第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター
第六十一話 待合室の彼女
稲葉小僧
お話の前の事前注意作者稲葉小僧より
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この話のオープニングは、小説家になろう、という小説投稿&読める(無料)サイトに投稿された、
ただのぎょー様(なまこ様)
の書かれたホラー短編「待合室の彼女」を、まるまる使っています。
つまりホラー短編をオープニングにしてSFに繋ぐというコラボ企画の話になります。
コラボ許可はいただいていますので、この話は、ただのぎょー様(なまこ様)へ捧げる話となります。
現在は、ただのぎょー様(なまこ様)はプロ作家になられておりますが、このお話はご本人より許諾をとっておりますので、ご自由にお読み下さい。
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【ここから「待合室の彼女」の短編部分】
しがないアラサー社畜である俺は朝8時には出社し、夜は11時まで仕事をしている。
会社までは歩きと電車で1時間程度。
つまり午前7時過ぎには地元の駅で電車に乗り、戻りは0時近いということだ。
仕事は月曜から土曜の週6日間、日曜日も仕事が終わらず度々出社させられる。
名ばかりの管理者報酬を与えられ、代わりに残業代は無い。
行きの電車は空いているので睡眠時間に費やし、帰りは満員電車に揺られる。
ある日、駅のホームの待合室に座る女性に目が止まった。
20代中盤くらいだろうか。
栗色の長い髪、灰色のスーツにパンプス、手にした文庫本で顔を隠すように本を読んでいるが、覗く横顔は美しく見えた。
一度気付くと気になるものであり、実は彼女は毎朝そこにいるのだと分かった。
別に不思議なことではない。
仕事に行くのだから、同じ駅、同じ時間を使う乗客は他にもいる。
ただ彼女は俺と同じ電車には乗らないのだ。
これも別に不思議ではない。
逆側の下り電車を待っているのだろう。
まあ、朝に下りに乗る人は少ないが、そう思っていた。
ある日、上り電車が遅延した日があった。
俺や他のサラリーマンたちが携帯や腕時計を見ながらイライラしている。
下り電車が止まり、そして定刻通りに出発した。
だが彼女はそこで本を読み続けていたのである。
暫くして上り電車がやって来て、俺が普段より混んだ電車に乗る。
電車のドアが閉まり電車が動き出した時、彼女は本を閉じて立ち上がったのだった。
すぐに遠ざかるホームの中で、彼女は微笑んだように見えた。
……いや、意味が分からねえぞ
その日の午前中は最悪だった。
こちらに落ち度のない遅刻(それでも始業時刻より前に出社しているのだが! )にも関わらず上司はネチネチと説教し、それにより更に仕事が遅れる。
電車の中で眠れなかったこともあり、つまらないミスをする。
そしてあの女が頭から離れない。
午後、仕事しながらパンを食っていた俺の頭に浮かんだ考えは、きっと彼女はもっと早く別の駅から俺の住む駅へとやってきていて、俺の住む街で仕事をしているのだろう。
そして時間に余裕のある出社をしており、電車で読みかけの本をキリの良いところまで読んでから仕事にいくのだろうと。
その考えに満足し、その後はスッキリとして仕事ができた。
しかし夜、くたびれきって帰り、駅のホームへと降りた俺の背中を怖気が走った。
駅にあの女がいるのだ。
思わず俺の脚が止まるが、後ろから舌打ちの音。
俺は慌てて脚を動かす。
人混みに流され、俺は改札口へと向かった。
振り返っても、人混みに紛れて彼女はもう見えなかった。
それからは朝も夜も、朝も夜も、朝も夜も、彼女の姿を見かける。
土曜日の朝も夜も。
日曜日は泥のように眠っていたが夢の中でも仕事に向かい、そこに彼女がいた気がする。
そしてまた月曜日から朝も夜も朝も夜も……
仕事はますます忙しくなる。
同僚が身体を壊して仕事を辞め、人員が補充されてないからだ。
出社時間が早まり、退社時間が遅くなっても彼女はそこにいる。
朝も夜も。
ある夜、ついに帰りが終電となった日、俺は待合室の彼女に話し掛けた。
「あ、あんた。何してるんだ」
彼女は文庫本から顔を上げた。
驚いたように少し開かれた口。
深淵の如き昏き瞳。
「人を待っているのです」
「毎日か? 朝も夜も?」
「ええ、わたしにとって時間は意味を持ちませんので」
時間がいくらあっても足りない俺は、かっと激しい怒りを感じて叫んだ。
「そんなわけがあるか!」
「いえ、ししゃには時間など無限にありますので」
「ししゃ?」
「ええ、死んだ者ですよ」
「な、なにを言ってるんだ。それじゃ誰を待ってるんだってんだよ」
彼女の口が大きく弧を描いた。
「分かっているでしょう? わたしのことが見える者をですよ」
俺の後ろ、回送になるはずの終電の扉がなぜか開いた。
俺の手から鞄が滑り落ち、彼女がその手を取る。
氷でも掴んだかのような冷たい感触。
彼女が俺の身体を押す。
なぜか抵抗も出来ず後退る俺と共に彼女は電車に乗り込んだ。
回送電車の薄暗い車内、そして目の前で扉がしま――――
【ここまで短編部分。これ以降は作者、稲葉小僧オリジナル部分です】
俺の手を取った彼女は圧縮音と共に閉まった扉を確認し、どこかの誰かへ話すように、
「キャプテン、条件に合致する人物の確保に成功しました。今から、そちらへ一緒に行きます」
どこへ連絡してるんだ?
だいたい、シシャが死者なら上司は死神?
もしくは閻魔様?
それにしちゃ、キャプテンと呼んでたな……
そんな俺の思いを読んだかのように彼女は、
「そんなに構えなくても大丈夫。あなたは今から社会的に死にます。そして別の人間として生き返るのよ。この星、いえ、このブラックな社会体制をひっくり返すために」
「な、なんで俺の職場を……」
全て言う前に俺と彼女は一瞬にして別の場所にいた。
俺は呆然と、何をする気力も失せて立っていた。
何だ?
何が起きた?
彼女がやったことじゃあるまい……
ということは彼女の上司である「キャプテン」とやらの仕業だろうが、何をどうしたら俺達を一瞬にして別の場所へ移動できるんだ?
そんな事を、ぼけらーと空白になった頭で考えていたら彼女が誰かと一緒に部屋に入ってきた。
お?
ここ、部屋だったのか?
それにしちゃ広いな。
公民館とか中学や高校の体育館くらいのスペースあるぞ。
それにしても、いつの間に彼女は俺の手を離し、上司のところへ行ったのだろうか?
考えが堂々巡りしているのを察してくれたのか上司と思われる男、中年くらいに見受けられる、が話し始める。
「君がライムが見つけてきた人物か。状況を飲み込めないのは察するが、いい加減、こっちの世界に戻ってきてくれないか。これじゃ詳しい話もできない」
そう言われて改めて相手の男の顔を見る。
中年男で、いわゆる中間管理職によくいるタイプ。
しかし、目の輝きが全く違う。
知性と言おうか知力と言おうか、そんなものに満ち溢れている目をしている。
知らず知らず、俺はその男、名は楠見と言うらしい、と話し始めていた。
理解……
できるところは理解したつもり。
理解の外にあるような情報がほとんどだったため、理解放棄したものも多かったが。
「今までの事情と今の自分の立場、飲み込んでくれたかな?」
楠見とかいう男が俺に語った内容……
とてもじゃないが完璧な空想としか思えないものだった。
まず、ここ。
俺と彼女、名前はライムと言うらしい、が一瞬にして飛んだ場所は、こともあろうに超のつく巨大宇宙船。
ガルガンチュアとかいう船名らしいが、もう想像も出来ない巨大さ。
信じられるか?
直径10000kmを超える惑星サイズの巨大宇宙船に、こちらも卵型だったり独楽型だったりサイコロのような正方形だったりするが、どれもこれも大きさが5000kmを超える衛星サイズの宇宙船3隻が筒のようなもので繋がってるという、一種、悪夢とも思えるような超巨大宇宙船だ。
百聞は一見にしかずとか言うんで搭載艇母艦(これも大きさ5kmという馬鹿げたもの)で宇宙へ出て、ガルガンチュアを見せてくれたんだが……
俺の目と脳が、これを宇宙船だと認めることを拒否った。
一時間ほど思考放棄してから、ようやく俺の頭が現実を認めた。
「あ、ああ。認めるしかないな、これが現実だということを。昨日までの俺の人生、それも現実だとするのなら、この超現実とも言える状況は何なの? 楠見さん、とか言ったね。宇宙船のマスターとか聞いたけど、この現実離れした悪夢か天国具現化か、どちらにしろ俺のような一般人が関わるべきじゃないという代物には違いない。俺に何を期待してる? そして俺に何をさせるつもり?」
ここまで言ったのは俺がある意味、精神的にブチ切れてたからだろう。
いつもの俺なら自己保身の本能で当たり障りのない会話に徹するだろう。
まあ、これも本能的だろうが楠見と名乗る相手に邪気がないと理解してたとも言える。
気の短いクライアント、いつも俺が上司の代わりに謝罪に行かされるやつなど目が合うだけで引っ叩いてくる奴がいる。
「ま、時間がかかっても現実を認識してもらえないと話が進まないからね。さて、君……本庄走(ほんじょうかける)君か。君、えらくブラックな会社に勤めてるな。このままだと近々、死ぬよ……脅しじゃない、君の肉体をスキャンさせてもらったが神経、内臓、脳が過度の疲労状態だ。君、いつ倒れても不思議じゃない」
半年前に強制的に組合から健康診断受けろとの指令が来たんで受けたら、その時にも色々と危険な兆候が出てたとは聞いたけど。
再検査の条項が、ずらーっと並んでたけど仕事が忙しくて再検査どころじゃなくなって……
ああ、再検査は受けてないや。
「はい、それは自分でも分かってます。仕事のノルマが多すぎて寝る時間すら削ってる毎日で」
はぁ……
大きな溜息が楠見さん、ライムさんの二人の口から出る。
「あなた、本庄さん! このままじゃ精神的に追い込まれて自殺するか、それとも脳出血で倒れるか。どちらにしても暗澹たる未来しか無いのよ! 自分で変えたいと思わないの?!」
ああ、彼女、ライムさん、いい人だったんだな。
見も知らぬ他人のために、ここまで心配して怒ってくれるなんて。
「すいません……俺が至らないばかりに……」
そういうことじゃない!
怒り心頭に達するライムさんをなだめるように、
「まあまあ、ライム。彼自身、本当に自分が至らないから仕事が溜まってると思ってるんだから。その考えそのものが間違ってるとは思ってないんだよ、彼は」
楠見さんが言う。
はい?
俺の考えが間違ってる?
「あのー……そういう教育を幼い頃から受けてきたんで今更、間違ってると言われましても……大体、自分をすり減らしてでも社会のために奉仕することの、どこが間違っているのでしょうか?」
俺の言葉に、もう一度、二人から今度こそ、それはそれは、ふかぁーい溜息が出る。
「キャプテン、これは一種の洗脳状態ですね。今すぐにでも洗脳を解かないと」
「ああ、そうだな。緊急処置ということで、まず、本庄くんには特別カスタムを施した教育機械に入ってもらうか」
という楠見さんの言葉で俺は次の瞬間、また別の場所へ飛ばされる。
そこには見るだけで分かる、ふっかふかのベッドが用意されていた。
俺の身体は俺の意思に反し、そのベッドに惹きつけられていく……
数十秒後、俺は久しぶりの熟睡モードに突入していた……
数年ぶりに、よく寝たなぁと思えるほどに寝た。
頭もスッキリ、心地良いベッドの中での目覚め……
え?
はぁっ?!
か、会社へ行かなきゃ!
「だ、誰かぁ! 俺をここから出してくれぇ! 仕事が残ってるんだ! 会社に行かなきゃ!」
パニック起こして部屋から出ようとする俺を止める……
え?
「あんた、誰?」
俺の眼の前に、どう見ても成人女性とは思えない、女子中学か高校生位の年齢の女子が、いわゆるメイド服着て立ってる。
「あれ? 忘れたの? ライムですけど」
「いやいやいや、俺の思い違いじゃないなら、ライムさんってのは、こうスラッと背が高くて、それでいて肉感的でピッチリ目の服を艶やかに着こなしてて……声も違うんですけど? 本当にライムさん? 妹さんとかじゃなくて?」
別の意味でのパニックになってる俺の目の前でライムと名乗る少女は……
「あ、そうだった。もうガルガンチュアに戻ったんだからと変身解いて通常の少女に戻ったんだっけ……じゃあ、あなた、本庄さん向けの姿に……」
そう言うと少女の姿をしていた「何か」がドロっと溶けるように流れ落ち、数秒後に俺の知ってるライムさん、彼女の姿になる……
「ふふふ、その恐怖の目、久しぶりね。ガルガンチュアにいると、キャプテンを始めとして不定形生命体に親近感感じる人たちばかりなんで、この視線と感情は新鮮なのよ」
ライムさんの声、俺が知ってる彼女の声だ。
「ライムさん。あんた、何者? 人間じゃないのは確かだね。不定形生命体? ドロドロの姿が基本形? あ、それで腕を掴まれた時に冷たかったのか……死者とか言ってたけれど全然別の生命体だったんだな」
「そう、私は不定形生命体という種族。擬態と言うより、どんな生命体にもなれるのよね。基本的に血液なんてものはないので、どんな姿になっても体温が低いってことで気づかれたりするんだけど」
「そうだ、忘れてた! 会社、会社へ行かないと! ノルマもあるし昨日からの仕事の残りも山のようにあるんだ! 俺の部屋へ送ってくれないか! なあ、頼むよ!」
一気に喋る俺の表情を見つめながら以前にも増して、ながぁーい溜息を一つする、ライムさん。
「本庄さん、あなたは当分の間、ガルガンチュアから動けません。自分で気づいてないのでしょうが、あなたは社畜状態、それも底辺とまで言っていいブラック企業もいいところの会社にて洗脳されてしまった状態にあります。会社への辞表は、こちらで出しておきました。会社として退職金すら出したくないって方針らしいですが、あまりに酷いので、こちらも裁判に出る状況になります……あ、安心してください、本庄さんは何もしなくて良いですから。洗脳状態を解除するには日数がかかりますので、その間はガルガンチュアでリハビリするような形になりますね」
それを聞いた途端、俺の身体から力が抜ける。
今まで張り詰めていた何かが切れてしまった……
「本庄さん? 本庄さん?! キャプテン、郷さん、プロフェッサー、エッタさん! こちら本庄さんの部屋です! 緊急です!」
ライムさん、何を言ってるんだろうかと思いながら俺の意識は黒く塗りつぶされていった……
俺、どうなったんだろうか……
突然に眼の前が真っ暗になったかと思うと意識が急激に失われていった。
次に意識が戻った時はベッドに横になっていた。
まだ本調子じゃない意識状態なので遠くなったり戻ってきたりの耳に切れ切れの会話が聞こえてくる。
「……彼……命を救うのは簡単……リスクも……」
「それはそうで……彼の了解なんか……」
「リスクとは言っても……寿命が……だけでしょ?」
「師匠……助かるのなら……普通じゃない……」
何を言っているのか理解不能。
聞こえるのは4人分の声だってのは分かる。
一人はライムさん、もう一人は楠見さんだろう。
後の二人は知らない声だ。
また意識が闇に沈む……
意識が戻る。
スッキリした。
頭の中が整理されているような、それでいて精神的なストレスが解消されているような、そんな感じがする。
ライムさんの声が近づいてくる。
「意識が戻ったようね。本庄さん、あなた、大変な事態だったのよ。それこそ、このガルガンチュアでなきゃ助からなかった可能性が高いわ」
「え? 俺、どうなったんです? 急に眼の前が真っ暗になって立ち眩みを起こしたのかと……」
「立ち眩みじゃ無いわよ! あなたは脳内出血を起こしたのよ。危なかったわ、ガルガンチュアの医療施設じゃなかったら手遅れになってたわよ。ただし、命が助かったのは良いんだけど、ちょーっとだけ、あなたの身体にリスクと言うか利点と言うか、普通じゃない状況になったと言うか……」
あ、切れ切れに聞こえてた会話の事か。
「リスクって? 少なくとも五体満足で麻痺やら後遺症が残っているような感じはしませんが。精神的なもの? にしては考え方も何も変わっていないような……」
「その説明は俺がするよ、ライム」
部屋に入ってきた楠見さん……
と、もう一人の男。
「師匠、彼が本庄くんですか。おい君、ヤバかったなぁ……もう少しで死ぬところだったんだぞ。ガルガンチュアの超絶医療施設があって良かったよなぁ。まあ、そのおかげで、ちょいと普通の身体じゃ無くなってしまったが」
「おい、郷。本庄くんを不安にさせてどうする。説明しようか……本庄くんの脳内出血はナノマシン治療ですぐに治療できた。できたんだが、その過程で少し肉体そのものに変化が起きてしまった。まあ、変化とはいっても俺達が普通にしているのからも分かるように見た目の変化じゃない。本庄くん、君、もう普通に死ねない身体になった」
「はい?! 不死身とか不老不死とかですか?!」
あまりの一言に衝撃を受ける俺の口から、とてもあり得ない単語が出る。
回答は……
「まあ、それに近いかな。寿命は今の所だと数百年か。体内のナノマシンのおかげで君の身体は通常の病気や怪我では死なない肉体となった。病気は数分もかからずに抗体を作り出して無効化するし、ガンに対してもナノマシンの攻撃力で自然治癒する。ウィルスや細菌、基本的に毒物でも同様だ。怪我も、よほどの即死状態でない限り大丈夫」
あー……
俺、ついに人間やめてしまったか……
「で? そういう肉体になってリスクは? 血液しか口にできなくなったとか言うのは?」
「ないよ。不老化処置はしてないんで長生きするだけだ……まあ、無茶もできるようにはなったが、あまり肉体を酷使すると良いことなんか何もないぞ。これは経験者からの忠告だ」
ほう、長生きが数百年単位?
