[6−17]

 あの『まかせて』はどうも母親の言い方にそっくりだな――苦笑をうかべつつ操縦席にもどったウィリアムは窓の外を見て再び表情をひきしめた。ちょっとの間に船はかなりすり鉢を滑り落ちていたのだ。
「やはりバーニアだけでは無理か?」
「……推力が決定的に不足しているわね。いっそうまずいことに推進剤の水が底をつきかけている。たぶんもってあと十分――」
 唇を噛みしめつつウィリアムは考えた。
「なあ、このさいメインエンジンを強制点火するしかないんじゃないか?」
「でもエンジンが完全に破壊されるかも……そうなったら二度とこの星から出られなくなるわ」
「わかるけど嵐のほうは目前にせまった脅威だぜ。考えてごらん。渦の中心での風速はどのぐらいになると思う?」
「いまは想像したくもないわね……」
「風にまかせて中心まで巻きこまれたら――最悪十数Gの遠心加速度がかかるかもしれない。しかも抜け出せるまでその状態がつづくんだぞ。子供たちをそんな目にあわせられるかい?」
 ふたつの危険を比較する十数秒間の沈黙ののちカシルは答えた。
「他に道がないなら迷うだけ無駄か。一か八……侵入した雨が水蒸気爆発でエンジンを吹き飛ばすほど多くないことを祈って――強制点火するわ」
「耐Gベッドにもぐり込むから一分間まってくれ。その後はいつでも好きなタイミングで始動してくれていい」
「了解!」
 間髪をいれずカシルはエンジンの強制点火シークエンスにはいった。あえて管制プログラムを停めているため、いつものようなモニター画面の刻々変化する彩りはない。ただ黒地に白く表示されたテーブルを片目にカシルはもくもくと手動でシステムのチェックをすすめていく。その間ユルグとミヒョンの隣で耐Gシートに身体を縛りつけながらウィリアムは自分たちの決定が果たして正しかったかどうか、もういちど内心の不安を噛みしめていた。

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