第五章 超銀河団を超えるトラブルバスター

第六十二話 銀河パトロールJ99隊物語

 稲葉小僧

その昔、その銀河は活気があり、賑わう宇宙空間だった。

しかし、それが不穏な空気を纏うのは時間の問題。


貿易や植民、開発で大金が動けば、それに群がる犯罪集団も。

いつしか犯罪集団は徒党を組み大犯罪集団と化す。

それに立ち向かう勇気のある者たちも、いるにはいたが、所詮は星系ごとの中途半端な防衛行動しか出来ない。

星系の所轄範囲を越えれば彼ら正義の味方に逮捕権も戦いを仕掛ける大義も無くなる。

大犯罪集団は、いつの間にか銀河に広がる範囲のシマを抱える巨大な犯罪組織となっていった。

巨大犯罪組織が無法を行い、少数の正義の味方たちがピンポイントだが、それを防ぐため、あるいは組織と闘うために乗り出すと、犯罪組織の宇宙船は何処ともなく消え去る。

歯噛みをしながらも、旧式で性能の低い宇宙船しか持たない正義の味方たちは自分たちにはどうすることも出来ない技術と宇宙の広さを実感した。


さて、ここに銀河外宇宙からの訪問者が登場することとなったのは、この話が始まる1000年以上前のこと。

銀河の縁より少し離れたところで情報収集を行いつつ当該銀河の現状把握をしていた巨大宇宙船は……


「マスター、ひどい状況だと認識します。悪の組織側のテクノロジーと、防衛側の警察・軍のテクノロジーが100年近く違っているじゃないですか。これじゃ、悪党退治も犯罪防止も意味がありませんよ」


声をかけられた相手、楠見が答える。


「ああ、そうだな、フロンティア、分かってる。これは単なる犯罪抑止とか技術の受け渡しとかやってる場合じゃなさそうだ。もっと根本的にトラブル解決と行こうじゃないか。なあ、プロフェッサー?」


「何で、ここで私に声がけを、我が主。あ、もしかして、RENZの登場で?」


「分かってるじゃないか、プロフェッサー。さーて! 1000年ほどかかってしまうが、この銀河から犯罪者を駆逐するぞーっ!」


「あの、プロフェッサー? 師匠って、こんなに軽い人でしたっけ?」


「ああ、郷さんですか。我が主はね、実は計画が長期になればなるほど燃え上がる性格なんですよ……まさにトリックスターの面目躍如というところでしょうか」


「はぁ……そんな面目躍如、要らないんだが……まあ、目指すところに間違いはないんで今回もトラブル解決に乗り出すとするかな!」


そんな会話が、あったとか無かったとか、それはもう歴史の彼方のお話。

その会話から1000年過ぎて少したった今の当該銀河。

あいも変わらず宇宙は賑わっている。

あっちでは星系内を飛ぶ光速以下の水素輸送船団、こっちでは緊急出動がかかったらしい星系外も含めた災害救助部隊の艦船。

商船は単独もあれば大船団を組んでいるものも。


ところが、そこに割り込む違法船が。

不法だと注意する管理宇宙ステーションからの注意通信に答えて曰く、


「俺達は犯罪結社MAD。さあ、宇宙船をバラバラにされたくなかったら停泊行動に移れ! 無抵抗なら積み荷を貰うだけで勘弁してやらァ!」


それを聞いて宇宙ステーションは即座にバリアシステムを作動させる。

他の宇宙船も外宇宙用の物はバリアシステムを作動させたようだが、星系内部しか航行しないためバリアシステムとは無縁の水素輸送船団が狙われる。


さすがに犯罪者たちも水素輸送船のため手荒な手段は使えないようで、それでも強固な外殻を持つ輸送船団は籠城戦術で時間を稼ぐが、もう制圧は時間の問題と思われた……


〈こちら銀河パトロール、レンジャー部隊所属のJ99部隊だ! 犯罪結社MADの武装海賊船、おとなしく手を上げて降伏しろ!〉


星域狭しと轟くテレパシー通信。

思わず侵略の手が止まるMADの宇宙船。


「船長、ヤバイのが相手ですよぉ! 銀河パトロールのレンジャー部隊J99って言えば連続殺人鬼も裸足で逃げ出す情け無用の対犯罪部隊ですぜ!」


「なーに、話だけだろ。大体、こんな辺鄙な星域に、そんな有名な部隊が派遣されるわ、け、が……」


高を括ってた船長の目が大きく見開かれる。

ブリッジのスクリーンには大きな文字で「J99」と、そして双頭の狼マークが書かれている。


「いけねぇ、本物だ! 銀河レンジャーJ99、またの名を「地獄のケルベロス」だ! 野郎ども、引き上げ! 命あっての物種、あいつら相手に勝った同僚は未だにいねえと聞いてる。とっとと逃げるぞ! エンジンは回しとけ! 最低速度で強引に跳ぶ!」


略奪も中止して、尻に帆かけて逃げの一手を取ろうとする宇宙海賊船。

ところが……


「船長! 最大にエンジン回してますが、船がピクリとも動かねぇ! 相手のトラクタービームのほうが強すぎて完全に捕まってます!」


「ええい! 主砲レーザー斉射! 目標は、あいつだ!」


眼の前の銀河パトロール船、独特の丸いフォルムを持つ球形船に向けて、いつもなら必殺とも言える主砲のレーザー砲を4門とも放つ! 


「船長、命中どころか寸前でバリアにはね返されてます! なにも被害を与えられません!」


「ぐぎぎぎ! こうなりゃ最後の手段! おい、自爆命令を出す! 各自、救命ポッドか搭載艇で脱出しろ! この艦のエンジンだけは銀河パトロールに渡せねぇ……首領に言われたMADの最高機密だからな……おい副長! おめえも脱出しろ! この船とともに逝くのは俺だけでいい……」


副長もいなくなり無人の艦橋で、海賊船の船長だった者は……


「はぁ、犯罪結社とは名ばかり。実は銀河を牛耳ろうって狙う帝国宇宙艦なんだけどな……我が帝国の宇宙戦闘艦を破壊してしまうのは首領たる皇帝に恥じるものがあるが我が忠誠は変わらず!」


自爆ボタンを押そうとするが……


「な、何ぃ! う、腕が動かん! こりゃ、何なんだ?!」


「それは私のサイコキネシスだよ、帝国宇宙軍少佐……キシンスキーか。無駄だ無駄。私の超常能力は、このRENZで強化されていてね。ちょっとやそっとで抵抗できないんだよ……ご苦労さま、少佐。この船、鹵獲させてもらう。あと、君は重要なデータを持つ犯罪者として拘束する」


無人のはずの宇宙船に現れた、銀河パトロール制服に身を包んだ若い男。

その二の腕には超鋼バンドでピッタリと留まった結晶体のようなものが。

これがRENZだろうか。


男は静かに手に持ったパラライザーの引き金を引く。

宇宙海賊の船長だった者は声もなくシートから崩れ落ちていった。


〈銀河パトロール本部へ、こちらJ99部隊隊長。囮作戦は成功し相手の宇宙船を鹵獲しました。これで犯罪組織の詳細と、宇宙船の作られた工廠のある星域が判明するでしょう〉


あくまで冷静に、テレパシー通信さえも冷静に大成功を誇ること無く淡々と、レンジャー部隊J99隊長、またの名を猟犬のジョーはその場を去る。


「後は頼むよ、俺は疲れた」


そう、船に送信すると、ブリッジへは戻らず艦長室へ。

そのままベッドへ直行し、直後に高いびきで寝てしまう隊長だった……


銀河パトロール本部の、ここは総司令部、指令本部。

ここに先の大功績を挙げたJ99隊の隊長がいる。


「総司令、J99隊隊長、ジョイナス・ケーニッヒ、帰投しました!」


ピシッという音が聞こえるくらい、キレイな敬礼姿勢が見られる。


「帰ってきたか、ジョイナス、いや、ジョー。君の任官初任務が大成功で良かったよ……ただし、尋問の結果は芳しくなかったが」


副司令がジョーの初任務成功を祝うと共に残念な結果を伝える。


「副司令、尋問結果、どこまで秘密を喋ったのですか? 帝国軍少佐、キシンスキーと名前は分かりましたが」


副司令、それがなぁ、と前置きして、


「名前と帝国軍少佐、とだけしか分からなかったよ。部下たちは何も知らされていなかったようで尋問も無駄だった。キシンスキー少佐だけは何かの任務を持っていたようだが、どうも強力な条件付がされていたようで、ある一定のところまで尋問すると精神が焼ききれるように倒れてしまい、その後は幼児退行化してしまって何も分からずだ」