というのは別にしてもリスクなしに病気も怪我も治るってのは凄い。
「ところで楠見さん。体がそこまでレベルアップするのに脳や精神がレベルアップしてない気がするんですが? ナノマシンは肉体担当だけなんですかね?」
余計な質問しなきゃ良かったと、あの時の俺をぶん殴ってやりたいくらいなんだがねぇ……
楠見さんは、いとも簡単に回答してくれた。
「ナノマシンは肉体と脳内の細胞に働く。だから、もう肉体のことで心配することはない。さて質問の回答だが……精神については、これからだよ。君にまとわりついてる洗脳と、そして君の本当の力を開発するためには教育機械が必要になる。もう数時間もすればベッドから起き上がれるようになるだろうから、そしたら教育機械にかかってもらおうか。それからのことは心配しなくていい。お膳立てと道筋は俺達が全力で整えておくんで、君は精神と肉体を最高の状態にしておくだけだ」
その後、俺は信じられない物を見て信じられない経験をする事となる……
それこそ、この世にあり得ないものすら経験することに……
「さて、本庄くんの教育機械担当となる俺の名は、郷という。本当は楠見師匠が担当するって言ってたんだが、師匠に任せると、ろくな使い方しないからな」
郷さんというのか、この人。
師匠と言うからには楠見さんと何か縁があるんだろうな。
「郷さんは、この教育機械で精神の開発を受けたんですよね?」
聞いてみたら、とんでもない回答が返ってきた。
「ああ、俺も経験済みだ。しかし、俺が担当で良かったよ。師匠が担当したら、教育機械だけに限らない能力開発やるからねぇ……実績あるんで、やめてくれとも言えないのが辛いところなんだ。安心してくれ、本庄くんの能力開発は俺が慎重かつ安全にやるから」
え?
何か聞いちゃいけない単語が聞こえたが。
「郷さん? もしかして、この教育機械って使い方間違えると非常にヤバイ事になるって予感がするんですが……」
「ああ、特に師匠は。あの人が担当すると教育機械だけじゃすまなくて実戦訓練に近いことまでやるからね。先例が2件も、いや、太二くんも含めりゃ3件か……とんでもないレベルにはなるが、それが普通とか常識をブッちぎってしまうというのが困り者なんだよ。このガルガンチュアのクルーになるとか銀河を救うレベルの予知能力を得るとかなら目的として正しいんだろうがなぁ……少なくとも君、本庄くんの生活レベルや能力レベルを常識ぶっちぎりの世界に到達させるのは如何なもんかな? と俺は思うんだよ」
はい?
「何だか不安しか無いんですけど。俺、本当に、この機械にかかって大丈夫なんですかね?」
「まあ、洗脳を解かないと基本知識すら入れられないし、普通の状況だと君の洗脳状態を解くのはショック療法くらいしか思いつかないレベルだぞ。悪いことに君は生き方そのものを強力な洗脳で塗り替えられてしまってるから教育機械での能力開発が受け付けられない脳領域状態になってる。まずは洗脳状態から開放して普通に物事を考えられる状態にするぞ。あ、痛みやら不快感はない。洗脳状態を解くにも様々な方法があるんで、この教育機械が自動的に君に最適な方法を選ぶようになってる」
負担は、あまりないという事か。
「じゃあ、この洗脳状態からの解放が一番なんですね。聞きたいんですが、いつまで、この教育機械とやらにお世話になるんです? 俺の能力開発って、どれくらいかかるんでしょうか?」
「心配しなくて大丈夫だ。一番長くても数週間……一ヶ月はかからない予定だ。能力開発が終了すれば、君は自分でも驚くほどの力を持てるぞ」
「そうですか……俺は今まで自分に自信がありませんでした。洗脳と言うか俺自身が何かに縋り付いていないと生きていくための芯がない状態だったと思うんです。その自信が得られるのなら俺は大歓迎ですよ」
という事で納得した俺は郷さんの付きっきりで教育機械にかかることとなった。
最初は何も変わった点はない。
数日後、頭の中が混乱しているような状態となる。
「郷さん? 何だか頭の中がグルグルしてるんですが……2つの相反する概念が闘ってるような……」
「そうなったら、しめたもの。君の精神の中で、洗脳で植え付けられた常識と本来あるはずの常識とが戦ってる。これで、本来の常識や概念が勝てば君は心置きなく能力開発に打ち込めるってこととなる」
「そんなもんですかね……うわぁ、様々な事柄に対して、2つの相反する概念と常識が次々と浮かんで打ち消し合ってるぅ!」
また数日後。
「ようやく概念と常識の闘いが終了したようです。非常に安定した精神状態ですよ、今は。これが洗脳状態から開放されたってことなんですかね?」
「そうだと思う。君の脳波をモニターしていても数日前とは明らかに精神安定度が違う。師匠も以前に言ってたが銀河や銀河団、超銀河団が違っても始祖種族の血が残っているような人類種は、もともと精神がタフなんだろうな。あれほど酷い洗脳状態から、こんな短期間で抜け出せるとは……いや、違うか。君、本庄くんの精神耐久値がずば抜けてたってことかも知れないな」
へぇ、始祖種族の血、ね。
「郷さん、その始祖種族って?」
「ああ、いい機会だから知っておくほうがいいだろう。そもそも、この宇宙が晴れ上がった頃の初期に、始祖種族は活躍してたらしい……」
驚くべき内容だった。
人類は、その始祖種族の直系の子孫らしいが、なんと人類は全ての銀河、銀河団、超銀河団クラスにおいても確認されているらしい(ガルガンチュアが訪問した全ての銀河では、主たる支配種族ではなくとも人類が繁栄している星系は少なからずあったと。その他にも始祖種族の新たな考察や痕跡の発見など、どの銀河においても見られるという)
「郷さん、始祖種族って何処へ行っちゃったんでしょうね?」
「さあ? 師匠にも分からんことを俺が分かるはずもなし。ただ、種族としてステップアップを繰り返したとすると今では宇宙の管理者として見守る側に立っているのかも知れない、とは師匠の言っていたことではあるが。俺は、そこまで肉体持つ生命体が進化するとは思えないんだ」
そんな会話を繰り返しながら俺の能力開発が始まった……
俺自身は何も変わっていないと思っていたが、それは大きな間違いだった。
その事は能力開発が終了してから自分自身が驚くような事、事件に遭遇して分かる。
洗脳状態とやらからの解放には、結局半月ほどかかったようで。
自分じゃ自分の状態を判定できないんで、ライムさんや郷さん、楠見さんとの会話で判断してもらったが、なかなか深刻な洗脳レベルだったそうで、長期間、解除されました判定が出なかった。
「いやしかし、君の洗脳レベル、下手すると軍事研究になるくらいのものだった……普通、ここまで酷くなる前に外部の救いが入るものなんだが。社会全体が個人を使い潰すような構造なんて俺も初めて見たよ」
さらっと楠見さんが酷評。
俺自身、洗脳から開放されてからだけど自分の今までの行動と仕事環境を思い返してみて、あんな現世の地獄で、よく生きていられたなと思ったね。
後輩は次々に体壊して辞めていき、現場を管理してた先輩も結局は胃をやられて退職……
俺、彼女に出会って拾ってもらわなきゃ今頃は病院か、あるいは……
ぶるる!
考えないようにしないでおこう。
「ありがとうございました、楠見さん。で? 洗脳が無事に解けた俺に何をさせたいんです? 自慢じゃないけれど俺なんて社会の底辺エンジニア。社会の改革なんて凄い仕事は無理だと思うんですが?」
そういう俺の手をライムさんが取りながら、
「本庄さん、あなたの能力開発は、これから。こちらの郷さんが、じっくりと、あなた自身の中にある能力、眠っている能力を引き出してくれるの。大丈夫、全てが順調に運ぶ手はずになってるのよ。準備や仕掛けは、こっちに任せて、あなたは能力開発だけを頑張れば良いの」
「その能力開発ってやつなんですがねぇ……どう考えても、この俺に潜在能力とかが眠ってるなんて思えないんですが?」
そんな疑問に答えるかのように今度は楠見さんが、
「いやいや、そんなことはない。大体、そもそも君を選抜したのも君が常人にない力を持ってたからだ」
「へ? 俺が、どんな力を持ってたと言うんです?」
「君、本庄くんは、あの駅の待合室にいたライムが見えてたんだろ? 実は、この星の体制改革に必要な能力者を群衆の中から見つけて引き抜くためにライムは死者、シシャ? の役目を受け持ってもらったんだよ」
「確かに、あの混雑する駅の雑踏の中で待合室にいるライムさんを見つけたのは俺だけだったように思います。他の人たちは見えていても無視するかのようにライムさんを意識に捉えていなかったみたいですが」
「そう、あそこでの私の任務は群衆の中から意図的に隠蔽されてる私を見つけられる人を探すこと。ちなみに、あなた、本庄さんが見つけてくれるまで私は一年以上も同じ場所にいたのよ。普通の人類種族じゃ無理よね。相手の意識を意図的に逸らすようなテレパシーの使い方を知ってるような人たちはいないし、それを無意識にでも破れるだけの精神力を持つ人類は、あのポイントでは本庄さん、あなたしか見つからなかったの」
さすが、不定形生命体と言おうか。
一年以上も同じポイントで毎日毎日、俺みたいな能力持ちを待ってたんだなぁ……
そんな感慨に近いような感情に浸されていると郷さんが……
「君というサンプルがいたため、後の選抜は簡単だったよ。君クラスの精神力を持ちながら社会に押しつぶされようとしてる人たちを簡単に選別できるようにセンサーを設定できた」
選別?
「郷さん、一つ聞きたいんですが。このガルガンチュアって超科学の集合体があるなら、多少は強引ですけど社会どころか、この星全体を一気に改革することも可能でしょ? どうして、そんな面倒な事をするんです?」
俺の質問に苦笑しながら楠見さんが答える。
「本庄くんの言ってることだが、可能だ。しかし、それはできれば、やりたくない。ガルガンチュアや俺達は、あくまでも外部勢力。人類ってのは押し付けられたものは、どんなに役に立って良いものでも結局は否定しようとする感情が湧くものなんだ。立ち上がって声を上げて改革を起こす、それは自分たちの中から出るものでなきゃいけない。そうしないと、いつでも、どんな時でも困難になったら誰かが助けてくれるなんて都合の良い考えをするものが多数、出てくることとなる。それでは社会は、人は変わらない」
「社会を根本的に改革しようと思えば自分たちの流した血で成し遂げろってことですか……どうせ、ここにいなかったら早晩、死んでた人間ですからね。やります、俺が、その役目」
それから俺の精神、特にテレパシーを含む超常能力開発、そして、ガルガンチュアの超科学を俺に教え込む教育機械の特別プログラムが組まれることになる。
妙ちきりんな感覚だった。
夢心地だけど、しっかりと脳の特定領域が開発されていくのが理解できていく。
その間、ガルガンチュアの連中は何やってたのかって?
俺の社会改革を後押しするための準備を整えててくれてた。
それも、俺の想像もつかないレベルで……
俺の能力開発作業には、けっこうな時間がかかったようだ。
ちなみにここ、ガルガンチュアに掛時計とか言うものは全くと言って無かった。
「どうして時計が無いんです?」
気になったので聞いてみたが、郷さんの答えは納得できるものだった(俺が納得できるものじゃなかったが、理由を聞くと納得するしか無い)
「それね、ここじゃ時間が意味を持たないから。千年とか万年とか生きてると……ちなみに俺は、この中じゃ最も若くて一万歳に達してない……時計が意味を成さないんだよ。銀河を救うプロジェクトだって、数十年から数百年、時には千年単位で計画を進めることもあるんでね」
はあ、そんなもんですかと俺は圧倒されつつも納得するしか無かった。
「ちなみに、俺が能力開発やってる間、楠見さんたちが準備をしてるって話だったんですが。何やってるんです?」
「ああ、それね。君の社会復帰と社会改革のベースを創ってる。具体的には会社と工場、研究所の設立だね」
はい?
