第二章 銀河系のトラブルバスター編

第七話 怪奇?銀河史から消された不定形生命体種族の謎を追う

 稲葉小僧

「よし、決めた。フロンティア、新しい進路だ」


「マスター、どこの星、または銀河にしますか?」


「あ、銀河は、この銀河系な。星は……探すんだ」


「はい? 進路未定?」


「探査っつーか何と言うか……エッタの話に出てきた不定形生命体の文明圏、または棲んでる星を探すぞ」


「興味はありますが……やりがいもありそうな任務ですね。最大で、この銀河系の半分を探すことになりますね」


「ああ、やりがいはあるぞ。これこそ「新しい文明、新しい生命」の探査だろ?」


「そうですね、まずは不定形生命体の存在そのものを探す事から始めましょうか」


「大丈夫だな。では、新しき目標! 不定形生命体の文明探しに出かけよう!」


って事で、新しい進路というか目標というか……は設定終了。


「フロンティア、ちょいと個人的に話がある。オレたち二人だけになれないか?」


「はい、それでしたら、コントロールルームが空いてますが」


「じゃ、そこでちょっとお話しようか」


ここはフロンティアのコントロールルーム。

プロフェッサーやエッタは、ちょいと遠慮してもらってる。


「さて、フロンティア。お前、意図的に俺をこの船のマスターにしただろ」


「えーと、何の話でしょうか?」


「とぼけるな。さっきの火星の話を聞いてて、何かおかしいと思ったんだよ。 お前、実はマスター登録された船長権限を持つ生命体がいないと自分の持つ力の、 ごく一部しか使えないんじゃないのか? 今は俺がマスターとして認識されているから兵装や船のエネルギーを100%使える状態にあるんだろうが。 違うか?」


「これはマスター、鋭い! 確かにマスターの言われる通り、私はマスター無しでは自分の船の能力を10%も使うことが出来ません。 それ以上の機能や兵装は生命体のマスターが機能解除してくれないとダメなんですよ。 ですから木星の海に沈んでいた時もマスターの船の光に救われたと言いましたが、あれは半分しか正解ではありません。 本当は仮に貴方をマスター登録したからこそ使えない上位エネルギーを少し使えるようになり新しいマスターを 迎えるためということでメタンを取り込む能力も解禁されたのです」


「やっぱりな。なぜ今までそのこと俺に隠していた? 俺が、どちらかというとドンパチが嫌いな性格だからか? いや違うな。そんな理由じゃない。 もしかして生命体個人に判断させるには、あまりに大きな力だからか?」


「降参です、マスター。プロフェッサーが超天才と言っていましたが、その通りですね。確かに私の兵装や全能力をマスターに教えて、 その使用許可を貰った時点で私は、あの精神生命体を除けば無敵と言ってもいい存在となります。 でも、私はマスターに、その使用許可を与える責任を負わせたくないと思っています」


「フロンティア、お前は優しいな。でも大丈夫だよ。俺は自分の行為で救われるものがいる一方、同じ行為で死すべきものがいることも知っている。 ま、俺を信用してくれフロンティア。俺は間違うこともあるだろうが、その責任は自分で持つさ」


「分かりました、マスター。では私の持つ能力の全てと兵装の全てのデータを教えます。その後はマスターに、その機能や兵装の使用許可を全て委ねます」


「ああ、まかせてくれ。お前を死神の船にはしないから安心しろ」


公開されたデータを俺が全て記憶するのに1時間じゃ無理だった。

でもって主たる武装の「時空凍結砲」ってのは、まだ再現中ってことだそうで。


ってことは、未だにフロンティアは建造された時の姿には戻っていないってことかい?! 

どれだけでかい宇宙船だったんだ?! 


後日、修復終了後の姿を3Dグラフィックデータで見せてもらったが……

なんと地球の月と同じくらいの大きさと形をした球形船だった。

今の姿は中枢部を修復してから周辺部へ広げたような、いわゆる独楽のような形になっているとのこと。


部材は充分にあるが時間がかかるので跳躍移動中も修復を続けるのだそうだ。

まあ、こんな船をつけられるドックも無いだろうし、時間かかっても自分で修復できるなら大丈夫か。


不定形生命を探す旅が始まった。

まずはフロンティアのデータにない、銀河系の約半分の地域を探すんだが、今の状況が、その未探査星域に近いポイントだったりする。

ま、手近なところから星間地図を塗りつぶしていくような形にすりゃ、こぼれちゃう星域も無いだろう。


「フロンティア、未探査星域の一番手近なところから行くぞ」


「了解です、マスター。では恒星間駆動を始動させます。およそ一時間で目的星域の近くに到着します」


「よし。じゃあな、探すのはハビタブルゾーンから離れた星だけに限定する」


「え? ハビタブルゾーンから離れれば離れるほど生命体には過酷な生存環境となりますよ? 不定形とは言うものの鉱物や機械体でない生命に、 それは適切ではないのでは?」