ジョーは自分の成功が中途半端なものであったことを知る。


「し、しかし。鹵獲した宇宙船は本物です。特にエンジンは超機密事項だと言っていましたから、あれを調べれば、どこの星間国家が造ったか分かると思われますが」


副司令は、それにも残念な顔で、


「シリアルナンバーは削られていた。一応、独特な跳躍エンジンではあるが、かなりの広さを持つ星域で使われている。まあ、範囲は絞れたというところかな。ある程度の情報は取れたというところか。まあ、腐るなよ、ジョー。君の初任務だ。これからも情報源は何回も得られるだろう」


ジョイナス・ケーニッヒは、成功報酬ということで今の少尉から大尉へ飛び級昇格される。


「立場は今の通り、J99隊の隊長だ。かなり癖の強いレンジャー部隊だけに大変だろうが、頑張ってくれたまえ」


「それがですね……副司令、独立行動部隊となりませんでしょうか、J99部隊は」


「お? 今回の褒美に部隊の独立化を願うか。一応、今でも半分、独立部隊みたいなものなんだがな、レンジャー部隊は。まあいい、私から総司令へ頼んでおこう。辞令は後となるがJ99隊は今後、独立行動を許されると思ってくれて構わない。と、なるとだ……今の量産型ではなく専用宇宙船も必要となるな。よし、副司令権限を目一杯使うが君の部隊専用宇宙船を用意するように伝えておこう。そちらに届くのは数ヶ月後になると思われるが、これで行動範囲は、この銀河の何処へでも跳べると考えてもらって良いぞ」


「はっ! ありがとうございます。では、ジョイナス・ケーニッヒ大尉、J99部隊に戻ります!」


ピシッと音が聞こえるかのように見事な敬礼再び。

そのまま見事に回れ右を決め、ジョイナスが去ると、


〈総司令、ジョーが来ました。独立部隊化の希望を述べましたが総司令の読み通りでしたな。承諾と専用宇宙船を与えるということで納得しました。あまりに若い独立部隊隊長となりますが、よろしかったので?〉


《ああ、推測通りだからね。若さが武器になる年齢だから、それを存分に使ってもらおうじゃないか。しかし、残念だったな。あれほど強い精神支配の条件付けは久しぶりに経験するよ。頭目は、どんな奴だと思う? 冷酷と言うより、あまりにシステマチックじゃないか? それこそ、この銀河パトロール並の教育と訓練機構があるようだ。ただし、かなり歪んだ教育だろうな……私達も1000年以上、追っているが、未だに尻尾が掴めない。今回の成功で跳躍エンジンが独自開発だということが分かったくらいだ。星域は絞り込めるが特定は無理だな》


テレパシー通信を切った副司令は、まだまだ正体の見えぬ敵との戦いが続くと感じていた。


「さて、J99隊への次の任務は……遊撃隊だから、まずは自由にさせるか。ジョー隊長の運はかなり良いようなんで、これはもしかして当たりを引くかな?」


副司令は、案件解消とJ99隊への専用宇宙船について相談するため会議室へと向かうのだった。



「帰ったぞ。私の留守の間、変わったことは?」


ジョイナス・ケーニッヒ少尉、いや大尉は数週間ぶりのJ99基地へ戻っていた。

最初、なりたて士官だと馬鹿にしていた部下たちも最初の試練をあまりに見事に始末して乗り越えた少尉、いや、大尉の腕に納得した。


「隊長、おかえりなさい。まあ代わり映えしませんね。小規模な海賊行為が10件ばかし、星系内部でのテロ行為が数件、内部抗争から内戦へ発展した星系内での争いが1件です。どれもこれも俺達に声がかかる前に地元の駐留部隊が火消しをしました」


あっけらかんと言っているが、これがこの時代の、この星区の現状である。

銀河パトロールという組織が、ようやく銀河の周辺部、縁の近くまで力を及ぼせるところまで来た。

創設してから1000年間、中央部から中央周辺、中間部より周辺。


で、今の現状。

海賊組織が実は大きな軍事組織だと分かったことが大きな収穫だったと本部の評価は高かったが、大尉自身もっと情報を引き出せるはずだったと悔いている。

あの艦長、敵組織の少佐だったということは、どこかに銀河パトロールのような大きな中央司令部があるのだろう。


「まあ、1000年も探してて、ようやく掴めた秘密の一部。少しづつでも敵の秘密を明かしていけば良いか」


そう呟くケーニッヒ大尉の目は大きな敵に対する猟犬の挑戦のように光る。

それから数ヶ月後、J99部隊基地に大きな贈り物が届くこととなる。


「毎度! おまたせしました。J99部隊のベースとなります大型宇宙船、直径500m級の球形船、最新型となります! 今までの小型船集積型のベースじゃ自由に動けませんからね。総司令から直々のご依頼で工廠より直接、お届けに上がりましたぁ!」


今までのJ99部隊は現場へ直行して作戦行動を行う直径100m船、様々な修理や武器・艦船・突撃艇のメンテナンスを行う直径300m船、そして司令部との緊急連絡に使う連絡艇として使用する直径50m船の合体した基地という、やたらめったらゴチャゴチャした基地となっていたため、様々な物を収容できる大きさの大型船が来たのはありがたかった。


「ご苦労! 今までのベースは、どうするのか聞いているか?」


ケーニッヒ大尉が問うと、


「直径100m船と50m船は収納可能になると思われますので、そのまま使えますよ。問題は300m船なんですが……副司令から、ちょっとしたアイデアがあるって聞いて、それを実現するために俺達が乗り込んできたんでさぁ! ちょいと失礼しますよ……ふむ、今の合体部分は不安定ですなぁ……やっぱ、新アイデアの合体船のほうが良いかと思いますよ、隊長さん」


言われたケーニッヒ隊長、わけが分からず。


「何だと? もしかして新しい直径500m船と、今まで最大だった300m船を合体させるってのか? おいおい、そんなもの巨大工廠も無しに作業が出来るわけ無いだろう!」


普通は、そういう意見が出る。

しかし……


「そういうと思ってましたけど。でも、ご安心下さい。もう、接続部は500m船にパーツでばらして収納してきましたんで組み立てるだけです。後は500m船と300m船に、その接続パーツ用の接合穴を開けるだけでさぁ! 工事期間は予定で二週間! まあ、もう少し内部の最新化でかかりそうですがね」