いとも簡単に答えてもらってるけど、俺の国では小さくても会社や工場を一から作るなんてのは、とんでもない苦労を強いられる。
だからこそ、体を壊して会社を辞めていった先輩や後輩が何も出来ずに雀の涙みたいな金額の補償金と年金を頼りに生き延びていくだけの生活を続けている事しかできない。
この国、この社会じゃ会社を維持するのは簡単で、社員を使い潰してもお咎めが小さいから、こんな生き地獄が出来上がるわけだ。
まあ、会社を作ってしまえば後は極端な失敗をしない限り、そのまま続けられるが(規模を大きくしようとすると、それはそれで大変。同業他社の妨害が裏に表に)
「大変でしょう、資金とか土地の確保。俺も少し勉強したことありますが、最初の設立資金で躓いて止めました。社会が新しいものの出現を許さないんだ」
俺の愚痴が聞こえたか、郷さん。
「そんなこと無いぞ、本庄くん。君はガルガンチュアの超科学だけを見てるようだが師匠の行動力とスキルは馬鹿げてるくらいの高さだ。資金の問題? そんなもの空中元素回収装置に頼らずとも師匠の力だけで数日もあれば金のインゴットが10本単位で出来上がる……生きてる錬金術マシンってのは、ああいう人物を指すと俺は思うね」
呆気にとられる俺の能力開発は、それでも順調に進んでいく……
一方、こちらは話のネタとなってる楠見達。
珍しくエッタとプロフェッサー、楠見のトリオで行動中(ライムは本庄についているので、こっちには不参加)
「我が主、ついに空中元素回収装置の力と同様な事ができるまでサイコキネシスが強化されましたか。もう人類どころか始祖種族も超えてません?」
プロフェッサーが楠見のやってることを見ながら、アンドロイドなのに溜息をつく。
「そんなこと無いぞ。同様のことを回収装置にやらせたら、もっと短時間で効率的にインゴットがみるみる増えていくだろう。今回、この星の科学技術程度が低すぎて空中元素回収装置も持ち込めなかったんだから仕方がないじゃないか。時間はかかっても俺の力だけで資金を稼がなきゃ」
「一言、良いですか、ご主人様。えーっと……やってることが錬金術以外の何物にも見えないんですが。稼ぐって意味が基本的に間違ってません?」
呆れた顔で楠見の仕事を眺めるエッタ。
楠見の背後には金のインゴットが100本、ついでと言っては何だがプラチナのインゴットが3本、銀インゴットが500本、鶏卵の特大サイズとも言える大きさのダイヤが20個……
「そりゃ、当然ですよ、エッタ。我が主の仕事は一週間前から集中して、こればかり。徐々にサイコキネシスの実力もコントロールも上達していることでしょうから、数日もすれば倉庫でも借りないと、このマンションの床が抜けますよ」
それを聞いているのかスルーしているのか、楠見は見ている間に金のインゴットを空中から作り出していく。
「まあ、今日はこのくらいで良いか。それにしても、会社設立のための基礎費用が馬鹿高いな、この国。法人税とか安いくせに、どうなってるんだ?」
「ご主人様、高いと言っても程度があるかと。こんな貴金属や宝石、どうするんです? 会社設立だけなら、ここまでの数は不要ですよ?」
「エッタ、それについては私が説明を。我が主は設立した後を考えてるんですよ。会社の建物を建てる、工場と研究所を建てる、その土地まで一気に賄おうとすると、こうなりますよ。そうですよね、我が主?」
「ははは、プロフェッサーの演算能力は健在か。その通りだけど、さすがに、この超特大ダイヤは買い取りが無理だろう。こんなものが世に出たら宝石ってものの価値がひっくり返りかねない。大気中の貴金属を集めてたら余分な微細炭素が邪魔になって、集めて俺のサイコキネシスで圧縮したら、こんなのが出来てしまった……どうしようか?」
社長室にでも飾るか?
雑談のレベルが遥か斜め上となる一行だった。
ようやく俺がガルガンチュアから出られる日が来た。
「本庄くん、準備は完了した。君の方も大丈夫のようだな」
楠見さん、こう言うが。
「準備完了? もしかして、会社設立準備が完了したってことですか?」
え?
早すぎないか?
会社設立準備してるって聞いてから、まだ数ヶ月だぞ?
「えーと。以前にも言いましたが会社を設立するには多額の費用が……」
「大丈夫よ、本庄さん。キャプテンがやることに、今まで抜かりがあったことはないわ」
ライムさん、万全の信頼って表情で、こう言う。
「まあ、ライムさんが、ここまで言うなら信用もしますが……で? 登記簿やら他の書類とか……」
「それなら、もう揃ってる。こいつが会社関係の設立書類と登記簿だ。こっちが工場と、それに伴う研究所の登記簿。権利関係も全て君、本庄くんの名義にしてある」
なにぃ?!
全て合わせたら金額にして、億どころの話じゃないだろうに。
ガルガンチュアってのは錬金術装置でも持ってるんだろうか?
「あ、今、錬金術の事、考えたわね。半分正解よ、あなた。錬金術を使ったのは正しくはご主人様……楠見さんですけど。凄い光景だったわよぉ、ご主人様の手の中で見る間に金のインゴットが出来上がってくのは。科学が行き着くとこまで行くと魔法と違わないって言うけれど、あれは言葉通りの意味ね」
エッタさんが回答してくれる。
俺の心を読まれるのには慣れた。
ガルガンチュアでは精神系統の能力者が普通にテレパシーを使っている。
喋るのは自分の考えを整理する一つの方法だからだ。
「はぁ……もう驚くのにも慣れました。多分、星を砕けるような力で大気中に漂う微細な貴金属粒子を集めてたんでしょ? 見た目は確かに錬金術だと思うなぁ、俺も」
「ということで。そろそろリハビリも兼ねた社長業をやってみないか、本庄くん」
楠見さんに言われ、
「急に社長からですか?! 俺には荷が重すぎるような……部下もいない社長ってのも良いかも知れませんが」
社員募集をどうしようかと思ったら。
「あ、それは考えなくていいわ。社員と重役さん、総勢1000人ほどは確保済みよ」
と、ライムさん、
はい?
なんですか、その手際の良さ。
「創業前に人員手配済みって凄いですね。でも、どうやって?」
「自分で言ってたじゃない、先輩や後輩で体壊して辞めていった人たちがいっぱい居るって。その方たちに声をかけたのよ。本庄さんが会社立ち上げるから協力してくれませんか? ってね」
ライムさん、有能秘書だな、こりゃ。
「凄いですね、それは。でも、かなり体調が思わしくない方たちが多かったんですが大丈夫でした?」
との俺の質問には、郷さんが。
「それなら大丈夫だ。ガルガンチュアに普通に存在してるナノマシンを勧誘時に当人及び家族に対して散布した。ガンだろうが白血病だろうが即死状態でなきゃ完治させちまう。まあ、ガルガンチュアのような膨大なエネルギー源がないので効果が出るには時間がかかるんだが」
おおお、ガルガンチュアの船内大気までが凄いのか!
「時間かかるって、どのくらいです? 年単位でも完全治癒は凄いですね」
「いや、そこまでは。最悪なガン症状でも、まあ半年はかからんだろう。脳出血とかの重病でも二ヶ月もないと思う」
いやいやいや、郷さん!
そんなの不死身って言葉と変わりませんがな!
そんなこんなで俺が再び、故郷の星、故郷の地を踏んだその日には、もう会社、工場、研究所は動き出してた……
ガルガンチュアから、もう慣れた感のある転送で、あっという間に郊外の地へ。
「えーっと……楠見さん、目の前にあるのは、どういった巨大企業なんでしょうか? これを目標に零細企業から頑張れと?」
ドデーンという感じで俺の目の前には巨大な壁と門扉が存在している。
一目見るなり、こりゃ官民軍合同の兵器やら最新技術の開発工場だろ、という感想が俺の頭に湧き上がる。
まるで兵舎か刑務所に近いような、高さ5m以上もある塀というか壁が門の左右に展開されているが、その距離が普通じゃない。
視線を遠くにやっても、その切れ目が見えない……
「おいおい、何を言い出すのかな、本庄くん。目の前の本社兼工場兼研究所こそ君がこれから社長として経営し、導いていく会社だよ」
ははは……
予想してた回答が来ましたよ……
俺、第一歩から自信がなくなったんですけど。
ガルガンチュアで貰ってた(今まで忘れてたよ、あまりの現実に)IDカードを取り出して、門に取り付けたカメラにかざすと音もなく巨大な扉が開く。
後で聞いたら、門そのものが開閉するのは、あまり頻繁にやらないんだそうで。
巨大物の搬入出やVIPの視察や訪問に限るんだって。
警備に挨拶して俺達(俺、楠見さん、ライムさん、エッタさん、郷さん、プロフェッサーさん)一行は会社と研究所、工場の見学ツアーに。
あまりに広い敷地なので電動車(完全無音! まあ、これだと逆に危険なので通常走行では音を出すんだそうで)に乗って、まずは工場へ。
あっけにとられる俺。
何なの?
何を作り出すことを目標にする工場なんだ?
だだっ広い工場内では今は作業機器や工作台、工場内の試験用小部屋などを設置中。
「本庄くん、工場部分は特別に大きくしている。これくらい広くないと直径500mの球状構造物は設置も運び出しも無理だからね」
はい……
直径500mの球状ってので思い出すのはガルガンチュアの搭載艇置き場。
あそこにゃ、万単位で直径500mの球状搭載艇が置いてあったなぁ……
「楠見さん、もしかして、もしかしてですが、この工場では球状宇宙船を作り出すのが目標とか?」
もしかしたら否定されるかと、すこーしばかり期待してたのは俺の甘さ。
楠見さん以下、ガルガンチュアクルーは、ふかーくうなずいた。
「あのですねぇ……この星では球状宇宙船どころか、現在の最新技術でも固体燃料ロケットがいいとこなんですよ! あまりにオーバーテクノロジーだと思いませんか?」
そんなこと全てリサーチしてると言わんばかりの笑顔……
いや、黒い笑顔だ。
「ふっふっふ、今から10年も経たないうちに、そんな低レベルの宇宙船は廃棄させることになるだろうさ。さあ、次は研究所だ!」
ここは研究所、とゲートには案内文字が書かれていたんだが……
「えーっとですね。研究所の職員が全然いないんですが?」
当然だろ、との顔でエッタさんが。
「この星の科学技術も科学理論もガルガンチュアに比べて数千年は遅れてます。同程度になれとは言いませんし、それは精神的に未熟な種族に危険な火遊びを教えることにもなりますのでやりませんが、少なくとも災害や生命救出に関わる機器や装置を開発するだけのベース知識までは引き上げないと。ということで研究所の職員は研究職だけじゃなく事務職も全て教育機械にかかってもらってます。本庄さんのカスタムとは違い、こちらのは数段、知識的に落ちるものであるのは否めませんが。まあ、あまり最新知識に触れるのは危険でもありますから」
あ、そうですね、同感です。
ちなみに、俺の教育機械にはガルガンチュアの跳躍エンジンや航法までの知識も入っていた。
後で考えたら、こんな未開種族に、こんな超科学教え込んで大丈夫なんかね?
と思ったもんだが。
幸いにして、これを知ってるのは俺のみ。
未開の愚かな原住民に最新知識は侵略意欲を掻き立てるだけだ。
「あと数日は教育機械に活躍してもらう。その後、工場の稼働準備完了と共に研究所も開発作業開始。会社と言うか販売元は、もう少し後から稼働するって計画だよ」
えーっと……
楠見さん?
俺、社長の役目、しなくても良いのでは?
そう聞いたら、
「ダメダメ、この会社を起こしたのは君のため、社会のため。ならば、この会社を率いていくのは地元民の君しかいないだろうが。無関係の俺達は、お膳立てまでだ」
これで、お膳立て?
宇宙規模のお節介がどういうものか、ようやく理解できるようになってきた俺だった。
さて、今日から会社の正式なスタートだ。
とは言うものの、もう既に工場と研究所は稼働を始めており、工場では市販品の、研究所では試作品やモックアップの製作などが行われ始めている。
「さて、と。何とかサマにはなってきたな、本庄くん」
郷さんが茶化すけど、俺自身はサマになってきたどころじゃない。
今朝の正式発足式典では、俺に全てのスピーチに優先する最初のスピーチが任されてたんで大変だった。
文章考えるのに、徹夜したんだからな!
まあ、その割にゃ短くて3分も続かなかったが。
短くて良かったと思われたのか、やけに盛大な拍手が来たのは受けたからだと思っておこう。
「だ、大丈夫ですかね? スーツ姿、サマになってます? 変じゃないですか?」
「大丈夫です。自信持ちなさい、本庄さん、じゃなかったわね、本庄社長!」
ライムさん、励ましてくれるんだろうけど俺はもう生きた心地がしない。
俺の部下たち1000名の生活と将来がかかった会社がスタートし、俺がその頂点となったんだ。
俺の背中に1000人の社員と、それに数倍する家族の生活もかかってる。
緊張しないほうがおかしい……
楠見さん、あんたらみたいに他人事みたいな気軽さでいられないんだって!
「ははは、本庄くんは生真面目だな。もっと気軽にやらないと、これから数十年は社長業をやるんだから」
楠見さん、気軽に……
数十年?
「え? 数年で交替じゃなくて? もっと適格者はいるでしょう! 俺なんて元底辺エンジニアのポッと出の社長より経営手腕確かで頼れる人材が」
俺の狼狽えを聞き逃さず、
「おいおい、ここまでお膳立てしたんだぞ、本庄くんの性格や生真面目さ、責任感などを鑑みても、君が社長に適任だよ。ちなみに、ガルガンチュアで飲食してた事で、すこーしばかりマズイ事態にはなってるが」
マズイ事態?
ど、どういう事?
「も、もしかして、ナノマシンの一部が俺に合わないから、それが異常動作しちゃって遺伝子段階から変質しちゃってるとか?」
「あのな。どんなモンスター小説だよ。違う、そんな事じゃない……まあ、ガルガンチュアの船内に散布されているオリジナルのナノマシンに長く触れすぎたんで、君の身体細胞が変質と言えば変質してるんだが……長命なんだよ、これが」
長生きできるのかぁ、良かった。
え?
なんで、長生きできるのが厄介になるんだ?
「も、もしかして、もしかすると……長生きの期間が……」
楠見さんたちは万年単位で生きてるって言ってたな……
「そう、長生きのレベルが違う。少なくとも君個人は1000年を超える位の寿命があると思ってくれ。社長業も、やろうと思えば数百年は続けられるが、そこまでやると生ける伝説になりかねんので、適当なところ、数十年で引退したほうが良いだろうな。お望みなら数万年という相対的不死にもできるが? その代わり、子供は無理になるが」
「いやいやいや、要りませんって! 俺は、ただの人類の一人にすぎません。そんな気の遠くなるような寿命を貰っても使いみちがないです」
「そうか……ちなみに、限定的な寿命しかないんで君の場合は繁殖可能だからな」
うっかり聞き逃すところだった……
「え? 俺、子供を作れるんですか? てっきり、長寿の代わりに繁殖能力は無くなったと思ってましたが」
「寿命が千年伸びたところで子作りできないようじゃ、この宇宙のどれだけの種族が絶滅すると思ってるんだ? 数万年どころか無機生命体なんぞ数億年単位の寿命を持ってるが子作りは可能だぞ……まあ、その活動はタンパク質生命体の俺達じゃ認識されるまでにはいかないが。生きるスピードが違いすぎてな」
頭がクラクラしてくるような情報が。
しかし、俺が子作り可能と分かったのは一安心。
俺自身、今まであまり結婚とかに興味はなかったが、社長業が落ち着いたら考えても良いかも……
「まあ、それはそれとして。では、張り切って社長業に勤しむとしますかね!」
宣言しちゃ不味かったかな?