「ふっふっふ。常識ならば、な。お前が自分で、さっき言ったじゃないか。 自分が探査してきた星の中に不定形生命の星は無かったと。 いいか、銀河の半分を探査したフロンティアのデータの中にも見つからない生命体を探すには、どうすりゃいいか? 探査条件を変えてやるんだよ、 今度は。幸い不定形生命体ってのは、この宇宙が誕生して宇宙が晴れ上がった後に誕生した生命体の中でも最古参のようだから、 生命体としてどんな進化をしているのかすら想像も出来ない歴史を持つだろう。そういう生命体が、わざわざ生存競争の激しい恵まれた星を選ぶと思うか?」


「そういうことですか。私もずいぶんとデータを蓄積して学んできましたが、このような飛び抜けた想像と推理はできませんね。 我がマスターとして貴方は最適解だと思います。では、そのように探査条件を変えましょう」


で、探査する条件を変えて手近なところから探し始めたんだけど。

生命体の探検本能っていうか未知のものを探す本能ってのは凄いよね。

太陽系でもそうだけど探査船そのものは20世紀の頃から太陽系を探しまくってたからね。

生命体の生存には厳しい星を探してたんだが、 いわゆる「ハビタブルゾーン(生命の生存可能な確率が高い星。太陽系で言うと地球や火星のような星)」で育った生命体が 基地や開発で他の星にも移住・探査に来てるのね。


とりあえず最初の星系は主星から最遠の星だけにして早々に立ち去りましたとさ。

まあ普通はこうだよね。

自分の住んでる星系を未探査で終わらせて他の恒星系に行くのは、ちょっと違うよな。

自分の庭は全て確認しなきゃ、ってのが普通。


次の星系、また次……次々と星系を渡り歩いていきましたとさ、我々「不定形生命探査チーム」は。

ひと月後、成果は……はい、全くなし。

まあ、そんな簡単に見つかるとは思ってませんよ俺も。

まだまだ未探査星系は、ごまんとあるからね。

でもって探査効率を上げるために俺の出した提案。


「フロンティア、一つアイデアがあるんだがね。この探査の効率を上げる方法だ」


「はい、なんでしょうか?」


「お前の持ってる万能搭載艇、あるよな。それに小型化した恒星間駆動をつけられないか?」


「やれば出来るでしょうが……搭載艇は元々が救助艇ですからね。そこまで考えていないのです」


「だから、使い方が違うんだ。搭載艇の一部、およそ10隻ほどでいいから恒星間駆動だけつけて手近な星系を探査させるんだよ。 搭載艇は小型とは言っても俺の宇宙ヨットより小さなものから揚陸艦クラスのものまで様々な大きさがあるんだから出来ないこともないだろ? それに、 お前ほどじゃないが、かなり高性能の人工頭脳も載ってるんだから」


「しかしマスター。私ほどのセンサーは搭載されておりません。頭脳が高性能でも入ってくる情報が少ないと探査になりませんよ?」


「さて、そこだ。搭載艇は、お前のようなセンサーの数も感度も持たない。 だけど様々な通信電波を受信できるよな。生命体が文明を持って惑星間を航行する手段を持つくらいになれば当然、 コミュニケーション手段として電波を使うか、それとも光を使うか……普通は電波を使うと思われるので搭載艇は電波を受信するだけの探査で良いだろう」


「え? それだけで良いと?」


「ああ、しばらく受信していて翻訳装置が正常に作動するようになったら、 その中から「不定形生命体」とか「不定形の生物」とかの単語を拾いだせばいい。 それを本船に送って、お前が重要か、そうでないかを判断すれば、おおまかの探査は終了するだろ? 不定形生命体と共存しているならともかく、 共存してなきゃ頻繁に単語は出てこないよ」


「ほう、見事ですね。では、改造に、しばしの時間を下さい。10隻ほど特別任務に当たれるように改造処理を施します」


「ああ、頼むよ」


そして、それから探査効率は上がった。が……探査終了星域は数百になったが、いまだ手がかりすら掴めない。

ああ、不定形生命体と、その文明は、いずこに……


見つからない……手がかりすら無いのは、どういうことだ? 

あまりに長い歴史を生きているため、自分の存在を隠す技術に長けていても不思議ではないが、 それでも噂も無ければ歴史の痕跡すら無いのは、どういうこと? 