大尉以下、J99部隊も、これには空いた口が塞がらなかった。


「さーて、と! ちょいと狭いですが、100mおよび50m船に乗り換えてもらえますかね。500mと300m、くっつける作業に、早速、取り掛かりますので!」


有無を言わさず部隊全員が船を追い出されて、狭い100m船と50m船に移される。

数日後、


「おいおい、実行部隊の俺達は最少人数なら50m船でも構わないが他の基地専従要員がかわいそうだろう。なんとかならんのか?」


たまらず、ケーニッヒ隊長が不満を漏らす。

まあ、そんな事は予定してましたと言わんばかりに合体作業のプラン実行班長……

実は銀河パトロール修理メンテナンス部門の課長だった……

が、


「そうですなぁ……それじゃ、仮の宿として早速、本部から500m船を送って貰いますよ。ちょうど俺達も帰りの船が必要だったんで、作業終了次第、その船で帰ります」


次の日には、もう一隻500m船が増えていたという……

10日後、ようやく改装(? )なったJ99部隊の専用宇宙船にして移動基地が完成する。


「ご苦労さま。引き渡しは?」


ケーニッヒ隊長が聞くと作業を指揮している課長が言うには、


「すいません! あと数日、内部改装と装備の最新化で。まあ、仕上げを楽しみにしてて下さい、隊長さん」


まあ、仮とは言え、直径500m船をホテル代わりというのは贅沢なものだったので文句はない。

奇跡的に大きな戦いや海賊報告なども上がってこなかった。


5日後……

引き渡しが終わった合体船に入ったJ99部隊。


「ふわぁ……なんだこりゃ? 実戦部隊とは思えんよ、この新品装備! 武器からシールド発生機から、まるっきり新型じゃねぇか!」


部隊員から、そんな感想が出るくらいピッカピカの最新装備で固められた船内。

今までの狭い船室からは考えられない広くて個室(? )化された隊員それぞれの部屋。


「300mと500m……数字だけ見てるとそんなに大した違いはないようだが、内部容積が全く違うな。通常の宇宙船ではなく球状宇宙船の利点は、これだというのが嫌でも納得させられる」


「あ、隊長。今までの300m船も改修受けてますんで、エンジンなら何から全て新型です。それにしても、ここまでの作業を、これほど早く終わらせるなんて、あの本部から来たって課長、只者じゃないですよ」


こちら、本部へ帰着した作業班から当の課長が指令本部へ。


「いやー、作業は難航しましたが予定より約半分の日程で終了ですよ、我が主、いや、総司令。合体機構そのものがガルガンチュアの小型版なんで簡単でした」


「ご苦労さま、プロフェッサー、じゃなかった、修理メンテナンス部門課長。500m船と300m船ってのは小型とは言えないと思うんだがね」


そんな会話が交わされているなどとは誰も思わない本部及びJ99基地の面々だった。


ここから銀河パトロールJ99部隊の新しい任務が始まる。


〈銀河パトロール本部へ。J99部隊、これより遊撃隊として任務に就きます。定期報告はしますが基地は移動するため、現在地は刻々と変化しますので事前報告まで〉


〈了解、こちら副司令だ。総司令には、こちらから伝えておく。J99部隊、遊撃任務への移行認証。宇宙海賊集団MADの情報収集を最優先に現場での自由裁量を認めよう。定期報告は欠かさないようにな。派手なドンパチより厳しいかも知れんが、頑張ってくれ。以上だ〉


「よし……本部とのテレパシー連絡で遊撃任務を認証してもらった。J99部隊、これより銀河最周辺部、縁へ向かう。現在、最も海賊被害が大きいポイントは?」


「はい、隊長。被害報告が最も顕著なポイントは、ここより500光年ほど離れた星域となります。大きな海賊集団のグループもいくつか確認されているとのことで、その中にはMADの所属グループもあると思われます」


「よし、分かった。ではJ99部隊の新任務の始まりだ! 野郎ども、宇宙海賊と名乗っちゃいるが実は軍隊という仮面、剥ぎ取ってやるぞ!」


おーっ! 

と掛け声一発、世にも珍しい大型船と中型船の合体宇宙船は発進する。

目的地は、今、この銀河で一番危険と言われている星域。

そこで情報収集と海賊組織の撲滅を行う。


「目標星域まで、どのくらいかかるかな?」


「はい、隊長。およそ4日ほどですね。直行は間に中性子星ゾーンがあるので迂回することとなります。さすがに引き込まれることはないと思いますが、最悪、海賊集団の罠が仕掛けられている恐れもありますので」


「了解。ではバリアフィールドを最大出力にして中性子星ゾーンをギリギリかすめるようにして跳んでくれ。一日くらいは短縮できるだろう」


「分かりました。バリアフィールド最大出力、跳躍エンジン、最大出力で行きます。約半分の日程で行けると思われます」


「分かった……では、跳べ!」


合体船という事で通常の一隻より格段に出力にも余裕のある宇宙船は宇宙空間を文字通り「駆け抜ける」ように跳んでいく。

しかし……


「隊長、異常事態です! 船の進路が安定しません!」


「何?! この船の跳躍エンジンも通常空間用エンジンも最新型のはずだ。今は跳躍を終えてフィールドエンジンで亜光速のはず。どうして宇宙一安定しているはずのエンジンで進路が安定しないんだ?」


「そ、それが……フィールドエンジンなのが原因のようです!」


「なんだと? 跳躍航法の方は大丈夫なんだな?」


「は、はい! 今から跳躍します! ……終了。通常空間で現在は安定しています」


「何だ? 原因を究明せよ。それが出来上がり次第、本部へ緊急連絡する」


「はい! 了解です!」


数時間後……


「隊長、報告書が上がってきました。今回のフィールドエンジン不調の原因が特定されましたが……少々、厄介ですな」


「ご苦労、副長。原因が特定されたんなら良いが、厄介というのは?」


「それがですねぇ……フィールドエンジンの原理に関する不調です。詳しくは、この報告書に」


「ふむふむ……これは! こんな欠点を敵の攻撃に使われてみろ、こちらは全軍で統制なんか取れなくなりそうだ」


「やはり、隊長も同意見ですか。フィールドエンジン、長所が山ほどあるんですが、たった一つの短所が命取りになりそうですなぁ……」


副長が隊長室から退出すると、さっそく緊急報告を入れる。


〈こちら、J99部隊より本部へ。フィールドエンジンの欠点を発見、厄介な事が判明しました。フィールドエンジンの性質上、電荷や電磁場の超強力な宙域を通過すると進路を保てなくなる事が判明しました。より詳しくは後ほど報告書を送りますが要は直径500m船であろうと、回転しているブラックホールや中性子星の電磁場が超強力な空間を通過すると、その電磁フィールドを保てなくなるということが実際にありました。銀河パトロールの球形船は全船に通達願います〉


〈こちら本部、副司令だ。緊急通報、ご苦労だった。こちらも対策を取るが対策が完了するまでJ99部隊は当該宙域に近寄るなよ。いいか、それが敵の基地だったとしても、その宇宙船で敵基地攻略作戦など起こすな! これは総司令からの命令だ! 以上、貴重な情報を感謝する〉


「うーむ……もうすぐ目的宙域に到着するが、それから身動きが取れんな。何か解決方法は……」


隊長として部隊が行動不能に陥ることは避けたいが、かと言ってフィールドエンジンの原理上、これは解決など出来ない。

全員出席の対策会議が急遽、行われる事となった。


会議は恐ろしく時間がかかった。

解決方法も、なかなか出なかった。


「隊長、本部はどうするって言ってました?」


部下から本部の動向を聞いてきた。


「まだ本部からの通達は来ない。本部も、どうするかの方針が決まらないんだろう。俺個人としては解決方法があることはあるんだが……」


「隊長は解決方法を考えてらっしゃったんですかい? 出し惜しみせず、教えて下さいよ」


ブーイングとまで行かないが、それなりの不満が出る。


「解決方法と言うのか何というのか……エンジンを複数基用意するって基本的な解決法だぞ。大型船には使えないし、やれるとすれば突撃艇か、あるいは大きくても直径50m級のものだろうな。50m級を改造するなら中心付近に反動型推進エンジンを巻くようにしてやらないと進行方向が安定しないだろうし……改造が大掛かりになるんで300m級や500m級は無理だろう。やるとしても本部の工廠を借りて数ヶ月ってところか」


はぁ……

という溜息。


「ということでしたら……また修理メンテナンス部門課長に来てもらうしかないでしょうね。あの課長なら我々が数週間かかるところを数日で終わらせるでしょうから」


今の発言、実はJ99部隊のベテラン技術者であり、修理メンテナンス部門の長、支部内では技術部長の肩書すら持っている人物から出た。


「正直、あの課長と比べると自分が初心者のヒヨコに思えます。手元や治具の使い方を眺めてるだけで、うちの部署の修理メンテナンスレベルが上がりそうですわ。今回、本当にカメラ持ち込んで実際の作業をファイルに落とし込めないかなと思ってます。修理やメンテナンスの教科書ですよ、ホント」