ライムさん、俺の言葉を聞いて、次々と来客を通し始めた。
一組30分、それが昼食も食えずに就業時間いっぱいまで、ずーっと会談、面談、商談が続いた……
ちなみに俺の帰る自宅は……
「あ、もうアパートは引き払っておいた。とりあえず仮住まいとしてホテルを使ってくれ。今、社長宅は建設中だ」
と言われて鍵をもらう。
行って驚いた。
一流ホテルのスイートじゃないか。
前金で三ヶ月分、いただいてますって言われたときにゃ何の冗談だと思ったよ。
とりあえず、前のアパートにあった数少ない日用品、段ボール箱に数箱あったんで、トランクルームに預けてるよと言われ一安心。
これから数ヶ月、豪華だけど味気ない(食事は豪華だぞ、ちなみに)部屋で過ごす毎日を送る俺だった。
出社したらしたで殺人的スケジュールで、あっちへ飛び、こっちへ視察、商談ついでに食事の毎日だけど……
秘書として有能なエッタさんとライムさんが補助してくれているので俺は指示通りに動いて人と会い、商談を纏めて総務部に投げるだけ。
重役の方々も、それなりに忙しいとのこと。
俺クラスではないが、大企業と言われるところの部長や重役クラスとの会合や飲み会が毎日のようにあるらしい。
まあ、アルコールの強制分解はナノマシンがやってくれるんで、体を壊すようなことはないらしいが。
ここで、突然出現してきた大会社(巨大企業になる可能性が高い謎の企業)に対する、既存の企業グループの対策と方向を決める会議室の模様をお送りしよう。
「さて、今日の議題は。君、議長役をやりたまえ」
社長あるいは会長が指名した重役の一人が、うやうやしく挨拶し、
「ご指名、ありがとうございます。では、総務部長の私が議長役を務めさせていただきます。メインの議題、というか、昨今は、これしか無いと思わせるものですな。突然に現れて、業界を震撼させている謎の大企業、本庄機器開発販売という会社についてです。営業と総務、それぞれに例の会社担当課長がおりますので、ここで詳細を報告してもらおうかと思います。議論と結論は、その報告を聞いてからでも遅くはないと」
それを聞いた重役連&社長は無言で頷く。
ある意味、その会社を一番良く知るものは担当課長クラスだろう。
部長以上だと、あまり外出の機会がないので、こういう場合の情報源は課長や係長だ。
「では恐縮ながら営業畑一筋のこの私、営業四課、各種防災資機材担当課長の私が、一ヶ月前に突如誕生して、この短期間で驚くべき業績を挙げている(株)本庄機器開発販売について我が営業四課の持っている情報をご説明いたします……よろしいですか? では、お手持ちの資料、その一を開いてください。表紙の次に、かの会社が扱う商品を列挙してあります」
ここで営業一課、歴戦の勇士ばかりが集まると言われる食料と飲料水、燃料を主として扱う花形営業を仕切る営業部長から手が上がる。
「失礼、四課の課長とは顔なじみではないが、このリストを見ると我が一課が担当していない理由が分かるかと。ウチの課では扱わない、防災や救助資材、現場で使われる特殊機材などを開発・販売する企業だと書いているが……このようなニッチな需要でしかない、失礼、言い過ぎたな、特殊な需要の業界で大企業というのは、早晩、会社が傾くのでは? 会社の規模に需要が追いつかないではないか」
部長の言うのも、ごもっとも。
食料や飲料水、燃料など何処の国も欲しがるものならまだしも、人命救助や消火・災害救助や災害復旧に特化した大企業など今まで聞いたことがない。
それもそのはず、あまりに需要が限られる業界だから。
開発費や会社の維持にかかる費用を捻出しようと思えば、それなりに資材や機器の価格を上げなければいけないが、この業界の価格は、ずいぶん高値ではあるが固定価格のようなもの。
需要が限られているのだから仕方が無いとは言え、大会社ともなれば人件費・研究費など固定費も馬鹿にならない。
「もしかして、ニッチ需要を足がかりに他の部門にも手を出すつもりなのか? 確かに、業界に名前を売るなら画期的な救助機材を開発するだけで良いからな」
総務部長の見解。
それに対して四課課長は、
「はあ。確かに将来的には他の部門に手を広げることも考えているようですな。あちらの課長や係長たちと飲んで情報を仕入れようとしたんですが、まあ極秘に関することは中間管理職には知らされていないようで。それと、これは私の個人的見解ですが、あちらの社員は誰も彼もアルコール耐性が強いようで。この私が何度も酔い潰されてしまいました」
当の課長が大酒飲みであることは社内の了解事項のようなものなので、皆、一様に驚く。
あの課長が酔い潰されるなど、あり得ない。
噂話ではあるがプロレスラーや力士と飲み比べをして勝ったこともあるという課長を酔い潰すとは……
「話が、あっちの方向へ行ってしまいましたね、すいませんでした。ともかく当面は救助や災害復旧業界一本でやりたいとのこと。付属の資料を見てください……リストにあるのが、この会社が扱っているものです。おや? と思うような製品もありますが、全て救助と災害復旧で使用するためのものだそうです」
リストに食いついたのは開発三課の課長と、それを管理している部長。
ちなみに三課とは民生用の重機や工事用機材・資材の開発を行う部署。
「営業四課課長に聞きたい。このリストにある個人用パワーローダーとかいう代物は何だね? 我社でも開発部が苦心惨憺している個人用パワードスーツと同じものなのか? もしや、我社の開発情報、内部機密が漏れているのでは?」
部長や課長が心配しているのは相手が当社の内部情報を盗み取って製品化しているのではないかという疑い。
それに対し営業四課の課長は、こう答える。
「いえ、その心配だけは皆無かと。なぜなら、こっちの開発中製品の状況に対し、あちらの会社の製品のほうがデザインも性能も優れているからです……おっと! 社長や重役方の目前で言うセリフではないと分かってはいます。いますが、これだけは言わせてください。我社と向こうの会社じゃ、理論も技術も、おまけに経営理念も数十年……いえ、百年は違っているかと思われます。もちろん、向こうが進んでいるのですよ。向こうの係長や課長たちと付き合いだして私も当社の勤務状況の酷さに気づきました……まあ、これだけのことを社長の前で言い切るには当然の覚悟も出来てます。部長、これが私の退職願です。お受け取りください」
眼の前で自分の会社が酷い勤務状況だと言い放たれた社長と重役連は苦い顔をしている。
社長が、その手を上げた。
「課長、良い覚悟である。そこまでの気概があるなら私から一つ聞きたい。これから10年後、当社と向こうの会社、どっちが繁栄していると思うかね?」
社長には自負があった。
ここまで巨大企業にしたのは自分の力でもある。
10年後も巨大企業は揺るがないだろうという信念がある。
しかし、当の課長は哀しそうな目をして社長に本音の回答をする。
「申し訳ありませんが10年も経たぬうちに当社は傾くでしょうね。未来を開いていくのは(株)本庄機器開発販売でしょう。これは絶対の自信を持って言えますよ。製品の品質、機能、デザイン、どれをとっても当社の製品など足元にも及びません。それに加えて労働環境、一度は視察に行くべきですよ、社長と重役の方々。全く思想が違いますね、あれは」
そこまで言うと当の課長は、途中ではありますが私は退社させていただきますと断りを入れて会議室から退席する。
ここまで社長に言い切ったのだから、クビを覚悟していたのだろう。
その顔は晴れ晴れとしていた。
昨日までの、下から突き上げ、上からプレッシャーをの日々に耐えていた暗い表情とは段違い。
ちなみに元課長、その足で(株)本庄機器開発販売へ向かう。
中途採用だろうが、向こうの会社では関係なし。
有能であればどんどんと上に行けることは確認済みだ。
自分が作ったリストには意識的に載せなかった物がある。
それを扱えるのは、いつになるだろうと未来に思いを馳せる元課長であった。
話を元に戻して(株)本庄機器開発販売へ。
「我社の労働スケジュール、楽と言えば楽なんだけど……これで本当に会社の業績が上がってるのかなぁ?」
新入社員の独り言。
今はお昼休みの時間。
休憩室もランチルームも巨大な食堂も完備されている本社兼工場兼研究所の敷地は広大。
素早くランチを終わらせて、ひとっ走り会社の敷地を一回りしてこようなんて肉体思考の者も結構な数がいる。
広大な会社敷地の内周道路(一番外側の、すぐ横にフェンスや塀がある道路)は一周すると約10kmにもなる長い道。
そのためランチ時間も一時間以上ある労働時間となっている。
「心配することはないぞ、新入り。この会社、新しいから業績が低いと思われがちだが、なんのなんの。業界内では会社ができる前から噂になってるくらいのものなんだから。ちなみに工場勤務か? そうか……自分の造ってる物が、どういう製品なのか、どういう環境で使われるのか、一度、研究所を見学させてもらえ。そうすりゃ、この会社が業界でも画期的な製品の製造販売と業績を挙げつつあると理解できるだろう」
先輩、会社ができる前に以前の会社で体を壊して退社するに至った、いわば人生の先輩……
から忠告と言うかアドバイスが。
「先輩ですか。え? 工場勤務のヒラ社員が研究所なんて見学できるんですか? あそこ、物々しすぎて入るどころか近寄るにも躊躇するんですけど」
「心配無用。我社は社員の福利厚生に最大限の努力をしている。これは労働時間の短縮や休日の増加だけじゃない、社員の知識レベルを上げるってことも含まれる。何も知らない社員ばかりが集まっても上から教えられたことばかりを繰り返す有機ロボットと変わりゃしない。人間だったら自分の知識レベルを上げて、もっと働きやすく、もっと効率的にものづくりができる環境にしたほうが良いだろ? ってことで君の名札をチェックさせてもらって……よし、午後から研究所へ行ってこい! 申請は俺がしておいたから自分の知識レベルを上げてこい」
「は? 研究所へ行っただけで知識レベルが上がる? どういうこと? それに午後の仕事はしなくて良いとか……どうなってんだ、我社は?」
後輩の新人君、半信半疑で午後から研究所へ。
「あのー……先輩に言われて工場から来ましたぁ」
研究所の受付では、あっさりと通される。
「事前申請されてますので何の問題もありません。突き当りの部屋に入ると担当者がいますので、そこで午後いっぱい、教育機械にかかってください。ちょうどの時間で業務終了となりますので今日はそのまま寮へ戻ってくださってかまいません。明日は通常通り工場へ出てください。あと定期的に研究所へ来てもらう事となりますのでスケジュールを調整してもらうように、そちらの上司へは、こちらから連絡しておきます」
わけがわからないまま新人君、突き当りの部屋へ。
担当者は、さっそく教育機械の説明に。
「これは仕事だけじゃない関連知識も含めた総合的な教育情報を憶えさせる画期的装置だ。具体的には君の基本的知能指数は2割ほど上がる……理想的には目一杯上げたいところなんだが、教育機械には向かない人間ってのも、ごく少数だが存在するんで仕方がない。まあ今日は仕事の内容と、それについての周辺知識の講義だ。ベッドに寝てりゃ自動的に頭に入るんで、楽っちゃ楽だよ」
え?
そんなものがあるのなら俺の学生時代は最低の教育環境だったんじゃ……
「ちょっと聞いていいですか? 教育機械なんて便利なもの、俺は聞いたことも見たこともありません。画期的すぎて、まだ世の中に出てないものなんですか? 研究所の大発明じゃないですか、それって。世間への発表は?」
担当者、ちょっと考えて。
「新人は同じような事を言うね。学生だった頃が身近だから余計にそう思うのかな? 教育機械は社長のアイデアだよ。とりあえず社内教育に使うだけらしい。俺も惜しいとは思うけど社長は社会に混乱を起こすようなことはしたくないんだとさ。それにしても、だよなぁ」
新人君、ようやく自分が入社した会社の異様さに気がついたらしい。
この教育機械ひとつとってみても、世に出せば大ヒット!
特に教育現場の荒廃が酷いというのはメディアニュースでも叫ばれている。
こんな画期的装置、なんで公開しないんだ?
気づいたら教育機械の動作が終了していた。
眠ってしまったらしいが時計を見れば、もうすぐ終業時間。
「あ、今日はそのまま退社して良いってさ。また後日ね。今度は今日よりレベルの高いものを用意して待ってるよ」
今日よりレベルが高い?
今でさえ頭が異様に冴え渡ってるような感じがするんだが。
午前中までの俺、何だったんだろう?
まさに白痴状態、何も知らない赤ん坊と同じような状態だったんだなぁ……
と、帰り道を歩きながら新人くんは考えるのだった。
今回は(株)本庄機器開発販売の商品についてのお話。
「おい! ついに俺達の現場へも噂の本庄機器の製品が回ってくるって噂だぞ。本当なのかね? 圧倒的に現場じゃ使いやすくて脱着も簡単って評判しか聞かねーが」
ここは、とある大きな都市をカバーする消防救急組織の現場組。
多種多様な災害や事故、病魔など様々なトラブルに立ち向かう最前線組と言っても良い面々は、やはり面構えから違う。
中年から若年組(勤続15年超えのベテラン現場組から、昨年配属の超若手組までということ)まで、それぞれ現場に出た回数こそ違うものの、決意と経験は、男を漢にしている。
「それがですね、先輩。今回は本庄機器からテストバージョンということで最新の災害対応機器が送られてくるらしいですよ。どんなんでしょうかねぇ……俺はやっぱりパワーローダーですかねぇ……装着するだけで大型重機と同じ力で土砂も大木も持ち上げられるってのは凄いですよねぇ……」
「まあ、パワーローダーには俺も驚いたがな。あんな個人で装着できるような超小型で、あれだけの強力な物は見たことがねぇ……テストバージョンだと? あれより凄い最新型かよ。どえらいものが送られてくるんじゃねーか?」
という、待機組のおしゃべり中継はここまでにして、場面切り替えは(株)本庄機器開発販売へ。
「ほーい! スローダウンで……はーい! 止め! ロープ解いて木枠を取ってください! ……主任、いよいよですよね。大きすぎると思った工場のスペースも、こいつが入るとちょいと手狭に思えますよね」
「そうだな……俺も航空機分野からの転職組なんだが、こいつには驚かされる。今この瞬間、この目で見ても、こいつが空を飛ぶものだとは思えんよ。まあ、第一号として試験機なんでテスト運用としてお隣の市で災害救援業務に使用されるらしいが……俺は、こいつが市や県とかのレベルで使用されるべきものだとは思えんのだよ。こいつは最低限、国家レベル。最適な使い方をするのなら超国家レベル、つまり星一個を業務範囲に含めるべきだと思うんだ。そうしなきゃ、こいつの仕様が泣くぞ」
そう話している二人の目の前にある物は直径50mクラスの球形物体。
2人は飛ぶと話しているが、どこにもエンジンや噴射口、プロペラなど見えない。
それに加えて窓らしきものすら見えない。
巨大な球体、こんな物を救助作業に、どう使おうというのか?
数時間後、工場から引き出された球状物体。
工場長から運用スタッフへ引き渡しも完了し、運用スタッフが中に乗り込む。
ブゥンッ!
独特の異音が耳を打つが、一瞬のこと。
どうやら球状物体の動力炉が動き出したようで。
中で制御回路やら安全装置やらのセルフチェックが続いていたらしく、しばらくは動きがなかったが、ついに微細振動と共に球状物体が空中に浮く。
数10cmほど浮いた状態で微細な振動の修正を行っているらしく徐々に振動は収まっていく。
数十分後、完全に静止している状態で空中に浮きつつ、それ以降の回路やソフトのセルフチェックを行うと運用スタッフは外部に対して警告を発する。
「あー、あー。テステステス、外部音声出力テストOK! 今から工場敷地上を低速で飛ぶので工場要員は工場内へ避難してください。安全性は高くとってますが、もしものことが考えられますので飛行テスト中は工場、会社、研究所の中から出ないでください。テスト時間は、およそ30分です」
工場長以下、工場へ避難。
会社も研究所も視察に来た外部のものすら危険だからということで、どこかの建物へ避難。
完全に外出している者がいなくなったと確認できると球状物体……
球状飛行機と呼ぶほうが良いか?
