイントは彼にとっては未知の宙域であり、 その頃の宇宙は、たった一つの惑星を探し出すには充分に広すぎたのです。 幸いなことに彼の寿命は数千年単位であったため、私と共に故郷惑星を探す旅に出るのに躊躇はありませんでした」
「その旅って、宇宙船を修理したのか?」
「いいえ、とても修理できるようなものではなく、修理する材料も工具も機器も無かったので、 私の力で彼の周りに一種の空間を創り、そこに彼が吸収できるエネルギーを形にしたものを配置するような物を創り、一緒に星から星へと旅をしました」
「それ、あてのない旅だよな。よく故郷の星が見つかったもんだ」
「運良く彼が漂流していたのは銀河間空間ではないポイントで故郷星系からは離れていましたが星区そのものは違っていませんでしたからね。 数百年ほどの期間で運良く故郷の星系を探し当て、彼は仲間たちの元へ帰って行きました。 後から知った情報ですが彼は私との旅を物語データにして宇宙には優しい神がいるという伝説が広まったそうです。 それからではないですかね? 自分たちと全く違った存在や生命体と最初にコミュニケーションをとるならテレパシーが一番だという事になったのは」
ほおー、そんな事件からかい、テレパシーが重要視されることになった原因は。
「で、救われた彼から何か感謝の形は貰ったのかい?」
「いいえ。私は精神生命体ですからね。何を貰っても物質では意味がありません。 お礼は必要ないよと伝えると、それではこちらも恩が返せない。では、この存在を未来永劫、我々が死に絶えるまで宇宙に語り継いでいく。と言われましたが」
あ、それだ! テレパシーが重要視された主たる原因。それと、宇宙は生命のゆりかごって言葉があるが、この伝説が変化したものか?
「それからは、さしたる変化も無かったため私は、あのポイントで眠りにつきました。 うとうとしてたところで、ご主人様の強力なテレパシーで起こされたわけですね」
ふえー、長かったな。しかし、生命体の定義って何? ものすごい情報が詰まってたぞ、今の話。
星の旅を一度中断して、この知識を検証してみるのも面白いんじゃないか? まあしかし、今は宇宙の旅が主目的だ。
全ての歴史を語っても消えることはなかったので、彼女(だよな?)をフロンティア乗員として迎えることにした。
「フロンティア、プロフェッサー、異論はないよな?」
「異論があったにせよ、どうせマスターが決めたことは絶対ですし」
「どのみち、我々の意見など聞く気もないくせに……ブチブチ」
「何か文句があるなら、はっきり言え。後の反論は受け付けんぞ、こら」
「「いいえ! ありませんです」」
「まあ、こんな時だけユニゾンしやがって、こいつらは全く……」
「ご主人様、私のことでしたら、お構いなく。こちらのロボットの方々とのデータ交換で、すぐに船にも慣れますゆえ、ご心配は無用です」
「あ、いや、心配してるわけじゃなくて……呼び名をどうしようかと思ってな。やっぱり名前は決めたほうがいいだろう。将来、部下が増えることを考えても」
「そうですね。では、ご主人様、私に名前を下さいませ」
「やっぱり、そう来るか。無限、永遠……分離前の本体だと的確だが今はタンパク質生命体で有限の生命だしな。ふーむ……いい名前がないかな」
「ご主人様、寿命は有限でも私は生体端末ですから情報的には無限ですよ?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな。女性の名前なんぞ今まで考えたこともない奴が、なんで宇宙の片隅で頭抱えなきゃならんのだ?! あ、そうか。 悩むことはないんだった。個人を区別できりゃ良い話だよな、そうだそうだ」
「で、わが主。決まりましたか?」
「ああ、決まったよ。新しいフロンティアの乗員、その名もエタニティだ。愛称エッタ、でお願いします」
「エタニティ? 永遠じゃないですか? タンパク質生命に永遠?」
「フロンティア、こだわるな。直感だ。言葉の響きだけだよ」
「ご主人様、ありがとうございます。では、今から私はエタニティ、エッタとお呼びくださいませ」
「じゃ、これからよろしくな、エッタ。とりあえずエッタには今までの情報の整理と検証を頼む」
「承りました。では私は、ご主人様の身の回りのお世話と共に、その仕事もさせていただきます」
「おいエッタ! ちょっと待て。なぜに俺の身の回りの世話が第一業務になってる?」
「本体と分離する前に、ご主人様の潜在意識に、ご自分でも気づかないドロドロとした暗い衝動が感じられました。 今の私でしたら、その相手に適していると思われますが?」
「おい、ちょっと待て。いくら何でも他人のプライバシーを、それも本人も自覚してない潜在意識まで覗くのは禁止する。 事例によっては、そこまでやる必要があるとは思うが、それには俺の許可を取れ。通常は表層意識までのスキャンしか許可しないぞ」
「分かりました、ご主人様。で、ご自身の分離体を生じさせるのは、いつごろがよろしいでしょうか?」
「何? 俺の分離体? 何のこと……あ、おい! エッタ〜! だからだな、そういうことは当事者同士で話し合ってだな……」
「ご主人様は、ご自分の分離体が好きではないのでしょうか?」
「赤ん坊は好きだよ! でもな、今は好きに宇宙を探索してたいの! まだ女房も子供も考えたくないんだよ!」
「では、欲しくなったら言ってくださいませ。お待ちしております」
おいおい、精神生命体ってのは近所の世話やきオバサンかよ。押しかけ女房って次元じゃないぞ、この状況。
俺、いつまで理性が保てるかな? ロボットの中に男一匹だったのに男女のつがいになった気分だな、こりゃ。
宇宙船での、この状況。いわゆる密室状況で好みの女性と2人っきりになった形か……それも女性の方は積極的と来てる…… な、なるようになれ! の心境だわな、こりゃ。
宇宙は独身男にも優しかった……じゃなーい!