という事で隊長が本部に無理を言って(修理メンテナンスの本部長が怒った怒った。本部の宇宙船改修作業が月単位で遅れるぞと総司令と副司令に鬼も裸足で逃げ出す形相で食って掛かったとのこと)例の天才技術者の課長を派遣してもらった。


「精鋭を引き抜いてきましたからね、今回。いやー、本部へ帰ったら本部長の怒りが怖いですよ」


隊長も、さすがに悪いかなと思ったが、こちらは現場へ急がなきゃならない身、陳謝はするものの特急作業でと注文をつける。


「分かってます、総司令からくれぐれもよろしくと聞かされてますから。設計図は……ふむふむ、50m級だけの改装ですね。中心部に反動推進エンジンを4つ船体を巻くように取り付けて……良いアイデアですね。中型船より大きい船体では難しいかも知れませんが50m級や100m級までなら難しい話じゃない、と。いっそ50m級と100m級の二隻ともやっつけちゃいませんか? 材料は持ってきてます」


話がまとまると、そこからは作業が急展開。

課長の両手は傍から見ていても霞むのじゃないかと思うほどにあっちこっちと同時作業。

精鋭部隊と言うだけあり、さすがに課長と同レベルではないが、あっちでもこっちでも作業が次々と。


「二隻で一週間、ちょっと時間はかかりましたが、これで万が一、フィールドエンジンが使えなくなっても反動エンジンで行けます。フィールドエンジンじゃないから加速圧が吸収されませんので、こいつを使う時には注意して下さい」


マニュアルをばさりと渡され、その足で課長率いる修理メンテナンス部隊は直径500m船で帰っていく。

帰投したら即、これと同じ改修を500m級以下の艦船に施すことになるとのこと。


「あいつは化け物か……俺達はウチの隊長とおなじような化け物を、もう一人見ていたのかも知れんぞ」


部隊の技術部長は、いみじくも呟く。


「まあ、つむじ風のようだったが。とりあえず、万が一の時にも2隻、反動エンジンが使える船があるというのは心強い。さて、出発! 現場へ急ぐぞ!」


300m級と500m級を合体させたJ99部隊専用宇宙船(基地も兼ねる)は大きすぎて現場改修できなかったが乗り心地は良いフィールドエンジンを使い現場宙域へ急ぐのだった。


目標ポイントへ数週間遅れで到着。


「さて……ここで相手が出てくるのを待つしか無いわけなんだが……こっちから動いてもいいけど、それをやると多方面作戦になりそうでマズイんだよなぁ……」


ジョイナス・ケーニッヒ大尉、つまりJ99部隊の隊長、ここで考え込む。

動き回って囮役をしてもいいが、それだと敵、つまり宇宙海賊組織MADが多方面に出没した時に厄介なことに。

とは言え現状では少ない情報しか無いので、動くにしても取っ掛かりがない。


「隊長、ここは腰を据えて情報収集に専念するのも良いかと」


副長が助言を出す。


「それもそうだな。相手も大人しくしているという時間が長ければ財政的に問題が出てくるだろうから、そうそう長いこと海賊行為を止めることは出来ないだろう。問題は、しびれを切らせて出てきた時、そのうち、どのくらいの海賊船が上の方と繋がっているかってことなんだが……まあ、これは考えていても仕方がないか。海賊船を全て取り締まれば良いことだからな」


ということで待機作業となる。

部隊のうち、行動部隊を除けば日常作業の延長にようなものだから変に構えること無く作業は継続。

問題は行動部隊。


「隊長、定期的にパトロールで周辺星域を回ってみましょうよ。行動部隊が基地で燻っていても何にもなりませんや」


古参の兵長が進言する。


「大々的に行動を起こしてはいないが地元で陰に回って犯罪を犯している可能性もあるな……よし、部隊を半数に分けて半分は基地で待機、後の半分は定期パトロールで巡回だ。軽犯罪くらいは見逃せよ。俺達が扱うのは組織絡みの大きなものだけ。あくまで俺達は銀河パトロールだからな」


ということで、100m船と50m船を出して周辺宙域を巡回する事となる。

ちなみに、合体船の方を使わないのは改修されていないという点も含む。

フィールド航法の弱点を突かれた場合、改修済みの船ならまだしも未改修の船では致命的な事態になりかねない。

J99部隊が定期パトロールを行いだしてから数週間後。


「隊長! 救難信号です。海賊船が出たとのこと。ようやく相手も行動に出てきたってことですな」


通信手からの報告が入る。


「ようやくのお出ましだ。さて、こいつが当たりだと嬉しいね。出動だ!」


実行部隊として見回りしている現場から急展開! 

100m船と50m船は海賊船の居るだろう現場へ急行する。


「おほー、いるよいるよ。4隻で2隻の輸送艦を襲っているわけか。一応、小隊の格好はしているが、こいつが「帝国」と繋がっている保証はない。まあ、いつもの通りに海賊退治と行くか」


隊長以下、久々の実戦だが、そこはそれ慣れたもの。

扱い慣れた50m、100mの両船を駆使し、襲われている輸送船2隻を海賊船集団より逃してから……


「宇宙海賊の者たちへ、最終通告である。大人しく捕まるなら問題はないが、抵抗し、あるいは逃走しようとするなら容赦しない。まあ逃げようとしても全艦、トラクタービームを全力照射しているため、ピクリとも動かないだろうが」


海賊船4隻のうち一番大きなものが、それでも逃げようとして全力噴射で逃げにかかろうとする……力づくでやれば可能とでも思ったのか、それに続いて4隻ともにエネルギーの全力噴射体制をとる。


「隊長、厄介ですね。このままじゃ、3隻は止められても1隻は逃げられます。小型パトロール船じゃ出力不足ですわ」


「よし、それでは一番大きな奴のエンジンを撃ち抜け。後は放っておいても動けないだろうから、まずは大将の船から始末だ」


「了解! 砲撃手、主砲を大型海賊船のエンジン部へ! 狙え……ぅてえ!」


主砲は見事に4隻のうち最大の船のエンジン部に当たる。

ちなみに主砲はレーザーや熱線砲ではない。


「珍しいな、絶対零度砲か。相手の船を確実に無力化して爆発飛散を防ぐには最適なんだろうが銀河パトロールの艦船で主砲が絶対零度砲というのは俺も見た事がない」


隊長の発言も理解できる。

通常のレーザー砲や熱線砲などはメンテナンスや主砲交換時期などが長く、それでいながらパフォーマンスが高いので、通常は、こちらのほうが銀河パトロールで扱われる通常艦船の主砲として使われるのが主力。

絶対零度砲や重力砲などの特殊な砲撃を行う艦船は普通、別部隊となる(特殊な攻撃を行う特別部隊、重力砲部隊や絶対零度砲部隊として編成されている)


「こいつは特別なんです。ちなみに絶対零度砲は、この100m船のみに取り付けられていますので後は通常の熱線砲が主砲となります。絶対零度砲はエネルギーコスト的に合わなくてですねぇ……こいつを積んでるから100m船の武器は、この絶対零度砲だけなんですよ。レーザー機銃すら積んでいません」


理由を聞いたら絶対零度砲がエネルギーをバカ食いするからだとか。

下手に機銃や他の主砲を積んでしまうと防御用フィールドや跳躍エンジンへの出力すら足りなくなってしまう恐れがあるので、この船だけは偏った武器装備になっているのだそうだ。