は、そのエネルギー出力を上げて工場敷地から700mほどの高さへ舞い上がる。
飛行機のような滑走距離は無い。
浮いた状態から高空へ、そのまま垂直に浮き上がるように、まるで水素やヘリウムガスの詰まった風船が手を離れて空へ飛んでいくように、少なくとも数百トンはあるだろう金属物体がフワリと空へ浮いた。
そのまま水平飛行へ移る球状飛行機。
最初はゆっくりとした速度で。
徐々に速度を上げて時速500kmほどの速度まで出すと、テスト時間が終了したのか最初にあった工場前に着地する。
工場や会社、研究所から歓声と拍手が巻き起こる。
運用スタッフは、その大騒ぎの中、至って冷静に機内から降りてくる。
「工場長、飛行テストは完了しました。仕様ですのでエンジンは止めずに、このまま出荷してください」
運用スタッフは今からテスト運用される市の中央消防署へ向かうスケジュールになっている。
これから一年間、第一号機と共に様々な現場へ向かい、隊員達の補助やアドバイス、運用方法のマニュアルを作成するための様々なテストを重ねていく事となる。
一年後、市内だけではなく県内、それどころか国内までカバーする目覚ましい活躍をする消防組織が注目され、その象徴となる球状輸送機が注目されることとなる。
国内どこへでも災害救援依頼が届けば1時間以内に駆けつける姿は救急や災害救助の常識を軽々と過去のものとする。
3年も経たぬうち国内だけでなく、この国の友好国などにも、この災害救助専用大型球状輸送機が輸出され、大活躍をする。
ただし、不正な手段で、この輸送機を手に入れ軍用転用しようとした国も数ヶ国あったようだが、その場合、ウンともスンとも動かなかったとのこと。
エネルギー炉だけでも使えないかと分解しようとしてもブラックボックスが多数あって、それを外すとエネルギー炉は動かなくなるので、どうしようもない。
軍用機として使用不能のため不正使用した国は正直に非を認め正規利用の輸入を打診してくるようになった。
会社としては、むしろ喜んで、その取引に応ずる。
「まずは不正利用の愚かさを国単位で知ってもらうということから始めねば。分解して理屈が分かるような製品じゃない事は赤ん坊でも分かりそうなものなのになぁ」
「社長、それは可哀想かと。赤ん坊も一度痛い目を見ればイタズラを止めます。繰り返すようなら赤ん坊にも劣ると思いますが……」
国家単位での改革が始まった……
ここは(株)本庄機器開発販売の本社、社長室……
の更に奥にある極秘会議室。
そこでは他社が知りたがっている新製品情報など低レベルの機密情報などではない、本当の意味での極秘会議が開かれていた。
「あのですね……今の文明程度のこの星に一体なんつー超科学製品を持ち込んでくれたんですか! あれを飛行機だと説明したって誰一人として納得していなかったんですよ、発表会で」
本庄くん、熱弁。
それもそのはず、新製品発表会では彼、本庄くんが開発でも最高責任者だと発表されてしまったから。
製品の説明と百分の一のスケールで作られた新製品、球形飛行機の展示飛行発表会が本庄社長の指示のもとに開催されたからでもある。
「あれ、大変だったんですからね! 球形の飛行機なんて代物、今までに開発どころか妄想すらされたことがないんで取材陣や同業者、商社などへの説明が大変でしたよ。おまけに飛行機だから航空機として必要な書類とかも膨大だったんですから。付随する各種の防災・救助装置や器具のほうが簡単でしたよ。まあ、説明始めた途端、会場が大騒ぎになった製品もありましたけどね……個人用防御フィールド発生装置とか、とてつもない電力を発生させる超小型ジェネレータとか……楠見さん、一応、この星の科学技術で説明が可能な機器や装置ばかりでしたが、あの球状飛行機はギリギリでしょう。理論からして普通じゃないですよ」
本庄くんの熱弁にも関わらず、楠見たちの方は、あっけらかんとしたもの。
「まあ、ギリギリではあるがアイデアとして実現可能なもの、という事で出せるものは全て出したんだよ、今回。大体、この国と他の国じゃ使ってる災害救助や防災器具が違うってのは、どういうことだ? ある程度の技術発展をすれば災害に対する要求が高まるのは当然、それを全世界で共有化するのが普通だろうが。それが何だ? この星。最先端の国とそうじゃない国で火災や災害に使用する機材や装置すらバラバラってのは、あまりに酷すぎる! 今回、この会社の名前を使って全世界に共通な、いや将来的には、この銀河で共通に使えるようになるだろう防災器具と装置を発表させてもらった。良いことじゃないか?」
「あ、あのですねぇ……これで、どれほどのインパクトを業界に……いや、業界だけじゃない、一般社会に、どれだけの衝撃が走ったと思ってるんですか! 例えば、この超小型ジェネレータですが早速、電気自動車や航空機のエンジンに使えないかとの電話やメールがひっきりなしに総務や営業に届くって悲鳴が上がってますよ。個人用防御フィールドなんて、どこもかしこも喉から手が出る代物で巨大商社からは数百万個単位で商談が来てるくらいですよ……私含めて重役連中も、あっちこっちからの巨大な商談を断るのに必死なんですから」
ちなみに、とライムが報告。
「今現在、各商社や製作所が全世界規模で人員を揃えて我社の近辺に営業所や支店を建てているとのこと。電話やメールじゃ埒が明かないっていうコトらしいですね」
「ああ、それで市内が建設ラッシュなのか。両隣、お向かいさん、裏の土地にも、でっかいビルや工場が建設中って看板、立ってるもんな」
郷が市内を散策してた時に見つけた建設中看板は至るところにあった。
本庄機器開発販売が広い土地を確保したのは、まだまだ田舎で土地が余っていたからだ。
それが瞬時にして田んぼも畑もビルや工場に変わり、のどかな田舎の風景が数ヶ月後には大都会と変わらぬ風景を呈するようになる。
まあ田舎だから商店が少なかったところに一気に建物と人口が集中したので、今の所、市内で一番大きかったホームセンターが、なんとか客の需要を捌いている……
数ヶ月後には巨大なショッピングセンターが建つ計画が進行中(その中に(株)本庄機器開発販売の個人向けテスト販売ブースが設けられる予定だと噂されている。どんな商品が並ぶのか、今から業界ならずとも興味津々だろうが)
本庄社長の気分が険悪化しそうだと気づいたエッタが議題を変えようと、
「こほん。では議題を変えまして……次は、どのような新製品を出しますか? 私としては個人用の教育機械などいかが? と思うのですが」
本庄社長、いの一番に発言。
「いや待ってくれ。あれは、いくら何でも出しちゃダメだろ。知能指数が150超える一般社員が今うちの会社にどれだけいると思ってるんですか? 全社員の3割超えですよ、正直なところ社内教育ってことで制限してて、これだけの数値なんですから、製品化して市場に出したら天才と秀才ばかりの社会になってしまいますよ」
「おや? 本庄社長は社員の知的レベルが高まるのには反対ですか?」
プロフェッサーが疑問を口にする。
「いや、絶対反対ってわけじゃないんです。しかし、教育機械は下手に使うと、まさに社会革命を全力で後押しするデバイスになりかねませんよ。私は、もっと時間をかけつつ、ゆっくりと社会常識や労働時間の考え方、あなた達の言う「洗脳社会」からの脱却を図りたいんです。一気にやってしまったら社会どころか全世界の経済が根底から崩壊しかねませんよ」
「それは理解できる、本庄くん。しかし俺達は数十年とかの単位で、この社会を変えていくためにこの星に乗り込んだわけじゃない。もっともっと速く、予定では数年で全世界規模の社会改革を実現させる予定なんだけどね」
楠見の本音が暴露され、驚く本庄。
「本気ですか? 本気のようですね。まあ、ガルガンチュアの力とクルー全員の力があれば多少は強引でも出来るでしょうが。考えてみりゃ、この新製品ラッシュでも業界の常識は崩壊しちゃってるわけですからね。ちなみに少なからず中小の同業他社が倒産しそうなんで、こちらから合併という形で工場や社員は救ってあります。ドアノブに使われてた模造ダイヤだと思ってたものが実は本物のダイヤだと知った時の驚きは凄かったですよ。4つばかり売りに出したら、その金で同業他社の救済完了しましたけどね……後、10個以上残ってる巨大ダイヤ、どうすれば……」
「好きにしてくれて良いよ、金や銀のインゴット造ってた時の余り物なんで。たかが炭素の塊なのになぁ……どの星でも高価な宝石扱いって納得行かないよねぇ……」
楠見の言葉に突っ込みそうになる自分を、ぐっとこらえる本庄だった。
「そうですか、では何かの場合の緊急換金物とすることにします。まあ今は会社を立ちあげて一年と少しなんで、まだ金回りが良くないですが、これからは莫大な利益が上がってくると確定されてますからね、当分は使いみちもないかと思いますよ」
ここでプロフェッサーから意見が。
「ところで、ニュースによると今現在、特効薬もない風土病の一種と思われるものが流行し始めているとか。世間ではスーパーペイン(激痛が突如起きる)病と言われていますが当社では、どのように?」
「どのように……と言われても。ご承知のようにガルガンチュアクルーと私がいる状況の我社に、もしもスーパーペイン病の患者がいたとしても我々の持ってるナノマシンが病原体を駆逐しますよね。特に対策とか要ります?」
病原菌には無敵の会社だと本庄社長。
「それはそうなんだろうが。ちょいとプランがあるんで……」
楠見の考えたプランは単純なもの。
営業職を国内は当然、海外へも一定期間、一定数を送る。
話題となっている企業からの営業なので当然あっちこっちから引き合いが来る。
その営業職の社員には予め、たっぷりと(食事に含ませた)ナノマシンを摂取させたり、スーツケースに小さな小箱を10個ばかり持たせたり。
「該当する空港や首都に到着したら、その小箱を開けるだけ。何も入ってないと思うだろうが、とりあえず開けるんだ。それ以外は普通に営業として各国で商談してこい!」
一ヶ月もしないうち、厄介だと思われたスーパーペイン病は徐々に患者数を減らしていった。
原因となった国でも徐々に患者が治っていくので不思議に思いながらも病気への勝利宣言なるものを出す。
半年後、全員が帰国した後で社長からの慰労会が行われ、不思議に思いながらも営業社員たちは慰労会を楽しむ。
「説明しても理解してもらえないからなぁ……ナノマシンなんて超技術、つくづく、見えなくてよかったと思うよ、俺は」
本庄社長の呟きを聞き取るものがいなかったのは幸いだろう。
新製品のラッシュとなってしまった感のある(株)本庄機器開発販売。
とりあえず今現在の主力商品、大きなものは球形飛行艇(球形飛行機の名称を変更。どんな場所でも着陸と浮上が可能となるため飛行機より飛行艇のほうが良いだろうと変更される)で、細かいものは超小型装着タイプのパワーローダ、個人用防御フィールド発生機、超小型携帯用ジェネレータ(発電機)、その他の救助用資材・機材(その中には地中捜索用のドリル装備も。需要がそんなにあるとは思えないのだが、なぜか引き合いが殺到するドリル装備だった)
この新製品ラッシュが数年続き、(株)本庄機器開発販売は業界だけではなく一般企業も巻き込んで、その名を知らぬものなしとまで言われる大企業に発展する。
関連企業や子会社は数百社に及び、その販売先は、あらゆる業態、企業、業種に及ぶ……
ただし、ごく一部の企業(銃器・兵器を扱う企業を指す)を除き。
今や街路には車両用に大きくなったジェネレータを搭載した無公害の小型電動車両が走り回り、空には球形飛行艇(ただし直径300m)が飛び回っている。
さすがに古いものを最新のものと急に取り替えることなど出来ないので旧型飛行機と球形飛行艇が同じ空を飛ぶ姿は異様とも言えるが、段々と慣れてきている。
「ほう、今日は球形飛行艇のほうが多いようだな……旧型飛行機はやかましくてかなわんよ」
などという会話すら聞こえるようになっている。
実際、旧型の消防自動車などは騒音の塊に近いものだったが、今は風切り音くらいのものだけが球形飛行艇の飛ぶ証。
「♪空を見上げりゃでっかい真ん丸今日も行く行く災害現場♪」
なんて歌まで登場する始末。
世界消防省(世界規模組織になり装備の統一を推進することとなる)の、ゆるキャラなるものまで登場したが予想通り「球形キャラ」だった。
球形の服の中には様々なアイテムが隠されており、その時々によって服の中からアイテムを取り出しては様々なトラブルを解決する話(絵本、アニメ)まで作られる事となる。
「まあ、我社のキャラクターじゃないんで文句を言う筋合いもないんでしょうが……お腹の袋じゃなくて良かったですね。前回の放送じゃ、パンツとズボンの間から取り出してたでしょ? あれはお子様向けとして、どういうもんでしょうかねぇ?」
これは、とあるメディアから世界消防省キャラのアニメが大好評ですが何かコメントは?
と聞かれた本庄社長が一言コメントした内容。
「そろそろ、社会改革と行くかな。もう地固めは成功だろう。まずは洗脳状態からの解放……かな?」
楠見が、ようやく社会改革プランの本格実行を宣言する。
「我が主、それには教育機械の普及が先行しないと。この星の社会構造、ともかく働け働け、死んでも働けってワーカーホリック大量製造するためにあるような社会構造なんですから……ただし、本庄氏も言ってましたが、急激に社会構造が変わると、それは革命と言われます。多数の会社が潰れるのだけは避けたいものですよ」
「社会構造って天才と秀才だけで構成されてるわけじゃないんですから、そのへんは理解してくださいよ。底辺エンジニアと言えども知能指数が低いわけじゃないんです、ただ仕事以外に興味がない、人間付き合いが苦手って奴が多いんですから。そういう者たちの知能を上げたとして、そうそう行動に移すと思いますか? 一番悪い状況は高い知能で完全犯罪を目指すやつが出てくることなんですから」
プロフェッサーの言葉を補強する本庄社長。
「それじゃ、本庄くん。君は個人的に、どうやったら一番早く、この泥沼のような仕事地獄、ストレス目いっぱいで自殺者激増の洗脳社会を変えられると思うんだ? 地元の人間、元・底辺エンジニアとしての実感を知る人間の意見を聞きたいね」
楠見は多少は強引でも早急に社会改革を成し遂げたいと思っているようだ。
郷は?
と言うと、こっちは首をひねりながらも、
「本庄くんも師匠も、どちらも今の社会じゃ早晩、潰れることに間違いないって点では一致してますよね。師匠は、だから多少は強引でも早急にやるべきだって意見で、本庄くんは改革が必要だとは思うけど一気に革命なんて速度で改革やったら失業者と倒産が世に溢れるぞ、と。ふむ……どっちの意見も正しいし、どちらも間違ってるような気がするけれど……」
郷の発言を聞いて本庄の口が開く。
「洗脳社会をなんとかしなきゃってのが、まずは先行しますよね。自分の置かれた状況すら理解できないという働き蜂か働き蟻のような生き方で満足してる人間を作り出すような社会と教育は止めないといけない……あ、そうだ、郷さん。教育機械って、ずいぶんなカスタムの幅があるって聞きましたが社内にあるような教育機械じゃなくて、もう数段落とした簡易版って出来ますかね?」
「あ? ああ、可能だよ。それこそ、まったく教育にならない睡眠誘導機として使うことも可能だ。まあ、そんな馬鹿な使用法は誰も期待しないだろうが」
郷の回答を聞いて、本庄社長はプランを思いついたようだ。
「それじゃあ、まずは教育機械の機能を限定して、知能を上げるとか知識を入れ込むというのは最小限に。それとは別に労働の価値というものを根本的に考え直すように誘導するよう教育機械のプログラムを設定できます? ああ、可能なんですね。じゃあ、その簡易版を組み込んだVRゲームマシンを格安で売り出すと……」
本庄社長、どうやらとんでもない計画を思いついたようだ。
半年後、ゲーム機器とは全く関係のない(株)本庄機器開発販売から全く新しいタイプのゲーム機器が発売される。
バーチャル理論をフルに組み込んだとも言えるようなハードの構成と、それと組み合わせる宇宙開拓と開発ゲームの同時発売。
利益度外視?