神の使徒の言葉さえ聞いていなければ、俺自身が不定形生命体などというのは妄想の産物だと断定しているところだよな。絶対に、おかしい……

不定形生命体の存在を表す証拠を消して回っている存在がいるとしか思えなくなってきたぞ。


「おい、フロンティア。今の状況の概要が知りたいんだが」


「はい、マスター。出している艇の全てからネガティブな結果報告しか返ってきておりません」


「やっぱりな。フロンティア、ちょっと意見を聞きたいんだが」


「はい、なんでしょうか、マスター。このまま続けても不定形生命体に関する手がかりが見つかる可能性は、ほとんど無いという予測しか出ないのですが」


「そうだろうな。で、ちょいと方針変えよう。生命体の見つかりそうな星系を探査リストから外そうぜ」


「はい? マスター……それって生命体を見つけることを放棄してるとしか思えませんが?」


「そうだろうな。でも今の状況で何も、痕跡すら見つからないってのは考えられない事だよな」


「はい、普通は、かすかなヒントくらいは見つかるものですが」


「でな、俺の考えは……こりゃ、意図的に隠されているか証拠や痕跡を消してる奴がいると思うんだよ」


「マスター、その可能性は確かにあると思われますが、その理由は? そんなことしても何も利益が無いように思えますが」


「いや、それは、俺の勘としか言えない。しかし、勘だからこそ計画の裏をかけるんじゃないか?」


「ふむ……このままじゃ、らちがあきませんしね。やってみましょうか」


で、それから俺達は搭載艇チームやフロンティア自身の探索範囲を、とても生命体を発生するとは思えない星系のみに限定してみた。

まあ、最初から見つかるとは俺も考えてない。

データ無し、見つからず、の報告ばかり続いた。

ところが、ある時。


「マスター、この探査とは違いますが、緊急発信を感知しました」


「探査も大事だが、この宇宙での生命体救助は再優先事項だ! 発信地点へ向かえ、フロンティア!」


「了解です!」


ほんの数10分ほどで緊急発信がなされたポイントへ到着する。

こういう場合のフロンティアの行動は本当に素早いな。

プロフェッサーに、ミニマムサイズの搭載艇に乗り(最小サイズ、2人乗り仕様)救助へ向かってもらう。

救助者が多い場合を想定して、それより大きな中型艇も用意するが、その必要は無さそうだ。


プロフェッサーが乗った搭載艇が、要救助宇宙船に近づく場面が映像として見えている。

俺達はコントロールルームで確認と指示をしているのだ。

どうやら他の星系から飛んできた探査宇宙船らしいのだが先端部が潰れている。

隕石かデブリにでも衝突したか? 


居住区には損害はないようだがコントロールルームは完全に潰れているようで宇宙船が胴体着陸できたのはオートパイロットの優秀性のおかげだな、これは。

乗員は一名だけのようだった。

それだけ小型の宇宙船だったからこそ胴体着陸時の衝撃が少なくて助かったのだろう。

まあ、当該惑星そのものが月よりも小さな微惑星サイズだったため、重力も小さくて助かったのもあるだろうが。


プロフェッサーが救助した生命体をフロンティア内に運び込んできた。

宇宙服を見る限り、手が2本、足も2本で頭部も地球人と同じような位置にある。

手足と頭部のサイズが地球人的に変なのは、ご愛嬌というやつかな? 


手足が長く、首を含めた頭部が小さく見える。

俺から見ると腰部に尻尾がついていても当然のように見える(つまりはサルなんだが……まあ、知性体だからな、そのへんは哺乳類でまとめようか)

一応、メディカルルームで俺達に危険な菌やウィルスが無いかどうかチェックさせてもらう。

同時に言葉も探ったが、ちょっと地球や今までの宇宙生命体の言葉と互換性が全くないことが分かるのに一時間ほどかかってしまう。 こりゃ、俺の出番だな。


テレパシーでもなきゃ言葉を翻訳するのに時間がかかって仕方がない。

武器も持っていないことを再度確認してから俺自身がメディカルルームに向かう。

部屋のドアが開くと相手は驚愕しているようだ(まあ、当たり前だわな。相手にとっちゃ俺は「身体に毛のない裸のサル」だから)


〈ようこそ、フロンティアへ。歓迎するよ〉


テレパシーは通じたようだが、あまりに驚きすぎて返事のテレパシーが来ない。

ん? 

もしかしてテレパシーを受けるだけで送る能力はないのか? 