「な、なんとも言えないな、それは……俺の前の隊長が、よくそんな武装を認めたもんだ」


「それはそれ、絶対零度砲の威力が凄いんで……こいつで主力を仕留めて後は50m船で雑魚を片付けるって作戦ですよ」


とんでもない部隊に当たったと今更ながら思う隊長であった。


ここは何処とも知れぬ空間。

その中に、ぽつんとある一つの星。

その星には目的の銀河を侵略しようとしている帝国軍の本部が存在していた……


「情報部の方は、どこまで掴んでいるのかな? 急に、あの銀河の抵抗勢力が強くなってきた理由が」


声を発したのは太り気味の将校。

ギラギラ、やたらときらびやかな勲章(と思われる)の類を将校服にびっしりと付けている。


「はっ、少将閣下! 今現在、こちらが掴んでいる情報としては、あまり多くはありません。なにしろ数十年前までは、こちらの一番小さい艦船でさえ向こうの戦力とは比較にならない火力を誇っていたのに今は巡洋艦クラス以上でないと向こうの巡回パトロール艦船に対抗できなくなっています。情報部としても必死で敵組織の全容を掴みたいのですが、向こうの組織の全容どころか上部メンバー同士の秘密通信らしき装置も確認できません。情報部の全力を挙げておりますが、どうも向こうの組織のトップは我々のことを薄々、感づいているような節があります。それに比べて、我々は敵のトップの全容も掴んでおりません」


はぁ、とため息を吐く将校服。


「君には失望した。必死で動いているのは理解しているが結果が全てだ、この帝国軍ではな。よろしい、あと一ヶ月だけ待とう。それで敵の情報が掴めないようなら君は情報部から最前線へ送られる。これは決定事項だぞ。では一ヶ月後を期待している……」


そう言いつつ、少将と呼ばれる将校服の太り気味の男は去っていく。

将校に対し説明という言い訳を展開していた若そうな男(ストレスだろうか、頭頂部の金髪は薄くなっている)は、とりあえずの圧力が去り、ほっと一息。


「ふぅ……ようやく納得……しちゃいないな、あの様子じゃ。それにしても、こっちが追い詰められだしたのは、わずか数十年前。侵略計画は1000年以上前から実行されているにも関わらず、なぜ今になって計画が頓挫しかかっているのだろう? 急激な技術力や戦力のアップもそうだが、どこか別の勢力が、あの銀河に手を出して、こちらを排除しようとしているような気がしてならない。ああ、初動が遅かったなぁ……100年も前から戦闘で敗北したという情報も入っていたのに、それを真剣に考えるトップがいなかったのが失敗だよなぁ……」


とぼとぼと、男は情報部本部へ向かって歩く。

本部へ到着して部下の報告を受けるが、これは! 

と思われるような情報は入ってこない。

それにも増して、拙い事態が発生したと報告が入るのには更に気落ちする。


「例の銀河でスパイとして情報収集と敵戦力の強さを計っていた情報部少佐が敵に捕らえられたとのことです。ただし強烈な暗示で潜在意識にまで染み込ませた情報漏洩防止プログラムにより、当該少佐の脳は焼き切れるようになっていたため、最小限の情報のみが敵に伝わったようですが」


こいつは最小限と言っているが、その最小限の情報から、どれだけのことが分かるのか理解していない。


「副官、君は最小限の情報と言っているが、これが敵に漏れた場合の危険性が分かっていない。敵のトップに、もし私がいたならば彼が帝国軍情報将校で少佐という事実だけで、こちらの戦力が大きいこと、帝国軍という名称で様々な機関があるだろうこと、そして敵の組織が巧妙に隠されていることが分かる……ちなみに敵の組織のトップは私以上の切れ者らしいので、もっと多量の情報が推察されると思われる。これは拙い事態になりかねんぞ」


改めて副官に敵組織の情報収集を最高度の任務とするように伝えて、彼は自分の部屋、帝国軍情報部長室へと入っていく。

情報端末に向かい、先程聞いた情報漏えいの仔細情報を見る。


「これは本格的に拙い。副官の情報では漏れた情報は最小限だと言っていたが、向こうの組織は、こっちが宇宙海賊などというチンケな組織ではなく帝国軍という巨大組織だと見抜いているような動きをしているな……これでは、いくらこちらが隠そうとしても、いつか見抜かれてしまうぞ……いっそダミー情報や嘘情報で相手を混乱させるか? いやいや、雇われ稼業の海賊達に、そんな情報を流したら裏切られかねん……」


男はデスクの前で考え込むのだった……


一方、こちらは敵とされている方の銀河。

そこの守護者である銀河パトロールの指導者にしてトップとなる男がいる。


《敵である帝国軍だが、どこの何者? 隣接銀河も搭載艇を無数に放って調べてみたが怪しい星系も集団も見かけなかったぞ》


〈総司令が調査させたのなら確実ですな、こちらの会議では隣接銀河の威力偵察のようなものと推察されていましたが。そうすると帝国軍とは、どこの星系や銀河から来てるんでしょうかね? そちらの調査では、どこまで確定してます? どうせ候補は出てるんでしょ?〉


《副司令、いや、郷、よく分かってきたじゃないか。候補は10ばかり上がってるが、どれにも、これはという確定要素がな。その中でも面白いのが一つあるぞ、聞きたいか? 》


〈総司令、いや師匠。もったいぶらないで教えてくださいよ。あまりに相手の情報が少ないんで、こっちもイライラしてるんですから〉


《はっはっは、あわてるな、教えるつもりだったんだから。まだ確定とは言えないんで参考までにな。一番面白い可能性として、この宇宙から隠されている世界からの侵略集団ではないかという話がある》


〈えっ?! 異次元からの侵略者ですか? 邪神集団のような?〉


《邪神集団、今では異次元生命体だが彼らとは違う。違う時間に移行してた銀河、憶えてるか? あれと若干似ているが本質的に時間も同じ、しかし、違う世界の話だよ》


〈何です? なぞなぞを解けとでも? 詳細を教えてくださいよ!〉


《あまりいじめるのも可哀想だな。この世界とは、ほとんど同じ……多元宇宙理論というやつを知ってるな? あれだ、ほとんど同一だけど、何らかのきっかけで、この宇宙とはズレてしまった未来を辿る別の宇宙だよ。あっちの世界で何かトラブルが起きて、その宇宙や銀河に住みにくくなってしまったがために、こっちの宇宙に移住しようとしてるんだろうな……と言うのが俺達とガルガンチュアが今あるデータを全て精査し、検討し尽くして出した結論だ。ただし、この可能性が一番高いってだけで、この多元宇宙からの侵略戦争説が決定というわけじゃない。案外、見えないけれど近くにある隣接銀河の侵略かもよ? 》


〈ははは、ガルガンチュアと、あなた達の全てが結集して出した結論が可能性として一番に決まってるじゃないですか……で? 真剣な話、どうするつもりです? 時間は克服できたんですが、さすがに異世界に近い多元宇宙なんて渡れないでしょうが〉


《うん、その通り。今は相手が来てから撃退するしか無いんだが、その異世界へ渡る方法さえ分かればガルガンチュアの超絶科学でなんとかなるだろうと言うのがフロンティアたちの出した結論だ。向こうにさえ行ければな、あっちのトラブルも解決できると思うんだが……今は、J99隊の成果待ちってところだ。俺達が出れば早いが、それでは向こうが手を引いてしまい、こっちの世界から向こうの世界へ渡る方法すら分からないままとなる……それだけは避けたい》


副司令こと郷と、総司令の楠見とのテレパシー会議が終了する。

多元宇宙の異世界に住む者達には一番悪い結果を、いや一番良い結果となるだろう秘密会議は、これからも当事者以外には理解できない方法で実施されていく。


今日も今日とて、J99部隊は宇宙海賊、いや、その大元、帝国軍を名乗る巨大組織の尻尾を掴むという大仕事に携わっている。

しかし、毎日のように宇宙海賊の出現を受けて出動し、これを撃退、あるいは撃滅するのであるが宇宙海賊組織以上の情報を得られない。

そんな日々が続くと、さすがに飽きてくる。

いや、仕事として飽きるわけではないが(毎回、制圧はしているが、いつこっちが負けても不思議ではない死闘)情報を得られない戦いに、ある程度の飽きが来るのは仕方がない。


「隊長、どうします? これで50件目ですが、こいつらも下っ端で、自分たちより上の組織のことは知らされていないようですが」


「うーむ……敵さんも、こちらが力を付けたということは認識しているようで、侵略行為の手先としての宇宙海賊は例の帝国軍の司令は受けていないようだ。しかし、完全に海賊と帝国軍の関係は切れてはいないと思われるんで、これまでと同じように俺達は宇宙海賊を退治したり、稀に現れる帝国軍関係者を尋問したりするしかない」