と噂されるほどに格安で発売された、そのゲーム機は、またたく間に家庭や個人に普及していく。
数ヶ月後、そのゲーム機には思ってもみない機能が付属していることが分かる。
ユーザーの体調や精神状態をゲーム機器がモニターして、あまりドップリとゲーム世界にはまり込む事を防ぐ機能だ。
体調が悪いとき、精神状態が最悪な場合、ゲーム機は自身の判断でゲーム世界にユーザーがいることを危険と判断し、自動的にサーバとの接続を切断する。
ただし、ユーザには切断された事は分からず、ゆっくりと心身を休める状況へゲーム機が誘導する。
ゲームのやりすぎで体調や精神状態が悪くなるという常識を根本から崩す、いわばマシンドクターの機能を組み込んだゲーム機だった。
そして、ゲーム時間の長いものは、ゆっくりとだが自身の置かれている今の状況、勉強や仕事に追われ過ぎている事に疑問を持つのだった……
このところ、一気に忙しくなった感のある(株)本庄機器開発販売。
防災・救助器具や救助用飛行艇だけじゃなく、そのエンジンや制御系を応用したもの、そればかりではなく新しいVRゲーム機まで手を出して、それらが爆発的に売れているという、まさに勝ち組の先頭集団を突っ走っている会社となっているからである。
そうすると世の中というものは面白いもので、その勝ち組先頭集団トップの会社事情が知りたくなる。
何も隠す必要もないので様々なメディアが取材に来るが、どれもこれも一様に不思議な顔をして帰っていく取材陣。
彼らには理解不能だったようだ……
「楠見さん、今日も国営TVの取材陣が来てたんですけどね。本社、工場、研究所、そして新しい事業として三年前に立ち上げたゲーム機器の開発販売事業所。これらを視察してもらった後に、インタビューを俺と総務部長、労務管理部長とで受けたんですが……未だに古い思考、洗脳状態にある奴が多いんですなぁ、これが」
話しかけられた楠見は、やれやれと溜息をついて、
「まあ仕方がないか。この国だけじゃない、全世界がワーカーホリック集団となって、それを若い子どもたちに勲章と映るように育ててるんだ。一朝一夕に洗脳状態から解放されるとは流石に俺も、そこまで呑気じゃない。しかしなぁ……来る局、新聞社、雑誌の編集部って、こんな仕事中毒人間ばっかしだったか? もう少し人間的に余裕のあるやつが多いと思ったんだが、ここまで頭が固い奴らだとは、さすがの俺も想定外だったよ。別室でインタビューの様子をモニターして思ったのは全然話が噛み合わない両者が、それでも妥協点目指して悪戦苦闘してるって構図だったな」
はぁ、とこちらも溜息をつく本庄社長。
「聞く耳持ってるだけ国営放送は優秀でした。とある新聞社のインタビュアーなど頭っからこちらが間違っているという、あれは信念と言うか執念と言うか、凝り固まってましたよね。こんな就業時間じゃ生産性が上がるわけがない! 第一声から即断ですよ(笑)それがないだけ国営放送として洗練してるかと。とは言うものの国営放送の取材陣も同様に仕事礼賛! 休みは禁断の果実で働くことだけが生きがい! みたいな主張ばかり繰り返してましたけどね(苦笑)」
呆れた表情の郷。
「数十年以上、百年近くも仕事が一番、休みは害毒なんて教育されてたら、そんな人間が出来上がるのも納得ではあるんですが。それにしてもトップ利益を叩き出している企業に対して生産性が上がらないという主張は通りませんよね(苦笑)だって、それなら他の会社は努力してないと言ってるようなものじゃないですか。休暇、休み、これが仕事と最適な比率になるようにしないと社員が潰れるという、これも当たり前のことに、なぜ気づかないんでしょう? 私も底辺じゃないけれど会社員として働いてた十数年があるんで実感してるんですが、この会社が普通で他が異常だって誰も気づかないんですかね?」
ライムが補足とばかりに、
「我社発売のゲーム機でプレイしているプレーヤーのディープゲーマー数万人に対してアンケートをとったところ自分の労働環境に疑問を抱いているという人の比率が全体の40%になったとの事です。ディープゲーマーですら四割ですからね、少ないゲーム時間の人たちは洗脳状態から抜け出せそうにもないでしょう」
「さて、どうしたものか……これ以上は打つ手がない。いや、手はあるんだが、これ以上やると技術格差の問題が出てくる。いっそ、他の手段でやるか?」
楠見が、また黒い笑みを浮かべている。
ああ、トリックスターの仮面が浮き出てきたなと思う、他の面々。
プロフェッサーがプランの確認を促す。
「で? 我が主が計画するんです、生半可なものじゃないでしょ?」
そう言われた当の楠見、にやりと笑うと、
「そうだな、プロフェッサー。今回はメディアをこっちが利用してやるってプランで行こうと思う。時に本庄くん、この会社の利益で広告費に回せるのは、いくらくらいかな?」
聞かれた本庄社長、
「そう、ですね。詳しくは秘書に聞かないとですが使えるのは数十億円くらいでしょうか。広告しなくてもメディアが勝手に我社の製品を紹介してくれるんで今までは広告費に予算配分してなかったんですよ。まあ必要経費ってことで落とせるんで数億はすぐにでも。後は予算配分後かな?」
楠見はライムへ視線を移す。
視線を感じたライムは、
「詳細には、すぐに使えるのは5億くらいです。予算が付けば、この10倍から20倍が広告費として使えますね。まあ必要経費として計上できますから総務や経理などから歓迎されると思いますよ。なにしろ我社は今まで、その関係にお金使ってなかったんですから。それで余分な税金払ってるようなもんですし」
それを聞いた楠見はプランを話し始める。
その数ヶ月後……
季節替わりのアニメやドラマに(株)本庄機器開発販売の一社提供帯番組が数多く放送される。
その内容は様々だが災害救助ドラマなど本庄機器の様々な製品を実際に使った現場再現などのシーンを多用し、まるで災害現場に居るような感覚だと専門家たちからも大好評を得るような迫真演技のドラマが放送され、アニメは普通の一家が普通に暮らす風景が描写される……
しかし突然に大災害が起こり、風が吹き荒れ、屋根が飛ぶ。
そこから立ち直る一家と、その固い絆を描くアニメ。
ちなみに、どちらも就業時間や休暇、休みはきっちりと分けるような描き方をする。
ドラマもアニメも大好評となり第二期、第三期を待望される。
「まあ、最初はこんなもんか。しかしなぁ、特撮シーンを多用って書いてあるんだが、この記事。あの災害救出ドラマには特撮は一切使ってないんだ。宇宙へ飛び出すシーンなんてリアルなんだと言っても信じてもらえんよなぁ、実際……」
本庄社長のボヤキは続く……
ここは、あいも変わらぬ(株)本庄機器開発販売の極秘会議室。
今日も今日とて社会改革のための計画会議が開かれている。
「アニメやら特撮ドラマやら、ようやく反響が出てきたというところかな。とりあえず番組内でリアルタイム視聴者アンケートやってみた結果、どうだった?」
楠見の質問に答えるライム。
「それが結構な割合で就業時間の短縮に関心があるという結果が出ました。デジタルの恩恵ですがリアルで10万人を超える回答があり、その半分弱、およそ48%ほどが番組内で描かれる労働時間に良いとの判断を下しているようですね」
「ご主人様、それを補足すると、とても良い・自分の属している会社も労働時間を短縮すべきだ、という全面賛成が25%、良いと思うがすぐの導入は無理だろう・良いと思うし実現してほしいが現状では難しい、という消極的賛成が23%、それとは反対の、こんなものは社会のためにならん・労働は尊いもので残業や休日出勤は当たり前、という積極的反対が30%、その他も入れて消極的反対が22%という内訳でした。まだまだ洗脳状態の人が多いようですね。まあ会社の重役以上だと反対するしか無いとは思いますが……これだけやっても、まだまだ反対勢力が勝っているというのは気が重いです」
エッタが内容を補足するが、それを聞いて本庄社長は気が重くなった。
「これだけやって、これだけ予算つぎ込んでも、この結果ですか……どうなってるんですかね、この世界。洗脳状態どっぷりだった自分が言える台詞じゃないのは分かってますが、どこかで誰かが糸を引いてるような気がしますよ、ここまで酷いと」
「ふむ……本庄くんの意見にも一理あるかもな。ライムは秘書業に徹してもらってエッタには情報収集に動いてもらうとしよう。何かの団体や結社のようなものが社会や企業の運営方針に関わっているのかも知れない。個人が関わっているとは思えないが下手すると国家単位で指令を出してる部署があるのかも……」
「師匠、怖いこと言わないでくださいよ。働けぇー、もっと働けぇーって耳元で誰かが囁いてるのと同じようなもんでしょうが。しかし俺も師匠の意見に賛成したくなってきますよ、ここまで洗脳解除作戦を展開してるのに、まだ半数以上が洗脳解除に抵抗してるってのが信じられない! 彼ら自分で自分の精神と肉体をボロボロにしてるのが分かってるんですかね?」
郷にも他人事じゃないので(自分の身に置き換えると、覚えが有りすぎる)憤慨しているようだ。
「メディア展開は続けるとして情報収集に力を注ぐべきかも。これは根が深いのかも知れない。本庄くんも気をつけていてくれ、俺の推測が本当だとすると、そろそろ本庄社長を狙う奴が出てくるかも知れない……」
「嫌だなぁ、怖いこと言わないでくださいよ、楠見さん。国家の陰謀で洗脳社会になってるって言うんですか? 国家の方針に逆らうやつは闇から闇に葬り去るって? ちょっと警備の人数とレベルを上げますかね、危険地域扱いで最高度の警備状態に」
本庄社長の発言にライムが答える。
「そうですね、表面的には通常警備にしておき社内のセキュリティ度を最高度にするという形にすればよいかと。敵対組織があるとしてスパイや暗殺者が送り込まれてくるという最悪状況を想定すれば社内で処理することも可能となります」
おいおい、社内処理って物騒だなとは思いつつ、
「ライムさん、それが良いかと。社外へ迷惑と害意を撒き散らすわけにはいかないですから。敵を迎え入れて、それから追い詰めるってことですね。警備の中でも唯一の特殊警備課へ発動を依頼してください」
本庄社長の言った特殊警備課とは通常の営業や工場・研究所勤務とは違う職務を担う者たちのこと。
通常は各メディアに対して情報を小出しにしていくような仕事をしているが社長の一言で裏任務が始まる。
それは社内や社外で会社や社長・重役は言うに及ばず、社員個人に対して明らかに敵意を持つ組織や個人をターゲットにする積極的防犯と制圧を目的とする。
その課、又の名を「本庄忍軍」と呼ばれ、そのまたの名を知るものは絶対の安心に包まれるか、または絶対の恐怖に陥ると言われていた。
それが本格的に動く。
ライムの一言で動き出した特殊警備課20人は社内警備に残るものと情報収集係としてエッタに協力するものに分かれる。
その動きから一週間もしないうちに、それは起こった……
それは楠見や本庄社長達がセキュリティを見直して情報収集に力を入れる計画を決めてから数日後のこと。
まさにピンポイントで相手の計画に間に合った形となる。
就業時間が終わり、工場も本社も寝静まった工場敷地内。
明かりがついているのは研究所の一部と社長室の一角のみ。
そこに明らかに外部からの侵入者と思われる一団が。
「む……」
無言、手信号で部下に合図している隊長らしきもの。
総勢10人ほどだが、その目つきは鋭い。
濃紺の全身スーツに身を包み、月夜の薄闇でも視認されにくいように暗がりばかりを移動している。
目標は……
研究所ではない。
そうなると後は社長室しかないが……
「!」
彼ら侵入者を遮る濃密な気配が突然に。
ゆらりと姿を現す防衛側10名。
「ようこそ(株)本庄機器開発販売へ。本来、招かれざるお客様ではありますが、ここで無抵抗で捕縛されるなら、こちらも危害を加えないと保証しますが?」
防衛側、特殊警備課の課長と思える影の一つが侵入者に宣言する。
相手は無言。
どちらも動きが見えなかったが、いつしか争いが始まっていたようだ。
キン!
キン!
キン!