「フロンティア、こちらの方はテレパシー受信しかできないようだ。気長に翻訳機能が動き出すまで音声を拾いあげるしか無いようだぞ」


「了解しました。データは全てファイルで録ってあります。気長にやりましょう」


それからは、俺からテレパシーを送り、相手の音声を録音して翻訳辞書ファイルを充実させる場面ばかりが続く。

そうこうしていること3時間ばかし(さすがに共通点が無い言語について、 様々な単語から物理的な共通事項を探すことから初めていると、こんなに時間がかかる)

ようやく相手との翻訳辞書ファイルが完成し、互いのコミュニケーションがとれるようになる。


「俺は地球人。太陽系という星系の地球という惑星からやってきた」


「わたしはキキリールⅤ。この惑星からは遠く離れたジューゼンⅣという星からやって来た他星系探査チームの一員だ」


「君の宇宙船から緊急信号が発信されたため、すぐ近くにいた我々が救助にやって来たのだが、君の希望を聞きたい。 宇宙船は操縦系が完全に破壊されているため修理も不可能だ。もし望むなら、我々の宇宙船で君の星へ送り届けることは出来る」


「感謝する。できるなら、故郷の星に帰りたい。しかし、わたしには、その恩を返す手段も持っていないし、そのための物資もない」


「恩など返さなくていい。我々は、そういうものを望んで君を助けたわけではない」


「しかし、それでは異生命体同士の宇宙法に反することになる」


「ん? 宇宙法? すまないが我々は、その宇宙法という物を知らない星区からやってきたのだ。我々は救助に関して礼など求めない」


「すごいな、君たちの星区の宇宙法は。我々は全ての生命体同士に通用する宇宙法の基本理念として宇宙での救助信号に対して、 それを無視したり、救助を妨げたりすることは本質的に最悪の事だと制定している。 そして救助されたものには救助したものの要求を全て呑むように制定もしている」


おいおい、この星区じゃ宇宙船で事故したら一挙に貧乏まっただ中かよ。

たまらんな、こりゃ。


「繰り返すが我々に、そのような宇宙法は存在しない。生命体が困っていたら助けるのは当然のことなのだ。見返りを求めることなど無い」


「いや、しかし! それでは私が個人的に困る。助けられても相手に恩を返せなかった者として一生、日陰者の烙印を押されることになる」


「いやしかし……困ったな、こりゃ。水掛け論だ。よし、こうしよう!」


「なんだ? 要求が決まったのか?」


「要求というか何と言うか……君の星で不定形生命体という言葉を知るものはいないか?」


「不定形生命体? どこかで聞いたな、その単語……おお! 今言った宇宙法の原理原則を決定した生命体が、 その不定形生命体という生命体の文明だよ。ちなみに、この宇宙法は我らの文明の、 そのまた前のまた前の……いつからあるのか分からないが、その文明にて使われる言語で石碑を造り、 この宇宙法の原理原則を古代から伝えているのだ」


「ようやく、手がかりが見つかったかな? というところだな。ありがとう、 俺達は不定形生命体を探して宇宙を旅している。今の話は何よりも重要な手がかりとなる。これだけで恩は返してもらった」


ということで俺達は喜んで彼を故郷の星へ送って行ってやった。

宇宙空港で政府の長という人物(?)と会って話をしたが、彼でも宇宙法の由来には曖昧な事しか伝わっていないようだった。

一応、石碑には案内してもらい実物も見せてもらったが、これは数100年前に造られたものだとのこと。

最初の石碑そのものは幾多の戦争によって壊されてしまい、もう残ってはいないと言われた。

星から旅立って数日後。俺達は一応の手がかりを掴んだのだが、さて、それからどうしようか? 


「フロンティア、これからは星系外からの調査ではなく惑星に降りるぞ。例の宇宙法の伝承を追いかけるしか今の俺達に手がかりはない」


さて、手間がかかるが、これしかないよな。

方針を変えてから、ここで幾つ目の惑星訪問になるのだろうか。


フロンティアの復旧プロジェクトは順調に進んでおり、現在は製作直後の0.1%に届くまで復旧していた。

ということは、だ。月と同じくらいの大きさの0.1%なんで、少なくとも全長4km以上はある宇宙船。

こんなものが衛星軌道上にいるだけでも、その星にとっちゃ脅威になっちゃうわけでして。

完全に惑星と惑星の軌道の間にいることを義務付けられるわけですな。

まあ、こちらも、そのことは織り込み済みですからして、文明を持っている星系に接近すると、まずは電波や光信号等で相手の気を引く。


そしてコミュニケーションに持ち込み、搭載艇にて軌道上あるいは大気圏突入後に宇宙港に着陸。

相手との情報交換、となるわけだ。

一応、不定形生命体が存在していることはおぼろげに分かってきたが、さて、どこにいるのやら、さっぱり見当もつかない。

いくつもの恒星系に立ち寄ってみたし、いくつもの惑星にも降りた。そこで得られた情報は? 

宇宙法の設立者としての不定形生命体が古代から続く「人知を超えるもの」としての伝説に彩られた存在だということだ。

まあ、少しは手がかりが増えたってところかな? 