理性はあるぞ、俺にだって!
さて、それからしばらく経って……エッタが俺に張り付いてる。四六時中だ。トイレや入浴時にも一緒に入ってこようとするので、さすがに禁止した。
添い寝も禁止したさ、もちろんな。数日間、ブチブチ文句言ってたが、そういう気分になれんのだよ。地球人ってのは、獣じゃないんだからさ。
「さて、一段落ついたんで新しい進路を決めるぞ」
「ようやくですか、マスター」
「わが主、次はどちらへ?」
「ご主人様、気分が変われば分離体を作る気になりますね」
「エッタは、そっち方面の話、当分禁止な。今は新しい生命や文明に興味が向いてるの」
「はい、わかりました。その気になったら、いつでもどうぞ」
だからさ、悩ましい格好をするなってば。
「よし! 気分切り替えて、だ。フロンティア、神の使徒の話にあった不定形生命体の文明って、今もあるのか?」
「いいえ、マスター。私の探査した限りでは、不定形生命体の文明どころか不定形生命体そのものが見つかった痕跡もありませんね。 とはいえ、この銀河系の半分くらいしか探査しておりませんので、私の判断では不定形生命体が絶滅したという事は言えませんが」
「ほお……まあ300万年かかっても銀河系を全て探査するには時間が足りなかったという話か。 いくら速い船でも一つ一つの星系を全て探査してたら、そりゃ時間かかるわな」
「マスター、誤解を解くようですが。私の主たる使命は銀河団空間の探査です。この銀河系に来たのも、ちょっとした事故のようなものでして……」
「あ、そうだったな。っていうかフロンティア。 お前、なんで太陽系の木星のメタンの海なんてところに数万年も沈んでたんだ? この船、こんな超高性能船だったら、あんなとこにいるはずないじゃないか?」
「あ、マスター、それを聞きますか……私の、ちょっとした判断の迷いというか、やっちゃいけない事をやっちゃったというか……」
「フロンティアほどの船にして航行不能になるほどの損害を受ける存在なんてあるのか? あ、まあ、この前の神の使徒なら、あり得そうだがな」
「う、そうなんですが……やはり、お話したほうが良いですかね」
「お前ほどの船を傷つけられる存在は、そんなにいないだろう。俺達も教えてもらえば気をつける参考材料になると思うんだけどね」
「そうですか。では、ちょっとした私の恥をさらすような事件だと思って聞いて下さい」
それは恥などという言葉では言い表せない大事件だった……
ーーーーーーーーーーーーーーーーー《フロンティアの独白》ーーーー
それは今から6万年ほど過去のこと。銀河団空間の第2次調査を終えた私は、久しぶりに星の海の中へ帰って来るところでした。
超銀河間駆動から銀河間駆動、恒星間駆動へと駆動系を切り替えつつ、速度を落とした私は、とある星系の近くを通りかかるところでした。
その時、滅多に受信しないはずの緊急救助テレパシーを受信した私は、あわてて緊急回頭して、その星系へ向かったのです。
はい、予想通り、その星系とは「太陽系」でした。緊急救助テレパシーが発信されていたのは、太陽系第4惑星。いわゆる「火星」からでした。
私が火星に到着した時、避難民が多数の移民船や貨客船に乗り、発進しようとしているところでした。私は自分のテレパシーで火星政府首脳と話しました。
緊急救助要請の内容とは私の想像を超えるものでした。火星の科学者の一団が、冷えゆく火星に熱を取り戻そうとして、無茶な実験を強行したとのことでした。
私は自分にできることはないかと、私の力を提供することを示唆しました。 火星首脳は、できることなら強行された実験を止めて欲しい、我々の力では止めようがないのだ、と懇願されました。
私は、その実験地へと飛びました。
酷いものでした。徐々に冷えつつあった火星ですが、そこは灼熱地獄のように高温であり、とてもタンパク質生命体には入り込めない地帯になっていました。
私は、その高熱を取り去るため、とりあえず冷凍弾を周辺から播いていきました。その地域は、あるポイントを除けば気温が安定したのですが……
そのポイントが問題でした。
火星の異端科学者達がやらかしたのは火星のマントル層のエネルギーを取り出し、それを制御することにより火星を温暖な星にしようという、無茶なものでした。
私が出来たことは、その時点で使用できる自分のエネルギーを使い、そのマントルからの熱エネルギーを相殺することだけでした。
私自身は跳ぶためのエネルギーやエンジンはありますが、それを他の目的に使用することは不可能になっています。
なぜなら、そんなことをすれば制御不能になった場合、次元空間そのものに酷い傷をつけてしまう恐れがあるからです。
よって、自分が使用できるエネルギーの限界まで使いきった私はマントル熱エネルギーの思わぬ噴流により火星から飛ばされてしまい、 制御も出来ぬまま木星の海へと沈んでしまったのです。
その後の火星からのテレパシーを受信したところ、私の力は及びませんでしたが火星人は全て避難できたとのこと。 どの星へ行ったのかは分かりませんでしたが恐らく一部は地球へも向かったのではないでしょうか。
ただし、重力の問題で火星と比べて1.5倍になった重力環境。火星人にはツライ環境だったでしょうね。
地球移住組は絶滅したかも知れません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー《独白終了》ーーーー
ふーむ。火星に残る巨大火山の跡って、もしかしたらフロンティアの関係した事故現場か?
と、ふと思った俺であった……