飛び道具でも持ち出したのか、どちらかの影から発せられたものかも分からないが、3つの音が。
撃ち落とされた手裏剣か弾。
この闇夜で狙って撃てる(投げる)のも凄いとは思うが、それを撃ち落とせるのも凄い腕。
「こちらも、そちらを甘くみていたようだな。本庄機器開発販売などという一般企業に、まさか陰の軍までいるとは……お前たち、どこに属する者だ?」
初めて侵入者側のリーダー(隊長)らしき影が言葉を発する。
それに答える防衛側リーダー。
「我々は昔ながらの忍者や傭兵隊ではない。ここ(株)本庄機器開発販売で雇用され、鍛えられた者だ。だから君らのようにおかしな組織に縛られるようなこともない。まあ俺達を鍛えた教官には未だに頭が上がらんがな」
最後は苦笑気味に言い放つリーダーの言葉に、ある意味、衝撃を受ける侵入者。
「我らのように昔から鍛え上げられスパイと暗殺に特化する訓練を受けたものに匹敵する能力を、会社を起こしてから雇われて訓練しただけで会得しているだと?! どんな鍛錬をしたら、そんな事が可能になるのか、それだけでも知りたくなったな。暗殺対象は任務だが、それに加えて、お前たちの教官とやらと一手、死合いたくなったよ」
そんな事を言う侵入者側。
やれやれという態度で防衛側リーダーは答える。
「まあ、暗殺も無理だし我らの教官にもお目見えできないだろうな。お前たちは、これから無力化されると宣言しよう。それも、お前たちが理解不能な技でな……かかれ!」
後は無言の暗闘が続く。
「ふん!」
「ぐぬっ!」
「あうっ!」
聞こえるのは悲鳴を押し殺した声のみ。
10分後、侵入者側は一人を残した状態で後は全て社内道路に伸びている。
宣言通り無力化されているだけで死んではないようだ。
「任務失敗か……こうなれば……」
そう呟くと侵入者側のリーダーは奥歯を噛み砕……
こうとした。
実際には特殊警備課課長が人間の目に止まらぬような速度で走り寄り、有無を言わさぬ速度と力で奇妙な投げ技をかける。
「ふぐっ!」
受け身も取れず侵入者側のリーダーは道路に叩きつけられ、気を失う。
「こちら特殊警備課一班。侵入者10名は全て無力化あるいは気絶させました。救急班と尋問班をお願いします」
まさに、任務達成しただけとばかりに冷静に報告する課長だった。
ここは、辛くも暗殺を免れた本庄社長及びガルガンチュアクルーのいる秘密会議室。
「敷地内へ入られたのは予想通りだったとは言え厳しかったな。セキュリティの抜け道は潰したはずなんだが、どこかに抜けがあったか、それとも侵入者達が、それ用の道具を使ったか……尋問してるのはエッタなんで、もうすぐ報告が入るはずなんだが」
そう楠見が言うやいなや、
「ご主人様、例の者たちが白状しました。やはり独特の洗脳術と幼い頃からの刷り込みで、こちらを完全に悪の手先と思っていたようです。全くの逆なんだと理解させるのに骨を折りましたが侵入者全てが洗脳解除された今、あちらの組織の概要が分かりました」
やること素早いね、と本庄社長。
「エッタさん、ご苦労さまでした。ところで洗脳状態から解除されただけで本当に全情報を聞き出せたんですか? 契約で縛られてて一時は毒を飲もうとしたらしいじゃないですか、暗殺部隊の隊長格が」
「ええ、それも洗脳が本能に近いところまで行ってたからです。仕事は命をかけてでもやり遂げろ、失敗したら自分の命を持って償え、仕事時は部下の命など気にするな、なんてのが潜在意識に近いところまで刷り込まれて本当に解除が時間かかりました……半日ほど」
エッタの返事に楠見。
「それでも半日で解除可能とはね。教育機械じゃ、ここまで素早くやると精神に深刻なダメージ負うからな、さすがエッタ、元精神生命体というところか。で? 雇い主と、その組織の詳細情報は? かなり上位の方だよな、暗殺部隊なんてのは」
「はい、ご主人様。一応、詳細を纏めたものが、こちらに」
エッタが取り出したのは、かなり分厚い報告書。
ばさっと会議デスクの上に置くと自動的に内部をスキャンして各自の端末にコピーした文章ファイルが表示される。
これは、まだ研究所内と社長室周辺でしか採用されていないオートセクレタリ装置。
会議の準備や後始末など参加者に負担をかけないための装備だが用い方によると何とも剣呑な雰囲気に。
「これは……本部は、こことは5000km以上離れた小島にあると。組織の中枢は、その小島にあり、そこから支部や末端組織に指令を出している者たちがいる、とね。ふーん……7名の中枢会議と実行部隊への指令を与える13名の委員会なるものがあって、そいつが組織の中心、と……」
郷の呟きが周囲にも。
まあ、指摘するまでもない些末なことなので誰も当人に声をかけない。
黙っている方が郷の判断が進むから。
しばらくして、楠見が発言する。
「ここまで速く詳細に組織のことがバレているとは、あちらは予想もしていないだろう。こちらから攻めるなら今だな。本庄くん、身辺護衛は引き続き特殊警備課一班がやるんで俺達はエッタ、郷、俺とプロフェッサー、後は特殊警備課二班で敵対組織を壊滅させる。ま、数日もかからんだろう……長くて半日かな? 待っててくれ」
「待ってください、楠見さん。ライムさんは今回、同行しないんですか?」
「ライムまで外れると君付きの秘書がいなくなってしまうからね。いつもいっしょに居る秘書がいないと日常の仕事が大変だぞ? それに君自身もライムが傍にいて欲しいんだろ?」
「い、嫌だなぁ、楠見さん。そりゃ第一秘書たるライムさんは、いてもらったほうが何かと仕事がはかどりますし……」
「ま、そんなとこだ。それじゃ、エッタ。特殊警備課二班、集合させてくれ」
「え? ご主人様、今から乗り込むと?」
「思い立ったが吉日ってな。郷、久々にお前にも活躍してもらうぞ。転送で、まずはガルガンチュアに戻るんで、その時に例の万年筆型注射器を用意しとけよ」
「待ってましたよ、師匠。久々にシャクドウマンの出番だ! ……って、師匠は? 何も用意なしですか?」
「いや、用意はしようと思ったんだが……俺が本格的に怒ると、この星を分解しかねない。俺は今回、軍師側に回るとする」
ドラゴンどころか、その上の破壊神の登場をイメージしそうになって、あわてて妄想から抜け出す郷。
「ぶるるる、とんでもないな、やられる方が可哀想に思えてくるぞ、こりゃ……」
数10分後、闇組織への強襲部隊が揃う。
「気をつけーぃ! 休め! 俺達は、これから昨晩の暗殺部隊を寄越した組織の中枢部へ奇襲をかける。まあ、俺達も行くんで、お前たちは安心して眼の前の敵を倒せば良い。もしかしたらもしかして俺が出張るようなことにでもなれば……分かっているだろうが、その時には相手の殲滅になる。情けをかけたいのであれば俺の出番は無いほうが良いぞ」
楠見の説明を真面目に聞きつつも口元から笑いが出る特殊警備課二班一同。
半分冗談ではあるが、それでも半分は真実だと分かるので笑いも控えめだ。
「では、一旦、別の場所へ行く。それから急襲する地点まで跳ぶこととなる。お前たちが未経験の技術ではあるが不安も何もない事は保証しよう。では、ガルガンチュアへ」
楠見が言うが早いか合計14名はガルガンチュアの巨大倉庫エリアへ。
そこから郷だけ別れて郷専用の肉体改造ガジェットを取りに行く。
30分後、郷が戻り、部隊は今度、惑星上の別地点へと送られる。
「さて、こちらは夜になったばかりか……特別警備課二班は、ここから正攻法で急襲してくれ。俺達は裏へ回って中枢をダイレクトに攻撃する」
「了解です、楠見教官。なるべくなら教官の活躍が見られないようにさっさと片付けますよ。教官はバケモ、いえ、人外の力をお持ちですから、教官が出た時点で勝敗は決したようなもんでしょうが……言うまでもなく今の時点でも向こうの敗北は必至ですな」
「ふふふ、言うようになったじゃないか、このヒヨコ達が。そうだな、俺の出番が何も無いようなら社長に言って特別ボーナスを出してもらうぞ……俺は軍師役で後方支援に回るとする……ちなみに後方支援が前線に出るようなら……分かってるな、特訓のオマケ付きになる」
冷や汗が出るのを抑えられない特殊警備課二班の10名。
ゴクンとつばを飲み込み、それでも訓練の賜物、サッと散る。
「さて、俺達は裏口からだ。期待してるぞ、シャクドウマンの郷君!」
楠見から激励されるのは、いつぶりだろうと思う郷だった。
時間を少し戻して、ここは、とある無人島(と地図には記されているが、中心にある山の中には秘密組織の中枢にして本部が密かに活動していた)
「極東の島国のポッと出の反逆者、暗殺部隊に指令は出したが未だに報告がないのは感心せんな。13人に言って即刻、暗殺報告を出させるようにしておけ」
中枢会議の一員の言である。
一言が重要なため、傍に控える伝言役の秘書が走っていく。
「さて、小癪な若造は始末したであろうから、これからの収支報告は無事に黒字が増えていくだろう。世界の余剰生産と余剰利益は全て太古の昔より我が組織がいただくことになっているのだから、これで一安心だな」
勝手な一安心があったものだ。
後は些末な議題で今日の会議も終わろうとしていたその時。
ヴィーッ!
ヴィーッ!
ヴィーッ!
今までに鳴ったことのない異音、警報が建物内に響き渡る。
「な、何だ?! どうした? 何事だ! ?」
あまりに急で、中枢会議の面々は焦っている。
13人委員会より直通で事態の報告が入る。
「大変です! 謎の集団が、いつの間にか島に上陸して通常出入口の洞窟より急襲してきました! 人数は10名、門衛も守備隊も全滅で、今は中枢部への道を……」
「ええい! 謎の集団だと? どうして上陸するまで集団が分からなかったのか! レーダー主任と守備隊主任はクビだ!」
中枢会議の一人が、いまいましげに言い放つ。
13人委員会の報告が続く。
「今、侵入者たちはトラップの満載された迷宮通路を……おかしいな? トラップが発動しません! 落とし穴も槍衾も、吊り天井も何もかも侵入者を防げません! 侵入者は小走りに中枢部へ向かって……ぐえっ!」
途中で音声が途切れる。
誰かがマイクを代わったのか、
「中枢会議の面々と思われる方々へ。こちら(株)本庄機器開発販売の特殊警備課二班だ。うちの社長を狙った暗殺部隊は、こちらで始末したよ。今日は、お礼に来たんだ……断っても無駄だからな!」
ブチッ!
という音と共に音声は切れる。
「警備部隊は何をやっておるのか?! 百名を越す人数がいただろうが! こうも容易く十三人委員会までたどり着かせるとは! もうよい、秘書共、我らを脱出させよ。この中枢本部は破壊する。ここが爆破されても他に支部はいくらでもある。早急に連絡網を構築するのは難しいだろうが、なあに協力者はいくらでもおる!」
秘書たちが主人たちを会議室から脱出させようとした時、出入口のドアが軋む音が聞こえる。
「馬鹿な……あのドアは特別製だぞ。超硬度のジュラルミンとタングステンの合金……こんな軋み音、今までに聞いたこともない」
軋み音は段々と大きくなり、ガギギ……という異音に変わる。
声も出せずに中枢会議の者たちが見ていると超硬度のドアが変形、曲がっていく。
数分後、
バガーン!
という音と共にドアが吹き飛ぶ。
信じられない光景を見た全員が硬直していると、破壊後のホコリの膜の後ろから何かが出てくる。
それは異形のもの。
全身を赤銅色に染めた人間?
いいや、人間に、あんな力があるわけがない。
全員が黙って見つめている中、その異形が口を開く。
「おお、久々にシャクドウマンの全力が発揮できたぞ! さーて、中枢会議って悪党の塊は、お前らか……黙って降参するなら良し、抵抗するなら命どころか、肉体すら粉々になると思っとけよ!」
後日、官憲に捕縛された中枢会議という秘密結社の中心人物は、こう話したという。
「ああ、真っ赤な大柄体躯の赤鬼だったな、あれは。鋼鉄だろうが超合金製のドアだろうが、その手に掴まれるとひん曲がってしまうような恐ろしいほどの怪力を持つ人外の存在一体と、我らの忠実な秘書軍団たちが、いいか、秘書軍団は14名ほどいたのだ、一人ひとりが一個小隊ほどの実力がある者たちが14名……それが、あの赤鬼に向かっていったのだ。結果? 儂が捕まっていることで分かるだろうに。14名の猛者が赤ん坊扱いされたよ。こちらの攻撃は全て受け止められ、あちらの攻撃はカスリもせぬ距離で風圧と鎌鼬により秘書軍団は全滅。恐ろしいのは、あの赤鬼は儂らを逃さぬようにするだけで殺すつもりなど全く無かったということだ。殺すつもりなら、もっと早く戦いなど終わっていただろう」
楠見たちの急襲から、およそ一時間後。
13人委員会も中枢会議も関係者全ての逮捕のため、様々な国から官憲が押し寄せた。
各国への連絡は(株)本庄機器開発販売の社長室から届いたというFAX。
「今現在、うちのものが国際犯罪シンジケートの総元締めに急襲かけてますので、もうしばらくすれば全員が無力化あるいは同等の状況となるでしょう。その中には、そちらの国の政治家や犯罪者、もしかしたら警察関係者もいるかも? 全世界に恥さらしたくなかったら早速、逮捕に来てね。場所は以下のとおり。(株)本庄機器開発販売社長より」
闇の世界政府とまで言われた裏の政治権力を司る者たちが一斉に逮捕され、表に引き出され、その顔も素性も公開されてしまった。
全世界で労働者も子供も含めて社会全体が休みは悪、全精力を傾けて働け、などというトンデモメッセージに踊らされ洗脳されていたことも暴露されて社会全体が労働の意味を考え直すこととなる。
教育も労働崇拝などという無茶は止めて、労働と休暇の2つを、どちらかに偏重すること無くバランス良く続けるのが理想と変わる。
詰め込み教育や精神論などという馬鹿な旧時代的発想も中止、ゴミ箱へと叩き込み、子供の教育には……
なんと(株)本庄機器開発販売のゲーム機が採用される。
まあ、それもこれも、実はゲーム機と言っているがゲーム機なのは被せてあるガワだけで、その実は教育機械のサブセット。
ゲームパックのようなカセットを交換するだけで立派な教育機械に早変わりすると発表があったので、政府の関係者が半信半疑で試してみると効果は抜群!
本体価格も教育機関へ採用されるのならと格安で卸すこととなり、一気に教育業界へ(株)本庄機器開発販売という会社の認知度が上がっていく。
「楠見さん、悪の大元叩いたら一気に労働問題も解決しそうですね。良かった良かった……って、トラブルが無くなったらガルガンチュアは、ここを去るんでしたっけ?」
本庄社長、ようやく社長の落ち着きと雰囲気が出てきた。
社会の闇とまで言われた自殺者や離職者の大量発生がなくなって、もう3年。
まだまだ解決しないとならない様々な社会問題はあるが、元々の原因を作り出していた悪の元凶は潰した。
新しい労働基本法や全世界規模での児童労働禁止法なども成立まで時間の問題と言われている。
「ガルガンチュアは、もう少し、ここに留まる。未だ、この星には世界統一政府がないからな。星の世界へ出る前提まではフォローしないと」
楠見の回答にホッとしつつも、世界政府の実現には問題がありますよ、との本庄社長の意見。
「まだまだ、洗脳状態にある未開発国レベルの国が多いのと、国家の文盲率の問題ですね。我々もどうにかしてやりたいのは山々なんですが独裁国家なんてのは外部からの干渉を極端に嫌いますからねぇ……国民の教育レベルを上げる機械と言って例の国へ輸出許可を申請したら、何も検討せずに即、返事が来ましたよ……そんな物は我が国には不要。ついては危険物と指定しているので輸入などもってのほか、ですよ」
あ、それなら、とライム。
「社長、あなたの特定に使った方法を全世界規模で使いましょうか? どちらにせよ、一旦、その国から引き離して洗脳解除しなきゃ改革も革命もないですから」
「お、そうだな。エッタは秘書に戻って、郷とプロフェッサーで対応するとしよう。郷もストレス発散させたんだから、このくらいはやってもらおうか」
楠見が発言。
郷は今一乗り気じゃないような顔はするが、
「まあ、久々に全力出せましたけどね。しかし首領の最後の言葉は何だかなぁ……シャクドウマンは正義の味方だぞ?! 赤鬼じゃないってんだよ、まったく……」
自分で人外の存在になったことはさておいて郷の言い分は片手落ちだろう。
正義の味方が、死ぬより酷い粉々にする、などと言うだろうか。
「まあまあ、落ち着け郷。たまに発散させないと鬱屈したストレスは身体に良くないぞ。で? 独裁国家から本庄くんみたいに選別して来るって事だよな。どうするつもりだ? ガルガンチュアに転送するのが手っ取り早いかもしれんが、それはそれで問題ありそうだが」
「ストレスの原因が師匠の突っ走りでしょうが! まったくもう、しょうのない人だ。でもって選別する基準は本庄くんで設定済みなんで、そのことについては問題ないかと。一応、転送でガルガンチュアに一時期ですが留め置いて洗脳解除と簡単な知能アップまではやりたいかなと思ってます。ガルガンチュアに転送しても巨大倉庫エリアに住まわせておけば外出の恐れもないですし、数ヶ月ですので何も問題は無いと思われます」
「そうか……じゃあ、プロフェッサー。ガルガンチュア待機組と調整して独裁国家の国々から本庄くんタイプの選別と転送、よろしく頼む。まあ各国から1000人までとすれば厄介な問題にはならないんじゃないかな?」
「了解しました、我が主。倉庫エリアのいくつかが空になっているようですので、それを活用したいと思います。今月の留守番は……フィーアですね。ではフィーアと調整しながら人員の配置と教育機械の設定を行います」
「頼むよ、プロフェッサー。ってなことで本庄くん。全世界に洗脳が無くなるのは、もう少し先になる。ま、その後もフォローで少しは留まるんで俺達が去った後は頼んだよ」
「ふぅ……とてもじゃないけどガルガンチュアとクルーの行動には、ついて行けないものが。オレ一人が救われてから何年ですか? まだ10年も経ってないでしょうに。あんたらは本当に神の使いとかじゃないんですか? 俺、未だに信じられませんよ、生身で神の領域に踏み込んだ人間なんて」
ははは、と頭をかきながら、
「まあ、傍から見たら神の使いに見えるかもな。だが、俺は生身の人間だよ。始祖種族の血が色濃く出てしまった突然変異の先祖帰りかも知れんが。俺は、人間だからこそ、神なる存在にできない事、宇宙を自分の手で平和と安全なものにしていきたいんだ。この頃、宇宙の管理者たちが何かに縛られていることが分かってきた。彼らは何かの法律、あるいは次元の規則とも言う縛りを受けて俺達のように決定的な救助行動を起こせないようだな。根本原因、宇宙の破れ目の対処とかはアイデアと手段があれば可能なようだが」
楠見、管理者たちの行動規範さえも見抜いているようだ。
それから数ヶ月後……
ガルガンチュアの倉庫エリアには、あっちもこっちも選別転送されてきた独裁国家の住人たちがいた。
倉庫一つに1000人単位、直接の世話は船内ロボットが担当するとは言うものの教育機械の手配と使用が一番の難点となる。
なにしろ独裁国家でゲーム機なんてものは見たことも聞いたこともない人々。
ヘッドセットの使い方なども一部の人達しか分からない。
プロフェッサーと郷、フィーアは、それでも走り回って彼ら洗脳された集団を何とかしようと悪戦苦闘している。
楠見?
楠見が出てくるのは最後の手段だと認識しているのでガルガンチュアクルーは楠見を現場に出すまいと苦労しているわけだ。
人間が、あれこれと苦労しながら悩みながら解決手段を模索している時に目の前にドン! と解決までのシナリオが出現すると……
おまけに、そのシナリオにはアシスタントとして有能過ぎる男が付属しているときたら?