「フロンティア。現在の状況は? 不定形生命体について何か新しいことが分かったか?」


「はい、マスター。残念ながら、この星にも不定形生命体の残した宇宙法の石碑は残っていますが最初期のものではないようですね。 一番古いものでも数千年単位でしかありません」


「ここも外れか。どうなってるんだ? これだけ宇宙法という概念を広めながらも不定形生命体そのものについての情報が全くないってのは変だろう?」


「はい、マスター、肯定します。これでは、まるで一時期だけ宇宙へ放散した種族が、ある時点で急に集合命令をかけられて、 その後、全く自分たちの星から出なくなった、引きこもったとしか考えられません」


「そうだよな。では、それが事実と考えて、なぜか? ということになる。なぜ不定形生命体は、 それまでの「宇宙法の概念を全宇宙に伝える」って使命を途中で放り出して自分たちの星に引きこもったのか? だな」


「それについて、一案があります、我が主。不定形生命体の、 それまでの宇宙法の布教(?)状況から考えて自らが自発的に星に引きこもるとは考えにくいと思われますね。 何かの外圧、あるいは本星がなんらかの危険にさらされたため、全ての種族を引き上げさせて全員で故郷の星を守ろうとした。 こういうシナリオが考えられますが」


「ご主人様、よろしいでしょうか。生体端末たる私が考えますに、あの不定形生命体が、 あわてて故郷の星系や惑星に還るなどというのは、よほどの事態だと推察されます。 私が分離する前の記憶では、不定形生命体とは生命を維持させる領域が幅広く、宇宙空間であろうとも数日は生存できる、 または、強烈な太陽光や宇宙線、ガンマ線はさすがに除きますが……を浴びても短時間なら平気な生命なのです。 温度も宇宙空間から数100度までなら生存に支障はありません」


ふむ。

この話、総合すると何か突発的な事故か、あるいは攻撃(?)により主星か惑星に酷いダメージが与えられたため、 宇宙に出ていた全ての者たちを故郷の星に呼び戻して、今も星から出られない状況になってもギリギリで破滅から救おうと悪戦苦闘している、 のかも知れないな。

この予想が当たっていないことを祈ろう。


「では、それを前提とした探索方針に変える。 フロンティア、センサーを、大規模な災害に遭った可能性のある、数億年前は通常の星だったであろう惑星に合せてピックアップしてくれ。 現在、生命体が住めないと思われる状況でも構わないからな」


「はい、マスター。やってみましょう。最悪は、もう星ごと蒸発しているか爆発している可能性もありますので、その点はご容赦下さい」


「ん、分かってるよ。最悪の事態でも不定形生命体がエッタの言うとおりなら生き残っている生命体がある可能性は高い。それなら救わなくてはいけない」


ということで、またもや方針転換。今度こそは不定形生命体に会いたいね。


今、宇宙船フロンティアは星系と星系の間の宇宙空間で停止中。

まあ、正確には宇宙空間を漂っているのだが。

なぜかというと、周りの恒星を、じっくり観測するため。

あちこちの星系を訪問してると、スターマップを貰ったり買えたりする星もあったりする。

代価は、こちらの持ってるスターマップや情報なんだけど。


そこで得た星系情報や恒星情報を、現在の情報と照らし合わせるために、あちこちに搭載艇を放って情報を収集してるわけだ。

気前のいい星だと数万年単位でのスターマップが揃ってたりするので、こちらが虱潰しで動くよりも合理的だったりする。

そんなスターマップの情報を、フロンティアとプロフェッサーが手分けしてデータ加工していく。

そのデータと搭載艇から得られる生データとをリアルタイムで精査していく(とてもじゃないが人間の俺の出る幕じゃない。 大量のデータを、あっというまに加工・比較・検討していくスピードは、さすがにロボット頭脳の十八番だったりする)


作業を始めて、数日後。

プロフェッサーとフロンティア(頭脳体)が同時にスターマップから目を離して、俺の方を向く。

何か進展があったかな? 


「我が主。ようやく見つかった……と、思われます」


「マスター、お待たせしました。高確率で不定形生命体に関する何らかの情報があると推定される星域が確定出来ました」


ほぼ同時に喋ってくる。

通常なら遮るが、俺の脳は全開状態だから、各々の話も聞き分けられる。


「うん、よくやってくれたな、二人共、ご苦労さん。さっそくだが、その星系のデータを見せてくれ」


「はい、マスター。こちらです」


目の前に星系の3Dデータが現れる。

ふむふむ……これを見る限り、かなりの荒っぽい星系だな。

300万年近く前に主星が拡大期に入ってしまい、それまでハビタブルゾーンに入っていた星、 その近傍の軌道を回っていた星は主星に呑み込まれてしまって蒸発している。


これを見る限り、生物など存在し得ない環境だと思うが、ところが! 