隊長は副司令と直接語り合えるRENZ持ちであるため、副司令から帝国軍とは恐らくだが多元宇宙の別世界にある銀河からの侵略組織だろうという連絡を受けている。


「ただ、これが真実かどうか……それを確信とするには帝国軍の関係者が、こっちに来てくれないと情報が曖昧でしかない。むぅ……どうしようか……」


独り言でしか言えない秘密事項であるため、隊長といえどもブリッジではなく隊長専用の部屋で呟く。

その時には、意外と早めにやってきた。


「副長、今回の宇宙海賊船団は今までとは違った構成らしいな。珍しく、一個艦隊のような構成で輸送船団を襲ったそうじゃないか」


「はい、さすがに我が戦力では殲滅とはいかず3割ほど戦力を削っただけで撤退していきました。ちなみに死者をできるだけ出さないように攻撃していたのですが大破した敵艦は自爆してしまい、捕虜も数名しか得られませんでした。怪我人、重傷者も軽傷者も病院船に叩き込んであるんで尋問は可能です。まあ、我々では役者不足なので隊長でなきゃ無理でしょうが」


これを聞いた隊長、過去の失敗を思い出して副司令へ連絡を取る。


〈副司令、帝国軍の関係者と思われる捕虜を確保しました。ただし私が尋問しても以前と同じく精神崩壊に陥る可能性が高いため、できれば副司令あるいは総司令が尋問していただくほうが良いかと思うのですが。可能でしょうか?〉


〈ふむ……ちょっと待ってくれ。今、総司令に確認をとってみる……大丈夫だ、総司令が対応するとのことで君は現場で当事者と対面だけしてくれ。総司令は、とある事情で現在地を離れられないんで君を通して当事者たちを尋問することになる〉


〈私が現場にいることが重要なのでしたら、そうします。では、こちらの準備ができたら、再度連絡します〉


隊長は、その足で負傷して入院している捕虜たちのトップを訪問する。

くれぐれも、以前のように尋問しないでくれと副司令には言われているため病室へ訪問するだけ。

当たり障りのない話だけしていると……


《よくやってくれた、隊長。これからは、俺が対応する。君は、ここにいてくれ。さすがの俺も、現場にいない時に精神だけで捕虜の尋問は無理だからな。中継基地の役目をしてほしい》


副司令とは全く違った強さと特色を持つテレパシーだ。

隊長は、その場で捕虜と向かい合い、その目と耳、口を総司令に提供する形となる。


「君が、この銀河での海賊たちの総まとめ役をしていた人物かな? 私は銀河パトロール組織の総司令を務めるクスミと言う。今から、質問を行いたいが大丈夫かね?」


隊長の言葉とは全く違った言葉が出てきたことに驚く病室の主。


「あー、質問に答える前に、こちらからの質問に答えてくれないか? 性格が変わったみたいに言葉と表現方法すら変わったようなんだが……あんた多重人格者か?」


隊長の人格は今現在、精神の奥へ引っ込んでいる。

答えるのは銀河の彼方にいる総司令だ。


「違う。この肉体はJ99部隊の隊長だが、今、この肉体を制御しているのは銀河パトロール組織の総司令の精神だ。俺の肉体は遠くにあるんでね、この隊長の許可をもらって中継基地のように使わせてもらっている。この肉体に負担はかけていない。だからこそ、君と話がしたくて俺がここまで出てきているわけだ。あ、尋問じゃないから安心したまえ。以前に尋問して精神崩壊に至った少佐は残念だった」


「今回は、それを避けて尋問じゃなくて質問にしてくれるということか。いいだろう、俺が言えることは答えようじゃないか。質問に答えるだけなら精神崩壊のトラップに引っかかることはないだろう」


「ありがとう、こちらも気をつけよう。まずは君の所属だ。帝国軍の所属だと思うが、それで間違いないかね?」


「意外だな、初対面なのに、そこまで知っているとは。ちなみに私は、元・情報部の人間だ。向こうにいる時に、こちらに切れすぎるほどに頭の切れる人物がいると推測していたが、あんたがそうだったか」


「光栄だね、敵とはいえ情報部のトップを務めたほどの人物に、そこまで言われるとは。次の質問だ、君の言う「帝国」とは、こことは別の宇宙……恐らくは、ここと隣接する多元宇宙の一つの世界だと思うんだが違うだろうか?」


ショックを受けた、敵の元将校。


「鋭いなんてものじゃないな、その推理力と洞察力。当たりだよ大当たり。我々、帝国軍は、ここと似ているが別の宇宙にある銀河から来ている。驚きだね、ここまで少ない情報で、ここまで真実にたどり着くとは」


「光栄だね、その言葉。そうすると、その侵略意図が問題となるんだが……君らの銀河宇宙にトラブルが発生し、それを避けるため、つまりは君らの宇宙から、この銀河に避難しようということで攻撃を仕掛けているということだろうが、違うか?」


「これは……まいったな。我々の銀河でも軍部の上の方しか知らない軍事機密に当たるんだが。そこまで知られているようでは秘密にしている意味がないな。お察しの通り、我々の銀河には問題が起きている。深刻な問題ではあるが当面は大丈夫なんだ。しかし数百年の後には、こちらの宇宙へ移住しないと我々は全滅してしまうだろう……」


「それが聞きたかった。そのトラブル、俺達なら解決できるかも知れないぞ」


「嘘だよ、解決できるわけがない。文明程度だって近年、我々の世界と同じくらいになってはいるが、我々の宇宙へ行く方法すら知らないじゃないか」


「うん、それは認める。しかしトラブル解決を行うのは、この銀河の文明に属するものじゃない。俺達は……」


「な・ん・だ・と! まあ、それで納得した。数百年で、ここまで文明が発展したのは、そのせいか。後は、我々の宇宙へ行く方法だけだな。一つ約束してほしい。勝手な願いだが我々を救ってくれ」


「トラブル解決が俺達の仕事だと説明しただろ? 俺達の仕事は、この宇宙に住む者達が安全に、安心して生きていけるように宇宙のトラブルを解決するってことだ。それは宇宙が別の銀河でも同じだ。生命体が困っているのなら、どこでも行ってトラブル解決してやるだけだよ」


「そうか……もう、君らガルガンチュアクルーに依頼するって手段が最適なようだな。よし、我々の宇宙へ行く方法とポジションを教えよう。あと一つお願いが、私を連れて行ってほしい」


「了解した。そのポジションから、どれくらいの大きさのものが君らの宇宙へ行けるかな? ふむ、三個艦隊以上は楽々だと……ガルガンチュアは行けるかなぁ……まあ、現場へ行って確認するしかないか。分かった。君を迎えに来よう。そして、案内役として君に来てもらうとしよう」


「ありがたい! もう、我々に攻撃意思はないと確約しよう。故郷の銀河が救われるなら、こちらに侵略や移住する意味はない」


「わかった。この肉体から離れる前に銀河パトロールに通達しておく。海賊行為をやめるなら通常の宇宙航行をする船として扱うようにと」


《隊長、聞いていたな? もう、この銀河は平和になる。まあ後は向こうの宇宙の問題だが、それは俺達が解決する》


〈総司令……あなた、本当にこの銀河の生命体じゃなかったんですね。噂はありましたが事実だったとは……そうすると副司令も?〉


《そう、総司令と副司令は同じ宇宙船ガルガンチュアのクルーだ。俺達は銀河どころか銀河団、その上の超銀河団すら超えてきた》


「目的は宇宙を平和に、安全にすること……ははは、こんな馬鹿な話はないよな、別宇宙の帝国軍人さん。俺達の宇宙には生きた神様がいるんだってさ。あらゆるトラブルを解決し、あらゆる生命体を救う存在なんて、まさに神様だよなぁ……はあ、なんか敵味方という言葉すらバカバカしくなってきたぞ」