そういう事だ。
楠見が出てしまえば、解決までシナリオ通り突っ走るしかなくなる。
郷も、それが良いかなと思う時はあるが、やっぱり撤回する。
「神に願うのは良いが、神に頼っちゃいかんよな。人間、自分で解決できるものは自分でやらなきゃ!」
汗だくになりながらも、やりがいを感じる郷だった。
そこかしこの独裁国家(社会主義共和国という名称でも実質的に独裁国家というのは多数あった)から、それなりの人口(底辺の労働力となっている人口なので、あまり大したニュースにはならなかったが)が突然に消えてしまい、一時は騒然となったが次第に噂となり、その噂も立ち消えた……
そんなこんなで地上は大多数が社会情勢に改変があり、労働条件やら休暇の日数やらが大幅に改善され、独裁国家ではまだまだ先と思われ……
たが?!
とある日を起点に、あっちでもこっちでも革命の火の手が上がり、労働者と知識階級どちらも手を取り合ったデモやら革命戦争やらが巻きおこる。
最初は官憲や軍隊にかかれば簡単に鎮圧されるかと思われた革命は思わぬところで燃え上がることとなる。
それは国内の革命行動を実際に軍が鎮圧しようと行動した時に起きる。
国内の各メディアは独裁国家故に国家側に加担し、革命を愚かな行動だと断じたが、その革命グループのデモ行進を武力で潰そうと軍が装甲車を持ち出した時に、それはメディアにより中継されることとなる。
「我々はぁ! もう、国家の言いなりに働くだけのアリやハチではなーい! 自分たちで考え、自分たちで働き、自分たちで稼ぐのだ! 稼いだ金をごっそり盗んでいくだけの国家など、もう要らない!」
と叫ぶ革命組織代表。
これに対し軍が装甲車を数台、持ち出す。
何も武器を持たない民衆に対し軍は装甲車部隊に蹂躙の命令を出す。
ドパパパパパパ!
機銃掃射の音が響き、次いで装甲車本体も動き出す。
ガァー!
生身の人間がいるのに、装甲車はスピードを増しながら群衆に突っ込む!
群衆は逃げ惑……
わない。
機銃掃射を受け、装甲車という鉄の塊が突っ込んできても、民衆の中に怪我人も死人もいない。
「ど、どういう事だ?! 何かの膜のようなものに当たって銃弾も装甲車も、それ以上は危害を与えられないだと?!」
焦る軍幹部と独裁者側の政治家達。
民衆は武器は持たないが防御は絶対的なものがあり、そのデモ行進は独裁者の居る城館まで達することとなる。
民衆の怒りを初めて目にする独裁者と、その取り巻き達。
マズイことに、その一部始終をメディアが現場中継放送していた。
圧倒的な武力で民衆を圧倒するような絵を想像していたのだろうが、現場中継で独裁者側が押されている事が目に入る。
今さら現場での中継をブチ切るわけには行かないため、現場のアナウンサーは政府側報道に切り替えようとするが、そんなものでは現場との乖離が強くなるだけ。
気の強い者は、もう政府を見限り、労働者側に立った報道を行うものまで現れてしまい、現場は大混乱となる。
後日、労働者側との会談を予定するつもりだった独裁者側も、このような状況になってはリアルタイムの会談とならざるを得ない。
「私が*****国社会主義評議会議長にして総統の地位にあるルゴーンだ。私が今まで導いた国家方針は間違っていなどいないと断言する!」
この後に及んで、そんなことを言ってのける独裁者。
革命グループ指導者は、もう騙されないぞとばかり、
「総統、いや、元総統。あなたの犯罪は表に出てしまった。もう観念しろ。国際警察にも手配されている身で何を今更、自分を肯定などしようとしているのか!」
総統自身は知らなかったが一時間前に中枢会議と13人委員会に深く関わった極悪犯罪人として、この独裁者と、その一族が国際指名手配になっていた。
国際警察組織の一団は逮捕状まで用意して国境を越える一歩手前で待っている。
「今日、今この時より、この国は独裁国家ではなくなる。重犯罪者を国家の指導者として据えるわけには行かないから今より、この国は体制も体外閉鎖も止める! 開かれた国家となり国名すら変えることとなるだろう!」
武器も持たない民衆が軍と独裁者を相手取り、それを打ち負かすという前代未聞の大革命が、あっちこっちの国で起きる。
独裁者などという者たちは、どこかで繋がっているもので一国が倒れると次々と犯罪が暴かれて芋蔓式に元独裁者が逮捕されていくようになる。
メディアは、それを、いつしか「民衆の目覚めた日」と呼ぶようになった。
「はぁ……ついに同時革命まで起こしちゃったよ、この人たち。まあ、仕方がないとは言え、これで世界情勢に大した影響がないのは凄いよなぁ……革命の資金がウチから出てるなんてのは死んでも守らなきゃいかん秘密になっちまったが」
本庄社長が、つい愚痴るのは、いつものことだった。
「さて、これで社会情勢として労働偏重の洗脳社会を開放するお膳立ては整ったわけだ。これからは本庄くんの出番だぞ」
楠見は軽く言っているが、
「後は俺じゃなくたって簡単ですよ。一番の壁をぶち壊した人が何を言ってるんですかね。山も壁も無くなって舗装された道を走るだけなら誰だって簡単ですって」
この時ばかりは横にいたライムとエッタも深く頷いたという……
それから数年後、世界が洗脳状態から完全に解き放たれたという解放宣言が、ついに国際連盟議長の手で成された。
「さて、後は世界統一政府の樹立か……今までの苦労を思えば割と簡単かな?」
呑気に、そんな事を言う楠見だった。
ここから楠見たちは世論を使い、社会の進化を早める。
会社がスポンサーをしているアニメやドラマの社会設定を、一つの星全体が一つの政府となるようにストーリーも変えていく。
また対談番組等を通じ、災害救助の面からも統一政府の誕生が一番良いと世論を誘導する。
ここで(株)本庄機器開発販売から今現在、災害救助機器の一つとしてごく当たり前に使用されている球状飛行艇の驚くべき秘密が公開される。
「今日は、お集まりいただき、誠にありがとうございます。今日の緊急発表は現在、災害救助用に使われいてます球状飛行艇についてです。実は、この飛行艇、隠し機能がありまして……飛行艇としてだけではなく宇宙船として使えると発表させていただきます」
十数年前の発表時よりスタイルから、そのように予想はされていたが、発表は、その上を行くものだった。
「実はテスト用に使っています直径50mの飛行艇も、そのまま宇宙船として使えます。今現在、主力となっている直径300mの飛行艇については開かずの倉庫エリアだった箇所には搭載艇が収まっています。今この時、この発表時よりロックが外れ、搭載艇は使用可能となります。もちろん搭載艇の方も宇宙空間で使用可能です」
まさに爆弾発表だった。
救助艇として使うだけだった飛行艇が宇宙船になるということは……
「よって今の救助艇として使われている球状飛行艇および、輸送用として現在開発中の直径500m級の飛行艇に関して、これら全てが宇宙船として使用可能となります。発射場も滑走路も不要な大型宇宙船が今からでも実用として使えるという事です」
取材に来ていたメディア関係者も空いた口が塞がらない。
「詳細を記しましたパンフレットを配りますので、この宇宙船で何が出来るのか考えてください。そして、この宇宙船を各国がてんでバラバラに使用するのと統一政府の管理のもとに正しく使用するのと、どちらが良いのか? それも考えてください」
発表会は終了した。
当然メディアは社長にインタビューしようと群がる。
ただし本庄社長は一言、
「我社は未来の可能性を提示しました。後は皆さんが考え、世界を一つの政府で管理、統治していくのが正しいのか? 今までのバラバラな国々の管理に任せるのか? 選ぶのは、あなた方です。ただし、星の世界へ行きたいのなら統一政府が基本ですが」
これだけ言って、その場を去る。
騒然となるメディア。
一部では傲慢すぎるという意見もあるが世界政府の実現には欠かせないだろうという正論も。
国際連盟の会議場は、それこそ侃々諤々の大騒ぎ。
「わしのところみたいな超大国が世界政府の長を生み出さねば、どこがやるのじゃ?」
との意見持つ大国達を少国家群が抑える。
「あんたらの言う事ばかり聞いておったら、うちらは貧しいまんまじゃろうがい!」
多少、方言が入っているが要はそういう利害の話。
議論は万に迫るほどやったが、どうしても結論が出せない。
これではダメだと国際連盟議長自ら、この混乱を招いた張本人にして超未来技術の持ち主とも噂される(株)本庄機器開発販売の本社社長室へ乗り込むこととなる。
「本庄社長、何かアドバイスが欲しいのだ。今の国際連盟の状況は大国グループと小国グループに分かれて互いの利権を少しでも少なくするように議論し合うだけ。あなたの言う世界政府実現のために何が足りないのかね?」
議長の言葉を聞いて本庄社長は溜息をついた。
「ここまで導いてきても、まだ我が国が我が国が、などと世迷い事を言っているのですか……まったく! 洗脳社会から抜け出せたと思ったら各国の利権争いで世界政府実現が遠のくとは……では議長。良いことを教えましょうか……あなた方が思っているような宇宙じゃありませんよ、この銀河」
「は? いきなり何を言い出すんですか? 本庄社長」
「いいですか、あなたがたの思う宇宙ってのは、この宇宙、この銀河と言い換えても良いですが、この銀河には我々のような知的生命体はごく少数で、互いの距離が離れすぎているために文明の交流も戦争も何も起きない……そうですよね?」
「あ、ああ、それが科学常識だろ? それが何か? それが分かると世界政府実現に役立つのかね?」
「ふぅ……良いことを教えてあげましょう。この銀河、生命体で満ち溢れてます。この星だけに生命体、知的生物が発生しているなんて馬鹿げた幻想は今日たった今から捨てなさい! ここから数百光年離れた星系には超光速で跳ぶ宇宙船を多数持ち、銀河の縁へも輸送船を跳ばしている文明と知的生命体が居るんですよ。その彼らの文明と、もし明日にでも出会ったら、どうします? 遅れた多数国家政府の前時代的宇宙文明ってことで植民対象になるかも知れないし貿易相手としては不十分と判断されるかも? ここに、この銀河の主だった大勢力を10ほど挙げた精細レポートがあります。その中には侵略大好きって文明も……あるかも知れませんよ?」
ニヤリと黒い笑顔を見せる本庄社長。
議長は半信半疑でレポートを見ていく……
「何だこれは?! 本庄社長、あなたは他の宇宙文明から派遣されたスパイか?!」
いいや、と首を振る本庄社長。
「こんな愚かな文明と生命体にスパイも何も要りませんよ。私は、もっともっと上の存在から力を与えられた人間です。少しだけ私の正体と、私に力を与えた存在について話しましょうか……私は、この星で生まれ育ち洗脳された状態で底辺エンジニアとして死にそうになりながら働いてました……その日常に違和感を憶えたのが、とある日です。それから私は巨大な宇宙船に連れ込まれ、洗脳状態を脱し、それにも増して超越技術とも言える球状宇宙船その他の知識を学びました……言っておきますが私が出会った存在が神のような存在であったからなので他の生命体がこの星に来ていたら私など逆洗脳でこの星を乗っ取るためのスパイとなってたでしょうね」
「そ、その存在とは?」
「宇宙船ガルガンチュアと、そのクルー。そして、そのマスターという存在のミスタークスミ。あ、彼らに助けられたのは私だけじゃありません、世界で同時多発的に独裁国家に革命運動が起きたでしょ? あれもガルガンチュアが裏で糸引いてました。さーて、このまま、いつまでも多数国家で宇宙文明にならずに、どっかの侵略を受けるのか? それとも、早急に世界政府の体制を整えて宇宙文明の仲間入りをするのか? 選択肢は、どれか一つなんですよ、議長さん」
議長はレポートを手土産に青い顔で帰っていったという。
それからの国際連盟は積極的に世界政府樹立へと動きを変え、侃々諤々の議会を少しづつ黙らせ納得させ、世界政府がどうしても必要だという世論を作り出す。
そして……
「ふぁーあ! ようやく、今日の午後一番で、この星にも世界政府樹立か。ちなみに世界政府の科学省初代長官を拝命したらしいじゃないか。やったな、本庄くん」
楠見が待ちに待った統一政府、その重要ポストに本庄社長の名前が上がるのは当然のように思えるが。
「いや、待って下さいよ。俺は何度も断ったんですって! だけど就任要請のメールや電話や、果ては議長や初代統率官自らがここに来るもんですから……断りきれなかったんですよ」
不満顔の本庄社長である。
楠見は、そんな本庄社長に向かい、こんな言葉をかける。
「それじゃ、不満だろうが初代科学省長官、本庄博士にプレゼントがある。受け取ってくれ……というか、よろしく頼む」
楠見の言葉の意味が理解できない本庄社長。
「え? プレゼント? よろしく頼むって、いったい何をプレゼントしてくれると?」
「ほら、入って来たまえ、ライム」
「え?! ライムさんは、ここにいますよ?!」
楠見の言葉を受けてドアを開けて入ってきたのは……
「ラ、ライムさんが二人?! どういう事ですか?!」
その答えは私から、と秘書姿のライムが。
「本庄さん、私は、あなたを救い、洗脳解除を手伝い、会社では社長秘書として助けてきました。そんな中で私はあなたに恋心を抱いてしまいました。しかし本体の私自身はガルガンチュアから引き離されることを良しとしません……ですから我が種族の常として、こう言う場合、分身を生み出すのです。今、あなたの眼の前に居るのは、あなたに恋したライムです。幸せにしてあげてくださいね……あ、子作りも可能ですからね、言い忘れましたが(笑)」
「あ……そう、なんですか……俺がライムさんと一緒になれるんですね……いただきます! 一生かけて幸せにします! 俺のライムを!」
ウェディングドレス姿のライムは本庄社長の腕の中へ飛び込んでいった。
数時間後……
「楠見さんはじめ、ガルガンチュアクルーの皆さん、どうもありがとうございました。これで、この星も立派に宇宙文明として育っていけると思います。つきましては……ですね。ガルガンチュアが、この星系を去る前に一つだけお願いが……」
「何だ? 最後のお願いなら何でも聞いてやるよ。専用宇宙船でも欲しいかい? 搭載艇母艦は無理だろうが直径500mクラスなら……」
「いえいえ、そんなものじゃありません。俺とライムさん、いやライムが出会った駅の待合室へ転送してほしいんです。俺の運命は、あそこから変わったんで、あそこから再スタートと行きたいんです」
へぇ、と意外な顔の楠見。
「意外とロマンチストなんだな、本庄くんは。よし分かった、二人を、あの駅の待合室へ送ってやろう。しかし、送るだけしかできないぞ。もうガルガンチュアは出航準備完了だ。君らを送ったら、この銀河を離れる」
「星系を離れるのかと思ったら銀河ですか……ことごとく予想の上を行くなぁ……いいです、送って下さい」
言うが早いか二人は駅の待合室へ。
「ここじゃなきゃダメ。ここで言いたかった。ライムさん、いや、ライム。好きです、俺と一緒になって下さい」
「嬉しいです、本庄さん。いつも、死ぬまで一緒よ」
熱い口づけを……
と行きたいところだが、
「ちょっと待って。本社に戻らなきゃ、そろそろ正式発表があるわよ、世界政府科学省長官就任の」
「おいおい、ライム。もう少しロマンってものをだなぁ……」
「ダメ! 今の私は、あなたの社長秘書であり科学省長官の秘書であり、そして、もう一つ。ガルガンチュアの使者としてのつとめもあるんですから」
「とほほ……いつまで経っても、シシャからは逃れられないのかよぉー!」
がっしりと腕を組まれた本庄くん、先行きは……
二人だけの秘密ってことで……