見方を変えると、それまで遠すぎて生物の住む環境になり得なかった星が現在は、 かなり厳しいが不定形生命体ほどの適応力を持つ生命体なら存在可能なものとなっている。

ただし、太陽(主星)が拡張期にあるため、かなりハードな生存環境になっていると思わなきゃならない。

でかい太陽フレアだと、惑星近傍まで来そうだ。


「フロンティア、正直な意見を聞きたい。この星系に生物は住めると思うか? 俺の個人的な意見だと機械生命体でも厳しいと思うぞ、ここは」


「はい、肯定します、マスター。しかし、この数百万年の間に大規模な変動があったと考えられる星系を選別すると、この星系が候補の一番に上がります」


「我が主。候補の星系は他にもありますが、どれも大した恒星変動では無いとデータで確認されています。 至急で全種族を呼び戻すなどという緊急集合をかけた可能性があるという星系ですと、ここしか無いと確信できますよ」


「二人が同じ結論になるなら、そうなんだろうな。 しかし、ぶっちゃけ、ここに生命体が住んでいるとして数百万年も生き延びていると思うか? フロンティア」


「タンパク質生命体なら無理でしょうね。ケイ素生命体か機械生命体なら何とか少数が生き残っていると思われますが。 不定形生命体の強靭さが問題になると思われます」


「そうだろうな。プロフェッサー、いったんは宇宙に出た不定形生命体が故郷に引きこもったのは理解できないでもないが、 種族が危険にさらされても、なぜ緊急通信を送らなかったんだろうな? 俺は、その点が不可解なんだよ」


「それは私では理解しかねます、我が主。高熱を遮断する物質が通信すら通さないのか、 または避難している場所がテレパシー波すら通さないバリアを形成しているのか? 全ては不定形生命体にしか分からないでしょう」


「そうか、そうだよな。では俺達がやれることを今からやるしかあるまい! フロンティア! この星系へ向けて発進。 緊急速度だ! 不定形生命体を救助しに行くぞ!」


「はい、マスター。了解です。緊急発進、準備よし。フロンティア、発進します」


がくん、とフロンティアが揺れた。かなりの無理をさせたか? 

何と言っても直径4kmを超す超巨大宇宙船だからな。

ついに突き止めた不定形生命体の星! 

そこへ向けて俺達は跳躍につぐ跳躍で文字通り一秒も惜しんで宇宙空間を突き進んでいった……


もうすぐ、目標の星系へ到達する。一つ分からないことがあるので、聞いてみる。


「フロンティア、あれが目標星系だとすると……ちょいと太陽の寿命としておかしくないか?」


「はい、マスター。その疑問は適切だと思われます。スターマップの表示からも、 この恒星の規模と種類で、あのように巨大化するには、あと数億年かかると予想されます」


そう、目標としている星系の主星、つまり恒星は俺達の太陽系の主星と同じタイプなのである。

でもって多少は、こちらの星系のほうが古くはあるが、それでも拡大期の来る年数が早すぎる。

何か理由があるのかもな……

そう思いながら俺は詳しいことは不定形生命体に聞けばいいと思っていた。


数時間後、ようやく目標星系へ到着する。

さっそく、フロンティアの搭載艇を繰り出して、不定形生命体の住む星を特定する作業にとりかかる。

これが、ちょっとした特撮劇のような映像をもたらしてくれる。

巨大な太陽フレアが目の前に吹き上がってくるような画像が搭載艇の搭載カメラから送られてくるのだ。

常識で考えれば、とてもじゃないが、生命体が住めるような星じゃないと思われる。

しかし確率的には、この星が不定形生命体の故郷の星と思われる、との、フロンティアとプロフェッサーの判断だ。


しばらく各搭載艇の映像を分析するが生命体の痕跡すら確認できない。

まあ、あれだけの高熱にさらされているんだからな。

地表に都市があったとしても痕跡も残らぬほどに溶けて無くなっているだろう。

待て。

地表には建物がない……

だったら地中なら、どうだ? 


マントル帯まで掘り抜くなんてことまでやったらマグマの熱で生きていられないだろうが地表でも深いところまで掘り進めば、 かなりの太陽熱は遮断できるよな。

俺の提案を示すと、フロンティアもプロフェッサーも、その可能性は高いと言う。

ただし、どうやって、そんな地中深く潜った生命体とのコミュニケーションをとるのか? 

そして、コミュニケーションをとれたと仮定して、どうやって救助するのか? 