「まあな、俺もそう思う。別宇宙のトラブルすら解決しようなんて存在、神話の世界すら超えていると思わんか?」


互いに見つめ合い、吹き出す。

大笑いが病院に響き、看護兵が飛んでくる。

厳重注意される二人だが下げた頭の下で、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。


ここは異世界……

というか多元宇宙理論で言われる、もう一つの宇宙。

多元宇宙理論では無数にあると言われる「もしも、あのとき、ああだったら」が違ったがゆえに世界が分かれたという、この宇宙と隣接する宇宙。

この異宇宙には原則としてガルガンチュアは存在しない。

しかし今現在、異宇宙にガルガンチュアは存在する。


「ミスタークスミ、ここが我々の宇宙です。あなた方の宇宙とは良く似ているが少しだけ違う宇宙だと言えるでしょう。住む生命体も同じような種族だし銀河の形も同じようなもの……一つだけ違うとすれば、あなたがたの宇宙には存在するガルガンチュア。この存在が、こちらの宇宙には無いのでしょうね。神話のモデルとしても我々の探査船が調査した無数の星系でも、このような超のつく宇宙船や、それを操る存在は記されておりません」


元・帝国軍情報局長であった青年は、そう断言する。

おせっかいにも自分の銀河や種族とはなんの関係もない銀河、銀河団、超銀河団、それどころか宇宙を異にする銀河に至るまでトラブル解決をしてやろうという存在など今まで聞いたことも見たこともない。

向こうの宇宙にいた時、迎えに来ると言うから病室で待っていたら来たのは直径500mの球形船。

でっかいなと思っていたら、それに乗って到着したのは、とてもじゃないが表現することさえ難しいだろうと言う形状の宇宙船。

惑星規模の直径1万km超えの主となる球形宇宙船に、直径5000kmから6000kmクラスの衛星規模クラスの巨大船が三隻も、これも巨大な円筒で繋がっている。


最初は自分の目がおかしいのかと思った。

ずいぶん遠くにあるはずの宇宙船が、それでも巨大に見えるのは目の錯覚だろうと思った……

そうではないと知ったのは距離が数十万kmにまで近づいた時。

今乗っている直径500m船が無数にある搭載艇の一つに過ぎないと言われて、そんなバカなと反論したらメインスクリーンを見ろと。

これは加工された映像かと聞くと、リアルタイムで船外カメラの映像を映し出しているだけだと、こともなげ。


で、現在の状況。

元の異宇宙に戻ってきたので、この巨大宇宙船に対して攻撃陣を敷いているバカたちに忠告するのが真っ先にやったこと。


「私は元帝国軍の情報部局長だ。将軍たち、特に指揮艦に座しているだろう帝国皇帝に申し上げる! この船、ガルガンチュアは平和目的で向こうの宇宙から来たが、この船を鹵獲するとか攻撃するとかの行動は控えていただきたい! この船とマスターであるクスミ氏はこの宇宙を平和に、安全にするという意図で来てくれたのだ。この銀河が抱えている問題、トラブルを解決できる力を備えている存在に対し不敬極まる攻撃陣は、今すぐ解いてくれ!」


それに対して数10分後に返信がある。


「こちら皇帝座乗艦である艦隊指揮艦ロマである。巨大艦に我々の元士官が乗っていると思われるが、それなら、そちらの実力を見せてほしい。この銀河は実力主義なのだ」


あちゃー、やっちまったという顔を見せる青年。

クスミのほうを見て、うなずくのを確認すると、


「指揮艦ロマに告げる。そちらの艦隊から離れている大きな浮遊岩石のデブリが見えるか? 一分後、こちらの主砲により、あれに見える巨大デブリを破壊する。それで実力の一つだと確認してくれ。ちなみに、こちらの主砲は一つだけじゃない。船の数だけ主砲があるので……そういうことだと思ってくれ」


一分後、ガルガンチュアの中のガレリアより主砲が発射される。

プロミネンス砲があたった瞬間、その巨大デブリは消え失せてしまった。


あれがこちらに向けられていた場合……

そう思っただけで、皇帝以下、全ての帝国軍の攻撃意思が消える。

数時間後、ガルガンチュア船内にて帝国皇帝とクスミの会談が開かれる。

ガルガンチュア規模の宇宙船を着陸させるような宇宙港など存在しないのと早急にトラブル解決に動かないと間に合わないとクスミが判断したからだ。


「超巨大船ガルガンチュアのマスター、クスミ殿。私は、この銀河帝国の皇帝、フェム三世だ。こちらの宇宙に来たのは、この宇宙が抱えるトラブルを解消してくれる目的であると。本当なら、ぜひとも我らの銀河を救ってほしい」


皇帝は精一杯の威厳で申し立てる。

プロミネンス砲の威力が目に焼き付いているため、ガルガンチュアが本気になったら、この銀河そのものがガルガンチュアにより消滅させられても不思議ではないと身にしみているからだ。


「本当ですよ、皇帝陛下。とは言うものの、詳細が分からないと解決方法まで時間がかかりますので。できれば、この会談でトラブル解決の大元を決めてしまいたいんですが」


ということで、ここからは本音の会談となる。

将官以上には、この問題は周知の事実だったため、資料を持ってきている者が居たのが助かった。


「ふむ……マスター、これは銀河の部分衝突ですね。向こうの銀河とこちらの銀河、およそ双方の三割ほどが影響を被ることになるようです」


「うわ! 三割か。酷いな、それは。皇帝陛下、早速ですが、この天変地異とも言える銀河衝突を回避する計画を提示します。なーに、こちらは過去に一度、これに似た状況のトラブルを回避していますんで」


これには皇帝も驚愕! 


「ク、クスミ殿! 似た現象を解決済み?! 銀河の衝突など回避できるのかね?!」


それに答える、当然だろう、という表情のクスミ。


「はい、その時には、衝突は15%ほどでしたので割合にしては小さいものでしたが。ただし、予知能力者も使いましたので解決は早かったんですけどね。今回は予知能力者がいませんから、そちらの最高のコンピュータ達と、こちらのメインコンピュータを接続して衝突する可能性の高い星系を、そのまま衝突軌道から移します」


軽く言っているが、皇帝には衝突軌道から移すという意味が理解できない。


「言葉のとおりです。星系ごと特殊なフィールドで包み込んで、銀河内を移動させるんですよ」


さあ、そこからが、てんやわんやの大騒動! 

今回は過去の銀河衝突回避計画と違い、銀河の巫女姫、強力な予知能力者は存在しないので、帝国の高性能計算機たちとガルガンチュアの計算能力が頼りとなる。


「宇宙船の工厰では直径500m艦の量産を行って欲しいのです。設計データはお渡ししますので、その船に別データでお渡しする特殊フィールドバリア発生装置を据え付けてもらいたい。この組み合わせの宇宙船を量産しないと、とてもじゃないが数百年しか余裕のない銀河衝突現象から星系を救うなど、夢のまた夢となりますよ!」


帝国だけでは、とてもじゃないが間に合わないので衝突する相手の銀河にも搭載艇を送り、向こうでも同じように球形船と特殊フィールド発生装置を量産させ、向こうの銀河でも退避計画を実行させるようにする。

最初の十年間は何も計画が進まなかったが、次の十年で1%の退避計画が実行される。


実績ができれば後は簡単。

球形船の集団を避難予定星系に送り、特殊フィールドで包み込んで、避難するポイントへ移動。

そこでフィールドを切って、星系の動きが安定するまで調整し、安定したら完了、次の星系へ。


これを繰り返すだけだが、なにしろ向こうもこっちも銀河に属する星系の三割にも届く範囲をカバーしなければならない。

向こうにも銀河統合軍があったのが幸いして、こちらの銀河帝国軍と同じ効率で作業は進んでいった。

作業中にも、じわりじわりと両銀河は衝突コースへ進んでいく。


「なあ、クスミ殿。この計画、成功すると思うか? それでなくとも計画が遅れ気味なんだが?」


そう、何事であっても反対派は存在する。

特に、このような特殊……

宇宙全体では、ありふれた現象ではあるんだが……

状況の場合、衝突コースに入っていたとしても、その衝突確率は低いものとなりがち。

ただし、銀河全体で見た場合、その瞬間には衝突しなくとも相手の星系と重力で引き合うほどの距離に近づいた場合には将来どうなるかの予測が難しい(以前のケースの場合、予知能力で、その後の予測も立てやすかったが今回は予知能力が使えないため、非常に判断が難しい事態になっている)ので、当事者として衝突確率が低いというのなら、このままのポイントに残りたいと思うのは当然の意見。