「マスター、私に考えがあります。とは言え数km単位で地中に潜っている生命体を救うとなるとマスターに兵装のロック解除と、 その他の装備もロック解除を宣言してもらう必要がありますが」


「ああ、そうだな。この船のマスター権限でフロンティアに命じる。必要と思われる兵装と兵装以外の全ての装備、ロック解除せよ!」


「ロック解除、了承しました、マスター。これで必要な手段を取れます。 それで不定形生命体との連絡手段なのですが、私の機械的テレパシーではなくマスターの有機体テレパシーの方がよろしいかと思われます」


「ん? どうしてだ? テレパシーに違いなどあるまい?」


「それが違うんです、マスター。機械生命体とのコミュニケーションでも、なぜかマスターのテレパシーは好意的に受け止められたでしょう?」


「あ、ああ。そういえば、そうだったな。俺のテレパシーが主人達のようだと、何だかペットの犬に声をかけた時のような受け止められ方をしたよな」


「有機体の発するテレパシーは我々ロボットやケイ素生命体の発するテレパシーよりも、 いわゆる「温もり、暖かみ」があるようなのです。デジタルとアナログの究極の違いと言えるかも知れませんね」


「ふーん、そんなもんかね。では、とりあえず俺のテレパシーでコンタクトできるかどうか、やってみようか」


俺はコントロールルームの座席シートを倒すと、ゆったりした体勢になり集中力を高めていく。

分厚い岩盤を貫き通すような強力なテレパシーを放つためだ。


〈不定形生命体の方たちへ。こちらは地球という星からやって来た。あなた達を今の状況から救いたい。コンタクトを求める〉


このようなメッセージを5回ほど繰り返す。

届いているかどうかは分からない。

後は向こうからの返事待ちだ。

1時間ほど経ってから妙にか細いテレパシーが返ってきた。


〈……ありが、たい。太陽、の中に、ある、マシン、を壊して、欲しい……〉


こちらから、確認のテレパシーだ。


〈わかった。太陽の中にある機械を壊せば良いのだな〉


〈……そう、だ。我々、では不可能、だった〉


〈そうか。では、こちらは作業にとりかかる〉


〈……あり、がとう。気を、つけて、くれ……〉


よし! 

救助方法は決まった。


「フロンティア、全装備を使用しても構わない。膨れ上がった太陽の中にある機械を壊せ!」


「アイアイサー、マスター! 只今より、宇宙船フロンティアは準戦時体制に移行します! 兵装、準備よし! 装備関係、準備よし!」


「で、具体的に、どうやって、あの天然核融合炉の中へ突入して、中にある機械を取り出し、あるいは破壊するつもりだ?」


「はい、マスター。私が完全体なら、主砲の時空凍結砲で一撃なんですが、今回は、まだ使用できません。 それに主砲では太陽そのものが撃ちぬかれてしまいますので……ですから今回は別の兵装で作戦を実行します」


「そ、そうか。太陽を撃ち抜く主砲かよ……で、その作戦とは?」


「はい、作戦目標の機械体は、恐らくですが太陽の表面よりも少しだけ深く入っているだけに過ぎないと思われます。 中心部では超高温と超高圧により、どんな金属も加工体では存在しえないですからね。 ですから、私の副砲「絶対零度カノン」で表面のプラズマを少しばかり排除します。 元通りになるまでに数秒間の余裕がありますから数発撃って機械体の居場所が判明したら耐熱仕様の搭載艇で太陽からすくい取る……と、 このような計画になります。いかがでしょうか?」


「いいね、その計画。ところで、その特別仕様の搭載艇を運用するのは?」


「もちろん、プロフェッサーとマスターですよ。大丈夫です、マスターに危険が及ぶようなことはありません。 そんなことになったら私自身が制御不能で太陽に引きこまれかねませんよ」


「お前は過保護なくらい俺を大事にしているからな。分かった、それで行くぞ! 搭載艇の改修は、どのくらいかかる?」


「あと30分ほどです。装甲板そのものをブロック単位で取り替えていますから、あまり時間はかかりませんよ」


ついつい忘れるが、こいつの今の全長は4km超してるんだよな。

自立した超巨大な宇宙工場みたいなもんだった……

搭載艇のカスタム作業が終了し、作戦の打ち合わせが終了したのが、1時間後。


俺とプロフェッサーが搭載艇に乗り込み、熱エネルギー防御シールドを全開にしてから、眼前の膨れ上がった太陽に近づいていく。

船外カメラは耐熱カメラなのだが、あまりの熱量に画像がちらつく。

搭載艇の作業用船外観測窓も、目いっぱいの防眩シールドを展開している。

それでも眩しくて、俺は真っ黒なサングラスをかけている。

プロフェッサーが手際よく、搭載艇を右や左に動かして、フレアを避けて太陽表面へ近づく。


「我が主、待機ポイントに到着しました。さすがに、この高温では数時間しかもちません、我々の身体が」


「船は大丈夫なんだな。じゃあ、行くぞ。フロンティア! こちらの準備は完了した。ぶっ放せ!」


「アイアイ、マスター。では太陽を暴走させている機械体の予想地点へ絶対零度砲を3発、打ち込みます。 予想しないフレアが発生する恐れがありますので、ご注意下さい」


通信が終わると同時に物質のエネルギーを最低限度まで落とす絶対零度砲が発射された。

ビーム形態ではあるが目標物は物質としての形態を保てなくなり雲散霧消する。

3回繰り返されるビーム照射。

プラズマ物質が太陽表面より剥がされて、そこに巨大な黒点が出来る。

黒点を観測するが機械体らしきものは見えない。


「フロンティア、砲撃中止。予想位置に機械体は存在しないようだ」


「了解です、マスター。しかし、予想が違っているとなると、これは難しくなりますよ。こんな超高温環境では位置特定が不可能です」


「分かっている。ちょいと俺に考えがあるんで連絡を待ってくれ。1時間もかからないと思う」


「分かりました、マスター。では連絡あるまで待機します」


「よし、プロフェッサー。熱シールドを最大限度まで強化して太陽に近づけるだけ近づいてくれ」


「それは可能ですが。何をする気ですか? 我が主」


「精神生命体から聞いた話を思い出してな。テレパシーで挨拶さ」


〈太陽に住む方たちよ! 貴方がたの住む太陽に異変を起こしている機械を探している者だ。力を貸して欲しい〉


このようなメッセージを5回ほど繰り返す。

返事は、すぐに来た。


〈破滅をもたらす者よ。我々は抵抗する術を持たない。要求があれば何なりと叶えよう、我々にできることなら〉


〈双方に誤解があったようだ。先ほどの砲撃は誤解の産物だった。謝罪しよう。 我々は、この星に隠されている機械体を探している。それが、この星を巨大化させている元凶なのだ。その場所を知りたい〉


〈謝罪を受け入れよう、偉大なる力を持つものよ。その物の、ある場所は判明している。 我々も、この状況には困惑しているのだ。突然に星が巨大化して地中からの炎に焼かれるものが大勢いる。その物を取り去ってくれるのか? 〉


〈そうだ。場所さえわかれば機械体を撤去する用意はできている。ポイントを教えてくれないか? 〉


〈それなら我々が地中より、その機械体? とやらを掘り出してこよう。そして地表に置いておくから持ち去ってくれ〉


〈協力に感謝する。では恒星表面に機械体を出してくれたら周辺より避難してくれ。 我々は星のエネルギーと熱には短時間しか耐えられないので、最大冷却状態で、そちらへ行くから〉


〈分かった。こちらの用意が完了次第、また連絡する〉


〈ありがとう、よろしく頼む〉


「フロンティア、砲撃は終了だ。機械体は、もうしばらくしたら恒星表面へ出てくる」


「マスター、何をしました? 自力で機械体が恒星表面へ出てくるのですか?」


「違う。ちょいと恒星表面に住んでるプラズマ生命体とコンタクトとれてな。協力してもらえることになったんだよ」


「想像を絶する事を考えますね、マスターは。まあ、いいでしょう。 できれば装置も無傷で捕獲したいと考えますので、その点も、よろしくお願いします」


「ああ、楽しみに待っててくれ」


それから1時間ほど過ぎてから……ついに待望のテレパシー連絡が入る。


〈偉大なる力を持つものよ、我々の方の準備は完了した。 そちらの言う機械体は星の表面に引き出してあり、我々は、そのポイントから100kmほど離れている。さあ、災厄を招く物、持って行ってくれ! 〉


〈ありがとう。それでは、こちらも恒星表面へ降下する。短時間で作業は終了するので、それ以降は自由に行動してもらって大丈夫だ〉


「プロフェッサー、今から言うポイントへ降下してくれ。そこに太陽に干渉していた機械体があるのでマニピュレータで引っ掴んで、おさらばだ」


「分かりました、我が主。ポイントは確認しました。降下します」


降下したポイントに果たして機械体は存在していた。

搭載艇のマニピュレータで挟みこむようにして機械体をゲットする。

そのまま俺達はフロンティアへ直行する。


格納庫で消火液と冷却剤をたっぷりとふりかけられた搭載艇から下船すると、さっそく太陽内部に仕掛けられていた機械体を調査する。

ある程度、予想はしていたが、これは絶対に自然のものじゃない。

太陽内部にあっても動作を継続させていたのも凄いがフロンティアの調査によると意外に簡単な構造なのだそうだ。


「これは、一種のカンフル剤ですね。小さな太陽でもノバ化一歩手前まで行くように重水素とエネルギーを補充する形になっています」


と、フロンティアは結論づけた。

当然、太陽から引き剥がされた現在、機械体は動きを止めている。

どうやら太陽そのものの熱エネルギーを燃料として稼働していたらしい。

あ、太陽はどうなったかって? 


膨張は停止した。

これから星の寿命としては素早く、千年以内に元の大きさまで戻っていくだろうとのこと。

膨張するための燃料もエネルギーも供給されなくなったから多少は大きな変動があるかも知れないが、 俺達の感覚ではゆっくり縮んでいく感じになるだろう。


さて、と。

災害原因そのものは撤去・解決した。

お次は待ちに待った、不定形生命体との邂逅だ。

楽しみだな。