それを、安全と安心を最大限に考慮して星系ごと移動するという、向こうとこっちの銀河統合政府と銀河帝国政府に逆らう意見は出てきて当然となり、その説得と相談に時間がかかるのだ。


「ああ、クスミ殿が、せっかく渡してくれた超科学装備なんだが、これが最大限に使用できないというのが哀しいと言うか、情けないと言うか……最初は、我も、これで銀河の生命体たちは全て救えると思ったんだがなぁ……大規模救援に反対するものが出るなど想像外のことだ、それも救われる当事者の方からなんて!」


皇帝は愚痴る。

愚痴りたくもなるだろう、せっかく万難を排して救援部隊を当該星系に送ったら、


「俺達は見知らぬ銀河ポイントになど移送されたくありません。お帰りください」


などと言われて計画が止まってしまうなど誰が想像しただろうか? 

いや、あのね。

銀河中心にある巨大計算機群とガルガンチュアって超科学の宇宙船で計算したら、この星系が非常に高い確率で衝突するって結果が出たのよ。

だから移送計画に賛成して! 

移送中には時間経過が停止してるから厄介なことは起きないんですよ。

など移送部隊の責任者は必死に説得しようとするが……


「どうせ衝突ったって数百年後の話でしょ? じゃあ、後百年くらい話し合う時間をくださいな。それで民衆をまとめますわ」


などと言われる始末。

こんなことが、あっちでもこっちでも起き始めている。

この反対派をなだめすかし、移送計画に賛成して目的ポイントへ移送し、そして時間をかけて星系の軌道を安定させる……

ただでさえ厄介な時間のかかる巨大計画なのに、星系住民の説得などという事項まで増えてしまい、向こうの銀河も、こちらの銀河も大弱り。


「なあ、クスミ殿。いっそ、ガルガンチュア本体で反対派の星系を力づくで移送できないものだろうか?」


と、皇帝から聞かれた時、


「それは簡単にできます……しかし、それをやったが最後、反対派がテロ事件や星系脱出しての居残りなどの手に出ないという可能性が排除できなくなりますよ。ガルガンチュアは巨大すぎるんで、こいつを動かした場合、その手から逃げようするものを拾いきれないんです」


クスミは、そう答えたという。

ただし、と付け加えて、


「最終手段として星系住民全てを最初にパラライザーやスタンナーで気絶させてから移送するって荒業が出来るとは思います……後が怖いので俺は使おうと思いませんが」


それを聞いた皇帝。

自分がやられた場合を想像して寒気がしたと言う。

パラライザーやスタンナーなど通常の警察組織が使う暴徒鎮圧用の非殺傷武器。

それが、ガルガンチュアで使用する場合には星系全てがエリアとなる……


「そうか……神の如き力とは、それを使うにも慎重に慎重を重ねなければならぬということか……我ら、銀河に住む小さな生命体ごときには想像もできないレベルの力だな。うむ、分かった。我々は我々の、できる限りの力で、この計画を推し進めよう。全力でやって、それでも達成できない場合のみガルガンチュアに頼るとしようではないか!」


皇帝の顔色はもとに戻り、晴れ晴れとしていた。

か弱い生命体の全エネルギーをもって神の計画とも言える、この大計画を推進させるのだ。

成功するかしないか、そんなことは神のみぞ知る。

銀河衝突の始まる数十年と少し前に、ようやく避難計画は完了した。


両方の銀河で避難計画を検討し、相手が移送した星系にぶつかる予定だった星系は残し、こちらで移送した星系にぶつかる予定だった向こうの星系も残すという省エネ計画に切り替えてからは、かなり順調に避難計画が進んだというのもあるだろうが、最終的には向こうとこちらで大々的に展開した避難計画の立案者たるガルガンチュアの画像とスペックの公開事業が大きな反響を得たことだろう。


こんな大計画、立案するのも計算するのも、半端な生命体ごときじゃ無理なんだ! 

これを見ろ! 

銀河どころか銀河団、超銀河団、そして、こちらとは違う多元宇宙をも超えてやってきた、もはや神と呼ぶにふさわしい超巨大宇宙船と、そのクルー達。

彼らが、この避難計画の立案者で、向こうの宇宙では実際に銀河衝突から救っているという実績があるのだ! 

という大々的なキャンペーンが展開され、ガルガンチュアの画像と、クスミ以下のクルーたちの画像も公開される。

一種、外宇宙から来た神の使いのように扱われ、多数の星系では、その画像は神と同一視されることとなる。


「やめてほしいんだがなぁ……背中が痒くなるんだよ、そういうのは」


クスミは、やんわりと言ったが皇帝も向こうの統合政府主席も考えは一緒。


「我慢してください。あなたとガルガンチュアを御旗や神輿にしないと計画が進まないんですから」


と言われてクスミは何も発言できない。

全てが終わり、他の宇宙から、こちらの宇宙へ帰ってきたのが1000年後。

さすがに長過ぎたか……

こちらの世界での宇宙海賊組織は、どうなったとクスミが郷(副司令)にテレパシーで確認すると……


〈長い間のトラブル解消作業、お疲れ様でした。海賊の跳梁はガルガンチュアが多元宇宙へ消えてからすぐに停止し、今では銀河パトロールの下部組織に組み込まれてます。主に輸送関係の仕事を担当してもらってますね。大小、各種の船があるんで輸送する貨物の種類に合わせて使いやすくて良いです。球形艦は仕様が統一されてる分、星系ごとの貨物まで統一しなきゃならないんで大変ですよ〉


まあ、なんにしても良かった良かったと一安心のクスミ。

郷と相談して全ての引き継ぎをJ99隊に任せることとする。


「え? ご先祖が活躍したからって今の隊長の私は20代目ですよ? 確かにRENZは受け継いでますが、ご先祖と違って私には天才的な軍事能力などありません。今のJ99隊は現場とは程遠い、事務処理専門部隊ですよ?」


と、ご指名受けた当人は意外な事態に空いた口が塞がらない。


「まあ、大丈夫。これから数十年後には多元宇宙の別世界からの訪問者たちも多数やってくることになってるんで、よろしく! この銀河は異世界貿易の中心地となるだろう!」


「え? 異世界? なんですか、それ。はあ、このチップに詳しいことは全て入れてあるんで読めと……分かりました! 拝命します!」


と、今回も丸投げでガルガンチュアはお隣の銀河へ。


ちなみに、今回の問題だった異世界(多元宇宙)へ行った方法って? 

説明しよう。

宇宙の綻び(宇宙空間構造の破れ目)が今回は多元宇宙の隣接世界と結びついていた。

一定の角度とエネルギーがあれば、その境界はいとも簡単に越えられることが向こうの宇宙で発見され、最初は向こうの宇宙からの訪問者達(侵略目的)のみの使用しかできなかった。

ガルガンチュアが案内役によって越えてきた境界で、どちらも同条件で境界が越えられると判明したため、これ以降は向こうとこちらの物資や技術交流が盛んとなったと言う。


「ちなみに師匠? なんで今回は宇宙の破れ目を放っておくんですか? 以前には管理者に報告して修復してもらいましたよね?」


「あのね、郷さん。宇宙の破れ目とはいうものの今回のは非常に安定した、言わば多元宇宙への通路のようなものなんだ。相手に害意がないと分かったなら交流したほうが良いに決まってるでしょうが」


今日も宇宙は平和だ。

この宇宙も、そして、この宇宙と隣接した多元宇宙も……